571. 入院生活2週間目

5月8日(水)
病室に行くと夫は車椅子に座って窓の方を向いていました。
検査は、終わったようです。

隣のベッドでは、先生が診察中でした。
「お名前教えてください。」
「ここはどこかわかりますか?」
聞き覚えのある声です。
偶然にも、神経内科の主治医の先生でした。

ちょうど、カーテンが開いたので目で挨拶を軽くしました。

先生の患者さんが同じ病棟に何人かいるのだと後でお話してくださいました。

エリキュース(血液さらさら薬)の話もできました。
今は、止めている、という話から、私が「今後止めたい」とお話すると
「それも有りですね。」
と、いうお答え。
頭から反対されなかったので安心しました。

前回の重症な肺炎を救っていただいて、胃ろうを勧めてくださった先生です。
「もう2年になります。家に帰って楽しい時間を過ごせて感謝しています。」
というような事をお話すると
「そう言っていただけると嬉しいです。」
と笑顔でした。

たぶん、胃ろうについて悩まれる事もあるのではないかと思います。

良い先生です。
「また、寄りますね」と夫に挨拶されました。
夫は、知らん顔。
「場所が違うとわからないみたいですね」と、さすが先生わかっていらっしゃいます。
「私の顔もわからなくなっています。スタッフだと思っているみたいです。」
と私も笑ってお話できました。

夫の口の中を見ると、少し出血して、痰もありました。

痰の塊を取りながら、良く見ると、
奥歯の方にあった糸がなくスッキリしていました。

抜糸した事がわかりました。

出血の原因がわかって安心。
僅かな出血は、すぐ止まって気にならなくなりました。

車椅子で過ごし、お昼の胃ろう栄養も車椅子のまま入れました。
「プッシュケア」という小さなパックは、簡単でした。



夕方になって、呼吸器内科の先生が見えました。

夫の胸に聴診器を当て
「胸の音は、悪くないです」と仰られました。
血液検査の結果も、それほど悪くないのだそうです。

今後の治療方針は、これから考えるそうです。

熱は、37度5分。

回復に向かっているようにも見えました。


5月9日(木)
面会は、一休み。
「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会に参加しました。


5月10日(金)

抗生剤の点滴が始まっていました。
「ということは、まだ、あと1週間ですかぁ?」
と、看護師さんに呟くと、「そうですね。その後検査、ですかねぇ」
とにこやかに答えられました。

点滴と口の中を綺麗にするよう指示が出ているそうです。


少し安心しました。






570. 再検査は明日

5月7日(火)
10日間のゴールデンウィークも終わりました。
「7日に再検査」と聞いていたはずでしたが、行ってみると何もないようです。
看護師さんに確認してもらうと、特に医師からのオーダーはないとの事。
回診も、外来が混んでいるので何時になるかわかりません。

「7日、検査結果で」という話は、出血騒ぎで消えていたようです。



夫は、氷枕をしていました。
熱は、37度7分。

隣のベッドの方は、今日退院して、すぐ新しい方が入っていました。
その方、点滴を外してトイレに行って、看護師さんに注意されていました。

向かいのベッドの方は、2日後に退院が決まっているご高齢の方。
言葉が出なくても「あー」とか仕草で訴え、こちらの言っていることは、理解できるようです。
とろみ食を介助で完食なさっていました。
施設に戻られるようです。


その隣の方は、もう少し言葉らしく訴えて「バあやろぅ」と大きな声も聞こえました。圧迫骨折で体が痛いのだそうです。
思うように体を動かせず、訴えた事が伝わらないもどかしさがわかります。
「ご機嫌悪いのね」と相手にしてもらえません。
聞こえた薬の名前から、パーキンソン?か、寝言のような独り言も納得です。

そんな中、夫は静かで重度です。

文句も言いません。言えません。

口の中に痰がこびりついていても、喉が痛くても、訴える事ができません。

検温をして、熱があると氷枕で冷やされるようです。


私は、夫の口の中の痰の塊が気になって、どうやったら綺麗にできるか、大先輩のKさんに教えていただきました。

丁寧に、舌ブラシの写真も送ってくださって、有り難かったです。

舌ブラシに口用ウェットシートを巻いて使うのだそうです。
やって見たのですが、難しかったです。

「上顎にくっついたのが取れない」
と、また教えていただきました。


痰が口の中で固まって取れない、なんて思ってもいませんでした。
「ガーッ」って出すことも、飲み込むこともできないのです。

口の中の痰を「どうだぁ」とたくさん取りだしました。
こんな塊、こんなにたくさん!
まだある!「取らせて~」

何度も口を開けさせて綺麗にしました。

家に戻って「あまり取りすぎて傷つけないように」
というメールを読みました。


初めての事に夢中になってしまいました。

夫は、「やめて」というように私の手を押さえたり、タイミング良く口を開けてくれたり、元気になって来ているようです。

熱、下がって欲しいです。


569.熱

5月5日(日)
友人とランチをしてから病院へ行きました。
街路樹の緑が、毎日見ても今が綺麗だと思います。

夫は、病人の顔で眠っていました。

熱が37度から38度あって安定しません。
触ると熱いので、38度近くはあるようでした。

氷枕をしていました。


夫の部屋は、4人部屋の窓側です。
景色が綺麗に見えます。

排泄表の2時間毎の記録を見ると
どちらも順調のようです。

栄養が変わったためか便が多少ゆるくなっているようですが、1日1回です。

数日前
「便がゆるいので、下剤止めさせていただきますね」
と、看護師さんに言われ、それまで服用していたのかとびっくりしました。

「便秘の時、適宜、適量」とお話したはずでした。
医師から指示通りなのかもしれません。


入院した時は、「便秘がちです。」と伝えたので、処方されていたようです。

今は、下剤を入れなくても出ているようです。



口の中の汚れが気になります。
粘り気のある痰が口の中で固まっていました。

痰の絡まった咳も出ます。
喉がガラガラしているようだったので、看護師さんが来た時にいうと、後で吸引してくれました。
それが、とても苦しそうでした。
鼻から深くまで入れて、たくさん痰が引き上げられました。

久々の痰の吸引でした。

「熱が高いので」と薬も点滴で入れるようです。
「え?薬?」
と声を出すと
「先生から指示が出ていますから」と。

連休中で回診はないので、たぶん「指示」なのだと思います。


胃ろう栄養の吸入をさせていただいたので、水分もたっぷり入れました。


5月6日(月)
ゴールデンウィーク最後の日。

氷枕から普通の枕になっていました。

口の中は、時間をかけて綺麗にしました。
痰の塊は、あっても出てくる痰は、透明になっているようです。

熱は、日中は下がっていたようです。
夕方の検温は、37度5分でした。
若い看護師さんをじっと見るだけ元気回復しつつあります。

568.入院して10日目

4月25日(木)に入院して、もう10日です。
一晩だけでも入院させていただけたら安心、と思っていました。
大きな病院ですので重症患者しか受け入れない、と聞いていました。
「1週間」という入院計画書を見ても、そんなに長く入院にはならないはず、でも連休中だから、と思っていました。

「30日の検査結果で2日の退院。」
と聞いて、喜んでいたら、とんでもない。
検査結果が思わしくなかったので、ガッカリ。


「連休中だから病院がいい」と気持ちを立て直していたら、夕方からの出血。
夜の緊急手術(?)になって、退院どころではなくなってしまいました。



歯の経過は、良いように見えますが、熱が安定しません。



口の中の汚れが、気になって、毎日口腔ケアをしています。
乾燥するのか、体調のためか、痰の状態のためか、舌にこびりついた汚れがあって、なかなか取れませんでした。
看護師さんにも見ていただいたのですが、
「頻繁に見るよう引き継ぎます」
と、にこやかに仰っただけでした。

熱が38度あるから、と氷枕をして、
でも、30分後位に他の看護師さんが来て検温して、37度?

「さっき38度あったのですよ」
と言ったのですが、笑顔でした。


夫は、大きなくしゃみ(>ω<)/。・゜゜・していました。
「ハックション」と声が出ました。
痰の絡んだ咳をすると喉が痛いのか、顔をしかめていました。

口の奥の痰をモアブラシで取りました。
塊のような物も取れました。
飲み込みは、ちょっと心配です。

「ごっくんしてね。」
といってもわからないのですが、喉仏をタイミング良く押すと音を立てて飲み込んでくれました。


オムツの当て方も悪いのか、なんだか?
ズボンをよく濡らしています。
洗濯は、私です。

特養では、オムツもお洗濯もすっかりお任せでした。


今日は、ちょうど便をしていたので、取り替えようとズボンを脱がせていたら、洗浄道具を持って入って来られて、グッドタイミングでした。
慣れない手つきでしたが、有り難かったです。
手伝うと「ありがとうございます。」と言われました。


昨日は、胃ろう栄養の吸入もやらせていただきました。

特養では、「手を出さないで」という看護師さんのオーラに屈して手が出せません。

病院で「じゃ、これ、お願いします」
と、すっかり任されて、「いいの?」という感じでした。
胃ろうの栄養も進化して、小さく簡単になっていました。

気になるのは、カロリーが増えていること。

栄養をつけて、体力回復を期待しているのかもしれません。
ずっと1200キロカロリーだったところ、1800キロカロリーになっています。
3食、2パックずつです。


これで元気になってくれたら嬉しいのですが。。。




567.退院延期

入院は、1週間の予定でした。
連休中の退院は、無いと思っていたら
「30日の検査結果で2日の退院になってもいいですか」
と聞かれました。

特養の相談員さんに連絡して、2日11時なら迎えに来てくださるというお返事もいただいていました。

ところが、
30日 病院へ行って見ますと
夫の口が、血で汚れていました。
出血の後のようです。
昨夜、38度の熱があって、37度に下がっているとの報告。

口を綺麗にしていただいて、先生のお話を伺いに
口腔外科外来診察室へ行きました。

コンピューターで、入院時と今日の血液検査結果を比較して説明していただきました。

CRPが、まだそれ程下がっていない。
抗生剤の影響か肝機能の数値が良くない。

今後、抗生剤を止めて様子を見る。

ということで2日の退院は、延期です。

連休明けの7日に、血液検査をして、その結果によって退院予定を決めるそうです。

エリキュース(血液サラサラの薬)を再開して服用している、と看護師さんから聞いていましたので、「止めたい」とお話しました。
口腔外科の先生ですので、「その場合、どの先生にご相談すればいいですか?循環器ですか?」とコンピューターでデータを調べながら聞かれました。
エリキュースは前回の入院時の検査で血栓が見つかってからです。
「神経内科の先生です。」
「わかりました。」


その日から、暫く「休止」になりました。
「完全に傷が治ってから再開」と口腔外科の先生から、この後聞きました。

この後の「出血騒動」の後の話でしたので、
「服用を今後止められないか」
という話は、後にしよう、と口にしませんでした。


口腔外科の先生の診察の時は、少し出血が見られる程度でした。

その後、夕方、ちょうど私が病室から離れていた時にも、夫の診察に来てくださって、その時も出血は止まっていたそうです。

その直後からだと思います。

出血が止まらなくなりました。

ガーゼで圧迫止血をしても、すぐに出血して溢れる程です。
夫は、飲み込みも吐き出しもできないので、溺れそう
ナースコールで看護師さんを呼んで吸引。

ガーゼを分厚くして押さえても、
10分経たずに、溢れだして、吸引。

たくさん血が、血の塊も吸引されました。
ちょうど、看護師さんも忙しい時間です。

夜勤の看護師さんに引き継がれていました。

止血と15分毎の吸引。

緊急時に慌てないのが看護師さんです。

かなり慌てている声が聞こえていました。

若い看護師さんの多い病院です。
重症患者が殆んどの病棟です。
ナースコールも多いようです。
いろいろ指示が聞こえました。

担当看護師さんは、口腔外科の先生と連絡を取っていました。

私は、夫のガーゼを押さえたり「もう限界です」と吸引をお願いしたり。
看護師さんの困っている様子に
「私、差し支えなかったら、夜、付き添いますよ」
「いえいえ、それは管理上できないんです。」
でも、結局は、面会時間の19時を過ぎても出される事はありませんでした。

入院した時と同じか、それ以上の出血の状態でした。
これは、外科的な処置が必要、と私にもわかります。
夜勤の看護師さんだけでは無理です。

1時間、ガーゼで様子を見るよう先生から指示があったのは、先生に連絡してから1時間後の応答でした。

それでも、その指示で看護師さんも夫も少しは落ち着いたように見えました。

口腔外科の先生が処置道具を持って来られたのは、夜8時は過ぎていたと思います。

私は、夫の左手を握って動かないようにしていました。
部屋から出される事もなく、処置の説明もしてくださって、「見ますか?」と口の中を照らして見せてくださいました。
若い女性のお医者さん、とても落ち着いていて、さすがです。

説明は、ゆっくり丁寧でしたが、私には再現できません。
切って縫って綺麗に洗浄されていました。


入院した時と同じように、「ひと安心」です。


夫も、安心して眠ったように見えました。


すっかり後回しになっていたオムツ交換をお願いして、汚れたズボンを受け取ってから帰りました。



平成最後の日でした。




566.タクティールケアと音楽療法

4月28日(日)
ゴールデンウィーク中は、病院かと思っていましたが、
退院できるかもしれません。

看護師さんから、30日と2日は平常通りなので、30日の検査結果で2日に退院になる可能性大、と聞いて嬉しくなりました。
30日の午後に先生からお話があるそうです。

おまけに「娘さんですか?」なんて言うので単純に喜んでしまいました。



今日は、入院している夫に大サービス!

