450・新潟へ

10月に入って、急に寒くなって、また暑くなって、いったい何月???
10月3日(火)訪問看護が終わって、夫を小規模多機能へ送ってから、大急ぎで準備をして実家へ向かいました。
前日まで、迷っていたのですが車で行くことにしました。
母の通院に付き添う事が目的でしたので、車での移動が何かと便利です。

「いつか、そのうちに」とずっと置いてあった母の大きなスーツケースも積み込みました。

日が暮れる前には、たどり着ける予定でした。

慎重に、安全運転です。
休憩もちゃんと早めに取りました。

休憩の都度、母にメールしました。

最後にスマートインターを降りてから、もう少し、というところで・・・

カーナビが「え?」という方向を指示するのです。

真っ直ぐ行けば、もう少しだったのに「右方向です」
とっさに、右折してなんとか行かれるかと思ったら、もう一度高速の1つ先のインターへ行かせるつもり?
焦ってしまいました。
もうすぐで見覚えのある場所に出るはずでした。

日が暮れて、暗くなって、街の灯りは遠くなってしまいました。
カーナビは、相変わらず反対方向を指示します。

道を聞きたくても、暗くてお店もありません。

こうなると、僅かな方向感覚と地図だけ。
カーナビはダメです。

街の灯りを目指して、思った方向に車を走らせ、なんとか実家近くを通る116号線に出て安心しました。

夫が、夜の散歩に出た時も、こんな気持ちだったのでしょうか。
「こっちの方向が自宅」と信じて違う方向へ向かったら「違う」と思っても方向転換ができなくて「迷っている」とも言えなくて・・・
いや、夫はあの頃、迷っているとは思っていなかったように見えたけど?
とっくに、ひとりで散歩は無理だったけれど、ついて歩くこともできませんでした。
心細かったと思います。

車から携帯電話で、母に無事近くまで来た事を知らせました。
ハンズフリーにしていますので、運転中でも通話できます。
大笑いされてしまいました。
「いったい、どこへ行ってきたの?」
と聞かれても、焦って暗くて、どう考えても「ぐるぐる回ってきた」としか説明できません。
カーナビは信用できません。

449.9月が終わって・・・

もう10月です。
夫は変わりありません。
胃ろう栄養のお陰か、お肌のつやも良く、以前痒がっていた湿疹もきれいになっています。
言葉は出ませんが、表情で伝えているように見えます。
時々、なんでもわかっているような顔をしていることもあります。
穏やかで落ち着いています。

ブログを更新しないまま、10月になってしまいました。

9月の最後を書き残しておきたいと思います。

9月27日(水)
きょうだい集合です。
姉夫婦が1泊で会いに来てくださるというので、兄夫婦もお誘いして、久しぶりにきょうだいが揃いました。
夫のお兄さん、お姉さんですので、当然夫より年上です。
でも、まだまだ若い。よく飲んで笑って、賑やかです。
夫も仲間入りさせようと、ベッドから車椅子に移しましたが、食べられないので、同じテーブルにつくことはできませんでした。

元気な姿を見ていただけて良かったと思います。

誤嚥性肺炎から生還し、胃ろうになって退院して半年。
病院に来ていただいて「助からないかもしれない」とお話した時は、心配なさったと思います。
きょうだい揃って楽しい時間が持てて良かったです。

有難い事です。


28日(木)
小規模多機能の施設長さんが、突然家へ来てくださいました。
10月の予定表を届けてくださって、家に入っていただくと、着替えや移乗の仕方などレクチャーしてくださいました。

実際にベッドで、こうやって、と動作で示したり、二人で床に座ると、そらが喜んで足の上に乗ろうして、「ちょっと待ってね。」とどかして教えていただきました。

●日常動作の中で、もうひとつやってみる。例えば、ベッドから立ったら、そのまま数歩歩く。椅子を用意してすぐ座れるようにしておく。
●ベッドを下げて移乗するのではなく、高くして立ちやすくする。
●ベッドの柵を掴んでもらって、立たせる。

この「立つ」動作。
やってみると、できました!

夫がいない時の指導でしたが、想像できましたので「え?ここを掴ませて立たせて大丈夫ですか?」「こっち向きにこうですか?」と詳しく聞くことが出来ました。

施設長さんが入浴介助の時は歩かせているのだそうです。

他にも、着替えの仕方。
●わかっていても、急いで省いてしまいがちな動作を、面倒でもひとつひとつ順番にやると楽。

「足が重たいんですぅ」というと、「まず膝をこうやって曲げて・・・」と教えていただきました。
これも、思い出しながら、やっています。
でも、やっぱり重たい、です。

「生活の中のリハビリ」です。
教えていただいて良かったです。
「こういう事を1ヶ月に1度でも教えていただけるといいと思っていたのです。」
とお話しました。
今、PTさんにもOTさんにも入っていただいていないので、訪看さんから「希望があれば、おすすめのPTに、訪看を減らして入っていただいてもいい。」と提案があったのです。

たぶん、訪看さんから連絡が行ったのでしょう。

「1ヶ月に1度の約束はできませんが・・・」と笑っていましたので、私も「これで2ヶ月くらい大丈夫です。」とお話しました。

訪看さんにも「小規模多機能で指導が受けられるならPTでなくても大丈夫です」と電話でお話しました。

これで、良かったと思います。

30日(土)
若年認知症家族会・支援者交流会に初めて参加しました。
前頭側頭葉性症つくしの会会長えいさんに連れて行っていただくつもりでいたら、お孫さんの最後の運動会と重なったため私ひとりでの参加となりました。
終わったら必ず来てくださるという。
そして、居酒屋を予約してくださったというので楽しみです。


道中が心配で、会場に早めに到着すると、北海道の団体の代表として彩星の会の元代表の干場さんにお会いしてお話することができました。
主催の若年認知症サポートセンターの方も彩星の会でお会いしている方ばかりで安心しました。

北海道、新潟、奈良、三重・・・と遠くから出席の団体もありました。
思ったよりも出席団体、出席者は多くはなく、新しい参加が、つくしの会を含め4団体。
以前からの登録団体が7団体でした。
「家族会」というより「支援者」の立場の方が多く、「支援をどうするか」の活発な話、特に「前頭側頭葉変性症の人の支援は地域の壁を越えられないのか」という話は「その通り」と、とても心強く思いました。
試行錯誤を続けている団体の方には、頭が下がる思いで、お話はとても参考になりました。
「前頭側頭葉変性症の人の子どもの支援」についての質疑応答もあって、今回「前頭側頭葉変性症つくしの会」の団体名で参加できたことを誇りに思いました。

まだまだ知らない事もたくさんあります。
自立支援医療や障害福祉関係の制度の使い方も「窓口の人の理解ができていないとダメ」となるそうです。
行政への働きかけの仕方などの話も出ました。
まだまだ、とてもとても及びません。
「細々と続けますので、よろしくお願いします。」と最後の挨拶をしました。

終了と同時に、えいさんが入ってこられました。
ドアの外で待っていたのだそうです。
挨拶をして、数名の方とお話をして駅へ向かいました。


途中下車をして、報告会、反省会、世話役会の懇親会です。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」です。
楽しく続けられそうです。


9月30日、夫は小規模多機能へ1泊。
10月1日、朝迎えに行きました。
少々不機嫌な顔でした。


家に帰ると早速お通じがありました。



やっとブログが更新できました。
明日3日(火)から6日(金)まで実家へ行ってきます。



448. 訪問看護&つくしの会交流会

9月26日(火)
毎週火曜日は、訪問看護の日です。
9時30分から1時間、あれもこれもと良く診ていただいています。
つくしの会の交流会が11時からありますので、早めに来ていただいて支度も手伝っていただきました。
口腔ケアも髭剃りも、です。
いろいろ相談も、し始めるとあっという間に時間になってしまいました。

今回は久しぶりに看護ステーションの所長さんでした。
夫が歩いて話をしている頃お世話になっていた方です。
言語リハビリ等を用意してくださっていたのに「僕は、散歩に行きます。」と言ったり「そんな事はしなくていいです」と困らせていました。
いったい何年前のことか?
と、訪問看護の記録を見ると平成26年4月でした。

「こんなに触らせてくださらなかったから、嬉しいわ」と言ってニコニコ世話をしてくださっていました。
この訪看さんだけは、犬が苦手です。
そらは、2階の部屋で待ってもらいます。


毎回、バイタルチェックで始まって、最近は便秘がちで摘便をお願いしています。
毎回、たっぷり出していただいて、スッキリするのですが、今回は残っていたのか、後で大変な事になりました。

バイタルチェックでは、脈が乱れている。
「不整脈と言われていますか」と聞かれました。
熱も37度4分、後で測って37度ありました。

前回のつくしの会の交流会の後、高熱を出しています。
水分補給をたっぷりしました。
夫は、普段と変わった様子もなく、少し迷いましたが、ゆっくり迷っている時間もないので、出掛けることにしました。

いつも通り、会長えいさんが夫をベッドから車椅子に乗せて手伝ってくれました。

少し出発が遅くなって、バタバタとして携帯電話を忘れてしまいました。

訪問看護の後の交流会は、時間もそうですが、頭の切り替えができず、話に夢中になって車を違う方向に向けて走らせてしまいました。

Uターンして、目的の場所へ。
少し遅刻です。

今回は、2組と2人で合計参加者は6名でした。

久しぶりに、シリウスさんにお会いしました。

出席人数は少なくても「前頭側頭葉変性症」の話ができる仲間です。
とても有意義な時間を過ごす事ができました。

彩星の会の講演「家族信託」に関連した話もしました。

夫よりもずっとしっかりしていて無言で座っていらっしゃったご本人「名義変更は嫌よね。」と奥様が聞くと頷いていました。
理解できていないのではないかと「名義変更してもいいですよね。」と聞くとはっきり首を振って意思表示をなさっていました。
何も仰らないけれど意志がしっかりなさっていました。
ご本人を前にした話は、失礼のないよう気をつけようと思いました。

夫の様子が、どうも落ち着かない。
何やら臭いも・・・・・。
もしや?と思って確認したとしても、取り替える場所もありません。

お忙しいシリウスさんが、時間になって退席なさるのを機会に、今回は体調を理由にパークトレーンに乗らずに帰ることにしました。

当然のように車椅子を押して部屋の中まで送ってくださったえいさんに、今回はお礼もそこそこで失礼してしまいました。


夫は珍しく下痢気味になっていました。
思ったより汚れていたので帰宅して良かったです。
次からは、しっかり準備を整えて行きたいと思います。

熱も平熱です。
少し「お腹が痛い」という素振りをしていました。
心配しましたが、下痢は2回ほどで止まりました。

不整脈は、前からあるのだそうです。
訪問診療の先生に言われました。
「だから予防薬を出しているのですよ。」と。
そういうことらしいです。
「エリキュース」という薬を胃ろうから水と混ぜて入れています。


447.小規模多機能の泊まりへ

9月の泊まりの予定を22日から25日でお願いしてありました。
実家に行って彩星の会にも出席できないかと、いろいろ考えていました。
娘一家が行く、といっても忙しいし、子どもの体調もあって直前まではっきりしませんでした。
はっきりしないのは、私だけで、娘は予定通り強行です。
しかも22日は、職場のミーティングがあってそれでもその後出発・・・
さすがです。

私は、愛犬そらを預ける都合もあって、迷っていました。
欲張るのは、今回は止めました。

夫の泊まりの予定は、そのままです。

ぽっかり予定の空いた23日は、タイミング良く「お墓参りは?」という義姉からの電話に「23日に行きます。」と決められました。
急だったので義兄夫婦は、都合悪くお会いできませんでした。

お墓は都心にあります。
それぞれ、約1時間の距離からのお墓に集合します。

お墓は、バリアフリーではないので、夫が行くことは、もうできません。

姉夫婦と私、ゆっくりとビールを飲みながらお話ができました。

もうすぐ、夫に会いに来てくださる予定です。

22日は、遅くまで孫の世話。
23日は、お墓参り。
そして24日は、彩星の会です。

彩星の会の定例会は、2ヶ月に1度の第4日曜日です。
今回は「家族信託」について講演がありました。
初めて聞く「家族信託」の話に、たくさん質問が出されて参考になりました。

Yさんにお会いして「持ち上げない移乗、移動」の大切な資料を貸していただきました。
ずぅさんにもお会いして、近況を伺い安心しました。
先輩方々にも、声をかけていただき、いつもながらFさんの「無理しないで体に気をつけてね」と優しい言葉に、涙が出そうになって頷くだけでした。
裏方で彩星の会を支えてくださるFさんは、SDのご主人を鉄道事故で亡くされています。
夫も同じような行動をしていましたので、良く事故にも合わずここまで来た、と思います。


彩星の会のお楽しみは、2次会の居酒屋。
今回は20名ほど。
ご本人も一緒です。
初めてのご本人は、少し不安そうにしていましたが、Nさんのギターでみんなで歌うと熱唱なさって、拍手喝采、握手にも答えて場が和みました。
音楽の力は、素晴らしいです。
一緒にカラオケも楽しんで、遅く帰宅しました。



446.訪問マッサージの日

水曜日と金曜日の週2回、訪問マッサージを受けています。
夫の通う小規模多機能に以前から来てくださっていた方が、家にも来てくださっています。
水曜日は2週間に1回は、訪問診療もあるため通所はお休みです。

今週は、訪問診療の日ではありませんでしたので、午後2時30分からのマッサージだけでした。
お休みの日は、疲れを取るかのように良く寝ています。
水曜日、と土日をお休みにしています。

「ベッドばかりで、車椅子に乗せてあげていない」
と、介護力がなくて後ろめたいような気持ちにならなくても、これで良いのかもしれません。
ゆっくり休ませて、私もゆっくりしています。
「車椅子でお出かけ」は、出来る時にしようと思っています。

訪問マッサージの日。
午前中、夫を寝かせたままでした。
気紛れに思いついて、自動演奏のピアノを聴かせました。
夫は、泣きそうな、声を出して笑っているような反応でした。
曲や音楽に感動するのか、音の大きさに反応するのかどちらもなのか、わかりません。
犬が大きな声で吠えても「ハッハッハッ」と顔をくしゃくしゃにします。
孫娘のピアノの音でも同じです。
「ほら、ジィジ喜んでいるよ」と孫には、ピアノの練習を促しています。

自動演奏のピアノを聴かせていると、マッサージの方の訪問です。

ピアノの音でもチャイムの音でも愛犬は、耳が遠くなったのかお疲れなのか眠ったままでした。
マッサージの方は、犬がお好きでいつも声をかけて相手をしてくださっています。
「あれ?今日は出迎えがない」という表情で部屋に入られると、愛犬そらは「今起きました」とヨロヨロと眠そうな顔で起き上がって近寄っていました。

そらは「僕の相手もしてよ」というように、いつも側にいます。
後半、鍼やお灸になると、自分の寝床で寝ていました。

夫は、マッサージのKさんにもマッサージにも慣れています。
安心した顔で体を任せています。
手を伸ばして挨拶のようにして、手を握ってもらうと自分から手を離します。
Kさんは男性。
女性の場合は、手を離そうとしません。

「穏やかなお顔で、体の調子も良さそうですね」と言われました。
夫に、とても丁寧に「体の向きを変えさせていただきます」とか「次は、お灸をさせていただきます」と声をかけ、私にも「失礼ですがご主人は、声を出されますか?」と丁寧です。
ベッドの上に乗って、汗をかきながら夫の体を動かしマッサージをします。
「痛くない鍼です」とツボに刺激を与えているよう事もしています。
最後は、お灸です。
匂いを嫌がる方もいるので、施設ではやらないそうです。
これも「刺激を与える」という感じでしょうか。

夫は、嫌がる様子もなく大人しくしています。
初めての頃、お灸がどんなものなのか、興味津々だったので、じっと見ていたら「試して見ますか?」と手にお灸をしてくださいました。
熱くなく、気持ち良かったです。

どうなっているのか、よくわかりません。
何年も勉強なさっているのでしょう。

「あまりやらないのですが」と言って、手をかざすようにして、「左の耳の後ろに何か違和感がありますね」と仰られた事もあります。

不思議です。

「今日は、このくらいで終わらせていただきます」
と帰られると、夫は気持ち良さそうに、また眠りました。

445.つくしの会の定例会、微熱

毎月、第2木曜は、前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会です。

前頭側頭葉変性症の介護者、支援者が集まって介護の話、情報交換等をしています。

今回は、新しい方2名とその支援者の方、会長えいさんと私、そして途中から久しぶりの参加の方の6名でした。

初めての方に向けて、会長えいさんから、つくしの会は「介護者が楽しむ会であること」等、会についてのお話をしていただきました。

えいさんは「利用できる制度をできる限りお知らせしたい」と、いつもとても親身になって相談に応じています。
今回も「指定難病は、ご存じですか?65歳前の発症ですよね。」とお話されていました。

