621.前頭側頭葉変性症つくしの会2月定例会&サンデーカフェ

毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。

1週間前の金曜日には、役員会です。

今回2月の定例会は、当初21名の参加希望があって、席をどうするかなど、会長のえいさんが何度も考えて座席図が当日、役員に配布されました。

諸事情から不参加になってしまうのは、この病気なら納得です。

当日は19名でした。

新しい方が3名。

遠くからの出席の方も。

会員は2分、新しい方は5分と時間を決めて、一通り近況報告、自己紹介等していただきました。
新しい方、3名は、意味性認知症。
言葉のコミュニケーションが取れないだけで、普通に生活できているかのように見られてしまう。
年齢も症状も、ひとりひとり違う。

ランチが運ばれて来て、食べながらの楽しい懇談。


席を移動して、やっとこれからお話を、と新しい方と話し始めた頃、
お店の方から「タイムアウト」宣言。

そんな~ええ~⁉ まだでしょ?

お店を利用させていただいているので、仕方ない。


「盛り上がっている所すみません。お店の方と上手くやって行きたいので、速やかに退出お願いします。」
というと、皆さん笑って、すぐに、ほんとにすぐに外へ出ていただけました。


前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com

3人で立ち上げた会は大きくなりました。

会場をどこにするかが悩みになってきました。


そんな悩みを抱えながらも2次回へ。

そして、地元に帰って、3次回。
自覚のないまま、飲み過ぎ😵🍺🌀です。

いえ、自覚していますので大丈夫です。

鼻水を理由に夫の面会には行かず、グダグダと過ごし、回復しました。


そして、日曜日、サンデーカフェです。
役員3名会員2名の5名。

少人数ですが、いいのです。
人数は、問題ではありません。
平日の木曜日の定例会には出られないけれど、日曜日なら、という方。
木曜日は、都合が悪いけれど、日曜日なら、という方。
そういう方がひとりでもいるなら開く価値があります。
いえ、誰も来られなくても、「いつか行ってみたい」と思われたらそれでいいのです。

つくしの会の定例会の最初の頃と同じです。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」の存在そのものに意味があるのだと思います。






620. スイスでスキー

2020年1月28日から2月4日まで
グリンデルワルトに6泊 短いスキー休暇でした。
怪我もなく存分に楽しんで、無事、帰って来ました。

夫は、変わらず穏やかな顔で、じーっと私を見ます。

元気な頃は、一緒にスキーをしていましたので、スイスでスキーができたらどんなに喜んだことでしょう。
診断されてからも3年くらいは、一緒に滑っていました。

見たかったグリンデルワルトの冬景色。アイガー。
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グリンデルワルト到着の日から雪が降っていました。

フィルストでの、雪の中のスキーは、大変でした。

翌日から晴天になって、クライネシャイディックへ。
1月30日
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初心者コースを気持ち良く滑りました。
お天気が良いので、スイスが初めてという友人達の希望でユングフラウヨッホへ行きました。
「こんなお天気の日は、スキーがいいですよ。」
とグリンデルワルトに長期滞在して、今回のスキーにも同行してくださった方に言われましたが、友人達と行動を共にしたかったので、ユングフラウへ行きました。
3日間のスキーパスでユングフラウヨッホまでの運賃が61フランに割引になりました。
お天気が良くて、アルプスの山の景色は見飽きません。
ユングフラウは4158m
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「トップ・オブ・ヨーロッパ」
3454mのユングフラウヨッホ鉄道駅からスフィンクス展望台へ
遠くにも山が見えます。イタリアかフランスか?
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素晴らしい景色に感動しました。
時間の経つのも忘れ、クライネシャイディックで、二人の男性を待たせてしまいました。
一緒にラウバーホルンを滑った後のビール🍺は最高でした。

1月31日は、グリンデルワルト日本語観光案内所所長の安東さんにガイドをお願いして、シルトホルンへ。
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アイガー、メンヒ、ユングフラウを見ながら滑る\(^o^)/\(^o^)/

シルトホルン
007のボンドワールドを見学して、回転レストランでランチ。
暖かくて春のようなお天気。
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午後は、シルトホルンから滑る。暑い💦💦
そして、春のスキーのように雪質が少し重く感じられました。
グリンデルワルト日本語観光案内所の「おやじのつぶやき」に載りました。
嬉しそうにストックを上げているのが私です。
http://www.jibswiss.com/nikki-2020-0101.html

2月1日も良いお天気。
メンリヘンへ新しいゴンドラに乗って行きました。
山の景色を眺め、ホーレンステインまで滑って、ゴンドラで戻りました。1581394055865.jpg
夜は、安東さんのお宅で「ラクレット」の夕食にご招待いただきました。
シルトホルンで撮ったスキーの動画も見せていただき楽しい時間でした。😊
グリンデルワルト日本語観光案内所「おやじのつぶやき」に「常連さん」と載って嬉しい🎵😍🎵

2月2日は、ベルン観光。1581392414472.jpg
雨でした。

電車に乗って小旅行気分。
迷いながらの観光も良かったです。
日曜日でお店は、殆どお休み。
お客さんいっぱいいるのにね。

開いているお土産屋さんで友人はお買い物。
木製の壁掛け時計。

イタリアンレストランでランチ。
ワインは白。

グリンデルワルトに戻って買い物。
チーズをたくさん買いました。


2月3日 朝 出発です。
ホテルのバルコニーからの写真です。
メンリヒエンが見えます。雨雲?私達が帰って雨が続いたそうです。
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安東さんの車で空港まで送っていただきました。

時差もあって、成田空港到着は、2月4日朝。

長年の夢だった「スイスでスキー」ができました。


619. スイスへ 到着までの事

1月28日
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無事スイスに到着しました。
グリンデルワルトのホテルでWi-Fiを使って、ブログを書いています。


夫も特養で安定しているので、スイス行きを決断しました。

今回は、スイスのグリンデルワルトでスキーが目的です。

夫の所へ行くと、孫がインフルエンザだと面会はできないと言われてしまいました。

孫の学校でインフルエンザが流行っています。

同居ではないし、6年生の男の子なので、さほど接触もないのに、と少しだけ不満でしたが、
感染予防は大切です。

残念ですが、留守中のお願いをして帰ってきました。

身近な所でインフルエンザで亡くなった人がいる、というニュースを
成田空港に向かうリムジンバスの中で、娘から受けました。

「命は大切」
とても他人事ではなく、インフルエンザを軽く見てはいけないと思いました。


インフルエンザの流行で面会を控えなければいけないので、
「私だけスイス行って面会に行かれない」
という「罪悪感」のようなものも少し軽減されました。

孫がインフルエンザで、隣との接触も控え、外出も控え、
面会ももちろん行かず、家で旅行準備の時間がたっぷりありました。

母も、新潟へ元気に戻りました。

時間がたっぷりあっても、やっぱり行動パターンは同じです。
旅行準備の荷造りは、直前になって、短時間で終了です。

27日 成田空港近くのホテル前泊です。
ここまで来ると、母と二人の時は、満足感がありました。
今回は、友人達と同じホテルでも別行動だったので、ひとりは、思ったより楽しくはありませんでした。

夜になって、飛行機の出発が遅れるというメールが航空会社から入りました。
関東でも雪の予報が出ていました。

28日朝、今回一緒に行く友人達と合流して、空港へ向かいました。
学生時代のスキー部の友人と妹さん、私を含め4人です。


Webチェックインで良い座席も確保でき、時間の遅れ以外は順調でした。

ホテルでの睡眠不足は、飛行機の中で、と思っていても、映画を次々と見ているとその時間もあまりありませんでした。


チューリッヒ空港に無事到着すると
今回は、ホテルまで送迎をお願いしたので、
日本語観光案内所の安東さんが笑顔で出迎えてくれました。

夏と違って、外は真っ暗でした。

無事到着しました。

少しずつ、記録に残したいと思います。










618. 「認知症第一人者が認知症に」

NHKスペシャルのドキュメンタリー番組
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586194/index.html

精神科医で、認知症診断テストの「長谷川式」を考案された長谷川和夫先生が認知症になったと公表されてからのドキュメンタリー。

考えさせられる番組でした。
16日0時55分再放送があるようです。


いろいろ考える事も多く、まとめられずにいました。

「長谷川式」の長谷川先生が認知症なった事だけは知っていましたが、それ以上は知りませんでした。

とても興味を持ちました。

記録に残して置きたいと思います。

私は、診断が「嗜銀顆粒性認知症」だということにも興味を持ちました。
大きな分類では、FTLDの仲間。
PSPやCBDと同じ4リピート蛋白が原因という説も。


2018年3月 長谷川先生の発言
https://www.mainichi.co.jp/ninchishou/topics/2018_04_1.html


長谷川先生のインタビュー
https://med.m-review.co.jp/drinterview_detail?dr_interview_id=9

617. 前頭側頭葉変性症つくしの会 1月定例会 新年会

1月9日
毎月、第二木曜は、FTLDつくしの会の定例会です。
1月は、新年会もあります。

昨年、定例会の参加人数が増えて会場を変更したのですが、
今回1月の定例会新年会に限って、以前からの会場で開催でした。

会場を間違わないよう、会長えいさんが丁寧に配信していました。

今回は、初めての方も含め13名の参加でした。
いつもより少ない人数ですが、賑やかでした。

初めての参加の方、ブログを読まれている話から
「ららです。」というと、
「わ!ららさん?本物?ほんとに会えるなんて」
と握手を求められ、大袈裟に喜んでいただけてびっくりです。

自転車で遠くへ行ってしまう話、困っている事など皆の前で話していただくと、仲間の皆から共感の言葉があがって「今まで言われた事がない」と感激なさっていました。
家族として経験したからこそできるアドバイスも喜ばれました。

「来て良かったです」
と笑顔で帰られ、この仲間の会「つくしの会」があって、ほんとうに良かったと嬉しく思いました。

そして、同時に
この「前頭側頭葉変性症」という病気が、特異で専門家にもなかなか理解されず、診断されただけで、治療法もない、と、医療からも見放され、支援からも外れ、今も家族が苦しんでいる現実に、心が痛みました。


診断と同時に支援に繋がり、家族も安心して普通の生活ができるようにするには、どうしたら良いのでしょうか?


616. ブログ7周年です

1月7日は、ブログ開設記念日です。
7周年です。
もう7年です。

毎年、「おめでとうございます」と通知が来るのですが、
今年は、何故か何もありません。

登録アドレスが、都合で閉鎖になったためか、
ウェブリブログで大工事が行われたためか、理由はわかりません。
何故か、またシステムが変わったようで、投稿し難いです。

ブログ、7年になりました。

「意味性認知症」と診断され3年を過ぎた頃
あまりにも自分勝手な行動に戸惑って、ネットで検索していました。
franzeさんのブログに出会って、コメントでお話できました。
私も書きたい、と、Yさんの後にブログを開設しました。

夫の行動は、記録に残せないほどいろいろ問題があった時期もあります。
夜、遠出して困らせた夫も、今は歩けなくなって特養で静かに暮らしています。

忘れてしまいそうな過去の事も振り返って読む事ができて、記録としてブログに残して良かったと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

続けられたのは、皆様のお陰です。


明日は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会、新年会です。
仲間が増えています。

かつての夫と同じような行動に、今困っている方もいると思います。
当然、同じような症状でも個性が強く、一人一人困っている事も違います。

少しでも参考になるなら、嬉しく思います。

夫は、特養で穏やかに暮らしております。
特養の生活や、私の生活の変化も書き残そうと思います。

これからも、よろしくお願いいたします。


615. 2020年お正月

IMG_20200103_163740.jpg新年 明けまして  
 おめでとうございます。🎍

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

夫は、特養で2回目のお正月です。

穏やかな表情で落ち着いています。

娘一家6人が訪れると喜んで表情を変えました。
4番孫とお互いに見つめ合っていました。

3番孫が、「ジイジに聴かせる」と鍵盤ハーモニカの演奏を始めると感動の泣き顔になりました。

写真を撮りました。
「こんなに喜ぶならまた来るね」

と娘も喜んでいました。

良いお正月です。

訪問マッサージも、「長く休むと心配なので」と2日に来てくださって有り難かったです。

暖かなお正月です。

我が家のお正月は、新潟風。
大晦日、年取りの晩に、ご馳走を食べます。

おせち料理も、手作りします。

新潟の「のっぺ」も大量に作りましたが、見事に食べ尽くしました。

孫達がたくさん食べるようになりました。

「こんなに?」と鍋一杯溢れる程のお雑煮もたちまち完売でした。

お雑煮は、娘担当。
鶏ガラで出しを取る、夫の家の味です。
美味しかったです。

夫の特養の部屋でブログを書いています。
夕焼け富士山が綺麗に見えたので、屋上から写真を撮りました。
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614. 2019年の年末