タクティールケアの資料を看護学の先生にいただいたので、やって見ました。

「触れる程度に、包み込むように、心を込めて」
と教えていただきました。

片方ずつ、ゆっくりと、です。

まだ、資料を見ながらです。

とても気持ちの良いゆったりとした時間でした。

特養に戻っても、やってみようと思います。

「手当て」の基本のようにも思います。
ケアしている方も、ゆったりと癒されます。



そして、
音楽療法?
音楽を聴かせただけです。

YouTubeから夫の好きそうなクラシック音楽をイヤホンで聴かせました。

音量を上げると、声を出して泣きそうな顔になりました。

あまりにも悲愴な声にビックリ!
「大丈夫ですか?」
と看護師さんがカーテンを開けて見にきました。
「大丈夫です。音楽に感動しています。」
私も夫の声にびっくりしました。

反応良すぎです。
音量を下げました。


特養のお部屋でも聴かせていたのですが、イヤホンではありません。

音量の違いなのかもしれません。

こんなに喜ぶなら、高性能のイヤホンをプレゼントしよう、と思いました。


特養で平穏に暮らしていては、なかった事です。

入院して、変化も発見もあって、良かったかもしれません。


病院へ通う道は、新緑が綺麗です。

565.入院の決断

入院は、もうさせないつもりでした。
でも、入院した方がいい状況になりました。


決断は、重要です。

家族が決めなくてはなりません。

「入院させたくない。」
という思いも伝えなくてはなりません。

「受診をお願いします。」と言うことは
医療処置をお願いすることで入院も考えなくてはなりません。

もし、
もしも、発熱だけなら、
たぶん、すぐに入院は、させなかったと思います。



でも、よく自分の気持ちを整理して見ると
「入院させたくない。」
ではないのです。


「病院で死なせたくない」です。

さらに、考えると

「穏やかに看取りたい」です。

場所の問題ではないのかもしれません。


まだ、先のこと、でも、そんなに先でもない。

「特養で看取り、いや、家で」
と漠然と考えていました。



なので、
「ご家族の希望があれば病院を探します」
という看護師さんからの申し出は、すぐに受け入れられませんでした。
しかも、発熱や脱水、肺炎の疑いの内科?
残念ながら、看護師さんが口にした病院の評判は、あまり良くありませんでした。



「口腔外科を受診する」

と決めたのは、歯からの出血が止まらなくなってしまったこと。
そして、
診てくださった訪問歯科医の「これ以上の治療は口腔外科」という言葉があったからです。

16時30分くらいの時間だったかと思います。

そこから、時間がかかりました。


18時ころ
救急外来の処置を受けながら、
「入院させていただきたい」
と、いう気持ちになっていました。
この時間に、特養に帰っても点滴も、吸入も心配です。


入院が決まって安心しました。

特養の看護師さんは、入院が決まるまで付き添ってくださいました。
訪問歯科医の先生は、「奥歯を抜きました」と私が報告した後、タクシーでお帰りになったそうです。


入院手続きの書類を「救急受付」に提出して、
決められた病棟の病室へ行きました。

夫は、すでに寝ていました。

出血も止まって、安心しました。


564.入院した日のこと

4月25日(木)
特養の看護師さんから電話がありました。
20日(土)に抜歯してから何事もなかったのですが、今朝出血していたとのこと。
何時からかは不明。
量が多く、看護師が呼ばれ止血したそうです。

血液や血の塊を飲み込んだので、それを嘔吐してしまい、胃ろう吸入はしない、薬も入れられない、という報告でした。

「お手数おかけします。連絡ありがとうございます。よろしくお願いします。」
と、私は、歯の出血を軽く考えて、「苦情を言わないように細かい変化を報告している」くらいに思っていました。

看護師さんは、職業柄かとても冷静な話し方です。
「すぐに来てほしい」などと言いませんでした。

2回目の電話も同じでした。

「熱が38度3分あります。歯は、訪問歯科医に診てもらいました。その時は、熱もなく止血できていました。今は熱があって、解熱剤も入れられない状態です。」

という報告も「すぐに」という感じではなく
「今日は行かれませんので、よろしくお願いします」
と私も答えていました。


「八重桜」の散歩の翌日は「ケア計画会議」もあって今週は、連日の面会だったこと、孫関連のちょっとした用事もあったので、面会は「お休み」と決めていました。

でも、
やっぱり心配です。

「ちょっと行ってくるね。」
と、娘に話し、特養に向かいました。

特養が近いので、こういう時助かります。
遠かったら、行かなかったかもしれません。


夫は、
寝ていました。
吸引器を使ったと聞いていました。
吸引された血液混じりの液体が容器に入っていました。


看護師さんがすぐに見えて、お話がありました。

バイタルの報告。
家族の希望があれば入院先を探す。....
というお話。

この時点では、歯の出血は止まっていたので心配は、
熱、脱水、誤嚥性肺炎?

「今は入院をさせたくない。」
という気持ちをお話しました。
ずっと考えて来たことでした。


特養の内科の先生は、連休明けまで来ないそうです。
看護師さんが先生の指示で動くのだそうです。
夜は、看護師不在になるので水分吸入も出来ない。
点滴も出来ない。

「私が、泊まります。」

それは可能です。
広いセミパブリックルームは、家族が泊まれるようになっています。

夕方まで様子を見て、家は近いし
と、まだ軽く考えていました。

看護師さんは、医師と連絡を取りに行ったようです。

夫は、時々目を開けて、いつもと同じ顔。
不機嫌な顔ではなく穏やかな顔。

お話をしてくださる看護師さんと、いつもの夫の担当の看護師さんとは別の方。
家族対応の役割分担があるらしい。
勤務時間もあるのかもしれません。

お話してくださった看護師さんが、この日入院まで付き添ってくださいました。

夫の変化はないまま、ベッドサイドで
どれぐらい時間が経ったか、
平穏な時間が過ぎました。


オムツ交換をしていただいて、ちょうど看護師さんが見え、ついでに汚れた防水シーツを交換していただきました。
体の向きを変え、頭を動かした時、
「あ、また!」
枕カバーに血液混じりの唾液が見えました。

私が思っているより大量出血だったらしく、モアブラシで私が取ろうとすると看護師さんに止められ、手を出そうとすると、
「廊下でお待ちください」
と出されてしまいました。
吸引されていました。

「私、邪魔?」
憤慨しましたが、この時間にトイレに行き、気持ちを落ち着かせました。

夫の部屋に戻るとちょうど終わっていました。


それからが、大変でした!

少しして、ふと見ると出血して血が口の中に貯まっていました。

止血しても10分か、それくらいで、また出血してしまうのです。


長い時間20分くらい押さえて止血できたようでも、またすぐ出血。

繰り返すので、手を離せなくなりました。


看護師さんも頻繁に見に来てくださっていました。
どうするかという話も特養側で相談していたようです。

そして、
「だめ、止まらない」と携帯で連絡すると、
「すぐ、他の看護師がお話しますので、押さえていてください。私は他も回ります。」と言われました。


長い時間待っていたように思います。

歯科医の先生に連絡すると、すぐ診に来てくださいました。

そして
「○○を○○で埋めて、押さえて」
とか「奥歯も抜けば良かったか」
とか「上の歯を少し削ろうか」
とか。

私に「ここでの処置には限界があります。これ以上は口腔外科になります。どうしますか」
と聞かれました。
「お願いします」
と即答しました。

出血は止めなければなりません。
一晩中付き添っても、止血はできません。
口腔外科受診に迷いはありませんでした。

相談員さんに病院を探して貰うと、希望した病院の救急外来で診ていただけることになりました。

歯科医の先生も、一緒に付き添っていただきました。
「経過を話したい。処置を知りたい。」と仰っていました。
偶然の歯科休診日にお世話になりました。

看護師さんもサマリーを用意。
介護スタッフは「入院の時のために」と衣類やオムツを一組紙袋にまとめてくださいました。

私の車は、福祉車両ですが、病院まで、特養の車が出るそうです。
私は、その後の動きを考え自分の車で行きました。

病院では、すぐに診ていただけました。
3人のお医者さんと男性看護師さんで夫を囲んで相談。
すぐに麻酔の用意。
お医者さんの指示に看護師さんが動いていました。

「奥歯も抜いた方がいいな」
「聞いて見て」
とか小声。
「抜いてください」と声を出しました。
処置の途中ですので早い方がいいです。

抜いて、縫って、という処置。

「おっと、口開けていてください。」
が夫に、わかりません。

私が介助して口の中に手を入れ、開けさせました。
「ガーゼ使いますか?」
と滑らないように、ガーゼを渡してくれました。
一人は、吸引。
一人は、手を押さえて、補助。

「これで大丈夫でしょう」
と、かなり縫ったように見えました。

落ち着いた所で、
熱が出ていて、水分も入っていないこと。
特養では、点滴できないこと。
夜は、吸入もできないこと。
一晩入院させていただきたいとお話しました。

お部屋を探してくださったようです。


入院が決まって良かったです。

レントゲン、血液検査の後、点滴が繋がれました。


病室の窓側ベッドからは夜景が綺麗に見えました。
安心しました。


翌日、熱は下がりました。


563.入院しました!

焦って、書くからか、
何度も消えてしまって、
もう、今日は書く気力がありません。
「八重桜」の記事を書いたその日に入院しました。

歯の出血と発熱のためです。

4月25日、無事、入院して安心しました。

平成最後の入院です。

長い1日でした。

562.八重桜

画像
夫の特養の部屋は、3階の角部屋です。
突き当たりのドアの窓から八重桜が見えます。

お天気によって、遠くに富士山も見えます。

大きな八重桜を、前日、見に行った時は、スマホを部屋に置き忘れていました。
いつも持って歩いているのに😩

写真に残して置きたいと思いました❗

お天気が良かったので、1日で蕾が全部開いて満開🌸です。
画像

風に揺られて、ピントが合っていません。

大きな大きな八重桜の木。
たった1本。
見事です。
画像夫にも見せてあげました。
目の前で揺れる桜の枝を見ていました。

少し迷惑そうな顔だったかもしれません。

私は、写真を撮って、ゆっくり桜を眺めて満足です。


午後、もう一度
久しぶりに会いに来てくださった夫のお姉さん夫婦を案内しました。

先日は、お兄さん夫婦と公園を散歩しました。

もう桜が散ったその公園をお姉さん夫婦と散歩した後、この八重桜を見ていただきました。
車椅子を押していただきました。
写真も撮っていただきました。

お姉さんと一緒に写真を撮ろうとすると、夫は大きな口を開けて笑いました。
泣いているようなクシャクシャの顔の記念写真が撮れました。

私の写真も撮っていただきました。

私が一番嬉しそうな顔でした😊


八重桜は「普賢象」ではないかとお姉さん。

調べてみますと、
雄しべが「普賢菩薩」の乗る象の牙のように見えるのがその名の由来とか。
画像

私の写真では、良くわかりません。
「八重桜」には違いありません。

気持ちの良い散歩ができました。

561.口腔ケア&散歩

抜歯した翌日、日曜日に口腔ケアがありました。

出血も止まっていました。

口腔ケアは、週1回、だいたい土曜日ですが、都合で曜日が変更になります。

月4回ですので、5週目はお休みになります。

次回は間が開いてしまうので、5月1日(水)になりました。

入所してからずっと同じ歯科衛生士さんなので、夫も慣れているようです。

安心して、タイミング良く口を開けます。

口腔ケアの時は、私も側に居て、お手伝い、というより邪魔にならないようにしています。

夫は、時々私と歯科衛生士さんと混同するのか、私が口の近くに手を出すと口を大きく開けたりします。
歯科衛生士さんの動きを目で追ったり見比べたりします。
ジーっと見ています。
目は動かしますが、首が固くなって、あまり動かなくなってしまいました。

歯科衛生士さんは、毎回諦めることなく、歯磨き以外にも、いつも同じプログラムを試みてくださって有難いです。
「はい、こっちを向いてください。」
とか
「お腹に力を入れて、声を出しますよ。はい!アンパンマン!」
夫は、「何やってるの?」という顔です。

私は、いつも感謝の気持ちで笑顔になれます。
私が笑って大きな声になると夫も泣きそうな笑顔でした。


歯科衛生士さんが抜歯後の止血を確認して、報告していただけたので、すぐに血液さらさらの薬が再開されるようです。



口腔ケアの後から栄養注入までの、少しの時間、散歩しました。

目的地は、夫の所から見える八重桜の木です。🌸

すぐ隣ですが、フェンスがあるので少し遠回りです。
ちょうど見事に咲いています。

隣の病院の駐車場から遠回り、と思ったら、途中で歩行者用の扉が開いて入れるようになっていました。

高等看護学校の跡地。
校歌の石碑が樹木の影に残っていました。
遠い昔のことを少し思い出しました。
この学校を卒業して、結婚して、子どもを育てながら看護師として働き、いきいきと生活していた女性達のこと、古い建物でダンスパーティーに誘われたこと等。
ぼんやりと思い出しながら車椅子を押して歩きました。


整形外科のリハビリに力を入れている病院らしく、車椅子で散歩にはピッタリでした。

八重桜の木に向かう道路には、「車椅子用。車の乗り入れは禁止」というような看板がありました。

車椅子で散歩ができるようになっています。
夫の部屋から見られる散歩道は、もっと奥の方のようです。

体育館のような建物の横を通って、八重桜へ。

なんと大きくて立派な八重桜!
ほぼ満開!
つぼみもありました。
ピンクの濃淡も綺麗!

枝に手が届くので、そっと触れて見ました。
夫の顔を桜のすぐ側に向けて、花🌸を見てもらいました。

夫の特養、八重桜、と良い風景。
写真を、、、
残念(>_<)携帯を部屋に置いて来ました。

目に焼き付けておきました。


良い散歩道の発見でした。
目の前の公園だけでなく、こちらもコースに加えられそうです。


急いで戻らなくても、近いので充分でした。


胃ろう栄養ラコールの注入の前に
「トイレ行きましょうか」
とスタッフに声をかけられました。

日曜だからか時間がお昼だからか、スタッフは女性ひとり。
「私で良ければ」
と一緒にトイレ介助をしました。

久しぶりです。
いつもは、お任せしています。

車椅子から立たせ、便器に座らせ、
便器から立たせ、スタッフにオムツをしてもらって、車椅子へ。

しっかり立たせようと、「こっち向いて」と顔を上に向けようとしても目線を合わせてくれません。
「私よぉ~」と言っても、スタッフだと思って緊張しているようでした。
トイレ介助で奮闘して、汗が出ました。
「暑いですね。だから半袖なんですね」
「まだいいですよ。夏は暑いです。」
と、スタッフと話しながらトイレを出ました。


「できるだけトイレで」というスタッフの言葉も有り難かったです。
在宅では、とても出来なかったことです。

トイレに座ってもらうのは、私は嬉しいのですが、夫は眉間にシワを寄せます。

ベッドに寝かせると安心した顔になります。

栄養注入までの僅かな時間に、気持ち良さそうに寝てしまいました。



560. また抜歯です。

前回の抜歯は、急だったのでびっくりして「どうして?」と動揺しました。
今回は、そんな私を納得させるためか、連絡が細かく丁寧でした。

私も、「歯がグラグラして心配😥」等と特養の看護師さんに話す事は混乱に繋がるので、歯のことは口腔ケアの歯科衛生士さんにお話するようにしました。

日常のケアをしてくださる介護スタッフも歯のことは歯科衛生士さんとお話していたようです。

上の左の奥歯。
歯茎が炎症を起こして、グラつくだけでなく、腫れて出血も多くなっていました。

歯科衛生士さんから歯科医の先生に連絡が行き、診察した先生から、抜歯をした方がいいと歯科衛生士さんを通して家族の意向を聞かれました。
私は、以前に抜いた歯よりも気になっていた歯だったので時期を待っていました。

歯科衛生士さんが先生との間に入ってくださって、最終的には、トラブルを避けるため、直接先生から連絡をいただいて「抜いてください」と私から先生にお願いしました。
抜歯の日程を特養と話し合って決定後、再度連絡をいただきました。

土曜日の午後1時から、です。

奥歯ですので、出血が心配で吸引の用意も必要かと気持ちの準備はしていたのですが、あっけなく終わりました。

麻酔の注射は、痛そうな表情でした。
痛かったと思います。

抜歯は、思ったより簡単でした。
もっと大変かと思っていました。
残念ながら、すぐ抜けたようです。

止血を、ガーゼでしっかり押さえてしていただきました。
「もう大丈夫でしょ?」
に返事をしないと
「あ、まだか、あと5分ね。」
「もう止まりましたね。」
と、私が「はい」と納得するまで手を離しませんでした。


「有り難うございます。またよろしくお願いします。」
と、挨拶をして終わりました。

「ガーゼは?」
という助手の方、(看護師さんか歯科衛生士さん?)
「いえ、大丈夫です。」と私。

前回、出血を気にし過ぎて、血の塊まで取ってしまったので反省!
触らない方が良さそうです。

吸引器の出番もありませんでした。
無事終了です。


いつもタオルを口に入れて噛みたがるのですが、今日は我慢してもらいました。

タオルを渡さないと、手の届く布、服の襟やクッションの端を口に入れようとして、気に入らないのか上手く口に入らないのか、すぐ諦めていました。
自分の指も?と、ちょっとヒヤリとしましたが、眺めただけでした。

出血が心配なので、タオルを口に入れて噛むのは、少し我慢して、できたら忘れて欲しいです。
でも、口に入れるのは残された楽しみなので、取り上げられないかもしれません。


疲れたのかウトウトしているようでした。


夕方まで側に居て、口の中を綺麗にしました。
「帰るよぉ」と声をかけると
珍しく声を出して泣きそうなクシャクシャの顔になりました。
「なんて顔するのぉ」
と笑うと、またクシャクシャの顔になりました。
反応良好!

