400.「ペコロスの母に会いに行く」の映画会と講演会へ

14日(日)
えいさんの所属する「介護者の集い」の主催の映画会、講演会がありました。
大ホールでの映画会、講演会は大盛況でした。

チケット2枚を、えいさん経由で購入していました。
でも、夫をデイで見てもらえないので行かれるか迷っていました。
娘に聞くと「いいよ」と軽く引き受けてくれました。
働いている娘は子供3人もいて休日も忙しそうで、とても頼めそうになかったのですが気楽に引き受けてくれて助かりました。

友人を誘ったのも直前になってからでしたが「見たかったの。」と喜んでくれました。
早めに家に、手作りのお弁当を2つ持って来てくれました。
夫に挨拶をすると、夫は泣きそうな顔で笑っていました。
何度も会っているので覚えているのか、彼女の笑顔に答えたのか、嬉しそうでした。

長~い付き合いの友人は私と同い年。
お母さんが今は、急に体調を崩して入院中で点滴をしいるそうです。
何か理由がないと会えなかったので良かったです。
夫の状態もずっと見て知っているので、相談もできました。
アドバイスは有難いです。
「プロにもっと頼みなさい。」といわれました。
「入浴サービスもあるのよ。」と、さすがです。
介護士の資格を持っています。

「ペコロスの母に会いに行く」の映画は、良かったです。
涙の出るシーンが多くて困りました。
映像も音楽も良かったです。

講演会もとてもわかりやすく安心して聞くことができました。
家族ができることは、楽しく過ごす事。
笑っている事がハッピーなケア。
少しでも笑っていられるようにする。
嫌がるドリルや脳トレはストレスになる。
医師の診断はストレスを与えて不幸にしているのではないかと思うことがある。
幸せであって欲しい。
等、心に残る話が多く聞かれました。

会場で、スタッフとして大活躍のえいさんと話ができました。

小規模多機能に通所を希望通り受け入れてもらえない話にアドバイスをいただきました。
ケアマネさんではなく、施設長さんに直接話をした方が、きっと良い方向へ行くといわれました。

明日は、頑張ってしっかり要望や考えを伝えようと思います。

家に戻ると、夫は変わりなくベッドでテレビを見ていました。

数日前から「口唇傾向」というのか口にタオルを入れてしゃぶるようになりました。
いつもではなく、時々、タオルの程よい場所を手で探して口に入れています。
びしょびしょになったり、あらあら、ギザギザに破かれたりし始めました。

「あら~止めようね~」と口から出すとへらへら笑います。
退屈なのでしょう。
遊んであげると口に入れません。

車椅子に乗せて、ちょっとだけ外に出た後テーブルに座らせました。
車のパンフレットを見せると、口に入れることもなくページをめくって見ていました。
口に入れる可能性はありますが、好みの感触ではなかったようです。

毎日食べさせているゼリーをテーブルであげてみました。
ゴクンの様子を見て、ゆっくり口に入れました。
むせることもなく飲み込めていました。
ゼリーの入っているデミタスカップを自分で持って、飲もうと口まで持って行きました。
何度か飲む動作を見せてくれました。
ゼリーは飲めません。
スプーンを入れてあげると、自分でスプーンを使って食べようとしました。
使い方を忘れていないようです。
ちょっと安心。嬉しかったです。
少しだけ自分で食べさせました。

しばらく時間がたってから咳き込んでいましたので、吸引しました。
吸引のスイッチを入れただけで、音で嫌がるようになってしまいやり難いです。
「ごめんね。ちょっとだけやらせてね。」
と泣きそうな顔に負けず強引に痰を取ります。
嫌がる事はやりたくないな~と毎回思います。
ひどくなければ、やらなくてもいいかと思うのですが、後でやるようになることがほとんどです。
上手く取れているかどうかは良くわかりません。
咳が出なくなるので効果はあるようです。

看護師さんの真似が私にもできるようになって少し嬉しいです。


399.前頭側頭葉変性症つくしの会の例会へ

退院後、夫はずっと自宅介護です。
今月連休明けから、訪問看護は週1回、訪問診療が2週に1回
小規模多機能からの訪問は週4日です。

小規模多機能で通所を受け入れてくださるまで待つもりでした。

11日は、つくしの会の例会。
キャンセルも仕方ないかと思っていたのですが、思いがけず、第1回の講演会で講師をお願いした新井さんが参加なさるという連絡をいただき、なんとか出席できないかとすぐに小規模多機能へ電話してみました。
運良く、施設長さんが電話に出て、「わかりました。行った方がいいでしょう。」
とすぐに快諾を得られました。

この事がなかったら、通所はもっと後になっていたと思います。

良かったです。

「前頭側頭葉変性症 つくしの会」
高齢者の認知症とも違う、若年性認知症の中でもアルツハイマー型とは違う、独特の症状の前頭側頭葉変性症。
仲間が集まることから始まった会です。
会長えいさんが会のブログを開設運営しています。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/


新井さんも、このブログから連絡をいただきました。
シマウマさんにご紹介いただいた「若年認知症になった夫と生きぬいて8000日の夜と朝」という本の著者です。
「生きぬいて」ということばが相応しい壮絶な回想記録でした。

講演会も引き受けてくださって、大盛況でした。

その新井さんが定例会に出席なさるというのですから私もなんとか出席したかったのです。

ほんとうに久しぶりの通所になりました。

前日の訪問で「胃ろうはしないので、家でなるべく多くして来てください。」
「水分はどうするのですか?」
「ではシリンジ(注入器)を持って来て下さい。」
という会話がありました。

一応、栄養剤ラコール半固形300gと加圧パッグのセットも持って行きました。
「使わなかったら置いておいて下さい。」とラコールを見せていると、施設長さんが「やりますよ」といってくださいました。

水分をシリンジで注入して栄養剤は入れないというのも変な話だと思っていたので、安心しました。

何を理由に、胃ろう栄養をしようとしないのか理解できません。

実際にお願いしてみると、何も問題ないのです。
夫も泣きそうな笑顔をスタッフに見せていました。
「リクライニングの車椅子で頭を洗いました。」と
清拭も着替えもしていました。

帰りはスタッフ総出で、福祉車両の見学。

なのに、どうしてデイで受け入れてもらえないのか・・・・・
わかりません。
「少しずつ増やして・・・」とケアマネさんは仰っています。

ともあれ、11日は新井さんのお陰で、デイに行かれました。

仲間とたくさん話ができました。

前頭側頭葉変性症つくしの会があって良かったと思いました。

398.吸引器の購入申請(公費負担)

現在使っている吸引器は、訪看さんの事業所からお借りしている物です。
介護保険でレンタルもできますが、長く使う物なので購入した方がいいと聞きました。

自治体の「障害者福祉の手引き」の中の「日常生活の援助」「日常生活用具給付一覧」にありました。
「電気式たん吸引器」です。
☆障害者及び難病患者等に対し、日常生活の利便を図るため、日常生活用具の給付をを行います。
と書いてありました。

入院中に、担当医の先生に「意見書」を書いていただきました。

書類が揃って、すぐに申請して、今日「決定通知書」と「給付券」が届きました。

利用者負担は見積額の1割です。
5万円程の機械が割引で見積額4万円程。
自己負担は4千円程です。

見積書、カタログも必要でした。

重要な「医師の意見書」を入院中に用意できたことで申請はすぐにできました。

良かったです。

給付券が届いたので、早速、業者に連絡しました。

カテーテルは消耗品ですので、別に必要です。
これは、訪看さんの方が安く購入できるそうです。

397.自宅で安全に経口摂取する方法について

☆嚥下:(えんげ)飲食物を飲み込むこと
☆誤嚥:(ごえん)飲食物などが誤って気管の中に入り込むこと

夫が入院中、受けていた嚥下リハビリ担当の言語聴覚士さんが

ご自宅で安全に経口摂取する方法について
というレポートを私のために作ってくださいました。

ここに残しておこうと思います。

[現在の状況]
・誤嚥(=気管に食物が入っても)しても、むせがみられないことがあります。
・水や固形物はゴクンと飲む前に気管に入ってしまいます。
・食物が固い形状になればなるほど、喉に溜まりやすいです。
 さらさらした水であればあるほど、ゴクンが間に合わず、気管に入っていってしまいます。
 ゼリー状が喉にゆっくりおち、滑りやすく喉に溜まらず、一番誤嚥のリスクが低いと思われます。
・造影検査では2口連続で食べさせると、多量に食物が喉に残り、喉に食物があふれ気管に垂れ込みそうになっていました。
→一見、うまく飲み込んでいるようでありますが、誤嚥のリスクが非常に高いです。
このまま注意せずに食べ続けると、再び肺炎になってしまう恐れがあります。

[対応]
・30度 枕をやや高めにし、しっかりと顎が引ける姿勢で(顎の下に指4本分入る程度)

・造影検査では、ゼリー状のものが一番安全でした。
 1口(3cc程度)を3,4分割して飲んでいます。口の中にゼリーはないですが、目視できない喉の奥の方に残っています。全部飲み終わるまで、しっかりと喉元を確認してから次の1口を介助してあげてください。
100gほどのぜりーに10分程度かかるとおもってください。

・時折、冷たく冷やしたスプーンを舌の上に置き唾を飲み込ませて、喉に残ったぜりーをクリアすることを実施してください。

・水分を飲ませる場合はトロミをつけてください。
100ccに1g程度のトロミ剤を入れてください。ドロドロしすぎるとかえって喉に溜まりやすくなります。

・食べ始めには口腔ケアをし、痰を除去するための吸引をしてください。
 食べ終わりにも、口腔ケアと吸引をして、喉に残ったゼリーなどを除去してください。
・食べている最中に強いむせがあったり、軽いむせが続く場合も吸引が必要です。

・同じ形態、同じ量(1口は少なめ、3~5cc程度)の食べ物を、1週間位しばらく同じ物を継続して摂取してもらうと良いです。(ぜりーならゼリー、トロミ茶ならトロミ茶で続ける)
(ぜりーは果物など固形物の入っていないものにしてください。)
もし、肺炎になった時に、何の食べ物をどの位の量たべたことで肺炎になったかということがわかりやすいからです。

そうやって確認しながら食べられるものを増やしていくと良いと思います。


図入りでした。

退院直前に用意して病室に置いてありました。
STさんの「嚥下リハビリで食べられるように」という熱意が伝わります。
「食べられません、といって止めてしまうことは簡単です。」とも仰っていました。
「食べさせたい」という私の思いも「わかります」と共感していただけました。

今、何度も読み返し、食べることは毎日欠かさず続けています。
ぜりーは少しゆるめに手作りしてしています。

確かに、今日も一見上手に飲み込んでいるようでしたので、吸引しないでいると、時間が経ってゼロゼロの咳をしていました。
吸引すると落ち着きました。
元気になると、吸引を嫌がって手で払おうとするし、顔をしかめて訴えるので可哀想になってやり難いです。
でも、今日は上手く痰が取れました



396.退院後10日経過

退院してから10日が過ぎました。
退院前、不安だった連休も、何事もなく過ぎようとしています。
夫も私も元気です。

新しい生活。
1日があっという間に過ぎていきます。

夫が胃ろう栄養になったこと。
ひとりで立ち上がれず歩けなくなってしまったこと。
室内も車椅子の生活になった事。

今までと違う生活です。

胃ろう栄養に時間がかかります。
私は自分の食事を一人分だけ作って食べています。
頭と体を使うので、お腹が空きます。

ベッドから車椅子への移乗も教えてもらって、なんとかできるようになりました。
「前はもっとしっかり立ってくれたのに・・・」と思います。
一人で立っている事が出来ません。
でも、上手に立たせるとほんの少しの支えで立てました。
できることを喜びたいと思います。

スロープを使って車椅子で散歩もしています。
愛犬そらが一緒の時もあります。

退院から2週間は、特別指示書を書いていただき、医療保険で訪問看護をお願いしています。
平日は毎日、訪問していただいていました。
連休はお休みです。
小規模多機能の訪問が週4日です。
小規模多機能でお願いしていた訪問歯科と訪問マッサージもあります。
土日以外のほとんど毎日、どなたかの訪問があります。

慣れない生活。
なんだか、ちょっと、疲れます。

胃ろうのことなど、もう少し詳しく書いておきたいと思っています。

395.福祉車両

4月28日(金)
車の納車の日です。
お店まで私が行くことになっていましたが、夫から離れる事ができず行かれません。

「少しの時間でも、デイで見てもらえたら」と思っていましたが、まだできそうにありません。
「環境が変わったので家に慣れてから」とか「受け入れについて良く話し合ってから」とか・・・
少々不満です。
訪問できてくださるのは、ほんの少しの時間で私は家から離れられません。
連休後には話し合いができるようです。
ケアプランは訪問でいいか、とケアマネさんから電話がありました。
今後の事が不安になってしまいました。
「協力します。」といってくださっているので大丈夫だと期待したいと思います。

で、車を取りに行く事はできない、とお店に電話すると届けていただけることになりました。

この車。
奇跡の車です。

新車で買うことも考えていたぴったり同じタイプの中古車です。
頑張って探して良かったです。
どうしたものかと頭を悩ませて、頭が痛くなるほどでした。

保険変更の手続きもすべて終わって、ほっとしました。

4月29日、夫を乗せました。
説明書を見ながらです。
時間がかかりました。
初ドライブは、ドラッグストアに買い物でした。
嬉しそうに笑っていました。

これからは、車椅子でお出かけができます。
デイにも行かれます。

自動車税の減免手続きはやっていただきました。

高速道路の身障者割引の車種変更届を出さなくてはなりません。
まだ、やらなければならない事があります。
福祉車両が来たので、夫を乗せて行こうと思います。

394.退院

平成29年4月26日(水)
退院しました。画像
発熱、脱水、誤嚥性肺炎で入院、胃ろう造設手術で50日間の入院でした。

病室からの景色も変わって緑が綺麗な季節になりました。
多摩モノレールが走っているのが見えました。

前日に、栄養剤エンシュア2週間分84缶とだいたいの衣類を持ち帰っていましたので、荷物整理はすぐできました。

車椅子を当日朝に小規模多機能でお借りする予定でしたが、今後を考え個人用レンタルをお願いすると手配して、夫用の新車が用意してありました。
こんなに軽くて良い車椅子があるなら、もっと早くレンタルするべきでした。

車椅子を愛車に、もうすぐ手離す愛車のトランクに積み込んで病院へ。

夫の病院の周りは木々の緑が綺麗です。
もう、毎日通うことはないでしょう。

退院手続きには、時間がかかると聞いていましたが、早くできたようです。
入院費の会計の支払いに少し時間がかかっただけでした。

ちょうど、退院支援担当の看護師さんが見えた時、私が夫のおむつ交換で奮闘中でした。
大量の便が出ていました。
担当看護師さんも加わって、3人で綺麗にしました。
お世話になりました。

病室はナースステーションの前です。
看護師さん皆さんと担当の先生に挨拶しました。

夫のお兄さんが手伝いに来て、荷物を運んでくれました。
車椅子から車への移乗が心配でした。
乗り方を忘れてしまったようです。
私もマスターしたはずの乗せ方を忘れていました。
お尻から入れようとして失敗。
やっぱり、以前の乗り方で、と思い出してなんとか乗れました。
助手席に乗せるのは大変です。
車椅子で乗れる福祉車両にして良かったと思いました。

