488.特養入所決定!!!

特養入所決まりました!
決まると早いです。
19日、入居です。

まだ、何がどうなったか、少し頭が混乱状態です。

特養入所は、決まりました。

連休明けの13日(火)に、特養の相談員さんが家に来ました。

夫を見て、夫の状態のお話をしました。

そして、

「急ですが、今週入居できますか?」
というお話になりました。

17日(土)は夫のお兄さん夫婦が来てくださる予定になっていました。

土曜の入居を、ふと思いついたのですが、すぐ却下。

「それでは、19日(月)でもいいですよ。」
ということで、

入居日は、2月19日に決まりました。


その前に16日は特養で入所の契約などお話を伺います。
2時間半くらいかかるそうです。

相談員さんは、夫に丁寧に挨拶してくださいました。

お帰りになる時は、「もう1度握手を」と
「顔を覚えてくださいね。」
と夫にお話してくださいました。
夫は知らんぷり。

「男の人は無視します。スミマセン。女の人だと反応が違うんですよ。」
と話すと「わかります。」と笑ってお話できました。


また、落ち着きましたら、ゆっくり書きます。


特養は、市内です。
近くに決まって良かったと思います。

「良かった!」と思えることが良かったです。

487.特養への道 4

特養への道が拓けてきました。
まだまだ遠いかもしれません。

途中経過も記録に残したいので、なかなか現在の状況まで追いついていません。

先に、書きます。

13日(月)に市内の特養の方が自宅まで夫の様子を見に来るそうです。


9日(金)
レスパイト入院を考えたのが、8日でした。
少し遠くても良い病院へ、と入院の電話相談をして10日に見学面談の予約をしました。
「診療情報提供書」を訪問診療の先生に書いていただくようお願いしました。
急ぐので、FAXで病院へ直接送っていただくようお願いしました。

えいさんの奥様が入所している特養。
えいさんが相談員さんに聞いてくださった、とメールをいただきました。
すぐに、直接相談員さんとお話しました。
「胃ろうで待機している方は現在3名います。早い者勝ちではなく、緊急度の高い方など考慮しますので、先ずは申し込みをしてください。」と、親切に手順を教えていただきました。
他市になりますので、「介護認定審査会資料」が必要です。
申請書類は、えいさんが郵送より早くポストに届けてくれました。

9日は、小学生の孫が給食のない日でした。
学童へお弁当を持って行くのも大変かと、一緒にお昼を食べる日にしました。

ちょうど、友人も自宅近くに用事があって、訪ねて来てくれました。


特養申請書類を書き始めていました。
やっと文字が書けるように、手も回復してきました。
でも、無理はできません。

あせって、指を動かすと突然痛む事があります。

短期入院させることを決め、特養を探すことを決めて、気持ちも落ち着いてきました。

市内の特養。
夕方になって電話してみました。
3年前に申請をして、昨年もう1度、変化した状況を伝え、さらにもう1度入所待ち状況を聞きに行っていました。
電話は、相談員さんの都合で、17時30分過ぎにかけ直しました。
手が痛くなって困っている状況を一気にお話し、なんとか入所できないかと訴えてみました。
すると、
「うそじゃないですよ。」と前置きをして
「順番が来ているので、ご本人面接に伺おうと、週明けに連絡する予定でした。」
というのです。

びっくり!大喜びです。

すぐに、面接予定日の話をして、13日の午前中、デイへ行く前に来てくださることになりました。

まだ入所できると決まったわけではないのに、喜んでしまいました。

すぐに、えいさんに電話して、一緒に喜んでいただきました。
「良かった。良かったね。」と何度も「良かった!」と喜んでくださいました。
「Sさんに連絡してくださいね。」といわれました。

小規模多機能の施設長のSさんにお伝えしたかったのですが、時間が遅かったので帰られた後でした。
ケアマネのTさんが、職員の連絡網で伝えてくださるそうです。

大喜びをして、あわてて病院の予約も、診療情報提供書もキャンセルしてしまい、大失敗!

10日、小規模多機能に電話をして、病院のキャンセルを伝え、迎え時間の変更をお話すると、看護師さんに「特養はどれくらいの期間で入れるのか聞いていますか?」と聞かれました。
最初は、その意味もわからず、「どれくらいの期間入れるか」と聞かれたのかと思って「え?特養ですよ。」と答えてしまいました。
面接に来ても入所まで待たされて入院している方もいるのだそうです。
すぐに、入所できるかどうかわかりません。
喜んで、すぐに入所と思い込んでいました。
冷静な看護師さんに感謝です。

特養の相談員さんは、3連休で、聞くことはできませんでした。


入院の面談のキャンセルを丁寧に謝って、予定通りの予約時間でお願いできました。
診療情報提供書は、とても申し訳なくてお願いできないので、他の診断書を用意しました。
13日を待って、お願いしたいと思います。

療養型の病院ですので、入院は、できるようです。
でも、どんなに良い病院でも、やっぱり病院です。


できることなら、自宅から特養へ、生活の場を移すことだけを考えたいです。

「在宅介護をギリギリまで頑張るつもりはない。」
と思っていたのに、今はもう、ギリギリを超えているのかもしれません。

486.レスパイト入院を考える

すぐに入れると思って複雑な思いでいた特養に入れない。
手が痛くてお箸が持てなくても、夫の介護をしなくてはならない。
はてさて、どうしたらいいの?と夜、寝ながら考えた2月6日。
「そうだ! レスパイト入院」

2月7日(水)
訪問診療の日でデイはお休み。

レスパイト入院について調べました。
http://www.nyuuin.com/resupaito.html

貼り付けます。

レスパイトとは「休憩」の意味をもつ英語であり、自宅療法を受けている患者の家族が、一時的な外出や休憩、その他の介護を続けられない期間をサポートする目的で行われている医療サービスです。


受け入れてもらうための条件
レスパイト入院の受け入れ条件は、それぞれの医療機関により違いがありますが、おおむね以下のような基準が設けられているようです。

入院期間は2週間程度入院期間終了後は必ず退院し、自宅へ戻ることが条件となります。

重症・難病を抱えた、介護の困難な患者が対象ほとんどの医療機関では、レスパイト入院が可能なのは、介護の困難な患者に限定しているようです。


ショートステイ等との違いは?
在宅介護を行っている家族の介護負担を軽減する目的で利用するのは、本来ならばショートステイなどの介護サービスとなります。
レスパイト入院も一見似たサービスのようですが、実際には大きな違いがあります。

ショートステイなどの介護サービスでは、医療設備が整っていないために、全ての要介護者を受け入れることができません。

これらのような介護サービスを受けられない方のために、設備の整った病院で受け入れをしているのがレスパイト入院ということになります。

そのため、レスバイト入院では、介護保険ではなく医療保険を利用することができます。

医療保険を利用しているため、本来の入院と同様の料金となるようです。

通常の入院患者と同じ医療体制でのケアとなりますので、自宅での介護や、ショートステイなどの介護サービスのようなケアは期待できない場合もあります。

申し込み方法も各医療機関で異なりますが、まずは主治医へ相談してみるのが確実といえます。


東京都福祉保健局のページ

(3)在宅難病患者一時入院
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/nanbyo/zaitakunanbyo/ichijinyuin.html
 東京都では、在宅難病患者さんの在宅生活を支えているご家族等の介護者が、御自身の病気や事故等の理由によって一時的に介護ができなくなった場合、患者さんが短期間入院できるように、都内の病院にベッドを確保しています。
※利用理由には介護者の休息、在宅療養、受診・検査、仕事や家庭の事情等での外出、入院等があります。
※在宅生活とは、申込み時及び退院先は在宅であることを指します。


実施内容
入院期間
1回の申込みで入院できる期間は、原則、最長1か月間です。
ただし、年間(年度内)90日間の限度内で、繰り返し(複数回)利用が可能です。


予約受付

利用開始日の3週間前から申込みできます。
(ただし、人工呼吸器使用患者(24時間)については、利用開始日の1か月前から)

入院施設
東京都と委託契約を締結した病院
対象者
(1)東京都内に住所を有する方
(2)東京都難病医療費等助成対象疾病にり患している方
(3)家族等の介護者の療養、休息等の理由により在宅での介護を受けることが困難になった方
(4)常時医学的管理の下におく必要のある方

申し込み方法
ご利用については、患者さん若しくはご家族の方より、お住まいの窓口へお申込みください。
(1) 特別区にお住まいの方      ・・・保健所・保健センター等
(2) 多摩・島しょ地域にお住まいの方 ・・・居住地を所管する保健所


夫は前頭側頭葉変性症で難病指定をうけていますので、この制度が利用できます。
でも、実施内容や申し込み方法など手続きが面倒です。
ベッド数もわずかです。
すぐに利用は難しそう。



訪問診療の先生に相談してみました。

私「レスパイト入院を考えているのですが、病院をご存知でしょうか」
Dr「A病院の療養病棟でできますよ。予約が必要なので聞いてみたらいかがですか。お盆やお正月は満室になるようですよ。診療情報提供書が必要なら書きますよ。」
と教えていただきました。

ショートステイについても、以前に先生からご提案いただいたのですが、介護保険を使うため、小規模多機能を利用していると利用できません。
レスパイト入院は、在宅が条件で、医療保険ですので小規模多機能でも問題ありません。


市の「在宅医療・介護連携支援センター」に電話しました。
「ご相談ください。」とありましたので、話は聞いていただけました。

残念ながら、同じ病院内へすぐに、という繫がりはなく、
「ケアマネさんを通して、A病院の○○支援?相談?○○へ(忘れました)」
と言われ、手続きが面倒であることがわかりました。

そうか、ケアマネさんを通さなくては、できないのね。
では、明日・・・・です。

小規模多機能へ相談することにしました。


2月8日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会の日です。

朝、電話で施設長さんSさんとお話できました。
特養とのこともお話すると、B病院がいい、と以前に勧められた病院のお話をされました。

私も以前、病院探しで見学に行って、良いと思っていた病院でした。
「レスパイト入院できるからといって、どこでもいいわけではありません。遠くてもここなら良いと思います。短期入院が可能か聞かれてはいかがですか?」といわれ、そのB病院にご縁を感じました。
30年以上前から夫が関わりのあった病院です。
まさか、入院対象になるとは思っていなかったかもしれません。


8日、つくしの会の定例会のため、夫の迎えは私です。
車、車椅子、ベッドへの移乗を、えいさんが手伝ってくださいました。
私からお願いすることなんて、できませ~ん。
察していただき感謝です。
当然のように、ごく自然に一緒に迎えに行き、車椅子を車に乗せていただき、ベッドへの移乗もズボンの上げ方も介護のプロのように「こうするといいですよ。」と教えていただきました。
夫の体の向きをころころと変えて、なんと楽なことでしょう。
後で、ひとりで同じようにやろうとしたら、「手が痛い!」 無理です。大変でした。
夫も、私の大変さがわかるのか、お尻を持ち上げて協力してくれました。
これにも、びっくりです。
え?できるの?
できないと思って、やってあげていた事も、え?できるの?
え~?
「そんなに大変なんて見ちゃいられません。僕もがんばりますよ!」という感じ?
え?できるならやってよ~!

生活の中のリハビリをもう少し考えます~。

8日、B病院のパンフレットをいただいて帰宅しました。
「前頭側頭葉変性症つくしの会」の仲間に励まされた日でした。

485.特養への道 3

特養(特別養護老人ホーム)入所までの道は遠く険しいです。

なんとか明るい兆しも見えてきましたので、少しずつ書いておきたいと思います。

小規模多機能の施設長さん、歯科医の先生のご紹介で、入れるかと期待しながらも不安で複雑な思いで見学に行った特養。

今日か明日かと良い返事を待っているうちに2月になってしまいました。
手は腱鞘炎で痛くなって、いよいよ介護が難しい状況になってしまいました。

今までお世話になっていた小規模多機能でも、新規の利用者さんが入ったこともあって、泊まりが難しくなってしまいました。

今までなら、急に腰が痛くなった時も「今日は泊まれますよ。」と声をかけていただけました。
お部屋が空いていなくても、急遽ソファーベッドで寝かせていただいたこともあります。

それも難しいようです。
スタッフは、なんとか私の要望に答えようとしてくださっているのもわかります。

「このままでは、今後困る」
と、2月6日、施設長さんにご相談しました。

「今後のことで・・・」と電話でお話すると、
「特養の申し込みの時、どうお話されましたか?」と聞かれてしまいました。

「??お願いします、とお話しました・・・・」

内部情報で「家族が大変そうに見えない」という理由で他の方の入所が決まった、と仰るのです。

「え~?そんな~~」と声を震わせ「困っている状況をお話しているのに、そういう風に取られて、相談員さんの感情的な見方で左右されるのですか~?」と感情を口にすると、施設長さんも私の気持ちをわかってくださったようです。
私の気持ちが変わって特養を断ってしまわないかととても気になさっていたようです。


私が「それでは、すぐに特養に聞いてみます。」というと
「やんわりと聞いてみてくださいね。今後歯科医の先生にお世話になるので失礼にならないように。」といわれました。


特養の相談員さんへの電話
「お話しましたように、待機されている方がたくさんいます。優先順位の高い方もいます。」というお答えでした。
手が痛くなって介護ができない状況であることも涙声で訴えました。
いろいろ話す中で、「吸引をしていますよね。」ということばが気になりました。
最後は「医療職、介護職を交えて相談しますので、もう少しお待ちください。」でした。

最初の面談でも、吸引について聞かれました。
「夜は看護師がいないので、吸引回数が多くなると見られない」というお話でした。
「医療職の人に吸引回数を確認するよういわれた」のだそうです。


今回受け入れができなかった本当の理由は、そこにあるように思ってしまいました。

目の前にあると思ったゴールが遠のいてしまいました。

もう、今すぐこの特養への入所は、有り得ないということがわかって、がっかりしましたが、それなら次へ、と考えなければなりません。

施設長さんからも「他にも心当たりがありますので当たって見ます。」と有難い言葉をいただいていました。

腱鞘炎も「今のままではいけない」と考え直すきっかけになりました。

484.特別障害者手当について

現在、夫も支給されています。
入院中は支給されません。
特養に入所すると支給されません。
特別障害者手当
支給月額 26,810円

支給要件 
精神又は身体に著しく重度の障害を有するため、日常生活において常時特別の介護を必要とする状態にある在宅の20歳以上の者に支給されます。

前頭側頭葉変性症の在宅介護は「特別な介護を必要とする状態」であることが多いです。

在宅介護で要介護4くらいなら該当すると思います。

医師の診断書が必要です。

『日常生活能力判定表』
合計14点以上なら申請した方がいいと思います。


できる  0点
介護があればできる 1点
できない  2点

1 食事 ひとりでできる・介護があればできる・できない

2 用便(月経)の始末 ひとりでできる・介護があればできる・できない

3 衣服の着脱 ひとりでできる・介護があればできる・できない

4 簡単な買い物 ひとりでできる・介護があればできる・できない

5 家族との会話 通じる・少しは通じる・通じない

6 家族以外との会話 通じる・少しは通じる・通じない

7 刃物・火の危険 わかる・少しはわかる・わからない

8 戸外での危険から身を守る (交通事故) 守る事ができる・不十分ながr守る事ができる・守ることができない


診断書用紙をコピーして介護している方が見て○をつけて、主治医の先生にみていただくと良いと思います。
先生は日常のことはご存知ないかもしれません。

「箸を持って食べるから」といって「ひとりでできる」ではありません。
見ていないと生の物でも食べてしまって目が離せないなら「介護があればできる」か「できない」に○。2点です。

ついつい、できてほしいと思うあまり「まだ少しできる」と甘く見ない方がいいです。
「できない」のです。

在宅で介護を必要としているのですから、堂々と申請してよいと思います。


私も、夫が精神病院を退院して在宅介護となってすぐ申請しました。
食事だけが1点、他は2点で16点満点の15点でした。
そのころのブログにも書いたと思います。

夜中にひとりで起きて、着替え、コンビニでパンを買って、放尿しても便の始末はできていた頃の方が在宅は「特別の介護が必要」でした。
10点では「特別障害者手当」はもらえません。
「要介護1」でした。
3時間もの散歩に毎日のように付き合い、ドライブにも行っていたあの頃に、少しでも「特別障害者手当」のような「特別」な手当がいただけたら、気持ちも少し楽になったかもしれない、と思います。

障害の程度は、今考えると、かなり重度だったのに認識が足りなかった、とも思います。

前頭側頭葉変性症つくしの会では、在宅介護をしている方に「特別障害者手当」や利用できる制度のお話をしています。

「まだ、できるから・・・・」と詳しく行動を聞いてみると「できない」が妥当だとわかる事もあります。

申請書は、自治体の障害福祉の窓口で貰います。
私の市の障害福祉課窓口では「身体障害、知的障害ではないので・・・」
と、すぐには出してもらえませんでした。
「同じ病気の方が申請して受給されています。」
と、きっぱりというと、後ろの方に聞きに行きベテランの方が対応してくれました。
「日常生活判定表」を見せられ14点になるかと聞かれました。

診断書発行には料金がかかりますので、親切に教えてくださったのだと思います。

当然ですが、申請しないと支給されません。

14点以上になると思ったら、申請書を請求して、主治医の先生に診断書をお願いして申請すると良いと思います。

先日の「前頭側頭葉変性症つくしの会」でも、これから申請しようかと考えている方がいらっしゃいました。

個人的にお答えしても良かったのですが、まだまだ、という方にも参考になさっていただきたいと思い、書いて見ました。

483. 雪かきで腱鞘炎?