初めての方もたくさんお話され、「誰に話しても、なかなか理解してもらえなかったので、こんなこと初めてです。」と喜ばれました。

次回もぜひ参加して、もっとお話したいと思いました。

いつもは、次の珈琲店へ流れるのですが、残念ながら今回は、私に時間がありませんでした。

孫が、台風上陸と体調が関係するのか喘息症状が出て、受診させることになっていたのです。


それでも、「世話人反省会」を夜に行う予定でした。

「お疲れ様の一杯」を楽しみにしていたのですが、予定通りに行きません。

夫の小規模多機能から電話がありました。

お昼に、利用者さんの食事に手を伸ばし、少し口に入れてしまって、取り出し吸引もして、様子を見ている、と例会の最中に電話で聞いていました。

孫の病院から家へ帰る途中「熱が37.4℃あります。解熱剤は何度で使いますか?夜の発熱の連絡はどうしますか?」と看護師さんから電話でした。
「すぐ、迎えに行きます。」
と答えました。
孫の病院という「仕事」のお蔭で、ランチビールもなく、しかも運転中というタイミングの良さ、です。

福祉車両にしてから、電話もハンズフリーに設定しているので運転中も通話できて便利です。


えいさんに「ドタキャンすみません」と事情をお話すると「いいよ。気にしないで」と思った通りのお言葉でした。


久しぶりの「一杯」を楽しみにしていたのは私です。

夫の熱は、上がることもなく、すぐに36.5℃に下がり安心しました。
次の日は、シャワーに入れていただいてサッパリしました。

444.話し合い

12日、小規模多機能会議室で多摩若年認知症総合支援センターのセンター長さんに来ていただいて、施設長さんとお話をしました。

夫の今後の事で、施設長さんに相談したのは夏祭りの後の8月10日。
母の事、在宅介護に自信がなくなってきたことなどを相談すると、「療養型病院」の話や「特養」の話になったことで、方向が決まって来たものの、気持ちが揺れ動いていました。

「気持ちの整理のお手伝いをお願いしたい。」と、多摩若年性認知症総合支援センターに電話相談をしました。
「私が一緒に行きますから、もう1度お話して見てはいかがですか?」と小規模多機能の施設長さんと連絡を取って、9月12日13時と日程が決まりました。

「特養に向けて、話は済んだのに、なぜ?」とつくしの会のえいさんの仰る通りでした。

施設長さんをがっかりさせてしまった事は、わかります。

8月の相談から、変わらない日常生活ですが、私も落ち着いて考えられるようになってきていました。

多摩若年認知症総合支援センターのセンター長Kさんはとてもお忙しい方です。
その方が、こちらまできてくださる。
施設長さんも時間を作ってくださる。
貴重な時間です。

「もう大丈夫ですから。」とキャンセルするのも、また申し訳ない。
滅多に、お願いできる事ではありません。
有難いです。


お話できて良かったです。

「胃ろうにしたので、長期間預っていただけない」というのは、私の思い違いだったようです。

「2週間でも3週間でも、事前に言っていただければ見ますよ。緊急の場合も見るっていいましたよ。」
というお話です。
「え?預っていただけない、と私が思い込んでいただけなのですね。」
「前から、言っていますよ!」

私の思い込みが強かったようです。
「施設長さんに気持ちがあっても事業所として胃ろうの人を長期間預るのは難しい」という解釈をしていました。

「2週間でも3週間でも見ていただけるのですね。」
と再確認しました。


「施設長さんはお忙しそうで、なかなかお話ができなかった」と私が言うと
「メールでも伝言でも方法はあるはず、なんでも話して欲しいと最初から言っている」
と言われ、「はい・・・」と小さくなってしまいました。

多摩若年認知症総合支援センターのKさんが「家族は感謝の気持ちが強いほど、言えなくなる」と助けてくださいました。

そして、話のやりとりを聞いて「な~んだ、お二人とも相思相愛というか、お互いを思いやっているところを見せつけられました。羨ましいです。」とまとめていただけました。
「見て欲しい」「見たい」というところをわかっているのに、上手く伝えられず、伝わらず、という感じだったのかもしれません。

施設長さんは、今までも在宅が辛くなる頃、「本人にとって家に居るのが一番」と熱弁を振るわれ、そのお陰で私も在宅を続けてこられました。
「支援しますから安心してください。」といってしまえば、それが家族を苦しめる事になるのではないか、と控えたのでは?
と後になって思います。


「この際だから、なんでも言ったら」とKさんに言われても
「何もいえないです。」とことばがすぐに出ませんでした。

いくつか、どうでもいいような質問をしました。
いつでも話に応じてくださるとわかったら、後でもいいことです。

「申し訳ありませんでした。貴重な時間を割いていただいてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」と頭を下げて終わりました。

Kさんを駅まで車で送らせていただきました。
夫にも会っていただき、車も見ていただくことができて良かったです。

夫が若年性認知症にならなかったら出会う事もない素晴らしい方々と出会い、貴重な時間を共にでき、滅多にできない経験をしています。

しっかり前を向いて進もうと思います。

一歩前進!

443.歯が入りました。

夫のお世話になっている小規模多機能では、訪問歯科が受けられます。
通所できない時は、家に来てくださったこともあります。

家に来てくださった時は、お話してくださったのですが、施設ではなぜか無言です。
黙って治療してくださいます。
食堂(ダイニングキッチン)の中の洗面コーナーでも治療ですので、衛生面での理由なのかもしれません。

必要な治療を黙ってしてくださっていました。

毎回、治療の場面が見られるわけでもありません。
時間が決まっていないのです。

黙って治療をして、黙ったままなのです。
「型を取って、歯を入れます。」とは聞いていました。


見ると、歯が入っていました。
削れた歯の上に、白い歯を被せて新しい歯になっていました。

前歯がどんどん削れて、欠けてしまうのが悲しかったので、白い歯が入って嬉しいです。

これで、安心。
「前歯が全部無くなってしまう!」と嘆かなくても大丈夫です。

上の前歯です。

歯科衛生士さんは、週1~2回丁寧に口腔ケアをしてくださっています。
タオルをしゃぶった日は、歯につまっていると報告を受けました。

訪問歯科の日は、必ず吸引器を持って行きます。
いえ、毎日持って行っています。

白い前歯が入ったことを記録に残しておきます。

442.小規模多機能の家族親睦会へ

9月8日(金)は小規模多機能の敬老会と家族親睦会でした。
毎月、封書で届くお便りにイベントの予定が書かれていました。
すでに、他の予定が入っていましたので出欠は保留にしていましたが、当日になって、「家族親睦会は出席させてください。」とお願いしました。

午前中の敬老会の時間は、ちょうど私の鍼灸治療の時間でした。
予約がなかなか取れないのでキャンセルは、しませんでした。

リハビリの後、急いでお昼を食べて小規模多機能に行きました。
家族の方は、いらっしゃらない様子です。

「あの~~家族親睦会は?」
「出席の方、少ないですよ。」

時間まで夫の側で待っていました。

時間が過ぎても、どなたも家族の方が見えなくて、私ひとりでした。

途中で、ご本人と通院の帰りにいらした息子さんが、少しだけお話されて帰りました。

家族親睦会は、施設長さんとケアマネさんと家族(私)でした。

施設長さんから家族に向けて、今後、秋の施設外外出を考えているが、どうか?というお話が主でした。
車で景色の良い場所へ連れて行ってくださるのだそうです。
候補地を上げられ、希望を聞かれました。
夫は、ドライブを喜びますので嬉しい企画ですが、食事など他の利用者さんとのバランスが難しいのではないかと思います。
「連れて行ってあげたい」というお気持ちを強く感じました。

家族は、私だけでしたが、夫の事等個人的なお話はせず、予定の30分で終わりました。

来週12日に、多摩若年認知症支援センターのセンター長さんを交えて、夫の今後の事を話し合う予定です。

母の入院で今後を相談したのが、ちょうど1ヵ月前。
施設入所も考え、揺れ動く気持ちも、だんだん落ち着いてきました。

今後、どうしたらいいのか、どうしたいのか、もう一度気持ちを整理させて行動したいと思います。

441.「ジイジ、アイスよ~」

3番目の孫は2歳。
アイスが好きなようです。
1番目の孫は食物アレルギーで2歳の頃はアイスが食べられませんでした。
3番目は、なんでも平気で自由です。

時々、忙しい娘に代わって保育園に迎えに行き、我が家で過ごします。

「ジイジは?」
と必ず聞きます。
これは、上の孫達も同じです。

3番目の孫は、我が家の冷凍庫からカップのアイスを見つけました。
どうするのか見ていたら、引き出しからスプーンを出して
「ジイジ、アイスよ~」
と夫のベッドへ持っていったので、びっくりしました。

「これはジイジのよ。」と言ったのを覚えていたようです。
暑い日にひと口ふた口、夫の口に入れたのを見ていたかもしれません。

あわてましたが、孫が夫に上げたいと持って来てくれたので、
「ありがとう。ジイジ食べるかな?」
とすぐに食べさせました。

夫が嬉しそうに食べる様子に、孫は
「わ~~、ジイジ食べた~」
と手を叩いて喜びました。

さらに、夫がスプーンを自分で手に持って、口に運ぶのを見て
「じょうず~~!」とまた拍手です。
なんとも可愛らしい顔です。
急に言葉もはっきりしてきました。

微笑ましい光景です。
夫を在宅介護していて良かったと思えます。
孫とのふれあいも、孫たちの優しさも予想外のことでした。

孫たちは、近くに体の不自由な人がいるのを自然に見ているのです。

「優しくして」などと言わなくても優しいです。

心に残った行動を忘れてしまわないように、記録に残しておきたいと思います。

440.神経内科、通院日

定期的に神経内科に通院しています。
3ヶ月に1回から4ヶ月に1回になってきました。
前回は5月。
暑い8月はお休みにして、今回9月。
次回は1月に予約しました。
薬もありませんので、経過報告など先生とお話するだけです。

今回は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」のえいさんが一緒です。
奥様が今までの大学病院に通院が困難になって転院の予定です。
以前にも、この病院で診ていただいていたこともあります。

夫の主治医の先生にお話すると「私で良ければ」とお返事をいただいたので、診察後予約センターで予約できたそうです。

夫は、そのお話の間もずっと先生の手を握っていました。
夫の正面から「いかがですか?」とにこやかに笑顔をくださるので、夫も嬉しそうに笑っていました。
夫の両手を握ってくださるので、夫も答えて嬉しそうでした。
調子に乗って、腕にまでスルスルと手を伸ばし「それ以上はセクハラよ」と言われるほどでした。

主治医は若い女医さんです。
入院中にも、夫は看護師さんの手をなでていたのを思い出しました。

入院中にお世話になった主治医の先生を覚えているようでした。
夫の笑顔を先生も喜んでくださいました。

次の1月の診察まで、何事もなく無事でありますように。


診察後の会計は時間がかかりました。
指定難病の医療費受給者証と自立支援の医療票の両方を出しています。
今月から難病の上限額が5000円になったので嬉しいです。
なぜか、今回は1000円以上の支払いになっていました。
いつもは140円とかで、一桁違います。
今までとどこが違うのか、聞きました。
「難病外来指導管理料」という項目が加わっていました。


終了後は9階のレストランへ。
夫は胃ろうです。食べることができません。
歯固めのようなチョコレートの形をした玩具をあげると噛もうとしていました。
私の「唐揚げ黒酢野菜炒め定食」が来ると、すーっと手を伸ばして引き寄せようとしました。
なるべく目に入らない位置に向きを変え、急いで食べました。
食べ終わったので、お箸を貸してあげると、上手に左手でお箸を持ってお皿に残っていたコーンを摘んだので慌ててコーンを貰いました。
それでもお皿の茶色いタレをすくい集めようと上手にお箸を使っていました。
自分の玩具もお箸で摘んで口に入れていました。
お箸の使い方は、忘れていないようです。

えいさんの「通院介助」のお陰で、病院の入り口での車椅子の出し入れも楽でした。

自宅までお願いして、今回は大助かりでした。
自宅に戻ると、なんと駐車場に娘の車が
研修と聞いていましたが車を置いて行くのは知りませんでした。
車椅子が通れません。
スロープの反対側が階段3段になっています。
そこから入れることにしました。
えいさんが居てくださったので、できました
私ひとりでは、無理です。

でも、非常時には、階段になっているこちら側も利用できることがわかりました。

夫は、久しぶりの病院で興奮したのか、やけに元気です。
ベッドでも寝る事もなく、壁のカレンダーを引っぱって落としたり、ベッドサイドに手を伸ばしてイタズラしています。

夫の好きそうな曲を流すと「ふふふ」と笑っています。
音量に反応するようにも見えます。
孫娘のピアノの音でも笑います。

439.指定難病 127前頭側頭葉変性症 

特定医療費(指定難病)受給者証が届きました。
バンザーイ!
負担上限月額が5000円になっていました。
今までは、10000円でした。
高額長期と認められました。
良かったです。

2015年7月 前頭側頭葉変性症は指定難病になりました。
国に難病と認められたことで、難病医療の補助が受けられるようになりました。
医療費の補助は、今まで受けていた自立支援医療1割、難病は2割負担、とメリットも疑問でした。
入院時には自立支援は使えませんので、とても助かりました。

2月に高熱、嚥下困難になって以来、この指定難病は有効でした。

入院時は、とてもとても助かりました。
総額の入院費は、びっくりする金額でしたが自己負担医療費は定額の10000円でした。
退院して訪問医療、訪問看護をお願いしても、1ヶ月の負担額は変わりありませんでした。


指定難病の更新の時期になって、「高額長期」の手続きをしました。
2月から7月までのページをコピーして提出しました。
更新時期ぎりぎりでしたが、間に合って良かったです。

障害年金なら非課税で、こんな手続きも不要。
わずかに課税されているだけで違うのです。

ふと、思ったのです。
皆さん、どうなさっているのでしょうか?
同じ若年性認知症で同じ状態だとしたら、指定難病でないとしたら、医療費の負担は?