長年愛用した車ともお別れです。
助手席に座ると嬉しいのか泣きそうな笑顔になりました。

退院後そのまま小規模多機能へ書類をいただきに行きました。

吸引器の購入に自治体の補助が受けられることがわかったので、そのための見積書とカタログのコピーでした。

スタッフが車まで出てきて夫の顔を見て喜んでくださいました。


そして、自宅へ。
車椅子用のスロープを使って自宅のリビングへ入ることができました。

夫のために造ったスロープです。
これから何度も使えます。
嬉しいです。


お兄さんと乾杯したいところですが、午後から訪問診療があります。

ドラッグストアへの買い物をお兄さんに行っていただいてしまいました。
その間に、また大量の便。

その後は、初めての胃ろう栄養エンシュア。

途中で訪問診療がありました。
もう少し遅いかと思って、お兄さんと食事中でした。
エンシュアは時間がかかるので、ラコールの半固形のオーダーをお願いしました。

彩星の会の先輩Kさんから教えていただいた「ラコールの半固形」がどんな物なのか見たことがありません。
時間が短縮でき、エンシュアと同じ医療品なのだそうです。
教えていただいたままに、お願いしてみました。
毎食2時間の3回、1日6時間もかかるより、少しでも早い方がいいです。

訪問看護もありました。
土日祝日以外の平日は毎日来て下さるそうです。
口腔ケア、とろみの水を飲ませ、嚥下の様子も見ていただきました。
ゆっくり、氷で冷やしたスプーンでゴックンと嚥下を促しました。
吸引が必要なので、なるべく看護師さんのいる時間にしようと思います。
着替え、おむつ交換、全身清拭、車椅子への移乗など短時間にいろいろやっていただきました。

この日は、環境が変わって、なかなか寝付けないのかと思ったら、また大量に便をしていました。
綺麗にしてあげると安心したのか、疲れたのか、すぐ眠りました。




393.退院前日・つくしの会の交流会

4月25日(火)
毎月第4火曜日は、前頭側頭葉変性症つくしの会の交流会があります。
退院前日になってしまいました。
交流会の場所は、病院の目の前です。

発足以来参加しているご本人とお会いしたくてお誘いしました。
夫のことも心配してくださっていました。

7名の参加でした。
新しい方も参加され、お話ができて良かったです。

シリウスさんもカメラを持って参加されました。

画像
渓流広場のチューリップが綺麗でした。

夫の姉夫婦が病院へ面会に来てくださることになっていました。
早く到着して、夫の側に居てくださっていました。
別行動に、なりましたが、お花が綺麗なので公園にお誘いしました。

夫の入院最終日の最後のリハビリが3時20分からです。
これは、欠かせません。

車椅子に夫を乗せて、リハビリ室へ行きました。
姉夫婦とここで合流しました。

掘りたての筍をたくさん茹でて持って来ていただきました。
車から車にこの時間に入れていただきました。


OTさん、PTさんに挨拶もできました。
PTさんには、移乗の仕方を教えていただきました。
「昨日より体の使い方がいいですよ。」
と褒めていただきました。
ちょっと自信がつきました。
車椅子から立たせることができなくなって、すっかり自信をなくしてからの入院でした。
入院してPTさんと出会えて良かったです。
OTさん、STさんにもです。
リハビリの大切さ、日常生活の中の大切さを再確認しました。

お姉さん夫婦を車椅子で玄関まで見送ってから部屋に戻りました。

退院前の説明を受けました。
栄養剤エンシュアを2週間分、持ち帰りです。
1回2缶、1日6缶の14日分84缶です。
栄養剤を入れる器やカテーテル、注入器もありました。
用意したキャスターに乗せて運びました。

家へ帰ると
「準備はできましたか?」と訪問看護師さんから電話がありました。
病院から持ち帰った物、ワゴンを買った事、点滴用スタンドは代用する事等伝えました。

退院日の午後にきてくださるそうです。
訪問診療のお医者さんも、きてくださると連絡をいただいています。

準備は完璧ではありませんが夫は帰ってきます。

スロープを1回下りただけではなく、スロープを初めて登って帰ってきます。

392.退院2日前

2017年4月24日(月)
今週の水曜日に退院です。

退院の準備・・・・・
優先順位がわからなくなって混乱しています。
でも、準備しています。

朝、車の保険について電話をしました。
今までの保険が8月までの長期保険ですので、車の変更でいいと思うのです。
納車当日の変更手続きで良いことになりました。
一安心です。
疲れている脳に新しい契約は危険です。
8月までに、次の保険を考えます。

部屋の片付け、お掃除は完璧ではありませんがキリがありません。
嚥下リハビリのSTさんは、朝早いかもしれない、と思ったら落ち着きません。
3日間会っていないので、このまま退院では心残りです。
丁寧な嚥下についてのレポートを夫のために作成していただいていました。
ぜひ会ってお礼をいいたい、と病院へ向かいました。

残念ながら午前中の嚥下リハビリはありませんでした。
来るかもしれない、と車椅子に乗せず待っていたのですが、お昼の時間になってしまいました。

胃ろうからの栄養のセットの仕方を教えていただきながら、やらせていただきました。
看護師さんは毎日変わりますので「前回はどうされましたか?」と聞かれます。
胃ろうの患者は珍しいのかもしれません。
看護学生さんが見学されることもありました。
家族指導のマニュアルはないようです。
看護師さんにとって簡単なことですが、戸惑う家族にどう指導するかの手順は統一されていませんでした。
医療の分野に入らないのかもしれません。

元気になった夫は、胃ろうにセットした管を抜こうとして引っぱりました。
やりそうなことなので、管を手の近くにしないように気をつけます。

セットが完了すると全部で2時間かかりますので、私のその間にお昼ご飯にしました。
9階のレストランのAランチ500円です。
少しゆっくりしました。

部屋に戻って、夫の食事が終わって、その後のお湯を注入をするやり方、外し方も教えていただいてやらせていただきました。
そのまま歯磨き、吸引もさせていただきました。
痰がからんでいましtが、上手に取れず、看護師さんに手伝っていただきました。
吸引は必要なようです。
やり方はわかりましたが、夫が苦しそうな顔をして涙ぐむので上手くできません。
そのうち慣れるのかもしれません。

午後のリハビリは3時20分からと聞いていましたが、その時間近くなったも誰も来ませんでした。
オムツを交換して、車椅子を取りに行って、車椅子に乗せて、ナースステーションに行って・・・
月曜日は忙しいらしい。

「あの~3時20分からリハビリですよね。」
新人さんか学生さんに「対応して」と後ろの声。
「あ、はい。」
「車椅子のタイヤの空気が少なくて音がします。乗り変えを手伝っていただけますか?」
時間も過ぎているのに、看護師さんって平気みたいです。

「連れて行きます」とリハビリ室へ行きました。

担当はいつも同じPTさんです。
車椅子からの移乗を教えていただきました。
なんとか、コツもつかめそうです。


病棟に戻って、少し車椅子で散策。
部屋に戻ると、出た時のまま。
やっぱり今日は忙しいらしい。
いつもは、ベッドが綺麗になっているのに・・・・

と、ベッドへ寝かせると、ちょうどSTさんが見えました。

良かったです。
お会いしないままでは、あまりにも心残りです。

歯磨きの後、嚥下リハビリです。
ゼリー1個を、ゆっくり食べさせました。
ひと口3ccで2口続けると誤嚥するので注意。
氷で冷やしたスプーンで、嚥下を促す。

マニュアルを作っていただいたので大切にしようと思います。

明日は会えないかもしれないというので、今までのお礼をいい挨拶しました。
ご挨拶できて良かったです。
お話もたくさんできました。

小規模多機能のケアマネさんに電話で「退院の日の車椅子をお借りしたい」とお願いしました。
車椅子を必要とされる方が増えているそうです。
退院日は手配してくださるそうです。
今後、夫専用の車椅子をレンタルしたいという希望もお話して業者と連絡を取っていただけることになりました。
吸引器の購入についても相談しました。
当分は訪看さんが貸してくださるけれど、長く使うので購入予定です。
先生が意見書を書いてくださったので、手続きをすると自治体の援助が受けられます。

忙しい1日。

家では、孫の夕食を作って食べさせる日になっていました。

3人の孫。
夕食、お風呂と嵐のように過ぎ去りました。

391.退院に向けて③

一度書いたブログが何かの拍子に一瞬で消えてしまいました。
なかなか、もう一度書く気になれませんでした。
でも、記録に残しておきたいと思います。

きっと、退院の準備等で脳が疲れているのだと思います。

ふとした時にちょっとした物が見つからなくなって焦って探したり、という事が多くなりました。

「大切な通帳セットがない」
と探している時「もの取られ妄想」というのがわかる気がしました。
「自分に間違いがあるはずがない、ならば誰かが取ったのだ」
と妄想が膨らむのです。
落ち着いて探すと、いつもの場所のちょっと奥から出てきました。

しっかりしなくてはなりません。
車の運転には気をつけたいと思います。

22日(土)
午前中に車屋さんに行って、自動車税減免のための書類作成、保険の相談をしました。
納車も28日に決まりました。

帰る途中に友人宅があるので、久しぶりにランチをしました。
ログハウス風の素敵なレストランで、美味しいランチとお喋りでゆったりできました。

午後は、○ト○に、吸引器を乗せるワゴンを買いに行きました。
車でそのまま行きたかったのですが、雨が降り出したので洗濯物を取り込むために一度家に戻りました。
雨の中、ワゴンだけを買って車に積みました。
このワゴンは、翌日、婿殿にお願いして組み立ててもらいました。

ワゴンを積んだまま、夫の病院へ行きました。

面白い行動がありました。
珍しく、腕時計をしたままで、夫の目に入ったらしく、時計のベルトをはずそうとしたのです。
「え?そんなことできるの?」
すぐにあきらめたように見えましたが、時計から手を離しません。
「何がしたいの?時計よ。」
と顔の前に持って行くと、口を開けて丸い時計の部分を手で持って口に入れようとしたのです。
何か食べたかったのかもしれません。
もう、ずっと何も口にしていません。
前日も嚥下リハビリがお休みでした。
口をもぐもぐ、歯をぎりぎりするような行動が続くようになりました。

23日(日)
朝からお掃除を頑張りました。
夫を迎える介護ルーム。
介護ベッドを入れた時のように、と苦手な片付けを頑張りました。
時間がかかっています。

隣りに住む娘一家を車の展示会に誘いました。
私の買った同じ車種の展示会が、すぐ近くのお店でありました。
ミニカーが貰える、というので誘って見ました。

お昼に行くラーメン屋さんの隣りでした。
ラーメンを食べたついでに、という感じで、ちょっとだけ行きました。

福祉車両専門の方がいつもいらっしゃるということを初めて知りました。
今回は、小規模多機能にハガキが届いて紹介していただきました。
探している時、もっと早く知りたかったです。
いろいろアドバイスもいただけたし、試乗もできたようです。
動かし方など一通り説明していただき娘夫婦にも見てもらいました。

孫3人は遊ぶコーナーもあって喜んでいました。
目的のミニカーは、ドアも開く15センチくらいはある立派なミニカー。
それを3人分、3台、それぞれ好きな車種を貰い喜んでいました。

2歳の孫は「ジィジ びょーいん」といえるようになりました。
私が病院へ行く話を聞いていました。
上の孫は「一緒に行きたい。待っていられるよ。」といいましたが、
娘一家は、一週間分の買出しです。

私は家に戻ってすぐ夫の所へ行きました。

つまらなそうに目を開けていました。
少し痩せて、目が目立つようになりました。

病院ではエンシュア250CCを2缶 500kcalを3回です。

ラコールという半固形の医療扱いの栄養剤があると先輩に教えていただきました。
退院後、訪問診療の先生に相談したいと思います。
退院時には、エンシュア2週間分持ち帰りをお願いしました。
凄い量になります。大丈夫かしら?

夫の夕食?は6時過ぎです。
それまでは、休日なのでリハビリも何もありません。
お天気も良いので、車椅子に乗せて少し散歩をしました。
ベッドから車椅子へ。
車椅子からベッドへ。
ひとりでできました。

以前のように、ひとりでしっかり立てなくなってしまいました。
何もない所で車椅子から立ち上がらせるのは、とても難しくなりました。
立ちたいのか動きたいのか、車椅子を停めていると足を自分で下ろして腰を動かしていました。

9階のレストランで、少しゆっくりと座っていたら、私はウトウトいい気持ちになってしまいました。
夫は「つまらないよ。もう帰ろうよ。」とも何もいいません。
話しかけても何も答えません。
「ちょっとだけ外に出てみようね。」
と外に出ました。
桜が散って、緑の葉が綺麗です。
以前は、外に出ると「ひひひ」と笑ったのですが、今回は無表情。
少し不安そうな顔だったので、すぐに戻りました。
1階のコーヒーショップが開いていたので、コーヒーをテイクアウトにしてもらいました。
私だけ、コーヒーを5階のデイルームで飲みました。
夫は見ているだけ。
「ごめんね。」
もう、諦めてしまったのか、わからないのか、欲しがる事もありません。

口は、いつももぐもぐ食べている時のような動きをしています。
ストレスも溜まっているのでしょう。
「もうすぐ退院だからね。お家帰ろうね。」

元気になると、病院に居るのは不満そうです。
ちょっと怒っているようにも見えます。

暗くなって家に帰ると、完成したワゴンと頼んだビール1ケースが届きました。

390. 退院に向けて ②

退院日が決まったので、ひとつひとつ準備です。

退院の移動手段
小規模多機能で、退院時は迎えに来てくださるお話でしたが、夫の兄が手伝いに来てくれるので大丈夫のようです。
プロの手をお借りすると楽ですが、忙しい中お願いするのは時間もはっきりしない中、申し訳ないので電話でお断りしました。

退院時は、手続きにかなり時間がかかる、とデイルームで不満を言っている人を数日見ました。
タイムイズマネー です。


在宅に向けて
看護師さんから「胃ろう」も「吸引」も教えていただいて、まぁまぁ何とかできるようになりました。

夫は入院前に比べると、衰えていますが、ベットから車椅子への移乗の時は、思っていたよりも協力的でした。自分の意思があって、その気があるかないかで体の動きが違うのも以前と変わりません。
病室で車椅子に乗せると嬉しそうに笑ってくれました。
リハビリ室に行って、もう一度移乗の練習をしようとすると嫌なのかとても大変でした。
以前は、少しの力で立ち上がらせる事ができたのに、今は、しっかり体を支えなくてはなりません。
その支え方を教えていただきました。
これは、なかなかできませんでした。

退院に向けて、「体を起き上がらせ移乗できるか」が心配でした。
でも、これは、退院できない理由になりません。
「連休はリハビリも休みですよ。病室で寝ているより帰った方がいいですよ。」とPTさんに言われました。

いよいよ在宅介護、在宅医療となると準備をしなくてはなりません。
訪問看護師さんと電話が繋がらない
と思ったら、すぐ小規模多機能のケアマネさんから電話があり、訪看さんと電話していた事がわかりました。
直接看護ステーションに行き、お話しました。
在宅に必要な医療用品の用意をお願いしました。
吸引器は貸してくださるそうですが、つなぐチューブやカテーテル等購入をお願いして退院の日に持って来ていただけるようお願いしました。
吸引器を置く台を用意しなければなりません。
スリムなワゴンをこれから購入予定です。

まだ準備が必要です。
部屋の片付けがなかなかできません。
介護ベットを入れた時のように、綺麗になるように頑張ります。

福祉車両は、退院には間に合いませんでしたが、連休前には納車になる予定です。

389. 退院日決定

4月26日(水)に退院する事になりました。

病棟の看護師長さんからお話がありました。
26日に決まりました。

安心して退院できるよう協力してくださるそうです。

胃ろうの練習、吸引の練習、ベットから車椅子への移乗の練習をしました。

388. 退院に向けて

18日(火)退院支援のカンファレンスがありました。

17日は担当医の先生とお話ができました。
とても明るく話され、私の疑問や不安をひとつひとつ解決すべく動いてくださいました。

Q.1 . 胃ろうの手術の後の発熱、菌の検出を理由にベットで寝かされたままで、動かせないのか。
A. 動いていい。→リハビリ室に問い合わせて、午後リハビリ室でリハビリが受けられるようになった。