雪かきの後遺症です。
腰も背中も痛くならなかったのに、手首、腕の痛みは初めてです。

利き手の右手です。

少しの痛みだったので、気にもせず、こんな風になるとも思わず、数日雪かきを楽しんでしまいました。

ちょっとした動きでも痛みを感じるようになって、あらまあ、腫れていました。

「腫れてる。腱鞘炎だ!」と脳が認識してしまったら、ちょっと動かしても「痛い!」
なんと不便なこと。

湿布薬も無くなったので受診しました。

「腱鞘炎ですね。注射しますか?」
「注射効きますか?」
「わかりません。全く効かないこともあります。」
そう言われて注射はお願いできませんでした。

痛み止の飲み薬と貼り薬で様子を見て、痛みが酷かったら注射もしてくださるそうです。

看護師さんに包帯の巻き方を教えていただきました。

大袈裟に包帯でぐるぐる巻きにされてしまいました。



夫は、タミフルを飲み終わって、明日からデイも行っていいそうです。


夫の介護や孫の世話等ができることは幸せなことなのだと思います。
右手が少し不自由になっただけで、そう思います。

左手を使うようにします。

482. インフルエンザ?

25日(木)つくしの会の交流会でした。
夫は、寒い時期なので欠席です。

26日(金)夫を小規模多機能のデイに送った後、久しぶりに友人と会ってランチをしました。
美味しいコーヒーを飲んで、家に帰るとちょうど小規模多機能から電話がありました。
38度3分の熱の連絡でした。

すぐ迎えに行きました。
迎えに行きながら、訪問診療の先生と連絡を取りました。

インフルエンザの検査をするためにクリニックへ来るよう指示を受けました。

クリニックの前の駐車場は、雪がまだあって道路との段差は凍っています。
「車椅子が降ろせないのです。」
「裏の駐車場を使ってください」
「はい」

運良く、裏の駐車場は空いていました。

受付からすぐ別室に案内され、検温すると38度6分でした。

昨年の受診、最初はインフルエンザではないと、この部屋で言われて・・・
だんだん食べられなくなって・・・
また検査をしたらインフルエンザで・・・・

と昨年を思い出しながら待っていました。

夫は特に辛そうな様子もありません。

インフルエンザの検査は、マイナスでした。
発熱から時間が経過していないと結果が出ないのではないかと質問しましたが、今はすぐ出るのだそうです。
でも、マイナスでした。
でも、インフルエンザではないともいえない、と「タミフル」を処方されました。

5日間は外出禁止。
デイもお休みです。

28日(日)は、彩星の会。
残念ですが欠席しました。

夫は熱も下がって、大丈夫です。
胃ろうなので、水分もたっぷり入れられます。
当然、出る尿の量もたっぷり!

穏やかな顔をしています。
音楽を聴かせると、泣きそうな笑顔になります。



481. 雪かき

新潟で雪かきをした翌日、東京で雪が降りました。
22日、予報よりも早く降りだしたので交通は大混乱だったようです。

「家の前の道路が雪だけど、雪かきした方がいいよね。誰もやっていないけど。」と娘から電話がありました。
夜冷え込む前に出来るだけ雪かきをするよう伝えました。


雪に慣れていない東京では、除雪のシステムはありません。
家の前道路の雪を除雪しなければ、そのままで大変なことになります。

孫達にスキーウェアを着せて遊ばせながら、夫婦二人で道路の雪かきを頑張ったようです。

23日、新潟の実家の雪かきをしてから、自宅へ帰りました。
交通機関もそれぞれ数分の遅れだけでした。

家に到着して、すぐそのまま雪かきです。
頑張りました。


24日、家の前は雪がないのに、車で走ると道路に雪があって、凍っているところもありました。
建物の影のなっている所などは、ツルツルになっていました。

25日、踏み固められて、ますますツルツル、ガチガチの場所がありました。
公共の道路です。

こうなる前に除雪をどうしてしないのか疑問に思います。
除雪の考えそのものがないようです。



雪かきと夫

夫と結婚したばかりのころ、私の祖父母の家の雪かきを夫がして、とても喜ばれたのを思い出しました。
夫は、雪かきなんてしたこともなくて、珍しくて楽しそうでした。
「雪かきって暑いね」と汗をかいて笑っていました。
屋根の雪降ろしに困っていた祖父母は「いい人だ」と喜んでくれて点数稼ぎできました。

その後、何十年、夫が雪かきをしたかしないか記憶がありません。

認知症になってからは、「雪」が理解できなくなりました。

あの「奇跡のフルート発表会」の日、雪かきをした道を「ここは歩きやすいね」と上機嫌で歩きました。
大雪でも散歩に行きました。
「雪」を「上から白い物が」と表現しました。

雪が残る山にも一緒に行きました。
雪の中で歩けなくなった夫を写真に撮っていました。

あの頃は、春がとっても待ち遠しかったです。



480. 新潟へ

母の通院日前後で、ゆっくり新潟の実家へ行くつもりでした。
ちょうど、大人の休日倶楽部限定のフリーパス4日間が使えます。

予定では、20日から23日の4日間でした。

21日は、小規模多機能のスタッフの都合で朝の注入に行った後で出発することになりました。

夕方は大丈夫になって、早く出発できるので喜んでいました。
前日に切符も購入しました。

駅の券売機で簡単に買えました。
時間もかからず、駐車料金も無料でした。

20日から24日午前中まで夫は泊まりをお願いしました。

21日、朝の注入のため小規模多機能へ行きました。
夫は、私を認識できないのか、わかっているのか不機嫌でした。
話しかけても、マッサージをしても、眉間にシワを寄せていました。

「新潟、行ってくるね。」と言っても知らんぷりでした。

認知症が進んでも何もわからなくなるということは決してない、と教えられます。
明らかに不機嫌でした。

早朝のスタッフは、ひとり。
利用者は、夫を含めて5人でした。
ノートに小さな文字で書き込んでいる方、「お水を少しください」とキッチンまで行かれる方、居眠りをする方。
夫は、その中でも重度です。

泊まらせていただいて有り難いです。

スタッフと月曜日の雪の予報の話などをして、夫をお願いして小規模多機能を出ました。

家に帰って、すぐ出発!
できませんでした。

タイミング良く電話がありました。

給湯器の交換の電話でした。
今からできるというのです。

給湯器が壊れて困っていたので1日でも早い方がいいです。
「今すぐなら」
とお願いしました。

工事は、2時間程。
終わってからの出発です。

ちょうど孫3人と婿殿が外に居て
「行ってらっしゃい👋😃」
と賑やかなお見送りでした。

一人旅のスタートです。

ひとつ、計画がありました。

途中下車をして温泉に入るのです。

スキーでは、何度も行っている越後湯沢です。

駅周辺にも、駅構内にも温泉があります。
時間があったら、と考えていました。

給湯器交換で遅くなりましたが、時間はあります。

身軽なひとり旅です。

「大人の休日倶楽部パス」で東日本のJRが新幹線も乗り放題です。

お弁当とお茶とビールを買って、新幹線に乗りました。

いつもは、ビールで気持ち良くなる所ですが、越後湯沢で降りなくてはなりません。
時間も半分の1時間程で到着です。

越後湯沢駅
降りて人の多さにびっくり!
しかも国際的です。
海外からの観光客で賑やかな構内の売店には「免税」の文字もありました。

構内の賑やかな売店を抜けて、お酒のお風呂に向かいました。
お風呂の中も中国語の会話ばかりで、びっくりです。

小さな温泉なのに、観光ガイドにでも載っているのでしょうか。
スキー客が帰りに寄るには少し早い時間帯でしたので、地元の年輩の方と賑やかな中国の方数組でいっぱいでした。

お酒の香りがほのかに香る温泉で、ゆっくり温まりました。
体の芯までぽっかぽかで、ずっとぽっかぽかでした。

実家では弟夫婦も一緒に夕食。
チーズフォンデュとスイスのワイン、義妹の作った郷土料理も美味しかったです。

22日は、母の受診日。
東京は、予報通り雪が降ってニュースになっています。

新潟市内は、夕方から雪です。

日中は、雪も降っていなかったので存分に雪かきができました。
道路に雪はありませんが、家の前の路地や駐車場の雪かきが必要でした。

雪が降りだしたので雪かきは、終わりにしました。




479. 特養への道2

特養入所の申し込みをしました。

自宅から車で30分くらいです。
途中、駅周辺の渋滞もありました。

いつも渋滞している道路のすぐ側が特養の入り口でした。

前日、1月18日に夫の定期受診の後、下見に行って書類を出してありました。

相談員さんに案内していただき見学をしました。

まだ、できたばかりの新しい施設でショートステイの階は、半分空いていました。

特養は、現在満床。入所は順番待ちだそうです。
「胃ろうでお断りすることはありません」
というお話でした。

夜間、看護師がいないので吸引はできないそうです。

現在の吸引回数を聞かれました。

今、夫はほとんど吸引の必要もなく、口腔ケアの時だけ吸引しています。
体調も良いので、お願いしたいと話しました。

夜間吸引が必要になった場合、困る?と考えましたが「私が来ます」と言ってしまいました。

新しい施設で、胃ろうの受け入れも始めてなのかもしれません。

難病医療の話から「前頭側頭葉変成症とは何ですか?」と聞いてくださったので、簡単に説明させていただきました。
最後に「前頭側頭葉変成症つくしの会」のパンフレットを受け取っていただきました。


今となっては、なんの難病でも動けない状態に変わりはないのですが、医療費の補助を受けていることをお話しました。

入所費用の「食費」にも関係すると思います。
今は、胃ろう栄養は「医療費」になっています。

費用概算が高額です。

減免の制度の説明〈介護保険負担限度額の認定者〉
とあります。

「認定を受けていますか?」
と聞かれました。

高額介護サービス費と混同してしまい、咄嗟にわかりませんでした。

後で調べてわかりました。

「介護保険負担限度額の認定」は、所得により居住費や食費の負担を軽減する為、負担限度額が段階ごとに決められているて、ここでも「世帯全員が住民税非課税」という要件がありました。

残念ながら該当しません。

世帯が別でも配偶者が課税対象の場合該当しません。

高額な費用が必要になります。
新築のユニット式なので高額な料金設定なのでしょう。
それにしても、夫の年金で払える金額?

478. 歯

夫は、歯をとても大切にして定期的に歯医者さんに通っていましたが、認知症の症状が進むと歯を磨かなくなってしまいました。
まだ何でもひとりでできるからと、放置していたので、症状が進むと「自分勝手」が度を越して、世話も介護も思うようにできなくなっていました。
診断から4年目くらいからです。
いろいろ理由もあって、仕方なかったと思いますが、歯磨きの習慣を取り戻し、磨かせるようになるまでに時間がかかりました。
「歯」が「口の中」が大変な事になっているのを知りながらも、すぐには歯磨きをやらせてもらえませんでした。

ただ、歯ブラシの使い方を忘れるような事はなく、歯ブラシを見せて、私も磨いて見せると自分で歯磨きの形だけはできました。

その頃には、入院。
歯科受診や歯科のケアが受けられるようになったのは、療養型病院に転院してからです。
入院中だったとはいえ、もっと「歯」に気を配っていたら、と反省しています。

退院後の老健入所の頃は、定期的に歯科受診もありましたが、どんどん前歯の虫歯が進んでしまいました。

「歯がなくなってしまう」
と嘆いていたら、現在の小規模多機能の訪問歯科でとても丁寧に診ていただいて、歯も入れていただきました。
昨年の発熱の時は、自宅まで来て診ていただきました。

「歯を入れました」とアピールする事もなく、当然のように黙って歯を入れてくださるのです。

今回も、です。

歯を入れていただいて喜んでいたのですが、最近の夫は歯ぎしりや口にタオルを入れたりするためか、3本も次々と取れてしまいました。

ガッカリしていたら、すぐに新しい歯が入りました。
家に帰って口を見ると白い歯が入っていてびっくりしました。

もう、固いものを噛んで食べることはできなくなりましたが、前歯があるかないかで顔の印象も違うように思います。

良かったです。

この歯医者さんの紹介で今回の特養の申請もできました。

有難いです。

477.特養への道

初めて特養入所の申請をしたのは、3年前になります。
2015年4月、急性期の精神病院から療養型精神病院へ転院が決まってすぐ、同じ情報提供書やサマリーなど書類を調えて申し込みをしました。
同じ市内の一番近い特養です。

最初の入院で、夫の行動は落ち着いていましたので、病院以外の生活の場を考えていました。

要介護4だったと思います。

もう1箇所は、西の山の方。
夫とハイキングに行った途中にある環境の良い所で評判を聞いて申し込みました。

どちらも継続申請しています。

隣りの市の特養も見学に行きました。
偶然、つくしの会のえいさんの奥様が入所されている所だったと後で知りました。
2015年11月、申請の書類を調えている途中で、今の小規模多機能での受け入れが決まりました。

夢のような話でしたので、特養入所申請は中断しました。
特養入所の気持ちは消えていました。

精神病院を退院して在宅介護できて、どれほど嬉しかったか。
ブログにたくさん書きました。

「小規模多機能型居宅サービス」との出会いです。
シマウマさんのお陰です。
衝撃のメール
「ららさんの市には、この小規模多機能型があります。」
とホームページアドレスも送ってくださったのです。

「この施設、知っているのに、私は何もしていなかった。今まで何をしていたのだろう。」
とその場で、すぐにこの施設にメールで申し込みをしたのです。
翌朝には、施設長さんから電話をいただき
「以前に意味性認知症の方が利用なさっていました。」
と、それが、えいさんの奥様でした。

すぐに受け入れの話が進み、老健にもお世話になり、現在に至ります。

特養への気持ちは、消えていました。
通所も自由な時間で受け入れてくださり、泊まりも安心でした。
夫の具合が心配で旅行に出られない、という時も
「見ていますから、行ってらっしゃい」といわれ有難かったです。

「もう在宅介護は無理?」
と考える時も何度かありました。

ベッドから、ひとりで立ち上げれなくなった時。
「立ちアップ」という福祉器具のレンタルで悩みは解消。

夜の大量な尿漏れ。
オムツ選びと当て方のポイント習得で解消。


ずっとこのまま在宅で、
と症状が進んでからは、訪問診療、スロープの住宅改修、福祉車両と環境を整えました。

誤嚥性肺炎で50日間入院して、胃ろうになって退院してから生活が変わりました。


「このままでは無理がある。」
と感じるようになってきました。

昨年、2017年8月 施設長さんと話し合った後、市内の特養へ再度申請手続きに行きました。
現在の状況を聞いてもらいました。

小規模多機能の施設長さんには、特養入所までは在宅介護をしたいのでこのままお願いしたい、とお話しました。
胃ろうを理由に、宿泊が希望通りにできないことが、不安、不満でしたが、
「2週間でも3週間でも受け入れます。」という施設長さんの言葉に安心しました。

2017年12月のクリスマス会
2日目のクリスマス会で、施設に半日居させていただきました。
ホーム全部を含めても、夫が最重度で場違いのように感じました。
スタッフにとっても大きな負担なのではないか、と思います。
夕方の迎えまでの時間を利用して、再度特養へ向かい、
「入所待ちの状況」を伺ってきました。

寒くなったためか私の腰痛悪化のきざしがあって不安もありました。
毎日の何気ない動作が、このままできなくなったら困ります。
毎日運んでいる吸引器が重くて持てなくなったらどうしよう。
夫の体の向きを変えることができなくなったらどうしよう。
在宅介護が満足にできていません。

特養入所を考えました。

「胃ろうの人の受け入れ人数が決められていて、現在空きがない」
というお答えでした。
今後の可能性については、
「胃ろうの方は栄養も行き届いて、安定していますので・・・」
ということです。

現在、受け入れできない、ということがわかりました。

「他を探すことも考えなくてはならない」
と思いながらも、行動できずにいました。

年末年始を自宅介護で家族と無事過ごすことができて、私も気分転換できました。

ただ、今後の宿泊では良い返事がいただけない日がありました。

2018年1月9日
市内の「介護者交流会」に参加していると
施設長さんから電話が入りました。

「つくしの会のえいさんからメールを貰いました。市内の特養を聞いて見ましたが空きがありません。隣りの市で1箇所、問い合わせています。まずは、ららさんの意思確認です。」
というお話でした。