平等って難しい。

438.褥瘡

まさかの褥瘡
ショック!がっかり

実家から戻ってもすぐに夫を迎えに行かず、予定通りお願いしていました。

安心してお願いしていました。
愛犬は心配で、27日すぐに迎えに行きました。


孫とゆっくり夏休みを楽しもう、と遊んだ後で29日夕方夫を迎えに行きました。

変わった様子もなく、お礼を言って家に帰りました。
排便の状態や胃ろう、水分補給については報告を受けました。

家のベッドで、おむつ交換。
ほんの少し排便があったので、拭き取って・・・・
びっくり
便かと思った物が黒い皮膚でした。

皮が剥けてしまいました。
周辺は水疱になっていました。

初めて見る褥瘡に、びっくり
ドキドキしてしまいました。

でも、落ち着いてアズノールを塗りました。
お尻の反対側、対照の位置も、細かい水疱ができかかっていましたが、アズノールを塗って血行がよくなって、すぐに引いたようです。

車椅子に一日中座っていたのが原因のように思います。
便通のため起床時間を長くするよう、看護師さんにアドバイスを受けて自宅へ戻ったばかりでした。
家にいると、最近ベッドの時間が長いので、小規模多機能ではずっと車椅子で良いと思っていました。
通所の時は、時間が短いのですが、泊まりでは長時間になってしまったようです。


どう伝えたらいいのか、考えました。

こういう時、相談できる仲間がいることは心強いです。
私は、看護師さんに直接お話しようかと考えていましたが、えいさんから、施設長さんにお話するようアドバイスを受け納得しました。



よくあることですが、それから数日、書いた文章があっという間に消えて・・・・


ずいぶん、日が経ってしまいました。


もう、褥瘡も回復してきました。
小規模多機能では、ベッドで横になる時間も作っていただきました。
立派な褥瘡でしたが、治りも早いようです。


夫も私も犬も元気です。

愛犬そらは、時々夜中に起きてトイレを間違えたり、「ご飯食べてない!」と訴えたりします。




437.夏休み

いろいろありましたが、夫も私も元気です。
ブログの更新が遅くなってしまいました。

少しずつ、書きます。

*8月19日 前頭側頭葉変性症 つくしの会の交流会でした。

8月はお休みにしていましたが、お休みにできないのが前頭側頭葉変性症です。
毎日デイにも行かれず、散歩やドライブで時間をつぶしていたり、悩みを抱えたままでいる方もいるかもしれない。
誰よりも私が話を聞いてもらいたいのです。
会長えいさんから8月開催の相談があって大賛成しました。

暑い中、夫を車椅子で参加させるのは、どうかな?
と考えましたが、えいさんが手伝ってくださる、というよりほとんどやってくださるので安心でした。

今回は私達夫婦ともう一組と会長えいさんの5人でした。
ゆっくりお話できました。

パークトレインに乗ると風が気持ちよく感じられました。
気温が高かったので、休憩所で胃ろうから水分補給をしました。

すこ~し熱っぽかったのです。

家へ帰って、たっぷり水分補給をしましたが、38度1分ありました。
冷やして様子を見るつもりでいると、えいさんが
「え?38度?すぐ電話した方がいいですよ。」
というので、「そうお~?」といいながらも、訪問看護ステーションに緊急電話をかけました。
土曜日の夕方です。
所長さんの携帯電話に繋がりました。

冷やして、水分補給、下がらないようなら解熱剤を使うよう指示を受けました。
家には、以前に処方された解熱剤や子供用の顆粒状のものもありました。
大人の量を教えていただきました。

この電話で、訪問医にも連絡が行ったようです。

月曜の朝、クリニックの看護師さんから電話をいただきました。
往診をしていただけると聞いて安心しました。

往診の時間には、熱も平熱に下がっていました。

4月退院以来の発熱。
いずれは、また、こうして、肺炎を繰り返して・・・・
いつまでも冷静でいられるか・・・・・
などと、少しだけ考えました。


訪問診療、訪問看護の連携は心強いです。
診察していただいて、このまま様子をみることになりました。
顆粒の解熱剤を処方していただきました。

小規模多機能のショートステイも、熱がなければ問題ないといわれ安心しました。

水分補給をせっせとして、栄養も取れるし、胃ろうは便利です。
2日間で熱もすっかり下がりました。

25日からの実家行きを前に、24日から小規模多機能で泊まりをお願いしました。
熱がなければ安心です。


つくしの会交流会で、えいさんとお話していろいろアドバイスをいただいたこともあって、早速、次の行動にとりかかりました。

数年前申請をしたままになっていた市内の特養に電話をして、すぐ必要書類を持って再度申し込みをしてきました。


小規模多機能の施設長さんとお話してから、とても揺れ動いていたのです。
多摩若年認知症総合支援センターにも電話をして「気持ちの整理のお手伝いをお願いしたい。」と話を聞いてもらいました。
どうしたらいいのか、一緒に考えてくださって9月には小規模多機能へ来てくださることになっています。


「特養に行って相談してみたら?」
という、えいさんのアドバイスに
「私もそう考えていました。」と答えました。
「ということは、特養入所を考えているということだよね。」
全くその通りだと思います。
少しずつ気持ちの整理ができてきました。


そして、実家へ。25日~27日
ほんとうは、26日に母の米寿祝いのイベントの予定でした。
母の入院で「大騒ぎはやめてね。」と母にいわれたこともあって
26日は小さなバーベキューパーティーをしました。

25日は病院へ駅から直行したので、母の病室でゆっくりできました。
元気な病人で26日は外出許可が出ていました。
一緒に病院内のカフェでコーヒーを飲みました。
病室で、スマホのラインも復活させました。
母がラインの写真や動画を楽しみにしているのでチャンスでした。

 後で、曾孫の歌う「ハッピバースディ」の動画を送ると喜んでいました。
 良いプレゼントになりました。

母の夕食後に義妹が迎えに来てくれて、一緒に回転寿司で夕食を食べました。
 弟夫婦は実家の近くに住んでいます。有難いです。

深夜になって、娘一家5人と2匹が到着しました。
入院中なので、イベントは中止にしても、夏休みに子どもと犬を遊ばせたい、と予定通りです。
弟はバーベキューのインストラクター(資格があるらしい)なので、バーベキューも予定通りお願いしました。

母は、曾孫の顔が見たくて退院も早めようかと考えたようです。
主治医の夏休みで外泊も退院も許可にならない代わり、朝から消灯まで外出許可になりました。

母は、まるで旅行から戻った時のように普通に自分の洗濯をしてお風呂に入って普通に過ごしました。
時々、病院に入院するとショートステイみたいで食事の心配もなくて良いのかもしれません。

要介護ではありませんので、介護施設の利用はできません。
有料サービスを使うことも考えたいと思います。

26日のバーベキューパーティーは、弟夫婦、姪夫婦、娘家族と母と私の11人。
兄の一族か加わると倍以上の人数になるのですが、隣りの県なのに夏休みが北国バージョンで短く、もう新学期が始まって忙しいらしい。
無理をしてでもイベント参加の予定でしたが、入院中なので延期の話になってしまいました。

外出は予想外でした。

曾孫3人だけでも賑やかなのですから、曾孫10人全員集合したら大変な騒ぎになりそうです。
それぞれが都合のいい時にお祝いに行く、それでいいのかもしれません。

バーベキューは格別でした。
さすが、バーベキューインストラクターの弟

そんなこんなで楽しい3日間でした。

27日、母の誕生日に帰ってきました。
愛犬そらが心配でした。
夫のことは、だいたいわかるのですが、愛犬を預けるのは久しぶりで心配でした。
母が元気なのを確認できました。
予定より早く帰って来てしまいました。

夫のことをぜ~んぜん心配しない自分。
そうか、これでいいのかもしれない。
なんだか、すっきりしました。

安心してプロに任せることができるのです。
「私がいなくては・・・・」という気持ちはありませんでした。
心配することもありませんでした。

愛犬は、早く迎えに行かなくては・・という気持ちでした。

安心・・・これは重要です。
そう、安心できるのです。
有難いと思います。

夫の泊まりの予定は変えていません。
夏休みをいただきました。

大好きな孫との時間を大切に過ごしたいと思います。

残された時間がとても貴重に思えるようになりました。

436.夫の世話・・・スマホがまた故障・・・

8月12日(土)
朝、起きて夫を見ると、濡れていない。
良かった、と思ったら便をしていました。

昨日、一昨日と少量出て、やっとドッと出たようです。
乳酸菌とか、青汁とか、少~し入れて効果があったのかもしれません。

小規模多機能では、トイレに座らせて少し出たそうです。

「ヨーシ!」
開いたオムツを一度閉じて、準備を整えました。
まずは、滅多にしない腰痛予防のコルセットをしました。
それから、訪看さんのように、お尻を洗う用意です。
やれば何でもできるようになるものです。
完璧です。

次は
朝の胃ろう「ラコール」を2パックと水400ccを入れながら、洗濯を済ませ、一息、と、おっと大変なことを思い出しました。

土曜日です。
薬局に午前中に行かなくてはなりません。

訪問診療は水曜日でした。
次の木曜は休診なので、いつも金曜に藥(ラコールも)貰いに行っています。
今週は金曜が祝日、14日からお盆休みなので、どうしても行かなくてはなりません。
朝早く行こうと思っていたのでした。
今回は3週間分です。
薬局の駐車場が空いていて良かったです。

薬局から自宅へ届けていただくこともできます。
わずかですが、介護保険を使って料金もかかるので、取りに行っています。
クリニックで処方箋を受け取り会計を済ませ薬局へ。
重たいラコールの箱は車まで運んでくださって有難いです。
今回、3週間分は車からなかなか出せなくて、後で娘に運んで貰いました。
「次からは、配達お願いしようかな」
と思いました。



おやつに、夫の姉の家庭菜園から届いた西瓜をしぼって、とろみをつけて食べてもらいました。
一口食べると「ふへへ」と嬉しそうに笑いました。
少しでも口から食べられるようになって良かったです。
「もっと」というように器を自分で引き寄せてそのまま飲むように口に入れました。

早速、お姉さんにメールで報告をしようとしたら、途中で画面が真っ暗になりました。
スマホ!
故障で修理中の代替え機なのに。
代替え機が故障?

「復活の方法は?」とお店に電話して聞くとお店へ行って交換しなければならないようです。
全く運が悪い

一応、電話でたっぷり文句をいいましたが、仕方ありません。
土曜日なのでお店も混んでいる様子。
到着時間を知らせ、急いで手配するようお願いしました。

運が悪いだけなのです。
お店の方の対応は悪くありません。

幸い、道路も駐車場もお店も空いていました。

夫をベッドに寝かせたままです。
ゆっくりはできません。

代替え機の代替え機で、無事通信可能になりました。
他の機能を使うのは、修理から戻ってからにします。
設定や登録の時間が無駄です。

囚われたくありません。

スマホの交換のための急ぎの外出でしたが、駐車料金を払いたくないので買い物を、本屋さんに行って見よう、と少し立ち寄ったつもりが、時間を忘れてしまいました。
良い気分転換になりました。

これからは、自分のための外出も億劫がらずにしよう、と少しだけ思いました。




435.施設入所を検討

在宅で看取りまで、と考えて訪問診療も訪問看護もお願いしています。
福祉車両も買って、スロープも造って、介護ベッドも車椅子もあります。
小規模多機能型居宅サービスを使って、通所も泊まりも訪問も利用できます。

ただ、長期の泊まりができません。

困った事がおきました。

実家の母が入院することになったのです。

前回は私の家に来ている時でしたので、こちらで入院になりました。
「今回も」という選択すらできない状態です。
すぐに様子を見に行く事も、入院前の手伝いに行く事もできません。
弟が介護休暇を取るというので任せてしまっています。

このままでいいのか?

母の病気は、考えるひとつのきっかけになりました。

その前から、「このままの状態で在宅介護が続けられるか」考えていました。

以前と違って、小規模多機能では「泊まり」を簡単には受けていただけない状態です。
胃ろうになった事もありますが、利用者が増えて調整に苦労なさっているようです。

8月10日(木)久しぶりに施設長さんとお話ができました。
夏祭りも終わって落ち着いて話を聞いていただけました。

1日ベッドで過ごさせてしまった事や母の事、迷っている事をお話しました。

以前なら「大丈夫です。なんとかします。」と言っていただけたのですが、
「残念ながら、受けてあげたい気持ちはあっても今は難しい状況です。」と施設の状況を話されました。

最初は「今の状態は、療養型の病院がいいと思います。」というお話でした。
良いという病院が偶然、以前「病院探し」で私も良いと思った病院でした。
夫が現役の頃から不思議なご縁のある病院です。

私は「特養はどうでしょうか?」とお聞きしました。
施設長さんは、特養で働いていた方ですのでいろいろとご存知です。
家族の望むような介護はできないこと、組織の方針があることなど・・・。

市内の特養、随分前、2度目の精神病院へ転院と同時に申し込んでありました。
今の小規模多機能で引き受けてくださって退院できたので、特養入所の気持ちはすっかりなくなって、そのままになっていました。
入所の意志だけは「継続」で提出してありました。

施設長さんも考えてくださって、遠くの「良い特養」より近くの方が通えるからいいかもしれない、と言って早速、その「市内の特養」の施設長さんに直接電話をかけてくださいました。
残念ながら繋がりませんでした。

でも、一歩前へ進みました。

「もし、これで決まったら引き返さないでくださいね。」
と言われました。

「迷っている」という気持ちも良くわかってくださっていました。

ここでも「えいさんの時もそうでした。」とえいさんのお話が出ました。
奥様が小規模多機能から特養へ入所が決まった時のお話をされました。

「えいさんは、どう言っていますか?」と聞かれました。
「介護者が一番大事、倒れてはいけない、といつもいわれています。」と答えました。
とても喜ばれました。

迷っている私の気持ちをお話できたことで、少し楽になりました。

約1時間、ゆっくりお話できました。

まだまだ、揺れ動いています。

今日も、夫を小規模多機能へ車で連れて行きました。
中に入ってスタッフに声をかけられると、泣きそうな笑顔が出ました。
「あら~泣くの~?」といわれたので
「嬉しくて感動しています~」と答えました。
ほんとに涙ぐんでいました。

夫をお願いして、ドラッグストアで足りなくなったオムツと介護食等を買って帰りました。

434.スマホの故障&いろいろ

いろいろなアクシデントがあります。
いろいろ・・・・
結構なストレスです。

スマホの通信がいきなり出来なくなったのには焦りました。
USIMカードを抜いたら入らなくなってしまったのです。
SDカードだけ抜くつもりだったので、抜けてしまった、という感じです。

ただ、スマホが壊れて通信できないだけのこと。
でも、困ります。困るのです。

夜でしたので、すぐに翌朝、携帯のお店へ行きました。

夫の世話をしてベッドに寝かせたままです。
急がなくてはなりません。
訪問診療の時間もあります。

市内のお店へ向かったのに、久しぶりだったので通り過ぎてしまいました。
「なんで~」

やっとお店に到着すると「定休日」でした

さあ、大変!

急いで、駅前のお店へ。
駅前なので混雑するのが嫌でしたが仕方ありません。

待たされるなら諦めよう、そうだ5人なら・・・
と思いながらお店へ入ると、ガラガラで、ほっとしました。

修理が必要なことがわかりました。
残念ながら、SDカードに残したデータ以外のデータが消えることになりました。

電話帳と写真以外は消えても構わないと思ったのですが、そうでもありませんでした。

いろいろ、なくなってしまったデータを、もう一度入れなくてはなりません。
ブックマークとか・・・
いろいろ。。。。

スマホは修理中の代替があるので通信はできるようになりました。
基本的には、これだけでいいはずなのです。

私は何を戻そうとしていたのか・・・・
過去のこと。。。。。

友だちとの繋がりが消えたわけでもないのにラインの復旧に苦心しました。


ここで、また夫の病気のこと考えました。
大切な記憶をフォルダごと失くしてしまった・・・・。
どれ程不安だったことか。
でも、生きている!

と、ふと夫を見ると、びしょ濡れになっていました。
スマホに熱中して、夫の世話をしていませんでした。
大人しくなってしまった夫は文句をいうこともありません。

起き上がらせる気力もなく、この日はおむつの交換、着替え、胃ろう、口腔ケアをしただけで、ベッドから車椅子へも移してあげませんでした。

1日ベッドで「寝かせきり」
これは良くない!

初めてのことではありません。
土日、2日間、通所がない日は、決意がないと起こすことができません。
気力がないのです。
できないのです。

「これでいいのだろうか?」
と考えます。

自信がありません。
夫がズボンまで濡らすことが多くて着替えを何度もするのが大変になってきたこともあります。
大きな体を転がして着替えさせるのには体力が必要です。
右足が常に痺れています。

暑いので、外に散歩にでかけられない、という理由もあります。
何か目的がないと起き上がらせることも難しい。
口から食べさせるのも「30度に寝かせて」と言われています。
食べるために車椅子へ、という目的もなくなってしまいました。

通所のためならベッドから車椅子への移乗もできるのです。
できないわけではないのです。

夫も、支えれば以前よりしっかり立てるようになっています。
やればできるのです。

問題は私の気力です。
大きな問題です。

いろいろ・・・・問題です。


新潟の実家の母。
元気ですが、いろいろ・・・。

では、様子を見に、と気軽に行かれません。
それが、大きなストレスです。

訪問医には、療養型病院に一時的に入院させることもできる、といわれました。

特養入所も考えるようになりました。

次のテーマにします。

433.若年性認知症情報交換会へ

8月7日(月)
東京都の福祉保健局主催の「若年性認知症情報交換会」に「前頭側頭葉変性症 つくしの会」の世話人として初めて出席しました。
会長のえいさんも、もちろん一緒です。

都の社会福祉保健医療研修センターの会議室です。

若年認知症家族会が一同に集められ、自己紹介と団体紹介で殆んどの時間が終わりになりました。
会議は形式的なものでしたが、集まったのは若年認知症の家族会です。
仲間です。

「彩星の会」の副代表の方や彩星の会に出席されていた方も多く、多摩地区で知り合った団体の方などお会いした事のある方が多かったです。

地域で活動なさっている団体の方は、バックの自治体や社協の方も同席されていました。
資金面でのバックアップもあり、羨ましいと思いました。

「彩星の会」の方から資金面での質問がありましたが、地域を限定できず援助のない「つくしの会」も成長すると「彩星の会」と同じ悩みを持つようになるということもわかってきました。


会議の前後の名刺交換や話し合いの場が有意義だったように思います。

えいさんが彩星の会の副代表2名と多摩地区の方にも声をかけ、居酒屋で懇親会をしました。
今後は他の団体にも声をかけて集まろうという話も出ました。

楽しい時間でした。

夫は、小規模多機能に泊まりをお願いしました。
翌朝、迎えに行きました。

432.夏祭り

8月4日(金)
夫がお世話になっている小規模多機能型居宅サービス施設の「夏祭り」でした。
他の福祉施設と合同で行う初めての夏祭りです。
打ち合わせや準備に、とても忙しそうにしていました。

