607.自動車税減免の更新手続き

自動車税(種別割)減免(下肢等障害者用)の更新手続きについて
という書類が来ました。

翌年度の自動車税減免を受けるために
「減免更新申立書」の提出が必要です。

夫は身体障害者手帳2級です。
変更なしに○をつけて、
納税義務者である私の名前、電話番号、日付を記入して提出です。

精神障害者福祉手帳1級の場合は、自立支援医療受給者証のコピーが必要になります。

これは、東京都都税事務センターの手続きですので、地方によって違うかもしれません。

夫は、自立支援医療証の更新を今年から止めました。
マル障(心身障害者医療費助成制度)が使えるようになったからです。


障害者が施設入所、入院中の場合は原則として減免対象になりません。
という一文があって
(ただし、入所先から通院している場合等は、、、)と。

特養入所した昨年問い合わせしました。
私の車は、夫を乗せる為の福祉車両です。
通院や外出で夫を乗せているのですから、減免対象になって当然だと思います。

問い合わせると、入所先の証明書があれば、減免になるとのこと。
特養で、証明書に印鑑を貰って提出しました。

簡単ですが、提出しないと減免になりません。


いろいろな制度の支援が受けられ有り難いです。

もし、まだ利用なさっていない方、参考になれば幸いです。

そして、この自動車税減免もですが、
精神障害者福祉手帳2級で受けられないことが残念です。

前頭側頭葉変性症の精神症状が、医師によっては、軽く診断書に書かれてしまい、重症なのに2級の診断、というのもとても残念です。
夫も、長い間2級のままでした。

私自身も、家族の欲目もあって、思っているよりずっと重症なのだと気づくのは遅かったです。

精神障害1級で自立支援医療証があれば、自動車税減免になります。

自動車税減免の事も、もう少し早く知って、早く手続きをしていたら、と思ったこともあります。
手続きをしたのは、身体障害者手帳取得がきっかけでした。
「今すぐに」と窓口で勧められたのです。
結果として、身体障害なら自立支援のコピー提出の必要がない、というだけも簡単で良かったです。


さて、今できることをします。

郵便料金を確認して、82円切手に2円切手を足して投函します。

606.訪問マッサージ、始まりました。

10月9日(水)から、特養での訪問マッサージが始められました。

これから、週3回、月、水、金 の午後の予定です。

9日、11日と2回受けました。

最初の予定では、火、木、土と聞いていましたが、調整した結果のようです。

つくしの会定例会とだぶらず、良かったです。

10日が開始予定でしたので「私が来られませんが、よろしくお願いします」と特養の相談員さんにもスタッフにも伝えて周知していただいていたのです。

なるべく立ち合いたいと思います。

「もう、無理はしない」と決めていますので、
行かれない日は、お願いするつもりです。

夫は、マッサージを嫌がる様子も痛がる様子もなく穏やかです。
マッサージ師さんの顔をチラチラーっと見て、
私に「誰?」というように目で話をするので
「Kさんよ。覚えているでしょ?」
と笑うと、ジーっと見ていました。

覚えていると思います。
覚えていなくても、受け入れているのがわかります。

このマッサージ師Kさんに再びお願いできるようになって、ほんとうに良かったです。

幸せな気分になりました。


605.前頭側頭葉変性症つくしの会10月定例会

10月10日(木)
毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

参加人数が増えて、嬉しい悲鳴です。
3人で始めた仲間の会が大きくなりました。
今回は19名の出席でした。

会場を先月から変更して、安心していたら、オーナーの方に理解されていなかったのか、
気持ち良く受け入れていただいていないのかな?
と思うような電話が会長えいさんの所にあったそうです。

ランチを食べながらの会。
「注文を事前にまとめて」とか
「時間は、2時間以内で」といわれたそうです。
ごもっともなのですが、、、

「どうしましょう?」
「場所は、いいけど時間制限は、困りますね。」
「今日は、できるだけお店のいう通りにしましょう。」
と、会長えいさんと話しながら向かいました。


お店に入って、予約してある奥の部屋に行くと、
20名で予約してあるはずなのに、15名の席が作られていて、
座る席の指示を任されていた私は、少し焦ってしまいました。

椅子、テーブルを追加しつつ、名札を出して、
「こちらにどうぞ」と初めての参加の方をご案内するのが精一杯でした。

今回は、四国からの参加、入会の方を迎えました。

前頭側頭葉変性症は、若年性認知症なので、高齢者の認知症とは違いますし、
アルツハイマー型認知症認知症とも症状が違うため、
「認知症介護者」という集まりに行っても、
「若年性認知症」の集まりに行っても、「何か違う」という気持ちになることがありました。

高齢者の認知症の介護者の会では、
「それ、認知症じゃないでしょう?」
と言われたこともありました。

つくしの会の仲間も、同じような経験をしているようです。

新しい方のお話に「そう、そう」と大きく頷いて聞いていました。

月1回のこの日を楽しみにしているのは、私だけではないようです。

「この会があって良かったです」
と言われ嬉しくなりました。

困っている話も仲間と話して笑い話のようにも、自慢話のようにもなります。
話は尽きません。


お店との約束の時間内にと私が早めに声をかけると、
「まだ大丈夫」と、えいさんに言われ、すぐ座り直す程、
皆さんまだまだお話が続きました。

もちろん、約束の時間には退出しました。
継続を心配しましたが、お店の方も好印象でした。

二次会の話も事前にあったので、10名がそのまま駅前の居酒屋に移動しました。

アルコールも入って、ますます話が弾みました。

次は、26日の「介護体験発表会」です。
新潟の仲間の参加も、とても楽しみにしています。




604.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月3日
相談員さんから「訪問マッサージが受けられる」と聞きました。

