85.父の死と夫

2013年9月22日 父が亡くなりました。

昨年10月20日に一度は心臓が止まって、その後人工呼吸器でした。
良く頑張ったと思います。

「諦めない」ということを最後に教えてくれました。

毎日病室に通っていた母に見守られ、穏やかな最後でした。

享年91歳、となっています。

お彼岸の良いお天気の日、旅立ちの日となりました。
「寒い雪の日はやめてね。」「暑い夏も嫌よ。」と話しかけ、
父の好きだった夏が過ぎ、頑張っていましたが、お彼岸になって、
「お父さん、もういいよ。」とメッセージを送ったら
ほんとうに逝ってしまいました。

数日前から血圧は下がって、近いことはわかっていました。

22日はお墓参り、とすでに予定に入っていました。

「お墓参りって何? 知らない!」という夫に写真を見せ
「どこ?わからない」という夫に
「私が一緒に行くから大丈夫。」
と何回も繰り返し話をして、やっと予定に入れてもらったので
父のところへ行きたいと思っても変更はできませんでした。

運悪く、23日には一緒に実家へ行く予定も入っていました。

私としては、22日のお墓参りを済ませ、翌日は必ず実家へ、
と思っていたのです。
夫は、当然自分も23日行く、と思い込んでいました。

このことで、大変なことになってしまいました。

亡くなったという知らせはお墓参りの後自宅へ帰る時でした。

実家は新潟です。
できれば、すぐにでも父の所へ、と考えました。
犬を、まずは犬をお店の開いている時間に預けに行きました。
何も聞かずに預かってくださるお店は有り難い。

さて、夫です。
なんと説明しても、どうにもすれ違いの会話。
いつものことながら、困ったものです。

新潟へ遊びに行く、と思い込んでいる夫。
前回は父のお見舞いをして、散歩ができたので
今回も、と思い込んでいる。
説明しても、解ってもらえない。

夫の兄に電話でお願いして、
翌日23日に夫を車で新潟へ連れて行ってもらうことにしました。
お兄さんが快諾してくださったので、私は、新幹線に間に合って
22日その日のうちに父の顔を見ることができました。
翌朝(お彼岸の為お寺様の都合で)早朝の枕経にも参加できました。

お兄さんには、無理なお願いをしてしまったと反省しています。
時間があれば、夫にゆっくり解りやすく説明もできて
それなりに、納得できたかもしれません。

新潟に連れて行く事ができれば
夫の姉夫婦が車で迎えに来てもらえる事になっていました。

私の車を、お兄さんが運転して、夫を乗せて、、、、

乗りませんでした。

私が運転をして私と一緒に行く予定だったのですから
無理ありません。

自転車で逃げられてしまった後も、帰りを待ってもらいました。
やさしく説得しても「知らない!」と拒まれてしまったそうです。
どんな思いをなさったか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
とんでもないことをお願いしてしまったようです。

夫からは電話で「帰ってきてください。」 です。
「帰れない」といっても聞き入れません。
必要ならまだ電話できることも解りました。

夫は娘の家まで行って、私を探したようです。
娘達もおじいちゃんの葬儀のため出発する予定でした。
娘の家は玉川上水緑道の近く、そこを散歩している、と
思い込んでいて、自宅へ戻るよう説得するのにも時間がかかったようです。
近所の庭先で煙草を吸い始めた、と電話の途中も
大変そうでした。

娘が私の車を運転して、、と考えてくれたようですが、
「もう、無理」と判断しました。
ケアマネさんに電話をして自分の気持ちの整理をしました。
ひとりで留守番もこうなると難しいし、心配です。

「今から帰るよ。」と電話で話すと、途端に笑顔になったそうです。

夕方5時近くなっていました。
パソコンに向かっていた私の兄が最速の時間と経路を調べて
プリントして渡してくれました。
今まで使ったことのない乗り換えの多い経路でしたが、
思ったより楽でとても早く到着することができました。

