500.散歩 お気に入りの公園へ

「散歩」
夫は「散歩」が好きでした。
時刻表を調べ、地図を持ってよく山へ「散歩に」行っていました。
自転車で3時間の散歩コースもありました。
夜中の「散歩」には困って、鍵を使うようになりました。
「徘徊」とは当時から思いませんでしたが、警察に捜索願を出したこともありました。
「道に迷っている」という認識もなく「散歩」していました。
本人は目的を持って「散歩」しているのですから「徘徊と呼ばない」と最近新聞に書かれていた通りだと思います。
ドライブも「散歩」旅行も「散歩」でした。

夫との「散歩」は出かけるまでは苦痛に思うことが殆んどでしたが、自然豊かな所を選んで歩いてくれるので、「良かった」と自然に癒されていました。

そんな夫と何度も通った大好きな場所へ「散歩」に行きました。

4月28日(土)
口腔ケアの歯科衛生士さんの訪問を確認していなかったので今日と思ったら違ったようです。
時間が空いたので、散歩に出ることにしました。画像
福祉車両に車椅子ごと乗せて出発です。

残念ながら、車椅子が良くありません。
OTさんが調整中なのですが、夫の体に合わせると、足置きが床ギリギリになってしまうようです。
平地なら問題ないのですが、少しの斜面でも、床にガリガリと当たってしまいます。

福祉車両のスロープでも、持ち上げなくてはなりませんでした。

夫は、いつもより無表情でした。
だんだん表情も少なくなっているように思います。
「怒っているの?」
と聞いてみましたが、当然、答えはありませんでした。

車の中で、音楽を大音量にすると反応して笑っていました。
喜んでいるのか、ウルサイと嫌がっているのか、どちらも同じ顔です。
嫌でも怖くても笑ってしまうのは、ずっと前からです。
嬉しくても泣きそうな顔になります。
この顔を見ないと物足りません。
何もしないと無表情です。
つまらなそうな顔をしていました。

お昼の注入の時間には、戻らなくてはなりません。

市内のお気に入りの公園へ行きました。
車椅子用の駐車スペースもたっぷりあるので安心です。
堂々と駐車して、車椅子を下ろしていると、思いがけない方が近寄って見えびっくりしました。

ずっとお世話になっていた訪問マッサージの方でした。

近くの訪問先まで時間があったので、来て見たそうです。
「いいところですね。」と仰っていました。
「大好きな場所なんです。」と私も、夫が元気な頃何度も歩いた事などお話しました。
「ご主人いかがですか?」と聞かれ、ちょうど医師が変わった話や訪問マッサージができない愚痴など聞いていただきました。
「そうですかぁ」と相変わらず穏やかで丁寧な口調に安心して長話になりました。

夫にも丁寧に挨拶していただいたのに、表情を固くして目を合わせようとしませんでした。

自宅でマッサージに来ていただいていた頃は、リラックスして目で会話していたように思いました。
場所が変わると認識は難しいです。


緑が綺麗な公園です。
「ホ~ホケキョッ」とウグイスの声が出迎えてくれました。
いつ来ても、心が落ち着く場所です。

公園内をもっとゆっくり散歩したかったのですが、どうにも車椅子の調子が良くありません。
諦めて、ゆっくり帰ることにしました。

滞在時間は、僅かでしたが、久しぶりに自然の空気に触れることができました。

車椅子を調整して、また行きたいと思います。



夜は、娘の家の夕食に招かれました。
義姉から送られた「採れたての筍」を煮て持参すると「美味しい」と見事な食べっぷりでした。

499. 理事長先生と面談

「理事長先生」というのは理事長であり医師だからです。
ご配慮いただいて、今後、夫を診ていただけるようになりました。

特養に入所して、最初の担当医との面談で酷い事を言われた、とどこかで書いたかもしれません。
詳しいことは、書いていないと思います。
何とか気持ちを切り替えようと思っていました。

いろいろありましたが、夫の注入する水分量が多いといって、いきなり「ゼロ」のオーダーを出したのには驚いてしまいました。
医務課長さんが必要量を計算して、200を3回、600mlにすることになりました。
それまでの量の3分の1。
心配していた通りなのか、尿の色が濃くなっていることが、先日のサービス計画会議の介護士の報告でわかりました。

不安に思っている時、偶然、医務課長さんとお会いして相談できました。

特養では、医師のオーダーが重要です。
水分量も医師のオーダーです。
水分量も含め医師から私への説明が必要だと医務課長さんは、私と話をしながら、今までの経緯を考慮され「先生を変えた方が良いかもしれませんね。私の一存でルールを変えられませんので、理事長と相談して見ます。」
とすぐに、動いていただけました。

そして、心配した水分量は、すぐ100増量となって、1回300を3回になりました。


理事長先生との面談は、同じ特養の医師で、こうも違うのかと驚くほど話し方も内容も違いました。

前の医師の言葉に傷ついた事も「それはすみませんでした」と謝って頂き恐縮しました。

「水分量を増やして1週間以上経ちますが濃縮尿の状態は同じです。適正な水分量を決めるためにも一度血液検査をさせてください」という提案には「ぜひお願いします」と答えました。

「痰の吸引の必要もなく良い状態なら、今の水分量が合っているのかもしれません。裏付けを取るためにも、すみませんが検査させてください。」と痰と水分量の関係、体の変化についてもお話してくださいました。

看取りについても「できるだけ穏やかに苦痛のないようにするのが医療職の役目です」と静かに話してくださり、安心できました。

前担当医の「穏やかな看取りができるとは限りません。」という言葉と何という違いでしょう。

退職直前に、動いてくださった前医務課長さんに感謝します。

診察も、とても丁寧でした。

音楽療法や演奏会を喜んでいる話から「1階のパチンコを奥様がやったらいいですよ。」と勧めていただきました。

パチンコ台があって、時々お元気な方がやっているのは知っていました。
なるほどです。
「チン、ジャラジャラ」🎶と大きな音と動きは喜ぶかもしれません。😄😁

「先生の指示ですので、今度やってみます。」とお答えしました。(^_^)v


498. 手続きいろいろ

夫が特養に入所してから、いろいろ変更届が必要でした。

住所の変更届
 自宅から転出。特養の住所に転入。

特養入所のために、住民票と課税証明書の発行。

そして

世帯が分かれたのを機会に

国民健康保険を後期高齢者医療保険に変更しました。

65歳以上の障害者特例で後期高齢者医療制度の利用ができることは知っていましたが、保険料が上がると以前に窓口で調べていただき、その後、難病医療を利用していたこともあって、手続きしていませんでした。

今後の医療費が1割になることを考え、後期高齢者医療保険に変更しました。

すると、
後期高齢者医療保険料の決定通知と振り込み用紙が届きました。

そして、少し遅れて
国民健康保険税の「過誤納金還付通知書」が届きました。

計算式は、わかりませんが、還付金の方が金額が多く、振り込まれるようです。

差額を振り込んでいただけるといいのに、と思いながら決められた通り納めました。


特別障害者手当ては、施設入所で停止。

ガソリン代補助も停止。
1月分は請求できるので、決められた日に請求手続きしました。


当然のことですが、
夫の住所は特養になりましたので、役所等からの郵便物は特養に届きます。

特養の玄関脇に個別のメールボックスがあって鍵を私が持っています。

時々、確認しています。

変更していない郵便物は、自宅に届いています。

難病医療費の更新手続き、自立支援医療、精神障害者手帳の更新の時期も近づいています。


もうひとつ
確定申告の手続きをして納めた税金が還付された、と通知書が来ました。
私の僅かな年金(比例報酬分)にしっかり1割源泉徴収されていたのです。
全額還付され、良かったです。

497. 音楽療法に参加 他いろいろ

4月10日(火)
毎週火曜日10時30分頃から音楽療法の時間です。

夫のところは、2つのユニットがひとつのグループになっています。

同じフロアーには4つのユニットですが、2つずつ繋がっています。

音楽療法も2つのユニット一緒です。

参加されない方や、途中参加の方、途中から入浴の順番が来る方等で参加は半数の10名くらいでしょうか。

圧倒的に女性が多く、お元気です。

先生の伴奏でマイクを持って順番に歌っていました。
男性は、うちの夫ともうひとり。
歌わずに、でも調子を合わせて鳴子を振って拍子を取って参加なさっていました。
夫と同じような病気なのか歌のマイクは、スルーしていました。

夫は、もう何がどうかもわからない様子ですが、時々音楽に反応するのか、音の大きさなのか、泣きそうな笑い方をしていました。

観察すると、やっぱり聞いたことのある曲に反応しているようでした。

今日は、途中で薬局に寄って私が遅くなってしまったのですが、輪の中に入って参加している姿に安心しました。

毎回、私がお部屋から移動させて、一緒に参加していたので定着したのかもしれません。

しゃぶっていたタオルは、すぐ取り上げて話しかけ、手をにぎったり、擦ったり、一緒に拍子を取ったりすると諦めるのかタオルがなくても執着しないようでした。

約1時間の音楽療法。
「みんなと歌うと楽しいです。ありがとうございます。」
と仰る利用者の方もいますが、
「今何時?」と何回も聞く方もいました。
歌は、見事でした。

音楽療法が終わって、移動。

夫は、この気温の変化のためか肌が弱いので、手の届く首周りを掻いて赤くなって、出血もありました。
シャツや下着のシャツにも血のシミがてんてんと着いていました。

スタッフの方に
「今日はお風呂に入りますか?」
と聞くと
「今日は入りません。明日です。」
というので
「では、着替えさせますね。」
とお話しました。

ほんとうは「なんでこんなに汚れているのに着替えさせないの?え?3日も着替えないの?」と言いたいところです。

湿疹が悪化しています。
「お陰様で綺麗になりました」と数日前喜んでお礼を言ったばかりでした。

手の爪も汚れています。
掻いたからでしょう。

まず、洗面台で手を綺麗に洗いました。
それから、お湯で上半身そっと拭きました。
湿疹の部分は、タオルに血が着く程でした。

かゆみ止めの薬は、看護師さんの所です。
連絡すべきか迷いましたが、注入の時間まで待つことにしました。
部屋にある「アズノール」だけ塗りました。

気分転換に少し散歩にでかけました。

1階で、新しく入ったリハビリ担当の方と会いました。
「車椅子どうですか?」と聞かれました。

体に合わないようなので、調整を工夫してくださって、車椅子を変えて、タオルで補正されていました。

「背中のタオルのシワで赤くなってしまうんです。」
と、背中の赤くなった線を見ていただきました。
いろいろ考えて相談して調整してくださるそうです。
有難いです。


お昼の注入時間(13時頃)までに部屋に戻りました。

「トイレに連れて行きますか?寝かせた方がいいですか?」とスタッフに聞くと
「音楽療法の前に行きましたので」
と、いいながら、ベッドへ寝かせるために来てくれました。


ユニットリーダーの方、と聞いていましたので
「あの~毎日着替えをお願いしたいのですが~」
というと
「はい」というお答え。
次のことばが、
「皆に伝えます。着替えはいつにしますか?」

しばらく声が出ませんでした。


え❓何時って?
そういうオーダーを家族が出さなければ着替えさせないの?

「時間、、ですか?(ーдー)。。。」
「汚れた時、とか、」などと小声で呟くのです。

「時間、決めた方がいいですね。朝です。朝、お願いします。」とお話しました。


つくしの会のえいさんからも聞いていたことでした。
毎日着替えさせて欲しいと要望してから着替えるようになった、と。

ほんとに着替えさせないのだ、と知りました。
家族の要望があれば着替えさせる、だけど、黙っていたら週2回の入浴の時だけ?

夫のためにしっかり要望は伝えようと思います。
少しずつです。


帰りがけに、「医務課長から話があります。お待ちください。」と呼び止められました。

待っている間に1階ホールのピアノを触りました。

音楽療法の先生の寄付で骨董品のような味のあるピアノです。
現役は引退、調律できないのか、出ない音も残念な音もありますが、柔らかい深い音色を少し聴かせてもらいました。

医務課長さんのお話

数日前、偶然事務室前でお会いして、私から夫の水分量についてお話したことについてです。

担当者会議の時、スタッフから尿の色が濃くなっている、回数も減っている、と聞きました。脱水が心配です。水分量を増やすことはできないのでしょうか?在宅では、水分は多目に、という指示で増やすことができました。医師のオーダーより状況によって多目に、ということはできないのでしょうか?

というようなことお話しすると

「担当医師を変えられないかも含めて検討してみますのでお待ちください」
ということでした。
出勤日ではない日に「もう少しお待ちください」という電話をいただき恐縮していました。

急がなくてもお話出きる時に医務課長さんとお話したいとお願いしていました。

結論は、「水分量は、1回200から300に増量」になりました。
今後については、今までのいきさつを含め理事長さんとお話する機会を作っていただけることになりました。
すぐに動いてくださる医務課長さんには感謝です。
残念ながら今月退職なさるので、後任の医務課長さんが同席するそうです。

医師である理事長さんは、夫のフロアー担当ではないのですが、良い方向に行きそうです。

「他に何かありますか?」と、優しく聞いてくださる医務課長さん。
着替えの件もお話しました。
「気がつかなくてすみません。聞いて見ますね。」と仰っていただけました。
清潔は大事なので、夫のように重度の場合は特に医療と介護の連携をお願いしたいとお話しました。
家族は、遠慮もあってなかなか要望を伝えられない、という気持ちも聞いていただけました。

こうして、聞いてくださる方が退職なさってしまうのは残念ですが、後任の医務課長さんが引き継いでくださるそうです。

夕方になって、孫の迎えの日。

「ジイジは?」と聞かれました。
「お祭り?焼きそば食べてない!食べる」と覚えていました。
焼きそばは、あきらめてもらいました。
「ジイジはどうしてお留守番なの?」はしつこく聞かれました。
「ねえ、どうして?ジイジは○○ケアでしょ?」と小規模多機能の名前もしっかり言えました。
さて、どう説明しましょう。

特養でお世話になっていることを3歳児に話しました。

「ジイジは○○苑よ。バアバはね、ひとりでジイジをベッドに寝かせたり、起こしたり、お世話ができなくなったの。そしたら、○○苑の皆さんがお世話しますって、いうのでお願いしたのよ。」と。

3歳の孫の次のことば
「じゃあ、ありがとう、でしょ!」に感心しました。
「そうね、ありがとうっていわなくっちゃね。」というと
「ありがとうございますっていってください」といわれてしまい
「はい、そうします」と笑って答えました。

感謝の気持ちも、伝えたいと思います。

496.スキー・さくら祭り

3月30日から1泊、小学生の孫2人と新幹線に乗って越後湯沢へ。
ホテルで母と合流。
「新潟のおばあちゃんも一緒にスキーしようよ。」
と曾孫に誘われて、母もスキーをしました。画像
88歳のスキーヤーです。
スキー場はファイナルフェアでリフト券が半額。

お天気も良かったです。

なだらかな斜面は安全。
パラソルの下でゲレンデを見ながら休憩も格別でした。

スキー場内のホテルも格安で泊まれました。
スキーの後、ゆっくり温泉に入って、満月を見ながら帰ってきました。


4月1日は、特養のさくら祭りでした。
画像
焼き鳥、お団子、手作りパン、アクセサリー等たくさんの出店が出ると聞いて、孫3人を連れて行きました。
画像


娘は、年度初めで連続出勤。
婿殿も連日家事育児に奮闘。

私は、桜の木の下で孫の遊ぶ姿を見たかったのです。

「やきそば」のテントは、お世話になった小規模多機能の出店でした。
「あ、Sさん!」
施設長さんがやきそばを作っていました。

「やっと、慣れてきたところです。まだお話できないです。」というのが精一杯でした。
「お気持ちわかるような気がします。」と言っていただけました。
夫の姿も見ていただけました。

道路を挟んで、桜の木のある公園です。

お花見で賑わっていました。
春休みで子どももたくさん遊んでいました。

桜吹雪が綺麗でした。
夫の膝の上にも、桜の花びらがついて、特養のお部屋までお土産になりました。

夫は少々迷惑そうな顔でした。

3人の孫を車に乗せて帰ると、下の孫が「ジイジは?」と聞きました。


495.お花見

桜の花が満開です。
ソメイヨシノは、もう散り始めています。画像
夫の入所している特養の前にある公園の桜です。

お天気がいいので、毎日のようにお花見の散歩ができます。
夫は、もともとお花に興味を示しません。
お花の名前もあまり覚えようとしませんでした。

大雪の年。
夫は雪の中でも「散歩」といって山歩きをしていました。
春がとても待ち遠しかったのを覚えています。
お花に興味のない夫も、たぶん私のために桜の綺麗な所へ散歩に連れて行って?くれました。
勝手に歩き回って、付き合って歩くのが大変な頃です。


そして、昨年。
お花見は病院でした。
経鼻管栄養、車椅子でお花見をしました。

今年のお花見。
画像
公園を車椅子で歩きました。
桜の枝が垂れ下がっている所があって、思い出しました。

もう30年以上も前。
お義母さんを車椅子に乗せて、ここをこうして散歩しました。

夫の特養の隣りの病院です。
当時は国立病院でした。
時代は変わりました。

お義母さんは、4月に亡くなっていますので、たぶんその前の年だと思います。
桜の木の下を通ると「わあ綺麗!」と言って喜んでくださった。
そういえば、亡くなる少し前もお花を「わぁ綺麗!」と愛でてくださったその声を覚えています。

桜の木は、ずっと変わらず毎年花を咲かせて、立派な幹になっています。

国立病院の看護学校の寮だった所に、特別養護老人ホームができました。
写真の真中の建物です。


同じ市内にあって、すぐに行かれるのがいいです。
今までの小規模多機能よりもずっと近い距離です。


いろいろ、まだまだ私が新しい生活に慣れなくてもがいています。

やっと、夫以外の事に気持ちを向けられるようになってきました。
「今しかできない事を楽しもう」
と、スキーと温泉を実現させました。

そして、もう1回!
春スキーは孫と曾祖母ちゃんと一緒です。。。。
もちろん、温泉もです。。。。。
明日から行って来ます!