えいさんには、いつも相談に乗っていただいています。
すぐに動いてくださって有難いです。

施設長さんが動き出すと早いそうです。

「入所できるのでしょうか?」
という質問には
「まだわかりません。でも決まったら施設の都合で時期を選べません。1週間後ということもありますので承知しておいてください。」
といわれました。
「特養入所がどれほど難しいか承知していますので、入所できたらラッキーだと思います。」
と答えました。

そうは、言ったものの・・・・・
どうなるのだろう・・・・
いろいろ考えて疲れてしまいました。


パンフレットが施設経由で届きました。

入所申し込みの書類をこれから書きます。

夫は、何かを察したかのように私の顔をじっと見ます。
心を読まれているようです。

歯軋りをするからか、また歯が取れてしまいました。

476. 前頭側頭葉変性症つくしの会1月定例会&新年会

1月11日(木)は、第二木曜日。
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会でした。

今回、初めて定例会の後「新年会」をしました。

定例会出席者は8名。
2名が終了後帰って、新年会から2名が参加。
8名で新年会でした。

前頭側頭葉変性症の家族は、周囲になかなか理解されず、辛い思いをしているはずですが、笑って話す明るい会でした。
新年会は、お酒も入って、ますます盛り上がって楽しい会になりました。

彩星の会の二次会のよう。
最初に彩星の会の二次会に参加した時、その明るさに圧倒されました。

つくしの会もそうなってきたように思います。
笑いながらも、しっかり情報交換もできました。

まだ、利用できる制度を使っていない方には、遠慮せずに申請するよう皆でアドバイスしました。

そのひとつは「特別障害者手当て」です。
在宅介護で、「何もできない」といいながら、項目の「食事」は「箸で食べるから自分でできる」としてしまうのです。
目の前に食べる用意して、ひとつひとつ声をかけないと食べられなかったり、好きな物しかたべなかったり、生の肉も食べてしまうのでは、「できない」か「介助があればできる」ので、そこで点数が2点違います。
「ほら、該当しますよ。お医者さんにコピーを見せてお願いするといいですよ」とアドバイスしました。

デイにも行かれず、在宅介護をなさっているのですから、月26800円の特別障害者手当ては、受け取って良いと思います。

ここでも「医師の証明」が必要です。
お医者さんによって違う、という話でも盛り上がりました。

笑って楽しくお話ができて、ほんとうに良かったです。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」
仲間の会です。
楽しく続けていきたいと思います。



475. ブログ5周年

ブログ開設5周年の通知が届きました。
1月7日で5年です。

もう5年。まだ5年。
長かったような、あっという間だったような。

時の流れは平等なはずなのに、早く感じたり、遅く感じたりします。

ブログを始めたのは、夫が診断されて3年経過した頃。4年目。

診断をされただけで、説明も治療もなく、自分でネットで調べていました。
夫は、不思議な症状がいろいろ出始めていましたので、記録に残しておこうと思いました。
まだ介護保険も何も申請していませんでした。


ブログを通じて、多くの方と出会い学ばせていただきました。

ブログに記録することで私自身も自分を冷静に見ることができていたように思います。

振り返って、過去のブログを読むと我ながら「まあ良くやれたわ」と思います。

今の生活も、そうなのかもしれません。
その時は、全然「よくやってる」と思わないのです。

~意味性認知症の夫と~
というブログ名、「意味性認知症ではない」と昨年診断され、変更するべきか少しだけ迷いました。

「意味性認知症」で検索して、たどり着いて読んでいただけるのなら、このままでいいです。

「意味性認知症つくしの会」を「前頭側頭葉変成症つくしの会」に変更したように変更した方がいいかもしれませんが、個人的なブログですので名称は、しばらくこのままです。
気分次第で変更するかもしれません。

それも

「一歩前進」です。


これからも、どうぞよろしくお願いします。

474.新幹線で新潟へ

1月5日は、小学生の孫二人と日帰りでお出かけの約束がありました。
どこへ行くか相談をしていたら、
母が「一緒に新潟へ行ったら?」
というので、母を送りながら新潟へ新幹線で行くことになりました。

娘たちは、連休でスキーの予定も考えていたようです。
結局、孫二人と婆二人の4人は新幹線で行き、仕事が終わってから娘夫婦と3人目の孫が車で行くことになりました。

電車好きの小学4年生の孫は大喜びでした。

1月5日(金)
夫を小規模多機能にお願いしてからの出発です。

孫二人は、リュックを背負って我が家で待機です。

切符は、残念ながら「大人の休日倶楽部」の割引適用除外の日です。
少しでも安く、と前日インターネットの「えきねっと」で購入予約しました。
駅の券売機で受け取りました。

非常事態も考え、指定席ではなく自由席にしました。

時間にゆとりを持たせ、孫に東京駅の電車の写真撮影を楽しんでもらいました。
私は、電車のことは良くわからないのですが、電車マニアがカメラを向けていた「こまち」と「はやぶさ」の連結部分の写真が撮れるようホームを移動して連れて行きました。
普通に走っている電車も上手に撮影して大喜びで興奮していました。

もともと「鉄道博物館」の日帰り予定でしたので大満足だったようです。

母が一緒でしたので、孫娘と自由席の列に並んで待っていてくれました。
いつも自由席ですが、今まで座れなかったことはありません。

4人なので1番前に並んで待っていました。

「Maxとき」に乗り、空いていたので座席を回転させて4人で向き合って座りました。
お楽しみの駅弁は、4人それぞれお好みを選んで買った物。
発車してすぐ食べ始めました。

2時間は、あっという間でした。

「トンネルを越えるとそこは雪国だった」
今年は雪が多く、トンネルより前、群馬県から雪景色でした。

新潟駅近くになると雪は消えていました。
気候が違います。
新潟=雪 ではありません。
新潟市内に雪はありませんでした。

雨が降り出す前に実家に到着。
孫2人は、夕食後「大丈夫だよ」と2人で寝ました。

娘達は深夜、雪の中を通って到着。

朝ご飯は7人で食べました。

スキーの準備は大騒ぎ。
送り出してから、私も新幹線で帰りました。
犬が待っていました。

たった一泊の旅、楽しかったです。
また行きたいと思います。

473.お正月

新年明けましておめでとうございます。
新しい年がスタートしました。

新潟の母が新幹線で30日に到着。
夫も30日から3日まで、デイはお休みです。

30日夜から、娘一家も一緒に夕食。
すき焼きを食べました。

大晦日は、新潟の習慣で賑やかな年取りの晩餐でした。

お節料理も作りました。

新潟の「のっぺ」もたっぷり作りました。
娘が煮しめ、伊達巻等いろいろ作って持って来ました。
黒豆は、母が作って新潟から持ってきました。

蟹を食べたい、と娘一家の食べっぷりは、見ているだけで圧倒されました。
お見事

賑やかさに夫も、とても寝ていられなかったようです。
「眠いけど眠れないよ。」というような顔でした。

昨年のお正月は、夫だけ早めに食事をして2階で寝ていたようです。

今年は、介護ベッドの横で孫が大騒ぎをしていました。
「うるさい」とも言えず、黙って?我慢していたかもしれません。

何も食べる事ができなくて、口淋しいのか、退屈なのか、タオルを口に入れる事が多くなりました。

娘の作った年越し蕎麦を食べて年を越しました。


元旦
孫たちの襲来で賑やかです。

お雑煮は夫の実家の味。
鶏ガラでだしを取ります。
お餅は新潟から送って貰った物です。


夫宛の年賀状の枚数は減っていますが、出していなかった方にいただいたので書いて出しました。

夜は、また賑やかな晩餐でした。

2日
娘たちは婿殿の実家へ出かけました。

お天気も良かったので、車椅子で散歩をして日向ぼっこをしました。
駐車場のコンクリートの間に植えた芝やグリーンが伸びていたので、私が手入れをするのを、車椅子で見てもらいました。

疲れたのか、その後良く眠っていました。

口腔ケアと水分補給に気をつけるよう、小規模多機能の看護師さんにアドバイスいただいていました。
37度少しの微熱が休み前続いていました。
熱は今のところ大丈夫です。

とろみ食をサービスすると、スプーンを自分で私から奪うように手に持って、日頃動かそうとしない右手で器を持とうとしていました。
食べるしぐさは、体が覚えているようです。
ただ、飲み込みは急いでしまうので要注意でした。

母が元気で家事も手伝ってくれるので、私も余裕で夫の世話ができました。

もう1日、なんとか無事過ごせそうです。


472. クリスマスの日に

12月23日は、孫娘のピアノのクリスマスコンサート。
昨年は、連弾をさせてもらったので参加しました。
今年は、遠慮しました。

子どもたち中心の、お菓子を食べながらの楽しいコンサートの様子は、まだ頭に残っているのです。

今年の孫娘は、ひとりでクリスマスソングを弾きたいと練習して上達するのを見てきました。
予想通り、本番も、問題なく堂々と弾いたようです。

小さい子ども達と一緒に過ごすのは楽しいのですが、とても大きなエネルギーが必要です。
楽しい時間はすぐ過ぎてしまいます。
楽しいからこそ、何だか時間が貴重に思えて
「時間を取られてはいけない」
と思ってしまいました。


夜は、娘一家5人が我が家に来て、一緒にご飯を食べました。
夫のベッドの側で、にぎやかでした。

小規模多機能では微熱があって2日間入浴できなかったのですが、熱は上がる事もなく36度台に下がったようです。
微熱が続くのは、少し心配です。
体力が落ちているのだと思います。

右腕が少し固くなって動きが悪くなっています。
体全体も、以前より固いのか、動かすのに前より力が必要になりました。

24日
夫がずっと座っていたソファーがボロボロになって、もう座る事もないので廃棄することにしました。
ソファーをどかすと、すっきり?かな?
少し広くなった感じです。
すこ~しずつ片付けています。
お掃除は苦手。
大掃除も小掃除もなかなか進みません。

年賀状は、なんとかやっと出しました。

娘一家は、家族でお付き合いしているお宅へ食事にでかけました。
孫のサンタクロース姿が可愛くて写真に撮りました。

夜は、娘が作った「何とか肉のワイン煮」を食べました。
美味しかったです。

25日
風邪を引いているという自覚はないのですが、鼻声が抜けなくてすっきりしません。
夜、布団に入ると咳が出ます。
長引くので受診しました。
夫の訪問診療医の所へ、薬、胃ろう栄養のラコールの処方箋を貰いに行くついでです。

腰も痛いので待ち時間にリハビリ、牽引もしてもらいました。

診察では、喉も赤くなく心配ないそうです。
感染症で夫に移してしまうことを心配したのですが、大丈夫でした。

「紫胡桂枝湯」(サイコケイシトウ)という漢方薬が処方されました。

偶然?以前に漢方クリニックで処方され、「長引く風邪症状に」という但し書きを読んで、自己判断で飲み始めた所でした。
やっぱり、これで良かったのだ!と嬉しくなりました。
強い薬など処方されず、思った漢方薬だったので、ニンマリしてしまいました。
「副作用もあまりないと思いますよ。」
と、私が薬を気にしていることをご存知なのかと思いました。

免疫力が落ちているようです。

薬もサプリメントでさえも、毎日毎食飲む、というのが続きません。
でも、少し続けて飲んでみるつもりです。

腰は、痛み止めの貼り薬を出していただきました。

午後は、孫のクライミングジムに付き合いました。
大人ばかりの中で、頑張って挑戦していました。
なかなかできなかったコースを最後に克服してゴールできて嬉しそうでした。

帰りに夫を迎えに行きました。

入浴させてもらって、さっぱりとしていました。
入浴したからか、右手も朝より動いていました。

お誕生プレゼントにいただいたニット帽をかぶって帰ってきました。

昨年は26日に転んで額を縫う怪我をしてしまいました。
何事もなく年を越せますように・・・・・・。


471. 小規模多機能のクリスマス会

21日は、夫の通う小規模多機能型でクリスマスコンサートがありました。
22日は、手作りハンバーガーを食べるクリスマス会でした。

家族の招待がありましたので2日間とも出席しました。

21日は、前頭側頭葉変性症つくしの会の交流会の場にお願いしました。
残念ながら、常連の会員さんはご都合が悪かったようです。
会長えいさんが、初めて奥様と参加されました。

えいさんには、いつも交流会の時夫の車椅子を押していただく等お世話になるばかりでしたが、これからは奥様も一緒に交流会に参加できるよう私もお手伝いできたら良いと思っています。

今回は、行きだけ私の福祉車両に車椅子で乗っていただきました。
笑顔で何やらお話できて「そうですか」と、時々私にもわかる言葉もありました。
何かお話されたい、というお気持ちはわかりました。
えいさんが私との会話の中で奥様に「お手上げだって」と話しかけると面白かったらしく大笑いの笑顔で一緒に笑いました。
たくさんの笑顔を見せていただきました。


クリスマスコンサートは、クラリネットの演奏、歌、と30分くらいでした。

夫は、久しぶりの生のクラリネットの音色に感動したのか泣きそうな顔で目を赤くしていました。
そんな目で私を見るので困ってしまいました。
声も出しそうなくらいでした。
隣りの利用者さんの女性が暖かく見てくださるので「喜んでいるんです。」というと笑顔で頷いてくださいました。
ふたりで見つめ合っているのもどうかな?と夫から目をそらして演奏を見ていました。
クラリネットの音だけに反応して、その後は泣き出す程ではありませんでした。

30分は、とても短い時間でした。

夫の様子を見て、もっと演奏を聴かせてあげたいと思いました。
はたして喜んでいるのか・・・・

刺激に反応していることは確かです。

孫娘のピアノの音の反応と同じなのかもしれません。
私が共有していないだけです。

「うるさい」という反応?
微妙に違う反応のように思います。

「ねえ、いい音だね。良かったね。」と私に目で話しかけていたようです。
長い時間私の目をじっと見ていました。


小規模多機能の玄関フロアーをお借りしての交流会もできました。
施設長さんとお話もできました。

夫は少し微熱があって、この日の入浴は中止。
夜には下がりましたが、翌日も午後の入浴時間に微熱で入浴できませんでした。
入浴拒否で1週間に1度がやっとだった頃を思えば、どうってことありません。
重症な肺炎で入浴どころではなかった頃に比べたら元気でまだまだ大丈夫です。


22日はハンバーガーでクリスマス会のイベントでした。
家族の参加は、たぶん4名。

夫は、1階のデイ。
参加家族は私だけでした。

2階、3階はグループホームになっています。
10名程の方がエレベーターから下りて来て、外で焼いて出来上がったハンバーガーを受け取って玄関フロアーで召し上がっていました。
夫に比べると皆さんお元気で、嬉しそうに召し上がる様子に涙が出そうでした。
「ご家族がご覧になったら、どんなに喜ばれるか」と、
そうか、家族が来られない方、お一人の方もいらっしゃるのかと言葉を呑みました。

「美味しかったよ」「楽しかったよお~」と笑顔が素晴らしかったです。
スタッフもトナカイさんの衣装やサンタさんの帽子や髪飾りで雰囲気を出していました。

ご招待いただいて、小規模多機能で数時間過ごし、様子が少しわかったように思えました。

利用者の皆さんが穏やかな様子でした。
そして、夫が最も重度であることもわかりました。
胃ろうは、夫ひとりだけ。
車椅子の方でも、頭はしっかりしている方や自分で食べられる方ばかりでした。

3階、2階、と順番に会食をして、夫の1階に順番が来る頃、タイミング良くかどうか
夫を見ると、あらあらズボンが濡れている・・・・
夫は食べられないので、会食からはずれてちょうど良かったのかもしれません。

個室で、オムツ交換や着替えの後、そのままベッドで横にして胃ろうと水分補給をしました。

いつもの小柄な男性が手際よく着替えをさせてくださいました。
夫は最近、右腕が固くなってきてベッドでの着替えは重労働になってきています。
「腰が痛くなりませんか?」と聞くと
「ええ、このベッドのように高さが低いと時々痛くなります。」と。
お部屋によって、ベッドがいろいろで、ちょうどお借りした部屋は高さ調整ができない簡易ベッドだったようです。
「ちょっとした動きで腰を痛めるんですよね~」
と話をしながらも体を動かし手早いです。
私のために、椅子もささっと持ってきて恐縮してしまいました。

そうこうするうちに、クリスマス会も終わって、予防接種のお医者さんが見えたり、と動いていました。
特に家族会のような集まりも今回はないと聞いて、夕方の迎えまで近くのショッピングモールで買い物を済ませ、まだ時間があったので、ふと思いついて、以前申し込んでいた特養に行ってみました。

特養
電話をして相談員さんの都合を聞いてから、と思いながらも
「行って見よう。ダメなら出直そう。」
と行って見ました。
3年程前に、最初に申し込みをした時の相談員さんが応対してくださいました。
「入所待ちの状況を伺いたい」とお話しました。