嬉しくなって、すぐに以前のマッサージ師Kさんにお願いしたい、と思いました。


すぐに、夫の部屋から以前お世話になっていた小規模多機能に電話をして、連絡先を聞きました。

夫が急に歩行困難になった頃から、施設と自宅でマッサージをお願いしていました。

「特養に入所したら、週3回にしましょう。」と提案いただいていました。


「特養で訪問マッサージをお願いしたいのです。」
とお話すると、
「施設で受け入れは、同意されていますか?」
と気になさっていました。
「やっと、今日許可が出ました!」


「では、特養に伺います」

と、6日(日)に来ていいただけることになりました。


10月6日
特養玄関で待ち合わせです。
2018年2月に夫が特養入所して、1度公園でお会いして以来です。

変わらない穏やかな笑顔に安心します。


手続きに関しては、代理で全てやってくださるそうです。
有り難いです。

後期高齢者医療証(保険証)
心身障害者医療費助成(マル障)
診察券
のコピー

必要な書類を渡してお願いしました。

夫の体も、ベッドで診ていただきました。
右手と左足が固くなっているそうです。
左足を少しマッサージしただけで、膝が伸びて、顔もほんのり赤くなっていました。


当分は、週3回、お願いしました。

夫は、自宅でマッサージを受けていた頃より痩せてしまいました。
覚えているのか、嫌がる様子もなく穏やかな顔です。

Kさんとの会話も心地良さそうに聞いているようでした。


週3回の訪問マッサージが受けられるようになりました。
私が行かれなくても、やってくださるそうです。
安心しました。


また、一歩前進できました!


603.特養で訪問マッサージを受けられるようになる

10月3日
特養の夫の部屋に相談員さんが見えました。
「訪問マッサージの件ですが、」
とお話をゆっくり始めました。


夫の入所している特養では、訪問マッサージを受け入れていませんでした。

夫だけではなく、訪問マッサージの業者の出入りを断っていたそうです。

問題なく受け入れている特養もあるので、どうしてなのか、その理由を聞いてから次の行動を考えるつもりでした。

施設の方針で受け入れないのであれば、施設の方にお願いしようと思うのですが、そうではないようでした。


「制度上の事」をはっきりさせていなかっただけのようです。



私、知っていました!
特養で医療保険を使った訪問マッサージを受ける事は、医師の同意書があれば可能です。

つくしの会の会長えいさんの奥様も特養で訪問マッサージを受けています。
仲間の存在は、なんと心強いことでしょう!
えいさんは、つくしの会を3人で立ち上げた時の「ももさん」からの情報で
「特養で訪問マッサージが受けられる」と知ったのでした。


「医療上必要であるという診断、指示(同意書)が必要」
という相談員さんの真剣な説明も、嬉しくなってニヤニヤと聞いてしまいました。

「特養の医師は、内科医なので、専門医に同意書を書いてもらえますか?」
と、心配そうに仰るので、
「はい、大丈夫です。神経内科の先生は必要書類を、すぐ書いてくださいます。」
と答えました。


特養の医師が「マッサージを必要と判断しにくい」という理由で、同意書を書かないケースもあるようです。
夫の特養の医師は、内科医ですが、直接お話できればご理解いただけそうな気がします。

相談員さんの調べた書類に
「専門医が望ましい」という一文があるのでしょう。
「専門医の依頼が困難な場合、歯科以外の医師なら良い」と、あったように記憶しています。


関節拘縮、筋萎縮(筋力低下)とか、関節可動域拡大とか、難しい専門用語があるようですが、
体が固くならないように、専門的に医療マッサージをお願いしたいだけなのです。
「機能訓練指導員」による個別マッサージは、実際にはとても手が回りません。
訪問マッサージ、できたら嬉しいです。


相談員さんから、「訪問マッサージ導入可能」の報告を受け、喜んでお礼を言いました。

前に進むことができました!

特養で訪問マッサージが受けられます。

つづきます。

602.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月、やっと、やっと
特養で訪問マッサージが受けられるようになりました。
ここまでの経過を残そうと思います。

黙っていては、実現できなかったと思います。

2017年2月に特養に入所して以来、
訪問マッサージを受けたいと希望を伝えていました。
遠慮がちに伝えてきたつもりです。


特養に入所する前は、在宅で週2回の訪問マッサージを受けていました。
「施設入所すると動きも少なくなるので週3回増やしましょう」
と、マッサージの先生から聞いていたのですが、特養で受け入れられず中断していました。

入所の時の相談員さんのお話では、自治体からの反対で受け入れられない、というお話でした。
特養の考えで拒絶しているわけでもないので、希望はありそうでした。

その後、OTさんが入って、機能訓練費も加算されましたが、120名以上の入居者に対し1名ですので、個別リハビリが十分とはいえません。

ケアマネさんにも、ケアプラン作成の都度、希望を伝えていました。
伝えたつもりですが、そのままでした。
私も、不満に思いながらも、日頃の感謝の気持ちもあって、強く言えないままになっていました。