Q.2 . 菌の名前(防ぐ事はできない菌で一般の人は保菌しても発症しない、等説明は受けていた)
A. 「MRSA」→すぐにネット検索。
→先生は退院支援看護師に問い合わせ小規模多機能で受け入れ可能である事を確認。

他に何を聞いて何を話したか、詳しく覚えていません。
「退院しようね~」と夫にも明るく話しかけてくださるので、私も不安な気持ちが消えて、その時は退院日も決まりそうでした。


「何が不安?」と聞かれても自分で説明できない、なんとも不安定な精神状態に数日前からなっていました。
車の事で頑張り過ぎたのだと思います。
頭が疲れてしまったらしい。

この状態で、退院日を決められない。
18日のカンファレンスで正直に話そう。

と、18日11時に決められたカンファレンスです。

担当医、訪問看護師、小規模多機能の施設長と看護師、とメンバーも揃って退院に向けての話が、次々と進められました。

もちろん、私の不安な気持ちは、そのままお話しましたが、動じる方々ではありません。

説得され退院には納得しました。
さて、日程・・・
「連休が不安です。連休明け9日を希望します。」
これには、「師長に聞いてみないと…」と病棟看護師さん。退院支援担当看護師は何とか退院日を早めたい様子。
「来週26日では?」という案に私は「決められません。」と答えてしまいました。

なんという事をしてしまったのでしょう‼
お忙しい中、退院に向けての話し合いだったのに・・・。

午後のリハビリ。
ベットへの移乗。その逆。寝かせる。起こす。動作の介助の仕方を私がやりながら教えていただきました。
「どうしたのか心配していました」と言っていただきいろいろお話できました。
退院を連休明けに希望している、というと「連休中リハビリは休みですよ。お家に帰って動いた方がいいですよ。」といわれました。
そういえば、1年前の母の退院もそうでした。
リハビリのために退院を伸ばしても連休中は退屈していました。

う~~ん、でも連休は連休。
やっぱり心配です。



















387.福祉車両への道

15日、福祉車両を決めました。
中古車を注文しました。

福祉車両については、夫の具合が悪くなる前から検討していました。
車椅子を使うようになって、家の外にスロープを造ったのと同じ頃からです。

スロープは、タイミング良くすぐにできましたが、夫の具合が悪くなって福祉車両探しは中断していました。

5日に胃ろうの手術をしたその日に退院に向けての話し合いがありました。
退院準備と同時に福祉車両の検討も再開です。

3社のメーカーの福祉車両のパンフレットが家にあります。

最初は、新車を考えていたのですが、実際に乗れるまで3ヶ月くらいかかってしまうということがわかりました。
高い買い物です。

リースも考えました。
安く借りられる所もありましたが、名義や保険など簡単ではありません。
保障が整っている所は高額です。

中古車で、なるべく希望の物・・・・・

後ろがスロープになって、車椅子のまま乗車できるタイプ。
さらに、車椅子を使わない時はシートが使えるタイプ。

探しました。
暫くは中古車探しで頭がいっぱいでした。

軽自動車でも、良いものがあれば・・・・

でも、ずっと乗るなら・・・・・


今、乗っているのはアウトドア用の4駆です。
雪道でも山道でも走れるように、滑り止め機能をオプションで付けています。
この車種が出た時から型が変わっても乗り続けていました。
この車を手離して手に入れるのです。
気に入った車にしたい。

やっぱり新車か・・・・

いや、中古車で、この形はないのか?


あったのです。

ネット検索で見つけました。
しかも、近くの販売店でした。
すぐに電話をして、すぐに見に行きました。

良かったです。
偶然、探していた車種で探していたタイプでした。
車椅子使用車で、シート付きです。

奇跡のようです。
まだ走行距離も2千キロ。
法人で使おうとしたらしく、あまり使った形跡がありません。

お値段もそれなりですが、カーナビやテレビ、ETCなど整っています。
何よりも、すぐ乗れるのが魅力です。

すぐに下取りの査定と見積りをお願いしました。

そして
15日、小規模多機能へ寄って車椅子をお借りして乗せてみました。
すぐには覚えられません。
説明図を見ながら、手伝ってもらいながら乗せました。
実際に夫を乗せてみる事はできませんが、お店の方に乗っていただきました。
男性では、狭い感じですが、乗用車として普通です。

決めました。

車庫証明など、必要な手続きがまだあります。
自動車税の減免手続きも今の車でしたばかりです。
少し時間がかかりますが、早ければ2週間くらいで納車となるそうです。

一安心です。

386. 胃ろう

胃ろうから栄養が入るようになりました。
福祉車両も注文できました。


胃ろう・・・

5日に胃ろう造設しました。
簡単な手術で、すぐ使えると聞いていました。
ところが、発熱して点滴になってしまいました。
5日に退院支援担任看護師との面談もあって、小規模多機能でも受け入れ準備をしてくださっているとの事。
福祉車両についても、紹介していただいていました。

退院に向けて準備したいところですが、発熱、患部の化膿、切開、と不安でなかなか難しかったです。
心配でずっと側にいても変化がない時もあれば、車の事などで面会に行かれないと変化があったり、と記録に残して置かないとたった数日の変化で混乱しています。



15日に病室へ行くと、あら?居ません。
退院も近いので大部屋へ?と思いましたが違いました。
「隣りのお部屋です。」といわれました。
ナースステーションの前の部屋は2人部屋が2部屋で入り口は一緒です。
すぐ隣りの同じ窓際のベッドに居ました。
頭の位置が変わって、外の景色が良く見えます。

痰と傷口から、何やら菌が出たとか。
でも抗生剤はもう使っていないとか。
でも、感染予防のためまだリハビリ室へは行っていない。
という話を看護師さんから聞きました。

前日は1日面会に行かれませんでした。

たった1日で、夫の変化がわからなくなってしまいます。
側にいてもわからないかもしれませんが。

「痰と傷口から****が検出されましたので・・・」
といわれても、疲れた脳で理解できなくなっています。

「17日に先生が経過をお話しますので来たらお知らせください。」
と後でお話してくださったのは、わかりました。

そして、胃ろうへの栄養の入れ方を教えていただきました。

「今日は、見ていてください。」
と最初から教えていただきました。

ナースステーションの中に入れていただきました。
液体の栄養、エンシュア2缶をお湯で温めていました。
250cc2缶を点滴用の器に入れて・・・・
チューブのつなぎ方やロックの仕方など・・・・
そして、胃ろうへ。

「何かわからないことがあったら何でも聞いてください。」
と、とても親切でした。
見ていると、とても簡単そうでした・・・・。
でも、1秒1滴?  2時間?
「これを3回? つまり6時間?」
「そうですね。」


エンシュアをゼリー状にして時間を早められないかと考えています。
できれば、口から食べさせたいと思います。
無理はしません。
口腔ケア、嚥下リハビリを続けたいと思います。
STさんとお話がしたい、と看護師さんに伝えました。

胃ろうに必要な物品は、どうやって準備するのか。
「訪看さんと相談して」とのこと。
いろいろ準備も必要です。

吸引器のレンタルやカテーテルの購入も必要です。

初めてのことが多くて、不安です。

気休めに、丁寧に口腔ケアをしてきました。
顔のマッサージ、首のマッサージ、顎の下も。

唾液腺を刺激したのか、咳が出ていました。


退院支援担当の看護師さんから連絡があり、18日に会議になりました。
担当医、訪問看護師、小規模多機能の方が参加するそうです。
いろいろ不安なことをその時に話そうと思います。

385.福祉車両検討中

5日に胃ろうを造って、その日に退院支援の看護師さんと面談がありました。
小規模多機能の施設長さんと看護師さんも来てくださって退院に向けての話をしました。
小規模多機能では、受け入れの準備をしてくださるというお話で嬉しく思いました。

中断していた福祉車両の検討も再開です。

施設長さんからのご紹介で、自動車メーカーの方がレンタルと中古車の見積りを持って来られました。
不在中だったのでポストに入っていました。

「どうですか?」という施設長さんからの催促とも取れる電話がありました。
決めても時間がかかるので急いだ方がいい、と。

でも・・・・・

夫は熱を出しています。
胃ろうの傷が化膿して、昨日切開しました。
まだ出血しています。
まだ胃ろうが使えません。
リハビリもできなくてベットに寝かされています。
心配です。


福祉車両、考える脳の容量が足りません。

それでも、考えます。

いろいろ調べましたが、運悪く火曜日は自動車関係の会社は休みの所が多いようです。

福祉車両専門の所に電話すると親切でしたが「実際に来て見ていただいて、」という話になると遠くて、今後の事も考えると行かれそうにありません。

行かれそうな所は、お休みでした。


福祉車両。

車椅子のまま乗れるスロープタイプの車を探しています。
新車か中古か、長期のリースか。
いろいろあるようで希望通りではなく迷います。

退院できて、乗れると嬉しいのですが・・・・

どうも、前向きに検討できません。

もう少し楽しく車選びをしたい!

近いうちに展示場に行ってみたいと思います。

384.発熱・吸引の練習

4月7日(金)
隣に住む孫の入学式でした。
写真を撮って送り出しました。

その後、前頭側頭葉変性症のご主人を介護する方とお会いする約束がありました。
ご紹介いただいて喜んでお会いしたのですが、残念ながら若年性認知症ではありませんでした。

前頭葉の萎縮によって独特の症状が出てご苦労なさっているのは同じでした。

病院に面会に行くと、夫は高熱を出していました。
担当の先生からお話がありました。
胃ろうは、まだ使っていない。
高熱の原因はわからない。
咳もなく胸の音も綺麗。
解熱剤を投与する。
退院は、相談して決めて良い。
胃ろう、吸引の練習をしてから退院。
というようなお話でした。

4月8日(土)
病院の桜が満開です。画像
駐車場の車が少なかったので、ゆっくり写真を撮りました。

病室には、吸引のポータブルが届いています。
退院支援室から練習用の物です。
「いつでも都合のいい時に」
と看護師さんにいわれていました。
自分から「お願いします。」といえないままでした。

熱も下がっている様子だったので、看護師さんが「やりましょう。」と教えてくれました。
マニュアルが用意して置いてありました。
実際に電源を入れて、カテーテルの装着や持ち方、口に入れる前に指で押さえて、口に入れてから指を離して吸入する事など詳しく教えていただきました。
何とかできそうです。

看護師さんの真似事ができて嬉しいです。
まだまだ覚えることがあるというのも、新しい事ができるのも嬉しいです。

夫のお陰でこんなこともできるようになるのです。

看護師さんに「介護のお仕事をしているのですか?」
と聞かれるのも、ちょっと嬉しいです。
「いいえ~、夫の介護だけですぅ。」と、にっこり答えています。
「ご主人、幸せですねぇ」
「いぇ、それは~?はぃ~まぁ~そういわれます。」

吸引の練習はすぐに終わって静かな時間。
どうも、元気がなく、動こうとしません。

夜の看護師さんの時間に検温すると38度4分もありました。
解熱剤を入れることにしました。

胃ろうの傷が痛いのだと思います。
胃まで穴を開けたのですから無理ありません。
体が戦っているのだと思います。
痛がる様子はありませんが、体が訴えているのでしょう。
解熱剤には鎮痛効果もあるので、良くなって欲しいです。

胃ろうにしても、これからは、こうして熱を出すことも多くなるのでしょうか。
退院後が不安ですが、そのままを受け入れるだけです。
どんな状態であっても、退院して家で生活できるといいと思います。

なんとか退院できそうなので、焦らず準備を整えたいと思います。






382. 手術前日のお花見

4月4日(火)
病院の裏の通りの桜が満開です。
桜のトンネルになっています。
リハビリ室から、ちょうど見えます。

10時からのリハビリの時間前に、少し早く面会に行きました。

病室に入ると、ちょうどSTさんのリハビリが始まる所でした。
歯磨きをしてから嚥下リハビリでゼリーを食べました。ゴックンと喉の動きを確認して、氷水で冷したスプーンを口に入れて喉の通りを良くしていました。
嚥下検査の時、喉に溜めていて、冷えたスプーンを口に入れるとゴックンと流れる事がわかりました。
「どこにためるのですか?」と聞いてみました。
「顎の下、この辺ですね。」と教えていただきました。普通は、ゴックン飲み込むと溜める事はないのだそうです。なぜ、喉から下へ行かないのか?
やはり脳の指令がうまく行かないのかもしれません。

マッサージも続けようと思います。

STさんとたくさんお話できました。
嚥下検査のDVDもいただきました。

状態だけを見るとどんどん食べさせてしまいそうなので、時々嚥下検査を思いだして、無理をしないように気をつけたいと思います。


10時から、2階のリハビリ室へ。

OTさんのリハビリは固くなりそうな右手のマッサージと手浴でした。

PTさんのリハビリは、車椅子からゆっくりリハビリ台に移る動作、横になる、向きを変える、横向き維持、ゆっくり起き上がる、座る、座位維持、立ち上がる、車椅子へ、といった動作。
介助しながら、できる所は手を離す等、ゆっくりとした動作は参考になりました。

リハビリ後、病棟に戻って看護師さんに散歩の許可をいただき、お花見に行って来ました。

病院の外に出ると嬉しそうに「ふはは」と声を出して笑っていました。

お出かけは久しぶり。画像
嬉かったようです。


桜が満開

383.新たな誕生日

2017年4月5日
ancokujiraさんの真似をして、この日を「新たな誕生日」にしました。

胃ろうを造設しました。

手術は無事終わりました。

手術の時間が決められていなかったので、朝早めに病院へ向かいました。
夫の部屋は、ナースステーションの前の2人部屋の窓際。
廊下側のベッドは、何人も患者さんが入れ替わっています。
事情はよくわかりませんが、退院間近の方、手術後の方等いろいろです。

今日は、珍しく若い元気そうな男性患者さんでした。
手術前のストレッチャーが入る時「ベットを動かしますのでデイルームで待っていてください。」といわれて歩いて移動していました。
外来の検査結果で緊急入院になったらしいです。
部屋が空き次第移動するそうです。
午後は検査で看護師さんも忙しそうでした。

夫は、目を開けていました。
ストレッチャーに乗せると、さすがに不安そうな表情で主治医や看護師さんに「この顔ならいいたいことがわかるね。」といわれていました。

消化器内科の手術室は、私が以前大腸がんの手術をした部屋。
検査をする部屋でした。

「ご家族の方はお待ちください。」
といわれ、待っていました。

ふと、すぐ近くに「心理療法室」があるのを思い出しました。
夫のお気に入りの心理療法士さんがいるはずです。

もう何年も前になるので、いらっしゃるかどうか。
毎週水曜日だけいらっしゃる、ということを思い出したのです。

待ち時間にお会いすることができました。
今までの経過を聞いていただきました。

部屋の外でストレッチャーを運ぶ音が聞こえたような気がしました。
話を終えると、ちょうどストレッチャーに乗った夫が出てきました。
目をパッチリ開いていました。
鎮静剤を使わなかったのだそうです。
心理療法士の先生にも顔を見せることができました。

痛くないのかしら?
痛そうな様子もありませんでした。

手術中に血圧が上がる状況はあったそうですが、それ以外何もなく、術後は血圧も普通でした。

「痛いと思いますので痛み止めの座薬を後で入れます。」
といっていましたが、痛がる様子もなく私がいる間は痛み止めも入れませんでした。

鼻にあった経鼻菅栄養の管が外されて、スッキリしました。

鼻毛が気になって、私が触ると嫌がっていました。
看護師さんの口腔ケアも嫌がりました。
表情で、訴えられる様子から「痛み」はなさそうです。

穏やかな表情。
安心しました。

午後4時
退院担当看護師さん2名と小規模多機能の所長さん、看護師さんと退院に向けての話をしました。

いよいよ退院の話です。

胃ろうや吸引を私が習得しなければなりません。
小規模多機能では受け入れてくださるそうです。

「胃ろう」を知らなくて不安なのは私だけだったようです。
安心しました。

退院直後は、訪問看護師が回数多く来ていただけるように「特別指示書」もお願いできました。
特別指示書によって介護保険とは別に医療保険を使うことができます。
介護保険をオーバーすることもなく、助かります。

退院に向けての話ができるようになって嬉しいです。

良かったです。

一歩前進です。

4月5日
桜の満開の日
新たな誕生日です。
毎年お祝いしたいです!