明日、口腔ケアが入っていますので、また様子を見に行ってみます。


559.北陸の旅

夫は変わりなく元気です。
学生時代の友人5人で北陸へ行ってきました。
羽田空港、早朝の出発でした。
前日、つくしの会役員会で、「リムジンバスで空港へ行く」とえいさんに話すと「渋滞で遅れる可能性大」とアドバイスを受け、急遽、羽田近くに前泊しました。
1泊だけ、ちょっとした一人旅気分でした。
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4月5日から7日
春爛漫の北陸3県のツアー
とっても良いお天気で、桜は満開で見事でした。
前日までの、あまりの寒さに天気予報が信じられず、寒さ対策ばかりしていました。
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春爛漫 桜良いとこどり3日間のツアー

「良い時に来ましたね」
とどこへ行っても言われました。
画像「薄墨桜」も咲いていました。

福井の温泉に1泊、富山の温泉に1泊しました。

金沢の自由夕食では、美味しいお寿司を食べました。
人気のお寿司屋さんには行列ができていて、友人たちがいなかったら諦めているところでした。
美味しくて「のどぐろ」をおかわりしました。

楽しい3日間でした。
羽田からのリムジンバスは、偶然桜並木を通るコースで、思いがけず「夜桜」を見ることができました。

帰って翌日から、また寒くなってお天気も良くありません。
晴れ間を逃さず、夫とお花見しました。
もう、散り始めています。

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夫は、大きな変化はなく元気です。

557. 「若年性認知症家族会彩星の会」へ

3月24日(日)
若年性認知症家族会彩星の会の定例会に行ってきました。

3月は、年1回の総会です。
出席は、いつもより少ないように見えました。

私は、2か月に1回仲間の集まりを楽しみにしています。

えいさんと一緒にお昼を食べてから参加しました。


途中、満開の桜を見ることができました。
青い空に揺れて綺麗でした。

道案内にNaoさんが立っていて、手を振ってご挨拶です。
「お元気でしたか?」
「ええ、元気です。」
この日、何度も
「元気~?」
「元気ですよ~」
と久しぶりの再会挨拶が交わされました。



会場エントランス1階で会ったスリブリさんとえいさんがお話をしている間に受付に行くと
「あら、今日はお一人ですか?」
と聞かれました。
いつも二人で参加するのでセットで定着しているようです。



会場に入って、アワキビさんご夫婦と再会。
ずぅさんも、少し遅れてサザンカさんにもお会いできました。

総会が無事終わって、休憩時間には、多くの方に声をかけていただきました。
嬉しかったです。

沖縄のさんさ踊り、腹話術、たますだれ、の大サービスを楽しませていただいて、二次会に向かう時間になりました。

いつも二次会は楽しい時間です。

今回は、その後サザンカさんとえいさんとコーヒーを飲みながらたっぷりお話をして帰りました。

558.今年もお花見ができました!

4月1日(月)
新元号が決まりました。
「令和」と特養のテレビで知りました。
夫は、特に大きな変化もありません。

車椅子が、変わりました。
大きな立派なリクライニング式の車椅子になって落ち着いています。

3月29日、30日は上の孫2人とスキーに行きました。
母も現地で合流しました。

お天気も良く、孫の成長ぶりも見られ、温泉にも入って楽しい時間を過ごしました。


4月1日
午前中は、口腔ケア。
胃ろうが終って、2時からコンサートがありました。

1階の「つどいの間」で行われるコンサート。
インフルエンザ予防で2ヶ月お休みでした。

夫にとっては久しぶりの音楽鑑賞。
はりきって、早めに会場に行ったので、真正面の席でした。

良く見えて、聴こえて、良かったのか夫は良い反応を見せてくれました。


音楽はやっぱりいいです。

フルートとマリンバとサックスの3人のグループ。

曲が始まるととすぐ、夫は泣きそうな顔。

今までになく、大きな口を開けて、声も出して顔はクシャクシャ。
泣く寸前のような顔。
目を赤くして涙も出そうな感じでした。

何度も。

何度も。

「あ、ふぁ、は、」と声まで出ていました。

良かったです。


画像
アンコールの『翼をください』は、この曲が大好きだという、たぶん若年性認知症と思われる夫より若い利用者さんのために演奏されました。

素敵な演奏でした。


コンサートが終わって、外に出て見ました。

目の前は、公園です。

道路を挟んだ公園には、桜が綺麗に咲いていました。

午前中には、少し雨が降って、「どうかな?」と迷いながらも行って見ました。

すぐ目の前です。


今年も、桜の花を見ることができました。


「今年も、桜、咲いたね。」

「・・・・・」



今年もお花見ができました。


556. 高額介護合算療養費

「高額介護合算療養費·高額医療合算介護(予防)サービス費の支給申請について」という書類が広域医療連合会から届きました。


「高額介護合算療養費」とは
1年間で支払った医療保険と介護保険の自己負担額が、基準額を超える際に戻される支給金のこと。
1年間は、8月1日から翌年7月31日まで。

今回は29年8月から30年7月の1年間の額です。

おお!
お金が戻って来る~~嬉しい!
この金額、仮計算で支給額が変更になる可能性もあると書いてあります。
まだ喜べません。

申請をしなければ支給されません。



介護には、お金が必要です。
重度になると医療費も必要です。


経済的な負担を軽減するための制度は有難く利用したいと思います。


「後期高齢者医療制度の障害認定」
65歳以上74歳で一定の障害がある人は、「後期高齢者医療制度」に加入できます。

精神障害者保健福祉手帳1~2級で該当します。

夫は、特養入所で世帯分離したのを期に「後期高齢者医療者制度」に切り替えました。
数年前、制度を知った時に、すぐ申請しようとしたら、窓口で保険料が上がる事を知らされ申請を諦めました。
医療を必要としない頃でしたので、その時の選択は正しかったかもしれません。
だんだん、重度になって医療費もかかるようになりましたので、別世帯になって「後期高齢者医療制度」を申請した時、保険料が高くなるといわれても迷いはありませんでした。

「後期高齢者医療被保険者症」で医療費負担は1割になりました。

「後期高齢者医療限度額適用・標準負担額減額認定証」も同時に発行されました。
医療費が高額になった場合適応されます。


介護保険では、
「高額介護サービス費」
介護保険を利用して支払った自己負担額が一定額を超えた際、支給されます。

夫が特養に入所したから、支給される額が多くなりました。

夫は要介護5。
利用できる限度額が決まっていますので毎月費用に大きな差はありません。
「一定額」の差で「支給額」が違うようです。
戻って来るのは、嬉しいです。

そして、そして
今回申請する「高額介護合算療養費」

基準額が所得区分によって違います。

高額介護サービス費が戻って来てさらに戻って来るのは嬉しいです。

「高額介護合算療養費」
医療費分と介護費分に分けられています。
それぞれ、医療費は広域医療連合会から、介護費は自治体から別々に戻ってくるようです。


ふと思いました。
夫は前頭側頭葉変性症で「難病指定」を受けています。
医療費は高額になりますが、「難病医療費助成」で月限度額が決められています。
それでも、今回のように戻って来るお金があるのです。

そして、
今年2019年1月から、都の「心身障害者医療費助成制度」(マル障)に、やっと精神障害者保健福祉手帳1級も対象となりました。
1月から医療費の自己負担が夫の場合、無料になります。
当然ですが、負担額が無ければ戻って来ることもありません。

「高額介護合算療養費」支給されるのは
ひょっとしたら、今回限りかもしれません。

自己負担無料なら面倒な「申請」も必要ありません。

そう、どうして書類はわかりにくいのでしょうか。


夫の場合、30年2月から後期高齢者医療制度に変わっていますので、「自己負担額証明書」が必要だと書いてありました。

「必要」とたどり着く図も理解しなくてはなりません。

こういう事が「面倒」と思ってしまいます。

「自己負担額証明書って?同じ役所?」と
電話で聞くと「係が不在なので折り返しお返事します。」
でした。

その間に、申請書類を見ると
「高額介護合算療養費等兼自己負担額証明書発行申請書」
と書いてありました。


面倒でも申請します。

555.うれしいひなまつり

4番孫が2月に生まれて女の子は2人になりました。
ひなまつりとついでにわたしのバースデイパーティをしました。
賑やかでした。
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昨年は、介護ベッドのあった位置に壇飾りをしましたが、
今年は、ソファーベッドを置いたので親王飾りだけ小さく飾りました。

3月3日(日)は、歯科衛生士さんの口腔ケアの日でした。

まさかの「うれしいひなまつり」でした。

いつも優しく声をかけて丁寧に口腔ケアをしてくださる歯科衛生士さんです。

ケアの最後に「これから奥様と一緒に歌いますよ。」
「いいですか?」

で、二人で「うれしいひなまつり」の歌を歌ったのです。

あかりをつけましょ ぼんぼりに♪
おはなをあげましょ もものはな♪

夫の両手を歯科衛生士さんが持って正面から、
私は、夫の隣で。

なんと夫は嬉しそうに笑ったのです。
確かに笑った顔でした!

思わず拍手して喜んでしまいました。

嫌な時も同じような顔ですが、喜んでいる顔でした。

「ありがとうございます」
と何度もお礼を言って喜んでしまいました。

夫は、歯科衛生士さんの顔もじっと良く見ていました。


3月3日 愛犬そらの15歳のお誕生日でした。

554.車椅子の変更&右手のリハビリ

パソコンを開く事が減って、タブレットでブログも書いています。
少しの時間で、少し書いて保存していなかったり、一瞬の操作でどこかに消えたり、で、便利なはずなのに使いこなせていません。

夫は、変わりなく元気です。

面会制限は続いています。

面会に行くと
「エレベーターホールでお待ちください」
と、スタッフがユニットから車椅子の夫を連れてきてくれます。
忙しい時間や、たぶんベッドかな?と思う時間は、申し訳ない気持ちになります。

でも、面会に行くと寝ていても車椅子に乗せて連れてきてくださるので、申し訳ないと恐縮しながらも、夫のリハビリにもなって良いのではないかと思います。


車椅子が変わりました。
なかなか夫に合う車椅子がなくて、調整していただいていました。
いろいろクッションなどで工夫もしていたのですが、座っているとズルズルと足が伸びて落ちそうになっていて座り直しが必要でした。

そろそろリクライニング式の車椅子が必要かとOTさんとお話していました。

首が固くなっているので楽な姿勢にさせてあげたいとも思っていました。

楽かどうかはわかりませんが、リクライニング式の車椅子に変更なりました。

抜歯の時も、少し倒して使えたので便利でした。


角度が動かせるので、足を少し高くすると、ズルズル前へ足を出さないようです。

でも、足を自分で降ろそうとしたり、体を動かすのは、「立ちたい」とか「動きたい」とか理由があるようです。



左手は、タオルを握って、口に入れたり痒い所を掻くなど動きます。

右手が固くなっているのが気になって、いつもマッサージをしたり動かすようにしています。

自分ではぎゅっと握ったままで開こうとしない手の指を、開かせると開きます。
握ってしまうと離そうとしません。
「強制把握」という症状のようです。
脳からの指令が上手く伝わらないようです。

シマウマさんのブログを参考に、この把握反射のリハビリを試して見ました。
握った手をスッと弛めて離す、握って、離す。
不思議です。
手を強く握らなくなりました。

首、肩、腕のマッサージもしました。

右手は自分で動かそうとしませんが硬くならないよう、動かそうと思います。

夫の特養では、OTさんが1人です。
個別のリハビリの時間は限られています。
残念ですが、訪問マッサージも受け入れられていません。


夫は穏やかにしています。

私のマッサージやリハビリの真似事は、夫には迷惑なのか、ちょっと不満そうな顔になります。

ベッドに寝かせると安心したような顔を見せると思います。

面会制限が早く解除なって欲しいです。



特養に入所して、1年が過ぎました。
早かったような、もうずっと居るような気もします。

553. 抜歯

ぐらぐらしていた前歯を1本抜きました。


急だったので、びっくりしました。


インフルエンザ感染予防のため、特養では面会制限中です。
エレベーターホールまで、車椅子でスタッフが連れてきて面会できます。

11時頃面会に行くと、スタッフが
「1時に歯科医の先生が来ます。」
「抜歯するそうです。」
というので、ビックリです。

「え?何も聞いていません。」
というと、介護スタッフも驚いて
「看護師に確認します。」
とのこと。

私が、抜歯に立ち会うために面会に来たと思ったようです。

説明のために、すぐ来てくださった看護師さんも
「ご家族と連絡が取れていると思っていました。」と困っていました。

私と先生と直接話をして決めた事と解釈して、抜歯の準備をしていたそうです。
前日から血液サラサラ薬を中断していました。
もっとも、特に中断の必要もない薬なのだとか。
胃ろう交換の時も、当日朝服用しないだけです。

1時の胃ろうの時間も、抜歯に合わせて、後になっていました。

私の同意があっての事と、連絡も確認もしなかったそうです。


どうしてそうなったのか。


すぐには納得できませんでした。


もし、もしも、面会に行かなければ、私の知らないうちに歯を抜かれていたことになります。

私は、歯を抜いて欲しいとはお願いしていなかったのです。


歯科医の先生と、直接お話したのは、夫が発熱の頃でした。
先生からは、薬の中断に関して特養の内科医の先生の許可を得てから、その後連絡する、と聞いていたはずです。
抜くことを迷っていることもお話していました。
歯科衛生士さんも聞いていました。


「延期する事もできますよ」と説明に来た看護師さんは仰るのですが、ただビックリ‼して、「どうなっているの?」という疑問と「予定を一言知らせていただけなかったのか」という不満が残ってしまいました。