施設長さんとゆっくりお話したいと思っていても時間がない様子でした。

夏祭りの家族の参加は事前に申し込むよう施設のおたよりに書いてありました。

良い機会ですので「前頭側頭葉変性症 つくしの会」の会長えいさんをお誘いしました。

前日になって「夏祭り」の様子が見えて来ましたので、夏休み中の孫も連れて行き経験させたい、と孫も誘いました。

どんな様子かわからず、昨年は予定をキャンセルして参加するつもりでいたら、雨で中止になってガッカリでした。

孫達を誘うのも直前で良かったようです。

えいさんをお誘いして参加する事は施設にも伝えてありました。

孫の急な参加も「ぜひ、どうぞ」と大丈夫でした。

当日になって、えいさんに「孫も連れて行きます。」と伝えると福祉車両の定員を心配なさって遠慮されそうになりました。

とんでもない。
市内ですので帰り2回運転するだけです。
慌てて、参加をお願いしました。

夏祭りは、施設の駐車場にテントや出店を設置して行われました。
そのため、駐車場は近くのお店の駐車場を借りてありました。

施設長さんは、えいさんと親しく、事前にその場所をえいさんに連絡して確認済みでした。
心強いです。

えいさんの奥様が特養に入所される前、しばらく通所なさっていた施設です。
私がこの小規模多機能に問い合わせた時、「同じ意味性認知症の方を見ていました。」といわれ、不思議なご縁を感じました。
すでに特養に移られた後で、えいさんは施設長さんとの約束で、後に続く介護者のために活動しようとしていたところでした。
同じころ、「若年認知症の仲間」を探していた私は、介護者の会の代表の方からえいさんを紹介されました。

共通することが多くありました。
意気投合して「つくしの会」の誕生となりました。

えいさんの奥様が通われていたお陰で、夫の受け入れもスムーズでした。
まだ動いていた頃でしたので、注意して見ていただけました。
えいさんの奥様と同じように、重いドアの向こうの職員用の階段を登ろうとした時もすぐ発見されました。

その小規模多機能型施設の「夏祭り」です。

孫が喜んで、「輪投げ」「的当て」のゲームを何回もやっていました。
焼きそば、ポップコーン、飲み物、フルーツポンチ、焼き鳥、カキ氷もありました。

大きなテントで食べられるように椅子が並べてありました。

障害児の福祉施設の団体も同じテーブルに加わって、大盛況の様子です。
スイカやチョコバナナのサービスもありました。

福祉車両の展示もあって、係りの方にお話を聞くと、後で「保冷バッグ」を「どうぞ」と渡されました。
大きめでデザインも良く嬉しいプレゼントでした。

「おじいちゃんは?」と孫がいうのも当然で、利用者はまだ室内でした。
迎えに行って、孫達も中に入れて挨拶をしてもらいました。
「何年生?」と聞かれる高齢の女性も、笑顔を向けられる方もいました。


外に連れ出そうとしていると、ちょうどマッサージの方が見えマッサージのためにお部屋へ連れて行ってくださいました。
孫娘が「焼きそば食べたい」といっていたので夫をお願いして外で待っている事にしました。
お兄ちゃんは、車を何回も見に行ったり、車のカタログを見たり、ゲームへと動き回っていました。

えいさんはスタッフと懐かしそうに挨拶されていました。
夕方の運転手さんは、私にも「お孫さんと来たの?」と声をかけてくださいました。
いつも「無理しないでね。」と声をかけてくださる優しい方です。


ごく自然に夫の車椅子をえいさんが押して歩いてくださいました。

最近手に入れた赤ちゃんのおしゃぶり用のおもちゃと犬用のおもちゃをえいさんに見てもらうと、えいさんもネットで買ったというおもちゃをスマホの写真で見せてくださいました。
口唇傾向の症状も似ているようです。


「もう帰ろうよ~」という孫のことばを待って、帰りました。


翌日8月5日(土)は自治会の夏祭り

家のすぐ前の公園で盆踊りなど賑やかです。
太鼓の音や音楽、人の声、マイクの声が聞こえます。
夫は、全然気にならないのか反応ありませんでした。

隣りの娘の家の駐車場で、娘の同級生家族等数組が集まってバーベキューをして賑やかでしたが、それも全然平気だったようです。

愛犬も年を取ったからか大人しくしていました。

でも、二人とも(?)それなりに疲れたらしく良く寝ています。
排泄の騒動は次に書きます。

431.手続き、いろいろ

支給を受けている制度の更新の時期です。

*特殊疾病患者福祉手当(難病手当て)の受給者現況届

 自治体独自の制度で難病患者に対し月7000円支給されます。
 前頭側頭葉変性症が難病指定を受けた時、市の条例が追いついていなかったことを抗議して、次の議会を待って制定され、受けられるようになりました。

*特定医療費(指定難病)受給者証の更新申請

 病院、クリニック、訪問看護ステーションの3ヶ所を記入しました。
 今まで10000円の負担限度額を毎月払っていましたが、6ヶ月以上高額 になって「高額かつ長期」に該当しますので、コピーを提出して申請しました。
 次から限度額5000円になるはず、です。
 医療費がかかるようになってこの助成はとても助かっています。
 特に入院費の自己負担は大きな違いです。

*自立支援医療(精神通院)の更新申請

 精神科の通院はしていないし、病院の神経内科は1割でも2割でも100円か200円かという金額なのですが、一応申請しました。
 病院、薬局の他、もう1箇所、通っていた個人のクリニックを更新したことで、書類がもう1枚必要になりました。
 神経内科を2箇所にする理由書でした。
 訪問診療をお願いするようになって通院することもないのですが、変更も面倒なので理由書を書いて出しました。
 今回診断書は不要でした。
 次回(来年)は精神障害者福祉手帳と同時に診断書が必要になります。

*特別障害者手当現況届

 『精神又は身体に著しく重度の障害を有するため日常生活において常時特別の介護を必要とする状態にある在宅の20歳以上の者に支給される』
 1年前に申請して受給されるようになりました。
 在宅が条件ですので、精神病院を退院して老健を退所してからの受給です。
 月26810円です。
 今、いただけるのはとても有難いのですが、元気に歩き回って困っている頃、こういう手当が少しでもいただけた ら、気持ちが少しは楽になったかもしれない、と振り返って思います。

 この現況届に必要な書類等がいくつかあって
 「28年度の年金証書の写しまたは年金振込み通知書等の写し」を探して揃えたとところです。
 まだ期限内ですの8月25日までに提出します。



書類の申請、手続きは面倒だな~と思います。
毎年必要です。

少し慣れました。

430.便秘

歩いていた頃、2月にインフルエンザにかかるまでは、夫は毎日出る人でした。
朝ご飯の後、歩くと立ち止まって、という事が多かったです。
様子を見てトイレに座らせるとタイミングよく出ることもありました。

とにかくよく食べる人でした。
常同行動のある頃は唐揚げとか肉類中心でしたので太っていました。
進行して味覚も鈍感になって、何でも食べるようになったので、野菜をたっぷり食べてもらっていました。

2月に食べられなくなってから、便も出なくなりました。

訪問看護師さんには、その頃から浣腸、摘便でお世話になっています。

入院中は、下剤を使っていたようです。
退院日の退院直前に大量の便をして、退院相談担当の看護師さんが偶然病室に見えて手伝っていただいたのを思い出しました。

退院後も自力では、なかなかお通じがありません。

液体の下剤を使っています。

5滴では、変化がなく、追加が難しい。

7,8滴で翌日タイミング良く出る日もありました。

もう少し多く、と10滴、もう少し、の微量が難しい。

12滴では多すぎたようです。

先週、小規模多機能に泊まる日の前に下剤を入れました。
迷ったのですが、1週間になっていたので出したかったのです。
朝出るかと思ったら出ず、夜、夜勤の時間に大量に出てしまったようです。

迎えに行った時、看護師さんに
「もう少し、コントロールして溜めずに出るようにしましょう。」
「奥さんも量が多いと大変でしょう。」
といろいろアドバイスをいただきました。

水分を多めに入れること。
毎日、5滴入れるのもひとつの方法。
3日でなかったら、4日目に下剤を入れる。

さあ、どうしましょう。
そうか、夜勤で大量に便は大変なのかぁ。

日曜の泊まりは、出ないように下剤は入れませんでした。

火曜日の訪看の日に、と思って前日に下剤10滴入れました。
口からも、乳酸菌とか青汁とかのとろみを食べてもらいました。

効果ばっちりで、翌朝、訪看さんが来る前に朝一番で出ていました。

訪看さんは、「下剤はだいたい12時間後で出るので、私達に合わせるならもう少し遅い時間に入れるといいかもしれませんね。」
といわれました。
「下剤を無理に多く使って出そうとしなくても、様子を見て浣腸もできますから」
といろいろ一緒に考えていただきました。


小規模多機能の看護師さんにも私が毎日のように、便や下剤の話をするので、
「大丈夫ですよ。日中私たちがいる時はトイレに座らせる事もできますから。」
と言っていただけました。

「月曜に泊まりをお願いしたので、土日に出したい。そのために木曜から下剤を入れて調整する。」
という話を毎日されたら、そういわざるを得ないかも。

そうです。
夜勤の時間に困らせたくないのです。

日中なら、大丈夫なはずです。


胃ろう栄養、ラコール半固形。
どろどろの物を胃に流し込んでいるのですから、便として排出される物も少なくなって当たり前のような気がします。
お腹が張る様子もなく、普通に食べていたころとは違って「便秘」なのか、わかりません。
在宅医は1週間ぐらい出なくても心配ない、と言います。
下剤を入れた後、出た後も痛いのか眉間にシワを寄せる方が心配です。
もっとも、偶然眉間にシワを寄せただけかもしれませんが。

下剤ではなく、食物繊維とか、何か、工夫してみたいと思います。

429.彩星の会

若年認知症家族会・彩星の会
http://star2003.mdn.ne.jp/

2ヶ月に1回の定例会

5月は参加できませんでした。
「7月は参加したい」という強い希望を伝えました。

「そうまでしても?」
と思うほど難関はありました。

夫のお世話になっている小規模多機能型では、胃ろうの人は夫だけです。
未経験なのです。

胃ろうの栄養注入ができるのは、看護師さんだけのようです。
看護師さんは日曜日はお休み。
彩星の会は日曜日。

30日(日泊まり、の希望は6月前半に提出済みです。
OKの予定表も届いていました。

「夕方奥さんが注入に来れませんか?」
と看護師さんに聞かれてしまいました。

「2ヶ月に一度の若年認知症の仲間の会です。この日を楽しみにしているのです。2次会も3次会も参加したいのです。」
そうお話すると、「ああ~~わかりました」
と快諾していただけました。

それでも、その日が近くなると
「朝は何時頃から来られますか?看護師は夕方注入に来ます。」
・・・・・・・・

ああ、夫のために、不本意な出勤をして・・・・・

と申し訳なく思ってしまいました。

朝が早いなら、お昼に注入が必要になる、ということらしい。

「わかりました。なるべく遅く来て、こちらで私が水分補給をします。」
と、答えてしまいました。

「彩星の会に行きたい」という強い希望がなければ挫けてしまうところでした。
「止めます。行きません。」と言ってしまうこともできました。

「いいわ、彩星の会、行かなくても」
と行きたい気持ちもどこか消えてしまいそうにもなりました。
「できれば日曜日は来ないで欲しい」という看護師さんの本音が聞こえる気がします。

でも、
彩星の会の例会に最初に参加した時、それまで何回もチャンスがあったのに「行かなくても」と参加しなかったことを後悔しました。

もう「行かなかった」後悔はしたくありません。
行かれる時は行きたいのです。


彩星の会の7月の例会
行って良かったです。

夫を送っていくため、早くしたつもりでも遅くなってしまいました。

舎人ライナーの駅で「彩星の会」の看板を持ったNaoさんに会ってほっとしました。
「大丈夫?」と声をかけていただきました。
5月に行かれなかったので心配をかけてしまったようです。
「一緒に行きましょう」
と途中の案内スタッフも引き上げになりました。

30分以上も遅刻です。
今までは時間よりずっと早く到着していたのに、これも仕方ありません。
遅れても行く、と決めていました。

受付の世話人のFさんにも「大丈夫?」と声をかけていただきました。
Fさんに会うとほっとします。
最初に彩星の会に電話をして丁寧に応対していただきました。
同じ意味性認知症のご主人を電車の事故で亡くされています。
夫の節目節目でFさんの事を思います。

遅れて会場に入ると、目が合ったのがアワキビさんでした。

今回の例会は、専門家の方に質問する形式でした。
会場から参考になる答えや意見も出されました。
アワキビさんも発言なさっていました。

Yさんも質問なさっていました。

後半はテーブルごとに交流会でした。
初めて参加される方もいらっしゃいました。
毎回、時間が足りないくらい話がはずみます。
Yさんもアワキビさんもスリブリさんも同じテーブルでした。

終了後Yさんはご主人の病院へ行くためにすぐ帰られたようです。

彩星の会にはたくさんの仲間がいます。
会うと安心します。
「ずぅさん来てないね」とSさんと話しました。

いつも相談に乗っていただくKさん。
「ラコール半固形」を教えていただいた方。
今回は「便秘はどうしていますか?」
と教えていただきました。

アルバの会さんは2次会で隣りの席でした。
遠くから初めて参加なさるご夫婦もいらっしゃいました。

2次会の後は、カラオケへ。
会長さんに「今日は元気ないんじゃない~?」といわれてしまいました。

今回は2次会で終了。

機嫌良く家へ帰りました。

428.口唇傾向

口唇傾向・・・なんでも口に入れようとする傾向が出てきています。
胃ろうが始まってから多く見られるようになりました。

思い起こせば以前にも、
初期の頃は、ガムを噛んでいるかのように口をクチャクチャとさせていることがありました。
いつもではなく、気になる時があった、と記憶に残る程度です。

精神病院を退院した頃(診断から6年目?)から
テーブルの上のティッシュや食べ物に似たものを口に入れることがありました。
口に入れて食べられないとわかると出していました。
食べられる柔らかい紙は食べていました。
小規模多機能のテーブルの上に飾ってあったお花を食べて出させたそうです。

胃ろうの栄養を入れると口をモグモグさせるようになりました。
病院ではミトンをしていたので、ミトンを口に入れることもありました。

在宅になってすぐタオルをしゃぶるようになりました。
タオルケットを程よい形にして口に入れて噛むので、穴だらけになりました。
歯ぎしりもします。

タオルケットを口に入れて、穴だらけになるのは仕方ないのですが、自分の唾液で誤嚥してゲホゲホしてしまうのでなんとかしたい、といろいろ工夫しています。
タオルの繊維が口の中に残っていて誤嚥も心配です。

調子にもよるのか、口に入れていても静かで誤嚥の様子も見られない時もあります。

タオルケットがなければ、と取って見た時、シャツの襟をギザギザになるまでしゃぶっていました。

誤嚥が心配。
先日は、何を口に入れたのか、タグのような物だったのか、口の中に固くなった物が入っていて慌てて掻き出しました。
長い時間、口の中でモグモグさせていたのに口腔ケアをするまで気がつきませんでした。

歯ブラシをくわえさせてみました。
しばらくは、自分で口に入れていましたが飽きると、そ~っと遠くの方に置いていました。

孫が離乳食の頃使っていたシリコン加工のスプーンが気に入ってくれました。
これは良かった、と思ったのですが、少し古くて劣化していました。
夫の歯の力が強かったので、ひび割れてしまいました。

なんでも口に入れようとします。

自分の右手を左手で持っているので、どうするのか見ていたら口に入れようとして止めました。

私の手を口に入れようとする事もあります。
噛まれると痛いので、入れさせたことはありません。

何か口に入れて安全なものはないか・・・・
乳児の歯固めのようなもの?
身近な物で試してみましたが、お気に入りはありません。
ベッドにかけてあったリモコンも口に入れていました。
スイッチを押したりもして、そのうち口へ・・・・
でも口には入れ難いサイズだったようです。

ふと思いついて、孫が使っていた哺乳瓶の乳首を渡してみました。
何だと思ったのでしょう。
「バカにするなよ」「なんだよ、これ」
とでも言うように、なんと手に取って、ポンと投げたのです。
あらあら、投げる事ができるのね。
面白いので、もう一度!
もう一度投げてくれました。