494.少しずつ・・・・

夫が特養に入所して、生活が変わりました。

動けない、話せない、全面介助だった夫ですが、家に居るか居ないかでは大きく違います。

夫は特養に住所を移しました。

私は世帯主、単独世帯(一人暮らし)になりました。

ゴミの量が大きく違います。
大きな重たいゴミ袋を出す必要がなくなりました。
燃えないゴミの回収日に、毎回「少ない!」と思います。

夫の着替えや口腔ケアや、皮膚のこと等、細かいことが気になって、毎日のように通っています。
夫にそれ程の変化もなく、夫の顔を見ると安心します。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会の日は、時間を気にせず帰ることができました。

久しぶりに、友人と日帰り温泉にも行きました。
夫が居ても、デイに行っていたので行かれないこともなかったのですが
「やっと行かれた」という感じになりました。
友人もお母さんの看護があったので、同じでした。


遠くから何年ぶりかで、私の学生時代の友人も訪ねてきてくれました。


面会に行かない日もあります。

少しずつ、少しずつ、体も楽になっている気がします。
面会に行くと、車椅子への移乗は私ひとりでもできますが、スタッフがトイレに連れて行ってくれるので、排泄はお任せしています。



旅行の計画を進めています。

5月には、シマウマカフェを目指します。

その前に、スキーと雪見露天風呂の旅。

6月末から7月に、母とスイスへ・・・・・・。

少しずつ、少しずつ進めています。
日程を決めて、宿を決めて、フライトを決めて・・・。
楽しみになってきました。


「その頃までには安心していただきたい。」と相談員さんに言われています。
私が「安心できなくて毎日通っている」と言うからです。


少しずつ、少しずつ 一歩前進です。

493.特養の生活

2月19日に入所して、もう3月。
3週間が過ぎました。

少し落ち着きました。

入所後は、手続きや面談。
初めてのことで戸惑うことばかり。
びっくりするようなことも。

不安や不満をそのままブログに書く事はできませんでした。

夫も、不安や不満も言葉に出せずに微妙な表情で訴えていました。

少しずつ落ち着いてきました。

土曜日には、夫の高校時代の友人2人が、日曜日には兄夫婦が訪ねて来てくださいました。

セミパブリックスペースというお部屋で面会ができました。


昨日は、午前中、やっと2年分の確定申告書を提出してきました。

遅くなった理由

国税庁の確定申告作成コーナーで簡単にできるのですが、
昨年は、夫の入院でそのままになっていました。

遅れて申請しようとパソコンを開いたら、古いパソコンでは対応できなくなっていました。

今回、タブレットで作成しました。
すると、今度はプリンターとWiFiでの接続がうまくできなくて印刷できずにいました。

結局、ケーブルで接続して、やっと印刷できたのです。

市役所で提出できました。
大勢順番をまっているようでしたが、提出だけのコーナーがあって並ばずにすぐでした。

お天気も良かったので、その足で夫の所へ行きました。

午前中に散歩のつもりでしたが、何やら忙しそう。
今日も救急隊がユニットに入っていました。

「大丈夫ですよ。検査入院ですからね。」
と利用者さんにスタッフが声をかけていました。

先週は、救急救命処置をしても「心肺停止」の状態でした。

今日は、新しい方が入居されて、大荷物が運ばれていました。
ほんとに、すごい荷物。
ダンボール箱をいくつも引越し業者の方が運んでいました。

スタッフは、とても忙しそうでした。

なんやかんやで、散歩に出たのは、お昼の注入後になりました。
車椅子でゆっくり、近くの公園、市の福祉総合センターまで行きました。
夫は、車の騒音に「ははは~」と笑って反応していました。

お腹も空いたので、知的障害の方も働く喫茶コーナーで食事させてもらいました。
「○○ちゃん」と呼ばれるダウン症の女の子。
ひょっとして「○○子ちゃん?」
職員が「そうです。」と答えてくださいました。

また行ってみたいと思いました。

ユニットに「ただいま」といって戻り、トイレに連れて行っていただきました。
男性スタッフが、トイレでパッド交換をしてくださったようです。
手提げ袋にパッドを入れて、トイレに入っていきました。

夫は、何やら不機嫌な顔で出てきました。
眉間にシワを寄せていました。
微妙に表情の変化を見せるようになっています。


夫の部屋で、スマホから音楽を聴かせていたのですが、急に思い立って、CDラジオを買うことにしました。
夫の友人に「お見舞い」をいただいたので「そうだ!」と買いに行きました。

大型電気店で、あまりにも種類が多くて迷ってしまいました。
SDもUSBも録音再生可能なCDラジオが格安8000円以内でした。
格安のSDとUSBも買って1万円内でバッチリ!

家で、いろいろ録音してから届ける予定です。





492.誕生日

3月1日
私の誕生日です。

友人から電話がありました。

ランチを一緒に食べました。
お母さんを介護され、看取った友人です。
話を聞いてもらいました。


その後、夫の特養へ行きました。
特養の玄関周辺を車椅子で散歩しました。


暗くなってから、帰宅しました。

「夕食、一緒食べよう」
と娘から電話がありました。

仕事から遅く帰ったのに、素早くご馳走の用意ができていました。

ハッピバースデイの歌、ケーキのろうそくは何本?

小学生の孫2人が、手作りの誕生カードをプレゼントしてくれました。
飛び出すカードで、良くできていました。
3歳の孫も、何かプレゼントしたかったらしく、おもちゃをクリスマスの靴下に入れて「持てって」と何回も差し出してくれました。

楽しい、幸せなお誕生会でした。


491.特養10日目

特養に入所して、もう10日。

まだまだ新しい生活に慣れません。

夫も、まだ表情が固いです。
家に居る時のようなリラックスした表情ではありません。
困っているような、不安そうな、戸惑っているような、怒っているような顔です。

今日は、少し暖かかったので、車椅子で外を散歩しました。

外に出るのは、在宅の頃は、デイの送迎の時だけでした。

車の騒音に「ははは~」と笑い声を出しました。
大きな音に反応します。

音楽療法では、また違った反応で、涙ぐむような感じです。

髭そりの時も音に反応するのか泣き笑いします。

散歩は、たぶん嬉しいのだと解釈して、これからも散歩したいと思います。
桜の花の頃、周辺のお花見が楽しみです。

夫は、なんでも口に入れようとして、ひざ掛けもしゃぶってしまいます。
口に入れてもいいように、大判タオルをひざ掛けにすると、やっぱりしゃぶっていました。
ずっとでもなく、取り上げるとしばらく忘れる事もあります。

特養のベッドでは、タオルケットも、手の届くクッションなども口に入れるので、家から持ち込みにしています。
歯槽膿漏があって、歯茎から出血もあるのが気になります。
早く歯科医に診ていただけるようお願いしました。

いろいろな変更手続きを入所した翌日からしました。

住所変更と同時に、保険も「後期高齢者保険」に切り替えました。
65歳以上75歳未満でも一定の障害があると「後期高齢者医療制度の障害者特例」が利用できます。

夫と私が同一世帯の時は、納める保険料が4万円以上上がってしまうと言われ、あまり医療を受けていなかった頃なので、メリットもない、と選択しませんでした。

今回も、2万円程、保険料は上がりますが、いろいろとメリットを聞いていましたので後期高齢者保険を選択しました。
医療費負担は1割に、自立支援医療は月上限5000円だったのが無料になります。

世帯分離したことで、夫にとって有利になることは多いと思います。

特養の費用に関しては、世帯が別でも、配偶者の所得も合算されてしまうようです。


夫に代わって、転居届けや住民票、課税証明書の発行など、手続きには「代理人届け」が必要でした。
特養の方が代筆して書いてくださいました。

高齢福祉課には、市民課から連絡が行くので変更届の必要はありませんでした。
おむつの給付は、入所が決まってすぐ中止にしました。
配達日が近かったので無駄にせずに済みました。


障害福祉課で、手帳の住所変更。
難病医療、自立支援医療の住所変更。
ついでに、薬局の変更。

特別障害者手当は停止。
ガソリン代も停止。でも、1月分は請求できるそうです。

「変更後の書類の届け先は新住所でいいですか?」と聞かれました。
「はい。メールボックスがあるので大丈夫です。」と答えました。

特養の住所に届く郵便は、玄関横のメールボックスに入れられ、私が鍵で開けることになっています。

新しい後期高齢の保険証は、郵送ではなく直接届いたようです。
その仕組みはよくわかりません。

自立支援医療証は、いままでもかなり時間がかかったように思います。
次の更新が7月なので、申請用紙もいただきました。
5月から申請できますので、次の診察で診断書を書いていただこうと思います。

だいたいの特養入所による手続きは、済ませた、と思っています。


夫の寝ていた介護ベッドがなくなって、これからどうしよう。
外出や外泊の時のために、聞いてみました。
レンタルは自費でできるそうです。
料金は、月4000円くらい、だそうです。
長期の外泊の時はレンタルも必要かもしれません。
ちょっとした時なら、ソファーベッドや簡易ベッドが便利かもしれません。

とりあえず、今までの場所に、七段飾りのお雛様を飾りました。

娘が生まれた時、実家から贈られた物です。
あまりにも立派で、部屋を占領されてしまうので飾ったのは2,3年。
毎年、親王飾りだけでした。

今回は、孫も喜んで娘と一緒に飾りました。

お雛様の後で、またベッドを入れるか、考えます。



490. 特養入所の日

平成30年2月19日(月)14時
夫は、特別養護老人ホームに入所しました。
70歳です。

指定された衣類の枚数を用意すると大荷物になりました。
夫がスキーに行く時に使っていた大きなバッグが役に立ちました。

吸引器や胃ろうの栄養剤ラコール4箱。


そして、夫ですが、下剤が見事に効いて大量の便をしてくれました。
喜んでお世話させていただきました。
訪看さんが、いつもやってくださるように、お尻を綺麗に洗いました。

小規模多機能の施設長さんが忘れ物の歯みがきセットを届けてくださって、夫に挨拶をして、髭剃りをしてくださいました。

施設長さんには感謝の気持ちをとても言葉で表す事ができません。
精神病院から退院させ、在宅介護ができたのは、このSさんのお陰です。
訪問診療、福祉車両、スロープも後押ししていただきました。
そして、今回も特養か療養型病院かと施設入所を一緒に考えていただきました。

「ありがとうございます」というのが精一杯でした。
不思議なご縁も感じるので「これからもよろしくお願いします」と伝えました。


入所は、午後2時なので、ゆとりがあったはずなのですが、お昼の注入や排泄、着替えもあって、ちょうど良い時間でした。

夫が入居したのは、ユニット型の個室です。
奥の角部屋、景色が良いお部屋です。

家具が備え付けではなく、持ち込みです。
タンスは、斡旋している物を購入することもできます。
家に、ちょうど夫が使っていたローチェストがあるので運ぶことにしました。
実際に運ぶのは、ちょっと大変!
引越し業者は高額、家具宅配便も面倒!
手配を諦めました。

2日後、介護ベッドの回収に来た福祉用具の方に2階から下ろして、私の車に積み込んでいただき、ほっとしました。
お願いすると「いいですよ」と2人で簡単に運んでくださいました。
良かったです。


特養入所の日

セミパブリックスペースというお部屋で、医務課長さんと面談。
書類提出、今までの経過、今後の医療の話、看とりの話などたっぷり。
私の話も聞いてくださって「医療関係の方ですか?」と感心されてしまいました。


次は、ケアマネさんの、ケアプランの説明。

次は、管理栄養士さんの計画書にハンコ。

そして、お部屋で、介護士さん、ユニットリーダーの方から、1日の流れなどの話。
介護士さんは、男性が多いように思いました。
ユニットリーダーも男性です。
音楽療法が毎週火曜日にあると聞き、一緒に参加したいとお願いしました。


とても長い1日でした。

慣れない環境で夫も表情を固くしていたようです。

489. 特養入所前のいろいろ

夫は、無事、特別養護老人ホームに入所しました。

入所前の事も記録に残して置きたいと思いながらも、時間が過ぎて、追いつきません。

入所前の面談 16日

特養入所は、急に決まりました。
特養としては、すぐにでも入居してもらいたいところです。

16日?と思いましたが、17日(土)にお兄さん夫婦が会いに来てくださる予定でしたので、入居日は、19日(月)になりました。

16日は、入所の説明を受けました。

重要事項の説明
提出書類の説明
料金の説明
手続きいろいろの説明
入居する時の持ち物等

「途中でわからないことがあったら、聞いてください。」
と言われ、聞きながらなので、時間がかかりました。
3時間くらいだったかと思います。


平成25年設立の市内では、一番新しい特養です。

胃ろう栄養の話では、現在のラコールNFを使いきってから変更になるかもしれないという話。


「訪問マッサージ」について聞いて見ました。
結論は、「できません」でした。

「受け入れたいけれどできない」というお話でした。
医師やスタッフの反対があるわけではなく自治体がダメだといっているので施設として受け入れていないそうです。

入所前から相談員さんを悩ませるのも申し訳ないので、希望だけ伝えました。
機能訓練も現在は、していないので加算もないそうです。
4月から、OT(作業療法士)さんが入るそうです。

書類は、持ち帰って、入居日に提出です。


16日は、午前中に夫の健康診断。
レントゲン、心電図、血液検査など。
夫は、看護師さんの白い手が気になって、そっと触っていました。
無事終了して、小規模多機能へ、最後のデイをお願いしました。
施設長さんが、「入浴、僕がします」と言ってくださいました。

それからの、特養面談です。

そして、

こんな日に限って、娘も婿殿も夜忙しくて、孫の夕食、泊まらせる約束までしていました。

孫が泊まることは、滅多にないので「できることはやっておこう」と思って決行です。

賑やかな、普通の、孫のいる光景です。
またまた、こういう時、両親が、特に母親が忙しいと繊細な孫が不安定で、ちょっと、いつもより頭を使いました。
これも滅多にない事です。
孫3人と犬も一緒に寝ました。


17日は、お兄さん夫婦が見えました。
アイスクリームを買ってきてくださって、ほんの少し食べさせていただきました。
車椅子に移乗させ、お兄さんから食べさせていただくと、嬉しそうに笑いました。
久しぶりのアイスクリームの味や冷たさが嬉しかったようです。
スプーンを自分で持って食べようとしました。
少しだけしかあげなかったら、何もないお皿をスプーンでかちゃかちゃさせていました。
「もう少しだけよ」
と特別サービス でした。

食べることは喜びですし、食べさせる方も喜びです。
嚥下の状態には注意しましたが、その後もむせる様子もなく大丈夫でした。
誤嚥のリスクを考えても、やっぱり貴重な時間だと思います。
楽しい時間でした。

外出や外泊もできるので、こうして過ごせたら良いと思います。

前日の18日(日)をどう過ごしたか・・・・
荷物の準備で大忙しだったと思います。

夫は、ずっとベッド。
やっぱり在宅介護は、ギリギリだったかもしれない、と思いました。
介護仲間のWさんが、「心が疲れているでしょう」と花束と美味しいパンを持って来てくださいました。
夫にも挨拶をしてくださいました。
嬉しかったです。


入所まで健康状態には気を使いました。

無事入所できました。

488.特養入所決定!!!