かといって「延期してください」とか
「抜かないでください」というほどの気持ちはありませんでした。


ただ、前回、私が抜くことを希望しているかのように伝えられたという誤解を避けるために、「歯科医と私が直接お話する」ということを確認して、歯科医の先生からの連絡をずっと待っていたのです。

納得してから、予定に入れたかっただけです。


「そうですよねぇ」
という話を看護師さんとお話したのですが、いつもの夫の担当の看護師さんではありませんでした。


早かれ遅かれ、いずれは抜けるか抜く事になる歯です。
ぐらぐらしています。

待っている間に、「抜く」という方向に気持ちも向いて来ました。


ただ、後になって思うと「この状況に納得できないので今回は断る」という勇気も必要だったかもしれません。


歯医者さんが来て、すぐ抜歯の準備を始めようとするので、「私は、今日の抜歯のお話聞いていなかったです。」というと

「じゃ、止める?」
と聞かれました。

「はい、今回は止めます」
と答えても良かった、その方が良かったかもしれません。
私は、「いえ、何も聞いていないのでびっくりしただけです。」と答えると、
「○○さん(特養の担当看護師さん)に何度も連絡してますけどね」と抜歯準備を始めました。



結果的には、ぐらついていた前歯は、簡単に抜けました。

歯科医の先生は、せっかちなのか、お忙しいのか、助手の方の到着までの数分が待てず、スタッフに補助についていただきました。

最初は、「口開いててくれるかな?」と呟かれたので、
「無理だと思います」と答えました。
助手の方の到着まで数分、もうすぐなのに、看護師さんの補助を断られ、スタッフにお役目が回ったようです。

いつもの若い女性スタッフなので夫も安心だったかもしれません。

私が手を握って、スタッフが口を開けさせて押さえて、先生が麻酔の注射をして、思ったより簡単に抜けました。

途中で助手の方も見えて、夫は、目で追っていました。
綺麗な女性なのです。


一瞬だけ、顔をしかめたようでした。


ぐらぐらしていたので、いつかは抜けたと思います。
自然に抜けた方が出血もないのですが、飲み込む危険性もあります。


結果的には、これで良かったと思います。
「良かった」と思うようにします。


翌日の口腔ケアの歯科衛生士さんにも、いきさつをお話しました。
出血の後の状態を見ていただきました。
小さな血の塊は、取ると出血するのでそのままにしておくのだそうです。


私は、知らずに当日は、何度もガーゼで拭き取ってしまいました。

口腔ケアの歯科衛生士さん、週1回丁寧に見ていただいています。
次からは、この歯科衛生士さんに間に入って伝えていただこうと思います。
特養の看護師さんとの関係もあって、遠慮なさったようです。


特養の担当看護師さんもベテランの良い方なのです。
「先生とのお話で納得しているものと思っていました」と言っていました。


歯は、抜けました!
変わりありません。

あ、少し変化あります。
次に書きます。

552. 4人目の孫誕生

2月12日 3038gの女の子が産まれました。

一人娘の4人目の子どもです。

私達の4人目の孫。
母の12人目の曾孫。


3人目は、超スピードの安産でびっくりしていましたが、4人目は大変だったようです。

破水して急な入院に、婿殿が付き添い、孫3人の夕食、お風呂、「バァバの家で寝る」というので休前日の10日はお泊まりでした。
久しぶりの事で大喜びでした。


11歳男、8歳女、4歳男の3人。
元気な良い子達です。
大はしゃぎ!

妹の誕生を喜んで、スマホの写真を「可愛い」と覗き込む姿は、可愛い❗
その姿をスマホで撮ろうとする母も嬉しそう🎵

3番孫は「新潟のおばあちゃん遊ぼう」と母が大好きな様子。
さすがに「一緒にお風呂入ろうよ」は「ひっくり返っちゃうよ」とお断りしていました。
11日は、夕食、お風呂の後父親と自分の家で寝ました。


家が隣というのも便利です。

夫の車椅子のために作ったスロープで、隣からの出入りが簡単になりました。
隣の駐車場から車椅子で入れるようにできているのです。

(重いビールの箱もここから婿殿に入れて貰っています)

毎朝、「行ってきます」と小学生の孫は、登校前に顔を見せてくれます。


一人娘しか育てていない私が孫の世話をさせていただいています。


娘と4人目は、まだ病院。


退院後、新しい生活が始まります。
しばらくは忙しくなりそうです。

551.特養の面会制限

今頃になって、特養の面会制限です。

インフルエンザの感染防止のため、ですって。

今まで、インフルエンザが流行してあちこちの施設で面会制限の話は聞いていました。

夫の特養は、入口で手洗い、うがい、マスクをしますが、面会は自由。

外部からのコンサートもあって「人が集まって大丈夫?」と思う時もありました。

「音楽を楽しむ事」を優先させて、おおらかな特養と感動していました。

なので、このまま面会制限せず、過ぎるのかと思っていました。


そうは行かなかったようです。

入居者の感染状況等、特に公表されていません。

ということは、職員がインフルエンザ?

可能性は、大きいです。


面会制限は、面会場所を1階のイベントホールと各階のエレベーターホールに限定しています。

高校生以下の面会は、遠慮するように。
家族の中に感染者や感染の恐れがある場合、症状がある場合は遠慮するように。

という内容の文書が郵便で届きました。

面会ができないわけではありません。


いつも通り、受付に行くと説明を受け
「エレベーターホールでお待ちください」
と言われました。

夫をベッドから車椅子に乗せて連れて来るのは、時間がかかるだろう、とゆっくり向かうと、エレベーター前で、スタッフと車椅子の夫が待っていました。

「こちらのお部屋が空いていますのでどうぞ」
と、「セミパブリックルーム」という広いお部屋に入れていただきました。

大きなソファーが2台と4人用のテーブルセットが置いてあって、簡単な給湯設備のあるキッチンもあるお部屋。
希望すると面会の時に使える、と聞いて、2回程使わせていただいたことがありました。
看取りの時等、家族が待機して泊まることもできるそうです。

その「セミパブリックルーム」で夫と過ごすのも、気分が変わってなかなか良かったです。
「口腔ケア」の日も、このお部屋でできるようお願いして問題なくできました。


ただ、夫は何やら不満そうな顔。

発熱で寝たままだった後の体の固さが気になって、マッサージに力が入りすぎたせいか、無理に立たせたのが嫌だったのか。

場所や、様子の違いがわかるようです。
いつもは車椅子を押してエレベーターに乗ったり、フロアーを移動するのですが、室内しか動かなかったのも不満だったようです。

胃ろうの時間前に、スタッフにお願いすると、「あら怒っているの?」と言われる程の分かりやすい不機嫌な顔になってしまいました。
「私が、体を無理に動かしたので怒っているかもしれません。よろしくお願いします」
と、ユニットの入口でスタッフに託して帰ってきました。


面会制限があっても、こうして面会できると安心します。

特養の雪対策は、バッチリ!
玄関には、雪かきグッズが置いてあります。
ちょっと雪がちらついたら、駐車場に融氷剤?のつぶつぶが撒かれていました。
雪が降っても安心です。

室内は適温で、我が家より快適です。

550.2月です。

もう2月です。
2019年、平成31年2月です。

早い!

1年が早いです。

特養に入所したのが、昨年2018年2月19日でした。

昨年の今頃は、頭を抱えていました。
昨年、1月中には入れるはずだった隣の市の少し遠くて高い特養に入れないことがわかって、2月からは小規模多機能の泊まりが難しくなって、さらに大雪の雪掻きで私が腱鞘炎。
夫の一時入院を決意して、さらに特養入所に向けて動き出した所で、急に、今の特養に入所が決まりました。

入所の書類を書くのも、手が痛かった。
手首にサポーターをしていると
「大丈夫ですか」と聞かれるので
何もせず、平気な顔をしていたつもり。

病院の入院手続きにもたくさんの書類を書いて、入院受け入れが決まった直後の特養入所でした。

市内の一番近い特養。
まだ夫が元気に歩いていたころから申し込みをしていた特養。

この特養に入所できて、良かったと思います。


2月になって、1年を振り返っています。
ひとり暮らしも1年になります。

特養入所で、不安もありましたが、楽になりました。

2月に入所して、すぐ温泉、スキー。
母とスイス行きの計画と手配。

母と二人のスイス滞在は、夫が精神病院入院以来。
自分たちの田舎に帰ったような気分と、未知の世界を知って楽しむ気分。
「親孝行」という大義名分もありました。
「スイスは療養の場所ね」
「寿命が伸びるわ」
と、山を眺めて深呼吸していました。

夏の大きな行事が終わると母の入院、手術。
ひとり暮らしの母の「支援プラン作成」
介護の経験が役に立ったと思います。

入院中に介護認定調査。
暫定のまま介護サービス利用できるようケアマネさんと相談。
退院日に合わせて介護ベッドの手配。

働いている娘のファミリーサポートも継続。
孫の保育園の迎え等、依頼も頻繁でした。

なんと、この2月中には4人目が生まれる予定。
娘が産休に入って、孫関係のサポートは今だけ激減。

母も元気なので、今は安心して、夫の所へ通っています。
熱も下がって、落ち着いています。

空気が乾燥しているためか、湿疹を痒がって、動く左手で首周辺を掻いていました。
ベテラン看護師さんが、治療中です。

熱で、寝ていたので、体が固くなってしまいました。
車椅子への移乗の時、しっかり立てなくなってしまったようです。
右手が胸の所で固くなっています。
マッサージをしたり、口腔ケアをしたり、できることはしたいと思っています。


私は、自分の新しい楽しみも見つけました。


549. 発熱その後

38度2分の発熱の連絡を受けた、という記事だけ載せて、ご心配おかけしました。

カロナール(解熱剤)とクーリングで下がって、インフルエンザ検査も陰性でした。

ただ、朝下がって夕方また熱が上がる。
また下がる。
その後、微熱が時々出る、といった状態でした。

さすがに心配で、毎日通って様子を見ていました。

夫の様子を見ると安心しました。

「近くて良かった」
と、いつも思います。
迷わず行くことができます。

夫は落ち着いています。
穏やかです。
「どうしたの?何かあったの?」
というような顔です。

熱の後は、少し疲れた顔でした。

看護師さんが、胃ろう栄養注入の時間以外にも何度かバイタルチェックに来ていました。

布団が厚くて熱がこもるのではないかと、薄い布団やタオルケットを探してくれました。

発熱の前に掻いて悪化してしまった湿疹の治療も、便秘の調整も看護師さんです。

在宅の時は、熱があると訪問医に連絡が行き、すぐ診て貰っていましたが、ここでは看護師さんがしっかりと診ているようです。

お医者さんは回診の日も都合でお休みでした。

ベテランの看護師さんがいて、安心してお願いできます。

「もう、病院には入院させたくない」
という話も聞いてもらっています。

「看取り」ができるので安心です。
家族が泊まれる設備もあります。
「それがねぇ、ずっとご家族が付き添って、ちょっと離れた時に、という事もあったのですよ」
という話なども、いろいろできました。


今すぐではないかもしれないけど、急変がないとも限らない。

思いながらも、今日ではない、今ではない、と思っています。

「国内ですから、遠慮なく連絡ください」とお願いして新潟の実家へ来ました。


グラグラしていた歯の事も、後回しになりました。

歯科医の先生とお話して、歯を抜く事にも不安は少なくなっています。

「家族が希望するなら抜く」
「自然に抜ける可能性もある、その場合飲み込む危険もあるのではないか」
「エリキュース(血液さらさらの薬)については内科医と相談する」
ということで、エリキュース停止の許可が出てからの先送りになりました。

熱が出ると、歯の事は「それどころではない」という気持ちになります。

先ずは、元気になってもらいたいです。

新潟は、例年より暖かく、今日は雨です。
雪は消えてしまいました。



548. 発熱

朝、特養の看護師さんから電話です。

歯の事か、昨日の湿疹の事かと思っていたら、
「38度3分の熱があります。冷やしてカロナールを入れて様子を見ます。」
という内容でした。

「私が行っても、何もできないですよねぇ。。。」
というと「いえいえ、愛情が~~」
と笑っていました。

「行っても、すぐ熱が下がることもないし、状況は変わらない、」
「インフルエンザの検査には、まだ時間が経過していないし、」

と思いながらも、
「そうか、愛情ねぇ」

どうも「愛情」ってわかりません。

ただ、
「ま、行って見るか」
という感じです。

インフルエンザが巷で流行中。

晴天が続いて、空気が乾燥しています。

夫の特養は、室温も湿度も一定に保たれていて快適です。


「感染は、どこからでも」
と、昨日看護師さんと雑談しながら話したばかりでした。

夫は、確かに赤い顔で熱はありますが、目を開けました。
大丈夫です。

きっと良くなるでしょう。



547.歯がグラグラしています。

7日 新潟へ向かう新幹線の乗車を待つタイミングで特養から電話が入りました。

特養のユニットの介護スタッフからでした。

歯科医の回診の日、いつも聞かない限り報告も何もないのですが、このタイミングでの電話に驚きました。

「歯がグラグラしているので、どうするか家族にどうするか聞いておくよう」言われたのだそうです。

「奥歯は、麻酔が必要」とのこと。

前回の回診の時は、私から「どうしたらいいのでしょうか」と質問して「様子を見るだけ」というお答えでした。

なぜ、このタイミングで、麻酔を使った抜歯の選択肢なのか。

たぶん、前回よりグラグラになっているからでしょう。

どちらにしても、駅のホームで答えられないので保留にして、帰ってからお話することにしました。


ずっと考えていましたが、迷って決められません。

麻酔をして抜いた方がいいのか、自然に抜けるのを待つのか。

麻酔をして治療をする場合、うがいもできないし、誤嚥も心配です。

戻ってから特養に行ってスタッフと話をして
「自然のままで」といいながらも迷って
「歯科医の先生のお話を伺いたい」とお願いしました。

これが、結構面倒な事のようでした。

スタッフは、歯科医との連絡方法を私の前で担当看護師に聞いていました。
担当看護師は、「わかりました。医療責任者に伝えます」と。
責任者から医師会に連絡が行って、そこから伝えられるのだそうです。
なんだか伝言ゲームみたいです。

私は「歯科衛生士さんの口腔ケアがありますので、歯科衛生士さんに伝えていただいてもいいです」と言ったのですが、
「先生から家族の意向を聞くよう言われているのだから返答しなければならない」と言われ、お願いしました。

なんだか面倒。

翌日
週一でお願いしている口腔ケアの歯科衛生士さんに見ていただきました。
状況は変わらないのですが、毎週丁寧に見ていただいて先生にも報告が行っていますので、私は歯科衛生士さんとお話して、もう少し様子を見ても良いと思うようになりました。