381.胃ろう造設を決めました

嚥下検査を見て、誤嚥している事がわかりました。
画像を見なければ、「食べている」姿でした。

肺炎も治って食べられるようになった、と食べさせているかもしれません。
飲み込めるのです。

入院前は受け付けず、口に溜めたり、口から出していました。

検査では、出さずに咀嚼して飲み込みもできました。
でも、誤嚥するのです。
時間が経ってから咳き込んでいました。

先生とSTさんにも胃ろうを勧められました。
STさんは、胃ろうを造って食べられる物を食べるのがいいとアドバイスをいろいろしてくださいました。
まだ、口から食べさせることを諦めたくありません。
まだ、食べられるようになるのではないか、と思っています。

でも、今は経鼻菅栄養です。
経管栄養で元気になりました。
必要な栄養を摂取するために「胃ろう」を決めました。

入院前には「本人は望んでいないのではないか」と悩みました。
私も、嚥下困難の症状が出る少し前まで「胃ろうはしない。自然のまま看取る。」と決めて在宅で看取るため訪問診療医も探していたのです。
訪問診療はまだ早いと思っていたくらいです。

気持ちは変わります。



胃ろうの説明は受け、同意書もいただいていました。
いろいろな質問も丁寧に答えていただきました。

娘に相談すると「早い方がいいと思う」とあっさりしています。
入院前の呼吸の苦しそうな状態を見て覚悟したそうです。

同意書にサインをしました。

手術は、消化器科の先生と連絡を取って、もう少し先、と思っていました。
ちょうど1週間後に決まりました。

3月5日の予定です。

今日も、嚥下リハビリでゼリーを1個、口を開けて食べました。
この調子でいって欲しいです。

380.嚥下検査

3月28日(火)
前頭側頭葉変性症つくしの会の公園交流会の日

残念ながら参加者はえいさんと私だけ。
次の交流会で使えそうな園内であってもゲートの外の喫茶コーナーへ行って見ました。

3時からの嚥下検査までには、たっぷり時間がありましたが、早めに面会に行きました。

夫は、かなり回復して目もぱっちり。
寝ている事も少なくなりました。
ベッドの側にいると私の方が眠くなりそうで気がつくと夫が私を見ています。

担当の先生がいらして、炎症の値は低くなって大丈夫。
肝機能の数値が良くないが、それ程でもない。
肺の右に影が残っているが、いずれ治ると思う。
というお話と嚥下検査に立ち会うというお話でした。


嚥下検査

STさんがいろいろな形態を用意して検査もいろいろ試してみました。
「見たい?」
と先生に聞かれ「ハイ!」というと
検査室の隣りの部屋で先生、STさんらと一緒に映像と窓越しに様子を見せていただけました。

STさんの指示で、食べさせると飲み込むのですが誤嚥する様子が見られました。
空の冷えたスプーンを口に入れると誤嚥したものも綺麗になりました。
前回のように吸引されることもありませんでした。

カステラも食べられたのですが、むせる事もなく静かに誤嚥していました。
水もそのまま入っていました。

少し時間を置いて、咳き込んでいました。

固形の物を食べさせ、水で流し込むということが危険だとわかりました。

それでも、どうやって口から食べさせられるかSTさんは今後も考えてくださるそうです。
ただ、胃ろうは造設した方がいいという医師とSTさんの意見でした。

「誰にでも胃ろうを勧めているわけではないですよ。」
と先生は仰っていました。
「急がせるわけでもありませんが、消化器内科の先生と連絡を取る予定もあります。」
とのこと。

同意書は先生の印鑑を押して渡されています。

決断しなければなりません。

379.病院のリハビリ

3月27日(月)
車椅子でリハビリ室へ行きました。
10時からリハビリ、と聞いていましたので間に合うよう面会に行きました。

車椅子に乗れるようになっただけでも嬉しいです。
その姿を見たいと楽しみにしていました。

病室からリハビリ室への移動を私がしたい、というと喜んでいただけました。
車椅子への移乗は、看護師さん2人にやっていただきました。

リハビリ室は2階。
桜の木が目の前にありました。
お花見には最高です。
桜の蕾がピンク色に膨らんで今にも咲きそうでした。

最初はOTさんのリハビリ。

大きな鏡を使って顔を写し櫛を手に持たせようとしていました。

私が夫の側で鏡を覗き込んで2人写るようにすると笑っていました。
「あら、奥様といると違いますね~いい顔するのですね~」
といわれました。

夫は広いリハビリ室の他の人の動きや音が気になる様子で、目が動いていました。

円錐形のカラーのカップのような物を左から右へと移動させる動作の訓練を左手からしました。
苦手な右手は、ほんの少し5個くらいで終わりにしました。

次はPTさんの動作訓練。
マッサージをしながら、体の向きを変えたり、起き上がる動作などゆっくりやっていました。

ひとりで動ける患者さんと同時進行で忙しそうでした。

全部で1時間程で終了しました。

車椅子で病棟に戻って、そのまま車椅子でデイルームなどで過ごしました。

担当医師から嚥下訓練の説明を受け同意書にサインをしました。


年度末で娘の仕事が忙しく、孫3人の夕食、お風呂、とファミリーサポートをしました。
介護より疲れます。

378. 若年認知症家族会・ 彩星の会へ

3月26日(日)
朝から冷たい雨が降って冬のような寒さでした。
2ヶ月に1度、第4日曜日は彩星の会の定例会です。
3月は新潟から3名いらっしゃるので、この日をとても楽しみにしていました。

えいさんと最寄り駅で待ち合わせをして参加しました。
Yさんとご主人も見えました。
シマウマさん、よっちゃん、サザンカさんとお会いできて嬉しかったです。

総会の後の家族交流会では、ずぅさんも加わって、私達のグループは、よっちゃん、えいさん、Yさん、シマウマさん、サザンカさん、ずぅさん、らら(私)の7人。
まるでブログのオフ会のようでした。
近況報告から前頭側頭葉変性症の「あるある話」等話が弾みました。
楽しい時間でした。

二次会にも参加、その後のカラオケも参加して、えいさん、Wさんと帰ってきました。

家に帰ると「無事帰りました」とシマウマさんからメールがありました。
新幹線は早いです。

またぜひお会いしたいと思います。




377. ゼリーを食べました!

3月24日(金)
リハビリをしているけれど時間は決まっていない、と聞いて、午前中から昼食持参で面会に行きました。
残念ながら、リハビリは終わっていました。
「今日は車椅子でリハビリ室へ行きました」と報告を受けました。

早い時間にリハビリをするようになったようです。
来週は見学してみたいです。

嚥下のリハビリも時間が決まっていないので、ぜひ見たい、と先生がいらした時にお話すると看護師さんが「今、連絡取っています。」とタイミング良く連絡がつきました。

とてもお忙しそうに病棟を駆け回っていらっしゃる感じでした。

明るく早口でお話しながら、テキパキと口腔ケアの後のゼリーへと進めていました。

「さあ、食べますよ。」という準備も本人にわかるように口に水を少し含ませていました。

ゼリーを食べました!
「今日は少しスピードアップして入れてみますね。」
と次のひと口をすぐ入れる準備をしていましたが、夫の動きを良く見ているのはさすがプロでした。
検査をしなくてもだいたいわかるけれど、どうしようかとぶつぶつ独り言のように呟いていました。
家での食事の様子や以前の嚥下検査についても聞かれました。

「食べることを諦めたくない。」と私がいうと
「私もそう思います。」といろいろ考えてくださっているようでした。
「固形の方が食べられるかもしれない。」とか・・・・。

ゼリーは1個全部、自分から口を開けて食べました。
ただ、途中で咳き込みがあって
「これを、みんな怖がるのです。」
と、ゆっくり時間を置いていました。
強く咳ができるので大丈夫のようです。
口の中などに残った物の吸引も大事なのだそうです。

ゼリーを食べた後は、鼻から吸引をしましたがゼリーは出ませんでした。
ゼリーを食べる事ができました!

スプーンを使って唾液の分泌をよくすること。
口の中を綺麗にすること。
いろいろアドバイスをいただきました。

「食べさせてあげたい。」という思いも「わかります。」と言っていただけました。


「どうしようか?」といっていた嚥下検査。
先生と相談して決まったようです。
28日、3時からです。
「いろいろ食べさせて見ます。」と仰っていました。

376.経鼻菅栄養

3月23日(木)
夫は順調に回復しているようです。
少し安心できました。
友人が「ご主人の具合どお?」
と心配してランチに誘ってくれました。

夕食も別の友人との約束がありましたので2食外食です。

ゆっくりランチの後、病院へ行きました。

病室で靴が目に入りました。
夫はシャンプーをしてもらっている所でした。
「わ、靴がある。起きられたのね。」
と喜ぶと
「そう、今日は車椅子に乗りましたよ~。」
と嬉しい報告です。
「奥様が見たら喜ばれると思いました!」と。

点滴も酸素も心電図のモニターもバルーンも取れてスッキリしました。

残るは、経鼻菅栄養の管だけです。

誤嚥するため、栄養は鼻から胃へ管を通して入れています。
400kcalを3回で1日1200kcalです。
血栓が見つかった為血液をサラサラにする薬も鼻から入れています。

もし、胃ろうの手術となったら、その前に薬の調整をするそうです。

シャンプーが終わって、ドライヤーをかけてもらうと
音に反応するのか、泣きそうなゆがんだ顔をしていました。
嬉しいのか、嫌なのか、久しぶりの感情表現でした。
「あら、嫌なの?熱いかしら?」と看護師さん。
「さあ?でも嫌な時は嫌な顔をしますので気持ちいいのだと思いますよ~」
どちらにしても反応できたようです。

「髪の毛さらさらよ~良かったね~」
ということにしました。


ミトンを外してもらうと、左腕をしきりに掻くので見ると蕁麻疹のように少し盛り上がっていました。
「着替えをさせていいですか?」
と看護師さんに見てもらって持参の保湿剤を塗って着替えをさせました。
点滴もモニターもないので私にも着替えができました。
ズボンも着替えて、ついでにオムツも替えました。
夫は体の向きを何度も変えたからか顔に汗をかいていました。
「あら、暑かったかしら?」
と少し戸を開けて、顔をタオルで拭きました。


入院したのは3月8日。
外来から、すぐに酸素吸入。
病棟ですぐに点滴。
当然のように経鼻菅栄養。
バルーン(おしっこの管)
たちまち管に繋がれて、手にはミトンをはめられてしまいました。
同意書は書きました。

2週間を過ぎて、経鼻菅栄養以外の管がやっと外れました。

今は経鼻菅栄養。

「口から食べられなくなったらどうするか」

口から食べる事を諦めたくありません。
ゴックンと唾液を飲みこんでいる喉を見ると飲み込めると思うのです。
口の中と外のマッサージをしてきました。

もう少し様子を見たいと思います。

胃ろう手術の同意書は病室の引き出しの中に入れたままです。

375.手続きいろいろ&夫の様子

3月21日
休み明けに早速、障害福祉課窓口に身体障害者手帳を受け取りに行きました。
身体障害程度等級 2級 
旅客鉄道株式会社旅客運賃 第1種 

障害名
○疾病による 体幹機能障害[坐位又は起立位保持困難](2級)

65歳を過ぎていますので福祉サービスは介護保険が優先されます。

自治体によって受けられるサービスも違うようです。

ガソリン代の助成

1ヶ月の最高助成金額は2750円。
福祉タクシー券とどちらかを選ぶ事ができます。
ガソリン代助成の手続きをしました。
3月分の領収書が必要といわれました。
大失敗!
直前に満タンにして、領収書は「発行しない」にしてしまいました。
月末までに、忘れずに用意しなければなりません。
3か月分ずつ請求するのだそうです。
3月は一区切りなので提出するのだそうです。


高速道路の割引

これは1種なので、介護者の私の運転でも割引になります。
夫名義のETCカードが必要といわれ、「あった」と思ったら期限切れでした。

家に戻ってから、探して見つけました。
再度手続きに行かなければなりません。

その他
「障害者福祉の手引き」という冊子を見ながら利用できる制度を教えていただきました。
NHK受信料の免除、駐車違反の除外などは精神障害者福祉手帳1級で既に利用しています。

自動車税の減免
45000円が上限減免額です。

「3月末まで申請した方がいいですよ。」
と丁寧に、行き場所、窓口の場所まで教えていただきました。
精神障害者福祉手帳1級+自立支援医療受給で申請できたのですが、後回しになっていました。
とても熱心に勧めてくださるので、すぐに行く気持ちになれました。
必要な書類を持ったまま、その足で都税事務所へ向かいました。

ここでも、うっかり車検証などを車の中に入れたままだったのですが、「ナンバーがわかれば大丈夫です。」といって係の方が一緒に駐車場の車の番号を見に行って調べてくださいました。
簡単な書類を窓口で書いて印鑑を押しただけで、すぐに減免申請できました。

良かったです。

夫の病院は、都税事務所とは駅の反対側。
平日でも渋滞する駅周辺を通って病院へ向かいました。

9階のレストランでAランチ500円とサービスコーヒー50円。
雨で景色は曇っていました。

夫は、調子良いようです。
酸素のチューブが外れて、少しスッキリしました。

鼻には、経鼻菅栄養のチューブが入って、絆創膏で押さえられています。
抜かないように、両手にミトンをしていますが、面会の時は外してもらっています。

ミトンを外しても、頭や鼻を掻くだけ・・・・と油断しました。

夫の耳垢が気になって綿棒で耳掃除をしようと、そのことに集中して・・・・
「おっとっと・・・・・」
鼻の管を抜こうとしていました。
絆創膏が外されて、管を引っぱって・・・
慌てて管を中に押し込んで絆創膏をくっつけて・・・・
ナースコールです。
「すいません、少し抜いちゃったのですが大丈夫ですか?」
「ああ、ギリギリ大丈夫ですねぇ」
と落ち着いて見て行かれました。
すぐ後、担当の看護師さんが見えて、確認して絆創膏を貼り直しました。
「すみません。」

左手が動きます。
右手は、動くのですがあまり動かしません。

右手を動かすように触っていると左手で右手を押さえてしまいました。
左手は嫌がらないのに不思議です。
嫌がらない程度に毎日動かしたいと思います。

口腔ケアやマッサージもしています。
もっと前からやるべきでした。
歯が欠けています。
でも、入院当初より口の中が綺麗になりました。
痰も殆ど出なくなったようです。
維持して行きたいと思います。