2019年が終わろうとしています。


12月は、早いです。


夫は、特養で静かに元気です。


4日に72歳のお誕生日が過ぎて、

23日の特養のコンサートでも、

お祝いに「ハッピーバースデー」の歌を歌ってもらいました。


夫は、やっぱりこの歌には反応抜群で、声が出ました。

マリンバ、フルート、サックスの演奏でした。

感動の声が、前まで届いたようです。



クリスマスの頃は、私は新潟へ行き、母と戻ってきました。

数日面会に行かなくても、変わりない夫でした。

「奥さん、来たね。良かったね。」

と看護師さんが夫に話しかけてくれました。


手厚い看護、介護を受けて、安心です。


今年も無事過ぎようとしています。


歯の出血で入院しても、無事退院できました。


肌が弱くて、動く左手で掻くと時々悪化しますが、

看護師さんがいつも上手に治療して、綺麗にしてくれます。

有難いです。



今年から、訪問マッサージも入るようになりました。

週4回です。

有難いです。


私は、今年になって、夫のベッドサイドで

ライアーという竪琴を時々弾いています。

小さな音なのでピッタリの楽器です。

耳を澄ませ、音を聴く静かな時間です。

私の楽しみになっています。



楽しみ・・・・

この1年私にとって

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の仲間との時間は、

とても楽しく貴重な時間でした。


ブログを読んでいただいた皆様

ありがとうございました。


どうぞ、良いお年をお迎えください。




613. 夫の誕生日&胃ろう交換

12月4日は、夫の72歳の誕生日でした。
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5回目の胃ろう交換の日でした。

誕生日よりも「胃ろう交換」の予定が重要でした。

特養の相談員さんが、病院と連絡を取って予約してありました。
協力病院ですので、特養から送迎だけしていただけます。

今回は、相談員さんが運転でした。
車の中でいろいろお話ができました。


2017年4月に胃ろうを造って、半年毎の交換。
前回から半年経つので、受付のシステムを忘れていました。
すぐに思い出して、機械で受付を済ませ、外科へ向かいました。

「今回、今までと違う物になることは聞いていますね。」
と聞かれました。
前回に説明を受けて、相談員さんからも聞いていました。

同じタイプの物で、交換後の検査の負担がないと聞いていました。

「今までと扱いが同じ」という事を確認していたのですが、
チューブの注入の部分が、なぜか2つに分かれていて、特養の看護師さんに「残念!」と言われてしまいました。

実際に胃ろう注入したり、チューブの消毒管理をするのは、特養の看護師さんなので、「そこまで確かめなくてすみません」と謝るしかできませんでした。

夫の胃ろうは、2年8ヶ月が過ぎて、特に周辺のトラブルもないようです。
交換の直後は、少し出血もありますが、ガーゼを当てるだけですぐに綺麗になっていました。


夫のお兄さんとお姉さん夫婦が、特養に会いに来てくれました。

ハッピーバースデーの歌をみんなで歌うと、夫は大きな口を開けて泣き声を出して感動しているようでした。
「わかるのね」と喜んで急いで動画を撮りました。

大きな音、音楽には反応するようですが、
「ハッピーバースデー」の曲は、わかるようです。

翌日、私ひとりで楽器でメロディーを出すと、同じ所で感動の泣き顔をしてくれました。
他の曲は無反応でした。
半信半疑ですが、メロディーの違いで反応するようです。

お陰様で、夫は72歳の誕生日を迎えることができました。

久しぶりに、きょうだいが揃ったので記念に写真も撮りました。

特養に夫を残して、久しぶりに我が家で宴会をしました。
お姉さん夫婦には泊まっていただきました。

翌日も、夫に会いに行って車椅子を押して、一緒に散歩していただきました。

612.孫の誕生日 彩星の会

11月23日は、3番孫の5歳の誕生日でした。

この子が生まれた日は、初めて彩星の会に参加した日です。
5年前です。

もう5年?1574753473746.jpg
まだ5年?

誕生会に招待されお祝い🎂しました。
下に妹も生まれお兄ちゃんになりました。
4人で遊ぶ姿を見るのは、幸せ😃💕そのもの。

ひとり娘と婿殿には、感謝(^人^)です。

24日(日)は、彩星の会の定例会でした。
「がんばらない介護」のお話は、代表との対談形式でした。

ゆったりと余裕のある話し方で、ご近所の方に公表して協力していただいた話や、良い介護支援を受けられている話、困ったお話も堂々と落ち着いて話されるので、とても優等生のように思えて、過去の自分の事や周囲の対応等も比べ、反省というより、ちょっとイジケタ気分になっていました。

でも、後半のお話や、質疑応答の中で、とても行動力のある方で、300人もの前で講演をなさった経験もあり、今回も私たちのために頑張ってお話をしてくださったのだと、尊敬と感謝の気持ちが沸き上がりお礼の言葉を伝えました。
「診断と同時に介護者が相談できる所へ誘導して欲しい」というお話もその通りだと思いました。

第二部は、ボランティアの方による歌の会でした。
口笛で参加したつくしの会の仲間のご本人は、感動して涙を流していました。

そして、二次会。
今回も、食べて飲んで話して、楽しい時間でした。


611.11月のいろいろ

久しぶりに、やっと書いたブログは思うように受け付けられなくて、
頑張って修正するのには、時間かかり過ぎ。
なんと要領が悪い。😖

タブレットでの入力が上手く出来ない。

感動した事は、忘れないうちに少しでも記録に残して置きたい。
と思っていたのですが。。。

書いた文章が、消えてしまって、またガッカリ😖⤵
復活させる気力がありません。
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11月16日(土)
八王子の社会福祉士会主催の
「若年認知症と社会をつなげるフォーラム」に行ってきました。
多摩若年性認知症相談支援センターの来島さんの講演では、「つくしの会」も紹介していただきました。
若年性認知症家族の会彩星の会の三橋さんの講演には、思い出す事が多く、言葉以上に伝わって来て涙が出ました。

先週
秋晴れの日には、
思い立ってシクラメンを買いに行ってきました。
シクラメン街道と呼ばれる所には、農家のビニールハウスが並んでいます。
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ハウスの中の沢山のシクラメンの花は、みんな見事に咲いていました。
どれも綺麗で、迷ってしまいます。
「赤いシクラメン」と決めて探しても、同じ「赤」もいろいろで迷ってしまいます。
「ピンク」は、いろいろですが「これ!」とすぐに決まりました。
たくさんのシクラメンの中から、選ばれて我が家に来たのは、ミニシクラメンです。

610.前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会へ

11月の定例会に行く前に、ブログを更新しようと、書いた文章がアップできない。😖


写真を入れたからか、途中の文章のほとんどが消えて、

最初と最後の文だけ出て来る。


何度かいろいろ試して、諦めました。


とりあえず、609話は、少し、いやかなり間抜けですが、

そのままにして、つくしの会の定例会に行ってきました。



今回は、16名の参加でした。


新しい方の参加も、

とお会いして見ると「若年性認知症家族会彩星の会」で以前からお会いしている方でした。


新しい方は、5分、他の人は、2分を目安に近況報告等、順番に話をしました。


ランチを食べながら懇談、情報交換等もできました。



二次会では、さらに交流を深め、「昭和記念公園の交流会が良かった」という話から

「本人と一緒に参加して見たい」

「では、開催しましょう」

と話は進みました。

FTLDの人中には、外出願望の強い人もいます。

急に症状が進んで歩行困難等で外出ができなくなる人も多く見てきました。

夫も例外ではありません。


本人も一緒の「交流会」に「今なら参加できる」という言葉に

「今、交流会をしましょう」

春まで待たずに、すぐ開催になりました。


11月28日(木)です。


609. もう11月です。

時の経つのが早いです。
ブログを更新できないまま、もう11月も半ばです。
いろいろ記事にしたいことも過ぎてしまうと、今さら、とそのままになっていました。

夫も私も、周りも特に変わりなく、元気です。

夫の特養の訪問マッサージは、週4回、二人で2回来てくださっています。

安心して、新潟の母の所へも行っています。IMG_20191111_131243.jpg
父の残した庭の椿が咲いていました。

友人と旅行の計画もあります。
まだ未公開の楽しい旅の計画も進んでいます。

夫は、とても安定して穏やかな表情ですが、
もう自分で起き上がることもできません。

熱烈なラグビーファンだった夫は、今回のワールドカップを知りません。
ワールドカップのラグビー🏈の試合を見ながら、夫を思い出していました。
夫のクローゼットの中には、テレビに出てくる日本代表ユニフォームと同じ柄の旗があるのを思い出したのは、ワールドカップが終わってからでした。

昔、昔、娘が小さかった頃、夫に付き合って1度だけラグビー観戦に行きました。

観戦席はガラ空きで、静かでした。
試合中にヤジを飛ばすこともなく、微妙なジャッジに文句も言いません。

「あれぇ?なんでぇ?」と夫に聞くと
「紳士のスポーツだから」という答えでした。

相手チームの好プレーにも当然のように拍手をしていました。
ルールもわからず、チームも勝敗も覚えていませんが
「紳士のスポーツ」といった夫の声を覚えています。

今の夫は、テレビも、興味を示しません。
小さな動きは、目で追えないようです。

大きな音や、目の前の人の動きには反応します。

夫の特養では、音楽療法やコンサートがあって、夫は反応して泣きそうな表情になります。
大きな音にも反応します。
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夕方、夫の部屋を出ると夕焼け富士山が見えました。
寒くなりますが、これから富士山が綺麗に見える季節です。

車で、富士山が綺麗に見える場所まで遠回りして、眺めてから帰りました。

608.台風と夫

大きな台風、被害も大きいという情報に心が痛みます。

思ってもいなかった事が突然起きて、日常が奪われてしまう。

自然災害は恐ろしいです。


私の地域は、幸い大丈夫でした。

大雨や風の用心をして、
「こういう時、ひとり暮らしは心細いかな?」
「隣に娘達がいるから大丈夫」
と自問自答。


夫の特養は、高齢者の避難場所にもなる施設なので、こういう時は安心です。

家にいたら、避難は大変でした。

特養の職員の方は、看護師さんが泊まったり、準備なさったようです。

私の地域の被害はありませんでしたが、交通機関に影響はありましたし、夫がよく「散歩」に行っていた地域は川の氾濫や土砂崩れ、集落の孤立等、災害被害がありました。

こういう時、あの元気な頃の夫ならどうするでしょう?
大雪でも平気で「散歩」といって山歩きをしていました。
「台風」も「交通規制」も「運行中止」も「立ち入り禁止」も理解できなくて
「なんでぇ?」と強引に突破したでしょうか。


彼岸花、コスモスの花。
夫のお陰で季節の花の群生を見に行った場所。

好きだった川は、濁流に?

秋の景色は、どうなっているでしょうか。

夫に話しかけて見ましたが、じっと私を見るだけです。

「そう、それは大変だね」という顔をしています。

訪問マッサージが週3回入って、調子は良さそうです。
毎回、終わって少しすると、お通じがあります。


急に寒くなっても、室温調節され、守られています。
変わりない夫を見ると安心します。
有り難いです。

今日は、口腔ケアの後、車椅子で公園を散歩しました。
車の音に反応して笑っていました。



607.自動車税減免の更新手続き

自動車税(種別割)減免(下肢等障害者用)の更新手続きについて
という書類が来ました。

翌年度の自動車税減免を受けるために
「減免更新申立書」の提出が必要です。

夫は身体障害者手帳2級です。
変更なしに○をつけて、
納税義務者である私の名前、電話番号、日付を記入して提出です。

精神障害者福祉手帳1級の場合は、自立支援医療受給者証のコピーが必要になります。

これは、東京都都税事務センターの手続きですので、地方によって違うかもしれません。

夫は、自立支援医療証の更新を今年から止めました。
マル障(心身障害者医療費助成制度)が使えるようになったからです。


障害者が施設入所、入院中の場合は原則として減免対象になりません。
という一文があって
(ただし、入所先から通院している場合等は、、、)と。

特養入所した昨年問い合わせしました。
私の車は、夫を乗せる為の福祉車両です。
通院や外出で夫を乗せているのですから、減免対象になって当然だと思います。

問い合わせると、入所先の証明書があれば、減免になるとのこと。
特養で、証明書に印鑑を貰って提出しました。

簡単ですが、提出しないと減免になりません。


いろいろな制度の支援が受けられ有り難いです。

もし、まだ利用なさっていない方、参考になれば幸いです。

そして、この自動車税減免もですが、
精神障害者福祉手帳2級で受けられないことが残念です。

前頭側頭葉変性症の精神症状が、医師によっては、軽く診断書に書かれてしまい、重症なのに2級の診断、というのもとても残念です。
夫も、長い間2級のままでした。

私自身も、家族の欲目もあって、思っているよりずっと重症なのだと気づくのは遅かったです。

精神障害1級で自立支援医療証があれば、自動車税減免になります。

自動車税減免の事も、もう少し早く知って、早く手続きをしていたら、と思ったこともあります。
手続きをしたのは、身体障害者手帳取得がきっかけでした。
「今すぐに」と窓口で勧められたのです。
結果として、身体障害なら自立支援のコピー提出の必要がない、というだけも簡単で良かったです。