当然、今回の事も伝えられます。
「様子を見て、次回の回診の時はお話を伺いたい」
と、私が言った事で、混乱させてしまいました。

歯科衛生士さんが報告した担当看護師から「話が違う」と言われ、私のところへ戻ってきました。

つまり
「家族が先生から詳しい説明を聞きたいと要望」
と、すでに医師会まで連絡しているのだから、違っては困る
ということのようです。

私は、「すぐに」でなくても次回でも良いかと思ったのですが、
「先生とお話したいのでご都合を聞く」
ということで、歯科衛生士さんにお願いしました。

これで大丈夫。

直接お話できれば何も問題ありません。
「私が7日お会いできなかったので申し訳ありませんでしたとよろしくお伝えください」
と、繰り返しお願いしました。

歯がグラグラしているのは、気になっていますが、急な変化でもなさそうです。

歯が自然抜けてしまうなら仕方ないと思うのですが、飲み込んでは困ります。

でも、もう飲み込む力はないように思います。
今までも、抜けたり取れたりしました。
いつの間にかポロリと抜けて口の中で転がしていたのを私が発見して取り出したことも、どこへ行ったかわからない歯もあります。

麻酔を使っての治療については、詳しく聞いてから決めたいと思います。
抜けそうなくらいグラグラしていたら、迷わずお願いするかもしれません。

痛いとか、嫌だとか、苦しいとか表現できないので、なるべく穏やかに、と思います。
歯も、もう少し頑張って抜けないでいて欲しいです。


結局、連休明けの今日、歯科衛生士が先生とお話して、先生が他の患者さんの診察の後、19日に夫の所へ来てくださる、と歯科衛生士さんから朝電話がありました。

19日は、口腔ケアもありますので好都合です。

安心しました。

特養へ行くと、スタッフにも看護師さんにも伝わっていました。

一安心です。

546.忘れ物をして考えた事

1月10日「前頭側頭葉変性症つくしの会」の日

会長のえいさんと駅で待ち合わせをしていました。

時間よりかなり早く着きそう、とふとスマホがない事に気がつきました。

えいさんを待って、先に行っていただこうかと駅に向かいましたが、どっちみち取りに戻るなら早い方がいい、と全速力で家へ戻りました。

慌てるので「全速力」のつもりでもオタオタして速くできません。
自分の姿を想像したら可笑しいです。

家に戻ってスマホを手にして、大慌てで、ハテサテ電話するより急げば間に合うか、迷ってる時間が~~、と駅に向かっていると、えいさんから電話が入りました。

「すみません😣💦⤵先に行ってください」
とハァハァ( ´Д`)しながら伝えました。
申し訳ない😖です。
スマホは必要です。
しかも、例会だけでなく新年会となると長時間です。

次の電車でも開始時間に間に合います。
気持ちを落ち着かせ、これ以上遅くならないよう無事到着できるよう深呼吸しました。

新年から大失敗です。


反省\(_ _)したはずでした。

でも、

またやってしまいました。

同じようにスマホの忘れ物。
同じように、出掛ける直前まで充電していて忘れてしまいました。

夫の口腔ケアの歯科衛生士さんの訪問時間前でしたので、家に戻っても間に合いました。

戻りながら考えました。

直前まで充電が必要なのは、電池の減り方が早いから。
それはともかく、なぜ忘れるのか。

新潟の実家でも忘れそうになって、母に言われて未然に防げました。

やっぱり直前の充電は、止めた方がいい。
解決策はあるとして、なぜ?
なぜ忘れ物をするのか。

なぜ忘れるのか。

大切な物を忘れてしまう事は、どんなに不安な事か。

小さな忘れ物を思い出して取りに戻れたのだから、認知症の記憶障害とは違う。
脳の老化と認知症は、違う。
やっぱり認知症は、病気です。
若年性認知症は脳神経性の難病だと思います。


私も、今年は65歳になります。
認知症が発見されても「若年性認知症」ではありません。

忘れ物をするのは、怠惰な生活のせい。
「ボーっと生きてるんじゃないよ!」

「頭が疲れている」
なんて甘やかして休ませていたから。

甘やかしている( -_・)?



「認知症予防」だの「介護予防」だのと「予防」にばかり力をいれるのはなぜ?

「忘れたって大丈夫」


「認知症になっても大丈夫」
「介護が必要になっても大丈夫」

そう言えたらいいですね。


脳は不思議。
忘れ物をして考えました。

忘れ物、しないように気をつけます!


545.ブログ6周年です。

明けましておめでとうございます

ご挨拶が遅くなってしまいました。m(_ _)m

お陰様で、ブログ6周年になりました。

ほんとうに「お陰様で」です。
読んでいただきありがとうございます。

前頭側頭葉変性症、意味性認知症と診断され、特異な言動や貴重な経験を記録に残して置きたいと始めたブログでした。

続けられたのは、読んでくださる方がいらっしゃるからです。

コメントも励みになりました。

今、仲間がいることは、とても心強く思います。


久しぶりのブログ更新、何を書いていいやら。


と、やっと書いた文章が一瞬で消えるというヘマをやってしまいました。
(;´゚д゚`)

今年も
無理をせず、
ぼちぼちやっていこうと思います。

「自分を大切に」
と周囲からのアドバイスに答え
年末から新しい事に挑戦しています。
そのうちお知らせできるかもしれません。


新年は、娘一家5人と母と一緒に迎えました。

夫は、特養です。


今日、1月7日は新潟へ帰る母と途中下車して、温泉😌♨🍶一泊です。
ゆっくり温泉に入って美味しいお料理をいただきました。

明日、新潟の実家。
明後日、用事を済ませて帰ります。

新幹線は便利です。
プチ旅行を楽しんでいます。


10日は「前頭側頭葉変性症つくしの会」の新年会です。


今年も、どうぞよろしくお願いします。





544.「認知症鉄道事故裁判から考える家族介護と地域のあり方」

12月2日のフォーラムで、鉄道事故の遺族の高井さんの基調報告がありました。
「認知症鉄道事故裁判から考える家族介護と地域のあり方」
と題してシンポジウムもありました。

記録に残しておきたいと思いながら、まとめられないままになっていました。

JR東海の裁判は、とても他人事ではありませんでした。

「私達のために、頑張って闘ってくださってありがとうございます。」
と、直接御礼が言いたくて、出席しました。

力強い握手と笑顔をいただきました。


遺族長男である高井氏は、基調報告の前に
「皆さんのお陰でがんばることができました。ありがとうございます。」
とお話され深く頭を下げられました。
心のこもった言葉に感動しました。

認知症鉄道事故裁判
 閉じこめなければ、罪ですか?

読んで、ますますブログに書けないまま、でした。


今日の朝日新聞のフォーラムのページ
「認知症、前を向くために」
にも書かれているのを目にしました。

リスクに備える

認知症の人が起こした事故の被害者と加害者を救済する全国初の仕組みが神戸市で始まります。

認知症の人の事故や損害賠償に関心が深まったのは、愛知県で置きた事故がきっかけ。
JR東海は、列車ではねられた男性の家族に輸送費など約720万円の損害賠償を求めた。


「8年、介護期間より長い」と本にその経過が詳しく書かれています。


2016年の最高裁判決では、家族に賠償責任はないとしましたが、事情によっては責任を負う余地を残した。

公的補償について国は検討したものの「見送り」

神戸市議会は、「神戸モデル」と呼ばれる制度の実施を盛り込んだ「認知症の人にやさしいまちづくり」の条例改正案を可決。



民間の損害賠償保険や当事者のための保険も登場しています。



「事故があったら家族の責任」
と私も、夫をひとりで散歩に行かせていた頃ケアマネさん等に言われました。
かといって、登山をしたり長距離を歩く夫に毎日付き合う事は、とてもできませんでした。
車道を歩いたり、危険がいっぱいでした。


駅のホームから線路に降りて、保護された事もあります。
電車の発車を遅らせても、家族である私が責められることはありませんでした。
JR東海のように賠償請求されることもありませんでした。
同じJRでも違うらしいです。
(JR東海、リニアでお金が欲しかった?)

でも、とてもとても心配な毎日でした。
「1日が終わるとほっとする」
とブログを日記にして書いていました。

ほんとうに、良く無事だったと思います。


いろいろ振り返って思う事はあります。


夫は、ひとりで散歩していただけです。
「徘徊」ではないのです。
嬉しそうに、行って来た事を報告したり、
「明日、左の終点に行っちゃうからね」
と地図を見せて予告もしていました。
「どこへ行くの?」という言葉は理解できない。
行く場所の名前言えないのに、行きたい場所に行って帰って来るのです。
「立ち入り禁止」も理解できず突破していました。

心配な毎日でしたが、夫は、いきいきと暮らしていたと思います。


事故に合っても不思議ではありませんでした。

「閉じ込めなければ、罪ですか」



閉じ込める事は、許されるのでしょうか?





543. 特養のクリスマス会

12月18日(火)
音楽療法の時間に間に合うように特養へ行くと、夫の部屋のドアが閉まっていました。

ちょうど、オムツ交換が終わった所で、臭いが充満していました。

着替える様子。
外に面したドアを少し開けて、新鮮な空気を入れました。

男性の介護士さんは、慣れた手順で、夫を起こして車椅子へ「はい、立ちますよ」と軽々と移動させ、車椅子に座らせてから上の衣類を着替えさせました。
私は、少しシャツの端を引っ張ったり、手伝う気持ちはあっても、その必要もない程の手際良さでした。

「これを家でやっていたんだなぁ」
とは、その時は思いませんでした。
もう、そんな風には思わなくなっているのかもしれません。

髪の毛まで、櫛で整えていただきました。

「行って来ます」
と、私は車椅子を押して、隣のユニットでやる音楽療法へ行きました。

お元気な方が多い事に、いつも感心します。
少し古い昭和の歌を楽しそうに歌っています。
夫は「北国の春」には少し反応したようです。
一番反応したのは「○○さん、こんにちは」と先生が、にこやかに話しかけられた時でした。
「そんなに嬉しいの?」
というくらいのクシャクシャの感動の顔です。

「また来週お会いしましょう」
と最後の挨拶は、
「なんだ、もう終わり?」というような不満顔?
そういう感じの表情です。

少しいつもより長い時間だと思ったら、ランチがクリスマスバイキングのようなご馳走で、パーティーの準備を待っていたようです。

テーブルクロスもお部屋もクリスマスモードでした。

以前の大食いの夫なら喜んで食べるのですが、胃ろうの夫は参加できません。

雰囲気だけ楽しんで、いつものように少し散歩に出ました。

音楽療法の先生は、会食のBGMに電子ピアノでクリスマスソングを弾いていました。

写真撮影をしていて、夫もサンタクロースの赤い帽子を被って撮ってもらいました。


胃ろう栄養のため、お部屋にいると
賑やかにカラオケなども楽しんでいる声が聞こえました。


夫が気持ち良さそうに、お昼寝に入る頃、
「○○さん、どうぞ」と一足早いプレゼントが届けられました。
ダンボールを赤い紙で装飾して、ソリのようにしてプレゼントが入っていたようです。
大勢のスタッフにちょっとビックリ。

夫は眠そうにしていました。
眠そうな顔の夫とプレゼントの記念写真を撮って別のお部屋へ行かれました。
夫には「なんの事やら」半分夢の中です。


そこから目が覚めたようでしたので、もう少しマシな写真を撮ってもらおうとカメラマンを探したのですが、消えていました。

ホールでは、皆さんそれぞれプレゼントをいただいて開けて見たり閉まったりしているところでした。

カラオケのリモコンも一緒に袋に入れたり、他の方のも持とうとしたり、で、ちょっとトラブルもあったような?
お元気な方は、それなりに難しそう。
自分のプレゼントを持って行かれそうになって不機嫌な方は、今にも爆発しそうな気配でした。



他の方との接触を避けて、お部屋でお食事してパーティーにも顔を見せない方もいました。

以前から食べてもむせて吸引をしていた方は、お部屋のベッドでスタッフが付き添われていました。
最近、頻繁に看護師さんが見られ、少し心配です。

いろいろな方の様子を目にしますが
「この特養に入って良かったですね」
と言いたいです。


夫のプレゼントは、小さめのクッションでした。
夫にピッタリ。
スタッフ(サンタさん?)は、一人一人にプレゼントをいろいろ用意されたようです。

有難いです。





542.誕生日

12月4日(火)
夫の誕生日。
71歳になりました。
記録に残して置きたいと思います。

もう10日も過ぎてしまいました。
今日は夫の姉上様のお誕生日。
当然、夫より年上です。
まだまだ若い!


夫は71歳になりました。
71歳です。

61歳で『前頭側頭葉変性症』と診断されて10年です。

70歳で特養入所。


12月4日、特養に面会に行くと、受付で
「お誕生日おめでとうございます。」
と声をかけられ、びっくりしました。
「まあ、ありがとうございます。嬉しいです。」
と、喜びました。


いつも、言葉の少ないケアマネさん。
「後で、お部屋に伺います。」
と、本当に、後でお部屋に顔を見せてくださって、
夫に直接「お誕生日おめでとうございます。」と声をかけてくださいました。

「誕生日」の言葉も意味もわからなくなった夫ですが、
じぃっと、目線を合わせて見ていました。


私は「Happy Birthday」の歌をプレゼントしました!

ちょっと、恥ずかしいし、迷ったけれで、
やっぱり「今日でしょ!」と
1階ロビーのグランドピアノを弾いて、歌いました。

いつもより、夫をピアノの近くに引き寄せて並ぶように座らせて、
誰もいない時を見計らって、歌いました。

夫は、喜んでくれた
と思います。

いつもより、大げさな泣き笑いの顔。
大きく口を開けて、声も出そうなくらい。
涙ぐんで、目は赤くなって、泣きそう。

ヨーシッ!大成功!