いかにも乳首というのが嫌だったのか、なんだと思ったのか。
分解して、シリコンの部分だけ渡してみました。
ちょうど持ちやすかったのか、気に入って口に入れるようになりました。
「他にないから仕方なく」
という感じで口に入れて、飽きると出しています。

もう少し、良い物を探してみようと思います。

口から食べること、経口摂取もしています。
静かな誤嚥がわかったので、量は少しにしています。

今日はカレーライス。
ペースト状のご飯にペーストのカレーをかけたもの。
嬉しそうに食べました。
笑顔が出ます。

今日は調子がいいのか、壁のスイスの写真を指差して笑いました。
「そうね。また行きたいね。」
声を出して笑っていました。

その後は、またギシギシと歯ぎしりをしていました。
歯がますます磨り減っています。



427.重度障害共済金

「都民共済」の「重度障害共済金」が振り込まれたと通知が届きました。

 そうだ、そういえば「通知する」ということば。
 夫が良く使っていたのを思い出しました。
 動詞が限られた言葉に集約されていました。
 「トイレに行ってくる」も「通知してくる」
 「注文して」も「通知して」でした。

振込みの通知が届きました。
都民共済は早いです。
申請からたぶん5日目です。

安心しました。

「重度障害となった日をもちまして契約終了」
掛け金と出資金がプラスされて振り込まれました。


ここまで来てしまったな~~・・・


車を買ったし、スロープも作ったし、介護にお金はかかります。
有効に使いたいと思います。

426.おむつの闘い

おむつの工夫、当て方など、メールや電話でアドバイスをいただきました。
有難いです。
一喜一憂です。

うまく行く時は、「やったぜ~」
ですが、うまく行きません。

どんなに当て方を工夫しても、蒸し暑さのため、おむつに手を入れて涼しい方に方向転換させてしまうのです。

手を入れているのを発見すると、もう一度おむつの位置確認をしていたのですが、それでも隙を狙ってやられてしまいます。

25日(水)は訪問診療、訪問マッサージの日でしたので、家で過ごしました。
ベッドの上が退屈だったのか、何度もやられてしまいました。

回数は覚えていません。
「あれ~また~?
何回もズボンと防水シートを交換して洗濯しました。


最後は、ふと見ると、オムツの上に出して・・・・・
おむつは濡れなくてズボンとシートがびしょ濡れでした。


それだけ元気だということです。
元気がない時は脱水で尿量もわずかでした。
漏れることもありませんでした。

今、熱中症予防もあって水分をたっぷりとっています。
たくさん出ます。
良い事です。健康です。

動きが少ないのか夜は、大丈夫でした。
吸収率アップのため布を使ったのも良かったようです。

まだまだ闘いは続きます。

425.前頭側頭葉変性症つくしの会交流会

7月25日
つくしの会の交流会に夫と参加しました。

訪問看護の日でしたので、着替え等手伝っていただきました。
困っていたオムツの当て方も教えていただけました。

お尻を綺麗に洗っていただいて、おむつをしていただきました。
出発から家に戻って交換するまで漏れる事もなくバッチリでした。

出発前に、つくしの会会長のえいさんが来てくださって、看護師さんから引き継ぐかのようでした。

天気予報では、午後から雨。
雨具の用意をして、車へ。

えいさんに車椅子の夫を車まで運んでいただきました。

そして、私がスロープを使って車に乗せる様子を写真に撮って、後で送っていただきました。

自分では撮れない貴重な写真です。画像

早めに準備をしても、出発までに時間がかかってしまいました。

集合時間には間に合って、それぞれ遅れる連絡が入っていて一安心。


今回は3組と会長さんの7人でした。
ゆっくりお話できました。

懇談の後、パークトレーンに乗りました。

再会を約束して解散。

手を振るご本人の笑顔が嬉しかったです。
またお会いしたいと思いました。


駐車場に着く頃、天気予報通りにパラパラと雨が降り始めました。

大降りなる前に家に戻る事が出来ました。

「お疲れ様の1杯・・・・・」
「いや、雨が・・・」

と、えいさんは自転車で帰られました。

ちょっと離れただけで雨の降り方も違って、そんなに慌てなくても大丈夫でした。
後でどしゃ降りの雨になり、濡れなくて良かったと思いました。

暑い中の移動で、夫より私の方が疲れてしまったようです。
夫の世話の後、ソファーに座ると眠くなってしまいました。

動けないまま、ベッドの夫を見るとタオルケットをしゃぶっていました。

体力温存!
私も夕方には復活しました。

424.おむつの工夫

「またズボンが濡れてる~~」
「おむつはこれだけしか濡れてないのに、なんでこんなに濡れちゃうの???」

夫に聞いても笑っているだけ。
「こら~」と顔を近づけると大喜びしていました。
まるで赤ちゃんです。

あまり嬉しそうに笑うので、もう1度「こら~~わかってないね。」と笑わせました。

笑ってないとやってられません。


なんとかならにものか・・・・・

どんなに厳重におむつをしても、手を入れて向きを変えられるとどうにもできません。

おむつの当て方の前におむつの選び方が大事、と在宅介護を始めた頃教えていただきました。

でも、おむつは自治体からの支給品を使っています。
当て方等で工夫するしかありません。

以前は、スウェーデン製のおむつの丁寧な当て方の説明で上手くいきました。
寝たままでは、上手くいかないのか、いや、手を入れるからだ!


昨日の夜は、おむつカバーを使って大成功
偶然だったのかもしれません。
吸収力アップに布も使いました。


今日は夕方、早めにおむつカバーをして、防水シートも二重にしました。
一枚濡らしても、交換しないで済みます。


ところが、もうズボンまで濡れていました。
おむつカバーも濡れていました。

小規模多機能型からも帰って来て、ズボン2本目です。
シャツまで濡らさなかっただけ良しとしましょ。
着替えが大変!

日中は、パッドの交換だけでよかったはずなのに・・・・。

夫は穏やかな顔をして笑います。

おむつ・・・・まだまだ工夫が必要です。

423.実印を失くした・・・・

暑さのためか、ストレスのためか、もともとの気質のためか、物の整理がうまくできなくて探し物が多くなりました。

以前、教えていただいた「生命保険の高度障害の保険金請求」
高度障害となった場合、死亡保険金と同額の保険金が下りる。

まだ入院することもあるし、もっと先でも・・・
と思っていました。

実際に、今回の入院でもわずかながら受け取りました。

でも、ふとパンフレットを見ると「70歳以上」では保険金の額が70歳までの半額になっていました。
100万円が50万円になってしまいます。
65歳以上で入院見舞金も半額になったのは知っていました。

あらま、大変。
保険金は、いつ受け取っても同じ金額、と思っていたのです。
貯金のように思っていました。

夫は「高度障害」に該当します。
69歳です。

70歳前に請求しなくては・・・・
と、急遽手続きを始めました。

必要書類がいろいろあって、
診断書は、ばっちり!喜んでいいのやら・・・

戸籍謄本も取り寄せて・・・・

実印の印鑑証明、夫のと私の・・・・
発行された印鑑登録証明書を見てびっくり!
え?このハンコ?

実印と思っていたハンコではなかったのです。

慌てました。
焦りました。

私の実印が見当たらないのです。

夫と私の実印は苗字だけで似たような判子でした。
調べると、夫の実印はあって、私の実印と思っていた判子が違っていました。

あるはずの所を何回探しても無いのです。

車を買う時に使ったはず!
ところが、びっくり!
印鑑証明の私の実印ではなく、夫の実印を押していた事がわかりました。
信じ込んで自信たっぷりに押したので、よ~く調べなければわからなくて当たり前です。

焦って、あっちもこっちも探しましたが見つかりません。


落ち着いて考えました。

実印を失くしたらどうすればいいのか?

結論として、そんなに困る事もありません。
失くした実印で契約した車も家も、その時の契約ですので問題ありません。

*実印の紛失届けをする。
*新しい実印を用意して印鑑登録をする。

問題解決の道が開けて安心しました。

ただ、「実印を失くしてしまった」ということで
なんだか物の管理能力の無さに、ガックリしてしまいました。
そして、大切な物を次々失くしてしまう焦りや恐怖を夫も感じていたのではないかと少し夫の気持ち、初期の頃の夫の焦りを想像しました。


「さがし~ものはなんですか♪」の歌が頭の中をぐるぐる回っていました。

「探すのをやめた時、見つかるかも?」

いや、これだけ探してもない。ない、ない。

探すのをやめても出てきませんでした。

もともと、急いで印鑑登録した印鑑でしたので、これを機会に登録をし直すことにしました。

今後の事を考えて、少し大きめの実印を用意しました。

紛失届けと印鑑登録、印鑑証明書の発行は、自治体の出張所ですぐにできました。

ついでに、「夫の印鑑登録の変更もできますか?」と聞いてみました。
あまりにも夫と不釣合いな印鑑にしてしまったので、夫のも変更しようかと思ったのです。
これは手続きが難しそうでした。
やめました。
今後、夫の実印が必要となる場面はあまりないようにも思います。

不釣合いでも実印と印鑑登録カードはあります。
失くしたのが夫の実印でなくて良かったです。

やっと、これでひとつ手続きができます。

印鑑登録をした実印を押して、保険請求の書類を完成させ、投函しました。

422.在宅介護

そうか、こういう時、在宅介護の限界を感じるのかも、と思うことがありました。

男性介護者のお話で、家事が大変だと聞いていました。
なんでもない家事でもやったことがない男性にとっては負担で、それに加えて信じられないような行動をする前頭側頭葉変性症の本人です。
さぞや大変!

どこで、在宅介護の限界を感じるか、思いを馳せました。

夫がお漏らし、おねしょ、つまり、ズボンもシーツも濡らすことが短時間に続いたのです。

「え~っ???さっき変えたのに~」

それも夜中にです。

夜中にぜ~んぶ交換して寝たのに、朝また大洪水です。


濡れるという事は、全部着替える事なのです。
シーツも、ということは、寝かせたまま、全部取り替えることなのです。

大きな体の夫をごろんごろんと何度も転がしながら着替えて、シーツを替えて、これで良し!と思ったら、おお~?また?え???また?

こういう時に限って、胃ろうのチューブが外れて、お腹の周りがぐしゃぐしゃ!

また着替え?


「そうか、在宅介護の大変さはこういうことなのだ」と、思いました。

今まであまり考えたことがありませんでした。

え~????また~~???
どうにも気が乗らない介護サービス?

ふと、
「そうだ、今日は訪看さんの日」
と、シーツ交換は後回しにしました。
火曜日でした。


洗濯機を回しながらの事態です。

小さな赤ちゃんではないので、洗濯物も大きい。
着替えも大変!
シーツ交換も・・・・大変と思うと大変!

洗濯は洗濯機がやってくれるので苦になりませんが雨で乾かないと辛いかもしれません。

大物の洗濯が続いて、シーツは足りなくなって2階の引き出しから出してきました。

訪問看護師さんは、いつもは一人ですが運良く二人でした。
シーツ交換もすぐにできました。

良かったです。

訪看さんに車椅子への移乗を見ていただきました。
「立てるようになって楽になりました。」
と、得意になって夫を立たせて車椅子へ座らせました。

入院前は歩いていたのですから、なんとか維持したいです。

車椅子のまま乗れる福祉車両。

誰も見ていなくても、この操作をしている自分の姿を「カッコイイ」と自分で思っています。

車で夫を小規模多機能型へ送りながら、ふと「我ながら、よくやっているな~」と思いました。

ひとりでいつまでできるのか、私が倒れたらどうするのか、といろいろ考えてしまいました。

421.「前頭側頭葉変性症つくしの会」7月定例会

前頭側頭葉変性症 つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

世話役会 6日
多摩若年性認知症総合支援センターへ 11日

そして
前頭側頭葉変性症つくしの会の7月定例会、第二木曜 13日

夫が若年性認知症にならなかたら出会えなかった方々と親しくお話させていただいています。

11日のセンター訪問では、びっくりするような出会いがありました。
当然出会うべくして出会ったのかもしれません。
若い新人男性職員に「家族の立場に立って相談に乗って欲しい。」と要望を言わせていただいた時「自分も家族が認知症でしたのでわかります。」と遠慮がちに仰っていました。
後で、その方が若年性認知症の父親を介護して看取った事、さらに良く知っている方の息子さんであることがわかりました。
講演会にも出て新聞にも載っていた方でした。
知らずに3回も会ってお話していました。


13日の「つくしの会」の定例会。
朝、夫を小規模多機能型まで送ってからの出発。
早く準備しているつもりでも、なんと時間のかかること。
ついに、待ち合わせの時間には間に合わなくて、電車1本遅れてしまいました。

夫は泊まりをお願いして、ランチビールを楽しみにしていました。

朝、夫を送っていくと、「明日は何時に迎えに来られますか?」「看護師が休みなので注入に出てきますが・・・」
と聞かれて、考えて迷って時間がかかってしまいました。

ビールを諦めて、場合によっては夕方の迎えにしようかとも考えましたがすぐその考えは消えました。

朝一番で迎え、というのもできないわけではありません。
でも、予定は「17時迎え」で提出済みです。

看護師さんの勤務の都合で前日夕方の注入の後は、朝の出勤まで水分も入らないこともわかりました。

さらに、翌日は二人の看護師さんが休みなので、注入のために出勤する、そう聞くと申し訳ない気持ちになって、「明日、昼までに迎えにきます。朝だけお願いします。」と言ってしまいました。

ほんとうは、この時とばかりに予定を入れていたのです。
業者の訪問の約束、美容院、鍼灸リハビリの予約‥等。
自分の用事はキャンセルになってしまいました。


「胃ろうをする前は、言われた事がなかったのに」と
「つくしの会」で愚痴ってしまいました。

「予定があるからお願いします。」というべきでした。
後で施設長さんにも、そういわれました。
施設長さんにもお話して落ち着きました。


つくしの会の定例会の出席は、今回は5人でした。
「前頭側頭型認知症」と2年前に診断された方のお話を聞きました。
「汗」を「水が出る」と言った、という話には、「意味性認知症と診断された夫と同じ!」とびっくり。
夫も「頭から水が出る」と言っていたことを思い出しました。
「意味性認知症」の症状もあるようですが、すでに診断を受けて「前頭側頭葉変性症」として難病指定も受けているので診断名にこだわる必要もなさそうです。
「前頭側頭葉変性症」のくくりで間違いはありません。
「皆さん、経験していることなのですね。」
と少し安心なさったようです。
表情も明るくなったようです。
自治体独自の「難病手当て」の申請をするよう会長からアドバイスを受けていました。


「アルツハイマー型」と診断されていて4年後に「前頭側頭型」と診断され難病指定が受けられた方は、療養型病院で手厚い医療が受けられるので特養入所を迷っているとお話されました。
特養に入所できるのは、とてもラッキーなので決めた方が良い、と皆で背中を押しました。
男性介護者ですので、会長のえいさんと「そう、そう」と話が進んでいました。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」は独特の症状に戸惑う仲間が集まってできた会です。
なかなか会に出席できなかったり、相談さえできないという家族の気持ちも良くわかります。

会として存在すること、続ける事、楽しむ事が重要だと思っています。

ここに仲間がいます。

交流会は第4火曜 7月25日です。
8月はお休みです。

420.不顕性誤嚥

嚥下検査を受けました。
むせることもなく食べられるようになったと喜んでいましたが誤嚥していることが映像でわかりました。

不顕性誤嚥は「むせの無い誤嚥」とされており、誤嚥物が声門を越えて気管内に入っても咳嗽反射fが生じない状態である。すなわち、誤嚥物が咳嗽で排出されずに、気管・肺内に入ったままになるためバランスをが崩れて肺炎のリスクが高くなる。
(認知症患者の摂食・嚥下リハビリテーション  南山堂 より)

むせない誤嚥は、気をつけなくてはなりません。

「食べられる」と喜んで食べさせていた事を反省しました。

「食べられるようになりました。見てください。」
と訪看さんの前でゼリーを食べさせたら、緊張したのかゲホゲホ咳をしました。
無理をせず、途中で止めました。
「吸引、してなかったのですが、食べた後はした方がいいですよね。」
と吸引を久しぶりにすると、ゼロゼロと痰が引き上げてきました。
むせないからといって吸引していなかった事も反省しました。

やっぱり吸引も必要です。


「食べられるようになりました。」と小規模多機能型でも喜んで報告していたので、介護用の食品のカタログを用意してくださっていました。
誤嚥をしていても食べられないわけではないので、とても嬉しい気遣いです。
「いろいろ試してみてください。」
といわれました。
ケアマネさんがサンプルを取り寄せてくださって、数種類のペースト状の物をいただきました。