さて、今できることをします。

郵便料金を確認して、82円切手に2円切手を足して投函します。

606.訪問マッサージ、始まりました。

10月9日(水)から、特養での訪問マッサージが始められました。

これから、週3回、月、水、金 の午後の予定です。

9日、11日と2回受けました。

最初の予定では、火、木、土と聞いていましたが、調整した結果のようです。

つくしの会定例会とだぶらず、良かったです。

10日が開始予定でしたので「私が来られませんが、よろしくお願いします」と特養の相談員さんにもスタッフにも伝えて周知していただいていたのです。

なるべく立ち合いたいと思います。

「もう、無理はしない」と決めていますので、
行かれない日は、お願いするつもりです。

夫は、マッサージを嫌がる様子も痛がる様子もなく穏やかです。
マッサージ師さんの顔をチラチラーっと見て、
私に「誰?」というように目で話をするので
「Kさんよ。覚えているでしょ?」
と笑うと、ジーっと見ていました。

覚えていると思います。
覚えていなくても、受け入れているのがわかります。

このマッサージ師Kさんに再びお願いできるようになって、ほんとうに良かったです。

幸せな気分になりました。


605.前頭側頭葉変性症つくしの会10月定例会

10月10日(木)
毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

参加人数が増えて、嬉しい悲鳴です。
3人で始めた仲間の会が大きくなりました。
今回は19名の出席でした。

会場を先月から変更して、安心していたら、オーナーの方に理解されていなかったのか、
気持ち良く受け入れていただいていないのかな?
と思うような電話が会長えいさんの所にあったそうです。

ランチを食べながらの会。
「注文を事前にまとめて」とか
「時間は、2時間以内で」といわれたそうです。
ごもっともなのですが、、、

「どうしましょう?」
「場所は、いいけど時間制限は、困りますね。」
「今日は、できるだけお店のいう通りにしましょう。」
と、会長えいさんと話しながら向かいました。


お店に入って、予約してある奥の部屋に行くと、
20名で予約してあるはずなのに、15名の席が作られていて、
座る席の指示を任されていた私は、少し焦ってしまいました。

椅子、テーブルを追加しつつ、名札を出して、
「こちらにどうぞ」と初めての参加の方をご案内するのが精一杯でした。

今回は、四国からの参加、入会の方を迎えました。

前頭側頭葉変性症は、若年性認知症なので、高齢者の認知症とは違いますし、
アルツハイマー型認知症認知症とも症状が違うため、
「認知症介護者」という集まりに行っても、
「若年性認知症」の集まりに行っても、「何か違う」という気持ちになることがありました。

高齢者の認知症の介護者の会では、
「それ、認知症じゃないでしょう?」
と言われたこともありました。

つくしの会の仲間も、同じような経験をしているようです。

新しい方のお話に「そう、そう」と大きく頷いて聞いていました。

月1回のこの日を楽しみにしているのは、私だけではないようです。

「この会があって良かったです」
と言われ嬉しくなりました。

困っている話も仲間と話して笑い話のようにも、自慢話のようにもなります。
話は尽きません。


お店との約束の時間内にと私が早めに声をかけると、
「まだ大丈夫」と、えいさんに言われ、すぐ座り直す程、
皆さんまだまだお話が続きました。

もちろん、約束の時間には退出しました。
継続を心配しましたが、お店の方も好印象でした。

二次会の話も事前にあったので、10名がそのまま駅前の居酒屋に移動しました。

アルコールも入って、ますます話が弾みました。

次は、26日の「介護体験発表会」です。
新潟の仲間の参加も、とても楽しみにしています。




604.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月3日
相談員さんから「訪問マッサージが受けられる」と聞きました。

嬉しくなって、すぐに以前のマッサージ師Kさんにお願いしたい、と思いました。


すぐに、夫の部屋から以前お世話になっていた小規模多機能に電話をして、連絡先を聞きました。

夫が急に歩行困難になった頃から、施設と自宅でマッサージをお願いしていました。

「特養に入所したら、週3回にしましょう。」と提案いただいていました。


「特養で訪問マッサージをお願いしたいのです。」
とお話すると、
「施設で受け入れは、同意されていますか?」
と気になさっていました。
「やっと、今日許可が出ました!」


「では、特養に伺います」

と、6日(日)に来ていいただけることになりました。


10月6日
特養玄関で待ち合わせです。
2018年2月に夫が特養入所して、1度公園でお会いして以来です。

変わらない穏やかな笑顔に安心します。


手続きに関しては、代理で全てやってくださるそうです。
有り難いです。

後期高齢者医療証(保険証)
心身障害者医療費助成(マル障)
診察券
のコピー

必要な書類を渡してお願いしました。

夫の体も、ベッドで診ていただきました。
右手と左足が固くなっているそうです。
左足を少しマッサージしただけで、膝が伸びて、顔もほんのり赤くなっていました。


当分は、週3回、お願いしました。

夫は、自宅でマッサージを受けていた頃より痩せてしまいました。
覚えているのか、嫌がる様子もなく穏やかな顔です。

Kさんとの会話も心地良さそうに聞いているようでした。


週3回の訪問マッサージが受けられるようになりました。
私が行かれなくても、やってくださるそうです。
安心しました。


また、一歩前進できました!


603.特養で訪問マッサージを受けられるようになる

10月3日
特養の夫の部屋に相談員さんが見えました。
「訪問マッサージの件ですが、」
とお話をゆっくり始めました。


夫の入所している特養では、訪問マッサージを受け入れていませんでした。

夫だけではなく、訪問マッサージの業者の出入りを断っていたそうです。

問題なく受け入れている特養もあるので、どうしてなのか、その理由を聞いてから次の行動を考えるつもりでした。

施設の方針で受け入れないのであれば、施設の方にお願いしようと思うのですが、そうではないようでした。


「制度上の事」をはっきりさせていなかっただけのようです。



私、知っていました!
特養で医療保険を使った訪問マッサージを受ける事は、医師の同意書があれば可能です。

つくしの会の会長えいさんの奥様も特養で訪問マッサージを受けています。
仲間の存在は、なんと心強いことでしょう!
えいさんは、つくしの会を3人で立ち上げた時の「ももさん」からの情報で
「特養で訪問マッサージが受けられる」と知ったのでした。


「医療上必要であるという診断、指示(同意書)が必要」
という相談員さんの真剣な説明も、嬉しくなってニヤニヤと聞いてしまいました。

「特養の医師は、内科医なので、専門医に同意書を書いてもらえますか?」
と、心配そうに仰るので、
「はい、大丈夫です。神経内科の先生は必要書類を、すぐ書いてくださいます。」
と答えました。


特養の医師が「マッサージを必要と判断しにくい」という理由で、同意書を書かないケースもあるようです。
夫の特養の医師は、内科医ですが、直接お話できればご理解いただけそうな気がします。

相談員さんの調べた書類に
「専門医が望ましい」という一文があるのでしょう。
「専門医の依頼が困難な場合、歯科以外の医師なら良い」と、あったように記憶しています。


関節拘縮、筋萎縮(筋力低下)とか、関節可動域拡大とか、難しい専門用語があるようですが、
体が固くならないように、専門的に医療マッサージをお願いしたいだけなのです。
「機能訓練指導員」による個別マッサージは、実際にはとても手が回りません。
訪問マッサージ、できたら嬉しいです。


相談員さんから、「訪問マッサージ導入可能」の報告を受け、喜んでお礼を言いました。

前に進むことができました!

特養で訪問マッサージが受けられます。

つづきます。

602.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月、やっと、やっと
特養で訪問マッサージが受けられるようになりました。
ここまでの経過を残そうと思います。

黙っていては、実現できなかったと思います。

2017年2月に特養に入所して以来、
訪問マッサージを受けたいと希望を伝えていました。
遠慮がちに伝えてきたつもりです。


特養に入所する前は、在宅で週2回の訪問マッサージを受けていました。
「施設入所すると動きも少なくなるので週3回増やしましょう」
と、マッサージの先生から聞いていたのですが、特養で受け入れられず中断していました。

入所の時の相談員さんのお話では、自治体からの反対で受け入れられない、というお話でした。
特養の考えで拒絶しているわけでもないので、希望はありそうでした。

その後、OTさんが入って、機能訓練費も加算されましたが、120名以上の入居者に対し1名ですので、個別リハビリが十分とはいえません。

ケアマネさんにも、ケアプラン作成の都度、希望を伝えていました。
伝えたつもりですが、そのままでした。
私も、不満に思いながらも、日頃の感謝の気持ちもあって、強く言えないままになっていました。

でも、
夫の右手が固く動かなくなってきて、とても気になっていました。
筋力も衰えています。
面会の都度、私なりに触れたり揉んだり擦ったり動かしたり、「タクティールケア」を試してみたりしていました。


OTさんも、お会いする度に夫に触れ、私の話も聞いてくださいました。
今回「訪問マッサージをお願いしたい」というお話をしました。
9月末だったと思います。
「制度上の事はわからないので、相談員さんにもう一度お話して見てください。」
と言われ、訪問マッサージを入れることには、
「そうですね。良いと思います。」
と、賛成していただけたので安心しました。


制度上、できないことはない、というのは調べればわかることです。
解釈は、いろいろですが、訪問マッサージを導入してはいけないという項目はどこにもないのです。
良いとも悪いとも書かれていないのです。

ちょうど翌日、
家族懇親会(消費税増税に伴う負担金増額の説明会)があって、施設長さんからの
「施設改善のために、要望に答えたい」
というお話もあり、きっかけになりました。
家族懇親会の後、相談員さんと「訪問マッサージについて」お話できました。

「入院もあって、以前より体が固くなっているので、専門家による医療マッサージをお願いしたい」
「他の特養で受け入れているのに、どうして訪問マッサージができないのか教えていただきたい」
「生活の中のリハビリは有り難いが、介護スタッフの負担を増やすのではなく、個別にマッサージをお願いしたい」
というお話を聞いていただきました。


「必ず調べてお返事しますので、少し時間をください」
というお話でした。


私も、今回は納得が行くまで動くつもりでした。



つづきます。。。
今日は、ここまで。



601.父の7回忌と夫の6年

9月22日(日)父の命日に7回忌法要をしました。

小さな城下町の中のお寺に、親族が集まりました。

6年前、2013年9月22日 お彼岸に父が旅立ちました。

6年前の夫は·····
ブログに記録が「父の死と夫」と題して残っていました。
https://2212-2931.at.webry.info/201310/article_1.html
お彼岸で夫のきょうだいとのお墓参りの帰りでした。
私には、その時がわかっていましたが、夫の予定変更はできませんでした。

このころ、すでに重症な段階であるという認識がありませんでした。
まだ、普通、ではないにしろ何とか生活していると思っていました。

診断から4年。
夫は葬儀参列どころではありませんでした。
急な予定変更が受け入れられず、困りました。
ケアマネが決まっただけで支援に繋がっていませんでした。
夫の兄、姉夫婦のお世話になりました。
感謝しています。

白い布団の父も目に入らず、携帯の充電をしようとして、驚きました!

姉の家で夜散歩に出て困らせました。

この後から、デイサービスを利用しようとしましたが、なかなか上手く行きませんでした。
このころ、まだ私に「介護している」という自覚もないまま、夫は線路に入って保護される等問題行動が多発しました。
翌年、急に進行して、
精神病院入院を勧められる状況の中、「奇跡の発表会」でフルート演奏。

夫のきょうだいの協力のお陰で、私は友人7人とスイスへ記念旅行もできました。
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スイスまでコンビニの定員さんから支払い不足の連絡が入りました。
精神病院入院を考える程の状態の夫を託しての海外旅行。
直前に、手の骨折もあって、突然、失禁が始まっていました。
ほんとうに、夫のきょうだいご夫婦には、感謝しています。

2014年
父の1周忌は、夫の兄夫婦が我が家に泊まって世話をしてくれました。
http://2212-2931.at.webry.info/201409/article_5.html
この頃は、ますます言葉が通じない上、自分勝手な行動もパワーアップ、失禁もあって、さらに大変だったと思います。
お世話になりました。

診断から5年。
2014年10月に、私の入院をきっかけに、夫は精神病院に医療保護入院となりました。

2013年に父が亡くなった年から2014年の入院までは、とても変化が大きかったようです。
捜索願いや通報はあっても、訴えられる事もなく、事故にも合わず、良く無事だったと思います。
エピソードは、たくさんあります。

入院する頃には、病気の進行もあって、行動もいくらかは鈍くなっていたようにも思います。

2015年
父の3周忌は8月、夏休みでした。
命日9月22日には思い出してブログを書いています。
http://2212-2931.at.webry.info/201509/article_5.html
入院が長くなって、療養型病院に転院していました。

精神病院での生活も、とても長く感じられましたが、合計1年1ヶ月でした。

2015年12月に退院して、在宅介護開始。
小規模多機能と老健と1ヶ月交替で、という提案でしたが、
孫の保育の為、老健に2016年3月まで3ヶ月入所。

2016年3月末から2018年2月まで約2年、
小規模多機能を利用させていただきました。
通所も泊まりも訪問も、時にはリハビリ指導もお世話になりました。

急な歩行困難と急な嚥下困難、身体的な急激な衰え。
「意味性認知症(SD)」でこの症状?
別の医師に「進行性核上性麻痺(PSP)」という診断をいただきました。
脳の神経性難病であることに変わりありません。
分類がはっきりせず、診断名に過ぎない、と思っています。
「前頭側頭葉変成症(FTLD)」という括りにもなります。
進行性の不治の病、難病です。
急激な身体症状もPSPなら納得です。

2017年4月に「胃ろう」にしました。

2018年の大雪の雪かきで腱鞘炎になった事で一区切り。
夫は、市内の「特別養護老人ホーム」へ入所しました。
入所して1年半。
早いように思います。

安定した生活に感謝です。

2019年
父の7回忌に、夫の6年を振り返りました。

時の流れは、平等なはずなのに長く感じられたり、短く感じたりします。
「もうすぐ小学生」だった孫は「もうすぐ中学生」
孫の数も増えました。


6年は、これくらいの時間?