特養入所決まりました!
決まると早いです。
19日、入居です。

まだ、何がどうなったか、少し頭が混乱状態です。

特養入所は、決まりました。

連休明けの13日(火)に、特養の相談員さんが家に来ました。

夫を見て、夫の状態のお話をしました。

そして、

「急ですが、今週入居できますか?」
というお話になりました。

17日(土)は夫のお兄さん夫婦が来てくださる予定になっていました。

土曜の入居を、ふと思いついたのですが、すぐ却下。

「それでは、19日(月)でもいいですよ。」
ということで、

入居日は、2月19日に決まりました。


その前に16日は特養で入所の契約などお話を伺います。
2時間半くらいかかるそうです。

相談員さんは、夫に丁寧に挨拶してくださいました。

お帰りになる時は、「もう1度握手を」と
「顔を覚えてくださいね。」
と夫にお話してくださいました。
夫は知らんぷり。

「男の人は無視します。スミマセン。女の人だと反応が違うんですよ。」
と話すと「わかります。」と笑ってお話できました。


また、落ち着きましたら、ゆっくり書きます。


特養は、市内です。
近くに決まって良かったと思います。

「良かった!」と思えることが良かったです。

487.特養への道 4

特養への道が拓けてきました。
まだまだ遠いかもしれません。

途中経過も記録に残したいので、なかなか現在の状況まで追いついていません。

先に、書きます。

13日(月)に市内の特養の方が自宅まで夫の様子を見に来るそうです。


9日(金)
レスパイト入院を考えたのが、8日でした。
少し遠くても良い病院へ、と入院の電話相談をして10日に見学面談の予約をしました。
「診療情報提供書」を訪問診療の先生に書いていただくようお願いしました。
急ぐので、FAXで病院へ直接送っていただくようお願いしました。

えいさんの奥様が入所している特養。
えいさんが相談員さんに聞いてくださった、とメールをいただきました。
すぐに、直接相談員さんとお話しました。
「胃ろうで待機している方は現在3名います。早い者勝ちではなく、緊急度の高い方など考慮しますので、先ずは申し込みをしてください。」と、親切に手順を教えていただきました。
他市になりますので、「介護認定審査会資料」が必要です。
申請書類は、えいさんが郵送より早くポストに届けてくれました。

9日は、小学生の孫が給食のない日でした。
学童へお弁当を持って行くのも大変かと、一緒にお昼を食べる日にしました。

ちょうど、友人も自宅近くに用事があって、訪ねて来てくれました。


特養申請書類を書き始めていました。
やっと文字が書けるように、手も回復してきました。
でも、無理はできません。

あせって、指を動かすと突然痛む事があります。

短期入院させることを決め、特養を探すことを決めて、気持ちも落ち着いてきました。

市内の特養。
夕方になって電話してみました。
3年前に申請をして、昨年もう1度、変化した状況を伝え、さらにもう1度入所待ち状況を聞きに行っていました。
電話は、相談員さんの都合で、17時30分過ぎにかけ直しました。
手が痛くなって困っている状況を一気にお話し、なんとか入所できないかと訴えてみました。
すると、
「うそじゃないですよ。」と前置きをして
「順番が来ているので、ご本人面接に伺おうと、週明けに連絡する予定でした。」
というのです。

びっくり!大喜びです。

すぐに、面接予定日の話をして、13日の午前中、デイへ行く前に来てくださることになりました。

まだ入所できると決まったわけではないのに、喜んでしまいました。

すぐに、えいさんに電話して、一緒に喜んでいただきました。
「良かった。良かったね。」と何度も「良かった!」と喜んでくださいました。
「Sさんに連絡してくださいね。」といわれました。

小規模多機能の施設長のSさんにお伝えしたかったのですが、時間が遅かったので帰られた後でした。
ケアマネのTさんが、職員の連絡網で伝えてくださるそうです。

大喜びをして、あわてて病院の予約も、診療情報提供書もキャンセルしてしまい、大失敗!

10日、小規模多機能に電話をして、病院のキャンセルを伝え、迎え時間の変更をお話すると、看護師さんに「特養はどれくらいの期間で入れるのか聞いていますか?」と聞かれました。
最初は、その意味もわからず、「どれくらいの期間入れるか」と聞かれたのかと思って「え?特養ですよ。」と答えてしまいました。
面接に来ても入所まで待たされて入院している方もいるのだそうです。
すぐに、入所できるかどうかわかりません。
喜んで、すぐに入所と思い込んでいました。
冷静な看護師さんに感謝です。

特養の相談員さんは、3連休で、聞くことはできませんでした。


入院の面談のキャンセルを丁寧に謝って、予定通りの予約時間でお願いできました。
診療情報提供書は、とても申し訳なくてお願いできないので、他の診断書を用意しました。
13日を待って、お願いしたいと思います。

療養型の病院ですので、入院は、できるようです。
でも、どんなに良い病院でも、やっぱり病院です。


できることなら、自宅から特養へ、生活の場を移すことだけを考えたいです。

「在宅介護をギリギリまで頑張るつもりはない。」
と思っていたのに、今はもう、ギリギリを超えているのかもしれません。

486.レスパイト入院を考える

すぐに入れると思って複雑な思いでいた特養に入れない。
手が痛くてお箸が持てなくても、夫の介護をしなくてはならない。
はてさて、どうしたらいいの?と夜、寝ながら考えた2月6日。
「そうだ! レスパイト入院」

2月7日(水)
訪問診療の日でデイはお休み。

レスパイト入院について調べました。
http://www.nyuuin.com/resupaito.html

貼り付けます。

レスパイトとは「休憩」の意味をもつ英語であり、自宅療法を受けている患者の家族が、一時的な外出や休憩、その他の介護を続けられない期間をサポートする目的で行われている医療サービスです。


受け入れてもらうための条件
レスパイト入院の受け入れ条件は、それぞれの医療機関により違いがありますが、おおむね以下のような基準が設けられているようです。

入院期間は2週間程度入院期間終了後は必ず退院し、自宅へ戻ることが条件となります。

重症・難病を抱えた、介護の困難な患者が対象ほとんどの医療機関では、レスパイト入院が可能なのは、介護の困難な患者に限定しているようです。


ショートステイ等との違いは?
在宅介護を行っている家族の介護負担を軽減する目的で利用するのは、本来ならばショートステイなどの介護サービスとなります。
レスパイト入院も一見似たサービスのようですが、実際には大きな違いがあります。

ショートステイなどの介護サービスでは、医療設備が整っていないために、全ての要介護者を受け入れることができません。

これらのような介護サービスを受けられない方のために、設備の整った病院で受け入れをしているのがレスパイト入院ということになります。

そのため、レスバイト入院では、介護保険ではなく医療保険を利用することができます。

医療保険を利用しているため、本来の入院と同様の料金となるようです。

通常の入院患者と同じ医療体制でのケアとなりますので、自宅での介護や、ショートステイなどの介護サービスのようなケアは期待できない場合もあります。

申し込み方法も各医療機関で異なりますが、まずは主治医へ相談してみるのが確実といえます。


東京都福祉保健局のページ

(3)在宅難病患者一時入院
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/nanbyo/zaitakunanbyo/ichijinyuin.html
 東京都では、在宅難病患者さんの在宅生活を支えているご家族等の介護者が、御自身の病気や事故等の理由によって一時的に介護ができなくなった場合、患者さんが短期間入院できるように、都内の病院にベッドを確保しています。
※利用理由には介護者の休息、在宅療養、受診・検査、仕事や家庭の事情等での外出、入院等があります。
※在宅生活とは、申込み時及び退院先は在宅であることを指します。


実施内容
入院期間
1回の申込みで入院できる期間は、原則、最長1か月間です。
ただし、年間(年度内)90日間の限度内で、繰り返し(複数回)利用が可能です。


予約受付

利用開始日の3週間前から申込みできます。
(ただし、人工呼吸器使用患者(24時間)については、利用開始日の1か月前から)

入院施設
東京都と委託契約を締結した病院
対象者
(1)東京都内に住所を有する方
(2)東京都難病医療費等助成対象疾病にり患している方
(3)家族等の介護者の療養、休息等の理由により在宅での介護を受けることが困難になった方
(4)常時医学的管理の下におく必要のある方

申し込み方法
ご利用については、患者さん若しくはご家族の方より、お住まいの窓口へお申込みください。
(1) 特別区にお住まいの方      ・・・保健所・保健センター等
(2) 多摩・島しょ地域にお住まいの方 ・・・居住地を所管する保健所


夫は前頭側頭葉変性症で難病指定をうけていますので、この制度が利用できます。
でも、実施内容や申し込み方法など手続きが面倒です。
ベッド数もわずかです。
すぐに利用は難しそう。



訪問診療の先生に相談してみました。

私「レスパイト入院を考えているのですが、病院をご存知でしょうか」
Dr「A病院の療養病棟でできますよ。予約が必要なので聞いてみたらいかがですか。お盆やお正月は満室になるようですよ。診療情報提供書が必要なら書きますよ。」
と教えていただきました。

ショートステイについても、以前に先生からご提案いただいたのですが、介護保険を使うため、小規模多機能を利用していると利用できません。
レスパイト入院は、在宅が条件で、医療保険ですので小規模多機能でも問題ありません。


市の「在宅医療・介護連携支援センター」に電話しました。
「ご相談ください。」とありましたので、話は聞いていただけました。

残念ながら、同じ病院内へすぐに、という繫がりはなく、
「ケアマネさんを通して、A病院の○○支援?相談?○○へ(忘れました)」
と言われ、手続きが面倒であることがわかりました。

そうか、ケアマネさんを通さなくては、できないのね。
では、明日・・・・です。

小規模多機能へ相談することにしました。


2月8日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会の日です。

朝、電話で施設長さんSさんとお話できました。
特養とのこともお話すると、B病院がいい、と以前に勧められた病院のお話をされました。

私も以前、病院探しで見学に行って、良いと思っていた病院でした。
「レスパイト入院できるからといって、どこでもいいわけではありません。遠くてもここなら良いと思います。短期入院が可能か聞かれてはいかがですか?」といわれ、そのB病院にご縁を感じました。
30年以上前から夫が関わりのあった病院です。
まさか、入院対象になるとは思っていなかったかもしれません。


8日、つくしの会の定例会のため、夫の迎えは私です。
車、車椅子、ベッドへの移乗を、えいさんが手伝ってくださいました。
私からお願いすることなんて、できませ~ん。
察していただき感謝です。
当然のように、ごく自然に一緒に迎えに行き、車椅子を車に乗せていただき、ベッドへの移乗もズボンの上げ方も介護のプロのように「こうするといいですよ。」と教えていただきました。
夫の体の向きをころころと変えて、なんと楽なことでしょう。
後で、ひとりで同じようにやろうとしたら、「手が痛い!」 無理です。大変でした。
夫も、私の大変さがわかるのか、お尻を持ち上げて協力してくれました。
これにも、びっくりです。
え?できるの?
できないと思って、やってあげていた事も、え?できるの?
え~?
「そんなに大変なんて見ちゃいられません。僕もがんばりますよ!」という感じ?
え?できるならやってよ~!

生活の中のリハビリをもう少し考えます~。

8日、B病院のパンフレットをいただいて帰宅しました。
「前頭側頭葉変性症つくしの会」の仲間に励まされた日でした。

485.特養への道 3

特養(特別養護老人ホーム)入所までの道は遠く険しいです。

なんとか明るい兆しも見えてきましたので、少しずつ書いておきたいと思います。

小規模多機能の施設長さん、歯科医の先生のご紹介で、入れるかと期待しながらも不安で複雑な思いで見学に行った特養。

今日か明日かと良い返事を待っているうちに2月になってしまいました。
手は腱鞘炎で痛くなって、いよいよ介護が難しい状況になってしまいました。

今までお世話になっていた小規模多機能でも、新規の利用者さんが入ったこともあって、泊まりが難しくなってしまいました。

今までなら、急に腰が痛くなった時も「今日は泊まれますよ。」と声をかけていただけました。
お部屋が空いていなくても、急遽ソファーベッドで寝かせていただいたこともあります。

それも難しいようです。
スタッフは、なんとか私の要望に答えようとしてくださっているのもわかります。

「このままでは、今後困る」
と、2月6日、施設長さんにご相談しました。

「今後のことで・・・」と電話でお話すると、
「特養の申し込みの時、どうお話されましたか?」と聞かれてしまいました。

「??お願いします、とお話しました・・・・」

内部情報で「家族が大変そうに見えない」という理由で他の方の入所が決まった、と仰るのです。

「え~?そんな~~」と声を震わせ「困っている状況をお話しているのに、そういう風に取られて、相談員さんの感情的な見方で左右されるのですか~?」と感情を口にすると、施設長さんも私の気持ちをわかってくださったようです。
私の気持ちが変わって特養を断ってしまわないかととても気になさっていたようです。


私が「それでは、すぐに特養に聞いてみます。」というと
「やんわりと聞いてみてくださいね。今後歯科医の先生にお世話になるので失礼にならないように。」といわれました。


特養の相談員さんへの電話
「お話しましたように、待機されている方がたくさんいます。優先順位の高い方もいます。」というお答えでした。
手が痛くなって介護ができない状況であることも涙声で訴えました。
いろいろ話す中で、「吸引をしていますよね。」ということばが気になりました。
最後は「医療職、介護職を交えて相談しますので、もう少しお待ちください。」でした。

最初の面談でも、吸引について聞かれました。
「夜は看護師がいないので、吸引回数が多くなると見られない」というお話でした。
「医療職の人に吸引回数を確認するよういわれた」のだそうです。


今回受け入れができなかった本当の理由は、そこにあるように思ってしまいました。

目の前にあると思ったゴールが遠のいてしまいました。

もう、今すぐこの特養への入所は、有り得ないということがわかって、がっかりしましたが、それなら次へ、と考えなければなりません。

施設長さんからも「他にも心当たりがありますので当たって見ます。」と有難い言葉をいただいていました。

腱鞘炎も「今のままではいけない」と考え直すきっかけになりました。

484.特別障害者手当について

現在、夫も支給されています。
入院中は支給されません。
特養に入所すると支給されません。
特別障害者手当
支給月額 26,810円

支給要件 
精神又は身体に著しく重度の障害を有するため、日常生活において常時特別の介護を必要とする状態にある在宅の20歳以上の者に支給されます。

前頭側頭葉変性症の在宅介護は「特別な介護を必要とする状態」であることが多いです。

在宅介護で要介護4くらいなら該当すると思います。

医師の診断書が必要です。

『日常生活能力判定表』
合計14点以上なら申請した方がいいと思います。


できる  0点
介護があればできる 1点
できない  2点

1 食事 ひとりでできる・介護があればできる・できない

2 用便(月経)の始末 ひとりでできる・介護があればできる・できない

3 衣服の着脱 ひとりでできる・介護があればできる・できない

4 簡単な買い物 ひとりでできる・介護があればできる・できない

5 家族との会話 通じる・少しは通じる・通じない

6 家族以外との会話 通じる・少しは通じる・通じない

7 刃物・火の危険 わかる・少しはわかる・わからない

8 戸外での危険から身を守る (交通事故) 守る事ができる・不十分ながr守る事ができる・守ることができない


診断書用紙をコピーして介護している方が見て○をつけて、主治医の先生にみていただくと良いと思います。
先生は日常のことはご存知ないかもしれません。

「箸を持って食べるから」といって「ひとりでできる」ではありません。
見ていないと生の物でも食べてしまって目が離せないなら「介護があればできる」か「できない」に○。2点です。

ついつい、できてほしいと思うあまり「まだ少しできる」と甘く見ない方がいいです。
「できない」のです。

在宅で介護を必要としているのですから、堂々と申請してよいと思います。


私も、夫が精神病院を退院して在宅介護となってすぐ申請しました。
食事だけが1点、他は2点で16点満点の15点でした。
そのころのブログにも書いたと思います。

夜中にひとりで起きて、着替え、コンビニでパンを買って、放尿しても便の始末はできていた頃の方が在宅は「特別の介護が必要」でした。
10点では「特別障害者手当」はもらえません。
「要介護1」でした。
3時間もの散歩に毎日のように付き合い、ドライブにも行っていたあの頃に、少しでも「特別障害者手当」のような「特別」な手当がいただけたら、気持ちも少し楽になったかもしれない、と思います。

障害の程度は、今考えると、かなり重度だったのに認識が足りなかった、とも思います。

前頭側頭葉変性症つくしの会では、在宅介護をしている方に「特別障害者手当」や利用できる制度のお話をしています。

「まだ、できるから・・・・」と詳しく行動を聞いてみると「できない」が妥当だとわかる事もあります。

申請書は、自治体の障害福祉の窓口で貰います。
私の市の障害福祉課窓口では「身体障害、知的障害ではないので・・・」
と、すぐには出してもらえませんでした。
「同じ病気の方が申請して受給されています。」
と、きっぱりというと、後ろの方に聞きに行きベテランの方が対応してくれました。
「日常生活判定表」を見せられ14点になるかと聞かれました。

診断書発行には料金がかかりますので、親切に教えてくださったのだと思います。

当然ですが、申請しないと支給されません。

14点以上になると思ったら、申請書を請求して、主治医の先生に診断書をお願いして申請すると良いと思います。

先日の「前頭側頭葉変性症つくしの会」でも、これから申請しようかと考えている方がいらっしゃいました。

個人的にお答えしても良かったのですが、まだまだ、という方にも参考になさっていただきたいと思い、書いて見ました。

483. 雪かきで腱鞘炎?

雪かきの後遺症です。
腰も背中も痛くならなかったのに、手首、腕の痛みは初めてです。

利き手の右手です。

少しの痛みだったので、気にもせず、こんな風になるとも思わず、数日雪かきを楽しんでしまいました。

ちょっとした動きでも痛みを感じるようになって、あらまあ、腫れていました。

「腫れてる。腱鞘炎だ!」と脳が認識してしまったら、ちょっと動かしても「痛い!」
なんと不便なこと。

湿布薬も無くなったので受診しました。

「腱鞘炎ですね。注射しますか?」
「注射効きますか?」
「わかりません。全く効かないこともあります。」
そう言われて注射はお願いできませんでした。

痛み止の飲み薬と貼り薬で様子を見て、痛みが酷かったら注射もしてくださるそうです。

看護師さんに包帯の巻き方を教えていただきました。

大袈裟に包帯でぐるぐる巻きにされてしまいました。



夫は、タミフルを飲み終わって、明日からデイも行っていいそうです。


夫の介護や孫の世話等ができることは幸せなことなのだと思います。
右手が少し不自由になっただけで、そう思います。

左手を使うようにします。

482. インフルエンザ?