ユニバーサルデザインフードの形態では区分4 です。
噛まなくてもたべられるドロドロのペースト状の食品です。

肉じゃが、すき焼き、白身魚と野菜、カレー、ビーフシチュー等。

早速、食べさせてみました。
大喜びでした。
「久しぶりに美味しい物を食べた」というように笑っていました。
「ふふ」と声まで出ました。
「ありがとう」というように私の顔をじっと見ました。
泣きそうな笑い顔はいつもですが、感動して涙ぐんでいるようにも見えました。

無理をしないで、少しだけにしました。

食べることは「楽しみ」です。

静かな誤嚥に気をつけながら、食べさせたいと思います。

訪問診療の先生も「また暫くしたら検査を受けましょう」といってくださいました。

南山堂の本は、とても参考になります。
誤嚥しても肺炎にならないよう気をつけたいと思います。



419・胃ろうの手入れ

やっと、胃ろうが落ち着きました。

じくじくしたり、時々出血もあったのですが、今は、スッキリ綺麗に落ち着いています。

胃ろうの清潔が大事。
当たり前の事のようですが、やっとわかりました。

やっと、胃ろうの手入れが毎日できるようになりました。

今まで、やっているようでできていませんでした。
そっと、持ち上げてちょっと薬を塗るだけでした。

週1回の訪看さんが、胃ろう部分を丁寧に洗っているのを見ているようで見ていませんでした。

「肉芽のようになっていますので、訪問診療の時診てもらってください。」
と小規模多機能の看護師さんにいわれ、訪看さんからも在宅医に報告が行っていました。

訪問診療で先生が「どれどれ」と夫の胃ろうの器具を摘むように持ち上げて
「これなら大丈夫、薬は出しますね。」といわれました。

簡単に、指で持ち上げたのを見て
「おお~、こんなに持ち上げていいんだ~」
とやっとわかったのです。

すぐに、真似をしました。

やっと、
やっとです。
よ~~く見る事ができました。

基本的な事ですが、「清潔第一」です。

湿らせた綿棒で周囲を綺麗に拭いて、もう1度乾いた綿棒で乾燥させる。

これで綺麗になりました。

処方された薬を塗らなくても大丈夫です。

当たり前の事ですが、胃ろうの向こうは「胃」の中です。
トンネルのように穴を開けて異物を入れているのです。
落ち着くまでには時間もかかるし、拒絶されたり、皮膚のトラブルがあっても当然のように思います。

退院の時に渡されたマニュアルに「胃ろうのお手入れ」という項目がちゃんとありました。
「毎日、ぬるま湯で洗いましょう」
「乾燥させましょう」
「ティッシュをこよりにして巻くといいでしょう」
等いろいろ書かれていました。

私は、ティッシュをこよりのようにして巻くやり方を訪問看護師さんに教えていただいて、毎日取りかえていました。
それだけでした。
じくじくしたり、出血している部分にだけちょっと薬を塗っていましたが、その部分だけでした。


訪問看護師さんに、「やっと胃ろうをじっくり見て綺麗に拭けるようになりました。こんなに綺麗になりました」と報告しました。

訪看さんは、毎週胃ろうを綺麗に洗っています。
タオルで壁を作って、ぬるま湯を流します。

次は、この洗い方も習得したいと思います。

418.嚥下検査

7月4日 嚥下検査を受けました。
前回2月28日に、この病院で受けた時は、ほとんど食べられなくなっていました。

「食べられるようになったら、また来てください」
と言っていただいていた言葉を受け、行く事にしました。

「内視鏡検査は訪問歯科でもできますよ。」
と在宅医に言われ迷いましたましたが、検査の様子がわかるこの病院にしました。


内視鏡検査とX線をの造影検査を受けました。

以前と同じように、私が夫に食べさせ、最後まで一緒でした。


結果です。

誤嚥していました。

最初は、車椅子に普通に座った状態。
内視鏡検査では、ゼリー、とろみを食べられました。
「食べられた」
と嬉しかったです。

そのまま、X線検査で、同じように・・・・
と、ゼリーを食べさせ、映像を見ると、ゴクンと飲み込んで、誤嚥していました。
ムセもせず気管に入ってしまったのです。

すぐに吸引の処置がされました。

「さっきは食べられてけど、今は誤嚥していましたね。」
と看護師さんに言われました。

ゼリーが少し固めだったからかもしれません。
とろみは大丈夫でした。

次に30度にリクライニングで寝かせて食べさせました。
こちらは大丈夫、飲み込めていました。

「検査で誤嚥しているということは、日常ではもっと誤嚥しています。」
と先生にいわれました。

30度に寝かせる方が誤嚥はし難いという基本も確認しました。

夫は器具やエプロンを口に入れて食べようとしていました。
「食べさせたくなります。」
とお話しました。

胃ろうからの栄養で元気になりました。
口から食べなくても栄養摂取できます。

口からは、無理をせず誤嚥に気をつけながら少し食べさせたいと思います。

と、今日も、ついついたくさん食べさせてしまいました。
自分でスプーンを使って、口に入れて食べるのです。
「もう少し」とおかわりをあげてしまいました。

誤嚥しているかもしれません。
それでも食べさせたいのです。

気をつけたいと思います。

30度に寝かせて、首を起こして、とろみ状の物を気をつけて、です。


417.食べられる!食べさせたい

胃ろうにして、もうすぐ3ヶ月。
夫の調子は良さそうです。

口をモグモグ動かしたり、歯軋りをするようになりました。
手の届く物を口に入れて食べようとします。
タオルなどの布を口に入れて、噛んで穴をあけてしまいます。
口に入れて唾液が出るとゲホゲホむせています。

タオルケットが穴だらけになってしまいました。
食べたいのではないかと思います。

ゼリーを毎日のように食べています。
少し前からヨーグルト1個を自分で食べるようになりました。

その様子を見て「食べられるのでは?」と思うようになりました。

「もっと食べさせたい」と思ってしまいます。
無理はできません。
焦ってはいけません。

自分に言い聞かせながらも、食べさせたくなります。

よ~く観察しながら、ヨーグルトの後、もう少し食べさせてみました。

最初は、栄養剤の「ラコール」
ドロドロのラコールをご飯のお茶碗に入れてあげると、スプーンで食べました。
注意して見ていました。
スプーンで口に運ぶので、「もう少しゆっくり」と抑えました。

3日後には、ラコール1パック全部食べて、もっと食べたそうでした。
ドロドロのお粥にとろみをつけた物も食べました。

30日は、私の夕飯の横で食べてもらいました。
食事中に電話がかかってきて、ちょっと目を離すと
私の「天ぷら」を手に持って食べてしまいました。
「あ~~!」と、いいながらも見ると普通に食べていました。
食べる様子をじ~っと観察していましたが、問題なさそうです。

食べられそう!
できることなら食べさせたいです。

もう使うこともないと思っていた食事用エプロンも使っています。
「自分でスプーンに乗せて口に入れて食べる」ということができます。

以前と同じように、愛犬そらが「ちょうだい」と夫の側に座ります。
以前と同じように、夫はスプーンをそらの口まで持って行き食べさせようとしていました。

食後そのままにしていたら、私のお箸を使ってスプーンを挟んで口に入れていました。

お箸、まだ使えました。
ずっと使っていなかったので使い方を忘れたかと思っていました。
やっぱり、使い方を忘れないというSD。
以前と同じように、食べ物以外の物でも模様でもお箸でつまんでいました。

久しぶりに見る光景でした。

この「遊び」をしている間は、布を口に入れる口唇傾向は見られませんでした。
満足したのでしょう。

ベッドに入ると静かに眠りました。

水分は誤嚥します。
とろみ、ゼリー状の物は注意しながら食べられるようです。
固形の物は、偶然食べましたが咀嚼はできていました。
注意が必要ですし、積極的には食べさせられません。

訪問診療の先生の指示で「嚥下検査」を受ける事になりました。
7月4日に予約が取れました。


6月30日
結婚記念日でした。画像
40年以上になります。

結婚祝いに従兄弟の描いた絵が玄関に飾ってあります。
訪問マッサージの先生が褒めてくださいました。



追記
・「天ぷら」は娘からの差し入れです。
ひとり分の揚げ物はしなくなりました。

・ 夫の従兄弟は画家です。
マッサージの先生は絵が好きなのだそうです。
絵の話ができました。

416.「前頭側頭葉変性症 つくしの会」の交流会

27日(火)は前頭側頭葉変性症つくしの会の交流会でした。
第4火曜日です。

本人も一緒に参加できる「公園交流会」が始まりです。

夫と一緒に参加できる会があったら、と始めました。

前頭側頭葉変性症の独特の症状として、じっとしていることができなかったり、予期しない行動に出たり、となかなか集団行動が取れないこともあります。
大きな声が出てしまう方も公園なら歩きながら交流できます。

残念ながら夫は初回から車椅子で、歩き回ることもなくなっていました。

歩き方がおぼつかなくなって「車椅子」を借りられるか初回前日に夫と下見に行ったのもついこの間のように思います。
もう1年になるでしょうか。

今回は、いままでになく大人数でした。
本人を含む5組と2人、12人になりました。

前頭側頭葉変性症の方が5人出席されたのも初めてのことです。

画期的なことではないかと興奮してしまいました。

皆様、奥様に連れられて仕方なく来ました、という感じが見えていました。
もちろん、ウチの夫もです。
何も言えませんが、やや不満顔でした。
旦那様たちが不安そうに座っている横で奥様たちは元気で自己紹介や近況報告をしました。
できれば、ご本人にも、もっともっと楽しんでいただきたかったです。

以前は少しも座っていられなかったMさんも、今回は一緒にお昼を食べました。
むせるようになって、柔らかいごはんを持参していました。

ランチを注文して歓談をした後、恒例になったパークトレインに向かいました。

お一人で初めて参加なさった男性の方とえいさんはカフェに残ってお話を続けました。

時間や場所の関係で2組は、ここで帰られました。
公園の中で、もう少し楽しめたら、と思いましたが無理はできません。
参加して、お会いできて良かった、と思います。
次回はお誘いしたいと思います。

公園内には私たちを含め3組6人で入って、パークトレインに乗りました。
曇り空で暑くもなく、風も気持ちよく、貸切状態で快適でした。
夫も、やっと笑顔になりました。
パークトレインに乗った皆、上機嫌です。
途中で降りる方も、もっと乗っていたい様子でした。

Mさんも気持ち良くなったのか、1周して私達が降りる時も、まだまだ乗りたい様子でトイレに誘っても降りませんでした。

1ヶ月に1度ですが、Mさんに会うとほっとします。
大きな声を理由にデイを断られ、毎日奥様がドライブと散歩などで過ごしているのです。
少しも離れる事ができないのだそうです。
明るく付き合っていらっしゃる様子を聞くと安心します。
動いて声を出し、意志を通そうとする前頭側頭葉変性症の人が通えるデイは見つかりません。
「若年性認知症支援センター」のKさんを紹介し、相談に乗っていただいて、クリニックを紹介いただいて落ち着いているようです。
私には、とても真似できません。
頭が下がります。
Mさん、前月より大人しくなって、今回は挨拶のハグをしてくれませんでした。
次回またお会いしたいと思います。


公園を出て、えいさんと合流。

車で帰りました。
行きも帰りもえいさんに夫の介助をお願いしました。
家に着くと、ベッドに寝かせるまでやっていただいて助かりました。

お礼に
介護の話が続きました。

415.介護の仲間

6月24日(土)
越後の若年性認知症の介護仲間と交流会です。
画像
夫が退院したのは4月末。
5月は訪問だけでしたが、新井さんが「つくしの会」の例会に来られるから、と通所をお願いしたのをきっかけに、小規模多機能でやっと少し通所が受け入れられるようになっていました。

その頃6月の予定として、この日の泊まりをお願いしました。
ケアマネさんから良いお返事はいただけませんでした。
ずっと前からの予定でしたし「行きたい!」という気持ちが強かったです。

施設長さんに直接お願いしてお返事をいただきました。
「若年認知症支援センターのKさんに相談しようと思っています。」
という一言に効果があったのか
「新潟の若年認知症の仲間との交流会です。」
とお話したからか、受け入れていただけました。

日曜日の朝は胃ろうの注入できないので迎えに行くことが条件でした。
看護師さんの勤務の都合で、注入時間も決められました。

前日も泊まりをお願いして、夫は2泊です。

私は、24日、日帰り旅行になりました。

えいさんとYさん、そう、Yさんも一緒です。

出発はちょっとしたハプニング!
えいさんとの待ち合わせ場所を勘違いして遅れるところでした。
3分前に電話をいただいて慌てました。
間に合ったから笑い話です・・・

東京駅ホームでYさんと合流。
新幹線の中でたくさんお話できて、あっという間の到着でした。

サザンカさん、下越方面の方と越後湯沢で合流して、シマウマさん、よっちゃんとその仲間と十日町で集合です。
老舗のお蕎麦屋さんの2階での交流会。
若年性認知症の家族11名が集まりました。
初めてお会いした方とも親しくお話できました。
これだけでも充分「良かった!」「よっちゃんありがとう!」と感謝の気持ちでいっぱいでした。

サプライズにならなかった「ようこそ越後へ」のメッセージも嬉しかったです。

奇跡の時間でした。

十日町から「お酒の電車」に乗りました。
山間の田園地帯を通って、海辺へ。
ジャズの生演奏と車窓、楽しいお喋り。

楽しい時間でした。

日本海の夕陽には、少し時間が早かったようです。
途中下車した海の景色も演奏付きで心に残ります。

電車の中は賑やかでした。
夫が若年性認知症にならなかったら出会うことのなかった仲間です。

出会うことができて「良かった」と思う時間でした。

上越妙高から新幹線で戻りました。
楽しい1日でした。

「来月の彩星の会は30日」
「え??」
第4日曜と思い込んで23日に強引に泊まりをお願いしていたのです。
睡魔がどこかへ行ってしまいました。

「申し訳なくてとても訂正をお願いできない」と、えいさんに相談すると
「誰にでも間違いはあります。お詫びして変更をお願いしたら」
と力をいただきました。

夫を迎えに行った朝に、早速お話すると
「シフトがまだなので大丈夫だと思いますよ。」
と予定表を書き変えていただけて、ほっとしました。

「日曜日は看護師さんの出勤日ではないので夕方注入に来れますか?」
といわれたのを
「夜までかかります。若年性認知症家族会の2ヶ月に1度の定例会です。2次会も3次会も楽しみにしているのです。5月は参加できなかったので、参加したいのです。無理なら欠席で構いません。」
とお話すると
「それなら、相談して参加できるようにします。」
と仰っていただいていました。

無理をお願いしていたので、変更は申し訳なかったのですが、そのままにしておかなくてよかったです。

7月30日、若年性認知症家族の会、彩星の会の例会に参加する予定です。

414.胃ろう造設、その後

胃ろうの事、忘れないうちに記録に残して置きたいと思っています。
忘れてしまう事も多くなりました。
胃ろうの日は忘れません。

2017年(平成29年)4月5日です。

簡単な手術と聞いていました。
全身麻酔はリスクを考慮して、麻酔しなかったそうです。
手術後は、痛いはずなのに目もぱっちり開けて平気な顔でした。
ほんとうに痛い時は、顔をしかめたり反応できるので、平気だったようです。
看護師さんが「痛いと思いますよ。鎮痛剤入れますね。」と気を使ってくださいました。

その日に退院支援会議もあって、退院に向けて準備も始まりかけていました。

でも、熱が出て、リハビリ室にも行かれない、
とたんに私は不安になってしましました。

「こんな状態になるなら、胃ろうをしないで退院した方が良かったのでは?」
と、早くも胃ろうにしたことを後悔してしまいました。

胃ろうの手術の前の日は、車椅子でお花見ができていたのです。
なのに、また点滴・・・・?