夫の姿は変化しましたが、特養で手厚い介護看護を受け、穏やかです。
有り難いです。

600.特養の音楽療法と夫

毎週火曜日の10時40分頃から、音楽療法があります。

夫の「ケアプラン」では「音楽療法参加」になっていますが、
私が行くまで寝かされている日も多く、私が行かれない日は、どうなのか?

遅れてでも参加させていただいているようです。
私もなるべく参加したいと思っています。


音楽療法
キーボードの伴奏に合わせて、マイクを持って順番に歌っています。
夫は、歌えません。

曲によって、反応する時もあります。
どうにも古ーい古い曲は、反応なしです。

古い曲も繰り返すと、だいぶ覚えて来ましたが、
今回は「え?いつの曲?」と聴いたこともない曲を皆さんで歌っていました。

夫より若い方が、ひとりいて、やっぱりキョトンとなさっていました。

少し年代の差を感じる時間です。
その若い方の好きな「翼をください」は、
他の皆さんには、馴染みのない曲のようです。

なるべく皆さんに楽しんで参加してもらいたいと
音楽療法の先生も曲を選んで、歌詞の用意もしているようです。

夫は、先生の動きを目で追ったり、話しかけられると
じっと先生を見つめていました。
毎週同じように声をかけていただくので、わかっているようにも見えます。

毎月、コンサートも開かれます。

生の演奏は、音に反応するのか泣きそうな顔で反応します。
わたしも今月月末のコンサートを楽しみにしています。

599.孫と新潟へ

夫が特養で落ち着いているので安心して出かけられます。
在宅の頃のように、宿泊のお願いに頭を悩ませる必要がないのは有り難いです。


3番孫との約束があった事、
22日の法事の前に準備の確認をしたかった事、
ついでに、敬老の日でもある事

等、理由をつけて、9月14日から16日、新潟の実家へ孫と一緒に行って来ました。

一番の目的は、3番孫との初めての旅でした。

孫は、日頃、車での移動ばかりで電車もバスも経験がほとんどありません。

前回は、直前に迷子の恐怖でキャンセルしてしまいました。

今回は、張り切っていました。
初めて新幹線に乗りました。

4歳の男の子。
親兄弟と離れての初めての旅は、楽しかったようです。

「お弁当を買って新幹線で食べたい」
「水族館に行きたい」
という希望も叶えられました。

何よりも、私の母「新潟のおばあちゃん」が喜んでくれた事が良かったです。
「ひとりで良く来たね」と何回も褒められていました。
3番孫は、いろいろ子どもらしい発言で笑わせていました。
会話も微笑ましいものでした。


短い時間に、法事の準備の話もできました。
まだまだ母は元気です。

こんなに喜ぶなら、また孫を連れて行きたいと思ったり、
一緒に暮らすことも可能ではないかと思ったりしています。


有り難い事です。

598. 風邪 (私です)

珍しく風邪を引きました。
もう治ります。

いつも、「来たかな?」という段階で追い出して
「私、風邪は引きません」と強がりを言っていましたが、
今年、もう2度目の風邪です。

1回目は、スイスから帰ってすぐ。
そして、今回、新潟に孫と行った後からです。

軽い喉の痛み
この段階でひどくならないで治る予定でした。
治ったかのようにも思えたのです。

反省しました。

体力が落ちています。
免疫力が落ちています。

運動不足です。

もうひとつ。

水分不足です。

気がつくのが遅かったです。

5日つくしの会の役員会の最中、咳が止まらなくて心配をかけてしまいました。

前の晩、寝てから咳が出ていました。
ゲホゲホッッと意志に反して強い咳が出て、息ができないほど。

一瞬、呼吸が苦しく「風邪も大変なもんだ」と変に感心しました。
「高齢者や体の弱っている人は、このまま息ができなくなるかな?」
と、ちょっとだけ思いました。
私も今年から高齢者です。

台風による気圧の変化も関係しているかもしれません。


役員会の後は、寄り道をせずまっすぐ家へ帰って安静にしていました。

隣に娘がいて、夕飯を作ってもらえるので助かります。
「顔色悪いよ。」と言われてしまいました。
どこかの景品でもらったという子供用の栄養ドリンクを出してくれました。

家にあって飲んでいなかったサプリメントも飲みました。
水分も取って、早く、たぶん早く寝たと思います。

翌日からは、快方に向かっています。

夫が特養にいるので、こういう時も安心です。
在宅なら無理をしてしまうかもしれません。
そもそも風邪を引いていられなかったです。



「安静に」をいいことに、何もせず、いろいろなブログを読んでいました。

ゆっくり体を休ませ自然治癒です。

元気回復です。\(^_^)/


体力を維持するために、もう少し体を動かそうと思いました。




597. 通院日

9月5日(木)は、久しぶりの神経内科の通院日でした。

特養の事務所に保険証や医療証など一式を預けてあります。
事前に声をかけて確認の必要があります。

少し前に「受診届け」のような用紙を記入して、ケアマネさんにお話をして、前日にも確認しました。

準備の時間の都合もありますので、介護スタッフにも出発時間をお話しました。
看護師さんにも、胃ろうの事があるのでお話しました。

久しぶりに、私の福祉車両の出番です。
夏の間、暑かったこともあって車に乗せていませんでした。

久しぶりのドライブ🎶🚗💨🎶喜んでいたのか、声が出ていました。

久しぶりの病院は、駐車場が満車でした。
列に並んで、誘導の係の方に「正面で車椅子の人を降ろしたいのですが」というと「また最後尾並んでいただきますよ」というのです。
「どうしたらいいのですか?」と困って聞きました。
「ここで降ろしていいですよ」というので、びっくりです。
「いいのかな~?」と思いましたが、係の人がいいというのですから即実行です。
後ろに並ぶ車を少し気にしながらも、急いで急いで、といっても、スロープを降ろして、いろいろ装置があって慌てました。
でも、いつもこの作業の私、カッコいいと自分で思っています。(^-^)/
大急ぎで走って夫を通路まで連れて行きました。
「あ、そうか、待っていられますか?」と係の方。
「待たせます」仕方ないです。
駐車場に車を入れるまで、夫は不満顔?で待っていました。
立ち上がる事もできないので、そのままでした。

駐車場が混んでいる日は、診察も会計も混んでいて時間がかかりました。

久しぶりの受診だったので、最初のカード受付も窓口に行く必要がありました。


久しぶりの診察。
治療は、特にありません。
夫に胃ろうを勧めてくださって以来、あの入院以来診ていただいている先生です。
最初の先生は、定年退職なさって、違う先生に引き継がれる予定だった所を私がお願いしました。
夫もお気に入りの先生です。

指定難病や障害手帳等の診断書を書いていただくために、定期的に診ていただいています。

前回は、入院中にお会いしていたので通院日を予定より先に伸ばしていただきました。

前々から「私、変わるかもしれませんので」とおっしゃっていましたが、今回も「あまり先になると引き継ぎが困るので」とおっしゃって、次回は12月になりました。

夫は、先生の手を左手でしっかり握りました。❤
右手は握る力もなくなっています。
夫の手を握ったままパソコンを打ち込んでいた先生。
「エリキュースは止めましたよね」
と、私が言い忘れた事も確認されました。
特養の先生に「止めましょう」と言っていただいて止めた事を報告しました。

「また来てくださいね」と夫に声をかけていただいて終わりになりました。


会計は、電光掲示板ではなく、窓口で番号を呼ばれます。
時間がかかるのは、いつもですが、今回はいつもより遅くて、遅い番号が次々呼ばれていました。

恐る恐る「あの~この番号で待っているのですが~」というと
「これは電光掲示板で、もうとっくに出ていますよ。」というのです。
「え?マル障でもですか?」というと、やっと調べていただけました。

難病のノートを出さなかった事が原因だったようです。
「毎回、必ず出してください。」と、まるで私が悪いように言われたので、
「毎回、『出してください。』と言われるのに、今回は言われなかったですぅ😡」と言いました。😠
ほんとにそうなのです。
マル障で無料になって、必要ないかと思ったのです。
「自立支援は?」と聞かれたので「マル障が使えますので更新していません」と答えました。

「遅くなってすみませんでした」と素早く処理していただけました。
怒りません、私。

でも、次からは黙って待っていないで、早く聞こうと思いました。


思ったより時間がかかったので、まっすぐ特養へ戻りました。


夫は、特養の自分のベッドが一番安心できるようです。
胃ろう注入に来た担当看護師さんに「疲れたよ」といういうに訴えるような顔をしていました。


596. つくしの会の交流会

前頭側頭葉変性症つくしの会
8月29日(木)久しぶりの交流会でした。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/blog-entry-123.html

最初の交流会を思い出して、記事を読んでみました。
https://2212-2931.at.webry.info/201604/article_7.html

「自然の流れ」という言葉を、会長えいさんと今も良く使っています。
この記事で、すでに使われていますので、設立当初からの言葉のようです。
2016年4月です。


本人も仲間も一緒に公園でお昼を食べて楽しく過ごす交流会。

いつも一番喜んでいるのは私のようでした。

夫は、残念ながらこの頃から急に歩行困難の症状が出て、急速に症状が進みました。
「意味性認知症でこの症状は出るのか?」という疑問は、この頃からありました。
それでも、ブログの記録を読むと楽しそうです。

車椅子で参加するようになった夫です。
一緒にお昼を食べて楽しむ事ができている間は、「参加して良かった」と思いました。
胃ろうになって全介助になってからも、えいさんにお世話になりながら参加していましたが、さすがに、本人には負担も多いと判断して私だけの参加になりました。

夫がもっと元気な頃から、こういう交流会に参加したかった、同じ思いの人がいるはず、という私の強い思いがありました。


交流会に参加していた本人で、夫以外の方も、それぞれ参加が難しくなってしばらくお休みにしていました。



つくしの会の定例会に参加される方が増えましたので「希望があれば開きましょう」と役員会で話が出ていました。
「希望があれば」なので、難しいかと思っていました。
会長えいさんは、決断が早いです。

つくしの会のホームページに載せて、申込みを受け、開催となりました。

2組のご夫婦と遠方にご両親がいらっしゃる娘さん、会長えいさんと私の7人。
初めての方と思っていたら、彩星の会でお会いしたことがあるご夫婦でした。

会場は、いつもと同じ場所。
花とみどりの文化センターでお昼を食べてから、昭和記念公園でパークトレーンに乗りました。

私は、アルツハイマーから前頭側頭葉変性症と診断されたというご主人、介護されている奥様と同じ席になって、いろいろお話しました。
この方も彩星の会からでした。

パークトレーンで1周して、全員で西立川口へ向かい、立川駅で解散になりました。


終わった後の「反省会」🍺✨🍺に、娘さんもお誘いして、昼の居酒屋へ
次の定例会の二次会の下見も兼ねての「交流会反省会」でした。

娘さんのお父さんは、SDと診断され8年。
お母さんにもっと旅行など楽しんでもらいたいという優しい娘さんでした。
穏やかなSDらしいエピソードもあって、お母さんの努力の成果も感じられました。
ぜひ、直接お会いしてお話をしたいと思っています。



「交流会」の昭和記念公園
私は「シニア割引」でした。
夫と一緒なら、手帳で駐車料金も入場料も無料です。

コスモスの満開の頃、また行きたいと思います。

595. 孫と新潟 岩室温泉へ

九州北部では、大変な大雨で被害が出ているようです。
災害のニュースを見ると「FTLDの元気な人は、どうやって避難するのだろう」と考えてしまいます。
「命を守るため最善の策を取ってください」
と呼びかけていますが、在宅で元気な頃が一番難しいかと思います。
「支援」の基準も「災害時に避難できるか」「危険を察知し身を守れるか」が重要なように思います。