25日(木)つくしの会の交流会でした。
夫は、寒い時期なので欠席です。

26日(金)夫を小規模多機能のデイに送った後、久しぶりに友人と会ってランチをしました。
美味しいコーヒーを飲んで、家に帰るとちょうど小規模多機能から電話がありました。
38度3分の熱の連絡でした。

すぐ迎えに行きました。
迎えに行きながら、訪問診療の先生と連絡を取りました。

インフルエンザの検査をするためにクリニックへ来るよう指示を受けました。

クリニックの前の駐車場は、雪がまだあって道路との段差は凍っています。
「車椅子が降ろせないのです。」
「裏の駐車場を使ってください」
「はい」

運良く、裏の駐車場は空いていました。

受付からすぐ別室に案内され、検温すると38度6分でした。

昨年の受診、最初はインフルエンザではないと、この部屋で言われて・・・
だんだん食べられなくなって・・・
また検査をしたらインフルエンザで・・・・

と昨年を思い出しながら待っていました。

夫は特に辛そうな様子もありません。

インフルエンザの検査は、マイナスでした。
発熱から時間が経過していないと結果が出ないのではないかと質問しましたが、今はすぐ出るのだそうです。
でも、マイナスでした。
でも、インフルエンザではないともいえない、と「タミフル」を処方されました。

5日間は外出禁止。
デイもお休みです。

28日(日)は、彩星の会。
残念ですが欠席しました。

夫は熱も下がって、大丈夫です。
胃ろうなので、水分もたっぷり入れられます。
当然、出る尿の量もたっぷり!

穏やかな顔をしています。
音楽を聴かせると、泣きそうな笑顔になります。



481. 雪かき

新潟で雪かきをした翌日、東京で雪が降りました。
22日、予報よりも早く降りだしたので交通は大混乱だったようです。

「家の前の道路が雪だけど、雪かきした方がいいよね。誰もやっていないけど。」と娘から電話がありました。
夜冷え込む前に出来るだけ雪かきをするよう伝えました。


雪に慣れていない東京では、除雪のシステムはありません。
家の前道路の雪を除雪しなければ、そのままで大変なことになります。

孫達にスキーウェアを着せて遊ばせながら、夫婦二人で道路の雪かきを頑張ったようです。

23日、新潟の実家の雪かきをしてから、自宅へ帰りました。
交通機関もそれぞれ数分の遅れだけでした。

家に到着して、すぐそのまま雪かきです。
頑張りました。


24日、家の前は雪がないのに、車で走ると道路に雪があって、凍っているところもありました。
建物の影のなっている所などは、ツルツルになっていました。

25日、踏み固められて、ますますツルツル、ガチガチの場所がありました。
公共の道路です。

こうなる前に除雪をどうしてしないのか疑問に思います。
除雪の考えそのものがないようです。



雪かきと夫

夫と結婚したばかりのころ、私の祖父母の家の雪かきを夫がして、とても喜ばれたのを思い出しました。
夫は、雪かきなんてしたこともなくて、珍しくて楽しそうでした。
「雪かきって暑いね」と汗をかいて笑っていました。
屋根の雪降ろしに困っていた祖父母は「いい人だ」と喜んでくれて点数稼ぎできました。

その後、何十年、夫が雪かきをしたかしないか記憶がありません。

認知症になってからは、「雪」が理解できなくなりました。

あの「奇跡のフルート発表会」の日、雪かきをした道を「ここは歩きやすいね」と上機嫌で歩きました。
大雪でも散歩に行きました。
「雪」を「上から白い物が」と表現しました。

雪が残る山にも一緒に行きました。
雪の中で歩けなくなった夫を写真に撮っていました。

あの頃は、春がとっても待ち遠しかったです。



480. 新潟へ

母の通院日前後で、ゆっくり新潟の実家へ行くつもりでした。
ちょうど、大人の休日倶楽部限定のフリーパス4日間が使えます。

予定では、20日から23日の4日間でした。

21日は、小規模多機能のスタッフの都合で朝の注入に行った後で出発することになりました。

夕方は大丈夫になって、早く出発できるので喜んでいました。
前日に切符も購入しました。

駅の券売機で簡単に買えました。
時間もかからず、駐車料金も無料でした。

20日から24日午前中まで夫は泊まりをお願いしました。

21日、朝の注入のため小規模多機能へ行きました。
夫は、私を認識できないのか、わかっているのか不機嫌でした。
話しかけても、マッサージをしても、眉間にシワを寄せていました。

「新潟、行ってくるね。」と言っても知らんぷりでした。

認知症が進んでも何もわからなくなるということは決してない、と教えられます。
明らかに不機嫌でした。

早朝のスタッフは、ひとり。
利用者は、夫を含めて5人でした。
ノートに小さな文字で書き込んでいる方、「お水を少しください」とキッチンまで行かれる方、居眠りをする方。
夫は、その中でも重度です。

泊まらせていただいて有り難いです。

スタッフと月曜日の雪の予報の話などをして、夫をお願いして小規模多機能を出ました。

家に帰って、すぐ出発!
できませんでした。

タイミング良く電話がありました。

給湯器の交換の電話でした。
今からできるというのです。

給湯器が壊れて困っていたので1日でも早い方がいいです。
「今すぐなら」
とお願いしました。

工事は、2時間程。
終わってからの出発です。

ちょうど孫3人と婿殿が外に居て
「行ってらっしゃい👋😃」
と賑やかなお見送りでした。

一人旅のスタートです。

ひとつ、計画がありました。

途中下車をして温泉に入るのです。

スキーでは、何度も行っている越後湯沢です。

駅周辺にも、駅構内にも温泉があります。
時間があったら、と考えていました。

給湯器交換で遅くなりましたが、時間はあります。

身軽なひとり旅です。

「大人の休日倶楽部パス」で東日本のJRが新幹線も乗り放題です。

お弁当とお茶とビールを買って、新幹線に乗りました。

いつもは、ビールで気持ち良くなる所ですが、越後湯沢で降りなくてはなりません。
時間も半分の1時間程で到着です。

越後湯沢駅
降りて人の多さにびっくり!
しかも国際的です。
海外からの観光客で賑やかな構内の売店には「免税」の文字もありました。

構内の賑やかな売店を抜けて、お酒のお風呂に向かいました。
お風呂の中も中国語の会話ばかりで、びっくりです。

小さな温泉なのに、観光ガイドにでも載っているのでしょうか。
スキー客が帰りに寄るには少し早い時間帯でしたので、地元の年輩の方と賑やかな中国の方数組でいっぱいでした。

お酒の香りがほのかに香る温泉で、ゆっくり温まりました。
体の芯までぽっかぽかで、ずっとぽっかぽかでした。

実家では弟夫婦も一緒に夕食。
チーズフォンデュとスイスのワイン、義妹の作った郷土料理も美味しかったです。

22日は、母の受診日。
東京は、予報通り雪が降ってニュースになっています。

新潟市内は、夕方から雪です。

日中は、雪も降っていなかったので存分に雪かきができました。
道路に雪はありませんが、家の前の路地や駐車場の雪かきが必要でした。

雪が降りだしたので雪かきは、終わりにしました。




479. 特養への道2

特養入所の申し込みをしました。

自宅から車で30分くらいです。
途中、駅周辺の渋滞もありました。

いつも渋滞している道路のすぐ側が特養の入り口でした。

前日、1月18日に夫の定期受診の後、下見に行って書類を出してありました。

相談員さんに案内していただき見学をしました。

まだ、できたばかりの新しい施設でショートステイの階は、半分空いていました。

特養は、現在満床。入所は順番待ちだそうです。
「胃ろうでお断りすることはありません」
というお話でした。

夜間、看護師がいないので吸引はできないそうです。

現在の吸引回数を聞かれました。

今、夫はほとんど吸引の必要もなく、口腔ケアの時だけ吸引しています。
体調も良いので、お願いしたいと話しました。

夜間吸引が必要になった場合、困る?と考えましたが「私が来ます」と言ってしまいました。

新しい施設で、胃ろうの受け入れも始めてなのかもしれません。

難病医療の話から「前頭側頭葉変成症とは何ですか?」と聞いてくださったので、簡単に説明させていただきました。
最後に「前頭側頭葉変成症つくしの会」のパンフレットを受け取っていただきました。


今となっては、なんの難病でも動けない状態に変わりはないのですが、医療費の補助を受けていることをお話しました。

入所費用の「食費」にも関係すると思います。
今は、胃ろう栄養は「医療費」になっています。

費用概算が高額です。

減免の制度の説明〈介護保険負担限度額の認定者〉
とあります。

「認定を受けていますか?」
と聞かれました。

高額介護サービス費と混同してしまい、咄嗟にわかりませんでした。

後で調べてわかりました。

「介護保険負担限度額の認定」は、所得により居住費や食費の負担を軽減する為、負担限度額が段階ごとに決められているて、ここでも「世帯全員が住民税非課税」という要件がありました。

残念ながら該当しません。

世帯が別でも配偶者が課税対象の場合該当しません。

高額な費用が必要になります。
新築のユニット式なので高額な料金設定なのでしょう。
それにしても、夫の年金で払える金額?

478. 歯

夫は、歯をとても大切にして定期的に歯医者さんに通っていましたが、認知症の症状が進むと歯を磨かなくなってしまいました。
まだ何でもひとりでできるからと、放置していたので、症状が進むと「自分勝手」が度を越して、世話も介護も思うようにできなくなっていました。
診断から4年目くらいからです。
いろいろ理由もあって、仕方なかったと思いますが、歯磨きの習慣を取り戻し、磨かせるようになるまでに時間がかかりました。
「歯」が「口の中」が大変な事になっているのを知りながらも、すぐには歯磨きをやらせてもらえませんでした。

ただ、歯ブラシの使い方を忘れるような事はなく、歯ブラシを見せて、私も磨いて見せると自分で歯磨きの形だけはできました。

その頃には、入院。
歯科受診や歯科のケアが受けられるようになったのは、療養型病院に転院してからです。
入院中だったとはいえ、もっと「歯」に気を配っていたら、と反省しています。

退院後の老健入所の頃は、定期的に歯科受診もありましたが、どんどん前歯の虫歯が進んでしまいました。

「歯がなくなってしまう」
と嘆いていたら、現在の小規模多機能の訪問歯科でとても丁寧に診ていただいて、歯も入れていただきました。
昨年の発熱の時は、自宅まで来て診ていただきました。

「歯を入れました」とアピールする事もなく、当然のように黙って歯を入れてくださるのです。

今回も、です。

歯を入れていただいて喜んでいたのですが、最近の夫は歯ぎしりや口にタオルを入れたりするためか、3本も次々と取れてしまいました。

ガッカリしていたら、すぐに新しい歯が入りました。
家に帰って口を見ると白い歯が入っていてびっくりしました。

もう、固いものを噛んで食べることはできなくなりましたが、前歯があるかないかで顔の印象も違うように思います。

良かったです。

この歯医者さんの紹介で今回の特養の申請もできました。

有難いです。

477.特養への道

初めて特養入所の申請をしたのは、3年前になります。
2015年4月、急性期の精神病院から療養型精神病院へ転院が決まってすぐ、同じ情報提供書やサマリーなど書類を調えて申し込みをしました。
同じ市内の一番近い特養です。

最初の入院で、夫の行動は落ち着いていましたので、病院以外の生活の場を考えていました。

要介護4だったと思います。

もう1箇所は、西の山の方。
夫とハイキングに行った途中にある環境の良い所で評判を聞いて申し込みました。

どちらも継続申請しています。

隣りの市の特養も見学に行きました。
偶然、つくしの会のえいさんの奥様が入所されている所だったと後で知りました。
2015年11月、申請の書類を調えている途中で、今の小規模多機能での受け入れが決まりました。

夢のような話でしたので、特養入所申請は中断しました。
特養入所の気持ちは消えていました。

精神病院を退院して在宅介護できて、どれほど嬉しかったか。
ブログにたくさん書きました。

「小規模多機能型居宅サービス」との出会いです。
シマウマさんのお陰です。
衝撃のメール
「ららさんの市には、この小規模多機能型があります。」
とホームページアドレスも送ってくださったのです。

「この施設、知っているのに、私は何もしていなかった。今まで何をしていたのだろう。」
とその場で、すぐにこの施設にメールで申し込みをしたのです。
翌朝には、施設長さんから電話をいただき
「以前に意味性認知症の方が利用なさっていました。」
と、それが、えいさんの奥様でした。

すぐに受け入れの話が進み、老健にもお世話になり、現在に至ります。

特養への気持ちは、消えていました。
通所も自由な時間で受け入れてくださり、泊まりも安心でした。
夫の具合が心配で旅行に出られない、という時も
「見ていますから、行ってらっしゃい」といわれ有難かったです。

「もう在宅介護は無理?」
と考える時も何度かありました。

ベッドから、ひとりで立ち上げれなくなった時。
「立ちアップ」という福祉器具のレンタルで悩みは解消。

夜の大量な尿漏れ。
オムツ選びと当て方のポイント習得で解消。


ずっとこのまま在宅で、
と症状が進んでからは、訪問診療、スロープの住宅改修、福祉車両と環境を整えました。

誤嚥性肺炎で50日間入院して、胃ろうになって退院してから生活が変わりました。


「このままでは無理がある。」
と感じるようになってきました。

昨年、2017年8月 施設長さんと話し合った後、市内の特養へ再度申請手続きに行きました。
現在の状況を聞いてもらいました。

小規模多機能の施設長さんには、特養入所までは在宅介護をしたいのでこのままお願いしたい、とお話しました。
胃ろうを理由に、宿泊が希望通りにできないことが、不安、不満でしたが、
「2週間でも3週間でも受け入れます。」という施設長さんの言葉に安心しました。

2017年12月のクリスマス会
2日目のクリスマス会で、施設に半日居させていただきました。
ホーム全部を含めても、夫が最重度で場違いのように感じました。
スタッフにとっても大きな負担なのではないか、と思います。
夕方の迎えまでの時間を利用して、再度特養へ向かい、
「入所待ちの状況」を伺ってきました。

寒くなったためか私の腰痛悪化のきざしがあって不安もありました。
毎日の何気ない動作が、このままできなくなったら困ります。
毎日運んでいる吸引器が重くて持てなくなったらどうしよう。
夫の体の向きを変えることができなくなったらどうしよう。
在宅介護が満足にできていません。

特養入所を考えました。

「胃ろうの人の受け入れ人数が決められていて、現在空きがない」
というお答えでした。
今後の可能性については、
「胃ろうの方は栄養も行き届いて、安定していますので・・・」
ということです。

現在、受け入れできない、ということがわかりました。

「他を探すことも考えなくてはならない」
と思いながらも、行動できずにいました。

年末年始を自宅介護で家族と無事過ごすことができて、私も気分転換できました。

ただ、今後の宿泊では良い返事がいただけない日がありました。

2018年1月9日
市内の「介護者交流会」に参加していると
施設長さんから電話が入りました。

「つくしの会のえいさんからメールを貰いました。市内の特養を聞いて見ましたが空きがありません。隣りの市で1箇所、問い合わせています。まずは、ららさんの意思確認です。」
というお話でした。

えいさんには、いつも相談に乗っていただいています。
すぐに動いてくださって有難いです。

施設長さんが動き出すと早いそうです。

「入所できるのでしょうか?」
という質問には
「まだわかりません。でも決まったら施設の都合で時期を選べません。1週間後ということもありますので承知しておいてください。」
といわれました。
「特養入所がどれほど難しいか承知していますので、入所できたらラッキーだと思います。」
と答えました。

そうは、言ったものの・・・・・
どうなるのだろう・・・・
いろいろ考えて疲れてしまいました。


パンフレットが施設経由で届きました。

入所申し込みの書類をこれから書きます。

夫は、何かを察したかのように私の顔をじっと見ます。
心を読まれているようです。

歯軋りをするからか、また歯が取れてしまいました。

476. 前頭側頭葉変性症つくしの会1月定例会&新年会

1月11日(木)は、第二木曜日。
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会でした。

今回、初めて定例会の後「新年会」をしました。

定例会出席者は8名。
2名が終了後帰って、新年会から2名が参加。
8名で新年会でした。

前頭側頭葉変性症の家族は、周囲になかなか理解されず、辛い思いをしているはずですが、笑って話す明るい会でした。
新年会は、お酒も入って、ますます盛り上がって楽しい会になりました。

彩星の会の二次会のよう。
最初に彩星の会の二次会に参加した時、その明るさに圧倒されました。

つくしの会もそうなってきたように思います。
笑いながらも、しっかり情報交換もできました。

まだ、利用できる制度を使っていない方には、遠慮せずに申請するよう皆でアドバイスしました。

そのひとつは「特別障害者手当て」です。
在宅介護で、「何もできない」といいながら、項目の「食事」は「箸で食べるから自分でできる」としてしまうのです。
目の前に食べる用意して、ひとつひとつ声をかけないと食べられなかったり、好きな物しかたべなかったり、生の肉も食べてしまうのでは、「できない」か「介助があればできる」ので、そこで点数が2点違います。
「ほら、該当しますよ。お医者さんにコピーを見せてお願いするといいですよ」とアドバイスしました。