でも、
夫の右手が固く動かなくなってきて、とても気になっていました。
筋力も衰えています。
面会の都度、私なりに触れたり揉んだり擦ったり動かしたり、「タクティールケア」を試してみたりしていました。


OTさんも、お会いする度に夫に触れ、私の話も聞いてくださいました。
今回「訪問マッサージをお願いしたい」というお話をしました。
9月末だったと思います。
「制度上の事はわからないので、相談員さんにもう一度お話して見てください。」
と言われ、訪問マッサージを入れることには、
「そうですね。良いと思います。」
と、賛成していただけたので安心しました。


制度上、できないことはない、というのは調べればわかることです。
解釈は、いろいろですが、訪問マッサージを導入してはいけないという項目はどこにもないのです。
良いとも悪いとも書かれていないのです。

ちょうど翌日、
家族懇親会(消費税増税に伴う負担金増額の説明会)があって、施設長さんからの
「施設改善のために、要望に答えたい」
というお話もあり、きっかけになりました。
家族懇親会の後、相談員さんと「訪問マッサージについて」お話できました。

「入院もあって、以前より体が固くなっているので、専門家による医療マッサージをお願いしたい」
「他の特養で受け入れているのに、どうして訪問マッサージができないのか教えていただきたい」
「生活の中のリハビリは有り難いが、介護スタッフの負担を増やすのではなく、個別にマッサージをお願いしたい」
というお話を聞いていただきました。


「必ず調べてお返事しますので、少し時間をください」
というお話でした。


私も、今回は納得が行くまで動くつもりでした。



つづきます。。。
今日は、ここまで。



601.父の7回忌と夫の6年

9月22日(日)父の命日に7回忌法要をしました。

小さな城下町の中のお寺に、親族が集まりました。

6年前、2013年9月22日 お彼岸に父が旅立ちました。

6年前の夫は·····
ブログに記録が「父の死と夫」と題して残っていました。
https://2212-2931.at.webry.info/201310/article_1.html
お彼岸で夫のきょうだいとのお墓参りの帰りでした。
私には、その時がわかっていましたが、夫の予定変更はできませんでした。

このころ、すでに重症な段階であるという認識がありませんでした。
まだ、普通、ではないにしろ何とか生活していると思っていました。

診断から4年。
夫は葬儀参列どころではありませんでした。
急な予定変更が受け入れられず、困りました。
ケアマネが決まっただけで支援に繋がっていませんでした。
夫の兄、姉夫婦のお世話になりました。
感謝しています。

白い布団の父も目に入らず、携帯の充電をしようとして、驚きました!

姉の家で夜散歩に出て困らせました。

この後から、デイサービスを利用しようとしましたが、なかなか上手く行きませんでした。
このころ、まだ私に「介護している」という自覚もないまま、夫は線路に入って保護される等問題行動が多発しました。
翌年、急に進行して、
精神病院入院を勧められる状況の中、「奇跡の発表会」でフルート演奏。

夫のきょうだいの協力のお陰で、私は友人7人とスイスへ記念旅行もできました。
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スイスまでコンビニの定員さんから支払い不足の連絡が入りました。
精神病院入院を考える程の状態の夫を託しての海外旅行。
直前に、手の骨折もあって、突然、失禁が始まっていました。
ほんとうに、夫のきょうだいご夫婦には、感謝しています。

2014年
父の1周忌は、夫の兄夫婦が我が家に泊まって世話をしてくれました。
http://2212-2931.at.webry.info/201409/article_5.html
この頃は、ますます言葉が通じない上、自分勝手な行動もパワーアップ、失禁もあって、さらに大変だったと思います。
お世話になりました。

診断から5年。
2014年10月に、私の入院をきっかけに、夫は精神病院に医療保護入院となりました。

2013年に父が亡くなった年から2014年の入院までは、とても変化が大きかったようです。
捜索願いや通報はあっても、訴えられる事もなく、事故にも合わず、良く無事だったと思います。
エピソードは、たくさんあります。

入院する頃には、病気の進行もあって、行動もいくらかは鈍くなっていたようにも思います。

2015年
父の3周忌は8月、夏休みでした。
命日9月22日には思い出してブログを書いています。
http://2212-2931.at.webry.info/201509/article_5.html
入院が長くなって、療養型病院に転院していました。

精神病院での生活も、とても長く感じられましたが、合計1年1ヶ月でした。

2015年12月に退院して、在宅介護開始。
小規模多機能と老健と1ヶ月交替で、という提案でしたが、
孫の保育の為、老健に2016年3月まで3ヶ月入所。

2016年3月末から2018年2月まで約2年、
小規模多機能を利用させていただきました。
通所も泊まりも訪問も、時にはリハビリ指導もお世話になりました。

急な歩行困難と急な嚥下困難、身体的な急激な衰え。
「意味性認知症(SD)」でこの症状?
別の医師に「進行性核上性麻痺(PSP)」という診断をいただきました。
脳の神経性難病であることに変わりありません。
分類がはっきりせず、診断名に過ぎない、と思っています。
「前頭側頭葉変成症(FTLD)」という括りにもなります。
進行性の不治の病、難病です。
急激な身体症状もPSPなら納得です。

2017年4月に「胃ろう」にしました。

2018年の大雪の雪かきで腱鞘炎になった事で一区切り。
夫は、市内の「特別養護老人ホーム」へ入所しました。
入所して1年半。
早いように思います。

安定した生活に感謝です。

2019年
父の7回忌に、夫の6年を振り返りました。

時の流れは、平等なはずなのに長く感じられたり、短く感じたりします。
「もうすぐ小学生」だった孫は「もうすぐ中学生」
孫の数も増えました。


6年は、これくらいの時間?