374.身体障害者手帳2級1種交付

2月10日に診断書を申請して、約1週間後、障害福祉課に申請しました。

身体障害者手帳の診断書
肢体不自由の中の体幹障害になります。
詳しい内容をコピーしておくのを忘れて提出してしまいました。

「2級に該当する」という診断書でした。
歩行困難ですので該当します。

座位が保てない、座る事が出来ない、と1級です。

夫は支えがなくても座る事が申請時点ではできていました。
2級が妥当だと思います。

65歳を過ぎていますので介護保険のサービスが優先されます。
医療費の助成など65歳未満の申請で受けられるのですが除外です。
受けられる助成がないので、申請する意欲もあまりなくなって暫く診断書の申請もそのままでした。
「書きますよ」と3ヶ月前に相談した時に主治医にいわれていました。

「認知症が理由で身体障害が認められるかはわからない。」ともいわれました。

申請から約1ヶ月。

3月16日の交付になっています。

身体障害者手帳 2級 です。

ガソリン代の補助が受けられるようです。
これも自治体によって、精神障害者福祉手帳1級で受けられるところもあるようです。

補助を受けるためには、申請が必要です。
身体障害者手帳を受け取りに行った時、申請してきます。

自動車税の減免の手続きも、福祉車両のこともあって後回しになっていました。

ひとつひとつの手続きがとても面倒で苦痛に思う時があります。
ひとつひとつやっていくとできないこともないのですが・・・・

みなさま、これをやっていらっしゃるのだな~と思います。

373. 手を洗ってもらいました

3月17日(金)
病院の生活も、すこ~しずつわかってきたような感じです。
着替えもオムツも全部看護師さんにやっていただけるので楽チンです。
今日の看護師さんは「手を洗いましょう」と洗面器を持って来て2人で洗ってくださいました。
夫は看護師さんの手を握ってしまって「開いてください」とか「パーにして」と言われても平気で握っているので可笑しくなってしまいました。
「夜も握ってくれるんですよ」なんて言われてしまいました!
そう、そう。
手を洗う前に看護師さんがいるところでオムツの中に手を入れた時「その手で握ってくれるのね~」
なるほど。
だから「手を洗いましょう」となったのね。
わかりました。

いつも「お尻を洗います」とオムツの交換の時洗っているのに、今日は便をしていても洗わないで「お尻拭き」を使ったようです。

着替えを用意していたら「看護師がサイクルを見て着替えをしますから」と今日は着替えをしませんでした。
「え?昨日も着替えてないですよ~」と言えませんでした。
この前は、着替えたばかりなのに着替えさせていたし、どういうサイクルなのかまだわかりません。


夫は、目をパッチリ開けていて、髭を剃ると泣きそうな笑い方をしました。
経鼻菅栄養の量が増えました。

明日は「足を洗いましょう」と言われるかな?

372.入院1週間経過

3月16日
もう入院して1週間以上過ぎてしまいました。

日増しに回復しているようです。

思ったよりも重症だったのでとても心配でした。

炎症反応、CRPが30以上の数値、
というと小規模多機能の看護師さんは「聞いた事が無い」とびっくりされていました。

2日後には20代に4日後には15くらいにと下がっていますが、まだまだです。
数字に弱いので正確な数値を記憶できません。
正常値は0、3以下とか、10以上は入院レベルとか、らしいです。

肝機能も低下しているようです。
これも数値はよくわからないのですが、検査結果がすべて赤字で並んでいました。

CTでは、右足に血栓が発見されました。

高熱が続いて、抗生剤をすぐに点滴しました。

経鼻菅栄養を入れると発熱するらしく、すぐに中止になっていました。
熱が下がって、今日から栄養再開。
夕方、37度でした。
このまま熱が上がらないといいのですが・・・・。

酸素濃度も80いくつかでしたが、今日は97でした。
鼻から酸素を入れいています。

腕には点滴。
胸に心電図のパッチ。
指に酸素の、絆創膏。

尿量も測るため、管が入っています。

たくさんの管があるので、手で抜かないようにミトンをしています。

面会に行っている間は、外してもらっています。

手が自由になっても、管を外そうとするような事はありません。
「あ、手が・・・」
と思っても鼻や頭など、ボリボリ掻いているだけです。

指差しをしたり、手を伸ばして私の手を握ったりします。
看護師さんの手なども触ります。

このまま元気になって欲しいです。





371.前頭側頭葉変性症 つくしの会

3月11日 東日本大震災から6年目のこの日
前頭側頭葉変性症つくしの会の第1回ミニ講演会を開催しました。
*ブログhttp://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

夫の誤嚥性肺炎で、私が動けなかった為と世話役のももさんも参加が難しくなってしまって、会長のえいさんひとりで大活躍でした。
準備も受付も司会も挨拶も、懇親会の会計も、ぜ~んぶ、サラリとやっていただき見事でした

講師は、新井雅江さん
「若年認知症になった夫と生き抜いて 8000日の夜と朝」という著書を以前にシマウマさんからご紹介いただいて読ませていただいていました。
画像


新井さんから、つくしの会に電話をいただき、例会に出席くださるというお話から、「ぜひもっと多くの仲間にお話を聞かせていただきたい」とミニ講演会の開催になりました。

もっともっと多くの方に聞いていただきたかったのですが、つくしの会はほんの小さな仲間の会なので、今回は「ミニ講演会」という名に相応しく20名定員の小さな講演会にしました。
すぐに定員オーバーになってしまい、会場ギリギリの25名、それ以上は残念ながらお断りしなければなりませんでした。

シリウスさんにも参加していただきました。
ブログがご縁で、夫が精神病院に入院することになった時会いにきてくださった方、同じ意味性認知症の家族では初めてお会いした方です。


前頭側頭葉変性症 つくしの会が誕生してもうすぐ1年になろうとしています。

この会を立ち上げて、ほんとうに良かったと思います。

2年前、若年性認知症家族会、彩星の会に参加するようになって仲間がいる心地良さ、2次会の楽しさを知りました。
もっと身近なところで仲間がいないかと思い続けていましたので、同じ前頭側頭葉変性症の家族の方との出会いはとても嬉しく思いました。

講演会が開催できるようになるとは、思ってもいませんでしたが希望は持っていました。

3月11日のミニ講演会、そして、その後の懇親会。
とても有意義な時間を過ごす事ができました。

懇親会の重要性は、彩星の会の2次会から学んだことです。
新井さんも一緒に楽しい時間をすごすことができました。
嬉しかったです。


はてさて、夫の容態はまだまだ良くありません。
ゆっくりブログを書いている場合ではありません。
これから病院へ行ってきます。

370.入院しました。

3月8日(水)
発熱、誤嚥性肺炎、脱水で入院しました。

いつもの神経内科の外来を受診してからの入院です。

先生は今月で退職なさるので、先月の定期受診でご挨拶したばかりでした。
認知症に関しては特に薬の処方もなかったのですが、通院を続けた事でこの病院に入院できて良かったです。

でも、やっぱり満床のよう・・・・・
携帯で連絡を取って探していただいたのですが、
「個室なら空いていますが、どうしますか?」
と聞かれてしまいました。
「少しの間ならいいです。ずっとは困ります。」
と正直に答えました。

心電図、レントゲン、血液検査等が終わって、ストレッチャーに寝かされ鼻から酸素吸入をして病棟へ向かいました。

病棟の担当医は若い女医さんでした。

看護師さんは若い男性でした。

「若い」と表現するのは私が年だからだと娘に言わたことを思い出しました。

医師より病状説明がありました。
レントゲンや血液検査の数値を一緒に見ながら説明していただきました。

右肺に白い影がありました。
強い炎症所見、炎症により血小板が低下している状態。
肝機能の低下もありました。

思っていたより重症の肺炎。
抗生物質の点滴と経鼻菅栄養をすることに同意しました。

延命措置に関しても聞かれました。


胃ろうに関しては
「肺炎が改善されてから検討しましょう。胃ろうは延命措置ではないと考えています。」
と仰るので前向きになれます。


夫は検査で疲れたのか、眠っていました。
酸素を使ったので呼吸も落ち着いて安心しました。


夕方、ひとりになるのは寂しかったので、孫を学童に迎えに行って帰宅しました。

369.担当者会議・・・入院?

時々、高い熱が出ます。
39度の熱にはびっくりしますが、下がります。
微熱は続いています。
嚥下検査で誤嚥がわかっています。
1日おきに点滴で水分補給をしていますが充分ではありません。
口から、水やゼリーを飲み込むことはできますが誤嚥して咳き込みます。
見るからに日増しに弱ってきました。

そんな中、3月5日は数時間、娘に頼んで若年性認知症家族会 彩星の会の顧問の方の送別会に行ってきました。
夫の容態は心配でしたが、これから長い戦いの時間を前に介護の先輩や仲間に会いたいと思いました。
「胃ろう」についてのお話も聞くことができました。
励ましの言葉もいただきました。
仲間がいることは、ほんとうに心強いです。
行って良かったと思いました。

娘は夫をベットから車椅子に座らせ孫や犬を見せてくれたようですが、弱ってきていることもわかったようです。
「苦しそうだけど大丈夫かな?」
とメールが届く頃は電車の中でした。

3月6日
訪問診療の先生の時間に合わせて、訪問看護師と小規模多機能のケアマネ、看護師が来てくださいました。

診察の後、テーブルに着き、先生のお話、今後の事を話し合いました。

先生から
・これまでの状況
  嚥下検査の結果、経口摂取ができない。
・熱が出ているのは、肺炎を疑う。
・入院して肺炎の治療をするのが先決。
・胃ろうについて

ここで私に「家族としてどう考えるか」
と聞かれました。
・胃ろうをすることで食べる事を諦めるのではなく、胃ろうをしながら嚥下訓練をすることにより回復の可能性もゼロではないと思う。家族として胃ろうを希望する気持ちになっている。ただ、本人がそれを望んでいるかは疑問。
・胃ろうになっても今までと同じように小規模多機能でお世話になりたい。

とお話しました。

先生からは、
ご家族のお気持ちはわかりました。
ただ、認知症の方の場合、胃ろうをしても嚥下機能が回復することは期待できません。
もちろんゼロではありません。
胃ろうをしたからといって、延命になるとも限りません。

というようなお話でした。

小規模多機能の方からは、
できる限り協力したいと思っていますが、もしもの場合先生に来ていただけますか?
という質問がありました。
一番心配な事だったようです。

「行きますよ。ただ制度上収容施設には行かれません。」
と、施設ではなく居宅サービスなので在宅の延長としていて往診可能となるそうです。

「救急車を呼ばずに先生に連絡してください」
と私もお願いしたかったのですが、マニュアルがあるようです。

介護保険が訪問看護を増やすことでオーバーしてしまう問題は
「特別指示書を書きますよ。」
という先生からの提案がありました。

入院すると、この問題も先のこと。
退院してからの相談になります。

詳しい仕組みやどうしてそうなるのか、私には理解できませんが、
良いように考えてくださるので、感謝しています。
制度に関してはややこしいので後にします。

入院に関しては、地元の市内の病院を勧められたのですが、夫がずっと通院していた病院に入院させられないかとお願いすると、「いいですよ。」と先生から手配していただけることになりました。

この話し合い(担当者会議)で医療と介護の両方から支援していただけることがわかって安心しました。

入院は3月8日に神経内科の外来受診後になるようです。
小規模多機能のホーム長さんから、「入院の時は声をかけていただければ行きます。無理をしない方がいいと思います。」と電話をいただきました。
スロープも完成したし、通い慣れた病院なのでひとりで行くつもりでしたが、素直に甘えようと思いました。

368. 2017年3月3日

3月3日でひな祭り、ということをわかっているはずなのに、この日私はもう3月4日とばかり思っていました。
忙しい1日でした。

この日、夫の訪問診療をお願いしたクリニックで私の鍼灸治療の予約がありました。
腰痛治療に試してみたかったのです。
夫の容態や諸事情で諦めかけていたのですが、
小規模多機能の施設長さんにお話すると、手配していただけました。

治療に間に合う時間にベットから連れて行ってくれました。
施設長さんが来てくださいました。
おむつ交換の途中でしたので、そこから全部やっていただきました。
帰りも訪問看護の時間に合わせて送ってくださる、と夢のような話でした。

鍼灸の予約は11時30分。
時間はありましたが、あっという間でした。

訪問看護が入ったことで、介護保険がオーバーしてしまう。
なぜそうなるのか。
どうしたらいいのか。
と、聞いて調べていただいて、答えを頂いて、考えて。

つまり・・・

急に訪問看護が入ることになって、ケアマネさんが困っているのです。
そして、タイミング悪く私も、ベッドは2モーターから3モーターに変更して欲しい。テーブルも欲しい、などとお願いしたものですから、介護保険がオーバーしてしまうのです。

夫は前頭側頭葉変性症、難病指定を受けています。
この医療証を使うと負担額は2割になって月の限度額がウチは1万円です。
これを使うと訪問看護も介護保険になるのだそうです。
で、介護保険の点数オーバーとなるらしいです。

医療費は上限がありますので、負担はその範囲で収まります。
介護保険の部分が小規模多機能の場合どうなるのか。

たとえオーバーしても、食費とか付随する金額がなくなっている状況なのでその分負担金額は減っているはず。

というような話をあちこちと電話で調べていただいたり。。。。。

あっという間に診療時間ギリギリになってしまいました。

初体験の鍼灸治療。

夫の嚥下障害に効果のある鍼灸治療の情報を伝えました。

東北大の研究グループの論文で足三里と大渓というツボで嚥下反射の改善がみられたとか。

鍼灸治療もマッサージも牽引もその他の暖めるとかのリハビリも、効果ありました。
少し楽になりました。
でも、あらあら時間が・・・

2時にベットの交換。
2時半に夫が帰って来て、
3時に訪問看護の点滴です。

さらに、5時に保育園の迎えを頼まれていました。

買い物もしたい、郵便局も・・・・
お昼を食べる時間がない・・・・

なんと忙しい!