デイにも行かれず、在宅介護をなさっているのですから、月26800円の特別障害者手当ては、受け取って良いと思います。

ここでも「医師の証明」が必要です。
お医者さんによって違う、という話でも盛り上がりました。

笑って楽しくお話ができて、ほんとうに良かったです。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」
仲間の会です。
楽しく続けていきたいと思います。



475. ブログ5周年

ブログ開設5周年の通知が届きました。
1月7日で5年です。

もう5年。まだ5年。
長かったような、あっという間だったような。

時の流れは平等なはずなのに、早く感じたり、遅く感じたりします。

ブログを始めたのは、夫が診断されて3年経過した頃。4年目。

診断をされただけで、説明も治療もなく、自分でネットで調べていました。
夫は、不思議な症状がいろいろ出始めていましたので、記録に残しておこうと思いました。
まだ介護保険も何も申請していませんでした。


ブログを通じて、多くの方と出会い学ばせていただきました。

ブログに記録することで私自身も自分を冷静に見ることができていたように思います。

振り返って、過去のブログを読むと我ながら「まあ良くやれたわ」と思います。

今の生活も、そうなのかもしれません。
その時は、全然「よくやってる」と思わないのです。

~意味性認知症の夫と~
というブログ名、「意味性認知症ではない」と昨年診断され、変更するべきか少しだけ迷いました。

「意味性認知症」で検索して、たどり着いて読んでいただけるのなら、このままでいいです。

「意味性認知症つくしの会」を「前頭側頭葉変成症つくしの会」に変更したように変更した方がいいかもしれませんが、個人的なブログですので名称は、しばらくこのままです。
気分次第で変更するかもしれません。

それも

「一歩前進」です。


これからも、どうぞよろしくお願いします。

474.新幹線で新潟へ

1月5日は、小学生の孫二人と日帰りでお出かけの約束がありました。
どこへ行くか相談をしていたら、
母が「一緒に新潟へ行ったら?」
というので、母を送りながら新潟へ新幹線で行くことになりました。

娘たちは、連休でスキーの予定も考えていたようです。
結局、孫二人と婆二人の4人は新幹線で行き、仕事が終わってから娘夫婦と3人目の孫が車で行くことになりました。

電車好きの小学4年生の孫は大喜びでした。

1月5日(金)
夫を小規模多機能にお願いしてからの出発です。

孫二人は、リュックを背負って我が家で待機です。

切符は、残念ながら「大人の休日倶楽部」の割引適用除外の日です。
少しでも安く、と前日インターネットの「えきねっと」で購入予約しました。
駅の券売機で受け取りました。

非常事態も考え、指定席ではなく自由席にしました。

時間にゆとりを持たせ、孫に東京駅の電車の写真撮影を楽しんでもらいました。
私は、電車のことは良くわからないのですが、電車マニアがカメラを向けていた「こまち」と「はやぶさ」の連結部分の写真が撮れるようホームを移動して連れて行きました。
普通に走っている電車も上手に撮影して大喜びで興奮していました。

もともと「鉄道博物館」の日帰り予定でしたので大満足だったようです。

母が一緒でしたので、孫娘と自由席の列に並んで待っていてくれました。
いつも自由席ですが、今まで座れなかったことはありません。

4人なので1番前に並んで待っていました。

「Maxとき」に乗り、空いていたので座席を回転させて4人で向き合って座りました。
お楽しみの駅弁は、4人それぞれお好みを選んで買った物。
発車してすぐ食べ始めました。

2時間は、あっという間でした。

「トンネルを越えるとそこは雪国だった」
今年は雪が多く、トンネルより前、群馬県から雪景色でした。

新潟駅近くになると雪は消えていました。
気候が違います。
新潟=雪 ではありません。
新潟市内に雪はありませんでした。

雨が降り出す前に実家に到着。
孫2人は、夕食後「大丈夫だよ」と2人で寝ました。

娘達は深夜、雪の中を通って到着。

朝ご飯は7人で食べました。

スキーの準備は大騒ぎ。
送り出してから、私も新幹線で帰りました。
犬が待っていました。

たった一泊の旅、楽しかったです。
また行きたいと思います。

473.お正月

新年明けましておめでとうございます。
新しい年がスタートしました。

新潟の母が新幹線で30日に到着。
夫も30日から3日まで、デイはお休みです。

30日夜から、娘一家も一緒に夕食。
すき焼きを食べました。

大晦日は、新潟の習慣で賑やかな年取りの晩餐でした。

お節料理も作りました。

新潟の「のっぺ」もたっぷり作りました。
娘が煮しめ、伊達巻等いろいろ作って持って来ました。
黒豆は、母が作って新潟から持ってきました。

蟹を食べたい、と娘一家の食べっぷりは、見ているだけで圧倒されました。
お見事

賑やかさに夫も、とても寝ていられなかったようです。
「眠いけど眠れないよ。」というような顔でした。

昨年のお正月は、夫だけ早めに食事をして2階で寝ていたようです。

今年は、介護ベッドの横で孫が大騒ぎをしていました。
「うるさい」とも言えず、黙って?我慢していたかもしれません。

何も食べる事ができなくて、口淋しいのか、退屈なのか、タオルを口に入れる事が多くなりました。

娘の作った年越し蕎麦を食べて年を越しました。


元旦
孫たちの襲来で賑やかです。

お雑煮は夫の実家の味。
鶏ガラでだしを取ります。
お餅は新潟から送って貰った物です。


夫宛の年賀状の枚数は減っていますが、出していなかった方にいただいたので書いて出しました。

夜は、また賑やかな晩餐でした。

2日
娘たちは婿殿の実家へ出かけました。

お天気も良かったので、車椅子で散歩をして日向ぼっこをしました。
駐車場のコンクリートの間に植えた芝やグリーンが伸びていたので、私が手入れをするのを、車椅子で見てもらいました。

疲れたのか、その後良く眠っていました。

口腔ケアと水分補給に気をつけるよう、小規模多機能の看護師さんにアドバイスいただいていました。
37度少しの微熱が休み前続いていました。
熱は今のところ大丈夫です。

とろみ食をサービスすると、スプーンを自分で私から奪うように手に持って、日頃動かそうとしない右手で器を持とうとしていました。
食べるしぐさは、体が覚えているようです。
ただ、飲み込みは急いでしまうので要注意でした。

母が元気で家事も手伝ってくれるので、私も余裕で夫の世話ができました。

もう1日、なんとか無事過ごせそうです。


472. クリスマスの日に

12月23日は、孫娘のピアノのクリスマスコンサート。
昨年は、連弾をさせてもらったので参加しました。
今年は、遠慮しました。

子どもたち中心の、お菓子を食べながらの楽しいコンサートの様子は、まだ頭に残っているのです。

今年の孫娘は、ひとりでクリスマスソングを弾きたいと練習して上達するのを見てきました。
予想通り、本番も、問題なく堂々と弾いたようです。

小さい子ども達と一緒に過ごすのは楽しいのですが、とても大きなエネルギーが必要です。
楽しい時間はすぐ過ぎてしまいます。
楽しいからこそ、何だか時間が貴重に思えて
「時間を取られてはいけない」
と思ってしまいました。


夜は、娘一家5人が我が家に来て、一緒にご飯を食べました。
夫のベッドの側で、にぎやかでした。

小規模多機能では微熱があって2日間入浴できなかったのですが、熱は上がる事もなく36度台に下がったようです。
微熱が続くのは、少し心配です。
体力が落ちているのだと思います。

右腕が少し固くなって動きが悪くなっています。
体全体も、以前より固いのか、動かすのに前より力が必要になりました。

24日
夫がずっと座っていたソファーがボロボロになって、もう座る事もないので廃棄することにしました。
ソファーをどかすと、すっきり?かな?
少し広くなった感じです。
すこ~しずつ片付けています。
お掃除は苦手。
大掃除も小掃除もなかなか進みません。

年賀状は、なんとかやっと出しました。

娘一家は、家族でお付き合いしているお宅へ食事にでかけました。
孫のサンタクロース姿が可愛くて写真に撮りました。

夜は、娘が作った「何とか肉のワイン煮」を食べました。
美味しかったです。

25日
風邪を引いているという自覚はないのですが、鼻声が抜けなくてすっきりしません。
夜、布団に入ると咳が出ます。
長引くので受診しました。
夫の訪問診療医の所へ、薬、胃ろう栄養のラコールの処方箋を貰いに行くついでです。

腰も痛いので待ち時間にリハビリ、牽引もしてもらいました。

診察では、喉も赤くなく心配ないそうです。
感染症で夫に移してしまうことを心配したのですが、大丈夫でした。

「紫胡桂枝湯」(サイコケイシトウ)という漢方薬が処方されました。

偶然?以前に漢方クリニックで処方され、「長引く風邪症状に」という但し書きを読んで、自己判断で飲み始めた所でした。
やっぱり、これで良かったのだ!と嬉しくなりました。
強い薬など処方されず、思った漢方薬だったので、ニンマリしてしまいました。
「副作用もあまりないと思いますよ。」
と、私が薬を気にしていることをご存知なのかと思いました。

免疫力が落ちているようです。

薬もサプリメントでさえも、毎日毎食飲む、というのが続きません。
でも、少し続けて飲んでみるつもりです。

腰は、痛み止めの貼り薬を出していただきました。

午後は、孫のクライミングジムに付き合いました。
大人ばかりの中で、頑張って挑戦していました。
なかなかできなかったコースを最後に克服してゴールできて嬉しそうでした。

帰りに夫を迎えに行きました。

入浴させてもらって、さっぱりとしていました。
入浴したからか、右手も朝より動いていました。

お誕生プレゼントにいただいたニット帽をかぶって帰ってきました。

昨年は26日に転んで額を縫う怪我をしてしまいました。
何事もなく年を越せますように・・・・・・。


471. 小規模多機能のクリスマス会

21日は、夫の通う小規模多機能型でクリスマスコンサートがありました。
22日は、手作りハンバーガーを食べるクリスマス会でした。

家族の招待がありましたので2日間とも出席しました。

21日は、前頭側頭葉変性症つくしの会の交流会の場にお願いしました。
残念ながら、常連の会員さんはご都合が悪かったようです。
会長えいさんが、初めて奥様と参加されました。

えいさんには、いつも交流会の時夫の車椅子を押していただく等お世話になるばかりでしたが、これからは奥様も一緒に交流会に参加できるよう私もお手伝いできたら良いと思っています。

今回は、行きだけ私の福祉車両に車椅子で乗っていただきました。
笑顔で何やらお話できて「そうですか」と、時々私にもわかる言葉もありました。
何かお話されたい、というお気持ちはわかりました。
えいさんが私との会話の中で奥様に「お手上げだって」と話しかけると面白かったらしく大笑いの笑顔で一緒に笑いました。
たくさんの笑顔を見せていただきました。


クリスマスコンサートは、クラリネットの演奏、歌、と30分くらいでした。

夫は、久しぶりの生のクラリネットの音色に感動したのか泣きそうな顔で目を赤くしていました。
そんな目で私を見るので困ってしまいました。
声も出しそうなくらいでした。
隣りの利用者さんの女性が暖かく見てくださるので「喜んでいるんです。」というと笑顔で頷いてくださいました。
ふたりで見つめ合っているのもどうかな?と夫から目をそらして演奏を見ていました。
クラリネットの音だけに反応して、その後は泣き出す程ではありませんでした。

30分は、とても短い時間でした。

夫の様子を見て、もっと演奏を聴かせてあげたいと思いました。
はたして喜んでいるのか・・・・

刺激に反応していることは確かです。

孫娘のピアノの音の反応と同じなのかもしれません。
私が共有していないだけです。

「うるさい」という反応?
微妙に違う反応のように思います。

「ねえ、いい音だね。良かったね。」と私に目で話しかけていたようです。
長い時間私の目をじっと見ていました。


小規模多機能の玄関フロアーをお借りしての交流会もできました。
施設長さんとお話もできました。

夫は少し微熱があって、この日の入浴は中止。
夜には下がりましたが、翌日も午後の入浴時間に微熱で入浴できませんでした。
入浴拒否で1週間に1度がやっとだった頃を思えば、どうってことありません。
重症な肺炎で入浴どころではなかった頃に比べたら元気でまだまだ大丈夫です。


22日はハンバーガーでクリスマス会のイベントでした。
家族の参加は、たぶん4名。

夫は、1階のデイ。
参加家族は私だけでした。

2階、3階はグループホームになっています。
10名程の方がエレベーターから下りて来て、外で焼いて出来上がったハンバーガーを受け取って玄関フロアーで召し上がっていました。
夫に比べると皆さんお元気で、嬉しそうに召し上がる様子に涙が出そうでした。
「ご家族がご覧になったら、どんなに喜ばれるか」と、
そうか、家族が来られない方、お一人の方もいらっしゃるのかと言葉を呑みました。

「美味しかったよ」「楽しかったよお~」と笑顔が素晴らしかったです。
スタッフもトナカイさんの衣装やサンタさんの帽子や髪飾りで雰囲気を出していました。

ご招待いただいて、小規模多機能で数時間過ごし、様子が少しわかったように思えました。

利用者の皆さんが穏やかな様子でした。
そして、夫が最も重度であることもわかりました。
胃ろうは、夫ひとりだけ。
車椅子の方でも、頭はしっかりしている方や自分で食べられる方ばかりでした。

3階、2階、と順番に会食をして、夫の1階に順番が来る頃、タイミング良くかどうか
夫を見ると、あらあらズボンが濡れている・・・・
夫は食べられないので、会食からはずれてちょうど良かったのかもしれません。

個室で、オムツ交換や着替えの後、そのままベッドで横にして胃ろうと水分補給をしました。

いつもの小柄な男性が手際よく着替えをさせてくださいました。
夫は最近、右腕が固くなってきてベッドでの着替えは重労働になってきています。
「腰が痛くなりませんか?」と聞くと
「ええ、このベッドのように高さが低いと時々痛くなります。」と。
お部屋によって、ベッドがいろいろで、ちょうどお借りした部屋は高さ調整ができない簡易ベッドだったようです。
「ちょっとした動きで腰を痛めるんですよね~」
と話をしながらも体を動かし手早いです。
私のために、椅子もささっと持ってきて恐縮してしまいました。

そうこうするうちに、クリスマス会も終わって、予防接種のお医者さんが見えたり、と動いていました。
特に家族会のような集まりも今回はないと聞いて、夕方の迎えまで近くのショッピングモールで買い物を済ませ、まだ時間があったので、ふと思いついて、以前申し込んでいた特養に行ってみました。

特養
電話をして相談員さんの都合を聞いてから、と思いながらも
「行って見よう。ダメなら出直そう。」
と行って見ました。
3年程前に、最初に申し込みをした時の相談員さんが応対してくださいました。
「入所待ちの状況を伺いたい」とお話しました。

結論
「胃ろうの人の受け入れ人数を決めているので現在受け入れられない。」
とのこと。
「空きができ次第連絡しますが、胃ろうの方は栄養も行き届いていますから・・・」
可能性も今のところなさそうです。

特養へ行って見たのは、クリスマス会でのこともありました。

夫が施設に居る方が、私は夫に対して良い関わりができているように感じたからです。

家に居る土日は、ほとんど寝かせたままなのです。
平日、送迎のためベッドと車椅子の移乗、オムツ交換、着替えがだんだん負担になってきています。

クリスマス会の日は、夫の側でマッサージをする余裕がありました。
スタッフとお話したり、良い時間でした。
こんな風に私が施設の夫の所へ通った方がお互いにいいのかもしれない、とふと思ったのです。
「年末年始はご家庭で」と書かれていたこともプレッシャーになり、さらに1月の予定では「日曜は看護師が基本的に休みですので・・・注入に来れますか?」といわれてしまいました。

看護師さんと直接お話して「彩星の会」の日はお願いできました。

もう無理はしないことに決めています。
小規模多機能の状況が見えてしまうとお願いするのも気を使ってしまうのですが、しっかり要望は伝えたいと思います。
「腰が痛い」となかなか言えなかったのですが、な~んとなく軽く訴えて来ました。
特養の相談員さんには、しっかりと言ってきました。


クリスマス会とお誕生会が一緒だったとのこと。
夫も12月生まれですので、プレゼントをいただきました。
手作りの色紙。細かいクラフト工作、素晴らしい作品です。
「私がここ、造りました。」と看護師さん。
夫のことを思い、細かい作業をコツコツとしてくださったのです。
有難いです。
「写真は、こんな風にして撮りました。」と目線もバッチリです。
夫は、いつもお世話になる看護師さんを認識して目をしっかり見るのです。


まだ、もう少し何とかなりそうですが、今後の事、施設入所に向けて考えたいと思います。



470.今日の一日

12月18日(月)
毎日、何事もなく過ぎていきますが、何もないわけでもなく何かあっても忘れてしまいそうです。
日記を書くという習慣もなく、毎日決まった時間に決まった事を、という時刻表的生活は苦手です。
昔から真面目で几帳面だった夫とは大きな違いです。