結論
「胃ろうの人の受け入れ人数を決めているので現在受け入れられない。」
とのこと。
「空きができ次第連絡しますが、胃ろうの方は栄養も行き届いていますから・・・」
可能性も今のところなさそうです。

特養へ行って見たのは、クリスマス会でのこともありました。

夫が施設に居る方が、私は夫に対して良い関わりができているように感じたからです。

家に居る土日は、ほとんど寝かせたままなのです。
平日、送迎のためベッドと車椅子の移乗、オムツ交換、着替えがだんだん負担になってきています。

クリスマス会の日は、夫の側でマッサージをする余裕がありました。
スタッフとお話したり、良い時間でした。
こんな風に私が施設の夫の所へ通った方がお互いにいいのかもしれない、とふと思ったのです。
「年末年始はご家庭で」と書かれていたこともプレッシャーになり、さらに1月の予定では「日曜は看護師が基本的に休みですので・・・注入に来れますか?」といわれてしまいました。

看護師さんと直接お話して「彩星の会」の日はお願いできました。

もう無理はしないことに決めています。
小規模多機能の状況が見えてしまうとお願いするのも気を使ってしまうのですが、しっかり要望は伝えたいと思います。
「腰が痛い」となかなか言えなかったのですが、な~んとなく軽く訴えて来ました。
特養の相談員さんには、しっかりと言ってきました。


クリスマス会とお誕生会が一緒だったとのこと。
夫も12月生まれですので、プレゼントをいただきました。
手作りの色紙。細かいクラフト工作、素晴らしい作品です。
「私がここ、造りました。」と看護師さん。
夫のことを思い、細かい作業をコツコツとしてくださったのです。
有難いです。
「写真は、こんな風にして撮りました。」と目線もバッチリです。
夫は、いつもお世話になる看護師さんを認識して目をしっかり見るのです。


まだ、もう少し何とかなりそうですが、今後の事、施設入所に向けて考えたいと思います。



470.今日の一日

12月18日(月)
毎日、何事もなく過ぎていきますが、何もないわけでもなく何かあっても忘れてしまいそうです。
日記を書くという習慣もなく、毎日決まった時間に決まった事を、という時刻表的生活は苦手です。
昔から真面目で几帳面だった夫とは大きな違いです。

かなりズボラでいい加減です。

朝も早起きが苦手です。
でも、起きます。
隣りの孫が犬にご飯をあげるために出てくると窓をコンコンと叩きます。
その時間には、起きて「おはよう」と言うのが日課です。

真ん中の孫娘は、昨日長かった髪の毛を切りました。

「へアドネーション」といって病気でウィッグを必要とする子供用に毛髪を寄付することにしました。
31cmの長さが必要でした。
美容院で小分けにゴムで縛って切ってもらい、一束にまとめて今日郵送しました。

七五三の日本髪のために長く伸ばしていましたが31cmのためには、孫が思ったより短く切ることになってしまったようです。
おかっぱで可愛いのですが、昨日は少々不満顔でした。

「今日、送ったからね。良い事したんだよ。ありがとう。病気で髪の毛のない子のために30人以上の人の髪の毛が必要で足りないんだって」と話しました。
「ふ~ん。どんな病気?じいじみたいな病気?」

というので、いろいろ話をして、夫の病気については「脳神経の難病」と話をしました。
「なんびょう?のうびょう?」と勝手に変えていましたが病気だということはわかっているようです。

孫娘の大切な髪の毛は、忘れないうちに郵便局から送りました。


夫は昼も夜も、このごろ良く眠ります。
特に、デイの休みの土日は、疲れを取るかのように寝ています。

今日は、月曜日、デイに行く日です。
早めに起こして、オムツを替えるのですが、また寝てしまいます。

オムツを替えるのが、このごろ重労働です。
夜、良く寝ていると思うのですが、やっぱり手をいれているらしく今日も全取っ替えです。
シャツとトレーナーは、上半身を起こした方が着替えやすいので起きてもらいました。
といっても、自分でからだを動かせなくなっています。
体の向きを変えて、ベッドから足を降ろして、上半身は電動ベッドで持ち上げてから起こします。
何とかベッドの柵につかまって、座ってもらい、着替えをさせます。
え~と、よく動く左から脱がせて・・・
倒れそうになる体を支えながら、着せる時は輪っかにして首に入れて右手から・・・・

と、やっと着替えさせて即汚れ物は洗濯です。
お天気で助かります。

胃ろう栄養のラコールは、パックごと温めて入れるといい、と看護師さんに教えていただきました。
2パック入れるのですが、2パック目を入れたかどうか忘れてしまうので、最初から2パック用意しています。

水分を多めにあげるように、といわれシリンジで600mlくらい入れています。
便通がいいように、食物繊維や乳酸菌飲料や青汁やジュースなど、いろいろ。
日替わりで、気紛れです。

気持ち良さそうに眠っている夫を起こしてデイに送っていく準備をするのが、また重労働になっています。
オムツ交換を、と見てまたビショビショ! という時もあります。
今日は無事でした。
いや、確認したかな?たぶん大丈夫だったと思います。
「濡れていてもそのまま連れてきてください。」といわれているので気にしていません。
「出がけに着替えで時間がかかって行かれないんですぅ~」と電話で訴えた日もありました。

どうしても、出発までに時間がかかってしまいます。

今日は、オムツの大きめパッドの補充も持って行かなくてはなりません。
痰の吸引器も持参です。

夫を車椅子に乗せて、ジャンパーを着せて・・・
おっと、今日は空き缶の回収の日。
市内の障害者施設の方がアルミ缶(ビールの空き缶)を回収に来ます。
空き缶を隣りの場所へ、ちょっと置きに・・・
ちょっと、と思って戸を開けたまま出たのが大間違い。
すぐ、そこなのですが、後ろ向きで隣りの空き缶整理をしていたら、そら君がお散歩に出てしまいました。

ちょっと置くだけのはずが、ちょっとではなかった。
隣りの犬が、やけに吠えると思ったら教えてくれたのね。

家に戻ったら、出れないはずのそら君がいないのであわてました。
家の前の歩道を優雅にお散歩していました。
「あ~ら お散歩?」
「いえいえ脱走です~」
笑われてしまいました。
無事身柄確保。

隣りの犬に「さっきは教えてくれてありがとう。」と声をかけて夫の車椅子を押して出発です。
スロープが娘の家の駐車場の一部にかかっていて駐車場経由で出入りしています。

娘の家の駐車場に車を入れてもいいのですが、入れ難いので自分の家の前まで車椅子を押して来て家の前で車に入れています。

帰りはその逆です。
家の前で車椅子を下ろし「ちょっと待っててね。」と車庫入れを済ませて、隣りの駐車場、スロープを通ってリビングへ入ります。
車椅子のまま入れるようにリビングの入り口のベッド周辺にマットが敷いてあります。

小規模多機能では、今日は入浴しました。
水分補給も2回、300mlしたそうです。

今日は、デイに行っている間、郵便局、買い物、それに、タイヤ探し、とよく動きました。

車を福祉車両にしたので、冬用のスタッドレスタイヤを見に行ったのです。

今までは時間がなかったので、ディーラーにお願いしてそのままいいなりでした。
今回は、少しでも安く、でも安心できるタイヤを探しています。

いいのは******と3店で同じメーカーをいわれました。
タイヤのサイズが特殊なので、中古ではありませんでした。
韓国製やイタリア製でいくらか安いタイヤもありました。
高いタイヤの半額です。
考え中です。

3店目を見に行って、暗くなって迎えの時間になってしまいました。
富士山のシルエットがとても綺麗に見えました。

469.前頭側頭葉変性症 つくしの会 定例会

前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会は第二木曜日
12月14日でした。

今回は10名以上になる予定でした。
今後は会場を変更しなければならないかと相談していました。
定例会が無事進行できるよう、時間配分も考えていました。

実際には8名でした。
テーブルを寄せたためか、声も通って皆で話し合うことができました。

会長、えいさんの挨拶で始まって、連絡事項。
新しくなった都の若年認知症ハンドブックと会則も配布されました。

新しい方も1名、不安そうにしながらもお話していただけました。
車の運転で困っているという話では、同じ経験をしている方から、それぞれ経験談がありました。

前頭側頭型認知症と診断されながら、処方されたのが「アリセプト」という話は、どうしてなのか疑問を通り越し、怒りを感じます。
脱抑制の症状も強く出ているというのに・・・・

アリセプト(ドネペシル)はアルツハイマー型認知症の進行を抑える作用があるとされています。
素晴らしい薬だと思います。
開発されテレビに登場した時の感動を覚えています。
でも、前頭側頭葉変性症に有効であるという確証はないばかりか、副作用もある薬です。

どうして、医者は認知症だからとすぐ「アリセプト」を処方するのでしょうか?

アルツハイマーの方でさえ、実際に「3日飲んで気持ちが悪くなった」という当事者のお話も聞いたことがあります。
はっきり自分の不調が解って言葉にできる人は止める事もできます。
副作用の説明があって注意しながら服用しなければならないはずです。

2009年に夫が最初に処方されたのもアリセプトでした。
「効かない」と夫は自分で医師にいって止めました。
「この病気に効く薬はありません。」という話を聞いてたかどうか、どうして処方されたのか夫ひとりで通院させていたので詳しい事がわからないのです。
すぐに止めて良かったと思います。
ただ、薬の治療もなく、他の治療もなく、次は1年後の受診というのは困りました。

話が飛びました。
つくしの会で「アリセプトの処方?」の話でした。

ランチを食べながら、それぞれ困っている事や近況報告など話ができました。

最後に、私から「役員をもうひとり、ふたりどなたかお願いしたい」とお話しました。
「会長とふたりだけでは意見が分かれた時困るのです。」
というと皆さん「それは困る」とわかってくださって、
「お手伝いしたいけど・・・・」と考えてくださって嬉しかったです。

「私で良ければ、お手伝いします。」
という方がいて決定です。
「デイに行かれるようになったら交代します。」
「補佐をします。」
という申し出も有難かったです。

前頭側頭葉変性症 つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

468.古稀です

12月4日(月)
夫の70歳の誕生日です。
古稀です。
画像
小規模多機能型のデイから帰って、写真を撮りました。
お兄さんとお姉さんに送りました。

ブログには、後ろ向きで、と思って反対を向かせたら
カーテンしか見えなかったからか、いたずら?

カーテンを手で掴んでいました。

この後、予想はできていました。

そ~っとじわじわカーテンを口に入れようとした所でストップしました。

カメラを向けると、まぁまぁカメラ目線でした。
ハッピーバースデイを歌うと笑っていました。


無事、古稀を迎えました。

467.診断は難しい

受診のお話をもう少し詳しく書き残す予定でした。
どうして受診したか、というところまで書きました。
予想はしていたもののPSPS-FTDという診断を受け
文献を調べる日が続きました。

わかったことは、
「診断は難しい」
ということです。

FTLD(前頭側頭葉変性症)と一括りにすれば解決と思っていました。
CBDもPSPもFTDもSDもFTLDとまとめられるのです。


FTLD(前頭側頭葉変性症)でさえ、
FTLDは病理診断名とし、臨床診断名はFTD(前頭側頭型認知症)を用いる
と書かれているレポートもありました。

病理診断でタウ蛋白の種類によって分類されることもわかりました。

CBDもPSPもAGDも同じ4リピート蛋白の仲間。

さらに「ピック病」の考え方も生きていることがわかりました。
そうなると、PSPSもCBSもピック病の仲間となるわけです。

おっと、この辺はややこしいので止めます。
病理診断って生きているうちにはできないのです。


つまり、夫のような症状にどのような病名をつけるかは難しいということがわかりました。

そして、
今さらながら

進行性の脳神経の変性疾患。
しかもとても珍しいタイプ。
大変な難病と闘っているのです。

初診のころ、症状は現われないのに、脳は病変していたのです。
他の脳の部分が頑張ったのでしょう。

脳は不思議です。



診断の日のこと

忘れないように書いておきます。

2017年11月14日(火)です。
初診は予約が必要でしたので、4時に予約しました。

前頭側頭葉変性症つくしの会のえいさんが、一緒に行ってくださり、ほんとうに有難かったです。
ひとりでは、諦めていたと思います。

福祉車両に夫を乗せて、出発。
運転は私。えいさんに道案内をお願いしました。

小雨でした。
クリニックの近くの駐車場が満車でした。
少し離れた駐車場が空いていましたので、夫をクリニックの前に降ろしてから私が車を移動させようかと思っているとクリニックに近い駐車場が空きました。

ビルの中のクリニックでした。
予約してありましたので、予定時間に呼ばれました。

画像を受付で出していました。
病状経過の記録も事前にメールに添付して読んでいただいていました。

画像を見ながら
「やっぱりPSPですね」
といわれました。

中脳の萎縮、独特のハミングバードサイン
と先生に説明されても、私は「そうなのか」と見るだけでした。

後で、文献の画像と較べても、記憶の中なのでそうか、と見るだけです。

画像診断では、そうでした。
今の画像ではなく2009年の画像での診断です。

先生は夫の首の動きの固さを指摘されました。

そしてPSPの一番の特徴。
目の上下の動きが難しいことを暗くして診ていました。

右手の固い動き。
掴むと離さない。ということも指摘されました。

自分の意志に反する動き、といわれましたが、その点は少し疑問です。
テーブルの上の書類に手を出すといった行動も見ていました。
歯軋りもしていました。

AGDということばも聞きましたが、調べるとこれも病理診断名です。
よくわかりません。
なぜ、AGDの可能性をおっしゃられたのか、聞き間違いなのか、かもしれなかっただけなのか。

4リピート蛋白の仲間です。と言う話は熱弁でした。
私が興味深く聞いていたからか、早口で専門的なお話を続けられました。

パーキンソン薬の話も聞きました。
すくみ足には、この薬が効いたかもしれない、という薬の名前もなるほどでした。
飲まなくて良かったと思いました。

薬の服用暦をご覧になって、「レミニールは良い選択でしたね。」
といわれたのは、救われた思いでした。
「レミニールで拘りが強くなったのではないかと思っていました」
というと、「アリセプトやリバスタッチにしていたら、もっと早く1年でこの症状が出たと思います。」
と仰られ「この先生良い処方だ」と言っていただきました。
(薬を決めたのは私でした・・・・)

そして、すくみ足の症状が薬の副作用などではなく病気の進行によるものだとわかりました。

精神病院退院後のケアの仕方が悪かったのか、抗精神薬の後遺症なのかとずっと気になっていたのです。

ここなのです。

在宅介護とはいっても、すくみ足の症状が出た頃、泊まらせてばかりで歩かせていなかったのです。
私の勝手な自己満足で退院させて良かったのか?
夫は病院内を自由に歩いていたはず。
若くて可愛い担当看護師さんも気に入っていて笑顔で言葉も出ていた。。。
老健ではリハビリもやっていた。。。。

「ケアが悪いのではないかと思っていました。」
というと
「いや、それは違いますよ。」
と言っていただいて良かったです。


ここまで来ると治療効果は期待できない、ということはメールで事前にお聞きしていました。

一般的な治療法の説明はありましたが、具体的なこと
「今の主治医に推奨する薬を処方して貰っていいですか?」
という質問には
「我流の治療法です。私は、すぐに複数の薬を出す事はしません。」とのこと。

「まず試されては?」と
推奨するサプリメントをたくさんいただいて終わりになりました。

病名は、どうであってもたぶん医学的な治療法はないのだと思います。

診断が難しいのですから、薬物治療はもっと難しいと思います。

約1時間の診療時間は終わりました。
えいさんはずっと待合室で待っていてくださっていました。

会計は、指定難病の医療証が限度額を超えていましたので支払いはありませんでした。

外はすっかり暗くなっていました。

「大丈夫?運転しましょうか?」
「はい。お願いできますか」
とえいさんのお言葉に甘えて帰りの運転を替わっていただき助かりました。


診断を受けても、すぐにはどう受け止めていいかわかりませんでした。


夫は夫なのだからとわかっているのですが、
PSPは?どんな病気?
FTLDとどう違って、どうしてそうなるのか?