夫のオムツ、犬のシートを買って・・・・
おっと、
そら君、3月3日はお誕生日でした。

スーパーでひな祭りのお寿司を買った時も「なんで?昨日なのに」
と3月3日という意識がありませんでした。

気がついたのは、孫娘に言われてからです。
1日狂っていました。

いろいろ忙しいので無理ありません。


スーパーで買い物をして、急いで食事をして、ゆっくり紅茶でも・・・
と、もう福祉用具の方が見えて、ベットの交換。

点滴をしやすいようにベットを移動させていただきました。

終了後、お掃除をしてベットを整えた所で夫のお帰り。

施設長さんは夫をベットまで歩かせてくださいました。
椅子を見ると座りだがる夫を励ましながらの歩行は施設長さんにしかできないと思いました。
とてもお忙しい中送迎していただきました。
余計なことは一言も仰らず忙しそうに戻って行かれました。

そして、
訪問看護です。

点滴がなかなか入らなくなっています。

毎回のことなので、今回はベテランさんが見えて確保していただけました。
固定できたようです。

夫は久しぶりにデイに行って疲れたのか大人しく眠っていました。

点滴の合い間に孫娘を迎えに行きました。
(たぶんです。記憶が曖昧になっています。)

点滴終了の後のヘパリン注入ロックを教えていただきました。

針を抜く事はやっていましたので、次からはこれを私がやる、らしい。

介護も看護もシロウトなのに、やらせてもらえるのが嬉しい。


そう、そう。
住宅改修も同時進行です。
車椅子でリビングから外へ出られるようスロープを造りました。
5日に完成です。

3月3日金曜日
どのタイミングで上の小学生の孫が帰って来て・・・
と思い出す事が出来ません。

夕方、娘が仕事から戻って、一度孫達が隣りへ戻ってから夕食を一緒に、となりました。

重い選択を抱えていましたが、
「胃ろうをしようと思う」
と娘にいうと
「うん、いいんじゃない。」
と即答でした。

夫をベットに寝かせたままでしたが、娘は
「お父さん起きたがっているよ。起こすよ。」
と起こして、車椅子に座らせました。

夫が起きたいと言ったかどうか。
何かしら反応はしていました。

思いがけず、ひま祭りのお食事会の仲間入りです。
テーブルにつくのは久しぶり。
「食べたそうだよ」
というので、ゼリーやら飲み物を用意しました。
手を伸ばしたり、食べたそうな素振りを確かにしていました。
少し口に入れると「やっぱりダメ~」
というように頭を抱えていました。

全員の食事が終わって、歯磨きの後
娘にベットまで戻してもらいました。

疲れたのか、興奮したのか、なかなか眠れなかったようです。
呼吸に元気がないような気がしました。
気になって私もなかなか寝つけませんでした。

「胃ろう」についていろいろ考えました。

367.嚥下検査

2月28日(火)嚥下検査を受けました。
クリニックの先生に外来予約を取って頂き、紹介状を持って総合病院へ行きました。

放射線科で嚥下検査です。

嚥下専門の先生の診察が別にあるのかと思っていました。
エックス線技師のように見えた若い方が先生だったと検査後半にわかりました。

放射線科の前でお兄さん夫婦と一緒に待っているとすぐ呼ばれました。

看護師さんに「食べられないの?」
「いつから?」
「薬を飲む時はどうしてるの?」
と親しみやすい口調で聞かれるままに
インフルエンザの後、飲み込めなくなっていること。
その前まで大盛りをお箸で自分で食べていた事等お話しました。

聞きながらパソコンに打ち込んでいたのが先生でした。

「これから嚥下検査をします。ご家族の方は外でお待ちください。」
と退室しようとして、ふと、
「私が食べさせてもいいですか?」
と聞くと
「食べさせてみますか」と看護師さん。
「では、」と被爆防御の衣装Mサイズを用意していただきました。

飲み込む様子をその場で見ることができます。

横から放射線を当てます。

バリウムのゼリーをひと口。
調子良く口を開けてくれましたが、口に溜めてしまいました。
白い塊が動きません。

バリウム液も口に入れました。
スプーンでひと口の後、自分で紙コップを手に口に入れたのですが、
なかなか飲み込もうとしません。

すぐに吸引されてしまいました。
私は「口の中が綺麗になると次は飲むと思います。」と
どうしても飲んでもらいたくてチャンスをもらいました。

薄めたものを少し飲ませた時か、ストレッチャーに替えて飲ませた時か
やっと「ごくん」と飲む映像が撮れました。

一度切って、暫くしてもう一度映すと
「ここ、誤嚥していますね。」
と喉のところを指して見せてくれました。

さらに、鼻から内視鏡検査です。

声帯の付近まで白いものが見えました。

映像、結果は、クリニックの医師に送られるそうです。
「今後の食事形態を決める為」という検査理由。

「私はなんとも言えません。大丈夫ともいえません。だめともいえません。」
というお答えでした。

食べさせるとしたら、ゼリー状。
それでも誤嚥の可能性はある。
やや寝かせるような角度が気管に入りにくく誤嚥し難いそうです。


看護師さんが
「良くなったら、また検査にきたらいいですよ。」
と気の毒に思ったのか、
「とろみ剤ある?」ととろみ剤を少し持たせてくれました。

お礼を言って、放射線の部屋を出ました。
「40分かかった」
とお兄さんが待っていました。


やっぱり誤嚥していました!

でも、
でも、まだ良くなるような気がするのです。

でも、すこ~~し、
やっぱり、元に戻るのは無理かな~とも思います。

時間がかかっても少しずつ食べられるようになって欲しいです。

水が一番好きなようで、コップから飲んでくれます。
全然飲めない訳ではないのですが水分も栄養も足りません。

咳が出ます。
誤嚥しても咳で出しているので肺炎にはならないでしょうか。

血管が脱水のため細くなってしまって、点滴の時看護師さんが苦労しています。

「胃ろうを考えてください。」
とクリニックの先生(訪問診療医)にいわれています。

まだ早いと思うのですが、きっと考える時間をくださっているのだと思います。

「最初は胃ろうは希望しないという家族も患者の様子を見て胃ろうにする人もいますよ。」
ということです。

確かに、いつまでもいつまでも点滴だけでは水分も栄養も足りずに衰えてしまいます。

胃ろうを造って、嚥下訓練をして食べられるように、ということもできる。

もう少し、夫にもがんばってもらいたいと思います。
食べる事をまだ諦めません。

366.水分だけの1日

昨日の39度の熱は何だったのでしょう?
誤嚥によるものなのか?
何か細菌やウィルスによるものなのか?

熱は下がりました。
といっても37度前後の微熱があります。

「食べられなくて可哀想」
「少しでも栄養を取ってくれたら」
という気持ちで、食べ物飲み物を口から取らせようとしたことは間違だったようです。

食べられないなら、高カロリーのゼリーでも、どろどろの物でも、と思ったのですが、ダメでした。

誤嚥?

咳き込んでしまうのです。

止めました。

水だけにしました。

自分で飲もうとして、ゴックンとできる時と口に貯めてタラ~っと出す時があります。

苦しそうな様子もなく、まぁまぁの表情。

体を動かしたい様子だったので日中は車椅子に乗せていました。

何も食べさせない事はとても不安でした。
すこ~し高カロリーゼリーをあげたら、やっぱり口から出して、その後咳込んでいました。

とても心配ですが、夫は何も食べなくても穏やかな顔です。

明日の訪問診療を待ちます。

下剤も飲ませました。
浣腸をお願いするつもりです。

365.点滴 また熱?・・誤嚥?

23日(木)の休診日に緊急で点滴をしていただいて様子を見ていました。
24日は、チューブに入った栄養ゼリーや経口保水液など水分だけにしました。
朝、どろどろのとろみのご飯を少し口にしたのですが、少しして咳き込んで出してしまいました。
とても水分量も足りていないので、
25日土曜日の午前中の診察時間に点滴に行きました。

早く行かなければ、とあせって立たせようとして、ズルズルと車椅子から腰を落としてしまいました。
隣に住む婿殿に電話で助けを呼ぶと娘と二人ですぐ来てくれたので、車に乗せるところまで手伝ってもらいました。


クリニックで先生に
「どうですか?ゼリーもだめ?」
と聞かれ
「少しでも固形の物は咳き込んでしまいます。」
というと
「嚥下検査を受けられますか?」
と聞かれました。
前にも聞かれましたが、先に伸ばしていました。
今回は、お願いしました。
その場で電話連絡をしていただきました。
嚥下外来は火曜日。
担当医が休みだったので、月曜の訪問診療までに用意してくださるそうです。

診察の後、点滴。

血管が細くなって、なかなか見つからず、
1回目は夫が動いて失敗。
2回目は血管に届かず失敗。
「先生にお願いしようかしら」と看護師さん。
夫は看護師さんが指を骨折して包帯をしているのが気になって、そっと触れていました。

先生が来てくださって、やっと点滴開始できました。

午前中の診察時間が終わって最後になってしまいました。

車椅子での通院も少し慣れて、今ならなんとかできそうです。

「オレンジカフェ」のお誘いの電話をいただいていた事を思い出し、ちょうどいい時間なので顔を出してお礼だけ言ってきました。

スーパーで買い物をして、少しだけ遠回りをして家へ戻りました。
スーパーの駐車場でメールを打っていると、
「早く車を出して」というように、ギアーを両手で動かそうとしていました。

状態は、インフルエンザの前と同じくらい。
支えてなんとか、なんとか足を動かして歩いて、段差は足を上げます。
車から玄関まで、なんとか介助で歩きます。

室内は車椅子になってしまいました。

調子はそれ程悪くなさそうですが、少し寝かせると、また熱が出てしまいました。

39度もあるので、びっくりしました。

でも、口腔ケアをして、水分を少し取らせ、冷やすと38度。
咳が少し出ます。

もう少し時間を置くと37度台まで下がってきました。
苦しそうな様子もないので、解熱剤は使っていません。
解熱剤を飲ませた時の方が苦しそうでした。

夫は私が顔や体を何度も触るので不思議そうな顔でじっと私を見ていました。
穏やかな顔に安心します。

364. また点滴

22日、浣腸を小規模多機能の看護師さんにお願いしました。
朝は、どろどろに濾した食べ物を食べて水分もたくさん取らせました。
訪問リハビリのOTさんは「思ったより元気そう。大丈夫!」とベットから立たせ歩かせて、私の車に乗せるのを手伝ってくださいました。
お昼は、小規模多機能でフードプロセッサーにかけてくださったのですが、ほとんど食べられませんでした。
持参したどろどろの物は食べました。

食後に浣腸。
なかなか出なかったそうですが、入浴前にトイレに座って普通に出たそうです。
ひと安心です。

孫の迎えと世話の仕事が入っていたので、泊まりをお願いしました。


23日、朝9時ころ
夕食、朝食が食べられず、水分も充分取れず、熱が37.7度。
と、小規模多機能の看護師さんからの電話がありました。
すぐに向かいました。

施設長さんと福祉車両等の事でお会いする約束もありました。

小規模多機能の宿泊用の個室は5部屋あります。
101号室のベットに夫はいました。

看護師さんにバイタルを聞きました。
尿量も回数も少ないようです。
受診?・・・休診日です。
少し状態を見て、施設長さんとのお話の後、お医者さんに電話しました。

外出中でしたが、折り返し電話がありました。

点滴は診療所の方がいいだろうということになり、外出先からの到着時間に合わせて向かうことになりました。

昼食は、どろどろのものでも喉を刺激するようです。
呑み込んでもむせて咳き込んでしまいました。
誤嚥が心配になって、止めました。

口の中を持参したスポンジブラシで綺麗にしました。
とろみのものも全部掻き出して綺麗にすると水分も取れました。
自分でコップを手に持って飲んでくれました。

「午後3時半ころ、診療所に到着予定」とお医者さんから電話がありました。
ちょうど、おむつ交換も終わって準備OKでした。

クリニックの前に車を停めると、入り口が開いていました。
看護師さんがいらっしゃるのかと思ったら、先生おひとりでした。

喉を診ていただき、腫れていない、といわれました。


誤嚥?胃ろう?


予期していた話でした。

インフルエンザの後遺症、治る、と信じたいです。


点滴は、すべて先生おひとりでやっていただきました。
(看護師さんの方が上手)
夫には、優しく声をかけてくださいました。
「ちょっと痛いですよ。動かないでくださいね~~」
痛かったらしくビクっと手が動きました。
(前回の看護師さんの時は、ぜ~んぜん、スーッとそのままでした。)
絆創膏の固定はお手伝いしました。

点滴は時間がかかります。
先生はお忙しい。
「ちょっと出ます。何かあったら電話してください。」
戻られると「まだ30分はかかりますね。ちょっとまた出かけます。」

休診のクリニックは静かです。
スマホでyoutubeの音楽を夫と聴いていました。
夫は音楽が好き。
大げさに喜んでくれます。
泣きそうな顔で笑ってくれます。
これを「感情失禁」というらしい。

と、ふと見ると針を挿した腕が腫れているような・・・・
「何かあったら電話して」といわれていたので電話しました。
「すぐ行きます。」
と来ていただけました。

「ああ、腫れちゃいましたね。あ、もう終わりですね。」
と少し残っていましたが、終わりにしていただきました。

訪問診療も27日からスタートすることになりました。
先生から訪問看護師さんに連絡もできました。
偶然、以前にお願いしていた看護師さんでした。

点滴をして、これで少し安心です。

車に乗せることも下ろす事も大丈夫、出来ました!

大丈夫!



363.点滴、浣腸?

インフルエンザは認知症の人には重病のようです。
熱は特効薬のタミフルで下がりましたがなかなか完治しません。
「食べられない」「飲めない」「便が出ない」
20日(月)から通所ができるようになったので、小規模多機能へ早速泊まりをお願いして翌日21日様子を電話で伺うと良い状態ではなかったようです。
すぐに、とりあえず私だけクリニックへ行きました。

このクリニックは整形外科もあって、鍼灸ができることを知ったので私の腰の治療に試してみたいと思っていました。
私の受診のついでに、夫のことを相談受診です。

私の腰は、レントゲンを撮って診断をいただき、鍼灸とリハビリのオーダーを出していただきました。
鍼灸治療の予約ができました。


夫の脱水と便秘のお話をして、午後、点滴と浣腸をお願いすることになりました。

小規模多機能へ迎えに行き「点滴と浣腸」の話をすると
「浣腸、大丈夫ですか?」と聞かれました。

浣腸がどういうものか、どうやってするかもわからず・・・・

説明していただいてわかりました。

つまり、便を出すための環境が個人のクリニックに整っているか、ということです。

「ここならできますよ。」ということも説明していただいてわかりました。

実際、クリニックでお願いしようという場になって、とても大変そうなので小規模多機能でお願いする事にしました。
認知症で体の大きな夫の浣腸をお願いできる物的環境、人的環境が整っていませんでした。
狭いトイレやベッド、側に点滴中の患者さんもいました。
「明日、小規模多機能でやりましょうか?」
と看護師さんにお話すると、ほっとした様子でした。


点滴はできました。
思った以上に大人しく、抵抗することもなく静かでした。
針を入れる時、手を握っていましたが、少しも動きませんでした。
「点滴するからね。」と話しかけたので言葉がわからなくても安心したのかもしれません。
約1時間の点滴。
隣りに座って、スマホで写真や動画を一緒に見ました。
スイスの写真は、わかるのか指で画面をトントンと触っていました。
私が拡大にするのを真似したのかもしれません。

前後します。
浣腸の処方が出て薬局にもらいに行った時、紙コップで水を飲ませて見ました。
ゴクゴクと飲んだので「ワ、飲めるじゃない」といってしまいました。
「飲めません」と聞いて点滴をお願いしたのでした。
良かったです。
飲める!大丈夫!
と嬉しかったです。

点滴が終わる頃は、もう外は真暗でした。

心配した車から玄関まで、ですが、私ひとり、とわかってか頑張ってくれました。
どうにか私の介助で車から下りて、ゆっくりゆっくり歩けました。
遅い時間なら隣りの娘も帰っているので助けてもらえる、と考えていましたがその必要もありませんでした。

玄関の中。
さあ、どうしましょう。
夫を下ろす前に車椅子を下ろして拭いて置いてありました。
一段上。なぜか段差は上ってくれます。
靴のままです。
さあ、車椅子に!
ここまで出来たら拍手です

室内に車椅子を入れるなんて、もっと先のことと思っていました。

入れてみたら、移動がとても楽です。
こうなるとお互い楽な方がいいです。

室内に入ったら安心です。
「お家に帰ったよ~良かったね~」
愛犬そらが喜んでくれます。

で、浣腸は?

小規模多機能にお願いしたまま、結果を聞いていません。

朝、昼、食べさせ飲ませ、様子を見ていました。
4時ごろ、と予定を聞きましたが、孫の用事がありましたので戻ってきました。

な~んとなく便を出したいような素振りだったので、続編お楽しみに!

