夫が逝った日 その2

17日は、阪神・淡路大震災の日
皆に、忘れられない日になりました。

日曜日でしたので、娘が動ける日で良かったです。
15日に呼び出された時も金曜の夜11時30分という遅い時間。
子供達も寝て、旦那様も家にいたので、すぐに面会に行かれ、翌日は仕事も休みの土曜日でした。

主治医のいない土日は、不安でしたが、対応はとても良かったです。

「何時に来られますか?慌てなくて大丈夫ですよ。」
と面会をさせていただいて、「明日退院ですね。」と家族の気持ちに寄り添ってくださいました。

15日の「駐車場で待ちますか?」という緊迫した雰囲気はなく安心してしまいました。

これで良かったのだと思います。

17日 15時58分 死亡確認の後は、やることがたくさんです。
少しだけ泣いている時間もくださいました。


「葬儀社は決まっていますか?」
「はい。」

病院内では、特定の葬儀社が入っていて、病棟から霊安室までの移動はするので、その時間に合わせて寝台車の手配をしなくてはなりません。

12月に熱を出した時、思い切って葬儀相談センターに相談に行っていました。
例え、何年か先でも必ずその時は来る、と、準備しました。
見積もりもいただいて決めておいたので、慌てることなく連絡できて良かったです。

病室で電話連絡しつつ、姉と娘には夫に着せるパジャマを買いに行ってもらいました。
退院時の用意はしていましたが、自宅に置いたままでした。
翌日になって「着てきたスウェットシャツとズボンがありました。すみません。」とご丁寧に電話がありました。
面会をさせていただいた感謝を伝えることができて良かったです。

菩提寺住職に電話をして、遠くまで来ていただけるか確認。
日程日時については、葬儀社さんからお寺に直接連絡していただきました。

公営の火葬場隣接の葬儀場は、混み合っていて、葬儀は9日先の26日になりました。

17時30分 病棟から夫と霊安室へ向かい、少しの間安置されました。
看護師、医師の礼拝を受け、葬儀社に引き継がれました。

霊柩車に夫と私が乗り、娘達は、駐車場まで案内されて車で帰ってきました。


夫は家に帰って来て、用意した介護ベッドに寝かされました。
顎が外れて、口が開いたままなのを娘がとても気にしていましたので、マスクをしてあげました。

穏やかな顔で夫は眠っていました。

葬儀社の方が、お布団やお参り用机セット、お花など全て用意してくださっていました。
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葬儀の相談も簡単に済ませることができました。

この日の夕食を覚えていません。
お姉さんがいろいろ持ってきてくださって、いただいたはずなのに、自分で前日煮たブリ大根しか記憶にありません。
美味しくいただいたはずなのに、ごめんなさい。

お姉さんとたくさんお話しました。
夫が生まれて命名の時の話は、印象的でした。
お寺で男性だけが車座になって、父親もその中にいて、赤ん坊を「○○だ、いい名前だ」といいながら回すのだそうです。
それを4歳上の姉は、節穴からのぞき見していたのだそうです。

他にもいろいろお話しました。
弟に先に逝かれて、どんなにか悲しいことでしょうか、計り知れません。

何時ごろ、寝たのか眠れませんでした。
夫が同じ部屋で寝ているはずなのに、人の気配が何もなく空気が軽く感じ、あまりにも静かでした。
愛犬のイビキだけが聞こえました。
「人の気配がない」と大発見のように、朝、皆に報告しました。

当たり前かもしれませんが、「もう、いない」と実感しました。
残された肉体には、何も残っていない・・・・。
静かに寝ていても生きている人は人。その気配が全然ない。
初めての経験でした。

夫は、もう、いない。

不思議な感覚でした。
肉体には、もう、夫の気配はない、というだけです。

軽くなった? まるで、夫がどこか漂うとか浮いている、とも違う・・・
言葉で表現できません。

別世界へ旅立った ・・・??


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この記事へのコメント

Y
2021年01月31日 21:08
ららさん
慌ただしい数日間でしたね。
気持玉ではとても言い表せません。
どうやって過ごしたのか、記憶が欠落している部分もあるでしょうね。

血を分けた弟さんに先立たれたお姉さまの哀しみも深いでしょう。
主人にも歳の離れた姉が二人います。
主人の病気が進行した時、先に亡くなった主人の両親の事を思い、一人息子で長男として大切にされてきたであろう愛情や期待の大きさを思ってとても悲しくなったのを思い出します。

ご主人は体を残して魂だけ別世界へ旅立たれたのでしょうか。
のりこ
2021年02月01日 08:04
朝から、泣いてしまいました。  
 
もう少ししたら、デイサービスに出かける母を起こさないといけないのに、目が腫れてます。

まるで映画を観ているような、と言ったら不謹慎ですね。

娘さんが、近くにお住まいでしたよね。良かった。
らら
2021年02月01日 12:18
Yさん
夫が逝った日、記憶する容量を超えてしまったようです。夕食の内容が思い出せません。「ブリ大根」だけ覚えているというのも申し訳ない。姪の作った「ヤーコンのきんぴら」とか、思い出してきました。時間もあったし、ゆっくりお話しながら美味しくいただいたはずなのに、義兄が夜中ウイスキーをコンビニに買いに行った事とかしか思い出せません。

人がいるのに、人の気配がない、という事を感じました。
言葉では、難しいですが、今は、いるような気がします。
「いる」という言葉とは少し違うかもしれませんが。
らら
2021年02月01日 12:24
のりこさん
映画のシーンみたい?
そうありたかったけれど、全然違いました。
泣いてくださったなんて・・・
え?そんな?と自分で思わず読み返してしまいました。
ありがとうございます。
励みになります。
続きを書きます。