典型的な症状は、どれも当てはまらないことばかりでした。
知らない、知られていないことも多くありました。
ますます知りたくなってしまいました。

先生がメールで「真の難病」という表現をなさっていました。
脳の部分が次々と侵されていく難病。


私の脳の能力にも知りたい欲望にも限りがあったのか、ここまでのようです。
落ち着いています。


夫は今までと何も変わりありません。
穏やかな毎日です。

初診で左側頭葉に血流の変化があって「前頭側頭葉変性症」と診断を受け
語義失語がはっきりして「意味性認知症」と診断されていました。
どれも正しい診断だと思います。


問題は「診断」ではなく「介護」で「生活」だと思います。

また気が向いたら、調べたことを書き残したいと思います。(おわり)

466.コインランドリーへ

11月28日(火)
1日がとても短く感じられます。
寒くなるのも今年は早いように思います。

訪問看護の日でした。

昨日、布団に入ってから、夫のオムツを替えていないことに気がつきました。
いつも、この寝る前のおむつ交換が一大事です。
びしょ濡れになっていると全部着替えさせるのです。

彩星の会で「夜の尿漏れ」の質問があって
「笑うしかないですよ。」と笑って答えたのですが
真面目に介護している方に申し訳なかったと反省しています。

「オムツ選びが重要です。吸収力が良く肌に優しい物を」とか
「オムツの当て方は、しっかり体に合わせて、」とか
「横にパッド1枚、しっかりオムツの中に入れて」とか
もう少し答え方があったのではないかと思っています。

でも、どんなにいいオムツでも、当て方を工夫しても、手を入れないように工夫しても
「なぜ?」と思うくらい濡れてしまうのです。

「オムツが濡れていないのに、シーツが濡れる」
という不思議な現象にも、笑うしかないのです。


はい。
それで、布団に入ってからおむつ交換に起きるか、寝てしまうか。
もうすっかり眠るモードでした。
朝のびしょ濡れを覚悟して寝ました。
ゴメンナサイ
すぐ眠るタイプです。

朝、予想的中。当たり前です。
あ~らら、毛布だったのね。

いつもタオルケットか綿毛布を下にかけていたのですが。
運悪く、分厚いふかふか毛布を腰に巻きつけて、少しだけ濡れていました。

夫を訪問看護の後、送って行き、毛布を持ってコインランドリーへ行きました。

実は、コインランドリーって殆んど利用したことがなかったのです。

新しく開店したコインランドリーに「リラックスルーム」があったので行ってみようと思いました。

分厚い毛布1枚だけ持って、キョロキョロ。
誰もいないので、ゆっくり、じっくり説明を読んで、
ドラムに毛布を入れて、お金を入れてスイッチONでOKです。

隣りの「リラックスルーム」良かったです。
初めは、座ってコーヒーを飲んでいたのですが、隣のマッサージチェアが気になりました。
時間もかかるので、マッサージチェアに座ろう、と決めました。

これ、良かったです。
無料なんです。
お金を入れるところがなかったのです。
日帰り温泉で200円くらい入れたと思います。
なんだか嬉しくなってしまいました。

15分コースを2コースと5分のクイックコース。
気持ち良かったです。
しあわせ~

毛布もふっかふかになっていました。

コインランドリーまた行きたいと思います。

夕方、夫を迎えに行きました。
ベッドで寝ていた様子。
お部屋に見に行くと、おむつ交換中。
ベッドに地図が~
プロの方でも漏れるのです。
仕方ないです。

着替えさせていただいて、家に帰りました。
今日は、しっかり防備してから寝ます。

465.彩星の会へ

11月26日(日)
若年認知症家族会 彩星の会の例会に参加しました。
2ヶ月に1度の例会を楽しみにしています。

今回は「より高度な在宅介護をめざして」というシンポジウムでした。

第一部「若年性認知症と在宅介護」と題して、先生の講演。
若い先生の声は抑揚もはっきりしていて聞きやすくお話もわかりやすかったです。
嚥下に関する図での説明は印象に残りました。
時間が足りなくなるほど質問もたくさん出ていました。

第二部パネルディスカション
彩星の会の会員5名がパネリストでした。

15年在宅介護をなさっている男性介護者のお話に感動してしまいました。
短い時間に短い言葉でしたが、
「つらいことはたくさんあったけれど、ひとつひとつクリアして・・・」
と言う声だけで涙が出そうになって困りました。
「一緒にいたかっただけです。」という言葉にも泣きそうになってしまいました。
車椅子になった奥様も一緒にいつも2次会にも参加される方ですが、お話を聞くのは初めてでした。


えいさん、Yさんもパネリストとして、経験談を落ち着いてお話されました。
とても良かったです。
何だか身内の話のようで「知っている」という感じでした。


彩星の会に出席するようになって3年になりました。
孫が3歳になりました。

初めて彩星の会に出席した日は、孫の生まれた日11月23日です。
3年前です。

今回も出席して良かったと思いました。
夫を泊まらせての出席です。

仲間がいる、仲間と会ってお話できる、それだけで落ち着きました。
つくしの会でお誘いした方も見えて、先生に質問なさっていました。
入会されて嬉しかったです。

2次会にも参加しました。

アルバの会さんから資料をたくさんいただきました。
ブログを読んでくださって医学の専門的なお話ができました。
私のために医学専門誌のコピーをいくつもまとめてくださって有難いです。
お話できて嬉しかったです。

お陰様で、その文献を読んで
「お腹いっぱい」という感じです。

満足してしまいました。

「知りたい」という欲望も
「これでどうだ~」という感じです。
英文が読めないのが悔しいです。

仲間に会って、たくさんお話してたくさん笑って細かいことは解決できたようです。

みんな若年性認知症の仲間です。

同じ人間です。

同じ時を生きています。

同じです。

3次会のカラオケまで行き、誰も居ない家に帰りました。
愛犬そらは爆睡していました。

464.PSPS-FTDと診断されるまで

PSPS-FTD:進行性核上性麻痺症候群前頭側頭型認知症タイプ

PSP:進行性核上性麻痺(病理診断名なので生前の確定診断はできない。)
PSPS:進行性核上性麻痺症候群
FTD:前頭側頭型認知症

2009年、夫はFTLD(前頭側頭葉変性症)の中のSD(意味性認知症)と診断されました。
2015年、小刻み歩行や突進歩行といったパーキンソンのような症状は、向精神薬の副作用を疑って療養型精神病院を退院させ薬を中止しました。
2016年4月頃から、すくみ足の症状が出て急に歩行困難になりました。

その頃から、この症状がどうして現われるのか、SDでこの症状が出るのか、疑問に思っていました。
リハビリができないかと、リハビリ施設が併設されているクリニックを受診すると、「パーキンソンです。」とパーキンソンの治療薬を処方されました。
効果は疑問でしたし、副作用が心配でした。
ドーパミンに作用する薬は飲ませたくありませんでした。
疑わしいと感じ、増量せずに独断で止めたことは正しかったと、今になってわかりました。

以前からの主治医だった総合病院の神経内科の先生に質問すると「神経の変性症ですから、いろいろな症状が出ます。パーキンソンの薬も飲んでも良いでしょう。」といつもながら無難なお答えでしたので自分で判断するしかありませんでした。

「セカンドオピニオン」も考えていましたが、他の大きな病院で検査をしても、この先生と同じような答えしか出ないのではないか、「脳神経の変性疾患ですから・・・・」というのは正しいし、病名が変わってどうなるのだろうか。
症状に変わりなく、同じ進行性の難病なのだから、これ以上辛い検査は受けさせたくない、と思いました。
「CBD(大脳皮質基底核変性症)ではないかと思うのですが・・・」という質問にも「CBDだとしても根本的な治療薬がないのです。」というお答えでした。

結局、私は納得して病名に拘る事はなくなっていました。
夫は夫であって、その症状の名前がどうであれ、生活に変わりはありません。

指定難病となったことで、研究も進み、FTLDに運動障害が出る症例もあることがわかりました。
脳神経の変性症なので関連する脳も影響されるのだろうと思っていました。

歩行困難は進行して、転びやすくなりました。
2016年12月に自宅で転倒して目の上を縫う怪我をしました。
介護ベッド、車椅子を1階のリビングに入れました。
進行速度は速くなりましたが、自宅で生活できるからか夫は穏やかな顔を見せてくれました。

急な嚥下困難、誤嚥性肺炎で胃ろうとなりました。

病名などどうでも良く、いつまでも穏やかに、と考えていました。
夜のオムツの尿漏れ対策や楽な移乗、運動機能を維持すること等日常の介護の事の方が重要です。


「意味性認知症の症例」の講演会で神経内科の先生とお話してからです。
先生は「意味性認知症はメマリー単独で効く」と独自の治療をお話されました。

夫の症状についてメールで質問すると
「SDでその症状は出ません。PSPかと思います。」
というメールをいただきました。

PSP、CBDの方がご専門でFTDは3年前から診るようになったそうです。

「知りたい」という気持ちが復活していました。

たとえ病名が変わっても、同じ難病です。
受け入れられると思っていました。

2009年初診時の画像が手元にありましたので見て頂きたいと思いました。
先生のお話ももっと聞きたいと思いました。

遠いクリニックでしたので、私ひとりでは諦めてしまったかもしれません。
えいさんが一緒に行ってくださるというので決意しました。


受診については、次に書きます。
忘れないうちに書き残しておこうと思います。

講演会は10月29日。
受診は11月14日。
その間に新潟、七五三など・・・いろいろ、です。
落ち着いたので、書ける時に書きます。


463.進行性核上性麻痺(PSP)

2009年に前頭側頭葉変性症(FTLD)と診断された時と同じように、ネットで病気の情報を集めようとしています。
当時よりも、FTLDよりも情報量は多いです。
でもPSPS-FTD(進行性核上性麻痺症候群の前頭側頭認知症タイプ)についての情報はほんの少ししか見つけられません。

ほとんどが典型的なPSP リチャードソン症候群(PSP-RS)が中心です。

認知症といえばアルツハイマー型だけが注目されているように、まだまだ知らない、知られていないことがわかりました。


「進行性核上性麻痺」とはどのような病気ですか

脳の中の大脳基底核、脳幹、小脳といった部位の神経細胞が減少し、転びやすくなったり、下方を見ることがしにくい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状がみられる疾患です。初期にパーキンソン病とよく似た動作緩慢や歩行障害などがみられて区別がつきにくいこともありますが、パーキンソン病治療薬があまり効かず、効いた場合も一時的のことが多く、経過がより早く進む傾向があります。

難病情報センター
進行性核上性麻痺(指定難病5)  より抜粋
http://www.nanbyou.or.jp/entry/4114


[進行性核上性麻痺とはどういう言葉の意味ですか]
Progressive “進行性”とは-病気が,診断された時から末期の段階まで,典型的には3年から10年の間,時間経過につれてゆっくりと悪くなること意味します。
Supranuclear “核上性”とは-眼球の上下方向の動きをコントロールしている脳幹の領域を意味します。
Palsy “麻痺”とは-弱くなること,ここでは眼球が動かなくなる”麻痺”を指します。

  全国進行性上性麻痺の患者・家族会(PSPのぞみの会)
    http://pspcbdjapan.org/index.htm/
      「PSPで分かっていること」より抜粋

PSP進行性核上性麻痺  診療とケアマニュアルver.4
http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/pdffiles/PSPv4.pdf
詳しく、わかりやすく書かれています。
MRIで特徴的な中脳の萎縮が見られる。
中脳の上部にハチドリの嘴状の萎縮がありハミングバードサインと呼ばれている。

今日の臨床サポート
https://clinicalsup.jp/jpoc/
進行性核上性麻痺

その中のエビデンス「PSPでは認知行動異常を来しやすい」
というレポートも興味深く読みました。


進行性核上性麻痺ー日本神経病理学会
http://www.jsnp.jp/pdf/cerebral-14

病理学のこのレポートが一番すっきりして、なるほどと思えました。

PSPはCBDと同じくニューロンとグリアの両方に4リピート型の異常なリン酸化タウが蓄積するタウパチーであり、病理確定診断はタウ異常構造物のタイプと分布に基づいている。PSPはCBDの近縁疾患であり、ともに臨床・病理にバリエーションに富む疾患であり前頭側頭葉変性症(FTLD)に属する。

PSPもCBDも病理診断で診断される。臨床ではPSPS、CBS。
ならば、FTLDも病理診断でなければはっきりしない?
ということでしょうか?
亡くなってから脳を開いて見ないとわからない・・・。
臨床診断は予測でしかない・・・・。

非定型PSPの特徴
PSPの亜型として定型型(PSP-RS)と変性領域(タウ病変の分布など)が異なるいくつかの非定型的PSPが報告されている。各タイプの頻度は、PSP-RSが約50~60%、PSP-Pが約30%とされている。その他の非定型PSPは少数で、PSP-FTDが4%、PSP-CBDが3%と報告されている。


大脳皮質優位群PSP-RSより大脳皮質が強調されるタイプとして、PSP-FTD、PSP-PNFA、PSP-CBD、PSP-PLSが報告されている。
PSP-FTD(PSP-with frantotemporal dementia)病初期に行動異常や認知機能障害が目立ち、前頭側頭型認知症(FTD)と診断されるPSP症例があるが、進行するとPSP-RSと同じ症状を呈するに至る。PSP-FTDではPSP-RSと較べて皮質下神経核の病変は同じ程度あるが前頭葉のタウ病変が高度と報告されている。


PSP-FTD進行性核上性麻痺前頭側頭型認知症タイプ
臨床診断では、PSPS-FTD進行性核上性麻痺症候群前頭側頭型認知症タイプとなる。
夫はこのタイプのPSPらしい。

PSP-PNFA(進行性非流暢性失語タイプ)
非流暢性失語は失構音(アナルトリー)喚語困難の二つの要素で構成されるが、多数のPNFA例を分析した報告では失構音のみの場合はPSP,失構音に喚語困難を伴う場合はCBDであることが多いという。PSP-PNFAでは早期に失構音が現われる。大脳病変は左下前頭回を中心に前頭・側頭・頭頂に広がる一方で、皮質下神経、脳幹の病変が軽く、PSP-RSに特徴的な症状に乏しい。
このタイプは、ますます診断が難しそう。


夫は中脳の萎縮が2009年の初診時の画像ですでに見られるのだそうです。

指定難病の判定基準の項目に今の状態は合致します。


[総括]
お勉強に疲れてきたので、一度まとめます。

PSPS-FTDという診断をいただいたのですが、わからないのです。

調べてみてわかった事は「診断は難しい」ということです。

「SD(意味性認知症)ではないかもしれない」という疑問はずっとありました。

PSPもFTLD(前頭側頭葉変性症)に属するなら、夫は「前頭側頭葉変性症」です。


「左側頭葉優位のピック病」というのが一番ピッタリくると思っていました。


語義失語で始まった症状は、脱抑制の症状も加わって、これもSDの症状かと思っていたら、小刻み歩行の症状が現われ、向精神薬を中止しても、すくみ足、歩行困難、転倒、そして急な嚥下困難の症状。
「PSPやCBDのような症状が現われるFTLD」というのかもしれません。

中脳の特徴的な萎縮が見られるのでPSPの非定型タイプなのかもしれません。

急な運動障害も納得できます。
脳幹の障害です。
FTLDでもやがては周辺の部位が萎縮していく・・・と思っていたのですが、初診時から中脳が萎縮していたのです。

PSPの典型的な「転びやすい」という症状が出てこないPSPのタイプがあることもわかりました。
物忘れのない認知症が知られていないより、もっと知られていないと思います。

難病です。

「難しい病気になったのだ」とあらためて思いました。

今回はここまで。。。。。

462.いい夫婦の日

11月22日
いい夫婦の日。

この日が命日となった若年認知症のご夫婦を思い出していました。

介護ベッドで寝ている夫。

「今日はいい夫婦の日なんだって。◎◎さん、側にいてくれてありがとう。」
というと「ひははは~~」と笑い顔になりました。

「大丈夫よ。ずっと側にいるからね~~~」
というと、
「え~~ほんと~~~?」とでもいうように私をじっと見ていました。

あまりにもじ~~~っと見るので
「大丈夫! 私は大丈夫よ!」と答えました。

じ~っと見つめられると、なんだか心が全部読まれているような気になります。

461.前頭側頭葉変性症つくしの会交流会

前頭側頭葉変性症 つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
11月16日(木)画像つくしの会の交流会に夫と参加しました。
今回は、3組と会長さんの6人と取材の方が一緒でした。

夫は車椅子で参加。
みんながお昼を食べている時は、ちょうどお昼寝タイムだったようです。

それぞれ持参したお昼ご飯を食べながら歓談しました。
夫以外のお二人は、食欲もあって会話もできてお元気そう。
一見普通の人に見えるのが前頭側頭葉変性症の人です。
家族にしかわからない悩みもあるように思います。

その場にあった冗談を発して皆を笑わせてくださった方のことも、家では笑えず苦労なさることもあるようです。

夫がまだ歩いている頃こういう会に参加できたら、どれだけ気持ちが救われたでしょうか。
一見普通の人にしか見えないのが悩みでもありました。

今は仲間がいます。
在宅介護を支援してくださる専門家の方もいます。
相談できる場所もあります。


仲間と笑って話ができます。
「障害年金は65歳までに2級になるように申請して」
という話もできました。

私が、つくしの会の会員ではない方の相談を受け資料を送るという話をすると
「会員になってもらえば?それから提供したら?」
とアドバイスをいただきました。
有難いです。


夫も喜ぶパークトレインに乗りました。。画像


紅葉が綺麗でした。

イチョウの葉が黄色くなって綺麗です。
夫の散歩に付き合いながら、銀杏をたくさん拾ったことを思い出しました。

そして、1年前の交流会では寒かったことも一緒に歩いた方のことも思い出しました。

夫は車椅子なので最後部の車両。
他の皆さんとは離れてしまいましたが、下車する時は皆さん笑顔でした。





460.意味性認知症だったはず

臨床診断は難しい
いろいろな症状が出て、病名が変わることもあるらしいです。

11月14日 PSPがご専門らしい神経内科の先生に診ていただき
PSPS(進行性核上性麻痺症候群)FTDタイプと診断を受けました。

さらに
嗜銀顆粒性認知症(AGD)から変化した可能性もある、と。

2009年の初診の画像で中脳の萎縮がありました。


上下の目の動きが困難。
首が固い。
右手に把握反射がある(?)
手が意思に反して動く(?)