良かったです。

本当は、音楽療法の日でしたので、その時に、と思っていたのですが、
残念ながら、先生が風邪を引かれてお休みでした。

翌週の音楽療法で、もう1回歌う事になりました。
2回目も夫は喜んでくれました。


受付で「おめでとうございます」と言っていただけたことと、
歌った事以外は、たぶん普通の1日だったような気がします。


そうでした。
12月4日は、暖かい日でした。
寒くなる前の暖かい日。
公園で写真を撮りました。

記録に残して置きたいと思ったのでした。

541.「認知症になってもだいじょうぶ!そんな社会を創っていこうよ」

私は認知症ですと言えるくにたちをめざして
第7回 国立市認知症の日

黄色い銀杏が綺麗なのを眺めながら、イベント会場の一橋大学へ行ってきました。

大勢のスタッフや「国立市認知症の日」の「のぼり」に国立市の熱心さを感じ驚きました。

「認知症になってもだいじょうぶ!そんな社会を創っていこうよ」
は、プログラムの中のひとつ。
認知症本人の藤田和子さんと認知症支援者永田久美子さんの対談形式で、日本認知症本人ワーキンググループの「認知症とともに生きる希望宣言」を藤田さんからお話していただきました。

藤田さんにお会いしたのは、初めてでした。
予想通り、とても前向きな方でした。
「元気そうに見えますが、舞台に出るまで不安でした。」と仰ったり、最後のシンポジウムでは少しお疲れになられた様子が見られました。

「認知症とともに生きる希望宣言」には、とても勇気をもらいました。
5項目を抜粋します。
 1、自分自身がとらわれている常識の殻を破り、
      前を向いて生きていきます。
 2、自分の力を活かして、大切にしたい暮らしを続け、
    社会の一員として、楽しみながらチャレンジしていきます。
 3、私たち本人同士が、出会い、つながり、
     生きる力をわきあ立たせ、元気に暮らしていきます。
 4、自分の思いや希望を伝えながら、
     味方になってくれる人たちを、身近なまちで見つけ、
          一緒に歩んでいきます。
 5、認知症とともに生きている体験や工夫を活かし、
     暮らしやすいわがまちを一緒につくっていきます。

こうして、書き出すと、藤田さんの声がや姿が浮かびます。
「やっぱり、すごいなぁ」と思います。
私も希望を持って暮らしていこうと思います。

新しいことにチャレンジする一歩が踏み出せました。
そのお話は、また後で書けるようにしたいです。



今回、参加したのは、藤田さんのお話を直接聞きたかったこと、ともうひとつ。


もうひとつのプログラム

基調報告
「認知症鉄道事故裁判から考える家族介護と地域のあり方」
JR東海の事故の遺族高井さん

介護する家族にとって、とても他人事ではなく、ぜひお話を伺いたいと思っていました。

鉄道事故裁判については、次のテーマにして残したいと思います。

読みたいと思っていた「認知症鉄道事故裁判」の本もサイン入りで割安で購入できました。
高井さんと一言お話して握手もできました。



思いがけず、若年性認知症関係の仲間にも会って、お話できたのも嬉しかったです。

今回はここまで。

540.絵本「ありがとさん♪」

絵本『ありがとさん♪』の紹介です。
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こんのひとみ作
いもとようこ絵
  金の星社

夫の特養の看護師さんから聞いて、欲しいと思っていました。
やっと手に入れました。

看護師さんは、以前は他の老人福祉施設で働いていたのだそうです。
この絵本は「実話」を元に作られたお話なのだそうです。

『誰にでも優しくて、怒っている人の話を根気良く聞いたり、泣いている人を慰めたり、静かなおばあさんがいたのだそうです。おばあさんは、身寄りがなくて、誰も面会に来る事はなかったそうです。静かに息を引き取った時、職員もみんなで歌を歌って送ったのだそうです。その時、インコが「ありがとう」とおばあさんの声で言ったのをみんなが聞いた。』
というような、ほんとうにあった話を作家に手紙で送る機会があったのだそうです。

絵本では、ねこばあちゃんになっています。
5人のおじいちゃんおばあちゃんが小さなお家で仲良く助け合って暮らしています。
鳥は九官鳥です。


こどもの絵本にしては急に
「しずかに てんごくへ いってしまいました」
に、びっくりしてしまうかもしれません。


絵本の赤い帯には
大切な人との時間、大切にできていますか?
いま、言おう いま、伝えよう「ありがとう」「だいすきだよ」「よくできたね」

とあります。

くまじいちゃんもうさぎばあちゃんもかわうそじいちゃんもきつねばあちゃんも、ねこばあちゃんが亡くなって、「ねこばあちゃんの話を聞いてあげてなかった。ごめんなさい。」と泣くのです。
後悔したのでしょうね。
でも、「ありがとさん、思い出してくれてありがとさん」とねこばあちゃんが言っているように九官鳥が声を出したのです。

ねこばあちゃんは、幸せだったのだと思います。


絵本の紹介をしてくださった看護師さんに会ったら感想と「ありがとう」を言おうと思っています。

539. 彩星の会へ

11月25日、奇数月の第4日曜日
若年性認知症家族会 彩星の会の定例会に行ってきました。

今回は、若年性認知症当事者の方が前に出て、代表の方の質問に答えながらお話されました。

ご自分の姿をこれからもずっと見ていて欲しいと、ビデオ撮影もリクエストされたそうです。

明るくユーモアを交えて、お話されました。

現在、休職中とのことですが、機転の効く話し方をされ、まだまだ仕事ができるように思いました。

認知症と診断されても、こうしてお話ができる方もいらっしゃる。
言葉で表現できなくなった多くの若年性認知症の人分も大いに発言していただきたい、と伝えました。

トークの後の懇談は、自然にテーブル毎のグループができて、そのまま続けられました。
いつもながら、安心して聞いたり、話したり、仲間といる居心地の良さを感じる時間です。

二次会は、韓国料理のお店で30数名の参加でした。
食べながら、飲みながらの懇親会。
今回は、のんた2号さんと同じテーブルでお話できました。
何をお話したか、よく覚えていません。
楽しい時間でした。


三次会のカラオケは、当事者夫婦3組を含め15名。

流れに乗ったまま楽しい時間は過ぎて、最後は挨拶もそこそこに大急ぎで帰ってきました。

同じ駅まで、えいさんが一緒ですので安心です。

家では、愛犬が眠そうにやっと起き上がって迎えてくれました。

538. 4年前

11月23日

3番目孫の誕生日です。

4年前のこの日、初めて
「若年性認知症家族の会 彩星の会」に参加しました。

孫の誕生は電車の中で知りました。
驚くほどの安産でした。

夫は?

夫は4年前10月29日から精神病院へ入院中でした。

夫が入院して、やっと、彩星の会にも出席できました。
Yさんと初めてお会いしたのもこの日です。

あれから4年。

孫は、4歳です。
普通のやんちゃ坊主に成長しています。
来年はお兄ちゃんになる予定です。

夫は、精神病院に約1年1ヶ月、在宅で約2年2ヶ月、特養入所して9ヶ月になります。

4年。



4年です。



孫のお誕生日のプレゼントを買いに行った帰りに夫の所へ行ってきました。


歯が、また1本無くなってしまいました。
ぐらぐらしていたのですが、歯科衛生士さんが見た時、無かったそうです。

一昨日、私が口腔ケアをした時は、ありました。


根元から折れたのか、根っこは残っています。

看護師さんから報告がありました。

歯科医の先生には歯科衛生士さんから連絡が行くそうです。

たぶん、このまま様子を見ることになると思います。


夫は、平気な顔でタオルを口に入れていました。


他にもぐらついている歯があります。

治療は難しいようです。

歯は、どこへ行ったのか、飲み込めないはずですし、不思議です。



537.特養の学習会「看取りを考える」

11月21日(水)
夫の特養で、家族向けの「看取りについて」の学習会がありました。

「天寿の会」という多職種の職員で作っている「看取り」を考える会があるのだそうです。

特養で「看取りをする」という話は、入所の時に聞いていました。


「看取り」のために、家族の希望や同意が必要になることから、そのための学習会開催となったそうです。

私も「夫の最期」を考えていたので、まるで私のための学習会のように思い、前から参加を決めていました。


介護士の代表の方、堂々とお話されました。
「看取り」のお話は、実例も多数あげられ、わかりやすかったです。
医療の部分は看護師の方が説明されました。

『看取り』とは

近い将来、死が避けられないと医師に診断された人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和、軽減するとともに

人間の最期まで尊厳ある生活を支援すること。


『尊厳』とは
*人間が人間らしくあること。

☆「看取り」とターミナルの違い

☆看取り支援の実例
  ・亡くなる数日前から泊り込み一緒に過ごす。
  ・亡くなる当日、愛犬と過ごした。
  ・お墓参りに行った。
  ・食べられなくなっても、好物を口に入れて味わった。
  ・最期に大好きなサイダーを飲んで亡くなった。等‥


約30分の短い時間でしたが、とても良いお話を聞くことができました。

「最期までその人らしく」というお話や
「迷って悩むと思う。悩んで決めたことは正しいと思う。」というお話に、
感動しました。

残念なのは、参加された家族が少なかったことです。
同じ内容を土曜日に、もう1回するそうです。
ぜひ、聞いていただきたいと思いました。


入所したばかりの頃、救急搬送される所に遭遇してびっくりしましたが、
「看取り支援中に救急搬送される事はない」とわかりました。
しっかりと希望を伝える必要があることもわかりました。



限られた時間でしたが、終わってエレベーターを待ちながら、参加されていた方とお話できたのも良かったです。
ゆっくりお話したいと思いました。


夫は、入浴後だったからか、この季節のためか、体が痒いようです。

お腹、肩に手が行き、掻いて赤くなっている、と胃ろう吸入に来た看護師さんが見ているところでした。

後で、車椅子に乗せると、頭にも脂漏性湿疹のようにガサガサができているのが目につきました。
ちょうど、ユニットへ戻る途中、看護師さんにお会いしたので、お話してすぐ薬を塗ってもらいました。

乾燥するので、湿疹も出るようです。


1階のエントランスにグランドピアノが置いてあって、自由に弾けます。
寄付された物だそうです。

時々、私も弾いて夫に刺激を与えています。
喜んでいるのか、音にびっくりするのか、大きな音になると声を出して泣き顔をしていました。
「よしよし、これでヨシ!」

上手く弾けるわけでもなく、音を出しているだけですが、散歩に行かれない時の「お楽しみ」のひとつになってきました。



536.多摩の紅葉

久しぶりに友人と奥多摩方面へ行ってきました。
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夫と何回も行った所です。

青梅線、沢井駅近く。

澤の井は、残念ながら定休日でした。

車を駐車場に置かせていただいて、遊歩道を少し歩きました。
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紅葉は、いまひとつ、というところ。
でも、綺麗です。
途中で、白い山茶花の花が咲いている所がありました。
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皇帝ダリアも咲いていました。
柚子もたくさん見事に実っていました。

少し歩いて、ちょうど橋を渡ると、奥多摩方面から電車が走ってくるのが見えました。
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もう少し歩いても良かったのですが「温泉に入る」という予定があったので、橋を渡って川の反対側を歩いて戻りました。
大きな岩を抱くように木の根が張って、太古の昔を連想させる姿でした。
氷河地形、海の底だった様子がわかるような大きな岩がたくさん見られました。

川の水は、綺麗に澄んでいました。

友人は「初めて歩いた」と喜んでくれました。


次の目的地の温泉までは、峠を越えて行きます。

途中には、あの日米首脳会談の「日の出山荘」もある山道です。

集落が見えるころ、「つるつる温泉入り口」の標識が目に入りました。

目的地は「瀬音の湯」でしたが、急遽変更!
「つるつる温泉行って見よう!」
とすぐ予定変更です。

お肌が「つるつる」になる温泉でした。

少し車を走らせると「ここが東京?」というような自然豊かな場所が近くにあります。
そこに、特養や病院も多く目に入ります。
景色の良い場所ですが、遠くから通うのは大変だと思います。


友人とゆっくり温泉に入って、帰りはなんと早いこと。
同じ道でも、帰りは早く感じます。


温泉、また行きたいです。








535.3度目の胃ろう交換・定期受診

夫は、2017年(平成29年)4月から胃ろうにしました。
もう、ずいぶん前からのような気がします。

半年毎の胃ろうチューブの交換があります。

病院から退院して、在宅診療の先生の紹介で市内の病院で交換していただいてから、同じ病院です。

今回で3回目。

特養に入所してから2回目になります。

「もう、半年?」

早いです。

在宅診療の時は、交換の日、直接病院へ行ってすぐでした。

特養に入ってからは、交換の前、1週間前に受診をしてからの交換になりました。

これは、特養だからではなく、そういうシステムに変わったのだそうです。
よくわかりませんが、2回病院へ連れて行くことになります。

しかも、交換の日が水曜日と決まっているようです。

11月7日に受診。
14日に胃ろう交換でした。

どちらも、特養から送迎の車は出していただけますが、付き添いは家族です。

送迎していただけるだけでも助かります。

どちらも、難病医療費の助成で、月の限度額5000円をすでに超えていたので会計は、無料でした。

胃ろうの交換は、すぐに終わりました。
今までと同じタイプの物です。
次からは、もう少し交換の時に負担の少ない物に変えるそうです。

交換は簡単に終わるのですが、多少出血があるのです。
夫は、特に苦痛の表情ではありませんでした。

無事終わりました。

翌日、15日は神経内科受診。
夫は、声をかけられて泣き笑いの顔でした。
「喜んでいます」と説明しました。
ずっとタオルをしゃぶっていたので、「あら、あなたも?」といわれました。
右手が固くなっていること、口からは食べていないこと、吸引しなくても良い状態なこと、熱も出していないこと、など報告して終わりです。

難病医療費の更新など、手続きが必要なので、次の受診は5月になりました。

ちょうど、前頭側頭葉変性症つくしの会のえいさんが夫の次の診察でした。

私が車を駐車場から出して正面に持ってくる間、えいさんに夫の車椅子を押して待っていていただいて助かりました。
いつもは、ヘルプ職員の方を探して夫を見ていていただくのです。

なぜか、障害手帳で無料になるよう打刻されたはずの駐車料金が、出口の機械に「百円です」と言われて、用意していなかったので焦ってしまいました。
百円でした。
えいさんに「いいけど、なんで?」と愚痴って終わりです。
次からしっかり確認します。

えいさんは無料だったそうです。


夫は、車椅子のまま車に乗って、周囲を良く見ていました。
少しスピードを出すと、嬉しいのか怖いのか、「うひひひぃ~」という笑い声が出ました。

534.口腔ケアの日は?

毎週土曜日11時30分から、歯科衛生士さんの口腔ケア
と予定に入れていました。

なるべく一緒にいて、「あーんして」とか、手をちょっと押さえたり、とかお手伝いしたいと思っています。

ところが、先週、今週と、土曜日ではなかったようです。

その前の週は、歯科衛生士さんの都合で日曜日に変更になって、残念ながら私は新潟へ行って、面会には行かれませんでした。

というわけで、3週間歯科衛生士さんにお会いしていません。

先週は、「あ、金曜日に来ました。」とスタッフに言われました。

今日は、「さあ?来てないと思います。」
「今日の予定はありません。」
というのです。

「次はいつですか?」
と調べていただいても予定が入っていないようです。
医務室に行って聞いて見ました。

「2日と5日に来ていますね。」
つまり、金曜日と今週月曜日です。

わかりました。
では、次の予定は?

調べていただいたのですが、予定がまだ届いていないらしく書類ではわかりませんでした。
「わかったらお知らせしましょうか?」
と聞かれました。

私は、どうしても予定が知りたいわけでもないし、予定を聞いても来れない日もあるので、「スタッフに聞きますのでいいです。」と答えてしまいました。

予定が決まれば、介護スタッフに連絡があると思ったからです。

聞いて調べていただいたのですから、伝わったと思っています。


来週の土曜日は、行かれないので、口腔ケアの日の変更があるか、その前に聞こうと思っています。

夫は、変わりありません。

医務室へ行く時も、車椅子で一緒です。

いつものように、公園を一回り散歩しました。

公園で遊ぶ子どもの方を見ていました。

ユニットへ戻るとトイレの時間です。
女性スタッフひとりだったので、一緒にお手伝いしました。

夫は、トイレが好きではないのか、立ったり座ったりが嫌なのか、眉間にシワを寄せていました。

533.有料道路障害者割引継続

有料道路ETC割引の有効期限更新の手続きをして
今日、「登録完了」の案内がきました。

特養に入所して住所変更をしましたが、特に問題ないようです。

ETC割引有効期限が、2年後、2020年の夫の誕生日に更新されました。

はたして、利用できるのか?