かなりズボラでいい加減です。

朝も早起きが苦手です。
でも、起きます。
隣りの孫が犬にご飯をあげるために出てくると窓をコンコンと叩きます。
その時間には、起きて「おはよう」と言うのが日課です。

真ん中の孫娘は、昨日長かった髪の毛を切りました。

「へアドネーション」といって病気でウィッグを必要とする子供用に毛髪を寄付することにしました。
31cmの長さが必要でした。
美容院で小分けにゴムで縛って切ってもらい、一束にまとめて今日郵送しました。

七五三の日本髪のために長く伸ばしていましたが31cmのためには、孫が思ったより短く切ることになってしまったようです。
おかっぱで可愛いのですが、昨日は少々不満顔でした。

「今日、送ったからね。良い事したんだよ。ありがとう。病気で髪の毛のない子のために30人以上の人の髪の毛が必要で足りないんだって」と話しました。
「ふ~ん。どんな病気?じいじみたいな病気?」

というので、いろいろ話をして、夫の病気については「脳神経の難病」と話をしました。
「なんびょう?のうびょう?」と勝手に変えていましたが病気だということはわかっているようです。

孫娘の大切な髪の毛は、忘れないうちに郵便局から送りました。


夫は昼も夜も、このごろ良く眠ります。
特に、デイの休みの土日は、疲れを取るかのように寝ています。

今日は、月曜日、デイに行く日です。
早めに起こして、オムツを替えるのですが、また寝てしまいます。

オムツを替えるのが、このごろ重労働です。
夜、良く寝ていると思うのですが、やっぱり手をいれているらしく今日も全取っ替えです。
シャツとトレーナーは、上半身を起こした方が着替えやすいので起きてもらいました。
といっても、自分でからだを動かせなくなっています。
体の向きを変えて、ベッドから足を降ろして、上半身は電動ベッドで持ち上げてから起こします。
何とかベッドの柵につかまって、座ってもらい、着替えをさせます。
え~と、よく動く左から脱がせて・・・
倒れそうになる体を支えながら、着せる時は輪っかにして首に入れて右手から・・・・

と、やっと着替えさせて即汚れ物は洗濯です。
お天気で助かります。

胃ろう栄養のラコールは、パックごと温めて入れるといい、と看護師さんに教えていただきました。
2パック入れるのですが、2パック目を入れたかどうか忘れてしまうので、最初から2パック用意しています。

水分を多めにあげるように、といわれシリンジで600mlくらい入れています。
便通がいいように、食物繊維や乳酸菌飲料や青汁やジュースなど、いろいろ。
日替わりで、気紛れです。

気持ち良さそうに眠っている夫を起こしてデイに送っていく準備をするのが、また重労働になっています。
オムツ交換を、と見てまたビショビショ! という時もあります。
今日は無事でした。
いや、確認したかな?たぶん大丈夫だったと思います。
「濡れていてもそのまま連れてきてください。」といわれているので気にしていません。
「出がけに着替えで時間がかかって行かれないんですぅ~」と電話で訴えた日もありました。

どうしても、出発までに時間がかかってしまいます。

今日は、オムツの大きめパッドの補充も持って行かなくてはなりません。
痰の吸引器も持参です。

夫を車椅子に乗せて、ジャンパーを着せて・・・
おっと、今日は空き缶の回収の日。
市内の障害者施設の方がアルミ缶(ビールの空き缶)を回収に来ます。
空き缶を隣りの場所へ、ちょっと置きに・・・
ちょっと、と思って戸を開けたまま出たのが大間違い。
すぐ、そこなのですが、後ろ向きで隣りの空き缶整理をしていたら、そら君がお散歩に出てしまいました。

ちょっと置くだけのはずが、ちょっとではなかった。
隣りの犬が、やけに吠えると思ったら教えてくれたのね。

家に戻ったら、出れないはずのそら君がいないのであわてました。
家の前の歩道を優雅にお散歩していました。
「あ~ら お散歩?」
「いえいえ脱走です~」
笑われてしまいました。
無事身柄確保。

隣りの犬に「さっきは教えてくれてありがとう。」と声をかけて夫の車椅子を押して出発です。
スロープが娘の家の駐車場の一部にかかっていて駐車場経由で出入りしています。

娘の家の駐車場に車を入れてもいいのですが、入れ難いので自分の家の前まで車椅子を押して来て家の前で車に入れています。

帰りはその逆です。
家の前で車椅子を下ろし「ちょっと待っててね。」と車庫入れを済ませて、隣りの駐車場、スロープを通ってリビングへ入ります。
車椅子のまま入れるようにリビングの入り口のベッド周辺にマットが敷いてあります。

小規模多機能では、今日は入浴しました。
水分補給も2回、300mlしたそうです。

今日は、デイに行っている間、郵便局、買い物、それに、タイヤ探し、とよく動きました。

車を福祉車両にしたので、冬用のスタッドレスタイヤを見に行ったのです。

今までは時間がなかったので、ディーラーにお願いしてそのままいいなりでした。
今回は、少しでも安く、でも安心できるタイヤを探しています。

いいのは******と3店で同じメーカーをいわれました。
タイヤのサイズが特殊なので、中古ではありませんでした。
韓国製やイタリア製でいくらか安いタイヤもありました。
高いタイヤの半額です。
考え中です。

3店目を見に行って、暗くなって迎えの時間になってしまいました。
富士山のシルエットがとても綺麗に見えました。

469.前頭側頭葉変性症 つくしの会 定例会

前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会は第二木曜日
12月14日でした。

今回は10名以上になる予定でした。
今後は会場を変更しなければならないかと相談していました。
定例会が無事進行できるよう、時間配分も考えていました。

実際には8名でした。
テーブルを寄せたためか、声も通って皆で話し合うことができました。

会長、えいさんの挨拶で始まって、連絡事項。
新しくなった都の若年認知症ハンドブックと会則も配布されました。

新しい方も1名、不安そうにしながらもお話していただけました。
車の運転で困っているという話では、同じ経験をしている方から、それぞれ経験談がありました。

前頭側頭型認知症と診断されながら、処方されたのが「アリセプト」という話は、どうしてなのか疑問を通り越し、怒りを感じます。
脱抑制の症状も強く出ているというのに・・・・

アリセプト(ドネペシル)はアルツハイマー型認知症の進行を抑える作用があるとされています。
素晴らしい薬だと思います。
開発されテレビに登場した時の感動を覚えています。
でも、前頭側頭葉変性症に有効であるという確証はないばかりか、副作用もある薬です。

どうして、医者は認知症だからとすぐ「アリセプト」を処方するのでしょうか?

アルツハイマーの方でさえ、実際に「3日飲んで気持ちが悪くなった」という当事者のお話も聞いたことがあります。
はっきり自分の不調が解って言葉にできる人は止める事もできます。
副作用の説明があって注意しながら服用しなければならないはずです。

2009年に夫が最初に処方されたのもアリセプトでした。
「効かない」と夫は自分で医師にいって止めました。
「この病気に効く薬はありません。」という話を聞いてたかどうか、どうして処方されたのか夫ひとりで通院させていたので詳しい事がわからないのです。
すぐに止めて良かったと思います。
ただ、薬の治療もなく、他の治療もなく、次は1年後の受診というのは困りました。

話が飛びました。
つくしの会で「アリセプトの処方?」の話でした。

ランチを食べながら、それぞれ困っている事や近況報告など話ができました。

最後に、私から「役員をもうひとり、ふたりどなたかお願いしたい」とお話しました。
「会長とふたりだけでは意見が分かれた時困るのです。」
というと皆さん「それは困る」とわかってくださって、
「お手伝いしたいけど・・・・」と考えてくださって嬉しかったです。

「私で良ければ、お手伝いします。」
という方がいて決定です。
「デイに行かれるようになったら交代します。」
「補佐をします。」
という申し出も有難かったです。

前頭側頭葉変性症 つくしの会
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468.古稀です

12月4日(月)
夫の70歳の誕生日です。
古稀です。
画像
小規模多機能型のデイから帰って、写真を撮りました。
お兄さんとお姉さんに送りました。

ブログには、後ろ向きで、と思って反対を向かせたら
カーテンしか見えなかったからか、いたずら?

カーテンを手で掴んでいました。

この後、予想はできていました。

そ~っとじわじわカーテンを口に入れようとした所でストップしました。

カメラを向けると、まぁまぁカメラ目線でした。
ハッピーバースデイを歌うと笑っていました。


無事、古稀を迎えました。

467.診断は難しい

受診のお話をもう少し詳しく書き残す予定でした。
どうして受診したか、というところまで書きました。
予想はしていたもののPSPS-FTDという診断を受け
文献を調べる日が続きました。

わかったことは、
「診断は難しい」
ということです。

FTLD(前頭側頭葉変性症)と一括りにすれば解決と思っていました。
CBDもPSPもFTDもSDもFTLDとまとめられるのです。


FTLD(前頭側頭葉変性症)でさえ、
FTLDは病理診断名とし、臨床診断名はFTD(前頭側頭型認知症)を用いる
と書かれているレポートもありました。

病理診断でタウ蛋白の種類によって分類されることもわかりました。

CBDもPSPもAGDも同じ4リピート蛋白の仲間。

さらに「ピック病」の考え方も生きていることがわかりました。
そうなると、PSPSもCBSもピック病の仲間となるわけです。

おっと、この辺はややこしいので止めます。
病理診断って生きているうちにはできないのです。


つまり、夫のような症状にどのような病名をつけるかは難しいということがわかりました。

そして、
今さらながら

進行性の脳神経の変性疾患。
しかもとても珍しいタイプ。
大変な難病と闘っているのです。

初診のころ、症状は現われないのに、脳は病変していたのです。
他の脳の部分が頑張ったのでしょう。

脳は不思議です。



診断の日のこと

忘れないように書いておきます。

2017年11月14日(火)です。
初診は予約が必要でしたので、4時に予約しました。

前頭側頭葉変性症つくしの会のえいさんが、一緒に行ってくださり、ほんとうに有難かったです。
ひとりでは、諦めていたと思います。

福祉車両に夫を乗せて、出発。
運転は私。えいさんに道案内をお願いしました。

小雨でした。
クリニックの近くの駐車場が満車でした。
少し離れた駐車場が空いていましたので、夫をクリニックの前に降ろしてから私が車を移動させようかと思っているとクリニックに近い駐車場が空きました。

ビルの中のクリニックでした。
予約してありましたので、予定時間に呼ばれました。

画像を受付で出していました。
病状経過の記録も事前にメールに添付して読んでいただいていました。

画像を見ながら
「やっぱりPSPですね」
といわれました。

中脳の萎縮、独特のハミングバードサイン
と先生に説明されても、私は「そうなのか」と見るだけでした。

後で、文献の画像と較べても、記憶の中なのでそうか、と見るだけです。

画像診断では、そうでした。
今の画像ではなく2009年の画像での診断です。

先生は夫の首の動きの固さを指摘されました。

そしてPSPの一番の特徴。
目の上下の動きが難しいことを暗くして診ていました。

右手の固い動き。
掴むと離さない。ということも指摘されました。

自分の意志に反する動き、といわれましたが、その点は少し疑問です。
テーブルの上の書類に手を出すといった行動も見ていました。
歯軋りもしていました。

AGDということばも聞きましたが、調べるとこれも病理診断名です。
よくわかりません。
なぜ、AGDの可能性をおっしゃられたのか、聞き間違いなのか、かもしれなかっただけなのか。

4リピート蛋白の仲間です。と言う話は熱弁でした。
私が興味深く聞いていたからか、早口で専門的なお話を続けられました。

パーキンソン薬の話も聞きました。
すくみ足には、この薬が効いたかもしれない、という薬の名前もなるほどでした。
飲まなくて良かったと思いました。

薬の服用暦をご覧になって、「レミニールは良い選択でしたね。」
といわれたのは、救われた思いでした。
「レミニールで拘りが強くなったのではないかと思っていました」
というと、「アリセプトやリバスタッチにしていたら、もっと早く1年でこの症状が出たと思います。」
と仰られ「この先生良い処方だ」と言っていただきました。
(薬を決めたのは私でした・・・・)

そして、すくみ足の症状が薬の副作用などではなく病気の進行によるものだとわかりました。

精神病院退院後のケアの仕方が悪かったのか、抗精神薬の後遺症なのかとずっと気になっていたのです。

ここなのです。

在宅介護とはいっても、すくみ足の症状が出た頃、泊まらせてばかりで歩かせていなかったのです。
私の勝手な自己満足で退院させて良かったのか?
夫は病院内を自由に歩いていたはず。
若くて可愛い担当看護師さんも気に入っていて笑顔で言葉も出ていた。。。
老健ではリハビリもやっていた。。。。

「ケアが悪いのではないかと思っていました。」
というと
「いや、それは違いますよ。」
と言っていただいて良かったです。


ここまで来ると治療効果は期待できない、ということはメールで事前にお聞きしていました。

一般的な治療法の説明はありましたが、具体的なこと
「今の主治医に推奨する薬を処方して貰っていいですか?」
という質問には
「我流の治療法です。私は、すぐに複数の薬を出す事はしません。」とのこと。

「まず試されては?」と
推奨するサプリメントをたくさんいただいて終わりになりました。

病名は、どうであってもたぶん医学的な治療法はないのだと思います。

診断が難しいのですから、薬物治療はもっと難しいと思います。

約1時間の診療時間は終わりました。
えいさんはずっと待合室で待っていてくださっていました。

会計は、指定難病の医療証が限度額を超えていましたので支払いはありませんでした。

外はすっかり暗くなっていました。

「大丈夫?運転しましょうか?」
「はい。お願いできますか」
とえいさんのお言葉に甘えて帰りの運転を替わっていただき助かりました。


診断を受けても、すぐにはどう受け止めていいかわかりませんでした。


夫は夫なのだからとわかっているのですが、
PSPは?どんな病気?
FTLDとどう違って、どうしてそうなるのか?

典型的な症状は、どれも当てはまらないことばかりでした。
知らない、知られていないことも多くありました。
ますます知りたくなってしまいました。

先生がメールで「真の難病」という表現をなさっていました。
脳の部分が次々と侵されていく難病。


私の脳の能力にも知りたい欲望にも限りがあったのか、ここまでのようです。
落ち着いています。


夫は今までと何も変わりありません。
穏やかな毎日です。

初診で左側頭葉に血流の変化があって「前頭側頭葉変性症」と診断を受け
語義失語がはっきりして「意味性認知症」と診断されていました。
どれも正しい診断だと思います。


問題は「診断」ではなく「介護」で「生活」だと思います。

また気が向いたら、調べたことを書き残したいと思います。(おわり)

466.コインランドリーへ

11月28日(火)
1日がとても短く感じられます。
寒くなるのも今年は早いように思います。

訪問看護の日でした。

昨日、布団に入ってから、夫のオムツを替えていないことに気がつきました。
いつも、この寝る前のおむつ交換が一大事です。
びしょ濡れになっていると全部着替えさせるのです。

彩星の会で「夜の尿漏れ」の質問があって
「笑うしかないですよ。」と笑って答えたのですが
真面目に介護している方に申し訳なかったと反省しています。

「オムツ選びが重要です。吸収力が良く肌に優しい物を」とか
「オムツの当て方は、しっかり体に合わせて、」とか
「横にパッド1枚、しっかりオムツの中に入れて」とか
もう少し答え方があったのではないかと思っています。

でも、どんなにいいオムツでも、当て方を工夫しても、手を入れないように工夫しても
「なぜ?」と思うくらい濡れてしまうのです。

「オムツが濡れていないのに、シーツが濡れる」
という不思議な現象にも、笑うしかないのです。


はい。
それで、布団に入ってからおむつ交換に起きるか、寝てしまうか。
もうすっかり眠るモードでした。
朝のびしょ濡れを覚悟して寝ました。
ゴメンナサイ
すぐ眠るタイプです。

朝、予想的中。当たり前です。
あ~らら、毛布だったのね。

いつもタオルケットか綿毛布を下にかけていたのですが。
運悪く、分厚いふかふか毛布を腰に巻きつけて、少しだけ濡れていました。

夫を訪問看護の後、送って行き、毛布を持ってコインランドリーへ行きました。

実は、コインランドリーって殆んど利用したことがなかったのです。

新しく開店したコインランドリーに「リラックスルーム」があったので行ってみようと思いました。

分厚い毛布1枚だけ持って、キョロキョロ。
誰もいないので、ゆっくり、じっくり説明を読んで、
ドラムに毛布を入れて、お金を入れてスイッチONでOKです。

隣りの「リラックスルーム」良かったです。
初めは、座ってコーヒーを飲んでいたのですが、隣のマッサージチェアが気になりました。
時間もかかるので、マッサージチェアに座ろう、と決めました。