夫は安心して眠ったと途中でメールをもらいました。

自宅に戻ったのは夜9時すぎ。
お兄さんが待っていてくれました。
遅くまでいていただいて、お礼もそこそこ。
ゆっくりすることもできず、駅まで車で送っただけでした。
22日、父の元へ行かれた事、感謝しています。
長い23日でした。

お通夜は24日、葬儀は25日

24日の納棺までには、実家に戻りたい。
早朝、車で夫と出発しました。

夫の姉と連絡を取り、実家への到着時間を調整しました。

実家での夫の行動が予測できるので、すぐ車に乗ってもらいたいのです。
その話も、夫に車の中で何回も話しました。
作戦も考えました。
Yさんのブログ、デイの車に乗せる方法です。
とにかく車に乗ってもらわなくてはなりません。
作戦は成功しました。

夫は、実家に着くとすぐ携帯電話の充電を、
仏様の向こうのコンセントに差し込もうとズカズカと白い布団の上を、、、、、。

何も目に入らないのでしょうか。

少し落ち着くと、私の弟を見て、わかったようです。
左側の方に住んでいる人。
2人の人。と兄のことも、思い出したようです。

そうこうするうち、数分で義姉夫婦到着。
喪服でいらして、お参りしていただきました。
私の両親とスイスで夕食を何日か一緒にしたこともあります。
楽しい思い出です。

着替えをする間、夫に、これから猪苗代へ行くことを話しました。
「行こう。」とその気になってくれました。
義姉夫婦の車で行くことも納得済みです。

騙したみたいで心苦しいのですが、
私も一緒に行くような素振りをして、先に乗ってもらいました。

道中、どれ程大変だったか、想像できます。
何度も「戻ろう」といったそうです。

猪苗代到着後はいろいろ楽しい散歩を考えて相手をしてくださったようです。
感謝!です。

1度、昼寝をし過ぎて夜を朝と思い込んで、騒がせたようです。

「どうしましょう。」という電話に
「夜はわかりません。暗いから外に行かないでねって言ってください。」
と答えました。
ご近所の敷地に入ることも放尿も想像できました。

後で「寒かった。3時は暗かった。」と
夫は何回もいっていました。
「そうよ。暗い時は歩かないでね。危ないでしょ。」と何回も伝えました。
鼻をグシュグシュさせています。
滅多に風邪を引かないのですが、
寒かったのでしょうね。
夜の散歩、したみたいです。

24日のお通夜、25日の葬儀、そしてもう1日、猪苗代で過ごし
27日、新潟の実家で再会です。
元気な笑顔に安心しました。

父の祭壇を見ても理解できません。
良く見ようともしません。
拒絶しているかのようにも思えました。

「お父さんは病院?」「行かないの?」「2階で寝てる?」
などど何度もいって、母が泣きそうでした。

新潟は散歩ができる良い所。と頭に入ってしまっています。
車でお気に入りのシーサイドラインへ行くとご機嫌でした。

夕食も葬儀の整理をしていた弟と一緒に席に着き、
自宅と違って、勝手に食べ始めることもなく、
少し、よそゆきの顔も見られました。

28日、夫は母と弟に満面の笑みで車から手を振って
喜んで家路に着きました。

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この記事へのコメント

gotoyan
2013年10月03日 21:17
ららさん
大変でしたね!
お疲れではないですか?
お父様の死を悲しんでいる暇もなかったのではないでしょうか?
ご主人の理解している事とわからない事の区別
それにTPO。ららさんは本当に良く解っていらっしゃって
ご主人のお兄様お姉さまご夫婦も大変だったでしょうけれども、協力していただいて良かったですね!
それにしても、ご主人はららさんをとても愛していらっしゃって、頼りにしていらっしゃるのが良くわかりました。
それゆえ大変だったのでしょうね。
お父様の亡くなった事を理解できないで「病院?寝ているの?」の発言は、まるで小さい子供が大好きなおじいちゃんはどこ?と探しているようで、お母さまも悲しかったでしょうけれど、ららさんも複雑に悲しかったのではないでしょうか?
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
2013年10月03日 22:39
ららさん
大変でしたね。
一筋縄ではいかないご主人を、皆さんで受け皿になって、お父様を送る手助けをしてくださったのですね。