さて、
小学生の孫が8月いっぱい夏休みなので、一緒に新潟へ行って来ました。

4歳の3番孫は、直前にキャンセルです。
「迷子札を用意して」と私が娘に言ったことから、
娘が「迷子にならないように」といろいろ話をすると、
何やらDVDで映像を見たシーンを思い出して泣き顔になってしまいました。
「行かない」といい、その後何度確認しても同じでした。

3人連れての道中は、心配でしたので少し楽になりました。


3人で行く為にいろいろ細かい計画を立て、私にしては珍しく指定券も取ってありました。

乗り換えを少なく楽に、と大宮行き「むさしの号」の時刻に合わせ、大宮から乗車です。
大人の休日倶楽部で、私は割引になりますが、販売機で子ども2人同時に購入できないので、3回操作が必要になります。

指定券は、ネット予約でしたので、それを割引料金適応にするためにも窓口へ行かなくてはなりません。

これも、私には珍しく、前日までに駅の窓口で切符を受け取っていました。
平日、駐車料金もカード提示で無料でした。


孫二人は、大喜びでした。


8月24日(土) 午後到着 
母が待っていました。
近所に住む弟がバーベキューをしてくれました。
買い物も一緒に行って、大量のお肉、野菜を用意しました。

弟は、バーベキューの大きな本格的機械?を実家に置いています。
冗談のような何やらインストラクターの資格を持っています。
お任せして、焼き上がった物をご馳走になりました。
母、弟夫婦、孫二人、私で食べました。

会うのを楽しみにしていた姪の赤ちゃんは、急な熱で会えず残念。
孫のお兄ちゃんお姉ちゃんぶりを発揮できませんでした。
弟夫婦は同居の孫娘が心配なのかいつもより早く帰りました。

お肉は食べきれず、次の日カレーに入れました。

8月25日(日) マリンピア日本海へ
孫3人が楽しめる場所、と選んだのは水族館。
結果的には小学生二人にもいいい場所でした。
8月の最終日曜日の為か、思ったより賑わっていました。
駐車場は満車だったようです。

車がないと実家からは少し不便な場所ですが、新潟駅からバスがあります。

駅前の観光案内所に寄って見ました。
さすが観光案内所です。
親切でした。
「割引券」まで頂けてラッキーです。
水族館までのルートも、路線バスだけではなく「観光循環バス」の利用を紹介してくれました。
「新潟市観光循環バス」1日乗車券500円で市内観光施設や飲食店もが割引にもなるようです。
マンガ、アニメの場所、市場、博物館、記念館等新旧いろいろ。
行った事がない所ばかりで興味はあります。
機会があったら、ふらりと循環バスに乗ってみたいと思いました。

今回は目的地「水族館マリンピア日本海」なので、予定通り路線バス利用にしました。

「水族館」で魚🐟の泳ぐ姿やラッコ、ペンギン🐧等を見て、3番孫のお土産にペンギン🐧のお人形を約束通り買って、レストランで食事もできました。
本数の少ない駅行きの路線バスにも、ギリギリ間に合いました。

3年生の孫は、疲れた様子。
帰りの電車でウトウトしていました。

日頃、車での移動がほとんどの孫たちは、公共の交通機関の利用は嬉しいらしく興奮気味でした。
6年生の孫は電車の写真を撮っていました。

夜は、孫と一緒にカレーを作って食べて、花火をしました。

8月26日(月) 岩室温泉へ
母は病院の通院日。
タクシーでひとりで行ってもらいました。
留守中は、孫たちと片付け、お掃除、洗濯です。
面白がって手伝ってくれました。

3年生の孫娘は、残ったご飯で小さなおにぎりを上手に作ってくれました。
バーベキューの時に作って母に褒められて嬉しかったようです。
「ママの子だから」と母親が聞いたら喜ぶでしょう!
ほんとうに上手に作って、ちょうどお昼前にちょっと口に入れられて良かったです。


母の帰りを待って、お昼を食べに歩いて行かれる所は、残念ながら定休日でした。
遠くまで歩くのは暑い。

岩室温泉へは電車です。
途中下車してランチになりました。
「うどんが食べたい」
「海鮮がいい」
というどちらも満足できるメニューがお寿司屋さんにありました。
「うどんセット」というメニューを孫二人は注文。
母と私は「ちらし寿司ランチ」です。
生ビールもいただきました。🍺

岩室駅は無人駅。
そのシステムにもビックリ‼です。
タクシーが1台だけ待っていました。


岩室温泉に泊まるのは初めてです。
母の90歳のプレゼントに予約しました。
孫が一緒なのでバイキングの格安プランです。
「岩室温泉は近いけど高い」というイメージがありましたが、お財布に優しいプランがありました。
母は昔の旅館を知っていますので驚いていました。

旅館経営も大変なのだと思います。

夏休みの子ども向けの企画もっあって、射的、輪投げ、ヨーヨーつりが無料でできました。
花火も一袋渡され、自由にできるようローソクとバケツが用意されていました。
新潟の小学校や地域によって夏休みは終わっているので、小さな子ばかりでした。
「花火、できないからどうぞ」
と小さな子の親御さんからいただいて孫は花火を楽しんだようです。

温泉にも入って、ゆっくりできました。
露天風呂は、濁り湯で硫黄の香りがしました。


8月27日(火) 
ゆっくりチェックアウトして実家へ帰りました。
母の90歳の誕生日です。
ハッピーバースデーの歌のプレゼントは、夜、家に戻って、孫4人揃ってビデオで孫のスマホから送りました。

カードをそれぞれ手作りで用意してあった物を渡しました。
3番孫から預かった折り紙のカードには、絵が描いてありました。
実家で写真を撮りました。
「おばあちゃんそっくり」と母は言っていました。


9月の父の7回忌法要の話をしていると、ちょうど兄からラインも入って「電話は何時がいいか」というので、すぐライン電話しました。
父の法事に関して、兄や弟と話ができて良かったです。


新幹線は便利です。
始発ですし、まだ夏休みですので慌てて帰らなくても大丈夫です。
ゆっくり時間に余裕を持って、3人分の切符を販売機で買いました。
希望通り、Maxときの2階自由席に座ました。
東京駅からも始発で座って帰って来ました。

「久しぶりにお母さんのご飯が食べたい」
と家に戻ってからの夕食でした。
お土産とお土産話で賑やかでした。


3番孫が、「明日新潟行く」と言っています。
「次は3番孫ちゃんと行くからね」と約束してあります。。。


「明日行く?」
「明日は行かれないよ」
「いつ新潟行くの?」
「そうね、9月かな?」
未定ですが必ず約束は守ります。

594. 前頭側頭葉変性症つくしの会

8月、暑い夏です。
ブログ投稿ができないままでいました。
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前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

8月の定例会は8日にありました。

しばらくお休みしていた本人参加の「交流会」も29日にあります。


今年も猛暑です。

暑くても寒くても毎日「散歩」に出かけていた夫。
汗をかくと「水が出る」と言いました。
意味性認知症と診断を受けていた夫は言葉が減っていました。
「汗」という言葉は、「水」に集約されていました。

熱中症が心配で、一緒に散歩に行って見ると、ちゃんと木陰の涼しい散歩道で、適当な場所にベンチもあって、休憩もしてペットボトルのお茶も飲んでいました。
私は、行動範囲の広い夫の散歩に毎日付き合う体力も気力もありませんでした。
位置情報のわかる携帯電話、夜は開けられない鍵が頼りでした。
もう、5、6年前もっと前の事になるかもしれません。


同じような経験を今もなさっている方がいらっしゃると思います。


「若年性認知症の家族会 彩星の会」の7月定例会での前頭側頭葉変性症の家族の方の「歩きたがって困る」という質問は、この頃の私と重なる所がありました。

「仲間がいる」とお伝えしたくて「前頭側頭葉変性症つくしの会」のお話をさせていただいた事から、早速、会場にいらした前頭側頭葉変性症の家族の方から声をかけていただき、8月のつくしの会定例会に参加していただきました。

とても楽しい時間を過ごす事ができました。

私は、仲間の存在に今も助けられています。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」
その独特の症状のため、会への参加が難しい方もいらっしゃると思います。


「参加される方がいなくても会は続けよう。私達がいる。」
参加者の少ない初めの頃、会長えいさんと何度も確認しあった「決意」は変わっていません。


「仲間の会」の存在は大きいと思います。


暑い夏
どこかで頑張っている「仲間」へ

「ひとりで頑張らないで。」
「無理しないで。」
とお伝えしたいと思います。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」のホームページには、「利用できる制度」についても載っていますので参考になります。



夫は、すっかり静かになって特養で落ち着いています。

私は、夏休みの孫3人を連れて新潟の実家へ行く予定です。






593. 夫とアイスコーヒーの思い出

久しぶりにアイスコーヒーの粉を買って淹れて見ました。

夫が、アイスコーヒーを淹れていた姿を思い出しました。

夫は、アイスコーヒーが好きでした。

コーヒーは私も好きで、結婚した頃から一緒にコーヒーを飲んでいました。
いつの間にか、いつからだったのか、夫はホットではなく、アイスコーヒーばかり飲むようになりました。

夫は自分でアイスコーヒーを淹れていました。
珈琲豆は、フレンチローストとイタリアローストとか配合して、挽き方も少しだけ細かくとか指定していたように思います。

夫の淹れるアイスコーヒーは、こだわりの夫好みの味で美味しかったです。
冬でも1年中アイスコーヒーでした。

コーヒーを淹れる時は、私にも熱いうちに、程よい濃さのコーヒーをデミタスカップに入れて「どうぞ」と出してくれました。

いつの事だったのか?

診断されても、まだお料理などもしていたように思います。
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味付けがおかしくなって来た頃からアイスコーヒーもおかしくなって来たように思います。

こだわりのコーヒーポットが汚れていても、古いコーヒーが残っていても平気になって、そのうちこだわりのコーヒー豆が買えなくなって、コーヒーより、散歩に夢中になって、飲み物はペットボトルのお茶になりました。

ペットボトルのお茶を自分で買って、まだあるのに何本も買って並べていました。

味覚は変化したようです。

好きだったコーヒーは、苦く感じたのでしょうか。

でも、味付けは辛いものがいいのか、味がわからないのか調味料をバサバサとかけていました。



家でアイスコーヒーを飲みながら思い出していました。


592. 特養の夏祭り 4番孫と初対面

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         (スイスで出会った花)
8月3日(土)
夫の特養の夏祭りでした。
昨年から、2回目の参加です。

今年は、自治会の夏祭りと重なってしまいました。
家の直ぐ前の公園で行われる夏祭りは早い時間から賑やかです。

上の孫は、お友達に誘われてそちらのお祭りへ行ってしまったようです。
娘一家も特養の夏祭りは参加です。

私は、一足先に特養へ自転車で行き、娘達も、車ですぐに到着しました。

夫は、胃ろう栄養の注入もあるので、まだ室内かと3階へ行って見ると、ちょうど下に降りたばかりのようでした。

大勢の中で見つけられませんでした。
来年は、もう少し早く来ようと思いました。

案内していただき、椅子の用意もしていただきました。

担当看護師さんに「奥さんを待っていたのよ。良かったわね。」
と話しかけられ、夫はじっと看護師さんを見ていました。

設置された舞台の音楽の音量にびっくりして泣き顔でしたが、
「喜んでいるのね」
ということにしました。
いつもお世話になっている看護師さんに救いを求めるような目をしていました。

娘達とも合流。

娘、婿殿、3人の孫は昨年も来ています。
4番孫は、夫と初対面になりました。

5ヶ月になる孫を夫の膝に乗せるようにして顔を見せると、
手を伸ばして、感動の泣き顔になりました。
娘は「お父さん、わかってるよ。」と喜びました。
「おじいちゃんに似ている、似てたのね」
と、本当にすっかりおじいちゃんの顔になっています。

4番孫も、しっかりジイジを見て手を出して、
お互いに手を握ろうとしていたようです。
何でも口へ持って行こうとするのは同じです。

初対面場面の写真を撮りました。

夫は、手を掴むと離そうとしないので
「食べられちゃうよ」
と、離してもらいました。


特養の模擬店は大繁盛!
焼き鳥もカレーライスも行列ができて、後で行くと売り切れでした。
カレーは、「ごめんなさい。ルーだけ味見してください」とルーをいただいてカレー好きの孫は大喜びでした。
とても美味しいカレーでした。

来年は、早く来ようと思いました。

孫二人は、輪投げのようなゲームをやらせてもらい、何やら小さな景品をもらってご機嫌でした。
子どもの楽しめるコーナーや、かき氷など喜ぶ物を用意するなど、職員も準備が大変だったと思います。


焼きそばのテントで、懐かしい方にお会いしました。
特養に入る前、お世話になった小規模多機能の施設長長Sさんです。

夫は、しっかりとSさんの顔を見て泣きそうな感動の顔でした。
手をしっかり握って離そうとしなかったようです。

声にびっくりして泣き顔になった。手は把握反射。と言ってしまえばそうかもしれません。
「わかっていますね」
と喜びました。
何かを感じたと思います。
手を離すと、もう1度というように、手を出していました。