胃ろうの傷が化膿して、もう1度切開?
ほんの少し広げただけ、らしいですが、その時は不安でいっぱいでした。

MRSAの菌が発見されると病室も変わりました。
同じ「重症患者用」の病室でした。

不安なまま、胃ろうや吸引の手技を教えていただきました。

退院、在宅が目の前に来て、ますます不安でした。

退院支援会議で胃ろうや吸引が不安なのかと思われてしまいました。

胃ろうの手技も吸引も問題なく合格点をもらっていました。
退院の日が決まると「不安」なんて言っていられなくなりました。

4月26日 退院しました。
胃ろうに必要な物品は、全部病院から新品を持たせていただきました。
エンシュアは2週間分、た~くさんでした。
画像

退院後、すぐに在宅医の先生に「エンシュア」ではなく、「ラコール半固形」と加圧バッグのオーダーをお願いしました。画像
彩星の会の先輩Kさんに「ラコール半固形が楽よ。」と教えていただきました。

加圧バッグは取り寄せだったので少し時間がかかりました。
エンシュアに比べると注入時間も短縮され、扱いもとても楽になりました。
1日3回「ご飯ですよ~」と入れています。

エンシュアもラコールも食品ではなく医療品です。
2週間毎に薬局に取りに行きます。
配達もできますが「地域医療管理・・・何とか費」が5百円くらいかかります。
「それぐらい・・・」と笑われてしまいましたが、節約します。

413.胃ろう造設までのこと

胃ろうのことを記録に残しておこうと思いながら、なかなかまとめられないでいます。
少しずつ、書いて置きたいと思います。


夫は、61歳で前頭側頭葉変性症と診断されました。
発症は、その7年前だと夫は初診時に言っていたそうです。

若年性認知症です。

診断から8年。
急に嚥下困難になって、胃ろう造設しました。

「胃ろう」をするべきかの迷いは ありました。

夫が具合が悪くなって、食べられなくなったのはとても急なことでした。
インフルエンザに罹りました。
その前までは、大食いで問題なく食べていました。


家族会で考える機会もあって「胃ろうはしない。」と思っていました。
食べられなくなったら、それは自然なこととして受け入れたいと思っていました。

最初に「胃ろう」の話を訪問診療のお医者さんから聞いた時も
「胃ろうは希望しません。」と答えていました。
「最初はそう仰る家族も患者さんの様子を見て変わる方も多いですよ。」
といわれました。

実際に、食べられなくなって、だんだん痩せてきて、点滴も入らない程血管も細くなってきました。
「胃ろう」についてもいろいろ聞いて調べて、考えていました。
迷っていました。

1番は、夫が望んでいないのではないか、という思いです。
夫と何度か話し合ってみました。
といっても認知症です。会話はとっくに成立しません。
夫の目を見て心で話をするのです。
具合の悪い時はできませんでした。

まだ、入院前の事です。
夫がどう思っているか、目で話をして夫の気持ちを知る事が出来ました。
夫は、胃ろうはしたくない、というのです。
夫の気持ちがよ~くわかりました。
わかったような気がしました。

娘も「お父さんは、早く死ぬんだって言っていた」といいます。


訪問診療の先生から胃ろうのお話をいろいろ聞きました。
認知症の場合、胃ろうをして、嚥下リハビリをしても食べられるように回復することは望めないことも聞きました。
胃ろうをしても誤嚥の可能性もあるということも。

迷いながら、肺炎治療のための入院が先になりました。
胃ろうをするかしないか以前に命の危険がありました。
重症でした。

入院直後から酸素吸入。抗生剤等の点滴。
当然のように経鼻管栄養になりました。
もちろん同意書は書きましたが、たくさん書いた同意書の中の1枚でした。

肺炎が無事良くなって、経鼻管栄養以外の管がすべて不要になった頃から「胃ろう」の話が具体的になりました。
STさんが熱心に嚥下リハビリをして、毎日ゼリーを食べさせに病室に来てくれました。

「食べられるようになるのでは?」と期待してしまいました。

今後の食事形態のために、と嚥下評価の映像検査を受けました。
担当医も立会い、私もSTさんも一緒に検査の様子をガラス越しの部屋で見ました。
映像も見ました。

液体はそのまま気管に流れ、ムセもせず、静かに誤嚥していました。
ゼリーも時々溜めてしまって、アイススプーンで刺激すると綺麗に飲み込んでいました。
固形物は、溜めてそのままでした。
誤嚥に注意しながら、ゼリー、とろみは口から食べられる状態でした。


この嚥下検査の後、胃ろうを決意しました。

必要な栄養を口から摂取できる見込みはありません。
経鼻管栄養で元気になった夫がいます。
ずっと鼻からの栄養を続けるより、胃ろうの方がスッキリします。

ここまで来ると迷いはありませんでした。
手術のリスクについても詳しい説明を受けました。

納得しました。

同意書を提出して、すぐに手術をして欲しい気持ちになりました。

412.歯の話

3話連続で「歯」の話です。

インプラントの歯の次は差し歯が取れて、がっくり!

でも、差し歯って、付け直せるのですね。

「取れた歯は?」
と小規模多機能の看護師さんに聞かれました。
「捨てちゃった!」と言えませんでした。

ゴミ箱から引き上げました。
良かった!

訪問歯科の日に持参して、着けていただきました。

瞬間接着剤より早いらしいです。
数秒で装着できたそうです。

良かった、良かった!
立派な歯が入っていました。

痛い思いをさせるなら、歯がなくてもいいと思っていたのですが、簡単に直って良かったです。

他にも、抜歯が必要な歯もあるとか、歯医者さんに診ていただけるので安心です。

小規模多機能には週2回、訪問歯科が入ります。
通所できない時は、家にも来ていただきました。

家に来ていただいた時は、歯科医の先生といろいろお話できて良かったです。

夫は病気になる前は定期的に歯医者さんに通っていました。
自分から通院を止めてしまう頃になると、私も連れて行くことは難しくなっていました。
もっと前に、一緒に行くとか、何とか続けるべきでした。
反省はしますが、どう考えても、できなかった事です。

事故で命が無くならなかっただけでも奇跡のように思います。


今、夫の口の中に手を入れて口腔ケアができます。
歯のためというより、口の中の雑菌を取り除くため、誤嚥性肺炎の危険を避けるため、と思っています。

411.また歯が?・・・・

もう~~、びっくりどっきり
また歯が取れてしまいました。
今度は上の犬歯です。

昨夜、歯ブラシをいつまでも噛んでいた夫。
布を噛むよりはいいかとそのまま見ていると、
「コリコリ」という音にびっくり。
口の中を探すと、歯が出てきました。

え?まさか今ごろインプラントの歯?
と一瞬思いましたが、出てきたのは犬歯でした。
立派な犬歯が差し歯だったことを知りました。

あらあら、歯ブラシにも血が・・・・

ぽっかり穴も開いていました。

歯が次々なくなってしまう・・・・

上の前歯も、侵食が進んでいます。

明日は、小規模多機能で訪問歯科の日。
良く診ていただけるようお願いしようと思います。

歯がなくなるのは残念だけど、夫は平気な顔です。

どうってことないサ!

410.歯がない!

もう~!びっくり
どっきり!ドキドキ!
インプラントのピッカピカの歯がないのです。

気がついたのは2日金曜の午後遅くなって口腔ケアをしようとした時です。

いつからなのか・・・・?
水曜日は、あったはず。

木曜日は通所の日。
歯医者さんの訪問もあったはずですが確かめていませんでした。
報告はありませんでした。
小規模多機能から戻ってからは、家で「つくしの会」の役員会。
そういえば、何度もタオルを口に入れていました。
えいさんの奥様も「口唇傾向」で噛むためエプロンをしているそうです。
先輩です。
「まだまだ序の口」だそうです。
「タオルケットは繊維が荒くてほどけやすいから、目の詰まった布団カバーをかけるといい」と教えていただきました。


夜はそのまま静かに眠ったので安心していました。
金曜の朝も良く寝ていました。
小規模多機能の訪問も、訪問マッサージもありました。
口をもぐもぐ動かしていました。
以前から見られたので気にしていませんでした。
初期の頃も、もぐもぐクチャクチャとガムを噛んでいる様な動きが止められない時期がありました。

訪問もすべて終わって、「いざ、口腔ケア」と口の中を見てびっくり
虫歯や欠け始めた歯は、経過を見ていましたが、インプラントの立派な歯は特別な存在でした。
それがなくなっているのです。
造成された根っこだけがしっかり残っています。
何度見ても同じです。
口の中を探しても、どこにもありません。
何処へ行ってしまったのでしょう?
ベッドの中も下も探してしまいました。

飲み込んだ?
それで、ゲホゲホしていたの?

わかりません。

でも、特にどこも変わりなく呼吸も安定して咳もでていません。
熱も平熱36度8分。

びっくりしましたが、夫が元気なら騒ぐことではありません。
でも・・・・
見ると心配・・・・

木曜夜から金曜午前中もあんまり見てあげなかったのも反省

インプラント~~

409.「食べること」

誤嚥性肺炎の疑いで入院となった時、夫は食べたくても食べられないという感じでした。
口に入れても飲み込めなくて、辛そうに頭を抱えていました。
入院直前は、すぐに口から出して少しも体に栄養が行かず、点滴だけでした。

入院して、経鼻管栄養になると、めきめきと回復しました。
経菅栄養なのに、口をもぐもぐさせるようになりました。
嚥下リハビリでゼリーが食べられるようになりました。
水分と固形物は誤嚥することがわかって、胃ろうになりました。

口腔ケア、吸引が必要な事、ゼリーやとろみはゴクンと飲み込むのを見ながら食べさせる事、などSTさんに教えていただきました。
「少しずつ食べられる物が増えるように」と励まされました。
「無理をしないように」と嚥下検査の映像ROMをいただきました。
誤嚥の可能性を忘れないようにしなくてはなりません。

退院して数日で、夫はタオルケットをしゃぶり出しました。
手で引き寄せて、程よい箇所を程よい大きさにして口に入れていました。
唾液でも誤嚥の可能性はあります。
ゲホゲホと咳き込むので止めさせました。
なければ諦めるようです。

時々、口に入れます。
ひとりで退屈な時が多いように思います。
ゲホゲホの音に気付くとしゃぶっていることがあります。
元気になって、食べたい様子。

「食べたいの?」
と聞いても答えられません。
たま~に頷いて返事をしていたのですが、この頃はそれもありません。
「ふへ~」という泣きそうな笑い顔で答えます。

食べたいのだと思います。
そして、私も食べさせたいです。

退院後から、ほぼ毎日ゼリーを食べています。
大きく口を開けて食べてくれます。

ゼリーはジュースやお茶などをゼラチンで固めた物。
通常の半分のゼラチンで柔らかめのゼリーです。


以前から読んで見たかった本を購入しました。
認知症患者摂食・嚥下リハビリテーション』
介護の現場の方のために書かれた本です。

画像

『認知症の嚥下リハ』について、改善しない嚥下障害、胃瘻、終末期についても詳しく書かれています。


『「食べることはいきること」である。「口から食べる」という行為は、最後まで残る自発動作であり、「家族がつくったものを口から食べる」という行為は、最後まで残る家族とのコミュニケーションでもある。』

『認知症に起因する障害は改善困難、訓練ではなく支援が重要、認知症はキュアできないからこそケアが必要』

図入りで説明もわかりやすいです。

後半の実践編の症例もとても参考になります。


現在、小規模多機能を利用し、週1回の訪問看護を受けているのですが、点数の関係でリハビリは受けられないようです。
とても残念ですが、小規模多機能で「食べさせる」ということはできません。


でも、「食べることは生きること」

この本を参考に、「食べてもらうこと」を続けたいと思います。

408.今日のいろいろ

平成29年5月31日(水)
午前中に小規模多機能の訪問。
午後は訪問診療、訪問マッサージの予定。

前日に夫の姉からメールで、
「水曜か木曜に伺いたいけど都合は?」
と聞かれ、
「木曜は通所予定。水曜は家に居る。」
と、急遽姉夫婦の来訪が決まりました。

最近の夫は朝ぐっすり眠っています。
夜、私の寝るのが遅いので、なかなか寝付けないようです。
朝は、スースーと寝息を立てて良く寝ています。

朝、以前に来ていただいていたOTさんから電話をいただきました。
領収書と集金があるというので、すぐに来ていただきました。

小規模多機能からの連絡がないので、どうなっているのか、と聞かれました。
「介護保険の点数の関係で今後リハビリをお願いできない」ということの連絡が行っていない事に驚きました。

いきさつとしては、
退院後、連絡をしていなかったOTさんから
「同意書の期限が切れますが、今後どうしますか?」
と電話をいただいたことからです。
私は「今後もお願いしたいのですが、現在は今までの先生の所へは行っていません。訪問診療の先生に同意書をお願いしても構いませんか?今後については保険点数のことがありますのでケアマネさんと連絡を取っていただけますか?」
とOTさんにお話して、すぐにOTさんはケアマネさんに電話したのだそうです。

ケアマネさんは忙しかったこともあって、電話は受けたものの、その後の対応は施設長さんになったようです。

施設長さんが訪問診療の先生とお話したらしく、その後私のところへ施設長さんから連絡が入りました。
「今後、訪問リハビリは点数の関係で難しい」
ということでした。
OTさんの所属事務所が以前の先生のクリニックと同列であることも関係あるのかもしれません。
詳しくは聞きませんでしたが、施設長さんから「難しい」といわれたのでは何も言えません。
「何とかならないか。」と考えてくださっているのもわかりました。
「訪問マッサージの先生に相談して・・・・」とも言っていました。

その施設長さんの決定事項は、ケアマネさんにも伝わっているはず。
それがOTさんには、伝わっていなかったようです。
「お返事がないので、どうなっているのでしょうか?」と聞かれてしまいました。
作業療法士として、本人の楽しみを考えて支援してくださる姿勢には感心して今後もお願いしたい気持ちはありましたが、小規模多機能から保険点数などの事情をいわれると諦めざるを得ません。
「連絡してみます。」と仰っていましたが、どうなることやら。

そんな話をしていると、小規模多機能からの訪問がありました。
「訪問介護」になるのだと思いますが、便宜上なのか看護師さんの訪問がほとんどです。
なので、バイタルチェックから始まります。
午前中の訪問の連絡がありましたので、着替えをしないで待っていました。

おむつ交換、着替え、少し手足の運動をしていただいて、車椅子へ移乗しました。
短い時間ですが、夫の様子を見て、移乗のアドバイスをしていただいたり、お話できるだけでも安心します。

ただ、やっぱり、訪問より通所の方が今は助かります。
今は、週2日通所、2日訪問、土日は休みです。
来週から週3日通所になります。


お昼を私にしては早めに食べ終わると、ちょうどお姉さん夫婦がいらっしゃいました。

久しぶりのご対面。
病院に何度かお見舞いに来ていただいていましたが、退院後は初めてです。
元気そうな様子に「良かった、良かった」と喜んでいただけました。

訪問診療の先生の診察は、
「お家に帰って良かったですね~良さそうですね」
とすぐに終わりました。
ゼリーを食べさせた直後で吸引もしていませんでしたが、胸の音も合格でした。
病院のSTさんから「ベッドを30度に傾けて」と誤嚥しない姿勢を教えていただいたのですが、車椅子に座って食べさせても大丈夫になりました。
ヨダレになって唾液が外に出るのでいいのかもしれません。


訪問マッサージの予定時間まで、1時間程あったので少しだけドライブをしました。
福祉車両のスロープへ、車椅子の出し入れも手伝っていただきました。
車椅子を含め4人で乗れるのも良かったです。
この車にして良かったと思いました。
新しい中古車自慢もできました。

時間があったら、もう少し遠くまでドライブを楽しみたかったです。
何といっても夫が喜んでいました。
「顔つきが全然違う」といわれました。
帰って来て部屋に入れると不満そうでした。

すぐに、訪問マッサージの先生がいらっしゃったので、早めに帰ってきて良かったです。

夫は丁寧にマッサージをしていただいて、血行が良くなったの顔がほんのり赤くなっていました。
マッサージをお願いしている側で姉夫婦と近況報告、おしゃべりが止まりませんでした。
途中で孫も帰ってきて、運動会の話など、ますます賑やかになりました。

マッサージも終わって、姉夫婦も、さてそろそろ・・・・っと挨拶をして・・・・
先にお兄さんが、外に出て車を動かして、お姉さんが夫に話しかけました。

ベッドの夫は、お姉さんの顔をじ~っと見て、手を伸ばしてきました。
じわ~っと泣きそうな顔をするので、お姉さんも泣きそう。
「そんな顔しないでよ~また来るからね~」
となかなか離れられなくなってしまいました。

「今度は泊まってくださいね。一緒に呑みましょうよ。」とお話しました。

有難い事です。

407.通院

5月25日
3ヶ月に1度になった神経内科の定期受診日でした。
前回は2月。車の乗り降りが難しくなっていた頃です。

今回からは、車椅子のまま乗れる福祉車両で通院です。
大きな病院ですので、車からスロープを出すスペースもあって安心でした。
でも、車は駐車場に入れなくてはなりません。