362.インフルエンザ、その後

2月13日にインフルエンザA型と診断されて、すぐタミフルを飲み始め、翌日には熱は下がりました。
39度の高熱にはびっくりしました。

解熱剤を飲ませました。
解熱剤で汗が出たようです。

看護師さんに着替えの時、「解熱剤を飲ませるなら、タオルを入れますけど、どうしますか?」と聞かれました。
汗をかく様子が苦しそうなので、もう飲ませません。

そういえば、娘が「薬が切れた時が辛い」と言っていたのを後になって思い出しました。

タミフル5日分の処方。
飲みやすいように散剤にしてもらいました。
溶かして飲ませても良いというので、ゼリーと混ぜて口に入れました。

後半になって、飲み込みが悪くなると呑んでくれるタイミングに合わせなければなりませんでした。

なんとかタミフルは飲み終わって来週から通所も許可になりました。

診断された13日(月)から17日(金)までは、小規模多機能から施設長さん、看護師さんに毎日来ていただいていました。
来ていただけるので、私も夫を起こして車椅子に乗せ、テーブルで食事をさせたり、少し歩かせたりできました。
施設長さんは大きな方なので、夫を簡単に歩かせてトイレに座らせ排便を促してくれました。
土日は「大丈夫ですね。」と訪問はお休みでした。
ちょっと心細い。
なんだか夫の動きも悪い。
部屋の中に車椅子を入れて楽になったけれど、ベットから車椅子への移動も難しい。

食事は・・・
喉が痛いのか、口に自分で入れてもなかなか飲み込めません。
全然呑み込めないのではなく、少しなら入るようです。
普通のご飯をお箸で口に入れたので喜んでいたら、「やっぱりダメだ」という感じで頭を抱えて口の動きが止まってしまいました!

咳がまだ出ます。

完治までは、もう少し時間がかかりそうです。

361.インフルエンザA型です。

2月13日の受診、検査でインフルエンザA型の陽性反応が出ました。

2月10日の神経内科受診後、私の腰痛で暫く小規模多機能に泊まりをお願いしました。
11日(土)は車で家まで送っていただいて、12日(日)だけ頑張れば翌週は泊まりの予定でした。

ところが12日(日)どうも様子がおかしい。
ベットから私ひとりでは動かせなくて、座らせたままでいたら動こうとしない。
午後になって熱を測ったら39度もあるのでびっくりしてしまいました。

自分の腰痛受診どころではなくなってしまいました。
11日が祝日だったので13日に受診しようと思っていたのです。

13日は、夫をどうしても診てもらわなくてはなりません。

ひとりで車に乗せるのは無理!
どうしたものか、がんばろうか、小規模多機能にお願いしようかと考えていたら・・・・・

前頭側頭葉変性症つくしの会の会長えいさんから連絡メールがありました。
すぐに電話でお願いしてしまいました。
「いいよ。すぐ行くよ。」
と軽く仰って駆けつけてくださいました。
ほんとうに有難かったです。

クリニックの予約は月曜日なのでいっぱいでした。

えいさんは、すぐに自転車でかけつけてくださいました。

ベッドから立たせて歩かせて車に乗せて、と、とてもとても大変でした。
熱でふらついて歩けないのです。

遅番出勤の娘と3人でやっと歩かせました。
抱えていただいて歩かせて、いつもより丁寧に車に乗せていただきました。

とても、私ひとりで受診は無理でした。

クリニックで受付をしても、すぐには順番も来なくて・・・・・

車椅子を下ろして、車椅子に乗せなくてはならないし・・・・
夫は高熱だし・・・・

えいさんは、待ち時間に、夫のために飲み物を買いに行ってくださいました。

やっと、受付の方に呼びに来ていただいて診察になりました。

胸の音を聞いた後、インフルエンザの検査を再度することになりました。

別室で待機して、
私だけ診察室に呼ばれ「インフルエンザA型」陽性の診断を受けました。

隣りの薬局でタミフルをもらうのも時間がかかりました。

えいさんが夫と待っていてくださったので私だけ行くことができました。
それにしても時間がかかりました。

タミフルがカプセルでは飲み込み難い、と粉薬で出していただいたからかもしれません。

出発から2時間以上時間が経って、もうお昼の時間になっていました。

車椅子から車に乗せていただいて、自宅へ・・・・・・・

さあ、それからも大変でした。
熱でふらついて歩けないのです。

玄関まで、一歩二歩階段を登りました。

「車椅子を入れましょう。」と、えいさん。
なるほど、です。

家の中に車椅子を入れたのは、この日2月13日(月)が初めてです。

狭いので、やっとですが、歩かせるよりずっと楽でした。
えいさんには、ほんとうに感謝!です。

お礼のことばもうまく言えず、「お昼を」もいえないまま
えいさんは、さりげなくお帰りになりました。

夫の熱は13日 39度3分まで上がりました。

小規模多機能へは、すぐに連絡しました。

夕方には、施設長さんと看護師さんが沐浴用品を持って来て下さいました。
全身の清拭とドライシャンプーをしてくださって、ベッドでのオムツ交換の仕方を教えていただきました。

翌日、14日も15日も朝、夕の訪問がありました。

ひとりでは、とても心細いので来てくださるだけでも安心できました。

13日は、ちょうど私の母が同級会があって上京して来る日でした。
「インフルエンザだけど・・・・」
というメールが届かず、良かったのか、到着して迎えに行きました。
1週間の滞在予定でしたが、移っては大変!と2泊3日で元気に帰りました。
曾孫の顔を見て「また来るね」と元気でした。
「福祉車両、買うなら今でしょ」と背中を押されました。

ほんとうは、夏のスイス行きの相談をする予定でした。
行きたいけど無理しないで行ける時に行こう、と前向きな決定にしました。
夏の宿を確保しなければならないのですが、確定できないので予約はできません。
どちらにしろ、夫の状態が落ち着いてから考えることにしました。

13日にインフルエンザと診断され、タミフルを飲んで、熱も下がってきました。
13日の夜は熱があって苦しそうでした。
14日、15日と日増しに良くなっています。
大食いだった夫もさすがに食べられなくなっています。
飲み込みも悪く、口に入れでなかなかゴックンができません。
脱水を心配して水分を取らせるようにしています。

OS1にハチミツを入れてとろみをつけてシャーベット状に凍らせると食べました。
喜んで食べたと聞いたアイスクリームは、タイミングが悪かったのか2口で断念。
栄養補給のゼリーなども試しています。
水分やとろみなら喉を通るようです。

咳が出ますが熱は下がりました。
起きている時間も長くなって、車椅子に乗ってテーブルで食事ができるようになりました。
音楽に合わせて手を動かしていました。
看護師さんの挨拶に答えて頷いていました。
顔見知りの看護師さんは認識できるようです。
男性に対してと態度が違います。

360.通院

家から15分ほどの病院の神経内科に3ヶ月毎に通院しています。
薬もなく「何もできることはありません。」と治療も何もないのですが、難病指定医なので診断書も書いていただいています。

「薬はどうしますか?」という先生でした。
今になってやっとそれは「認知症に薬は必要ない」という考えあってのことだったのではないかと思います。
必要なら家族に聞くことはないはずです。
レミニールも抑肝散もメマリーも効果なかった、と報告書に書かれていました。
私が「薬を止めたい。」といった時も「再開したい。」といった時も薬の量も「まあいいでしょう。」という感じでした。
気にして聞いてみると「薬を止めても変化があるような薬ではありませんよ。」といわれました。

パーキンソンの薬を他のクリニックで処方され、止めた話をした時も「根本的に効く薬はありません。」と薬の処方はありませんでした。

そうなのか。「薬どうしますか?」は飲まなくていいという選択ができるということ。

 小児科で「インフルエンザだった場合タミフルを飲みますか?」と聞かれました。
 これは、飲まなくても良いということ。
 「熱に強い子なので必要ありません。」と断りました。

 夫が入院中、手の指を骨折した時も「整形外科の受診はどうしますか?」と聞かれました。
 「受診しなくても大丈夫です。」と医師はいえませんが大丈夫ということだとわかりました。


「薬、どうしますか?」と家族に任せるのもどうかと思います。
「飲ませない。」と決めるまで時間がかかりました。
副作用についての説明もありませんでした。
何年も認知症治療薬に振り回されてしまいました。
良かったのか悪かったのか今もわかりません。

先生に不満がありましたが、この病院の心理療法士さんを夫が気に入って「治療」と喜んでいたのも通院を続けていた理由です。

精神病院退院後も難病指定の書類等の関係で通院を続けていました。

先生が3月で退職なさるということで今日が最後の診察になりました。

車椅子で診察室に入った夫に「こんにちは」と大きな声でいつになくオーバーアクションで顔を近づけていました。
「無表情で・・・・」と夫の顔を見ると笑って答えていました。
先生は「わかっていますね。」と喜んでいるようでした。
「嫌でも笑います。」とは言えませんでした。


①身体障害者手帳の診断書をお願いしました。
日常の様子、寝返りもできなくなっていることなど報告しました。
状態では1級にも該当するけれど、といいながら、とんでもないことばを口にしたのでびっくりしました。
「廃用症候群によるものと解釈されると認められない。」というのです。
いったい廃用なんて、どうしていえるのでしょう!
「寝たきりにしているわけではありません。脳神経の変性のためだと考えられませんか?」といってしまいました。
D「自分から動かないからねぇ・・・」
私「自分で動こうとしても動けないのです。手は動いて足は動かなかったりアンバランスです。」
D「ま、そう書きますがどう解釈するか、ですね。」

②訪問診療のための診療情報提供書をお願いしました。
画像のCDなどは時間がかかるが、紙の写しなら今日書ける、との事。
身体障害者手帳の診断書の受け取りもあるのでCDもお願いしました。
1週間程でできるそうです。

最後だからか、声も大きくなんだか無理をしているような感じもありました。
夫に何回か「今日が最後ですよ。お元気で」とか挨拶してくださいました。

「ありがとうございました。」と私も何回か挨拶をして退室しました。
次は5月、先生が変わります。

さて、診察が終わって、会計が終わって、9階のレストランで一休み。
コーヒー150円。
かきあげ蕎麦470円。
定食は時間が早かったので、まだでした。

さあ、帰りが困りました。
車椅子から車に乗せる自信がありません。
朝、小規模多機能に迎えに行って、車に乗せる時車椅子から立ち上がれませんでした。
力を入れて夫を持ち上げて腰に負担がかかってしまいました。
「これ以上は止めた方がいい。」と体からの忠告指令!

出入り口付近の看護師さんに
「腰が痛くなってしまいました。どなたか車に乗せるのを手伝っていただけないでしょうか?」
とお願いすると「車をここまでもってきてください。お手伝いします。」
といっていただけました。
夫をお願いして、車を動かして戻りました。
夫は車椅子から立ち上がることはできませんが動きたかったらしく精一杯動いた形跡がありました。
私がいなくなって看護師さんがいたので不安になったようです。
「もう少し後ろに座ってください。」いわれて不満そうな顔をしている所でした。

看護師さん3人に手伝っていただいて車に乗せていただきました。
ついでに車椅子の積み込みもお願いしてしまいました。
感謝です。

でも、これで、私ひとりで車に乗せる自信がすっかりなくなってしまいました。

どうしたものか、小規模多機能のケアマネさんとも相談。
どうしたいかをしっかり決めて伝えなくてはなりません。

359.要介護 5

介護認定の決定通知が届きました。
要介護 5 でした。

認定調査の時、前回より身体能力がかなり落ちていたので予想通りです。

身の回りのほとんどの事が介助なしでは出来ない状態 要介護 5 です。

これより上はありません。
最重度になってしまいました。

要介護 5  納得です。

ここ数日、熱のためか足が上がらなくて歩けなくなっています。
私ひとりでは、車椅子から立たせて車に乗せることが難しくなってきました。

358.歯が欠ける、転ぶ、熱、その他いろいろ・・・

「ブログの更新がないけど・・・」
とご心配いただきました。
理由というより言い訳はいろいろあります。

大きな変化がない時は書くこともないし、何か変化がある時は忙しいし、何もないこともないけど、書く気力がない時も、書く気があっても疲れて書けない時も・・・・

やっぱり、言い訳になってしまいます。

パソコンを開けない日も多くなりました。
アクセス数にびっくりして「今日こそ更新を」と決意しました。



前歯が1本欠けてしましました。
歯の根元の磨き残しが原因です。
シマウマさんの「歯科で褒められた」という話に比べ、大きな違いです。
反省しています。

丈夫な歯なのに、根元から折れたようです。
がりがりと口の中で噛んでいました。

このまま歯が減って行くのは食い止めたい。
小規模多機能で少し大袈裟に嘆いたので、歯科衛生士さんからも歯医者さんに伝えて治療してもらえたようです。

口腔ケアは大事です。
要望は伝えていくようにしたいと思います。

歯が欠けた数日後、熱を出しました。

孫の学校の学級閉鎖に加え、下の孫の発熱が重なって・・・・。
泊まらせていた翌日の朝、38度の熱の連絡がありました。

小規模多機能では、こういう時も見ていただけるので助かります。
「OS1を飲ませますがいいですか?」という連絡でした。

インフルエンザの検査は時間が経過しないと結果が出ません。
孫はインフルエンザではありませんでしたが、通院が必要でした。

夫は翌日受診しましたが、インフルエンザの検査では陰性でした。

その前の日、下の孫の受診があったので、孫を車に乗せ、
次は夫を、と急いで歩かせたためか室内で転んでしまいました。
この時「何かおかしい。息が荒い。」と感じていました。
発熱の兆候はあったようです。
助けに来ていただいた小規模多機能の施設長さんに
「様子を見てください。」とお願いしていましたので熱の連絡に驚くこともありませんでした。
熱で足がふらついていたようです。

インフルエンザではなかった、と安心しました。

お天気が良かったのでドライブをして公園を散歩しました。
夫も車椅子で散歩して嬉しそうでした。
公園のトイレにも入って車に乗せようと・・・・・
車椅子から立ち上がれない
何度か力を貸したのですが、どう持ち上げても立てません。
いつもなら車のドアに手をかけて立ってくれるのですが・・・・
困ってしまいました。

結局、私ひとりでは無理 と諦めて誰か来ないかと待っていました。
静かな公園ですが、土曜日でしたのでいつもより人もいました。
少し待って、若い男性に声をかけてお手伝いをお願いしました。
簡単に立たせていただけました。
良かったです。

でもなんだか自信がなくなってしまいました。
私の車はアウトドア用の車で車高が普通の車より高いので乗る時に足を高く上げなければなりません。
ひとりで車に乗せられなくなってしまったら・・・・・
と不安になってしましました。

「月曜日は迎えをお願いできますか?」と小規模多機能に電話でお願いしました。
でも月曜日になると元気になったので大丈夫!と迎えは断りました。
良かったです。

熱はなかなか下がりません。
小規模多機能の施設長さんから「訪問診療」の話と案内のパンフレットをいただきました。
「通院ができなくなった場合や急に具合が悪くなった場合を考え訪問診療はいかがですか?」
というお話でした。

内科のかかりつけ医が必要になるかもしれない、と訪問診療ができるクリニックを探して考えていました。

まだ通院できそうなので決めていません。
今回の熱で、受診してみました。
「通えなくなったら往診しますよ。」と言っていただけました。
もう少し考えたいと思います。

熱は37度から38度。
抗生物質4日分処方されました。

4日目でやっと平熱36度5分に下がりました。

熱のためか歩行がますます困難になってしまいました。
歩行器を使ってもなかなか足が前へ出ません。
私ひとりでは車の乗り降り、家の中までの歩行介助はもう無理かもしれません。