お母様が泣かれたのは、お父様を亡くされたことと、残されたららさんに頼りたいお気持ちと、そのららさんに起きている困難を目の当たりにして、どうしようもない複雑な気持ちになられたのではないでしょうか。

私のブログにも書きましたが、私の実家の父が亡くなった時も、家に主人を連れに戻ったものの、主人はいつもの予定通り散歩に出かけてしまい、コントロール不能と判断して、そのまま置いて実家に戻りました。

こんな時先頭に立って動いてくれるはずの主人が、とんでもない幕の後ろに隠れてしまったような思いでした。
妹の主人がすべてやってくれて、感謝しています。

携帯の充電・・主人も同じです。どんな場面であろうが、やらなけれが、と思いこんでいます。

最後に満足して満面の笑顔でお別れ・・そんなご主人ご本人は幸せな気分。
ららさん他の皆さんとの思いの開きが、やはり悲しいです。
お父様のご冥福を改めてお祈りします。
シリウス1991
2013年10月04日 04:33
おつかれさまです
ご親族の連係プレー素敵です

そーなんですよね イレギュラーなことを説明するのは 無理ですね(*_*;
葬儀とか そういう 「文化」みたいなものも 難しいですよね

夫の親が亡くなったら。。。
うちは 葬儀に参列は 無理だろうな
私の親が亡くなったら。。。
施設などに 夫が 入ってる期間なら いけるけど
在宅期間は 。。。夫の 妹さんに うちに 来てもらうかなあ

近い将来に起こりうることですよね
。。。。。
ナンクル
2013年10月04日 12:39
ららさん 

お父様との悲しい別れの中、
ご主人さんの心配やらで
心身共にお疲れになったでしょうね!
一つ一つ乗り越えて行く過程の中で最大に助けてくれるのが理解のある兄妹や身内・・・・
感謝ですねッ

ららさんも身体に気をつけながらご主人さんをお守りください・・

お父様のご冥福を心からお祈り致します。
らら
2013年10月04日 13:48
gotoyanさん
ありがとうございます。
予定変更が無理なこと、
わかっているはずでしたが、
この時は、すぐに父の所へ、と
義兄のことばに安心して行ってしまいました。
夫はさぞ、心細かったでしょう。
反省していますが、結果的には
良かったと思います。
お陰様で、無事葬儀に集中できました。

夫と私、兄弟構成が同じなんです。
男、女、男の三人兄弟。

実家の近くに住む弟が頑張ってくれました。
そういえば、夫の両親の葬儀では夫も
頑張っていた、と今思い出しました。

「優しい、可愛い弟だったのよ。」と
義姉が弟に話していましたが、同じです。
義姉と私は似ているそうです。
らら
2013年10月04日 14:06
Yさん
ありがとうございます。
父の入院中、母は毎日病院に通っていました。
「病院?」に反応してしまったようです。
もう、病院へ通うこともない。
と自分でも思っていたのでしょう。

母には、まだ頑張ってもらわなくてはなりません。
来週には、法要の事など相談に行くつもりです。

家に帰って、夫は落ち着いています。

らら
2013年10月04日 14:11
シリウス1991さん
この時間にコメント?
ご主人の在宅で眠れないのでしょうか。

そして、葬儀の心配?

心配、ですよね。
考えておきましょう。

まずは、自分が健康でなくてはなりませんね。
らら
2013年10月04日 14:16
ナンクルさん
ありがとうございます。

ほんとうに義兄弟、兄弟に感謝です。
まだ、これから協力してもらうことも
増えそうです。
心強いです。
有りがたいです。

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