有料道路が半額です。

身体障害者手帳2級があるからです。



ここでも精神障害者福祉手帳は、使えません。

身体障害、知的障害に比べて精神障害は、優遇されません。

東京都では、来年1月から医療費助成を精神障害1級にも拡大しました。

やっと、です。


精神障害2級で、毎日のようにドライブをしても私の自治体ではガソリン代の補助もありませんでした。

自治体によりますが、私の自治体では、身体障害手帳を取得してから、やっとガソリン代も補助になり、特養に入所すると解除になりました。

利用できる制度が身体障害の方が多く、手続きも簡単。
身体障害者手帳は更新の必要もありません。


精神障害2級の頃、たとえ僅かでも「割引」とか「手当」とかあったら、「応援してもらえている」と気持ちで少し楽になっていたかもしれません。


有料道路の障害者割引、有り難いけれど、重度になってしまった今、複雑な心境です。








532.自慢の車 福祉車両

小規模多機能の施設長Sさんから電話がありました。
特養に入所するまで2年間お世話になった小規模多機能のSさんの所へ、落ち着いたらご挨拶に、と思いながらも月日が経っていました。
気持ちが通じたように思いました。

用件は、私の車を利用者のご家族に見せていただけないか、ということでした。

「行きましょうか?行きたいです。」
とお話すると「嬉しいなぁ」と言っていただけましたが、
「これからご家族の送迎の途中で、見せていただけますか」
「いいですよ」

「15分後に伺います」

ということになりました。

久しぶりに、Sさんにお会いできるのでソワソワしてしまいました。

車を見やすいように、出して、外に出て待っていました。


必要な方に見ていただけるのは、嬉しいことです。


小規模多機能の車で施設長さんとスタッフが、もう1台でご夫婦が見えました。


早速、車の操作をして、得意になって説明しました。

電動式ではないけれど、スロープの傾斜は緩やかなので問題ないこと、手順は、説明書を見ながら覚えたこと、座席は車椅子を使わない時5人乗りになること、など。


短時間でしたが、お役に立てて嬉しかったです。

「実際に使っている車を見せていただいて助かりました。ありがとうございます。」とお礼を言われました。



自慢の車です。



531. 新潟へ & 担当者会議

10月29日の母の通院日に合わせて、27日(土)から30日まで新潟の実家へ行ってきました。
もう少し長く居る予定でしたが、31日に特養のサービス担当者会議があると特養のケアマネさんから数日前になって電話がありました。

いつも事務所にいらして、面会の時顔を合わせているのに、急に言われて「え、予定が入ってますよ。もう少し早くお知らせいただかないと😡」と困ってしまいました。

母の通院は29日、合わせて30日に母のケアマネさんと11月のケアプランの話があります。

偶然1日違いで31日はセーフ、空いていました。

31日なるべく遅い時間を希望して「3時から」にしていただきました。

新潟行きは、1ヶ月前からの予定。
11月の胃ろう交換の予定でさえ、もう少し前から「ご都合は?」と相談員さんに聞かれて相談をして決めていたのに、「なんで急に?」と思ってしまいました。

「日にちは変えられないのですね?」
「はい」
なんとも簡単なお答え。

1日違いだったからまだ良かったものの、同じ日だったらもっと困ります。

「すみませんでした」
と謝られて、終わりです。

面会で顔を合わせた時も頭を下げて謝られ、まぁ今回は許すことにしました。

でも、こうしてブログにぶちまけているのは、ほんとは許していないからなのかもしれません。


新潟行きはプチ旅行。
良い気分転換になりました。

庭の柿の枝を切って、「干し柿」を作るため、皮を向いて、紐を結んで、軒下にぶら下げました。
その作業を母と二人でしました。

庭にお花を植えるのも私の担当。
チューリップの球根を植えました。

病院の帰りにパンジーやガーデンシクラメンを買って来て、庭に植えました。

庭に穴を掘ったり、畑用に耕し、種を撒いたり、良く働きました。

日本海側のお天気は、変わりやすく、曇りがち、時々小雨で中断しました。

夜は弟たちと鍋を食べました。

母も元気になって、ケアマネさんにヘルパーさんを週1回に減らしたい、とお願いしていました。

自費で借りていた介護ベッドも返却しました。

安心したので、30日の夕方に帰ることにしました。


一人旅を楽しむためです。
31日に、午後担当者会議では落ち着きません。
「新幹線でビール」がささやかな楽しみのひとつなのです。

もうひとつの理由は、新幹線からの乗り換えです。
大宮から中央線へ直行する「むさしの号」に乗るためです。
とても珍しい線です。
国鉄時代の貨物線だったとか、地下にも潜ります。

大宮始発ですので、座って帰って来ることができました。


3拍4日の旅。
年老いた愛犬が、ゆっくりした動作で喜んで迎えてくれました。
翌朝、犬の世話をしに来た孫が、「あ、おばあちゃん帰ってたの?」と大喜びしてくれました。

さて、
担当者会議。

入所して2回目です。

今回は施設長さんも出席されメモを取っていました。
中学生が職業体験で、隅の方の椅子に2人座っていて、始まる前にお話がありましたので承諾しました。

会議は、ケアマネさんの進行で、ケアプランに基づく説明、看護師、介護士、管理栄養士、作業療法士、最後に家族からの話、で、家族のサインをして終わり、でした。

日頃の夫の様子を、それぞれの立場から聞く事ができ良かったと思います。

私は「右手が固くなってきているので、マッサージをして欲しい」とお話しました。
トイレに座らせていただいたり、着替えを毎日してくださっていることなど感謝の気持ちもお伝えしました。



夫を車椅子に乗せて、1階フロアーに居るとOTさんが来られ、マッサージのお話をしました。

夫は「なんだよ~( ̄□ ̄;)!!」という感じ。
最近、元気なので、微妙な表情は、ことば以上の意思表示です。
若い男性と私が話すのがお気に召さないらしい。
笑ってしまいました。

そもそも、新潟へ行って久しぶりだったので不機嫌でした。


安心して実家へも行かれるので、特養は有り難いです。


530.マル障の申請

東京都の条例改正(平成30年3月)により、
心身障害者医療費助成制度(マル障)の対象が拡大され、
「精神障害者保健福祉手帳1級」も対象に追加されました。

平成31年1月1日から適用開始

30年11月1日から、事前申請受付開始

マル障制度は、65歳以上で重度障害になった場合は対象外でしたが、今回は制度改正時の特例として平成31年6月までは、65歳を超えていても申請を受け付けています。


案内が東京都福祉保健局から6月に届いていました。
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どうして東京都が身体障害や知的障害だけに医療費助成をして、同じ重度障害の精神障害をマル障の対象にしないのか、ずっと疑問、不満に思っていましたので、この条例改正は待ち望んでいたことです。

医療費の窓口負担が1割
住民税非課税の場合、窓口負担なし

後期高齢医療制度の障害特例で、1割負担は同じですが、
住民税非課税になると、窓口負担がありません。

夫も住民税は非課税になっていると思います。

そうそう、
「NHKの受信料免除」
自宅の住所のままで、当時課税世帯だったので半額免除を申請してそのままになっていました。
すぐ半額免除になって、2月に夫は特養入所。

何も手続きをしなかったら、通知がきました。
「免除対象となっていないことがわかりましたので全額お納めください。」
と、だいたいそのような内容でした。
3月に遡って、引き落とされます。
夫の口座からですけどね。


申請手続きは、黙っていては誰にもやってもらえません。

11月1日を待って、申請してきました。

窓口は、とても親切丁寧でしたが、忙しそうでした。

書類を、その場で2枚記入して、手帳と保険証のコピーを取って終わりです。


特養に預けてあった「保険証」を返しに行くと
「早かったですね。」
と言われました。

特養が近くて良かった、と思いました。

通った精神病院2ヶ所よりも、老健よりも、小規模多機能よりも近いです。

毎回、「近くて良かった」と思いながら通っています。

手続きの後、夫の所へ。
ホールの食卓ではない、小さなテーブルの前で、車椅子に座っていました。

「あら、今日は調子良さそうね。」
しっかり目を合わせてくれました。
前日は、新潟へ行っていて久しぶりだったせいか表情が固かったのです。

真っ青な秋の空を外に見に行きました。
白い雲が流れていました。

「お帰りなさい」とバッタリ会った事務の女性に声をかけられると
嬉しそうに笑いました。
泣きそうな顔なので、
「あら~そんな~泣かないで~」といわれてしまいました。

「いえ、喜んでいるのです。好みの女性に会うと笑います。男性には目を合わせないんですよ。」
とお話すると、また良い笑顔を夫に向けて話しかけてくださいました。

「もお~しっかり見ちゃって~」
夫が元気な証拠です。

529.もの忘れと認知症

最近、もの忘れが多くなったと自覚しています。

先日、出かけようとして、車に乗ってから携帯電話を忘れたことに気がつきました。
そこまでは、誰にでもあることかもしれません。

車のエンジンを止めて、カバンから家の鍵を出して、もう1度鍵を開けなければなりません。
靴も脱がなくてはなりません。
夫が忘れ物を取りに土足で家に入った事を思い出しました。
靴を脱ぐのも履くのも面倒!

と思いながら、家に入って携帯電話電話を手に持ちました。

「あれ? 鍵がない」
持っているはずの鍵がないのです。

無意識に置いてしまうこともあるかもしれません。

でも、置いた場所を思い出せないのです。

どうしても、鍵が出て来なくて、置いた記憶もなくて、「私もいよいよ記憶障害か」と焦ってしまいました。

「車の中?鍵は?かけなかった?」

と、玄関に戻ると、なんと鍵穴に鍵が入ったままでした。

全然、その記憶がありませんでした。

鍵はあったのですから、もの忘れもまだ軽度なのかもしれません。

人の名前もすぐ出て来なくなりました。

加齢による能力の自然な衰えなのか、ストレスによるものなのか、アルコールのためなのか?

こうして、少しずつ、じわりじわりと、長い時間をかけて脳の萎縮は進んで行くのかもしれません。

私も来年65歳になります。

軽度認知障害か認知症予備軍であっても若年性認知症とは違います。

じわじわと進んで高齢になって受診して診断される「認知症」と若年発症の「若年性認知症」は病気の深刻さが大きく違うように思います。
「難病」だと思います。
予防できないと思います。


でも、じわじわと進む脳の老化は防ぎたい!
自分の「もの忘れ」が気になると、高齢者の認知症予防の話に関心が集まるのもわかるようになってきました。

認知症になるのが、まるで悪いことのように認知症予防にばかり力をいれるより、認知症になっても安心して暮らせる社会になって欲しいと思っていることに変わりはありません。

でも、「あれ?ほんとに認知症予備軍?」かと思うと「予防」も必要かと思うようになりました。
「予防」しようと思ってもできませんが、普通に健康には気をつけたいと思います。

社会との繫がりを持って、楽しく暮らすため、今日は友人とランチをしました。

夫の所へ行くと、便が出ていないというのでお腹のマッサージをしました。
すぐに効果があったのか、出る気配があったのでトイレへ連れて行き、スタッフに手伝ってもらって座らせました。
「このごろ立位が不安定になっています」とのこと。
「しっかり立ってぇ」と立たせ、便器に座らせました。

便が出るまで付き合って、いろいろ介助したからか、夫はちょっと不機嫌でこの後私の顔を見ようとしませんでした

528. 特養のコンサート

夫の特養では、毎月コンサートがあります。
今月は、22日午後2時からでした。

音楽療法の先生とお友だちの3人グループで演奏活動をしています。
イタリア語のグループ名は、何度聞いても覚えられません。
ビブラホン、フルート、ティナーサックスで、今回は秋の曲も多く演奏されました。

2時に間に合うように夫の部屋に行くと、ぐっすり眠っているようでした。
「おはようー」と声をかけるとすぐ目を覚ましました。

スタッフが部屋に来て車椅子に乗せてくれました。

1階の「つどいの間」
いつもは、後ろの方の席ですが、今回は早かったので前の方に座りました。

夫はタオルを口に入れていました。
演奏が始まると、いつもの泣きそうな顔で口を開けて感動しているような声を出していました。
ずっとではなく、心に響く音があるようでした。
大きな音なのか、メロディなのか、法則がわかりませんでしたが、反応がありました。
夫の他にも、涙ぐんでいらっしゃる方がいました。
毎月、生の演奏が聴かれるのは素晴らしい事です。

10月のお誕生日の方の紹介とハッピーバースデーの歌もありました。

アンコールもあって、1時間以上楽しい時間でした。

終了後は、お部屋に戻る混雑を避けて、外へ散歩に行きました。

秋晴れでした。

527. コスモスの丘

10月16日(火)
昭和記念公園へ行ってきました。
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夫の姉夫婦が来てくださったので思い切って出かけてみました。

「コスモスが満開」と新聞にも載っていました。
気候も良くなったので、近いうちに行こうと思っていました。

音楽療法の日でしたので、終わってからの出発です。

お昼の胃ろう注入を夜にしてもらえるよう2階の看護室にお願いに行きました。
「いいですねぇ」といわれました。

夫の排泄時間をスタッフに聞き、トイレでパッド交換だけしました。
いつもは、座らせるのですが省略です。
これで、オッケー!


車椅子のまま車に乗せて、自宅前でお姉さん夫婦と合流。


昭和記念公園は、手帳で駐車料金も入場料も無料です。
コスモスの花の丘は、砂川口から歩いて数分のところです。

お兄さんに車椅子を押していただいて、コスモスの丘の坂道を歩きました。
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夫は、バスタオルを口に入れていました。

コスモスが綺麗に咲いていました。

夫は、お花には興味なさそう。
ずっと車椅子では、心地悪かったのか、少し歩きたかったのか足をそっと降ろそうとしていました。
時々、立たせて座り直してもらいました。

お天気も良かったので平日でも人が大勢来ていて、大きなカメラで写真を撮っている人も沢山いました。

コスモスの丘をゆっくり歩いて満開のコスモスを満喫しました。
夫は、散歩もあまり喜ばなくなってしまったように見えますが何かは感じたと思います。


こもれびの里を通って、砂川口の休憩所で一休みしました。

夫は、お姉さんに足をマッサージしてもらって気持ち良さそうにしていました。


良い一日でした。





526. 音楽療法 ドライブ ETC割引更新

毎週火曜日は午前中に音楽療法があります。
時間に合わせて夫の所へ行くと、まだベッドで気持ち良さそうに寝ていました。

「おはよう!」と声をかけて起こしていると、男性スタッフが来て「そろそろ起きましょうか」とベッドから体を起こしてくれました。
「この時間、眠いみたいですね。家でもそうでした。夜も良く寝ているからいいですけど」と話すと「夜、あまり寝てないです。」とさらりと静かに言うのでびっくり。
「あら、寝てないの?じゃ、昼は起こしておいた方がいいですね。」と話しました。
一日生活を特養のリズムで上手く過ごしていると思っていたので、「夜、3時間くらい」と聞いてびっくりです。
さらりと普通に仰るので、そんなに困ったことでもないのか、たまたまなのか、ほんとなのか?