どうしたらいいのでしょう。

小規模多機能では在宅を支援していただけます。
何処を支援していただくか、しっかり要望を伝えなくてはなりません。

例えば、車での送迎をお願いして、家の中の歩行も介助していただく。
転んだ時、助けに来ていただけるよう待機をお願いする。

他にも
車椅子用のスロープを検討する。
福祉車両や車の改造を検討する。

申し込みをしている特養に現状報告して入所できるよう要望する?
よ~く考えたいと思います。


気分転換に、思い切って日帰りスキーに行ってきました。
「今年はスキーに行きたい。」という希望が叶いました。
3年振りのスキーでした。
楽しかったです。

367.介護ベッドをレンタル開始しました。

13日はえいさんの講演会。
意味性認知症の奥様を介護された経験を民生委員や地域の介護に携わる方等50名程を前に落ち着いてお話されました。
よっちゃんと会場の隅の席で聞かせていただきました。

14日、介護ベッドが搬入されました。
苦手なお掃除と片付け、頑張りました。
リビングに介護ベッドを置くのは抵抗がありましたが決断は早かったです。
1階はLDKワンルームです。
介護ベッドコーナーは、今だけ、ちょっといい感じです。
廃棄してもいいと思っていたソファーもいい位置に今だけ収まっています。

画像


これで階段の転落、転倒の危険はなくなりました。

夫は、もう2階に上ることも、寝室のベッドで寝ることもないでしょう。

いよいよ「重度の認知症の人の介護」という感じです。

ベッドの搬入の時、リビング側から車椅子での出入りをいずれ考えていることを伝えました。
スロープや昇降機などのため寸法を測ってもらいました。
先のことも考えたいと思います。

366.つくしの会の定例会&大掃除・・・・

2017年1月12日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会です。

「若年性認知症の夫と生き抜いて 8000日の夜と朝」
の著者である新井雅江さんが出席されました。

新井さん出席の情報で、よっちゃんも遠くから出席なさることになりました。

もうお一人、初めての方も出席されました。

とても嬉しかったので、記録に残しておきたいと思います。

つくしの会のブログもぜひご覧ください。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
第1回ミニ講演会も新井さんに快諾いただきました。


よっちゃんとえいさんと帰りの駅近くで乾杯できて嬉しかったです。


さて、大掃除・・・

1階のリビングに介護ベットを入れることにしたのです。
大変な大掃除になりました。


夫が転んで額を縫う怪我をしました。
もう怪我はさせたくありません。

階段が危なくなってきました。
9日(月)祝日の朝、階段の上でバランスを崩しそうになりました。

どこか、いつか決断しなければならない、今かも?とその時思いました。
なんとか、なんとか降りました。
これが階段を下りる最後になるかもしれない、と今後の事を考えました。

翌日は10日、平日です。
階段は上るより下りる時が危険です。
もし危険と判断したら、平日なら2階に待機させて小規模多機能に助けを求めることができます。

そんな事を9日は1日中考えていたように思います。
夫がラグビー観戦する姿を見ながら考えていました。

10日の朝、ご機嫌で下に降りようとしていました。
階段の上で、なかなか足が出ないので、
「戻ろっかぁ~」と手を出して方向を変えようとすると
「僕は頑張って行くよ」というように私の手ではなく手すりを掴みました。

たぶん、これが最後、と思って・・・・
見守って・・・・
写真も撮りました。

まだまだ大丈夫のようにも見えましたが、決めました。
階段の転倒は危険です。

11日に連絡して、14日の介護ベット搬入が決まりました。

それで、さあ大変!
大掃除です。

ベットを置きたい場所を空けなければなりません。

頑張りました~~。
やればできるものです。
なんとかなるものです。
どうやって移動しようかと考えていた大きなELのエレクトーン。
動かしてみたら動くので、ズルズルと動かしてしまいました。

お陰でまあまあ綺麗になりました。


今日は満月。

孫「おばあちゃん、今日のお月様綺麗だよ」
私「そうね。 わ、今日、満月!」

良い1日でした。

365.ブログ4周年

新年明けましておめでとうございます。
もう7日になってしまいました。
本日、ブログ開設4周年を迎えました。
もう4年。
早いです。

夫は年末30日から4日まで自宅で過ごす事が出来ました。

母も、娘一家も一緒の賑やかな楽しいお正月でした。

毎日、毎日夕食を一緒に食べていたので疲れたかもしれません。
後半は、夫だけ先に食べてもらって、先に寝てもらいました。
4世代揃っての食卓は圧倒されます。

お天気の良いお正月。
夫と毎日車椅子での散歩やドライブができました。

4日、介護保険更新の認定調査がありました。
調査項目のほとんどが調査不能か不可のようでした。

「10秒立っていられますか?」
「はい、立てます。立たせますね。」
と立たせたら、嫌だったらしくすぐ座ってしまって
「あ~立てませんね~」といわれました。
いいのか悪いのか。
「手を伸ばしてください。」
「あ~伸びませんね~」
と、できないことばかりのようでした。

2年前より身体能力がかなり落ちているのは明らかです。
今は要介護4です。

要介護5になると思いますのでそのつもりでいます。

年末に転んで怪我をさせてしまったこと。
階段の上り下り難しくなってきたこと。
足が上がらなくて歩行に時間がかかってしまうこと。
車にひとりで乗るのが難しくなってきたこと。

だんだん動けなくなってきた事を認めて今後の生活を考えなくてはなりません。

2階の寝室で寝かせるのは、そろそろ難しいかと思います。
といいながらも、毎日がんばって2階に上っています。

怪我をさせてからでは遅い!

室内の移動用に歩行器をレンタルしました。
あまり使えないかと思っていましたが、夫は自分でつかもうとするようになりました。

現在のレンタル福祉用具は3つになりました。
ベットの手すり(たちアップ)。
玄関の昇降支援用手すり(つっぱり棒)。
そしてキャスター(歩行器)

次は介護ベッドを思案中です。

ブログに書きたいことは、たくさんあります。
少しずつ書ける時に書いておきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。

364.転倒!額を縫う

12月26日(月)
いつかは、どこかで怪我もあるかもしれないとは思っていましたが、年末にやってしまいました。
家の中で、額を4針縫う怪我をさせてしまいました。

26日11時ごろだったと思います。
夫は遅い朝食の後、テーブルに座ったままでした。
の~んびりとして、うとうと眠そうにしていました。
そんな夫を見ながら私もソファーに座って、ついウトウト。

眠そうにしていた夫が立ち上がって歩き始めたのは見ていました。

ゆっくりゆっくり歩き出すのも見ていました。

いつもとは違うところに手をついて歩こうとしていました。

ドスン!
と倒れる音にびっくり!

すぐに側に行きました。

「ああ、いたた~~ああ~」
と倒れて血を流す夫。

右の目の上、額が割れてポタポタ出血していました。
あらら~~!

まずは、止血。
運良く、救急用具の入っている引き出しの前でした。
入っているはずの三角巾がありませんでしたが、ガーゼやティッシュはありました。

傷の上から押さえて・・・・

電話、先ずは小規模多機能へ。

夫を起こしてもらわなくてはなりません。
傷の応急処置はできても、床に倒れた夫を立たせる事ができません。

片手は止血のため傷の上を押さえて、片手で電話です。
途中jからスピーカーフォンにしました。
「今、看護師が向かいます。」とお返事の後
「●●もちょうど帰ってきましたので行きます。」
いつも助けてくださる所長さんが来て下さる、良かった!

救急用具の引き出しの中をあせって探して、なんとかバンドエイドでテーピング。
「大丈夫よ」と言うと夫も痛みをあまり感じないのか落ち着いた表情でした。

到着までの時間、なんとか起き上がれないかと試みましたができませんでした。
頭を上に、少しだけ座位にして後ろを支えるのが精一杯でした。
傷はテーピングの上から包帯を巻いて押さえておきました。

傷を縫う必要があること、頭を打っているので念のためCT撮影の必要があること。
ということで、所長さんから救急病院に連絡していただきました。
車で30分程かかる離れた所にある病院ですが、すぐに診て下さるのは有難いです。

病院まで連れて行ってくださった所で、小規模多機能の方と分かれました。
年末の予定もある中、本当に有難かったです。

心配したCTも撮れて、異常なし。

傷は、バキューン、とホッチキスみたいな針、4針で縫合しました。
夫は手を押さえられただけで抵抗できず、「アハハ~」と笑いのような悲鳴だけでした。
痛くても同じように笑っていました。

「痛くても笑います。」と代弁しました。

これで、処置は終わり。
ほっとしました。
「ま、防ぎようはありませんよね。」とお医者さんにいわれました。

年明けに抜糸に行くだけでいいそうです。


なんだか、どっと疲れてしまいました。

この日は、娘の勤務で夜は孫の世話。
夫は泊まりをお願いしました。

夫は食欲もあって元気です。

すこ~しずつ右足が上がらなくなってきています。
なんとか車に乗って、階段も上って2階で寝ています。


363.ジャンパー

今朝、夫にジャンパーを着せながら、ふと思い出しました。

ジャンパー
夫にはお気に入りのジャンパーがありました。
というより、認知症が進んで拘りが強くなっていた頃です。
同じジャンパーを何処へ行くにも着続けていました。
春になって、すっかり暖かくなっても、汗をかいても着ていました。
お気に入りのジャンパーを捨てた日のことを思い出しました。

確か、ブログに書いたはず。
ありました。
2013.6.ですから3年半前になります。

58.猪苗代へ
http://2212-2931.at.webry.info/201306/article_2.html

「あれぇ、はいていたものがない。どこ?」
「ここに置いたのに、ないよ。どこ?」と困った顔。
「汚れちゃったから、捨てたよ。これがあるからいいでしょ。」
とベストを見せたのですが、「これじゃない。」と不満。
「どこへやったの?」
「捨てたよ。」
「どこへ捨てたの?」
「ゴミ箱」

意味がわからなかったようです。
納得できなくて探していました。
何回か「どこ?」「捨てた」を繰り返しました。

大事な物を捨てられてガッカリした様子に可哀想になってしまいました。
でも、捨ててしまったのですから仕方ありません。
実際、破けてもう着られません。
これ以上言われたら、、、
Yさんのように、着られないように切っておこうかと思いました。
ションボリしているだけでした。
「寒くなる前に新しいのを買ってあげるからね。」
といっておきましたが、理解できないみたいでした。

寝る前には諦めたのか「ここに置いて。ふたつ着る(シャツ、ベスト)」
といって、翌朝は涼しいスタイルになって登場しました。
やっと冬のジャンバー卒業です。

と思ったら、家へ帰ってきて違うジャンバーを着ていました。



お気に入りのジャンパーを探していた夫の顔を思い出しました。
言葉の理解ができないので、会話のようで会話ではありません。
「どこ?」といえても「捨てた」「ゴミ箱」は理解できませんでした。

それでも、この頃の言葉が今は懐かしい!


精神病院に入院したのが2014年10月です。
ジャンパーやシャツとベストの拘りスタイルも入院で断ち切られます。
いえ、その少し前には、もう拘りはなくなっていました。
用意された物を着ていました。
トランクスからリハパンになっても抵抗ありませんでした。
いろいろな物の違いが認識できなくなってきていました。(失認?)

失行(使い方がわからなくなる事)は、この病気の症状では現われないらしく物の使い方はだいたい正しくできます。
今でもお箸を使って食べます。
「ジャンパー着て」の意味はわからなくてもジャンパーを見せると手を出します。
靴を見せると履こうとします。
見たくない物は目に入れようとしないので、見て欲しい時は目の前まで物を持って行きます。

右手の肘が少し固くなっています。
左利きで左ばかり使っているからかもしれません。
「麻痺していますね」とMRIを撮りましたが異常ありませんでした。
右手も使っていますので麻痺ではないと思いますが固くならないよう気をつけたいと思います。
今朝、ベットで腕を動かして軽く運動させようとしたら泣きそうな顔で笑っていました。
嬉しくても痛くても笑うのでどちらかわかりません。
本当に痛い時は「いたい」と声が出るようです。

ジャンパーを着せる時は右手から袖を通すと左は楽に腕が通せました。

ジャンパーを着て、外へ出られる事がわかると嬉しそうに靴を履きました。
靴をつっかける、という感じです。
かかとを入れてあげないとそのままかかとをつぶして歩きます。

ゆっくりゆっくり車に乗って、泣きそうな顔で笑っていました。
ドライブが一番好きなようです。

362.温泉旅行に行ってきました。

学生時代の友人に誘われて6人で温泉に行ってきました。
福井県の芦原温泉。
羽田から小松空港、空港から宿の送迎バスです。
豪華な夕食のついた格安ツアーでした。

夫は前日から小規模多機能へ泊まりをお願いしました。
翌日も用事があって、連続5泊になりました。

少し心配でした。
ずっと同じ所に座って、車の乗り降りや階段の上り下りをしないで、歩けなくならならないか、と。

心配無用でした。

1泊も5泊も変わりないようでした。
今回は宿泊の人数が定員の5人を越えたので、ソファーベッドで対応していただいたそうです。
個室は5部屋。
緊急時にソファーベッドで対応していただけるのは有難いです。

車にひとりで乗る事も下りて歩く事も旅行前と変わりない様子。
階段も上り下りできました。

どれも、少しずつ危なっかしくなっています。
でも、極端に何かできなくなったこともなく安心しました。

スタッフに恵まれています。
明るく夫を笑わせて喜んでくださる方。
上手に歩かせくださる方。
優しく車椅子を提供してくださる方。
皆さんいつも笑顔です。

夫も笑顔になります。

迎えに行って、いつもと変わらない様子に安心しました。

頑張らない介護、です。

361.おむつの工夫

夫の場合、失禁は突然でした。
2年前の6月だったと思います。
雨の中、転んで手を骨折したのがきっかけでした。
それまで、外出先での放尿が悩みの種でした。

時間のずれや失認など認知症の症状も急に進んで、トランクスからリハパンに変えても抵抗がありませんでした。
濡れた事もパンツの違いもわからなくなっていました。

診断後5年、やっと介護の入り口に来たと思いました。
残念ながら私の大腸がんの入院が決まって、夫も進められていた精神病院に入院しました。

まだトイレに誘導すると出ていましたが、最初の病院はなかなかそれができませんでした。
夜のおむつは早い時間から3人がかりで厳重にされていました。
転院した病院では、トイレに座らせ時々出て、夜のおむつも工夫されていました。

前置きが長くなりました。

退院後、自宅介護となってから夜の尿量が多くて大変でした。
小規模多機能型の所長さんにオムツの当て方を教えていただきました。
ご自身の体におむつを当てて見本を見せてくださいました。
それでも、自宅では、うまくいったりいかなかったりで、毎朝スリルでした。

夏までは、「洗濯すればいいだけ」とあまり苦になりませんでした。
「今日こそは」としっかりがんばっているつもりでした。
時々失敗する程度でした。

その「時々」が偶然2日続いてしまいました。
それも寒くなって雨が続いた日、なんと掛け布団まで~

洗える布団ですが、連日の雨は辛い。
コインランドリーというのを知って解決できました。
ほっかほかに乾燥できました。

「3日続いたら、もう無理かも~」とチラっと思いました。

そんな時に、Yさんのブログでノアさんからスウェーデン製のおむつの情報をいただきました。

スウェーデン製のおむつは、どこかで聞いた事がありました。

早速、サンプルを申し込みました。
このサンプル、3種類3枚ずつ合計9枚も無料です。
なんと太っ腹!
有難い!

そして丁寧に当て方の手順が写真で説明されていました。

この当て方にポイントがありました。
1度だけ漏れてしまったのは、当て方が間違っていたようです。
×印がついた当て方だったようです。

ポイントを押さえた当て方をすると、支給されているオムツでも大成功です。

スウェーデン製のおむつは、サラサラで肌にも良さそうです。
高価です。

自治体から毎月現物支給を受けています。
当て方のちょっとした工夫で、洗濯の悩みは解消されました。


シマウマさんから教えていただいた「臭わない包み方」も実践しています。