と、夫の状態からも診断されたようです。
「右手は目の前のものを握ろうとして、握ると離さない。これは把握反射です。」
「手は他人の手のような勝手な動きをします。」と説明されました。
私には、少し違うようにも思えました。
「女性の手をジワジワと触ります。」とは咄嗟に言えませんでした。
「目の前に出された先生の手を握ったのは、先生が気に入られたからで、夫は気に入らない男性の手は握りません。」とも言えませんでした。
左手の動きが良いのは左利きだからです。


「今の状態ならPSPで難病指定書けますよ。」
と言われましたが、「意味性認知症で難病指定受けています。」
と言うと「それなら、それでいいでしょう。」と言われました。

約1時間、「タウ蛋白のR4の蓄積が原因」とか「AGD、CBD、PSP・・・」とか専門的なお話をたっぷり伺いました。

事前にメールで夫の病状経過をまとめてお知らせしてありました。
プリントされ、その中で、転倒して骨折、小刻み歩行、パーキンソン症状などに赤線が引かれていました。
特に、嚥下障害、歩行困難の急激な変化に注目されたようです。
「嚥下障害からPEGが早いですね。」と言われました。
後半の数行、肺炎からの変化に赤線が引かれていました。

でも、
意味性認知症の独特の症状については、ひとことも聞かれることはありませんでした。

PSPSのFTDタイプ 
早期は脱抑制、自分勝手な言動、PSPSの約10%

個人差が大きく、夫は、とても珍しいタイプらしいです。



振り返って、夫の過去の症状は、やっぱり「意味性認知症」そのものです。
画像を読む力はありませんが、左側頭葉の萎縮があります。
言語の検査もいろいろしたはずです。
なので、「意味性認知症」という診断でも間違いはないと思うのです。

意味性認知症だったはず。

いや、でも、その症状は「意味性認知症」か?
「進行性核上性麻痺」「大脳皮質基底核症候群」でも出るらしい。


分類の仕方もあるのでしょうか。
「進行性核上性麻痺」「大脳皮質基底核症候群」も前頭側頭葉変性症となるのでしょうか。

前頭側頭葉変性症の概要の中には
3.症状  
その他
・進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核症候群の臨床症状を示すことがある。

と書かれています。

前頭側頭葉変性症という大きな括りとする考え方もあるようです。
いろいろな文献を読んだので、どれだったか・・・


菊池病院のパンフレット「前頭側頭葉変性症 ご家族・介護者の皆様へ」より
*「前頭側頭葉変性症」の中には「前頭側頭型認知症」「意味性認知症」
  「進行性非流暢性失語」「嗜銀顆粒性認知症」と言う病気があります。


この「嗜銀顆粒性認知症」に先生は赤丸を付けて渡してくださいました。
「仲間が関わったもの」というようなことを小声の早口で呟いていました。

進行して脳の萎縮がどんどん進んでしまった・・・・

中脳の萎縮・・・・知らなかった。

「画像を読み取る医者がいないのです。」と先生。

夫は、こんな脳で頑張ったのだ。今も頑張っている。

「他の脳が代替して機能することがあります。」
と先生の説明でした。

診断から3年は、ゆっくりとした進行でした。

そうか、「意味性認知症なら、もっと穏やかで、そう、長生き・・・」
ちょっとだけ、余命宣告を受けたような気持ちにもなりました。


先生は薬の服用記録も読んで、「レミニールは良い選択でした。」と仰いました。
進行が抑えられたのだそうです。
良かったです。
私は、診断4年後くらいにこだわりが強くなったのはレミニールの作用かと疑っていました。
パーキンソン症状も抗精神薬の副作用ばかりではなかったようです。
パーキンソンの薬を処方されても早く止めたのは正しかったようです。


メールでは
「ターミナルステージで脳の残存細胞が極度に減少していれば治療は期待できません。」
と書かれていましたので、一般的なPSPの治療についてのお話はあっても、夫の今後の具体的な治療や介護についてのお話は残念ながらありませんでした。

特定疾病医療証(指定難病)を使って今月の上限額を超えていたので支払いは無料でした。


PSPやCBSの診断は、とても難しいようです。
間違った薬の処方で悪化させてしまうこともあるそうです。

認知症を知り、認知症と生きるe-65.net(イーローゴ・ネット)には以下のように書かれています。


さまざまな認知症

臨床診断が難しいもの

亡くなった後、脳を解剖してはじめて
診断のつく認知症があります。
脳におこる特徴的な変化は分かっているものの、
症状の違いがはっきりせず、今の医学技術では
画像検査や神経心理検査などのいろいろな検査をしても
はっきり分からないのです。

臨床診断の難しい主な認知症は、次の通りです。

典型的な症状がないアルツハイマー型認知症
典型的な症状がないレビー小体型認知症
典型的な症状がない血管性認知症
典型的な症状がない前頭側頭型認知症
進行性核上性麻痺
大脳皮質基底核変性症
嗜銀顆粒性認知症
不機嫌になったり、唐突に怒ることが多くなるといわれています

神経原線維変化型老年期認知症
記憶力がゆっくり低下していくという特徴があります

つまり、
脳を実際に見なくても
原因がはっきりしている認知症以外は、
臨床診断が非常に難しいということです。

臨床診断が難しい場合、
「おそらく、○○認知症でしょう」という予測の元で
治療やケアを進めていきます。
したがって、時間の経過とともに
診断名が変わることもあります。

臨床診断された認知症のタイプだけにこだわらず
自身の暮らしにくさや、周囲の人から見た症状を
きめこまかく医師やケアスタッフに伝え
その時々に合った支援を得ることが大切です。




認知症を知り、認知症と生きる[イーローゴ・ネット]
医学からみた認知症
 医学からみた認知症とは、
  「認知症と生きる」ということを
 医学という側面からみたものです。

認知症の研究は日々進んでいます。
しかし、まだ明らかにされていないことも多く医学専門家により意見が分かれることもあります。
また、説明は全ての人に当てはまるわけではありません。




医学専門家でさえ明らかにできないのですから、もう病名の分類などに頭を悩ますのは控えようと思います。
「介護家族が一番の専門家」というシマウマさんの言葉にも力をいただきました。

認知症の人を介護している人が一番の専門家です。

夫の介護に専念します。

これだけ書いたら、少しスッキリしました。

医学の専門家ではありませんので、論文を書く必要も、解明する必要もないのです。
そんな能力もありません。
何を書こうとしていたのやら。


前を向いて進みます。

一歩前進!

459.七五三

11月12日(日)ハレの日です。
孫娘の七五三です。
画像
娘の7歳の時に着た同じ着物を着ました。

夫の姉から貸していただきました。
親子同じ着物で祝う事ができました。

私は、娘と孫の着物の用意。
慣れないことなので、簡単なようでなかなか大変でした。

足袋は?
肩上げ、どうやってするの?

小物は?
着付けは?

娘が美容院と写真スタジオを予約しました。

美容院では、娘の時と同じ美容師さんが着付けをしてくださいました。
孫は髪をこの日のために伸ばしていましたので日本髪を見事に結っていただけました。
素晴らしい日本髪でした。

娘にも滅多に着なくなった私の着物を着てもらいました。
合わせる帯に迷って、美容師さんに選んでもらいました。
良い記念になったと思います。

神社で写真を撮らせてもらいました。

10歳、7歳、3歳の3人の孫の写真。
娘一家5人の写真。

幸せな時間でした。

娘達は、婿殿の実家へ車で向かい、私は夫を家のベッドで寝かせたままでしたので家へ帰りました。

穏やかな日々に感謝!です。

458・意味性認知症ではない???

10月29日
認知症を学ぶセミナーで「意味性認知症の症例」を取り上げられた講演がありました。
「意味性認知症」と前面に出る講演は初めてでしたので、興味を持って参加しました。
参加者の殆んどが医療関係者だったようです。
「介護家族」と手を挙げたのは数名でした。

休憩時間に講師の先生とお話できました。
名刺をいただきました。



夫の病状について疑問だった事をメールで質問させていただきました。


パーキンソン症状のこと、昨年から急に進んだ歩行困難、嚥下障害のこと。

「意味性認知症でこの症状が現われるのか?」

FTLD(前頭側頭葉変性症)という括りで納得したつもりでしたが、疑問が復活していました。

神経内科がご専門の先生は
SD(意味性認知症)ではなくPSP(進行性核上皮麻痺)ではないかとのお答えでした。

「意味性認知症の症例では、このような歩行困難や嚥下障害はない。」

「PSP亜型(サブタイプ)のPSP-FTD」
「最初FTD的で、PSPに移行していくタイプ」

「PSP(進行性核上性麻痺)は大脳皮質全体、基底核、辺縁系、脳幹、小脳と全部が進行性にやられ、最も難病。」

メールの文章に、心が動いてしまいました。
知りたかった事でした。

「夫の今の状態はCBD(大脳皮質基底核変性症)ではないか?CBS?PSP??」という話もこの先生とならできると思いました。

実際の診断名がどうであれ、夫は夫であることに変わりはなく、難病です。
脳の変性疾患で進行性の病気です。

夫の状態に、どう病名がつくか、というだけのこと?かもしれません。


穏やかに生活している今、診断名に何の意味があるのか?



いろいろな文献を調べてみたり・・・頭を悩ませ・・・
「知りたい」という思いが強くなりました。


一度先生に診ていただくことにしました。




「やっぱりPSPです。」


と画像を見て言われました。



ブログに書けるようになるまでには時間もかかりました。
まとめる力も時間も出せないままでした。

なんとか少しずつ記録に残したいと思います。

次には、もう少し詳しく書きたいと思います。












457.秋です

画像

夫を小規模多機能にお願いして、3泊4日で新潟の実家へ行ってきました。

弥彦の紅葉を母と見に行きました。
少し早かったのですが、今はもう落ち葉かもしれません。

ブログの更新がなかなかできませんが、夫も私も元気です。

書きたい事もあるのですが、文字にできないまま時間が過ぎてしまいました。

秋が深まって、近所の公園もイチョウの葉が落ちて黄色い絨毯のように綺麗です。
福祉車両で夫を送迎しながら眺めています。


ぼちぼち、ブログも更新したいと思います。

456・高額介護サービス費

高額介護サービス費の支給決定通知書が届きました。
介護にかかる費用の負担上限額が決められていて、その金額より多くなると差額が支給される仕組みです。

世帯全員が非課税で障害年金受給者なら上限額は15,000円。
でも、
うちは、障害年金を貰えなくて、しかも同一世帯の私も僅かでも課税されているので、上限額は、37,200円。

それも、8月からは、44,400円になったそうです。

夫は、要介護5 区分支給限度基準額 36,065単位
1割負担ですので、36,065円
小規模多機能では、利用日数に関係なく一定額になっていますので少なくなることはありません。
僅かにオーバーした月、最近になって戻って来ていました。

上限額が15,000円なら毎月20,000円位支給されます。
ウチは、一桁二桁違います。

介護にかかる費用の負担に、差があります。

おっと、
夫が障害年金を受給したとしても、私が課税対象なので、「世帯全員非課税」にならないのは同じ。
「障害年金」を貰えなかったヒガミです。


高額介護サービス費の制度が変わったことは、つくしの会の情報で教えていただきました。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

8月から、負担上限額が上がりましたが、1割負担の場合、年額の上限額が決められ、3年間は、実質今まで通りなのだそうです。
8月以降の分は年額の計算になるらしいです。

高額介護サービス費の受給申請は、自治体によって違うかもしれませんが、私の所では、該当した最初の月に役所から郵送で申請書が届き、記入して返送して手続き完了しました。
介護費用に関しては、役所で把握しているので、上限を超えると支給されます。

経済的な支援を受け、負担が軽減されているのは有難いことです。

455・胃ろう交換&散髪

4月に胃ろうにして、半年が過ぎ、交換の時期になりました。
訪問診療の先生から、近くの総合病院を予約していただきました。

胃ろう造設手術をした病院では交換は、しないのだそうです。

交換は、簡単ですぐできる、と聞いていました。
ほんとうに、すぐだったので、「もう終わったの?」とビックリしました。

受付や問診票の記入などに時間がかかっただけで、夫が内視鏡室に入ってから出てくるまで10分もかからなかったと思います。
「喉の麻酔でむせるかもしれません」とだけ言われましたが、夫は、平気な顔でむせることもありませんでした。

会計に少し時間がかかりました。

「特定医療費(指定難病)受給者証」を出しているのに、「1万◎◎円です。」と言われてびっくり。
負担上限は5千円です。
「確認します。」
と奥へ戻されて、また時間がかかってしまいました。
今月は、5千円を超えていますので支払いはありませんでした。

時間がかかったといっても、トータルで30分。
10時30分の予約で、11時には病院を出られました。

お天気が良かったので満車の駐車場ではなく、少し離れた第二駐車場に車を停めて車椅子でちょっと散歩ができました。

夫は、痛がる様子もありません。

気分も良かったので、ずっと気になっていた夫のヘアカットに行ってみました。

今まで私が切っていたのですが、伸びてきていました。

駐車場も店内も広い理髪店がオープンしたので行ってみたいとずっと思っていました。
思いきって「車椅子で大丈夫ですか?」と聞いてみました。
「いいですよ。移動ができないとシャンプーと髭そりができませんがそれでよければどうぞ。」
と、久しぶりに普通のお店でカットしてもらいました。
ヘアスタイルの希望を聞かれて、短く刈り上げてもらおうかと迷ったのですが、今回は、今までのスタイルを短く整える程度にしてもらいました。
スッキリ綺麗になりました。
またお願いしようと思いました。


家に帰って、さて、すぐ胃ろう栄養を入れていいのやら?
聞いていませんでした。
新しいチューブを渡されました。

そおっと、お腹を見ると、大きなガーゼで覆ってありました。
ガーゼもそおっと、剥がしました。
新しい胃ろうは、前と同じ物です。
バンパー型のボタンタイプです。

周辺をガーゼのクッションでカバーしてありました。
これも、前の手術後と同じです。
出血も少しあって、何でもないようでも「やっぱり痛いはず」です。
ゆっくり休ませ、様子を見ます。

お水から少しずつ入れてみました。
大丈夫そうです。


富士山が白く雪化粧をして綺麗に見えました。

454.前頭側頭葉変性症つくしの会 交流会

10月24日(火)
前頭側頭葉変性症 つくしの会の交流会です。

初めての交流会の日を思い出していました。

「雨だったら、どうしよう」
と夫を連れて数日前に行って見たのです。

あれは?何年前????

「雨でもここなら平気」
と砂川口の休憩所を確認しました。。。。

夫は歩いていました。
あの坂道が危ない、、、と、、やっぱり、転んじゃった!