夫の姿は変化しましたが、特養で手厚い介護看護を受け、穏やかです。
有り難いです。

600.特養の音楽療法と夫

毎週火曜日の10時40分頃から、音楽療法があります。

夫の「ケアプラン」では「音楽療法参加」になっていますが、
私が行くまで寝かされている日も多く、私が行かれない日は、どうなのか?

遅れてでも参加させていただいているようです。
私もなるべく参加したいと思っています。


音楽療法
キーボードの伴奏に合わせて、マイクを持って順番に歌っています。
夫は、歌えません。

曲によって、反応する時もあります。
どうにも古ーい古い曲は、反応なしです。

古い曲も繰り返すと、だいぶ覚えて来ましたが、
今回は「え?いつの曲?」と聴いたこともない曲を皆さんで歌っていました。

夫より若い方が、ひとりいて、やっぱりキョトンとなさっていました。

少し年代の差を感じる時間です。
その若い方の好きな「翼をください」は、
他の皆さんには、馴染みのない曲のようです。

なるべく皆さんに楽しんで参加してもらいたいと
音楽療法の先生も曲を選んで、歌詞の用意もしているようです。

夫は、先生の動きを目で追ったり、話しかけられると
じっと先生を見つめていました。
毎週同じように声をかけていただくので、わかっているようにも見えます。

毎月、コンサートも開かれます。

生の演奏は、音に反応するのか泣きそうな顔で反応します。
わたしも今月月末のコンサートを楽しみにしています。

599.孫と新潟へ

夫が特養で落ち着いているので安心して出かけられます。
在宅の頃のように、宿泊のお願いに頭を悩ませる必要がないのは有り難いです。


3番孫との約束があった事、
22日の法事の前に準備の確認をしたかった事、
ついでに、敬老の日でもある事

等、理由をつけて、9月14日から16日、新潟の実家へ孫と一緒に行って来ました。

一番の目的は、3番孫との初めての旅でした。

孫は、日頃、車での移動ばかりで電車もバスも経験がほとんどありません。

前回は、直前に迷子の恐怖でキャンセルしてしまいました。

今回は、張り切っていました。
初めて新幹線に乗りました。

4歳の男の子。
親兄弟と離れての初めての旅は、楽しかったようです。

「お弁当を買って新幹線で食べたい」
「水族館に行きたい」
という希望も叶えられました。

何よりも、私の母「新潟のおばあちゃん」が喜んでくれた事が良かったです。
「ひとりで良く来たね」と何回も褒められていました。
3番孫は、いろいろ子どもらしい発言で笑わせていました。
会話も微笑ましいものでした。


短い時間に、法事の準備の話もできました。
まだまだ母は元気です。

こんなに喜ぶなら、また孫を連れて行きたいと思ったり、
一緒に暮らすことも可能ではないかと思ったりしています。


有り難い事です。

598. 風邪 (私です)

珍しく風邪を引きました。
もう治ります。

いつも、「来たかな?」という段階で追い出して
「私、風邪は引きません」と強がりを言っていましたが、
今年、もう2度目の風邪です。

1回目は、スイスから帰ってすぐ。
そして、今回、新潟に孫と行った後からです。

軽い喉の痛み
この段階でひどくならないで治る予定でした。
治ったかのようにも思えたのです。

反省しました。

体力が落ちています。
免疫力が落ちています。

運動不足です。

もうひとつ。

水分不足です。

気がつくのが遅かったです。

5日つくしの会の役員会の最中、咳が止まらなくて心配をかけてしまいました。

前の晩、寝てから咳が出ていました。
ゲホゲホッッと意志に反して強い咳が出て、息ができないほど。

一瞬、呼吸が苦しく「風邪も大変なもんだ」と変に感心しました。
「高齢者や体の弱っている人は、このまま息ができなくなるかな?」
と、ちょっとだけ思いました。
私も今年から高齢者です。

台風による気圧の変化も関係しているかもしれません。


役員会の後は、寄り道をせずまっすぐ家へ帰って安静にしていました。

隣に娘がいて、夕飯を作ってもらえるので助かります。
「顔色悪いよ。」と言われてしまいました。
どこかの景品でもらったという子供用の栄養ドリンクを出してくれました。