これ、良かったです。
無料なんです。
お金を入れるところがなかったのです。
日帰り温泉で200円くらい入れたと思います。
なんだか嬉しくなってしまいました。

15分コースを2コースと5分のクイックコース。
気持ち良かったです。
しあわせ~

毛布もふっかふかになっていました。

コインランドリーまた行きたいと思います。

夕方、夫を迎えに行きました。
ベッドで寝ていた様子。
お部屋に見に行くと、おむつ交換中。
ベッドに地図が~
プロの方でも漏れるのです。
仕方ないです。

着替えさせていただいて、家に帰りました。
今日は、しっかり防備してから寝ます。

465.彩星の会へ

11月26日(日)
若年認知症家族会 彩星の会の例会に参加しました。
2ヶ月に1度の例会を楽しみにしています。

今回は「より高度な在宅介護をめざして」というシンポジウムでした。

第一部「若年性認知症と在宅介護」と題して、先生の講演。
若い先生の声は抑揚もはっきりしていて聞きやすくお話もわかりやすかったです。
嚥下に関する図での説明は印象に残りました。
時間が足りなくなるほど質問もたくさん出ていました。

第二部パネルディスカション
彩星の会の会員5名がパネリストでした。

15年在宅介護をなさっている男性介護者のお話に感動してしまいました。
短い時間に短い言葉でしたが、
「つらいことはたくさんあったけれど、ひとつひとつクリアして・・・」
と言う声だけで涙が出そうになって困りました。
「一緒にいたかっただけです。」という言葉にも泣きそうになってしまいました。
車椅子になった奥様も一緒にいつも2次会にも参加される方ですが、お話を聞くのは初めてでした。


えいさん、Yさんもパネリストとして、経験談を落ち着いてお話されました。
とても良かったです。
何だか身内の話のようで「知っている」という感じでした。


彩星の会に出席するようになって3年になりました。
孫が3歳になりました。

初めて彩星の会に出席した日は、孫の生まれた日11月23日です。
3年前です。

今回も出席して良かったと思いました。
夫を泊まらせての出席です。

仲間がいる、仲間と会ってお話できる、それだけで落ち着きました。
つくしの会でお誘いした方も見えて、先生に質問なさっていました。
入会されて嬉しかったです。

2次会にも参加しました。

アルバの会さんから資料をたくさんいただきました。
ブログを読んでくださって医学の専門的なお話ができました。
私のために医学専門誌のコピーをいくつもまとめてくださって有難いです。
お話できて嬉しかったです。

お陰様で、その文献を読んで
「お腹いっぱい」という感じです。

満足してしまいました。

「知りたい」という欲望も
「これでどうだ~」という感じです。
英文が読めないのが悔しいです。

仲間に会って、たくさんお話してたくさん笑って細かいことは解決できたようです。

みんな若年性認知症の仲間です。

同じ人間です。

同じ時を生きています。

同じです。

3次会のカラオケまで行き、誰も居ない家に帰りました。
愛犬そらは爆睡していました。

464.PSPS-FTDと診断されるまで

PSPS-FTD:進行性核上性麻痺症候群前頭側頭型認知症タイプ

PSP:進行性核上性麻痺(病理診断名なので生前の確定診断はできない。)
PSPS:進行性核上性麻痺症候群
FTD:前頭側頭型認知症

2009年、夫はFTLD(前頭側頭葉変性症)の中のSD(意味性認知症)と診断されました。
2015年、小刻み歩行や突進歩行といったパーキンソンのような症状は、向精神薬の副作用を疑って療養型精神病院を退院させ薬を中止しました。
2016年4月頃から、すくみ足の症状が出て急に歩行困難になりました。

その頃から、この症状がどうして現われるのか、SDでこの症状が出るのか、疑問に思っていました。
リハビリができないかと、リハビリ施設が併設されているクリニックを受診すると、「パーキンソンです。」とパーキンソンの治療薬を処方されました。
効果は疑問でしたし、副作用が心配でした。
ドーパミンに作用する薬は飲ませたくありませんでした。
疑わしいと感じ、増量せずに独断で止めたことは正しかったと、今になってわかりました。

以前からの主治医だった総合病院の神経内科の先生に質問すると「神経の変性症ですから、いろいろな症状が出ます。パーキンソンの薬も飲んでも良いでしょう。」といつもながら無難なお答えでしたので自分で判断するしかありませんでした。

「セカンドオピニオン」も考えていましたが、他の大きな病院で検査をしても、この先生と同じような答えしか出ないのではないか、「脳神経の変性疾患ですから・・・・」というのは正しいし、病名が変わってどうなるのだろうか。
症状に変わりなく、同じ進行性の難病なのだから、これ以上辛い検査は受けさせたくない、と思いました。
「CBD(大脳皮質基底核変性症)ではないかと思うのですが・・・」という質問にも「CBDだとしても根本的な治療薬がないのです。」というお答えでした。

結局、私は納得して病名に拘る事はなくなっていました。
夫は夫であって、その症状の名前がどうであれ、生活に変わりはありません。

指定難病となったことで、研究も進み、FTLDに運動障害が出る症例もあることがわかりました。
脳神経の変性症なので関連する脳も影響されるのだろうと思っていました。

歩行困難は進行して、転びやすくなりました。
2016年12月に自宅で転倒して目の上を縫う怪我をしました。
介護ベッド、車椅子を1階のリビングに入れました。
進行速度は速くなりましたが、自宅で生活できるからか夫は穏やかな顔を見せてくれました。

急な嚥下困難、誤嚥性肺炎で胃ろうとなりました。

病名などどうでも良く、いつまでも穏やかに、と考えていました。
夜のオムツの尿漏れ対策や楽な移乗、運動機能を維持すること等日常の介護の事の方が重要です。


「意味性認知症の症例」の講演会で神経内科の先生とお話してからです。
先生は「意味性認知症はメマリー単独で効く」と独自の治療をお話されました。

夫の症状についてメールで質問すると
「SDでその症状は出ません。PSPかと思います。」
というメールをいただきました。

PSP、CBDの方がご専門でFTDは3年前から診るようになったそうです。

「知りたい」という気持ちが復活していました。

たとえ病名が変わっても、同じ難病です。
受け入れられると思っていました。

2009年初診時の画像が手元にありましたので見て頂きたいと思いました。
先生のお話ももっと聞きたいと思いました。

遠いクリニックでしたので、私ひとりでは諦めてしまったかもしれません。
えいさんが一緒に行ってくださるというので決意しました。


受診については、次に書きます。
忘れないうちに書き残しておこうと思います。

講演会は10月29日。
受診は11月14日。
その間に新潟、七五三など・・・いろいろ、です。
落ち着いたので、書ける時に書きます。


463.進行性核上性麻痺(PSP)

2009年に前頭側頭葉変性症(FTLD)と診断された時と同じように、ネットで病気の情報を集めようとしています。
当時よりも、FTLDよりも情報量は多いです。
でもPSPS-FTD(進行性核上性麻痺症候群の前頭側頭認知症タイプ)についての情報はほんの少ししか見つけられません。

ほとんどが典型的なPSP リチャードソン症候群(PSP-RS)が中心です。

認知症といえばアルツハイマー型だけが注目されているように、まだまだ知らない、知られていないことがわかりました。


「進行性核上性麻痺」とはどのような病気ですか

脳の中の大脳基底核、脳幹、小脳といった部位の神経細胞が減少し、転びやすくなったり、下方を見ることがしにくい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状がみられる疾患です。初期にパーキンソン病とよく似た動作緩慢や歩行障害などがみられて区別がつきにくいこともありますが、パーキンソン病治療薬があまり効かず、効いた場合も一時的のことが多く、経過がより早く進む傾向があります。

難病情報センター
進行性核上性麻痺(指定難病5)  より抜粋
http://www.nanbyou.or.jp/entry/4114


[進行性核上性麻痺とはどういう言葉の意味ですか]
Progressive “進行性”とは-病気が,診断された時から末期の段階まで,典型的には3年から10年の間,時間経過につれてゆっくりと悪くなること意味します。
Supranuclear “核上性”とは-眼球の上下方向の動きをコントロールしている脳幹の領域を意味します。
Palsy “麻痺”とは-弱くなること,ここでは眼球が動かなくなる”麻痺”を指します。

  全国進行性上性麻痺の患者・家族会(PSPのぞみの会)
    http://pspcbdjapan.org/index.htm/
      「PSPで分かっていること」より抜粋

PSP進行性核上性麻痺  診療とケアマニュアルver.4
http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/pdffiles/PSPv4.pdf
詳しく、わかりやすく書かれています。
MRIで特徴的な中脳の萎縮が見られる。
中脳の上部にハチドリの嘴状の萎縮がありハミングバードサインと呼ばれている。

今日の臨床サポート
https://clinicalsup.jp/jpoc/
進行性核上性麻痺

その中のエビデンス「PSPでは認知行動異常を来しやすい」
というレポートも興味深く読みました。


進行性核上性麻痺ー日本神経病理学会
http://www.jsnp.jp/pdf/cerebral-14

病理学のこのレポートが一番すっきりして、なるほどと思えました。

PSPはCBDと同じくニューロンとグリアの両方に4リピート型の異常なリン酸化タウが蓄積するタウパチーであり、病理確定診断はタウ異常構造物のタイプと分布に基づいている。PSPはCBDの近縁疾患であり、ともに臨床・病理にバリエーションに富む疾患であり前頭側頭葉変性症(FTLD)に属する。

PSPもCBDも病理診断で診断される。臨床ではPSPS、CBS。
ならば、FTLDも病理診断でなければはっきりしない?
ということでしょうか?
亡くなってから脳を開いて見ないとわからない・・・。
臨床診断は予測でしかない・・・・。

非定型PSPの特徴
PSPの亜型として定型型(PSP-RS)と変性領域(タウ病変の分布など)が異なるいくつかの非定型的PSPが報告されている。各タイプの頻度は、PSP-RSが約50~60%、PSP-Pが約30%とされている。その他の非定型PSPは少数で、PSP-FTDが4%、PSP-CBDが3%と報告されている。


大脳皮質優位群PSP-RSより大脳皮質が強調されるタイプとして、PSP-FTD、PSP-PNFA、PSP-CBD、PSP-PLSが報告されている。
PSP-FTD(PSP-with frantotemporal dementia)病初期に行動異常や認知機能障害が目立ち、前頭側頭型認知症(FTD)と診断されるPSP症例があるが、進行するとPSP-RSと同じ症状を呈するに至る。PSP-FTDではPSP-RSと較べて皮質下神経核の病変は同じ程度あるが前頭葉のタウ病変が高度と報告されている。


PSP-FTD進行性核上性麻痺前頭側頭型認知症タイプ
臨床診断では、PSPS-FTD進行性核上性麻痺症候群前頭側頭型認知症タイプとなる。
夫はこのタイプのPSPらしい。

PSP-PNFA(進行性非流暢性失語タイプ)
非流暢性失語は失構音(アナルトリー)喚語困難の二つの要素で構成されるが、多数のPNFA例を分析した報告では失構音のみの場合はPSP,失構音に喚語困難を伴う場合はCBDであることが多いという。PSP-PNFAでは早期に失構音が現われる。大脳病変は左下前頭回を中心に前頭・側頭・頭頂に広がる一方で、皮質下神経、脳幹の病変が軽く、PSP-RSに特徴的な症状に乏しい。
このタイプは、ますます診断が難しそう。


夫は中脳の萎縮が2009年の初診時の画像ですでに見られるのだそうです。

指定難病の判定基準の項目に今の状態は合致します。


[総括]
お勉強に疲れてきたので、一度まとめます。

PSPS-FTDという診断をいただいたのですが、わからないのです。

調べてみてわかった事は「診断は難しい」ということです。

「SD(意味性認知症)ではないかもしれない」という疑問はずっとありました。

PSPもFTLD(前頭側頭葉変性症)に属するなら、夫は「前頭側頭葉変性症」です。


「左側頭葉優位のピック病」というのが一番ピッタリくると思っていました。


語義失語で始まった症状は、脱抑制の症状も加わって、これもSDの症状かと思っていたら、小刻み歩行の症状が現われ、向精神薬を中止しても、すくみ足、歩行困難、転倒、そして急な嚥下困難の症状。
「PSPやCBDのような症状が現われるFTLD」というのかもしれません。

中脳の特徴的な萎縮が見られるのでPSPの非定型タイプなのかもしれません。

急な運動障害も納得できます。
脳幹の障害です。
FTLDでもやがては周辺の部位が萎縮していく・・・と思っていたのですが、初診時から中脳が萎縮していたのです。

PSPの典型的な「転びやすい」という症状が出てこないPSPのタイプがあることもわかりました。
物忘れのない認知症が知られていないより、もっと知られていないと思います。

難病です。

「難しい病気になったのだ」とあらためて思いました。

今回はここまで。。。。。

462.いい夫婦の日

11月22日
いい夫婦の日。

この日が命日となった若年認知症のご夫婦を思い出していました。

介護ベッドで寝ている夫。

「今日はいい夫婦の日なんだって。◎◎さん、側にいてくれてありがとう。」
というと「ひははは~~」と笑い顔になりました。

「大丈夫よ。ずっと側にいるからね~~~」
というと、
「え~~ほんと~~~?」とでもいうように私をじっと見ていました。

あまりにもじ~~~っと見るので
「大丈夫! 私は大丈夫よ!」と答えました。

じ~っと見つめられると、なんだか心が全部読まれているような気になります。

461.前頭側頭葉変性症つくしの会交流会

前頭側頭葉変性症 つくしの会
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11月16日(木)画像つくしの会の交流会に夫と参加しました。
今回は、3組と会長さんの6人と取材の方が一緒でした。

夫は車椅子で参加。
みんながお昼を食べている時は、ちょうどお昼寝タイムだったようです。

それぞれ持参したお昼ご飯を食べながら歓談しました。
夫以外のお二人は、食欲もあって会話もできてお元気そう。
一見普通の人に見えるのが前頭側頭葉変性症の人です。
家族にしかわからない悩みもあるように思います。

その場にあった冗談を発して皆を笑わせてくださった方のことも、家では笑えず苦労なさることもあるようです。

夫がまだ歩いている頃こういう会に参加できたら、どれだけ気持ちが救われたでしょうか。
一見普通の人にしか見えないのが悩みでもありました。

今は仲間がいます。
在宅介護を支援してくださる専門家の方もいます。
相談できる場所もあります。


仲間と笑って話ができます。
「障害年金は65歳までに2級になるように申請して」
という話もできました。

私が、つくしの会の会員ではない方の相談を受け資料を送るという話をすると
「会員になってもらえば?それから提供したら?」
とアドバイスをいただきました。
有難いです。


夫も喜ぶパークトレインに乗りました。。画像


紅葉が綺麗でした。

イチョウの葉が黄色くなって綺麗です。
夫の散歩に付き合いながら、銀杏をたくさん拾ったことを思い出しました。

そして、1年前の交流会では寒かったことも一緒に歩いた方のことも思い出しました。

夫は車椅子なので最後部の車両。
他の皆さんとは離れてしまいましたが、下車する時は皆さん笑顔でした。





460.意味性認知症だったはず

臨床診断は難しい
いろいろな症状が出て、病名が変わることもあるらしいです。

11月14日 PSPがご専門らしい神経内科の先生に診ていただき
PSPS(進行性核上性麻痺症候群)FTDタイプと診断を受けました。

さらに
嗜銀顆粒性認知症(AGD)から変化した可能性もある、と。

2009年の初診の画像で中脳の萎縮がありました。


上下の目の動きが困難。
首が固い。
右手に把握反射がある(?)
手が意思に反して動く(?)