賑やかな夏祭りでした。



591. 愛犬の血尿

8月2日(金)
愛犬そらは、マルチーズのオス、15歳です。
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夫が診断されてからも散歩に付き合ってくれました。

活発で勝ち気だったそらも、寝ている事が多くなりました。

午後になって、ふとペットシートを見て、ビックリしました。
ピンク色のシミと血の塊を見て慌てました。

「そら!どうしたの?」
と寝ているそらを起こすと、
「なぁーにー」と眠そうにしていましたが、苦痛な様子ではありません。

でも、血尿です。

何かの間違いか、一時的なものか、
オシッコをさせて見ると、
出しにくそうに、ポタッと出たのは、血尿でした。

動物病院は午後3時からです。

時間がありました。

そらも、いつもと変わらないので私も落ち着いて調べる時間がありました。

膀胱炎、尿路結石、腫瘍、原因を調べるには、尿検査、レントゲン?
ネット検索で、情報が見られます。
すぐに受診を勧める獣医さん。
受診した場合の事。
自然に治る、治らないのも自然、といいながらサプリメントを勧める方も。


確かに、もう年なのだから、余計なストレスは避けたい。

「少し様子を見たら?」
と娘は冷静です。

このまま?
心配です。
様子を見ましたが、やっぱり少量しか排尿せず、ピンク色です。
このままでは、いられません。

夕方、孫との用事を済ませた後、受診しました。

いつもの動物病院です。
いつも注射等嫌な事をされるので、そらは、待合室からブルブル震えて怖がっていました。

院長先生にペットシートを見せて、予想通りの診察でした。
ただ、すぐに検査ではなく、膀胱炎の疑いの為、薬で様子を見るというので一安心です。
治療費が違いますし、苦痛はなるべく与えたくないです。

注射を打って、翌日からの止血剤と抗生物質を10日分処方されました。

治療費は、4300円でした。

これで少し安心しました。
何もしなくても直ったかもしれませんが、できるだけのことをして安心できて、良かったです。

注射1本で効いたのか、すぐに普通のオシッコに戻ったようです。


食欲もあります。
夜中や、朝方目を覚ますと「ご飯食べてない」と催促します。
(誰かと同じ?)
昼夜逆転というより、寝ている時間が多くなって、食事の回数を忘れてしまうようにも思います。

時々不安そうに歩くのは、目も耳も悪くなって「ここはどこ?」と考えているようにも私を探しているようにも見えます。



ついつい、愛犬の事は二の次、三の次の後回しになっていました。

ストレスもあったと思います。

もともとの湿疹体質もあるのか、我が家の節目には必ずと言っていいほど自分で毛を噛みちぎっていました。
娘の結婚、引っ越し、出産1、2、3、4、夫の事。
長い時間、当然のように留守番もさせました。

今年の湿疹は、悪化するまで受診もせず、最近やっと治療しています。

アレルギーの薬なので、今回の薬も同時に飲ませました。

気のせいか「ちょっと苦しい」「お腹が変」とでも訴えて甘えて来るようです。
薬の副作用があるのかもしれません。
オシッコが普通に戻ったら、薬は必要ないのか、迷いながら飲ませてしまいました。
止めようと思います。


少し抱いていたら落ち着いたようです。
自分のベッドに入りました。



590. 若年性認知症家族の会 彩星の会へ

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            (スイスの街で出会った花)

7月28日(日)
彩星(ほし)の会の定例会へ行ってきました。

いつも一緒に行ってくださる「前頭側頭葉変性症つくしの会」会長のえいさんが、奥様の特養の夏祭りで遅れて出席なので、ひとりで出掛けました。
方向音痴の私でも、何回も通ったお陰で道に迷うことなく到着できました。
「えいさんは?」
と皆さんに挨拶の次に聞かれました。
すっかり二人一組が定着しているようです。

今回の定例会は、「若年性認知症をもっと知る」というテーマで、若年性認知症の専門家6名を迎えて、会員の質問に答え、お話をいただく形式でした。

事前に文書で出された質問は、2件とも前頭側頭葉変性症の家族からでした。

1件目の方は、夫の数年前の行動と似ている所もありました。
会場に来ることもできなかったのかもしれません。
姿は見えませんでした。

専門家の先生方が、それぞれお話してくださったのですが、家族の負担が大きいことに変わりはないように思います。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の会長えいさんが、この場にいたら必ず発言したでしょう。
ここは私が発言せねば、と「仲間がいる事をお伝えしたい」と話し、会場から拍手をいただきました。

2件目の方、その後の会場からの質問にも、専門家の先生方は丁寧に答えてくださるのですが、納得できるような答えが得られなくて「違う」と思ってしまったお話もありました。


終わった後2名の方から「うちも前頭側頭葉変性症です」と声をかけられました。
この時は、えいさんも見えていましたので紹介できました。


2ヶ月振りに会う仲間との短い近況報告。
笑顔で会えるのが嬉しい。

そして、二次会へ。


彩星の会に初めて参加した時、この二次会の明るさにびっくりしました。

Yさんに誘われて、恐る恐る遠慮がちの参加でしたが、すぐに打ち解けて、今までにない居心地のよさでした。

以来、二次会への参加は欠かせなくなりました。

そして、彩星の会のような会がもっと近くにあったら、と考えるようになっていました。


意味性認知症の仲間と出会って「つくしの会」が誕生する時、彩星の会の楽しさを受け継ぎたい、と願いました。
今、つくしの会も期待した以上に成長しようとしています。
基本となっているのが「楽しさ」です。


さて、彩星の会の二次会へ。
当事者の方も一緒です。
アワキビさんご夫婦も参加です。
声をかけていただいたFTLDの家族の方と並んで座ってお話を聞くこともできました。
スリブリさん、のんた2号さんともお話もできました。

楽しい時間は、すぐに過ぎてしまいました。

次回は、9月。
残念ながら、父の7回忌法要と重なるため、欠席の予定です。

夫は、暑い夏でも快適な室温の特養で大きな変化もなく落ち着いています。
今月のコンサートでは、いつもより大袈裟に感動して声を出して泣きそうな顔でした。


589.スイスと夫

夫とスイスへ初めて行ったのはいつだったのか?

格安のドイツ、スイスの団体ツアーでした。
ツアーを抜けて、娘と夫と当時スイスに滞在していた両親とハイキング、夕食を共にしました。

その後は家族で短い海外旅行をすることはあっても、スイスへ毎年行くようになるとは思ってもいませんでした。

両親、頼りにしていた父が、85歳を越えた頃
「もう自信がない」というので私が両親のスイス行きを手伝うようになりました。

夫と一緒に、スイスへ両親を迎えに行ったのは、診断より少し前でした。

2009年 
夫と二人でスイスの「クール」という古い街に1泊して、氷河の街サースフェーへ楽しみながら行ったのを覚えています。
夫は、私の両親との会話が少し変な所や、話し方で気になる所がありました。
宗教の関係で黒い服を着ている人を指差しするなど、悪びれず、行動も一緒にいると気になりました。
夫も自分の違和感をずっと感じていたらしく、「帰ったら病院へ行く」と言っていました。
すでに発症していました。
急な変化もなく、私も病気の深刻さがわかっていませんでした。

その後、2012年まで毎年、夫もスイスへ行きました。

2010年 
ポントレジーナからアンデルマット、そしてグリンデルワルトへ。
すでに診断を受けていましたが、「少し変な人」という程度でレストランで食事もできていました。
日本語観光案内所の所長さんの家に招待されると「世界で一番美しい景色」とバルコニーからの景色に感動していました。
そして「奥さんは美しい」と言うので、奥様は大喜びでした。
思った事をそのまま口にするようになっていましたので、この事は今でも話題になっています。
両親が自分たちの故郷にように愛したグリンデルワルトを夫もとても気に入って、私も嬉しく思いました。
所長婦人は、綺麗な方ですが「美しいです」と正面から言われた事を素直に喜んで、嬉しそうでした。

まだタバコも吸っていましたが、ルールは守っていました。
帰りの飛行機の狭い通路で、大きな男性客室乗務員さんとすれ違う時、体に触れられると大きな声で拒絶してびっくりしました。
感覚が敏感になっていました。

2011年 
グリンデルワルトの貸別荘へ。
両親は、1階、大家さんが2階、私達は3階。
シャレーという三角屋根の貸別荘ですから、3階は狭くなっています。
線路沿いにあって、ユングフラウ方面へ向かう電車を眺めていました。
電車に乗ると「我が家」が見えて嬉しくて写真を撮りました。

夫の希望で、「ダボス」へ行って、そこから夫と二人で帰りました。
夫は、自分のトランクを飛行機に乗る時以外預けようとしませんでした。
私は、トランクが「重すぎ」と駅のチェックイン手続きで言われ、夫の荷物と合計できるのに~と、渋々手荷物に分けました。
夫は「自分の事しか考えられない人」になっていました。

ハイキングで父に山の名前を聞いて、父が詳しく説明すると夫は聞いていない。
「なんだ!」と言う父に夫の病気を説明すると、その時は「それならわかった」といい、
短期記憶が難しくなった父には、何度か話しました。
父とのスイス旅行は、この年が最後でした。

2012年 前年同様グリンデルワルトの貸別荘。
両親も一緒の予定でしたが、前年秋から冬に父の体調が急降下しました。
車椅子の手配やエスカレーターの位置等事前調査をして、何とか連れていく予定でしたが、体調は思わしくなく、両親は直前にキャンセルになりました。
夫と二人のスイス旅行になりました。
夫の最後の海外旅行になりました。
父は旅行中に入院の連絡が入りました。

夫と過ごしたグリンデルワルトの1週間。
毎日、たっぷり歩きました。
「意味性認知症」の診断を受けても、特にフォローもなく、介護保険も手帳も自立支援の事さえまだ何も知らず、言葉の理解ができないことと自分勝手な行動も、まだ許容範囲内の頃でしたので、家でもスイスでも同じように、ひとりで「散歩」をしていました。
毎朝6時前からの「散歩」には付き合えませんでした。
家と同じように、ひとりで1時間程散歩すると確実に戻ってきました。
午前、午後の2コースのハイキングは一緒に楽しみました。
岩の上や残雪、ぬかるみ等は、とても歩きにくそうでした。
見かねて手を差し伸べてくださる方もいましたが、夫は表情を固くして拒絶していましたので時間をかけても自力で頑張ってもらいました。

写真は、今年6月のスイス
クロッカスの花がたくさん見られました。
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グローセシャイディック
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今年の夏は、母と2回行きました。
クロッカスの花を見ながらハイキングです。
山の上にはレストランがあって景色を見ながらビールを美味しく飲めます。
場所によっては、ジュースやお水より安く飲めるのも嬉しいです。

2012年の夏のスイスが、夫と行った最後のスイスでした。
今振り返って、よく無事に行けたと思います。
とっくに、普通ではなく、思っている以上に重症だったと思います。
食事は、すべて自炊しました。
レストランでも、持参のパンを食べようと、いや食べました。
コースは、私有地もショートカットで歩いたようです。
コース変更ができず、ケンカもしました。
いえ、ケンカになりません。
私ひとり腹を立てて別行動で家に帰った事がありました。
近くのグルントという駅で気晴らしに買い物をして先に帰ると、後から平気な顔で夫も帰ってきました。

診断から3年、まだまだ大丈夫かと夫の行動を容認していました。
深く考えもせずスイスへ行かれた事は、夫のとっても私にとっても良かったと思います。

588.前頭側頭葉変性症つくしの会7月定例会

7月も、もう半ばです。

ウェブリブログの大規模メンテナンスがあって、戸惑っています。
投稿の仕方も表示も変わって、四苦八苦。

ついでに、古い記事を読んで見たり、いろいろ機能を試してみたり、
で、なかなか投稿できないままです。
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6月のスイス旅行の記録も中断。
ぼちぼち残そうと思っていますが、いつになるやら。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の7月定例会の事を書いておきたいと思います。

6月は、欠席させていただきました。
気持ち良く「行ってらっしゃい」と送り出してくださった会長さん、役員さんに感謝です。

6月は、19人の出席、と過去最高、大盛況でした。

7月は、懇親会もあるので、ぜひ出席せねば、と前日の夜に新潟の実家から、家に戻りました。

つくしの会のメンバーも定着して、この日を楽しみにしているのは私だけではないようです。

会員さんから
「病気になった事は、大変な事だったかもしれないけれど、良い仲間に出会えて良かった」
という言葉が聞かれ、皆で「そうだ、そうだ」と頷きました。

新しい方が懇親会に見えて、不安を口にすると、
「病気のお陰で、こうして出会えて良かったじゃない?」
と、明るく笑って、すぐに打ち解けました。


「前頭側頭葉変性症」は、難病に指定されましたが、まだまだ知られていない事も多く、充分な支援も受けられていません。
独特の症状は、あまりにも個性的で、ひとりひとり症状が違います。
「認知症の集まりに行っても話が合わなかった」
「わかってもらえない、話せなかった」
という経験は、私だけでなく会員さんからも聞かれます。