家にあって飲んでいなかったサプリメントも飲みました。
水分も取って、早く、たぶん早く寝たと思います。

翌日からは、快方に向かっています。

夫が特養にいるので、こういう時も安心です。
在宅なら無理をしてしまうかもしれません。
そもそも風邪を引いていられなかったです。



「安静に」をいいことに、何もせず、いろいろなブログを読んでいました。

ゆっくり体を休ませ自然治癒です。

元気回復です。\(^_^)/


体力を維持するために、もう少し体を動かそうと思いました。




597. 通院日

9月5日(木)は、久しぶりの神経内科の通院日でした。

特養の事務所に保険証や医療証など一式を預けてあります。
事前に声をかけて確認の必要があります。

少し前に「受診届け」のような用紙を記入して、ケアマネさんにお話をして、前日にも確認しました。

準備の時間の都合もありますので、介護スタッフにも出発時間をお話しました。
看護師さんにも、胃ろうの事があるのでお話しました。

久しぶりに、私の福祉車両の出番です。
夏の間、暑かったこともあって車に乗せていませんでした。

久しぶりのドライブ🎶🚗💨🎶喜んでいたのか、声が出ていました。

久しぶりの病院は、駐車場が満車でした。
列に並んで、誘導の係の方に「正面で車椅子の人を降ろしたいのですが」というと「また最後尾並んでいただきますよ」というのです。
「どうしたらいいのですか?」と困って聞きました。
「ここで降ろしていいですよ」というので、びっくりです。
「いいのかな~?」と思いましたが、係の人がいいというのですから即実行です。
後ろに並ぶ車を少し気にしながらも、急いで急いで、といっても、スロープを降ろして、いろいろ装置があって慌てました。
でも、いつもこの作業の私、カッコいいと自分で思っています。(^-^)/
大急ぎで走って夫を通路まで連れて行きました。
「あ、そうか、待っていられますか?」と係の方。
「待たせます」仕方ないです。
駐車場に車を入れるまで、夫は不満顔?で待っていました。
立ち上がる事もできないので、そのままでした。

駐車場が混んでいる日は、診察も会計も混んでいて時間がかかりました。

久しぶりの受診だったので、最初のカード受付も窓口に行く必要がありました。


久しぶりの診察。
治療は、特にありません。
夫に胃ろうを勧めてくださって以来、あの入院以来診ていただいている先生です。
最初の先生は、定年退職なさって、違う先生に引き継がれる予定だった所を私がお願いしました。
夫もお気に入りの先生です。

指定難病や障害手帳等の診断書を書いていただくために、定期的に診ていただいています。

前回は、入院中にお会いしていたので通院日を予定より先に伸ばしていただきました。

前々から「私、変わるかもしれませんので」とおっしゃっていましたが、今回も「あまり先になると引き継ぎが困るので」とおっしゃって、次回は12月になりました。

夫は、先生の手を左手でしっかり握りました。❤
右手は握る力もなくなっています。
夫の手を握ったままパソコンを打ち込んでいた先生。
「エリキュースは止めましたよね」
と、私が言い忘れた事も確認されました。
特養の先生に「止めましょう」と言っていただいて止めた事を報告しました。

「また来てくださいね」と夫に声をかけていただいて終わりになりました。


会計は、電光掲示板ではなく、窓口で番号を呼ばれます。
時間がかかるのは、いつもですが、今回はいつもより遅くて、遅い番号が次々呼ばれていました。

恐る恐る「あの~この番号で待っているのですが~」というと
「これは電光掲示板で、もうとっくに出ていますよ。」というのです。
「え?マル障でもですか?」というと、やっと調べていただけました。

難病のノートを出さなかった事が原因だったようです。
「毎回、必ず出してください。」と、まるで私が悪いように言われたので、
「毎回、『出してください。』と言われるのに、今回は言われなかったですぅ😡」と言いました。😠
ほんとにそうなのです。
マル障で無料になって、必要ないかと思ったのです。
「自立支援は?」と聞かれたので「マル障が使えますので更新していません」と答えました。

「遅くなってすみませんでした」と素早く処理していただけました。
怒りません、私。

でも、次からは黙って待っていないで、早く聞こうと思いました。


思ったより時間がかかったので、まっすぐ特養へ戻りました。


夫は、特養の自分のベッドが一番安心できるようです。
胃ろう注入に来た担当看護師さんに「疲れたよ」といういうに訴えるような顔をしていました。


596. つくしの会の交流会

前頭側頭葉変性症つくしの会
8月29日(木)久しぶりの交流会でした。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/blog-entry-123.html

最初の交流会を思い出して、記事を読んでみました。
https://2212-2931.at.webry.info/201604/article_7.html

「自然の流れ」という言葉を、会長えいさんと今も良く使っています。
この記事で、すでに使われていますので、設立当初からの言葉のようです。
2016年4月です。


本人も仲間も一緒に公園でお昼を食べて楽しく過ごす交流会。

いつも一番喜んでいるのは私のようでした。

夫は、残念ながらこの頃から急に歩行困難の症状が出て、急速に症状が進みました。
「意味性認知症でこの症状は出るのか?」という疑問は、この頃からありました。
それでも、ブログの記録を読むと楽しそうです。

車椅子で参加するようになった夫です。
一緒にお昼を食べて楽しむ事ができている間は、「参加して良かった」と思いました。
胃ろうになって全介助になってからも、えいさんにお世話になりながら参加していましたが、さすがに、本人には負担も多いと判断して私だけの参加になりました。

夫がもっと元気な頃から、こういう交流会に参加したかった、同じ思いの人がいるはず、という私の強い思いがありました。


交流会に参加していた本人で、夫以外の方も、それぞれ参加が難しくなってしばらくお休みにしていました。



つくしの会の定例会に参加される方が増えましたので「希望があれば開きましょう」と役員会で話が出ていました。
「希望があれば」なので、難しいかと思っていました。
会長えいさんは、決断が早いです。