夫を下ろして、病院の入り口で案内係の看護師さんに見ていていただきました。
近い場所に駐車できたので、すぐ戻る事ができました。

久しぶりの受診。
2月までの主治医が退職して、今回からは、入院中担当だった先生です。
元気になった夫の様子をお話しました。

訪問診療の先生に、診ていただいているので特に指示はありません。
いろいろお話はできました。
ゼリーを毎日食べている話、口唇傾向出現の話等、いろいろ。

指定難病の更新と保険の診断書をお願いしました。

夫は先生の辞書のような本を触ってページをめくろうとしていました。
「いろいろ興味があるのね。」といわれました。

次回も3ヵ月後?
「暑いので9月でいいです。」
と一応9月に予約を入れていただきました。

1階で会計、診断書の申請手続き、車椅子の夫と一緒です。
申請は「本人」でいいそうです。

駐車料金のスタンプを出口で押してもらうと通院の場合、料金が100円になります。
今回、治療費が無料で領収書がなかったので、書類のどれをだそうかと透明の袋の中を探していると「あ、見えます。いいですよ。」と押していただけました。
さらに、さらに、
「あの~手帳をお持ちですよね。見せていただけると無料になります。」と教えていただきました。
「え~?今まで一度も聞いた事ないです。」
「ええ、こちらから見せてくださいと言わないです。見せていただければ無料にできます。」
「???」

というわけで、駐車料金が今回から無料になりました。
今まで何年も、毎月の頃もあったのに・・・・・。
夫からは百円をもらっていた頃も・・・・・。
知らなかったこと、驚きでした。

通院はやっぱり疲れます。
夫より私の方が疲れてしまいました。
家に帰って、夫をベッドに入れて、胃ろうをして・・・
私もお昼ご飯を食べて、ソファーに座ったまま眠ってしまいました。


入院保険の手続きのため、保険会社の方が家まで書類を持ってきてくれました。
保険会社によって、診断書が必要な所もあるようです。
わずかでも、入院保険金が出ます。

高度障害で手続きを申請しようとしていたので、取り下げの書類や前回入院中の請求だったので退院の証明がいるとか、いろいろ書類が必要になってしまった保険もあります。

406.5月のつくしの会交流会

前頭側頭葉変性症つくしの会の5月の交流会
第4火曜日です。

夫も車椅子で参加しました。
1月に参加して以来です。

夫の復活が夢のようです。

えいさんが朝から自宅まで来て、夫の身支度を手伝ってくださいました。
「そんなに早く来られても焦っちゃう」
と前日にメールで、つぶやいたのですが、大助かりになりました。

少し早めに準備をしたつもりでも、大きなアクシデントはつきもの。

大汗をかいて着替えさせている所へ、えいさん到着。
「はいはい、いいよ、いいよ。」
と優しく着替えさせていただいて、ほんとに大助かり。
ベッドから車椅子への移乗も、車椅子を押して車へも連れて行っていただきました。

いつもは、ひとりでバタバタと動くところ、なんと楽なことでしょう。

早めに集合場所へ行きたかったのですが、ギリギリになってしまいました。

おまけに、集合場所近くのエレベーターが故障中で遠回りになってしまいました。

今回は、初めての参加の方もいらっしゃいました。
本人3人を含めて8人の参加でした。

初めての方の相談をえいさんが引き受けてくださって、本人同行の3組は別行動になりました。

Mさん夫婦は、初回からご一緒でしたので、夫の復活をとても喜んでくださいました。
恒例となったパークトレーンに乗って、MさんとWさんは打ち解けてお話も弾んでいました。
夫は車椅子なので、最後部特別席です。
近くに座っていただいて良かったです。
画像

車椅子は1台しか乗れません。
途中の停留所で車椅子の方が何人か待っていらっしゃいました。
障害者の方2組と、次の停留所では高齢者の団体でした。
暑い中、待っているのも大変だろうな~と思い、ずっと乗っているのは申し訳ない気持ちになりました。
パークトレインに乗っていると、風も爽やかで心地良かったです。
ポピーが綺麗でした。

1周したところで迷ったのですが、夫は水分も取っていなかったので無理はせず、帰ることにしました。
思ったよりも夫はずっと元気でした。
体力のないのは私の方かもしれません。
「無理せず」は、私の余力を残すためです。
娘の勤務の都合で、夕方から孫の世話がありました。

えいさんと一緒に帰りました。

小規模多機能に、前日忘れた「吸引器」を受け取りに一緒に行きました。
えいさんの奥様も通っていた所です。
残念ながらスタッフはとても忙しそうで、施設長さんも不在でした。

吸引器の持ち帰りを忘れてしまったのですが、新しく購入した吸引器がちょうど手に入ったので預かっていただいていたのです。

手続きをしたので、1割負担で購入できました。

ちょうど、ガソリンがなくなりそうだったのでガソリンスタンドにも寄りました。

ガソリン代の補助の話も、えいさんとしました。

えいさんの奥様は特養なので、そのような支援は殆ど受けられないのです。

夫が、もし特養に入所して毎日のように私がドライブに連れて行ってもガソリン代の補助はないのです。

この手続きは、障害福祉課です。
ガソリン代の補助は身体障害者手帳を取得してから申請しました。
他に、有料道路の割引の手続きもしました。
ETCカードが使えます。
使いたいです。

えいさんに車に乗っていただいて、また自宅で夫を部屋まで車椅子で入れていただいて、さらにベッドに移乗もしていただきました。
ほんとに大助かりです。
たくさんお話もできました。

夫も喜んで、泣きそうな笑い顔でした。

孫3人も、私の疲れを知ってか、準備が良かったからか、なかなか良い子でほっとしました。
娘も予定より早く帰宅できて、早く解放されて、ほっとしました。

良い1日でした。

405.「ごめんね、怒ってないよ。」

5月22日(月)
2つ違いの弟の誕生日。
でも、知らんぷり。
男のきょうだいなんてそんな感じ。かな?
夫がデイに行く日だったので、朝から、少し忙しかったです。

張り切って、いつもより早く世話をしました。

まだ眠そうな夫を起こして、着替えをさせて、胃ろう栄養を入れて・・・・・。

やっと準備もできて、さあ、と思ったら、どうしたのか、ズボンが濡れているのです。
やれやれ、もう1度着替えか~
ズボンを脱がせるのも、履かせるのも夫の体を動かさなくてはなりません。
「こっち向いて~」といっても、ぎゅっとベッドの柵を握って協力してくれない夫に、「手、離してよぉ~」と、ちょっとイラっと来て力が入ってしまいました。
とたんに夫は「hmぇ~w」と声を出して泣き顔になってしまいました。
まるで、赤ちゃんです。
「ごめんね。怒ってないよ。」
「そんなに嫌だったの?怒ってごめんね。」
と謝ると、また泣きそうな顔で、今度は目を赤くしていました。

夫の無言の抗議でした。

反省した私は、もう1回、夜に着替えをさせることになっても、もう怒っったりしませんでした。

いつかはやるかもしれないと思っていた、胃ろう栄養のチューブの引き抜きでした。
病院でやったことがあって、以来病院ではミトンをしていました。
家では、大丈夫と思っていたら、やってくれました。
もう、ほとんど終わりになっていましたが、お腹の上に栄養剤が・・・・
胃ろうが大丈夫で良かったです。
抜けないように、最初はバンパー式にするのだそうです。
抜けなくて良かったです。

シャツもズボンも、全部着替えました。
オムツまで、栄養剤で汚れて取替えが必要でした。

明日は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の交流会。
明日の夜は、娘が急にシフト変更で、孫の世話を頼まれました。
その準備をしていた時間のできごとです。

大きな赤ちゃん。
明日の交流会も無理をしないよう、夫の体と気持ちを大切にしたいと思います。
仲間との再会を楽しみにしています。

404.訪問マッサージ

水曜日と金曜日は訪問マッサージの日です。
小規模多機能でやっていただいていて、自宅にも訪問してくださるようになりました。

O.Tさんのリハビリが介護保険の関係からか受けられない事になったので、マッサージを丁寧にして、リハビリもして欲しい、と施設長さんに頼まれたそうです。
有り難い事です。
「体をほぐして様子を見て、それから動かして見ます。もう少し今のマッサージをやらせてください。お灸も試して見ます。」
というお話をしながらマッサージをしていただきました。
犬もマッサージをすると喜ぶという話や娘さんの結婚に大反対した話、息子さん一家と同居している話など、私もリラックスさせていただきました。

私も腰が悪くて足が痺れている、と話すと、「少しやりましょうか」と言われました。
突然でしたので、「いえ、今は・・いいです。」とお断りしてしまって残念。

私も、クリニックの鍼灸治療を再開すべく、予約しました。
久しぶりに、私も腰の牽引等リハビリをクリニックで受けました。

403.小規模多機能型へ通所

5月18日(木)
11日に「つくしの会」で通所をお願いして以来、少しずつ通所する方向になりました。
久しぶりの通所です。
予定もない、というよりありすぎて何から?と選ばなくてはならない状況です。

まずは、久しぶりに美容院へ行きました。
やっと、です。
行かなくても、行ってもどっちでも大差ないので後回しになっていました。

それから、お花の苗と土を買いに行って・・・・
時間はあっという間でした。

夫は、小規模多機能で、シャンプーもシャワーもしていただいて、サッパリとしていました。

車椅子のまま乗れる福祉車両で、私が送迎です。
車に乗ると「hm、hm、hm」とご機嫌です。
スタッフに泣きそうな笑顔を見せて感動させていました。

「私、歯磨きで口の中に手を入れても噛まれたこと無いですよ。」
「あら、わたしもよ。」
私「うちの人、けっこう人を選ぶんですよ~」
という話を聞いて「ははは~」と笑い出す夫。

良かった、良かった!


家に帰ったら、看護師さんから
「お昼に胃ろうをして、チューブを入れ忘れました、届けます。」
と電話がありました。

お腹のチューブは替わりがないので、届けていただいて良かったです。

替わりの用意も必要かもしれないと思いました。
特に問題ありません。

ラコール半固形の栄養剤と注入用の加圧パッグなどひとまとめにして袋に入れて通所しています。
歯科医の診察と口腔ケアの日でしたので、吸引器も持って行きました。

吸引器は、訪問看護の事業所からお借りしています。
夕方、障害者福祉課に日常福祉用具で申請して、業者にお願いしていた吸引器が入ったと連絡がありました。
1割負担で購入できます。
介護保険でレンタルもできますが、長期になると1割負担で購入した方が良いようです。

良くわからないのですが、介護保険の点数もなかなか厳しいらしいです。

今は介護ベッド、ベットの柵、車椅子をレンタルしています。

訪問看護は週1日です。

それだけで、小規模多機能の場合は点数いっぱいらいいのです。

OTさんから電話をいただいたのですが、リハビリはできないことになってしまいました。


402.車椅子で散歩

画像
2017.5.16(火)
9時30分に訪問看護です。
安心して、前日に下剤を5滴投薬しました。
いつも上手に摘便をしてくださるのです。
看護師さんのいらっしゃる前に、出ていました。
でも、スッキリ全部出して欲しいので、お願いしました。

ラコール半固形に変えて、水分を補充していても、水分が足りないのではないか。
と聞くと「水分不足ではない。動いていないからだと思う。」という回答。
水分の補充は、これから気温も上がるのでもう少し、もう1回あげてもいいそうです。

現在は栄養剤の後、100ml位入れています。

おやつはゼリーを口から食べています。
葡萄のゼリーが気に入ったのか、今週は良く食べています。
水分補給を心がけたいと思います。

私の都合でベッドからあまり起こさない日があったことも反省。

小規模多機能型の受け入れについて、話ができたことで私も前向きになれました。

考え中は頭が疲れて動けない
なんとメンタルに弱い私

夫の便秘もスッキリ!
問題も解決してスッキリ!


訪看さんの明るさに救われて、車椅子で散歩する気持ちになれました。

家の近くに「菖蒲園」があります。
6月には菖蒲の花が咲きます。
今は緑がいっぱいです。

だ~れもいませんでした。
静かな公園を車椅子でゆっくり1周しました。
梅の実が落ちていました。

菖蒲の花の咲く頃に写真を撮りたいと思います。

夫は公園より、途中の道路の方が嬉しそうに笑っていました。
車の音など、刺激に反応していたのかもしれません。
「音」の反応はいいです。

どちらにしても、家のベッドに寝かされているよりずっといいでしょう。

気分の良くなった私は、さらに車で夫と買い物にも行きました。
これは、明らかに夫は嫌がっていました。
昔から夫は私の買い物に付き合うのが苦手でした。
ホームセンターで、ゆっくり品物を選んでいると、車椅子から下りようと足を降ろして前かがみになっていました。
「ちょっと待ってね。」
と買ったのは、車椅子用の低反発のクッションと滑り止めマット、それに雨用のポンチョです。

ほんとうは、もっといろいろ買いたかったのですが、目的の物は買いました。
満足です。

401.小規模多機能型の受け入れについて

12日(金)
「6月から通所にしていただけますか?」
と私がケアマネさんに尋ねたことから始まりました。

「今すぐに良いお返事はできません。」というのです。

「6月24日は予定が入っている。泊まりをお願いしたい。」
という希望も
「夜は職員がひとりになるので・・・・」
とすぐにOKは出ませんでした。

「胃ろうにしても受け入れるので心配ない」
といわれ、退院後は全面的に受け入れていただけるものと思っていました

「皆で受け入れる為に準備をしているのですから、福祉車両の検討も急いでください。」
といわれたのは、胃ろう手術後も発熱、点滴で辛い時期でした。
それでも、そういわれて、がんばって車を購入しました。

退院直前の退院支援会議の頃は、精神的な疲れからか、不安で在宅介護の自信がなくなっていました。
「ひとつひとつ解決していきましょう。協力します。」
と小規模多機能型の施設長にいわれました。

私が希望しても、退院の日が連休後まで伸びることはありませんでした。
ならば、なぜ、あの退院支援会議で退院日を決め、退院後の体制をしっかり確認しなかったのか悔やまれます。
受け入れができないなら、老健の利用など他の方法も検討できたと思います。
小規模多機能の施設長さんと宿泊の約束もできたかもしれません。

4月26日の退院が決まると、不安なんていっていられなくなりました。
着々と準備をして、在宅介護の開始です。

ところが、小規模多機能型の施設長さんからは、
「しばらくは、慣れるために訪問で対応します。」というお話でした。
スタッフの多くが胃ろうに未経験で、私と同じように不安だというのだそうです。

それでも、受け入れる準備をしてくださると期待して待っていたのです。

11日の「つくしの会」の出席が大きなきっかけになりました。

希望を言って、見ていただける事になりました。
ところが、前日、「胃ろうはしません。」と看護師さんがいうのです。
「では、水分補給は、どうするのですか?」
と聞くと「シリンジ(注入器)を持って来てください。」
でした。
それでも、胃ろう一式を持って行きました。
「使わなかったら保管してください。」と渡していると施設長さんが「やりますよ。」というのです。
いったいどうなっているのでしょう。


どうしたものかと、
「前頭側頭葉変性症つくしの会}のえいさんに相談すると
「Sさん(施設長さん)に話してみたら?わかってくれると思う。」
と後押ししてくださいました。

えいさんは、奥様が同じ小規模多機能でお世話になり「Sさんは介護のプロ」と信頼しています。
私もそう思います。
誰も、どこも受け入れてもらえない状態の前頭側頭葉変性症の人を引き受けてくださったのです。
感謝しています。


休み明け、月曜まで待って、朝、電話をしてお話できました。

「少し待ってください。金曜日まで時間をください。必ずお返事します。」
と入浴介助の途中で電話に出て私の話を全部聞いてくださいました。

そして、
1時間も経たず、電話で返事をいただけました。
「Tさん(ケアマネ)は、スタッフのことを考えてのこと。今回のことは、方針をはっきり示さなかった自分の責任で申し訳なかった。」
「週2日、週3日と増やし6月は週3日にする。23日から25日も3日。その後のことはまた相談。」
という内容でした。

えいさんの仰る通りでした。
がんばって自分の気持ちを言えたので良かったです。

ケアマネさんとも看護師さんともその後直接お話できました。

スタッフが胃ろうをするためには、何時間もの研修が必要なのだそうです。
吸引は、もっと、指導できる人の制約もあるのだそうです。

私は家族というだけで、胃ろうも吸引もさせてもらっているわけです。

介護もそうです。
家族というだけで排泄介助も移乗も出来て当たり前になってしまうのです。

「胃ろうを知らないスタッフは、ご家族と同じように不安」といわれました。
そうかな~?
私が「不安」と訴えたのは、ちょっと違うけど、まあいいです。

胃ろうは小規模多機能では初めてのこと。
第一号になるのです。
名誉なことです。

少し前進できました。

これからも、何も言えなくなった夫に替わって、しっかり要望は伝えて行きたいと思います。