「やっと話せる場ができた」
「制度の事を知らなかったけど、申請して利用できた」
と、嬉しい報告も聞かれます。


「また来月会いましょう」
みんな笑顔になって帰路につきます。

7月の定例会、懇親会は、6月欠席だったからか、一段と楽しく感じられました。
たくさん笑って、たくさんの元気をもらいました。


587. 新潟へ

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ブログをなかなか更新できないままです。

スイス旅行の整理が、まだできていません。

母の病院に付き添う口実で、新潟へ行ってきました。

母は、旅の疲れも見せず、私より元気な様子でした。

私は、寒暖の差のためか、環境の変化のためか、風邪気味になって、やっと自然治癒です。

弟の初孫の初バースデーパーティーにも参加させていただきました。
弟は「おじいちゃん」になっていました。


新潟の実家で、私は大活躍。

庭の草むしり、剪定、大きな木をノコギリで切って、スッキリ。


自分のスイスの写真の取り込みもしていないままですが、
母のパソコンに、私のカメラの写真を入れて、数枚はプリントアウトしました。

「新しいプリンターが上手く動いてくれないの」
と、買い替えたプリンターが不満な母。

写真をダイレクトに印刷できる機能もあって、写真ハガキに印刷すると
「まぁ!綺麗!」
と喜んでもらえました。



病院に2日、付き合って、新幹線で戻ってきました。



586. 7月です。

1561406536837.jpg6月8日からスイスで過ごし、30日に帰って来ました。

もう7月です。

夫は、大きな変化もなく、ほっとしています。

久しぶりの対面も、わかっているのかいないのか。
泣きそうな顔を見せてくれたので、「わかって感動した」ということにしておきます。

介護スタッフや看護師さんに「良かったですね」と言われています。

「短かったですよね」と言ってくださって、安心しました。
「3週間は長いと思ったけど、あっという間ですね。」と、
私が思っていた事をスタッフに言われ、嬉しかったです。
何事もなく、安心しました。

少し誤嚥しているようで、咳をしていましたので看護師さんに伝えました。

様子によって吸引をしているそうです。

それも、前からと同じなので大きな変化ではありません。

髪が短くなっていました。

退院後の散髪が「おしゃれ」と思ったら、地元の美容師さんだったようです。

「もう少し短く」とお願いしていました。
湿疹ができやすいからです。

オーダー通り、超短髪になって、スッキリです。

夫のお父さんに、似てきたように思います。
「おじいさん」の年齢になって、同じような顔に見えるのかもしれません。
叔父さんの誰かに似ているような気もします。


久しぶりに車椅子に乗せて散歩しました。

585. グリンデルワルトからのアイガー

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3週間、グリンデルワルトの貸別荘で生活しています。
庭からアイガーが見えます。
前半は、寒いくらいでしたが、後半は、お天気も良く、暑くなってきました。

ハイキングから戻ると、家の中は冷房もしていなくても涼しくてほっとします。

あっという間の3週間が終わろうとしています。

ぼちぼち旅の記録を残そうと思っていますが、日本へ帰ってからできるかどうか?




584. チャップリン・ワールドへ

6月15日(土)チャップリン・ワールドを見て、グリンデルワルトへ。

ホテルをチェックアウトして、チャーリー・チャップリンの業績や生涯をたどれるミュージアム「チャップリン・ワールド」へ。

ヴヴェイへの旅行のもうひとつの目的は、チャップリン・ワールドへ行くことでした。
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チャップリンが25年間家族と暮らし、終の住みかとなった館。
チャップリンもこの場所に座って、この景色を見ていたのでしょうか。


広い庭を歩くこともできます。
赤い薔薇が綺麗でした。

スタジオでは、映画上映の後、映画のセットの中に入って見学ができます。
エレベーターの位置を昨年教えて貰っていました。

最初にチャップリンの家の庭でのんびりゆっくりしてしまったので、屋内の薄暗いミュージアムは、感動しながらも、息苦しい感じがして、ゆっくりはできませんでした。

チャップリン・ワールドでゆっくりしたい、という目標は達成しました。

満足して、帰りました。

帰りは、とてもスムーズでした。
乗り換えを心配しながらも、来た時と同じ「ゴールデンパスライン」を選択!
レマン湖とブドウ畑の後、スイスらしいのんびりとした景色を楽しみました。

「このコースは、オススメね。」
と母と二人で満足でした。

チャップリン・ワールドは、2016年に開館したばかりです。
父も夫も見たら喜んだと思います。


583. 世界遺産のブドウ畑

6月14日 ラヴォーのブドウ畑
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今回ラヴォー地区への旅行の目的のひとつは、ラヴォーのブドウ畑の中をミニトレインで廻ること。
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リュトリーの波止場から出発です。

これまた、ヴヴェイからたどり着くまで一苦労です。
鉄道駅まで歩かず、ヴヴェイから船でリュトリーの港へ行きたいけれど適当な時間の船はない。
モントルーに船で行き、鉄道でリュトリーへ。
と、思ったら各駅停車ではなく、通過してローザンヌへ行ってしまいました。

大きな駅でインフォメーションも大袈裟な感じ。
切符の販売機の前に親切そうな案内係のおばさんがいました!
良かった!
スマホで時刻表を見て教えてくれました。
切符の買い方も教えて貰って、ほっとしました。
嬉しくなって、お礼を言って握手してしまいました!

リュトリーのブドウ畑を眺めながら、歩いてミニトレインの発着所へ。

ここは、日本語観光案内所で予約を入れていただいていたので安心でした。
幼稚園児の遠足と一緒になりました。
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ブドウ畑の中の狭い道を通って、まるでおとぎ話の国へ行ったような古い小さな街を抜けて、レマン湖を見下ろして上へ登りました。

景観のいい場所でストップ。
写真を撮って、ワインを飲みました!

ラヴォー地区のワイン、美味しかったです。
ワイングラスを持って写真も撮ってもらいました。
「ブドウ畑の中へ」という希望が叶えられました。


幼稚園児と向かい合って座ったので、楽しくなって両方で大笑いしました。

帰りは、リュトリーの波止場から船でヴヴェイに向かうと、船も一緒でした。
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先生が、「どちらから?」「日本にはまだ行った事がないけど、行ってみたい」などと話しかけてくださって、子どもたちにも「ほら、ミニトレインでご一緒だったでしょ?」といったと思いますが、フランス語は、フランス語だというくらいしかわかりませんでした。


ラヴォーのブドウ畑への旅行は、母と二人でスイスへ来るようになった2015年からです。
母の強い希望でしたが、2015年は、異常な暑さでブドウ畑は暑くてハイキングが辛かったです。
昨年は、1泊だけでしたので、美味しいワインを飲んだ波止場がどこだったか、探し回っただけでした。
念願叶って、波止場もキュリーだったとわかりました。


夫は、来たことがありません。
きっと喜んだと思います。



582. グリンデルワルトからヴヴェイへ

画像6月13日
レマン湖畔の町 ヴヴェイへ
昨年も泊まった同じホテルに今年は2泊しました。
ヴヴェイまでのルートは、母の希望でゴールデンパスラインにしました。
インターラーケンからツヴァイジンメンを通ってモントルーへ行く絶景路線です。

駅で「半額カード」をまず買いました。
これでスイス国内の鉄道もバスも乗り物の殆どが半額になります。
ヴヴェイまでツヴァイジンメン、モントルー経由で往復の切符を買って準備OKです。
画像チャップリンが晩年を過ごしたヴヴェイの町。
母の希望でモントルーから鉄道ではなくレマン湖畔に出て、フェリーで行きました。
ヴヴェイまでは、すぐ近くなので、もう少し乗りたい、という希望にも答えローザンヌまで行きました。

はてさて、ローザンヌの港は初めてです。
駅は??

案内表示を見ながら、着いた所は、地下鉄の駅だったようです。
インフォメーションで聞くと、綺麗なお姉さんが親切にルートを教えてくれました。
地下鉄で4つ目で下車するとローザンヌ駅なのだそうです。
切符は?
販売機でも買えるけどここでも売る、というので売ってもらいました。

ヴヴェイのホテルは港のすぐ近くです。

25年に1度のワイン祭りの準備のためか、広場にイベントの大きな会場が作られて、景観が悪く、ちょっとがっかりです。

レイクビューのお部屋のはずでした。
ホテルのレストランの食事を諦めて、チャップリンの像まで湖畔を散歩しました。

湖畔でビールとパニーニをオーダーして、簡単な夕食ですが、景色がご馳走。
大満足!
向こう岸は、フランスです。

言葉もフランス語。
な~んとなくフランスっぽい。

レマン湖の景色も綺麗でした。




581. スイスです

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6月8日(土)
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やっとグリンデルワルトに到着しました。
今年は、例年より早い時期だったので寒いくらいです。
庭のライラックの花が咲いているのを初めて見ました。
お向かいの家は改装中のようです。
寒いので煙突から煙が出ています。

山の景色を見ると「来て良かった」と思います。

美味しい空気を吸って、美しい景色を眺め「長生きしないはずがない」と母は言います。
母は、チューリッヒ空港でスイス入国した途端に元気になっています。

新潟から我が家までひとりで来られるか、心配したのが嘘のようです。


貸別荘で、Wi-Fiが使える事が偶然解って、パスワードを教えて貰いました。
Wi-Fiを入れたばかりなのだそうです。
ラッキーです。

グリンデルワルトの日本語観光案内所にお世話になっています。
貸別荘の手配とチューリッヒ空港の送迎をお願いしました。
母は、もう30年以上お世話になっています。
安心して旅行ができます。



夫も、このグリンデルワルトに、診断されてから2回来ています。


スイスのこと、少しずつ書き残したいと思います。

出発までは、夫を残して海外旅行なんて申し訳ないような、ちょっと心配な気持ちでしたが、スイスに来て吹き飛んでしまいました。


6月8日から3日程お天気が悪く寒い日が続きました。

ハイキングは諦めて、ゲストカードを使って村内バスで移動する程度で、ゆっくり休養できました。



580. 今年もスイスへ

6月8日(土)に成田空港から出発します。

スイスのグリンデルワルトの貸別荘で3週間過ごします。

母と二人旅です。

到着してから、その後の過ごし方を考えます。


夫も安定して、ホッとしています。


直前にバタバタと準備をするのは、いつもの事。

やっと、なんとか行かれそうです。


心配もありますが、思い切って行って来ます。


スイスのグリンデルワルト。
夫が「世界で一番いい景色」と言った場所に今年も行ってきます。
いろいろ思い出します。




ブログは、しばらくお休みします。





579. 特殊疾病患者福祉手当受給者現況届の提出

「特殊疾病患者福祉手当」は、自治体独自の手当てです。

特殊疾病(指定難病)患者に対し、月7000円支給されます。

自治体によって、この2倍以上の所もあります。
廃止になった所も、支給されない所もあります。
自治体で差があるようです。

65歳の年齢制限や施設入所者除外の自治体も多い中で、私の自治体では、所得制限だけです。

月7000円は、貴重です。
有難いです。
このために、面倒な「指定難病の更新手続き」も頑張りました。
https://2212-2931.at.webry.info/201905/article_7.html


現況届は、すぐに提出しました。


夫の特養と障害福祉課は、すぐ近くです。

特養で面会の前に、メールボックスの封書を見て、「特定医療費(指定難病)受給者証」を事務所から出して貰って、歩いて障害福祉課へ行きました。

受給者証のコピーを取って、現況届けを提出して完了です。

6月28日が提出期限でした。

スイスへ出発前に手続きできました。


夫は、安定しています。
夕方になると、少し咳き込んで、唾液を誤嚥しているようです。
「看護師が吸引することもあります」
と介護スタッフから聞きました。

入院前も同じような状態でした。

元気になって、持参していたタオルケットを噛んで穴を開けてしまいました。

車椅子で外を少し散歩しました。











578. 5月いろいろ&胃ろう交換

夫は、20日に退院してから、とても落ち着いています。
思っていたより、ずっと元気になって、ホッとしています。

体重も2㎏近く増えたとか。
私は、あまり夫の体重は気にしていませんが、退院後すぐの体重測定で報告を受けました。

入院中に1800キロカロリーの栄養を毎日入れていたからだと思います。

特養に戻って、1200キロカロリーに戻りました。

明日は、退院後のケア会議があります。



夫の入院で、状況によってキャンセルも考えていた旅行予定がありました。
母と二人のスイス行きです。

母と二人なら、いつでもキャンセルは簡単。だけど、行きたい!