つくしの会のホームページに載せて、申込みを受け、開催となりました。

2組のご夫婦と遠方にご両親がいらっしゃる娘さん、会長えいさんと私の7人。
初めての方と思っていたら、彩星の会でお会いしたことがあるご夫婦でした。

会場は、いつもと同じ場所。
花とみどりの文化センターでお昼を食べてから、昭和記念公園でパークトレーンに乗りました。

私は、アルツハイマーから前頭側頭葉変性症と診断されたというご主人、介護されている奥様と同じ席になって、いろいろお話しました。
この方も彩星の会からでした。

パークトレーンで1周して、全員で西立川口へ向かい、立川駅で解散になりました。


終わった後の「反省会」🍺✨🍺に、娘さんもお誘いして、昼の居酒屋へ
次の定例会の二次会の下見も兼ねての「交流会反省会」でした。

娘さんのお父さんは、SDと診断され8年。
お母さんにもっと旅行など楽しんでもらいたいという優しい娘さんでした。
穏やかなSDらしいエピソードもあって、お母さんの努力の成果も感じられました。
ぜひ、直接お会いしてお話をしたいと思っています。



「交流会」の昭和記念公園
私は「シニア割引」でした。
夫と一緒なら、手帳で駐車料金も入場料も無料です。

コスモスの満開の頃、また行きたいと思います。

595. 孫と新潟 岩室温泉へ

九州北部では、大変な大雨で被害が出ているようです。
災害のニュースを見ると「FTLDの元気な人は、どうやって避難するのだろう」と考えてしまいます。
「命を守るため最善の策を取ってください」
と呼びかけていますが、在宅で元気な頃が一番難しいかと思います。
「支援」の基準も「災害時に避難できるか」「危険を察知し身を守れるか」が重要なように思います。

さて、
小学生の孫が8月いっぱい夏休みなので、一緒に新潟へ行って来ました。

4歳の3番孫は、直前にキャンセルです。
「迷子札を用意して」と私が娘に言ったことから、
娘が「迷子にならないように」といろいろ話をすると、
何やらDVDで映像を見たシーンを思い出して泣き顔になってしまいました。
「行かない」といい、その後何度確認しても同じでした。

3人連れての道中は、心配でしたので少し楽になりました。


3人で行く為にいろいろ細かい計画を立て、私にしては珍しく指定券も取ってありました。

乗り換えを少なく楽に、と大宮行き「むさしの号」の時刻に合わせ、大宮から乗車です。
大人の休日倶楽部で、私は割引になりますが、販売機で子ども2人同時に購入できないので、3回操作が必要になります。

指定券は、ネット予約でしたので、それを割引料金適応にするためにも窓口へ行かなくてはなりません。

これも、私には珍しく、前日までに駅の窓口で切符を受け取っていました。
平日、駐車料金もカード提示で無料でした。


孫二人は、大喜びでした。


8月24日(土) 午後到着 
母が待っていました。
近所に住む弟がバーベキューをしてくれました。
買い物も一緒に行って、大量のお肉、野菜を用意しました。

弟は、バーベキューの大きな本格的機械?を実家に置いています。
冗談のような何やらインストラクターの資格を持っています。
お任せして、焼き上がった物をご馳走になりました。
母、弟夫婦、孫二人、私で食べました。

会うのを楽しみにしていた姪の赤ちゃんは、急な熱で会えず残念。
孫のお兄ちゃんお姉ちゃんぶりを発揮できませんでした。
弟夫婦は同居の孫娘が心配なのかいつもより早く帰りました。

お肉は食べきれず、次の日カレーに入れました。

8月25日(日) マリンピア日本海へ
孫3人が楽しめる場所、と選んだのは水族館。
結果的には小学生二人にもいいい場所でした。
8月の最終日曜日の為か、思ったより賑わっていました。
駐車場は満車だったようです。

車がないと実家からは少し不便な場所ですが、新潟駅からバスがあります。

駅前の観光案内所に寄って見ました。
さすが観光案内所です。
親切でした。
「割引券」まで頂けてラッキーです。
水族館までのルートも、路線バスだけではなく「観光循環バス」の利用を紹介してくれました。
「新潟市観光循環バス」1日乗車券500円で市内観光施設や飲食店もが割引にもなるようです。
マンガ、アニメの場所、市場、博物館、記念館等新旧いろいろ。
行った事がない所ばかりで興味はあります。
機会があったら、ふらりと循環バスに乗ってみたいと思いました。

今回は目的地「水族館マリンピア日本海」なので、予定通り路線バス利用にしました。

「水族館」で魚🐟の泳ぐ姿やラッコ、ペンギン🐧等を見て、3番孫のお土産にペンギン🐧のお人形を約束通り買って、レストランで食事もできました。
本数の少ない駅行きの路線バスにも、ギリギリ間に合いました。

3年生の孫は、疲れた様子。
帰りの電車でウトウトしていました。

日頃、車での移動がほとんどの孫たちは、公共の交通機関の利用は嬉しいらしく興奮気味でした。
6年生の孫は電車の写真を撮っていました。

夜は、孫と一緒にカレーを作って食べて、花火をしました。

8月26日(月) 岩室温泉へ
母は病院の通院日。
タクシーでひとりで行ってもらいました。
留守中は、孫たちと片付け、お掃除、洗濯です。
面白がって手伝ってくれました。

3年生の孫娘は、残ったご飯で小さなおにぎりを上手に作ってくれました。
バーベキューの時に作って母に褒められて嬉しかったようです。
「ママの子だから」と母親が聞いたら喜ぶでしょう!
ほんとうに上手に作って、ちょうどお昼前にちょっと口に入れられて良かったです。


