葬儀までのこと

17日に亡くなって、葬儀は26日

9日間をどう過ごすか。

葬儀社さんは「ご遺体のためには、早い納棺、安置所で」と勧める。

葬儀場の安置室は、24日まで空いていない。
民間の安置所が近くにあって、面会も可能という。

肉体に未練のない私は、できるだけ家にいて欲しいという娘の気持ちを尊重することにしました。
いつまでならいいのか話し合って決めました。
ご遺体が傷むのは、嫌なのですが、ドライアイスを抱え、暖房はもちろん入れられず、冷房を入れて過ごさなくてはなりません。

追加のドライアイス代と民間安置所の料金と同じだから、と葬儀社さんは安置所推薦でした。
妥協できる日を納得して決めました。

納棺は、19日。
民間安置所へ21日午後、家から出棺。
葬儀場安置室へ24日移送。

つまり、家に4日、民間安置所に3日、葬儀場に2日の合計9日です。

家に置いても、納棺は早い方がいい、というので、納棺は19日。


18日㈪は、退院予定日でしたので、訪問診療の先生、訪問看護師さん、ケアマネさんに連絡をしました。

前頭側頭葉変性症つくしの会の会長えいさんが、お焼香に来てくださっているところへ、ケアマネさんが見えました。
介護保険症を届けていただき、夫にも会っていただきました。
まだ初期の頃お世話になった方でしたので「まあ~あの頃は日に焼けていたのに、こんなに白い良いお顔」と言っていただけました。
お仕事柄、ササっと用事だけで帰って行かれました。
介護ベッドは、直接業者に連絡をして取りに来る日を決めるよう言われました。

ケアマネさんも、医師も看護師さんも準備をしていただいて、ほんとうに有難く申し訳なかったです。

在宅酸素も先生から連絡が行き、直接取りに来る日を決めました。

介護ベッドは1か月単位なので、使わなくなった時点での連絡。

納棺後も介護ベッドを使うことにして、その後引き取っていただきました。

18日の夕食は覚えています。お鍋です。
18、19日は用事があって忙しいという夫のお兄さん夫婦が、夕方から見えて、一緒に食事をしました。
お兄さん夫婦、お姉さん夫婦と私。
蜜ですが、高齢者同士ですので、気にしない。
暖房が使えないのがお気の毒で、体調を崩されないかと気になりました。

そう、そうこの日は、お兄さん夫婦が帰った後、仕事から帰ってきた婿殿と娘が来て、お姉さんの旦那様とずっとお話が弾んでいたようです。
お姉さんは、お風呂あがりで参加。私は途中でお風呂に入らせて貰いました。
お話をする機会もあまりなかったので「遊びにおいで」とお誘いもいただいて良かったようです。

コロナの緊急事態宣言中でなかったら、もっと賑やかに集まってお話もできたのではないかと思います。
いつか、安心して集まれる機会も作りたいと思っています。

興奮したまま、18日は過ぎました。

退院するはずだった日、1日も在宅介護はできず、自宅で看取ることも叶いませんでした。

娘の言葉を残します。

「お父さんは、お母さんに家で大変な思いをさせたくなかったんだよ。病院がいいって決めたんだよ。」

そうなのか~~そう思うと救われます。

夫は、慣れた病院で、主治医の先生や、口腔外科の先生にも診ていただき、退院の時は見送りまでしていただける予定だったと聞きました。
叶わなかったのは、残念ですが、夫が決めた事。
夫らしい最期だったと褒めてあげることにしました。

これで良かったと思います。
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1年前、一緒にスイスへスキーに行った友人からお花が届きました。