と、夫の状態からも診断されたようです。
「右手は目の前のものを握ろうとして、握ると離さない。これは把握反射です。」
「手は他人の手のような勝手な動きをします。」と説明されました。
私には、少し違うようにも思えました。
「女性の手をジワジワと触ります。」とは咄嗟に言えませんでした。
「目の前に出された先生の手を握ったのは、先生が気に入られたからで、夫は気に入らない男性の手は握りません。」とも言えませんでした。
左手の動きが良いのは左利きだからです。


「今の状態ならPSPで難病指定書けますよ。」
と言われましたが、「意味性認知症で難病指定受けています。」
と言うと「それなら、それでいいでしょう。」と言われました。

約1時間、「タウ蛋白のR4の蓄積が原因」とか「AGD、CBD、PSP・・・」とか専門的なお話をたっぷり伺いました。

事前にメールで夫の病状経過をまとめてお知らせしてありました。
プリントされ、その中で、転倒して骨折、小刻み歩行、パーキンソン症状などに赤線が引かれていました。
特に、嚥下障害、歩行困難の急激な変化に注目されたようです。
「嚥下障害からPEGが早いですね。」と言われました。
後半の数行、肺炎からの変化に赤線が引かれていました。

でも、
意味性認知症の独特の症状については、ひとことも聞かれることはありませんでした。

PSPSのFTDタイプ 
早期は脱抑制、自分勝手な言動、PSPSの約10%

個人差が大きく、夫は、とても珍しいタイプらしいです。



振り返って、夫の過去の症状は、やっぱり「意味性認知症」そのものです。
画像を読む力はありませんが、左側頭葉の萎縮があります。
言語の検査もいろいろしたはずです。
なので、「意味性認知症」という診断でも間違いはないと思うのです。

意味性認知症だったはず。

いや、でも、その症状は「意味性認知症」か?
「進行性核上性麻痺」「大脳皮質基底核症候群」でも出るらしい。


分類の仕方もあるのでしょうか。
「進行性核上性麻痺」「大脳皮質基底核症候群」も前頭側頭葉変性症となるのでしょうか。

前頭側頭葉変性症の概要の中には
3.症状  
その他
・進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核症候群の臨床症状を示すことがある。

と書かれています。

前頭側頭葉変性症という大きな括りとする考え方もあるようです。
いろいろな文献を読んだので、どれだったか・・・


菊池病院のパンフレット「前頭側頭葉変性症 ご家族・介護者の皆様へ」より
*「前頭側頭葉変性症」の中には「前頭側頭型認知症」「意味性認知症」
  「進行性非流暢性失語」「嗜銀顆粒性認知症」と言う病気があります。


この「嗜銀顆粒性認知症」に先生は赤丸を付けて渡してくださいました。
「仲間が関わったもの」というようなことを小声の早口で呟いていました。

進行して脳の萎縮がどんどん進んでしまった・・・・

中脳の萎縮・・・・知らなかった。

「画像を読み取る医者がいないのです。」と先生。

夫は、こんな脳で頑張ったのだ。今も頑張っている。

「他の脳が代替して機能することがあります。」
と先生の説明でした。

診断から3年は、ゆっくりとした進行でした。

そうか、「意味性認知症なら、もっと穏やかで、そう、長生き・・・」
ちょっとだけ、余命宣告を受けたような気持ちにもなりました。


先生は薬の服用記録も読んで、「レミニールは良い選択でした。」と仰いました。
進行が抑えられたのだそうです。
良かったです。
私は、診断4年後くらいにこだわりが強くなったのはレミニールの作用かと疑っていました。
パーキンソン症状も抗精神薬の副作用ばかりではなかったようです。
パーキンソンの薬を処方されても早く止めたのは正しかったようです。


メールでは
「ターミナルステージで脳の残存細胞が極度に減少していれば治療は期待できません。」
と書かれていましたので、一般的なPSPの治療についてのお話はあっても、夫の今後の具体的な治療や介護についてのお話は残念ながらありませんでした。

特定疾病医療証(指定難病)を使って今月の上限額を超えていたので支払いは無料でした。


PSPやCBSの診断は、とても難しいようです。
間違った薬の処方で悪化させてしまうこともあるそうです。

認知症を知り、認知症と生きるe-65.net(イーローゴ・ネット)には以下のように書かれています。


さまざまな認知症

臨床診断が難しいもの

亡くなった後、脳を解剖してはじめて
診断のつく認知症があります。
脳におこる特徴的な変化は分かっているものの、
症状の違いがはっきりせず、今の医学技術では
画像検査や神経心理検査などのいろいろな検査をしても
はっきり分からないのです。

臨床診断の難しい主な認知症は、次の通りです。

典型的な症状がないアルツハイマー型認知症
典型的な症状がないレビー小体型認知症
典型的な症状がない血管性認知症
典型的な症状がない前頭側頭型認知症
進行性核上性麻痺
大脳皮質基底核変性症
嗜銀顆粒性認知症
不機嫌になったり、唐突に怒ることが多くなるといわれています

神経原線維変化型老年期認知症
記憶力がゆっくり低下していくという特徴があります

つまり、
脳を実際に見なくても
原因がはっきりしている認知症以外は、
臨床診断が非常に難しいということです。

臨床診断が難しい場合、
「おそらく、○○認知症でしょう」という予測の元で
治療やケアを進めていきます。
したがって、時間の経過とともに
診断名が変わることもあります。

臨床診断された認知症のタイプだけにこだわらず
自身の暮らしにくさや、周囲の人から見た症状を
きめこまかく医師やケアスタッフに伝え
その時々に合った支援を得ることが大切です。




認知症を知り、認知症と生きる[イーローゴ・ネット]
医学からみた認知症
 医学からみた認知症とは、
  「認知症と生きる」ということを
 医学という側面からみたものです。

認知症の研究は日々進んでいます。
しかし、まだ明らかにされていないことも多く医学専門家により意見が分かれることもあります。
また、説明は全ての人に当てはまるわけではありません。




医学専門家でさえ明らかにできないのですから、もう病名の分類などに頭を悩ますのは控えようと思います。
「介護家族が一番の専門家」というシマウマさんの言葉にも力をいただきました。

認知症の人を介護している人が一番の専門家です。

夫の介護に専念します。

これだけ書いたら、少しスッキリしました。

医学の専門家ではありませんので、論文を書く必要も、解明する必要もないのです。
そんな能力もありません。
何を書こうとしていたのやら。


前を向いて進みます。

一歩前進!

459.七五三

11月12日(日)ハレの日です。
孫娘の七五三です。
画像
娘の7歳の時に着た同じ着物を着ました。

夫の姉から貸していただきました。
親子同じ着物で祝う事ができました。

私は、娘と孫の着物の用意。
慣れないことなので、簡単なようでなかなか大変でした。

足袋は?
肩上げ、どうやってするの?

小物は?
着付けは?

娘が美容院と写真スタジオを予約しました。

美容院では、娘の時と同じ美容師さんが着付けをしてくださいました。
孫は髪をこの日のために伸ばしていましたので日本髪を見事に結っていただけました。
素晴らしい日本髪でした。

娘にも滅多に着なくなった私の着物を着てもらいました。
合わせる帯に迷って、美容師さんに選んでもらいました。
良い記念になったと思います。

神社で写真を撮らせてもらいました。

10歳、7歳、3歳の3人の孫の写真。
娘一家5人の写真。

幸せな時間でした。

娘達は、婿殿の実家へ車で向かい、私は夫を家のベッドで寝かせたままでしたので家へ帰りました。

穏やかな日々に感謝!です。

458・意味性認知症ではない???

10月29日
認知症を学ぶセミナーで「意味性認知症の症例」を取り上げられた講演がありました。
「意味性認知症」と前面に出る講演は初めてでしたので、興味を持って参加しました。
参加者の殆んどが医療関係者だったようです。
「介護家族」と手を挙げたのは数名でした。

休憩時間に講師の先生とお話できました。
名刺をいただきました。



夫の病状について疑問だった事をメールで質問させていただきました。


パーキンソン症状のこと、昨年から急に進んだ歩行困難、嚥下障害のこと。

「意味性認知症でこの症状が現われるのか?」

FTLD(前頭側頭葉変性症)という括りで納得したつもりでしたが、疑問が復活していました。

神経内科がご専門の先生は
SD(意味性認知症)ではなくPSP(進行性核上皮麻痺)ではないかとのお答えでした。

「意味性認知症の症例では、このような歩行困難や嚥下障害はない。」

「PSP亜型(サブタイプ)のPSP-FTD」
「最初FTD的で、PSPに移行していくタイプ」

「PSP(進行性核上性麻痺)は大脳皮質全体、基底核、辺縁系、脳幹、小脳と全部が進行性にやられ、最も難病。」

メールの文章に、心が動いてしまいました。
知りたかった事でした。

「夫の今の状態はCBD(大脳皮質基底核変性症)ではないか?CBS?PSP??」という話もこの先生とならできると思いました。

実際の診断名がどうであれ、夫は夫であることに変わりはなく、難病です。
脳の変性疾患で進行性の病気です。

夫の状態に、どう病名がつくか、というだけのこと?かもしれません。


穏やかに生活している今、診断名に何の意味があるのか?



いろいろな文献を調べてみたり・・・頭を悩ませ・・・
「知りたい」という思いが強くなりました。


一度先生に診ていただくことにしました。




「やっぱりPSPです。」


と画像を見て言われました。



ブログに書けるようになるまでには時間もかかりました。
まとめる力も時間も出せないままでした。

なんとか少しずつ記録に残したいと思います。

次には、もう少し詳しく書きたいと思います。












457.秋です

画像

夫を小規模多機能にお願いして、3泊4日で新潟の実家へ行ってきました。

弥彦の紅葉を母と見に行きました。
少し早かったのですが、今はもう落ち葉かもしれません。

ブログの更新がなかなかできませんが、夫も私も元気です。

書きたい事もあるのですが、文字にできないまま時間が過ぎてしまいました。

秋が深まって、近所の公園もイチョウの葉が落ちて黄色い絨毯のように綺麗です。
福祉車両で夫を送迎しながら眺めています。


ぼちぼち、ブログも更新したいと思います。

456・高額介護サービス費

高額介護サービス費の支給決定通知書が届きました。
介護にかかる費用の負担上限額が決められていて、その金額より多くなると差額が支給される仕組みです。

世帯全員が非課税で障害年金受給者なら上限額は15,000円。
でも、
うちは、障害年金を貰えなくて、しかも同一世帯の私も僅かでも課税されているので、上限額は、37,200円。

それも、8月からは、44,400円になったそうです。

夫は、要介護5 区分支給限度基準額 36,065単位
1割負担ですので、36,065円
小規模多機能では、利用日数に関係なく一定額になっていますので少なくなることはありません。
僅かにオーバーした月、最近になって戻って来ていました。

上限額が15,000円なら毎月20,000円位支給されます。
ウチは、一桁二桁違います。

介護にかかる費用の負担に、差があります。

おっと、
夫が障害年金を受給したとしても、私が課税対象なので、「世帯全員非課税」にならないのは同じ。
「障害年金」を貰えなかったヒガミです。


高額介護サービス費の制度が変わったことは、つくしの会の情報で教えていただきました。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

8月から、負担上限額が上がりましたが、1割負担の場合、年額の上限額が決められ、3年間は、実質今まで通りなのだそうです。
8月以降の分は年額の計算になるらしいです。

高額介護サービス費の受給申請は、自治体によって違うかもしれませんが、私の所では、該当した最初の月に役所から郵送で申請書が届き、記入して返送して手続き完了しました。
介護費用に関しては、役所で把握しているので、上限を超えると支給されます。

経済的な支援を受け、負担が軽減されているのは有難いことです。

455・胃ろう交換&散髪

4月に胃ろうにして、半年が過ぎ、交換の時期になりました。
訪問診療の先生から、近くの総合病院を予約していただきました。

胃ろう造設手術をした病院では交換は、しないのだそうです。

交換は、簡単ですぐできる、と聞いていました。
ほんとうに、すぐだったので、「もう終わったの?」とビックリしました。

受付や問診票の記入などに時間がかかっただけで、夫が内視鏡室に入ってから出てくるまで10分もかからなかったと思います。
「喉の麻酔でむせるかもしれません」とだけ言われましたが、夫は、平気な顔でむせることもありませんでした。

会計に少し時間がかかりました。

「特定医療費(指定難病)受給者証」を出しているのに、「1万◎◎円です。」と言われてびっくり。
負担上限は5千円です。
「確認します。」
と奥へ戻されて、また時間がかかってしまいました。
今月は、5千円を超えていますので支払いはありませんでした。

時間がかかったといっても、トータルで30分。
10時30分の予約で、11時には病院を出られました。

お天気が良かったので満車の駐車場ではなく、少し離れた第二駐車場に車を停めて車椅子でちょっと散歩ができました。

夫は、痛がる様子もありません。

気分も良かったので、ずっと気になっていた夫のヘアカットに行ってみました。

今まで私が切っていたのですが、伸びてきていました。

駐車場も店内も広い理髪店がオープンしたので行ってみたいとずっと思っていました。
思いきって「車椅子で大丈夫ですか?」と聞いてみました。
「いいですよ。移動ができないとシャンプーと髭そりができませんがそれでよければどうぞ。」
と、久しぶりに普通のお店でカットしてもらいました。
ヘアスタイルの希望を聞かれて、短く刈り上げてもらおうかと迷ったのですが、今回は、今までのスタイルを短く整える程度にしてもらいました。
スッキリ綺麗になりました。
またお願いしようと思いました。


家に帰って、さて、すぐ胃ろう栄養を入れていいのやら?
聞いていませんでした。
新しいチューブを渡されました。

そおっと、お腹を見ると、大きなガーゼで覆ってありました。
ガーゼもそおっと、剥がしました。
新しい胃ろうは、前と同じ物です。
バンパー型のボタンタイプです。

周辺をガーゼのクッションでカバーしてありました。
これも、前の手術後と同じです。
出血も少しあって、何でもないようでも「やっぱり痛いはず」です。
ゆっくり休ませ、様子を見ます。

お水から少しずつ入れてみました。
大丈夫そうです。


富士山が白く雪化粧をして綺麗に見えました。

454.前頭側頭葉変性症つくしの会 交流会

10月24日(火)
前頭側頭葉変性症 つくしの会の交流会です。

初めての交流会の日を思い出していました。

「雨だったら、どうしよう」
と夫を連れて数日前に行って見たのです。

あれは?何年前????

「雨でもここなら平気」
と砂川口の休憩所を確認しました。。。。

夫は歩いていました。
あの坂道が危ない、、、と、、やっぱり、転んじゃった!

車椅子が借りられることも確認しました。。。


夫は第1回から車椅子での参加となりました。
まだまだ歩ける、と思っていましたが、歩けなくなりました。
毎回、車椅子での参加になりました。

でも、参加できない時もありました。
夫が入院中の時です。

退院して再び参加できることは、とっても嬉しいことです。

誤嚥性肺炎で入院して、胃ろうとなって半年です。
有難い事です。

パークトレインに乗りました。
夫は「ハハハ」と時々笑顔になりました。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

お陰様で何とか一歩前進できそうです。

26日は、胃ろう交換です。

453・前頭側頭葉変性症療養の手引き

ブログの更新がなかなかできません。
特に理由もありません。
夫も私も、周辺も元気です。無事です。

この資料は、Yさんのブログにもありましたが、ここに記録として残しておきたいと思います。

「前頭側頭葉変性症の手引き」です。
http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/ftld.pdf

前頭側頭葉変性症は、2015年7月に難病に指定されました。

研究が進むことを願って私も申請しました。

その思いに答えていただいているように思います。
是非、読んで頂きたいと思います。

Q&Aの形式でわかりやすく書かれています。

「Q前頭側頭葉変性症でパーキンソン症状が出ることはあるのでしょうか」
知りたかったことです。

http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/ftld.pdf

452・新潟から帰って

6日(金)
車なので、母も一緒に帰ることになりました。

朝、近くのスーパーで甘エビをたくさん買ってから帰りました。
店員さんに「殼つきの甘エビはありませんか?」
と聞いて「これから出します」
というので、少し待って、並べたばかりの甘エビを存分に買いました。


母と二人です。
私の運転は、母にどうも信用されません。
「関越は真っ直ぐだから、私にも運転できる」
といって乗せたのですが、後で「新幹線の方が気が楽」といわれてしまいました。

夫を乗せて何回もひとりで運転している道です。
今回は、車を変えたので、カーナビに振り回されただけです。

夫は、この車で、まだ遠出のドライブは、していません。
高速道路も、まだです。
後ろで車椅子に乗ったままなので、少し心配です。
私の体力があるうちに、遠くへドライブもしてみようと思っています。
夫は「車」も「行こうよ」も「青だ」「右」も言わなくなってしまいました。
でも、車に乗るのは嬉しい様子で、笑ってくれます。



休憩する関越道のサービスエリアは、夫と何度も利用した場所にしました。
母も「山の仲間と合流する場所」と良く知っていました。


工事で車線規制が多くありました。


ゆっくり走っても、明るい時間に帰ることができました。

孫の迎えの仕事がありました。

母は曾孫の顔を見たら、数日で新幹線に乗って帰るそうです。
元気です。

夫も変わりなく安定しています。
母と私の会話を黙って聞いているみたいです。


451・新潟で

10月4日(水)
母と庭に植えるお花等の買い物。
ユニクロで夫のズボンや防寒用のストール等も買いました。

お昼は、回転寿司。
安くて美味しかったです。

お寿司を食べていると、猪苗代に行っているお姉さんから「今、新潟」と電話がありました。
釣りに来たけれど、風が強い、とのこと。

お姉さん夫婦は、スイスで毎日のように私の両親と夕食をしていた間柄。
「お寿司をテイクアウトするので、家に寄ってください」
とテイクアウトを注文しました。
ちょうど混雑する時間で出来上がりに30分かかると言われました。

お姉さん夫婦も気を使われたのか、家を通り越して近くの漁港に行って見るとのこと。

母に伝えると「それなら、行ってみたいわ」
ということで、海岸ドライブができました。
海の向こうに佐渡が綺麗に見えました。

漁港でお兄さんが釣りをしていました。
寒かったので、夫のために買った毛布のようなストールが役に立ちました。

「釣れるから、やってみたら?」
と釣竿を貸してくださいました。

小さなアジが面白いように釣れました。

そのまま唐揚げにして夕食のおかずになりました。

お土産にいただいた冬瓜も「揚げだし冬瓜」になって美味しくいただきました。


5日(木)通院の日
大きな病院なので予約していても時間がかかりました。
血液検査の後内科の待合室で待っている間、ブログのコメントを読んで、サザンカさんにメールをして少しゆっくりできました。
母は、ひとりでも平気。元気です。
2週間毎の薬の処方。
院内処方なので、薬も受け取り終了。

銀行や郵便局の用事を済ませ、買い物もしました。

弟夫婦を夕食に誘い、美味しいお刺身などを一緒に食べました。
いつの間にか弟達も姪、甥が独立して二人の生活になっていました。
弟と新潟のビールの飲み比べをしました。