だからといって、どうすることもできないけど、少し気になってしまいました。

眠りが浅いのかもしれません。
たまたま見回りの時、ぱっちり目が開いていたとか?

深く追及せず、起こして車椅子に乗せてもらって、音楽療法をしている隣のユニットへ行きました。

2つのユニット合同で「音楽療法」です。
電子ピアノの伴奏に合わせて、順番にマイクを持って歌っていました。

夫は、先生の動きを目で追っていました。
何の曲か忘れてしまいましたが、夫が反応して笑うように顔をくずした曲が何曲かありました。
あまり知らない古い曲等はつまらなそうにしているので、わかっているのかもしれません。
私は、夫の右手が硬くなってきたのが気になるので、マッサージをしたり、手の指を広げさせたり、と夫の横に座っていろいろ触れながら歌を楽しませていただきました。

終わる頃には、お昼になるので、ユニットに戻って、スタッフに断ってから散歩に出ました。
看護師さんにもちょうど会って「1時に帰って来ますが遅れるかもしれません」とお話すると「うん、いいよ、いいよ。」と言っていただき安心して出かけられました。
お昼の「胃ろう」の注入時間が1時頃なのです。

久しぶりに夫を車に乗せたい、と急に思いついて実行しました。
暑い夏は、とても車に乗せられませんでしたが、気候も良くなって気分転換にドライブです。

車椅子のまま乗せられるのですが、あまりにも久しぶりなので、乗せ方に手間取ってしまいました。
「遅れてもいい」といっても、やっぱり胃ろうの時間は気になります。

どこへ行こうかと迷って、車を走らせていると、時間もどんどん過ぎてしまいました。

次は、しっかり外出計画を立てて、胃ろう時間の調整や排泄の事も考えたいと思います。

夫は車に乗っているのが好きでしたが、どうだったでしょうか。
今回は無理をしないで、少しのドライブで良かったのかもしれません。
ずっと口に入れていたタオルは、びちょびちょになっていました。


「ただいまぁ」とユニットへ戻ると
「トイレ行きましょう!」とすぐトイレでした。

男性スタッフ二人で連れて行ってくれました。

唾液でシャツも濡らしたので、着替えもさせてくださっていました。


お部屋で待っていると、まぁ不機嫌な顔の夫が戻って来ました。
「なんて顔しているの。眉間にシワ寄せてぇ」
と言うと
「今、お通じが少しあったので、まだ残っているのかもしれません」
とのこと。

夫は、どうもトイレに座らせられるのが不満らしい。
「なんてことするんだよぉ」というように男性スタッフをガン見。
異動になって来たばかりのその男性スタッフを、ちょっと見下すような態度?
「やめてよ。ありがとうございます、でしょ?」
スタッフが笑いながら夫をベッドに寝かせてくださると、やっと夫も穏やかな顔になりました。

支えて立つのがやっとの夫を毎日トイレに連れて行き、便器に座らせてくださっていることに、とても感謝しています。
夫には、少し辛いリハビリになっているのかもしれません。

ベッドに寝かせてもらって安心したようです。

私も安心しました。



特養面会の帰りに、「障害福祉課」に寄りました。

「有料道路ETC障害者割引」の更新手続きのためです。

夫は、身体障害1種2級です。
そのため、本人の運転以外に介護者の運転で利用できる割引があります。

有料道路の料金が半額なります。

身体障害者手帳を取得した時「高速道路に乗るかもしれない」と手続きしました。
多くのクレジットカードを解約した中、奇跡的に、1枚のクレジットカードとETCカードが夫名義で残っていて無事手続きできました。

「2回目の誕生日まで」という有効期限があって2ヶ月前から更新手続きができる、と通知がきました。

必要な物、車検証、ETCカード、手帳、私の免許証等を持って窓口へ行き、申請書をいただき記入しました。

窓口で、確認して、手帳にスタンプを押してもらいました。

申請書にも役所のスタンプを押して貰い、封筒に入れて貰ったら、切手を貼って投函するだけです。

簡単でした!

でも、
簡単な手続きで良かったけれど、「使うかな?」と思ってしまいました。


夫を乗せて高速道路を走る時は半額になります。


精神障害でも割引にして欲しかったです。




525. 笑顔

夫の調子は、良さそうです。
笑顔が見られました💓
「笑顔」といっても、喜んでいる笑顔ではないかもしれません。
口を開けて顔をくしゃくしゃにして、泣きそうな顔です。

そう言えば、以前から怖くても嫌でも嬉しくても、この「笑顔」でした。

平常の顔でいられない時、崩れるのでしょう。

「ちょっと下へ行って来ま~す」
「はい、行ってらっしゃ~い」
と、その声に「へへへ~」という感じに笑いました。

ロビーで音楽療法の先生にお会いすると、じっと視線を向けていました。
「この間も反応が良さそうでしたよ」
と教えていただきました。
前回の音楽療法、私は友人とランチの約束で欠席でした。😅
「はい、なんか調子良さそうなんです。」
とお話すると、夫も笑っていました。

車椅子で外に出ると、通りの車の音に反応するのか、「匕匕匕匕」という感じに笑っていました。

横断歩道を渡ると公園です。
隣が図書館。
「図書カード、持ってきてないし」
と図書館の手前でうろうろしていると
「○○!」
と近寄って来られる方がいました。
何年ぶりかで、声をかけていただきました。
無視して通り過ぎることもできたでしょうに、ありがたいです。
以前同じ職場で働いていた方でした。

「夫です。」
と紹介して、目の前の特養に入った経緯をお話すると泣かれてしまいました。
「ご主人、幸せですね。」とも言われました。

夫は、じっと見ていましたが目を反らしました。
タオルは口に入れていました。

私達がお互いの近況報告や情報交換をしている間、つまらなそうにしていたようです。

公園を一周して特養に戻ると、施設長さんにお願いした「自動車税減免のための『一時帰宅証明』」ができていて相談員さんから渡されました。
すぐに書いていただけて良かったです。
有難いです。


少しの時間、外に出ただけなのに、私は蚊に刺されて「かゆい」とユニットに戻って騒ぐと、スタッフが「セロテープが効きますよ」と貼ってくれました。

確かに、痒みはなくなりました。
空気を遮断するからなのでしょう。
新発見でした。

夫の調子は良さそうですが、ユニットの誰よりも重度です。
首が硬くなって動きません。
目の動きも悪くなりました。
この症状は、PSPの特徴かとも思います。

ぎこちない笑顔も貴重です。

524. 夫 笑う

10月1日
台風一過。真夏のようなお天気。
夫の所へ行くのは、3日振り?

はてさて、反応は・・・

いつもより遅い時間、お昼の胃ろうが終わった頃に行ったからか、たまたまなのか、調子良さそうです。

「こんにちは~」とベッドの夫に声をかけると、笑ってくれました!
珍しいことです。

2日行かないと忘れてしまうのか、怒っているのか、「なんだよぉ」という顔になるのです。
酷い時は、視線がなかなか合いません。
少し時間が経つとやっとじ~っと見て私を認識するようです。
視線を合わせる時間でわかります。

この日は、すぐに「私」とわかったのか、しっかり視線を合わせて笑いました。
「こんにちは~」の声が大きかったのかもしれません。
大きな音に反応します。
どちらでも笑ってくれると嬉しい😃🎶

左手も動かして、ベッドの柵を握ろうとしました。

いつもより動きもいいようです。


ベッドから車椅子へ移乗。
ベッドの頭の部分を電動スイッチで持ち上げて、夫の肩に手を入れてグイっと体を起こします。同時に足を床に向けます。
少し座らせたいのですが、ひとりで座っていられません。
支えて少しの時間座ってもらいました。
「やだな~」という感じで夫は不満顔。
「早く車椅子に座らせて」というように、手が車椅子へ動きました。
なるべくしっかり立たせるようにして車椅子へ移乗しました。

口腔ケア。
先週は、5週目だったので土曜日の口腔ケアがありませんでした。
そのためか、口腔ケアをすると、口の中の汚れが酷く、小さな塊がいくつも出て来てびっくりしました。
夫は、タオルを口に入れて噛む「口唇傾向」があります。
タオルの繊維が歯につまっていました。
丁寧に口腔ケアをしました。

スタッフには他の話のついでに、「歯磨きはしていますか?」と聞いて見ました。
「朝晩2回しています。汚かったですか?」
と聞かれたので、状態をお話しました。
毎日磨いている形跡がないので聞いて見たかったのです。
誤嚥が心配なので毎日口腔ケアをしていただけるようお願いしました。


車椅子で散歩。
いつも、1階フロアーまで3階から降ります。
エレベーター前に「ロックしていますので近くの職員に声をかけてください」と貼り紙がありました。
元気だった頃の夫のように、帰りたがってエレベーターに乗ろうとする利用者さんがいるのでしょう。
でも平気!
適当に番号を入れたら開いてしまいました。
孫の保育園の入り口と同じやり方なので、暗証番号を入れてEをタッチすると解錠します。
あまりにも簡単な暗証番号にびっくりしてしまいました。
忙しいスタッフを呼ばなくても大丈夫です。


夫は、老健に入所していた時、1度ひとりでエレベーターに乗って下まで降りてしまったことがあります。
降りた所で見つかってしまったようです。

認知症対応のデイでは、エレベーター前で帰りたがって呼び出されました。

もう過去のことです。

特養でも入所したばかりで帰りたがる程お元気な方がいるのでしょう。
時々、貼り紙があります。

1階フロアーから外に出る時は、事務室に声をかけてドアを開けていただきます。
暑かったので、日陰を少し歩いただけで戻りました。

1階フロアーで寛いでいると、「こんにちは」と職員が何人か通りました。

「○○さん、こんにちは!」と夫に声をかけてくださる方もいました。

夫のユニットの元ユニットリーダーだった方が、「○○さん」と夫に声をかけると、じっと視線を合わせ「あ、わかったみたいです」と私が言うと夫は顔をゆがめて笑ったのです。😊😄😊🎶

その話を、夕方の胃ろうの看護師さんにすると「やっぱりわかっているのですね」と言っていました。
「今は、しっかり視線も合って調子良さそうです。お昼はこんなじゃなかったんですよ」といろいろお話してくださる男性看護師さんでした。

夕方の胃ろうは、看護師さんの勤務時間に合わせて17時くらいです。

「また来るね」と私も家へ帰りました。

523. 自動車税減免の更新手続き

10月になりました。
台風24号は、予報通りの強風と雨。

彩星の会も講演会中止の連絡が前日入りました。
雨も降っていなかったので、急遽行って来ました。

若年性認知症家族会「彩星の会」
この介護仲間に会うのは楽しみです。
電車が止まる前に早めに帰宅しました。



ブログの更新をしないまま、書かないまま10月になりました。

「自動車税減免の更新手続きについて」
という書類が届きました。
書いておきます。


精神障害者保健福祉手帳1級で自立支援医療受給証があると自動車税の減免が受けられますが、私は、申請の時期を逃し、夫が「身体障害者手帳」を取得した日に窓口で強く進められて、その足で減免手続きに行きました。

夫の場合「身体障害2級」疾病による体幹機能障害(座位又は起立位保持困難)で手続きをして、「自動車税減免」になっていました。

翌年度の減免を受けるためには、更新手続きが必要となります。

変更がなければ「自動車税減免更新申立書」を記入して郵送するだけでいいのですが、夫の住所変更があります。

✳納税義務者と障害者が別居となった場合は、減免を継続しる要件として2㎞以内に居住する親族である必要があります。

自宅から特養までは、だいたい2㎞ですが調べると2,2㎞になっています。

さらに、注意書きに
原則として、障害者が入院、入所した場合は減免にならない。と書いてあります。
けれども、入所先等から自動車で通院している場合等については問い合わせ確認するよう書いてありました。

どうしたものでしょう。

問い合わせ先に電話して相談してみました。

夫が入所しても、福祉車両ですので、夫の移動に使っています。
通院に使っています。
このまま減免継続をお願いできないか聞いて見ました。

「入所先から一時帰宅の証明書を書いてもらって、申立書に添付していただければ減免になります」

ということで、その用紙を自宅へ郵送してくださるそうです。

良かった!


証明書を書いて貰う、という面倒もありますが、これはたぶん大丈夫です。
特養と自宅は、すぐ近くなので通院の日にも自宅へ帰っています。


10月31日が期限です。
頑張って手続きします。


522.敬老祝賀会

9月15日(土)
特養で敬老祝賀会がありました。

夫は、まだ70歳。
敬老という年ではありませんが、いつもの音楽療法の先生のグループが演奏をしてくださるというので参加しました。

特養の大きなイベントのひとつらしく、紅白幕が張られ、立派な生花が飾られ、受付に芳名帳があって、式次第も張り出されていました。

時間前に行ったつもりでしたが、すでに会場に多くの利用者さんが集まって、入れないほどでした。

市長さん、福祉部長さんも見えて挨拶されました。

市長さんは夫と同年齢です。
市の難病手当てについて、直接お話を聞いていただいたこともあります。
残念ながら席が遠かったこともあり、ご挨拶するチャンスを逃してしまいました。
いつの間にか退席されていました。

楽しみにしていた演奏。
マリンバ、フルート、サックスの3人のグループの演奏です。

「赤とんぼ」など秋の歌、皆の知っている歌を演奏して一緒に歌ったり、素晴らしい演奏を聴かせていただきました。

席が遠かったので、「近くへ行って聴いていいですよ。」と声をかけていただき、図々しく会場からはみ出るように演奏していた背後まで、外から近寄って、特等席で聴かせていただきました。

夫も喜んで、泣きそうな笑い顔になりました。

会場から利用者さんが退場するまで演奏は続きましたので、夫と私はお部屋に戻らず、ずっと最後まで聴いていました。

「撤収」の声がかかる頃には、そのまま外へ車椅子で散歩に行きました。


そう、嬉しい事がありました。

スタッフの異動で他の階から夫のユニットに来られた男性スタッフが、以前夫がお世話になった老健に居たのだそうです。
夫が、精神病院から退院してすぐ3ヶ月お世話になった老健です。
まだ良く歩いていた頃です。
「たくさん召し上がっていました。」と大食いを覚えていただいていたようです。
「痩せられましたね。」とも。
ずっと見ていると、そんなに痩せたことは気にならないのですが、比べるとかなり痩せたと思います。

歩いていた頃の夫を知っているスタッフに会えて嬉しかったです。



夫は、車椅子から立ち上がりたいのか、足を前に出すのでズルズルと体が前へ伸びてしまって、数回直しました。
OTさんにお会いしたので、お話しておきました。
「これから涼しくなって、散歩やドライブにも行きたいので」と車椅子の調整をお願いしました。

夫は、特に不満もなさそう。
穏やかな顔です。