母の帰りを待って、お昼を食べに歩いて行かれる所は、残念ながら定休日でした。
遠くまで歩くのは暑い。

岩室温泉へは電車です。
途中下車してランチになりました。
「うどんが食べたい」
「海鮮がいい」
というどちらも満足できるメニューがお寿司屋さんにありました。
「うどんセット」というメニューを孫二人は注文。
母と私は「ちらし寿司ランチ」です。
生ビールもいただきました。🍺

岩室駅は無人駅。
そのシステムにもビックリ‼です。
タクシーが1台だけ待っていました。


岩室温泉に泊まるのは初めてです。
母の90歳のプレゼントに予約しました。
孫が一緒なのでバイキングの格安プランです。
「岩室温泉は近いけど高い」というイメージがありましたが、お財布に優しいプランがありました。
母は昔の旅館を知っていますので驚いていました。

旅館経営も大変なのだと思います。

夏休みの子ども向けの企画もっあって、射的、輪投げ、ヨーヨーつりが無料でできました。
花火も一袋渡され、自由にできるようローソクとバケツが用意されていました。
新潟の小学校や地域によって夏休みは終わっているので、小さな子ばかりでした。
「花火、できないからどうぞ」
と小さな子の親御さんからいただいて孫は花火を楽しんだようです。

温泉にも入って、ゆっくりできました。
露天風呂は、濁り湯で硫黄の香りがしました。


8月27日(火) 
ゆっくりチェックアウトして実家へ帰りました。
母の90歳の誕生日です。
ハッピーバースデーの歌のプレゼントは、夜、家に戻って、孫4人揃ってビデオで孫のスマホから送りました。

カードをそれぞれ手作りで用意してあった物を渡しました。
3番孫から預かった折り紙のカードには、絵が描いてありました。
実家で写真を撮りました。
「おばあちゃんそっくり」と母は言っていました。


9月の父の7回忌法要の話をしていると、ちょうど兄からラインも入って「電話は何時がいいか」というので、すぐライン電話しました。
父の法事に関して、兄や弟と話ができて良かったです。


新幹線は便利です。
始発ですし、まだ夏休みですので慌てて帰らなくても大丈夫です。
ゆっくり時間に余裕を持って、3人分の切符を販売機で買いました。
希望通り、Maxときの2階自由席に座ました。
東京駅からも始発で座って帰って来ました。

「久しぶりにお母さんのご飯が食べたい」
と家に戻ってからの夕食でした。
お土産とお土産話で賑やかでした。


3番孫が、「明日新潟行く」と言っています。
「次は3番孫ちゃんと行くからね」と約束してあります。。。


「明日行く?」
「明日は行かれないよ」
「いつ新潟行くの?」
「そうね、9月かな?」
未定ですが必ず約束は守ります。

594. 前頭側頭葉変性症つくしの会

8月、暑い夏です。
ブログ投稿ができないままでいました。
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前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

8月の定例会は8日にありました。

しばらくお休みしていた本人参加の「交流会」も29日にあります。


今年も猛暑です。

暑くても寒くても毎日「散歩」に出かけていた夫。
汗をかくと「水が出る」と言いました。
意味性認知症と診断を受けていた夫は言葉が減っていました。
「汗」という言葉は、「水」に集約されていました。

熱中症が心配で、一緒に散歩に行って見ると、ちゃんと木陰の涼しい散歩道で、適当な場所にベンチもあって、休憩もしてペットボトルのお茶も飲んでいました。
私は、行動範囲の広い夫の散歩に毎日付き合う体力も気力もありませんでした。
位置情報のわかる携帯電話、夜は開けられない鍵が頼りでした。
もう、5、6年前もっと前の事になるかもしれません。


同じような経験を今もなさっている方がいらっしゃると思います。


「若年性認知症の家族会 彩星の会」の7月定例会での前頭側頭葉変性症の家族の方の「歩きたがって困る」という質問は、この頃の私と重なる所がありました。

「仲間がいる」とお伝えしたくて「前頭側頭葉変性症つくしの会」のお話をさせていただいた事から、早速、会場にいらした前頭側頭葉変性症の家族の方から声をかけていただき、8月のつくしの会定例会に参加していただきました。

とても楽しい時間を過ごす事ができました。

私は、仲間の存在に今も助けられています。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」
その独特の症状のため、会への参加が難しい方もいらっしゃると思います。


「参加される方がいなくても会は続けよう。私達がいる。」
参加者の少ない初めの頃、会長えいさんと何度も確認しあった「決意」は変わっていません。


「仲間の会」の存在は大きいと思います。


暑い夏
どこかで頑張っている「仲間」へ

「ひとりで頑張らないで。」
「無理しないで。」
とお伝えしたいと思います。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」のホームページには、「利用できる制度」についても載っていますので参考になります。



夫は、すっかり静かになって特養で落ち着いています。

私は、夏休みの孫3人を連れて新潟の実家へ行く予定です。






593. 夫とアイスコーヒーの思い出

久しぶりにアイスコーヒーの粉を買って淹れて見ました。

夫が、アイスコーヒーを淹れていた姿を思い出しました。

夫は、アイスコーヒーが好きでした。

コーヒーは私も好きで、結婚した頃から一緒にコーヒーを飲んでいました。
いつの間にか、いつからだったのか、夫はホットではなく、アイスコーヒーばかり飲むようになりました。

夫は自分でアイスコーヒーを淹れていました。
珈琲豆は、フレンチローストとイタリアローストとか配合して、挽き方も少しだけ細かくとか指定していたように思います。

夫の淹れるアイスコーヒーは、こだわりの夫好みの味で美味しかったです。
冬でも1年中アイスコーヒーでした。

コーヒーを淹れる時は、私にも熱いうちに、程よい濃さのコーヒーをデミタスカップに入れて「どうぞ」と出してくれました。

いつの事だったのか?