やっと、行かれそうな気持ちになってきました。


グリンデルワルト日本語観光案内所
http://www.jibswiss.com/

5月18日(土)に所長さん主催の「スイスを写真でご紹介。スイス旅行のお話」の集いがあって参加しました。
所長さん、息子さんにお会いするのは、グリンデルワルト以来でした。

「行きたい」という気持ちは強くなりました。



20日に退院して、夫の表情が変わりました。
泣き顔に近い笑顔が多くなりました。

「びっくりした顔」というスタッフさんもいました。

髪の毛が伸びて、入院中に頭を痒がっていましたので、散髪もお願いしました。
「短く」とお願いしたのですが、少しおしゃれに遠慮がちに短くなった程度でした。
頭の湿疹は、すぐ良くなりました。
清潔が一番のようです。

退院後、毎日のように夫の様子を見に行っていたのですが、

26日(日)
「若年性認知症家族会 彩星の会」
http://hoshinokai.org/
へ行って来ました。
2ヶ月に1度の会が楽しみになっています。

今回は、新宿御苑。
前日、ブログでお誘いしたLiliさん家族も参加されました。
ユリの木の下で、お弁当を食べて、自己紹介等。
50名くらい全員で記念写真を撮りました。

暑い日でした。
バラ園の薔薇も暑そうで、見頃は過ぎていたようです。

二次会、食べて飲んで、楽しい時間でした。


翌日
「前頭側頭葉変性症 つくしの会」
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
会に参加できない会員さんから電話相談が2件ありました。

解決できない問題もあって、相談になっているのか、どうかわかりません。
「ひとりで抱え込まないでください」
「仲間がいますよ」
と、お伝えしたつもりです。

「前頭側頭葉変性症」の中でも「行動障害」の症状は、難しいです。
ひとりひとり症状も状況も違います。
家族の負担は、大きいと思います。




29日(水)
夫の4度目の胃ろう交換でした。

胃ろうにして2年になります。

今回は、システムがまた変わって、前もって受診はなく1日で終わりでした。
胃ろうは、今までと同じボタンタイプです。
交換は、簡単に終わりました。

看護師さんから、現在の物は、レントゲンで確認が必要だけど、違うメーカーのボタン式で、もっと簡単で確認の必要がない物がある、と聞きました。
本人の負担のない物で、扱いが今までと同じなら、次回はそうしていただきたい、とお話しました。

前回、お医者さんから聞いていたように思った、と言うと
「先生が変わったので」ということらしいです。


会計受付で、マル障と難病の受給者証と後期高齢者医療制度の保険証を出しました。
自己負担は無いのですが、医療費をどう負担するのか?
難病の管理票がなかったので、金額を書き込まれた別の紙が渡されました。
今までも、難病の上限額があったので負担はありませんでした。
マル障で医療費助成が受けられる。夫の場合負担はゼロ。
とだけ、わかっていますが、誰かがその医療費を負担しているのです。


特養の迎えの車を外で待っていると、以前お世話になっていた小規模多機能の看護師さんとケアマネさんに声をかけられました。
「あら、ふっくらしてお元気そう」
と言われ、夫は、また泣き出しそうな顔でした。
しっかりお二人の顔を見て涙ぐんでいたようです。


胃ろう交換、無事に終わりました。




576. 退院後の数日

朝、3番孫を保育園に送った後、娘は4番孫と一緒に我が家に来ます。
職場関係のパーティーでフルート演奏をするとかで、練習しています。
今回は、夫が吹いていた金のフルートを吹くようです。

生後3ヶ月の4番孫は、手足をバタバタさせたり、笑ったり、「ウーウー」とお話するように答えるようになりました。
孫の相手をしながら、娘のフルートを聴いて「幸せな気分」になっています。

音楽は、人を感動させる力があります。



夫が退院して、ホッとしています。

でも、

気になって毎日顔を見に行っています。

夫は、落ち着いています。
安心したのでしょう。
穏やかな顔です。

お風呂にも入れていただき、サッパリしたようです。
良かったです。



「マル障の還付申請」

入院費の4月分が、後期高齢者医療制度で請求されたためマル障の還付申請をしました。
市役所の障害福祉課です。

念のため、用意する物を電話で聞いて見ました。
ところが、「担当が不在でわかりません」というのです。

○病院の領収書
○マル障受給者証
○保険証
○通帳番号
○印鑑

これくらいは、私にもわかります。
確認したかっただけです。

何だかガッカリしてしまいました。

「4月に職員の異動があるから混乱している」と聞いていましたが、実際に体験しました。

「担当」の方から電話をもらって、窓口へ行きましたが、なるほど、状況がわかりました。

簡単な書類なのに、「ちょっとお待ちください」
と、時間がかかるのです。
コピーにも時間がかかっていました。

奥のデスクの方に、ひとつひとつ確認に行くのです。

「大丈夫かな?」
と心配になってしまいました。

確定申告のように、インターネットで簡単にできるようなシステムにしたら、人件費の無駄にならないのではないか、と思ってしまいました。

必要書類を持参して窓口へ行っているのですから、速やかに安心できるうように対応して欲しいです。


「保険の請求」
医療保険、迷いながらも継続していました。
もう入院することもない、入院しても掛け金に見合うか疑問でした。
まさかの入院です。
すぐ連絡して請求手続きの書類を送ってもらいました。
「高度障害」の特約もなく「死亡保険金」もわずかな「医療保険」です。
ついでに「解約払戻金」の金額を教えていただきました。


入院日数のわかる領収書で保険金請求は、簡単にできました。
金額が多くないからだと思います。




575. 「エリキュース」を止める

ずっと気になっていた「エリキュース」(血液さらさらの薬)を止める事にしました。
今回、出血が止まらなくて大変な思いをしたからです。

口腔外科の入院でしたので、歯科の治療が終わって「エリキュース」は再開されていました。
誤嚥性肺炎で呼吸器内科の先生に診ていただいても、「エリキュース」に関しては、止める指示は出せないと言われました。

神経内科の先生は、最初に血栓を見つけて、「エリキュース」を処方した先生です。

相談すると、「それも有りですね」と言ってくださっても、今の薬の処方は特養の医師です。



退院後、すぐに看護師さんに相談すると、特養の医師と話ができるよう手配していただけました。

「できれば、理事長先生に、」
と言うと、
「もちろん、担当医ですから。」
と、すぐに動いていただけました。


担当医になってくださったのは、入所当初の不満を聞いていただいてからでした。
在宅医をなさっていた先生です。
看取りのお話も、ひとこと、一言が丁寧で納得できました。

その時以来の面談です。


「大変でしたね」
と、入院の話、出血の話等を聞いていただきました。

「エリキュースは止めたい」と言い終わらないうちに
「エリキュース、やめましょう!」と言っていただき嬉しくなりました。
同じ考えだった事がわかりました。

「リスクが」等と言わず「やめましょう」と笑顔で言われました。
「血栓が飛ぶ予防より、血を見て嫌な思いをしたくないですよね」というような事をにこやかに言っていただき、安心しました。


入院はさせたくない。穏やかに看取りたい。
という話もできました。


安心してお願いできると思いました。








574. 退院しました。

5月20日(月)10時
夫は、退院しました。

平成最後の4月25日に入院して、令和になって5月20日の退院です。

抜歯後の出血が止まらなくなって、口腔外科に入院して、熱が下がらず、誤嚥性肺炎の治療を受けました。

まだ、微熱は出ます。
誤嚥もしていると思います。

「口腔ケアを継続してください」
と、口腔外科の先生に言われました。
先週、レントゲンや血液検査の資料を見ながら説明を受けています。

朝、病室で夫のオムツ交換をしていると、口腔外科の先生が見えました。
外来の始まる前に来てくださったようです。
ご挨拶ができて良かったです。

神経内科の先生も、夫の顔を見に来てくださって、夫に話しかけてくださいました。
有難いです。
月末に予定していた通院日は、もう少し先に変更することに、先生から提案していただき、「30日はキャンセルですね。」と確認されました。

変更手続きが、まだです。


夫は、もうすぐ退院の時間になるというのに、ギリギリまで点滴されていました。

退院用に着替えをさせるのが遅くなってしまいました。


退院の会計は、思ったよりも早くできました。
4月分の請求が来た時に、「マル障」が適用されていないことがわかりました。
これは、後で還付の手続きが必要になるそうです。
5月分は、マル障で計算されていました。
有難いです。

看護師さんからサマリー、先生からの医療情報提供書、薬を受け取っていると、もう時間です。


特養からの迎え
ストレッチャーが来たのには、ビックリです。
「車椅子で大丈夫ですよ!」(私)
困ってしまいました。
特養にストレッチャーがある事もビックリ‼です。


折角だから、と乗せようとしたのですが、何やら要領が悪くて・・・


「車椅子にしましょう?」(私)
ストレッチャーを畳めば、車椅子が入るらしいので、では車椅子で、という事に変更。

無事、退院できました。


「お帰りなさい」
と特養で迎えていただき嬉しかったです。

ユニットの部屋は、そのままでした。


スタッフに迎えられ、看護師さんとお話をした後、
いつもの音楽をかけ、やっと落ち着きました!

夫は、ベッドで穏やかな顔で眠っていました。


安心しました!

無事、退院しました!


573. 特定医療費(指定難病)受給者証の更新手続き

指定難病の更新手続きの書類が、東京都福祉保健局から、随分前から届いていました。
平成31年3月頃だったかもしれません。


受給者証の有効期限によって、受付開始日、受付期限が記されていました。
夫の場合は、8月が有効期限なので、受付は4月から、期限は5月末です。


年1回のこの手続きが、とても億劫に感じるのは私だけではないと思います。
5月中には、手続きをしなくてはなりません。


難病、指定難病として、前頭側頭葉変性が認められ研究が進むことは、願っていることですが、進行性のこの難病に対して、毎年同じ診断書の提出と面倒な申請書類の提出は苦痛です。


医療費の負担軽減のために、特に入院した場合、1ヶ月の負担上限が有るため助かっていました。

でも、1月から東京都でも「マル障」が精神障害にも拡大して医療費の負担が大幅に軽減され、住民税非課税世帯では、医療費負担がゼロになりました。

医療費の自己負担だけを考えるなら、この指定難病の更新手続きの必要はないように思います。


私の住む自治体では、「特殊疾病(難病)患者福祉手当て」が支給されます。

月7000円。

面倒な手続きも、このためです。



「臨床調査個人票」という診断書も、毎年、指定医に書いて貰わなければなりません。
進行性の難病なので、重度になると前年と何も変わりなく、コピーと同じです。
必要もないのではないか?と思います。

手続きの中で、1番面倒なのが、この「臨床調査個人票」の申請と受け取りです。

夫が、年に数回、神経内科の主治医に診ていただくのも、いろいろな診断書を書いていただくためでもあります。

今回、ついつい後回しになっていた申請も、夫が同じ病院に入院したので、一気にできました。

面会のついでに、1階の書類受付に行き、申請。
面会のついでに、受け取りました。

「臨床調査個人票」(診断書)が完成したら、すぐ提出です。


面会の前に、市の「障害福祉課」へ。
夫の特養のすぐ近くです。

ここへ行くのは、「面倒」ではありません。

窓口の方も「面倒な手続き」に慣れていて親切です。

「親切な説明」を提出の時、耳にした事があったので、気が楽です。


「申請したいので、教えてください。」
「はい、一緒に作りましょう。」

と、ひとつひとつ書類を仕上げました。

夫と住所が違うためか私は「代理人」となるので「委任状」も必要でした。

情報提供の同意書にも署名しました。



無事、更新手続き完了しました!


572. 退院日決定!

5月20日(月)に退院予定です。

4月25日「歯の出血」で入院して、その後「誤讌性肺炎の疑い」で抗生剤点滴の治療がされ、回復に向かっています。

5月13日(月)
血液検査、レントゲン、診察の結果から「そろそろ施設に戻れるので、都合を問い合わせてください」と伝えられました。

良かった!

救急病院ですので、入院が長引くことはありません。
回復に向かっているので退院も近いと思っていました。

さっそく、特養の相談員さんに電話で相談しました。
特養の車で迎えに来てくださるそうです。


週明けの20日(月)午前中の了解を得て、病院側の都合を聞くことになりました。

夕方に先生が病室に来られ、直接お話できました。
医師より
◎入院時のレントゲンで見られた左肺の白い影が無くなった。
◎熱は、まだ安定しないが36度台になって来ている。
◎炎症反応(CRP)は、正常値ではないが、良くなって来た。

退院可能と判断。


特養では点滴、吸引が夜間できないので質問すると、
◎点滴は、外しても大丈夫。明日外す予定。
◎痰の吸引はしていない。

退院後も口腔内を綺麗にするよう言われました。

「退院日が早まるなら連絡を、」
というお話でしたが、
「差し支えなければ、20日でお願いします。」
と頭を下げお願いしました。

「わかりました。では、20日ということで動きます。」
と笑顔で仰っていただき安心しました。

長く入院できない病院です。
同じ病室の方は、数日で退院して、メンバーが次々変わっています。
午前中に退院すると午後には新しい方が入っています。

20日まで入院は、申し訳ないけど、有難いです。


退院日が決まって、一安心です。

夫は、元気になって、動く左手で看護師さんの白い腕を触ったり、頭をボリボリ掻いたりしています。

イヤホンで音楽を聴かせると感動の声を出していました。

先生は、「痰の吸引はしていません」と仰っていましたが、
まだ夜1回は、吸引されているようです。

それでも、日増しに良くなっているのがわかります。

良かったです。