車椅子が借りられることも確認しました。。。


夫は第1回から車椅子での参加となりました。
まだまだ歩ける、と思っていましたが、歩けなくなりました。
毎回、車椅子での参加になりました。

でも、参加できない時もありました。
夫が入院中の時です。

退院して再び参加できることは、とっても嬉しいことです。

誤嚥性肺炎で入院して、胃ろうとなって半年です。
有難い事です。

パークトレインに乗りました。
夫は「ハハハ」と時々笑顔になりました。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

お陰様で何とか一歩前進できそうです。

26日は、胃ろう交換です。

453・前頭側頭葉変性症療養の手引き

ブログの更新がなかなかできません。
特に理由もありません。
夫も私も、周辺も元気です。無事です。

この資料は、Yさんのブログにもありましたが、ここに記録として残しておきたいと思います。

「前頭側頭葉変性症の手引き」です。
http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/ftld.pdf

前頭側頭葉変性症は、2015年7月に難病に指定されました。

研究が進むことを願って私も申請しました。

その思いに答えていただいているように思います。
是非、読んで頂きたいと思います。

Q&Aの形式でわかりやすく書かれています。

「Q前頭側頭葉変性症でパーキンソン症状が出ることはあるのでしょうか」
知りたかったことです。

http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/ftld.pdf

452・新潟から帰って

6日(金)
車なので、母も一緒に帰ることになりました。

朝、近くのスーパーで甘エビをたくさん買ってから帰りました。
店員さんに「殼つきの甘エビはありませんか?」
と聞いて「これから出します」
というので、少し待って、並べたばかりの甘エビを存分に買いました。


母と二人です。
私の運転は、母にどうも信用されません。
「関越は真っ直ぐだから、私にも運転できる」
といって乗せたのですが、後で「新幹線の方が気が楽」といわれてしまいました。

夫を乗せて何回もひとりで運転している道です。
今回は、車を変えたので、カーナビに振り回されただけです。

夫は、この車で、まだ遠出のドライブは、していません。
高速道路も、まだです。
後ろで車椅子に乗ったままなので、少し心配です。
私の体力があるうちに、遠くへドライブもしてみようと思っています。
夫は「車」も「行こうよ」も「青だ」「右」も言わなくなってしまいました。
でも、車に乗るのは嬉しい様子で、笑ってくれます。



休憩する関越道のサービスエリアは、夫と何度も利用した場所にしました。
母も「山の仲間と合流する場所」と良く知っていました。


工事で車線規制が多くありました。


ゆっくり走っても、明るい時間に帰ることができました。

孫の迎えの仕事がありました。

母は曾孫の顔を見たら、数日で新幹線に乗って帰るそうです。
元気です。

夫も変わりなく安定しています。
母と私の会話を黙って聞いているみたいです。


451・新潟で

10月4日(水)
母と庭に植えるお花等の買い物。
ユニクロで夫のズボンや防寒用のストール等も買いました。

お昼は、回転寿司。
安くて美味しかったです。

お寿司を食べていると、猪苗代に行っているお姉さんから「今、新潟」と電話がありました。
釣りに来たけれど、風が強い、とのこと。

お姉さん夫婦は、スイスで毎日のように私の両親と夕食をしていた間柄。
「お寿司をテイクアウトするので、家に寄ってください」
とテイクアウトを注文しました。
ちょうど混雑する時間で出来上がりに30分かかると言われました。

お姉さん夫婦も気を使われたのか、家を通り越して近くの漁港に行って見るとのこと。

母に伝えると「それなら、行ってみたいわ」
ということで、海岸ドライブができました。
海の向こうに佐渡が綺麗に見えました。

漁港でお兄さんが釣りをしていました。
寒かったので、夫のために買った毛布のようなストールが役に立ちました。

「釣れるから、やってみたら?」
と釣竿を貸してくださいました。

小さなアジが面白いように釣れました。

そのまま唐揚げにして夕食のおかずになりました。

お土産にいただいた冬瓜も「揚げだし冬瓜」になって美味しくいただきました。


5日(木)通院の日
大きな病院なので予約していても時間がかかりました。
血液検査の後内科の待合室で待っている間、ブログのコメントを読んで、サザンカさんにメールをして少しゆっくりできました。
母は、ひとりでも平気。元気です。
2週間毎の薬の処方。
院内処方なので、薬も受け取り終了。

銀行や郵便局の用事を済ませ、買い物もしました。

弟夫婦を夕食に誘い、美味しいお刺身などを一緒に食べました。
いつの間にか弟達も姪、甥が独立して二人の生活になっていました。
弟と新潟のビールの飲み比べをしました。




450・新潟へ

10月に入って、急に寒くなって、また暑くなって、いったい何月???
10月3日(火)訪問看護が終わって、夫を小規模多機能へ送ってから、大急ぎで準備をして実家へ向かいました。
前日まで、迷っていたのですが車で行くことにしました。
母の通院に付き添う事が目的でしたので、車での移動が何かと便利です。

「いつか、そのうちに」とずっと置いてあった母の大きなスーツケースも積み込みました。

日が暮れる前には、たどり着ける予定でした。

慎重に、安全運転です。
休憩もちゃんと早めに取りました。

休憩の都度、母にメールしました。

最後にスマートインターを降りてから、もう少し、というところで・・・

カーナビが「え?」という方向を指示するのです。

真っ直ぐ行けば、もう少しだったのに「右方向です」
とっさに、右折してなんとか行かれるかと思ったら、もう一度高速の1つ先のインターへ行かせるつもり?
焦ってしまいました。
もうすぐで見覚えのある場所に出るはずでした。

日が暮れて、暗くなって、街の灯りは遠くなってしまいました。
カーナビは、相変わらず反対方向を指示します。

道を聞きたくても、暗くてお店もありません。

こうなると、僅かな方向感覚と地図だけ。
カーナビはダメです。

街の灯りを目指して、思った方向に車を走らせ、なんとか実家近くを通る116号線に出て安心しました。

夫が、夜の散歩に出た時も、こんな気持ちだったのでしょうか。
「こっちの方向が自宅」と信じて違う方向へ向かったら「違う」と思っても方向転換ができなくて「迷っている」とも言えなくて・・・
いや、夫はあの頃、迷っているとは思っていなかったように見えたけど?
とっくに、ひとりで散歩は無理だったけれど、ついて歩くこともできませんでした。
心細かったと思います。

車から携帯電話で、母に無事近くまで来た事を知らせました。
ハンズフリーにしていますので、運転中でも通話できます。
大笑いされてしまいました。
「いったい、どこへ行ってきたの?」
と聞かれても、焦って暗くて、どう考えても「ぐるぐる回ってきた」としか説明できません。
カーナビは信用できません。

449.9月が終わって・・・

もう10月です。
夫は変わりありません。
胃ろう栄養のお陰か、お肌のつやも良く、以前痒がっていた湿疹もきれいになっています。
言葉は出ませんが、表情で伝えているように見えます。
時々、なんでもわかっているような顔をしていることもあります。
穏やかで落ち着いています。

ブログを更新しないまま、10月になってしまいました。

9月の最後を書き残しておきたいと思います。

9月27日(水)
きょうだい集合です。
姉夫婦が1泊で会いに来てくださるというので、兄夫婦もお誘いして、久しぶりにきょうだいが揃いました。
夫のお兄さん、お姉さんですので、当然夫より年上です。
でも、まだまだ若い。よく飲んで笑って、賑やかです。
夫も仲間入りさせようと、ベッドから車椅子に移しましたが、食べられないので、同じテーブルにつくことはできませんでした。

元気な姿を見ていただけて良かったと思います。

誤嚥性肺炎から生還し、胃ろうになって退院して半年。
病院に来ていただいて「助からないかもしれない」とお話した時は、心配なさったと思います。
きょうだい揃って楽しい時間が持てて良かったです。

有難い事です。


28日(木)
小規模多機能の施設長さんが、突然家へ来てくださいました。
10月の予定表を届けてくださって、家に入っていただくと、着替えや移乗の仕方などレクチャーしてくださいました。

実際にベッドで、こうやって、と動作で示したり、二人で床に座ると、そらが喜んで足の上に乗ろうして、「ちょっと待ってね。」とどかして教えていただきました。

●日常動作の中で、もうひとつやってみる。例えば、ベッドから立ったら、そのまま数歩歩く。椅子を用意してすぐ座れるようにしておく。
●ベッドを下げて移乗するのではなく、高くして立ちやすくする。
●ベッドの柵を掴んでもらって、立たせる。

この「立つ」動作。
やってみると、できました!

夫がいない時の指導でしたが、想像できましたので「え?ここを掴ませて立たせて大丈夫ですか?」「こっち向きにこうですか?」と詳しく聞くことが出来ました。

施設長さんが入浴介助の時は歩かせているのだそうです。

他にも、着替えの仕方。
●わかっていても、急いで省いてしまいがちな動作を、面倒でもひとつひとつ順番にやると楽。

「足が重たいんですぅ」というと、「まず膝をこうやって曲げて・・・」と教えていただきました。
これも、思い出しながら、やっています。
でも、やっぱり重たい、です。

「生活の中のリハビリ」です。
教えていただいて良かったです。
「こういう事を1ヶ月に1度でも教えていただけるといいと思っていたのです。」
とお話しました。
今、PTさんにもOTさんにも入っていただいていないので、訪看さんから「希望があれば、おすすめのPTに、訪看を減らして入っていただいてもいい。」と提案があったのです。

たぶん、訪看さんから連絡が行ったのでしょう。

「1ヶ月に1度の約束はできませんが・・・」と笑っていましたので、私も「これで2ヶ月くらい大丈夫です。」とお話しました。

訪看さんにも「小規模多機能で指導が受けられるならPTでなくても大丈夫です」と電話でお話しました。

これで、良かったと思います。

30日(土)
若年認知症家族会・支援者交流会に初めて参加しました。
前頭側頭葉性症つくしの会会長えいさんに連れて行っていただくつもりでいたら、お孫さんの最後の運動会と重なったため私ひとりでの参加となりました。
終わったら必ず来てくださるという。
そして、居酒屋を予約してくださったというので楽しみです。


道中が心配で、会場に早めに到着すると、北海道の団体の代表として彩星の会の元代表の干場さんにお会いしてお話することができました。
主催の若年認知症サポートセンターの方も彩星の会でお会いしている方ばかりで安心しました。

北海道、新潟、奈良、三重・・・と遠くから出席の団体もありました。
思ったよりも出席団体、出席者は多くはなく、新しい参加が、つくしの会を含め4団体。
以前からの登録団体が7団体でした。
「家族会」というより「支援者」の立場の方が多く、「支援をどうするか」の活発な話、特に「前頭側頭葉変性症の人の支援は地域の壁を越えられないのか」という話は「その通り」と、とても心強く思いました。
試行錯誤を続けている団体の方には、頭が下がる思いで、お話はとても参考になりました。
「前頭側頭葉変性症の人の子どもの支援」についての質疑応答もあって、今回「前頭側頭葉変性症つくしの会」の団体名で参加できたことを誇りに思いました。

まだまだ知らない事もたくさんあります。
自立支援医療や障害福祉関係の制度の使い方も「窓口の人の理解ができていないとダメ」となるそうです。
行政への働きかけの仕方などの話も出ました。
まだまだ、とてもとても及びません。
「細々と続けますので、よろしくお願いします。」と最後の挨拶をしました。

終了と同時に、えいさんが入ってこられました。
ドアの外で待っていたのだそうです。
挨拶をして、数名の方とお話をして駅へ向かいました。


途中下車をして、報告会、反省会、世話役会の懇親会です。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」です。
楽しく続けられそうです。


9月30日、夫は小規模多機能へ1泊。
10月1日、朝迎えに行きました。
少々不機嫌な顔でした。


家に帰ると早速お通じがありました。



やっとブログが更新できました。
明日3日(火)から6日(金)まで実家へ行ってきます。



448. 訪問看護&つくしの会交流会

9月26日(火)
毎週火曜日は、訪問看護の日です。
9時30分から1時間、あれもこれもと良く診ていただいています。
つくしの会の交流会が11時からありますので、早めに来ていただいて支度も手伝っていただきました。
口腔ケアも髭剃りも、です。
いろいろ相談も、し始めるとあっという間に時間になってしまいました。

今回は久しぶりに看護ステーションの所長さんでした。
夫が歩いて話をしている頃お世話になっていた方です。
言語リハビリ等を用意してくださっていたのに「僕は、散歩に行きます。」と言ったり「そんな事はしなくていいです」と困らせていました。
いったい何年前のことか?
と、訪問看護の記録を見ると平成26年4月でした。

「こんなに触らせてくださらなかったから、嬉しいわ」と言ってニコニコ世話をしてくださっていました。
この訪看さんだけは、犬が苦手です。
そらは、2階の部屋で待ってもらいます。


毎回、バイタルチェックで始まって、最近は便秘がちで摘便をお願いしています。
毎回、たっぷり出していただいて、スッキリするのですが、今回は残っていたのか、後で大変な事になりました。

バイタルチェックでは、脈が乱れている。
「不整脈と言われていますか」と聞かれました。
熱も37度4分、後で測って37度ありました。

前回のつくしの会の交流会の後、高熱を出しています。
水分補給をたっぷりしました。
夫は、普段と変わった様子もなく、少し迷いましたが、ゆっくり迷っている時間もないので、出掛けることにしました。

いつも通り、会長えいさんが夫をベッドから車椅子に乗せて手伝ってくれました。

少し出発が遅くなって、バタバタとして携帯電話を忘れてしまいました。

訪問看護の後の交流会は、時間もそうですが、頭の切り替えができず、話に夢中になって車を違う方向に向けて走らせてしまいました。

Uターンして、目的の場所へ。
少し遅刻です。

今回は、2組と2人で合計参加者は6名でした。

久しぶりに、シリウスさんにお会いしました。

出席人数は少なくても「前頭側頭葉変性症」の話ができる仲間です。
とても有意義な時間を過ごす事ができました。

彩星の会の講演「家族信託」に関連した話もしました。

夫よりもずっとしっかりしていて無言で座っていらっしゃったご本人「名義変更は嫌よね。」と奥様が聞くと頷いていました。
理解できていないのではないかと「名義変更してもいいですよね。」と聞くとはっきり首を振って意思表示をなさっていました。
何も仰らないけれど意志がしっかりなさっていました。
ご本人を前にした話は、失礼のないよう気をつけようと思いました。

夫の様子が、どうも落ち着かない。
何やら臭いも・・・・・。
もしや?と思って確認したとしても、取り替える場所もありません。

お忙しいシリウスさんが、時間になって退席なさるのを機会に、今回は体調を理由にパークトレーンに乗らずに帰ることにしました。

当然のように車椅子を押して部屋の中まで送ってくださったえいさんに、今回はお礼もそこそこで失礼してしまいました。


夫は珍しく下痢気味になっていました。
思ったより汚れていたので帰宅して良かったです。
次からは、しっかり準備を整えて行きたいと思います。

熱も平熱です。
少し「お腹が痛い」という素振りをしていました。
心配しましたが、下痢は2回ほどで止まりました。

不整脈は、前からあるのだそうです。
訪問診療の先生に言われました。
「だから予防薬を出しているのですよ。」と。
そういうことらしいです。
「エリキュース」という薬を胃ろうから水と混ぜて入れています。


447.小規模多機能の泊まりへ

9月の泊まりの予定を22日から25日でお願いしてありました。
実家に行って彩星の会にも出席できないかと、いろいろ考えていました。
娘一家が行く、といっても忙しいし、子どもの体調もあって直前まではっきりしませんでした。
はっきりしないのは、私だけで、娘は予定通り強行です。
しかも22日は、職場のミーティングがあってそれでもその後出発・・・
さすがです。

私は、愛犬そらを預ける都合もあって、迷っていました。
欲張るのは、今回は止めました。

夫の泊まりの予定は、そのままです。

ぽっかり予定の空いた23日は、タイミング良く「お墓参りは?」という義姉からの電話に「23日に行きます。」と決められました。
急だったので義兄夫婦は、都合悪くお会いできませんでした。

お墓は都心にあります。
それぞれ、約1時間の距離からのお墓に集合します。

お墓は、バリアフリーではないので、夫が行くことは、もうできません。

姉夫婦と私、ゆっくりとビールを飲みながらお話ができました。

もうすぐ、夫に会いに来てくださる予定です。

22日は、遅くまで孫の世話。
23日は、お墓参り。
そして24日は、彩星の会です。

彩星の会の定例会は、2ヶ月に1度の第4日曜日です。
今回は「家族信託」について講演がありました。
初めて聞く「家族信託」の話に、たくさん質問が出されて参考になりました。

Yさんにお会いして「持ち上げない移乗、移動」の大切な資料を貸していただきました。
ずぅさんにもお会いして、近況を伺い安心しました。
先輩方々にも、声をかけていただき、いつもながらFさんの「無理しないで体に気をつけてね」と優しい言葉に、涙が出そうになって頷くだけでした。
裏方で彩星の会を支えてくださるFさんは、SDのご主人を鉄道事故で亡くされています。
夫も同じような行動をしていましたので、良く事故にも合わずここまで来た、と思います。


彩星の会のお楽しみは、2次会の居酒屋。
今回は20名ほど。
ご本人も一緒です。
初めてのご本人は、少し不安そうにしていましたが、Nさんのギターでみんなで歌うと熱唱なさって、拍手喝采、握手にも答えて場が和みました。
音楽の力は、素晴らしいです。
一緒にカラオケも楽しんで、遅く帰宅しました。



446.訪問マッサージの日

水曜日と金曜日の週2回、訪問マッサージを受けています。
夫の通う小規模多機能に以前から来てくださっていた方が、家にも来てくださっています。
水曜日は2週間に1回は、訪問診療もあるため通所はお休みです。

今週は、訪問診療の日ではありませんでしたので、午後2時30分からのマッサージだけでした。
お休みの日は、疲れを取るかのように良く寝ています。
水曜日、と土日をお休みにしています。

「ベッドばかりで、車椅子に乗せてあげていない」
と、介護力がなくて後ろめたいような気持ちにならなくても、これで良いのかもしれません。
ゆっくり休ませて、私もゆっくりしています。
「車椅子でお出かけ」は、出来る時にしようと思っています。

訪問マッサージの日。
午前中、夫を寝かせたままでした。
気紛れに思いついて、自動演奏のピアノを聴かせました。
夫は、泣きそうな、声を出して笑っているような反応でした。
曲や音楽に感動するのか、音の大きさに反応するのかどちらもなのか、わかりません。
犬が大きな声で吠えても「ハッハッハッ」と顔をくしゃくしゃにします。
孫娘のピアノの音でも同じです。
「ほら、ジィジ喜んでいるよ」と孫には、ピアノの練習を促しています。

自動演奏のピアノを聴かせていると、マッサージの方の訪問です。

ピアノの音でもチャイムの音でも愛犬は、耳が遠くなったのかお疲れなのか眠ったままでした。
マッサージの方は、犬がお好きでいつも声をかけて相手をしてくださっています。
「あれ?今日は出迎えがない」という表情で部屋に入られると、愛犬そらは「今起きました」とヨロヨロと眠そうな顔で起き上がって近寄っていました。

そらは「僕の相手もしてよ」というように、いつも側にいます。
後半、鍼やお灸になると、自分の寝床で寝ていました。

夫は、マッサージのKさんにもマッサージにも慣れています。
安心した顔で体を任せています。
手を伸ばして挨拶のようにして、手を握ってもらうと自分から手を離します。
Kさんは男性。
女性の場合は、手を離そうとしません。

「穏やかなお顔で、体の調子も良さそうですね」と言われました。
夫に、とても丁寧に「体の向きを変えさせていただきます」とか「次は、お灸をさせていただきます」と声をかけ、私にも「失礼ですがご主人は、声を出されますか?」と丁寧です。
ベッドの上に乗って、汗をかきながら夫の体を動かしマッサージをします。
「痛くない鍼です」とツボに刺激を与えているよう事もしています。
最後は、お灸です。
匂いを嫌がる方もいるので、施設ではやらないそうです。
これも「刺激を与える」という感じでしょうか。

夫は、嫌がる様子もなく大人しくしています。
初めての頃、お灸がどんなものなのか、興味津々だったので、じっと見ていたら「試して見ますか?」と手にお灸をしてくださいました。
熱くなく、気持ち良かったです。

どうなっているのか、よくわかりません。
何年も勉強なさっているのでしょう。

「あまりやらないのですが」と言って、手をかざすようにして、「左の耳の後ろに何か違和感がありますね」と仰られた事もあります。

不思議です。

「今日は、このくらいで終わらせていただきます」
と帰られると、夫は気持ち良さそうに、また眠りました。

445.つくしの会の定例会、微熱

毎月、第2木曜は、前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会です。

前頭側頭葉変性症の介護者、支援者が集まって介護の話、情報交換等をしています。

今回は、新しい方2名とその支援者の方、会長えいさんと私、そして途中から久しぶりの参加の方の6名でした。

初めての方に向けて、会長えいさんから、つくしの会は「介護者が楽しむ会であること」等、会についてのお話をしていただきました。

えいさんは「利用できる制度をできる限りお知らせしたい」と、いつもとても親身になって相談に応じています。
今回も「指定難病は、ご存じですか?65歳前の発症ですよね。」とお話されていました。

初めての方もたくさんお話され、「誰に話しても、なかなか理解してもらえなかったので、こんなこと初めてです。」と喜ばれました。

次回もぜひ参加して、もっとお話したいと思いました。

いつもは、次の珈琲店へ流れるのですが、残念ながら今回は、私に時間がありませんでした。

孫が、台風上陸と体調が関係するのか喘息症状が出て、受診させることになっていたのです。


それでも、「世話人反省会」を夜に行う予定でした。

「お疲れ様の一杯」を楽しみにしていたのですが、予定通りに行きません。

夫の小規模多機能から電話がありました。

お昼に、利用者さんの食事に手を伸ばし、少し口に入れてしまって、取り出し吸引もして、様子を見ている、と例会の最中に電話で聞いていました。

孫の病院から家へ帰る途中「熱が37.4℃あります。解熱剤は何度で使いますか?夜の発熱の連絡はどうしますか?」と看護師さんから電話でした。
「すぐ、迎えに行きます。」
と答えました。
孫の病院という「仕事」のお蔭で、ランチビールもなく、しかも運転中というタイミングの良さ、です。

福祉車両にしてから、電話もハンズフリーに設定しているので運転中も通話できて便利です。


えいさんに「ドタキャンすみません」と事情をお話すると「いいよ。気にしないで」と思った通りのお言葉でした。


久しぶりの「一杯」を楽しみにしていたのは私です。

夫の熱は、上がることもなく、すぐに36.5℃に下がり安心しました。
次の日は、シャワーに入れていただいてサッパリしました。

444.話し合い

12日、小規模多機能会議室で多摩若年認知症総合支援センターのセンター長さんに来ていただいて、施設長さんとお話をしました。

夫の今後の事で、施設長さんに相談したのは夏祭りの後の8月10日。
母の事、在宅介護に自信がなくなってきたことなどを相談すると、「療養型病院」の話や「特養」の話になったことで、方向が決まって来たものの、気持ちが揺れ動いていました。

「気持ちの整理のお手伝いをお願いしたい。」と、多摩若年性認知症総合支援センターに電話相談をしました。
「私が一緒に行きますから、もう1度お話して見てはいかがですか?」と小規模多機能の施設長さんと連絡を取って、9月12日13時と日程が決まりました。

「特養に向けて、話は済んだのに、なぜ?」とつくしの会のえいさんの仰る通りでした。

施設長さんをがっかりさせてしまった事は、わかります。

8月の相談から、変わらない日常生活ですが、私も落ち着いて考えられるようになってきていました。

多摩若年認知症総合支援センターのセンター長Kさんはとてもお忙しい方です。
その方が、こちらまできてくださる。
施設長さんも時間を作ってくださる。
貴重な時間です。

「もう大丈夫ですから。」とキャンセルするのも、また申し訳ない。
滅多に、お願いできる事ではありません。
有難いです。


お話できて良かったです。

「胃ろうにしたので、長期間預っていただけない」というのは、私の思い違いだったようです。

「2週間でも3週間でも、事前に言っていただければ見ますよ。緊急の場合も見るっていいましたよ。」
というお話です。
「え?預っていただけない、と私が思い込んでいただけなのですね。」
「前から、言っていますよ!」

私の思い込みが強かったようです。
「施設長さんに気持ちがあっても事業所として胃ろうの人を長期間預るのは難しい」という解釈をしていました。

「2週間でも3週間でも見ていただけるのですね。」
と再確認しました。


「施設長さんはお忙しそうで、なかなかお話ができなかった」と私が言うと
「メールでも伝言でも方法はあるはず、なんでも話して欲しいと最初から言っている」
と言われ、「はい・・・」と小さくなってしまいました。

多摩若年認知症総合支援センターのKさんが「家族は感謝の気持ちが強いほど、言えなくなる」と助けてくださいました。

そして、話のやりとりを聞いて「な~んだ、お二人とも相思相愛というか、お互いを思いやっているところを見せつけられました。羨ましいです。」とまとめていただけました。
「見て欲しい」「見たい」というところをわかっているのに、上手く伝えられず、伝わらず、という感じだったのかもしれません。

施設長さんは、今までも在宅が辛くなる頃、「本人にとって家に居るのが一番」と熱弁を振るわれ、そのお陰で私も在宅を続けてこられました。
「支援しますから安心してください。」といってしまえば、それが家族を苦しめる事になるのではないか、と控えたのでは?
と後になって思います。


「この際だから、なんでも言ったら」とKさんに言われても
「何もいえないです。」とことばがすぐに出ませんでした。

いくつか、どうでもいいような質問をしました。
いつでも話に応じてくださるとわかったら、後でもいいことです。

「申し訳ありませんでした。貴重な時間を割いていただいてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」と頭を下げて終わりました。

Kさんを駅まで車で送らせていただきました。
夫にも会っていただき、車も見ていただくことができて良かったです。

夫が若年性認知症にならなかったら出会う事もない素晴らしい方々と出会い、貴重な時間を共にでき、滅多にできない経験をしています。

しっかり前を向いて進もうと思います。

一歩前進!

443.歯が入りました。

夫のお世話になっている小規模多機能では、訪問歯科が受けられます。
通所できない時は、家に来てくださったこともあります。

家に来てくださった時は、お話してくださったのですが、施設ではなぜか無言です。
黙って治療してくださいます。
食堂(ダイニングキッチン)の中の洗面コーナーでも治療ですので、衛生面での理由なのかもしれません。

必要な治療を黙ってしてくださっていました。

毎回、治療の場面が見られるわけでもありません。
時間が決まっていないのです。

黙って治療をして、黙ったままなのです。
「型を取って、歯を入れます。」とは聞いていました。


見ると、歯が入っていました。
削れた歯の上に、白い歯を被せて新しい歯になっていました。

前歯がどんどん削れて、欠けてしまうのが悲しかったので、白い歯が入って嬉しいです。

これで、安心。
「前歯が全部無くなってしまう!」と嘆かなくても大丈夫です。

上の前歯です。

歯科衛生士さんは、週1~2回丁寧に口腔ケアをしてくださっています。
タオルをしゃぶった日は、歯につまっていると報告を受けました。

訪問歯科の日は、必ず吸引器を持って行きます。
いえ、毎日持って行っています。

白い前歯が入ったことを記録に残しておきます。

442.小規模多機能の家族親睦会へ

9月8日(金)は小規模多機能の敬老会と家族親睦会でした。
毎月、封書で届くお便りにイベントの予定が書かれていました。
すでに、他の予定が入っていましたので出欠は保留にしていましたが、当日になって、「家族親睦会は出席させてください。」とお願いしました。

午前中の敬老会の時間は、ちょうど私の鍼灸治療の時間でした。
予約がなかなか取れないのでキャンセルは、しませんでした。

リハビリの後、急いでお昼を食べて小規模多機能に行きました。
家族の方は、いらっしゃらない様子です。

「あの~~家族親睦会は?」
「出席の方、少ないですよ。」

時間まで夫の側で待っていました。

時間が過ぎても、どなたも家族の方が見えなくて、私ひとりでした。

途中で、ご本人と通院の帰りにいらした息子さんが、少しだけお話されて帰りました。

家族親睦会は、施設長さんとケアマネさんと家族(私)でした。

施設長さんから家族に向けて、今後、秋の施設外外出を考えているが、どうか?というお話が主でした。
車で景色の良い場所へ連れて行ってくださるのだそうです。
候補地を上げられ、希望を聞かれました。
夫は、ドライブを喜びますので嬉しい企画ですが、食事など他の利用者さんとのバランスが難しいのではないかと思います。
「連れて行ってあげたい」というお気持ちを強く感じました。

家族は、私だけでしたが、夫の事等個人的なお話はせず、予定の30分で終わりました。

来週12日に、多摩若年認知症支援センターのセンター長さんを交えて、夫の今後の事を話し合う予定です。

母の入院で今後を相談したのが、ちょうど1ヵ月前。
施設入所も考え、揺れ動く気持ちも、だんだん落ち着いてきました。

今後、どうしたらいいのか、どうしたいのか、もう一度気持ちを整理させて行動したいと思います。

441.「ジイジ、アイスよ~」

3番目の孫は2歳。
アイスが好きなようです。
1番目の孫は食物アレルギーで2歳の頃はアイスが食べられませんでした。
3番目は、なんでも平気で自由です。

時々、忙しい娘に代わって保育園に迎えに行き、我が家で過ごします。

「ジイジは?」
と必ず聞きます。
これは、上の孫達も同じです。

3番目の孫は、我が家の冷凍庫からカップのアイスを見つけました。
どうするのか見ていたら、引き出しからスプーンを出して
「ジイジ、アイスよ~」
と夫のベッドへ持っていったので、びっくりしました。

「これはジイジのよ。」と言ったのを覚えていたようです。
暑い日にひと口ふた口、夫の口に入れたのを見ていたかもしれません。

あわてましたが、孫が夫に上げたいと持って来てくれたので、
「ありがとう。ジイジ食べるかな?」
とすぐに食べさせました。

夫が嬉しそうに食べる様子に、孫は
「わ~~、ジイジ食べた~」
と手を叩いて喜びました。

さらに、夫がスプーンを自分で手に持って、口に運ぶのを見て
「じょうず~~!」とまた拍手です。
なんとも可愛らしい顔です。
急に言葉もはっきりしてきました。

微笑ましい光景です。
夫を在宅介護していて良かったと思えます。
孫とのふれあいも、孫たちの優しさも予想外のことでした。

孫たちは、近くに体の不自由な人がいるのを自然に見ているのです。

「優しくして」などと言わなくても優しいです。

心に残った行動を忘れてしまわないように、記録に残しておきたいと思います。

440.神経内科、通院日

定期的に神経内科に通院しています。
3ヶ月に1回から4ヶ月に1回になってきました。
前回は5月。
暑い8月はお休みにして、今回9月。
次回は1月に予約しました。
薬もありませんので、経過報告など先生とお話するだけです。

今回は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」のえいさんが一緒です。
奥様が今までの大学病院に通院が困難になって転院の予定です。
以前にも、この病院で診ていただいていたこともあります。

夫の主治医の先生にお話すると「私で良ければ」とお返事をいただいたので、診察後予約センターで予約できたそうです。

夫は、そのお話の間もずっと先生の手を握っていました。
夫の正面から「いかがですか?」とにこやかに笑顔をくださるので、夫も嬉しそうに笑っていました。
夫の両手を握ってくださるので、夫も答えて嬉しそうでした。
調子に乗って、腕にまでスルスルと手を伸ばし「それ以上はセクハラよ」と言われるほどでした。

主治医は若い女医さんです。
入院中にも、夫は看護師さんの手をなでていたのを思い出しました。

入院中にお世話になった主治医の先生を覚えているようでした。
夫の笑顔を先生も喜んでくださいました。

次の1月の診察まで、何事もなく無事でありますように。


診察後の会計は時間がかかりました。
指定難病の医療費受給者証と自立支援の医療票の両方を出しています。
今月から難病の上限額が5000円になったので嬉しいです。
なぜか、今回は1000円以上の支払いになっていました。
いつもは140円とかで、一桁違います。
今までとどこが違うのか、聞きました。
「難病外来指導管理料」という項目が加わっていました。


終了後は9階のレストランへ。
夫は胃ろうです。食べることができません。
歯固めのようなチョコレートの形をした玩具をあげると噛もうとしていました。
私の「唐揚げ黒酢野菜炒め定食」が来ると、すーっと手を伸ばして引き寄せようとしました。
なるべく目に入らない位置に向きを変え、急いで食べました。
食べ終わったので、お箸を貸してあげると、上手に左手でお箸を持ってお皿に残っていたコーンを摘んだので慌ててコーンを貰いました。
それでもお皿の茶色いタレをすくい集めようと上手にお箸を使っていました。
自分の玩具もお箸で摘んで口に入れていました。
お箸の使い方は、忘れていないようです。

えいさんの「通院介助」のお陰で、病院の入り口での車椅子の出し入れも楽でした。

自宅までお願いして、今回は大助かりでした。
自宅に戻ると、なんと駐車場に娘の車が
研修と聞いていましたが車を置いて行くのは知りませんでした。
車椅子が通れません。
スロープの反対側が階段3段になっています。
そこから入れることにしました。
えいさんが居てくださったので、できました
私ひとりでは、無理です。

でも、非常時には、階段になっているこちら側も利用できることがわかりました。

夫は、久しぶりの病院で興奮したのか、やけに元気です。
ベッドでも寝る事もなく、壁のカレンダーを引っぱって落としたり、ベッドサイドに手を伸ばしてイタズラしています。

夫の好きそうな曲を流すと「ふふふ」と笑っています。
音量に反応するようにも見えます。
孫娘のピアノの音でも笑います。

439.指定難病 127前頭側頭葉変性症 

特定医療費(指定難病)受給者証が届きました。
バンザーイ!
負担上限月額が5000円になっていました。
今までは、10000円でした。
高額長期と認められました。
良かったです。

2015年7月 前頭側頭葉変性症は指定難病になりました。
国に難病と認められたことで、難病医療の補助が受けられるようになりました。
医療費の補助は、今まで受けていた自立支援医療1割、難病は2割負担、とメリットも疑問でした。
入院時には自立支援は使えませんので、とても助かりました。

2月に高熱、嚥下困難になって以来、この指定難病は有効でした。

入院時は、とてもとても助かりました。
総額の入院費は、びっくりする金額でしたが自己負担医療費は定額の10000円でした。
退院して訪問医療、訪問看護をお願いしても、1ヶ月の負担額は変わりありませんでした。


指定難病の更新の時期になって、「高額長期」の手続きをしました。
2月から7月までのページをコピーして提出しました。
更新時期ぎりぎりでしたが、間に合って良かったです。

障害年金なら非課税で、こんな手続きも不要。
わずかに課税されているだけで違うのです。

ふと、思ったのです。
皆さん、どうなさっているのでしょうか?
同じ若年性認知症で同じ状態だとしたら、指定難病でないとしたら、医療費の負担は?

平等って難しい。