診断されても、まだお料理などもしていたように思います。
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味付けがおかしくなって来た頃からアイスコーヒーもおかしくなって来たように思います。

こだわりのコーヒーポットが汚れていても、古いコーヒーが残っていても平気になって、そのうちこだわりのコーヒー豆が買えなくなって、コーヒーより、散歩に夢中になって、飲み物はペットボトルのお茶になりました。

ペットボトルのお茶を自分で買って、まだあるのに何本も買って並べていました。

味覚は変化したようです。

好きだったコーヒーは、苦く感じたのでしょうか。

でも、味付けは辛いものがいいのか、味がわからないのか調味料をバサバサとかけていました。



家でアイスコーヒーを飲みながら思い出していました。


592. 特養の夏祭り 4番孫と初対面

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         (スイスで出会った花)
8月3日(土)
夫の特養の夏祭りでした。
昨年から、2回目の参加です。

今年は、自治会の夏祭りと重なってしまいました。
家の直ぐ前の公園で行われる夏祭りは早い時間から賑やかです。

上の孫は、お友達に誘われてそちらのお祭りへ行ってしまったようです。
娘一家も特養の夏祭りは参加です。

私は、一足先に特養へ自転車で行き、娘達も、車ですぐに到着しました。

夫は、胃ろう栄養の注入もあるので、まだ室内かと3階へ行って見ると、ちょうど下に降りたばかりのようでした。

大勢の中で見つけられませんでした。
来年は、もう少し早く来ようと思いました。

案内していただき、椅子の用意もしていただきました。

担当看護師さんに「奥さんを待っていたのよ。良かったわね。」
と話しかけられ、夫はじっと看護師さんを見ていました。

設置された舞台の音楽の音量にびっくりして泣き顔でしたが、
「喜んでいるのね」
ということにしました。
いつもお世話になっている看護師さんに救いを求めるような目をしていました。

娘達とも合流。

娘、婿殿、3人の孫は昨年も来ています。
4番孫は、夫と初対面になりました。

5ヶ月になる孫を夫の膝に乗せるようにして顔を見せると、
手を伸ばして、感動の泣き顔になりました。
娘は「お父さん、わかってるよ。」と喜びました。
「おじいちゃんに似ている、似てたのね」
と、本当にすっかりおじいちゃんの顔になっています。

4番孫も、しっかりジイジを見て手を出して、
お互いに手を握ろうとしていたようです。
何でも口へ持って行こうとするのは同じです。

初対面場面の写真を撮りました。

夫は、手を掴むと離そうとしないので
「食べられちゃうよ」
と、離してもらいました。


特養の模擬店は大繁盛!
焼き鳥もカレーライスも行列ができて、後で行くと売り切れでした。
カレーは、「ごめんなさい。ルーだけ味見してください」とルーをいただいてカレー好きの孫は大喜びでした。
とても美味しいカレーでした。

来年は、早く来ようと思いました。

孫二人は、輪投げのようなゲームをやらせてもらい、何やら小さな景品をもらってご機嫌でした。
子どもの楽しめるコーナーや、かき氷など喜ぶ物を用意するなど、職員も準備が大変だったと思います。


焼きそばのテントで、懐かしい方にお会いしました。
特養に入る前、お世話になった小規模多機能の施設長長Sさんです。

夫は、しっかりとSさんの顔を見て泣きそうな感動の顔でした。
手をしっかり握って離そうとしなかったようです。

声にびっくりして泣き顔になった。手は把握反射。と言ってしまえばそうかもしれません。
「わかっていますね」
と喜びました。
何かを感じたと思います。
手を離すと、もう1度というように、手を出していました。


賑やかな夏祭りでした。



591. 愛犬の血尿

8月2日(金)
愛犬そらは、マルチーズのオス、15歳です。
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夫が診断されてからも散歩に付き合ってくれました。

活発で勝ち気だったそらも、寝ている事が多くなりました。

午後になって、ふとペットシートを見て、ビックリしました。
ピンク色のシミと血の塊を見て慌てました。

「そら!どうしたの?」
と寝ているそらを起こすと、
「なぁーにー」と眠そうにしていましたが、苦痛な様子ではありません。

でも、血尿です。

何かの間違いか、一時的なものか、
オシッコをさせて見ると、
出しにくそうに、ポタッと出たのは、血尿でした。

動物病院は午後3時からです。

時間がありました。

そらも、いつもと変わらないので私も落ち着いて調べる時間がありました。

膀胱炎、尿路結石、腫瘍、原因を調べるには、尿検査、レントゲン?
ネット検索で、情報が見られます。
すぐに受診を勧める獣医さん。
受診した場合の事。
自然に治る、治らないのも自然、といいながらサプリメントを勧める方も。


確かに、もう年なのだから、余計なストレスは避けたい。

「少し様子を見たら?」
と娘は冷静です。

このまま?
心配です。
様子を見ましたが、やっぱり少量しか排尿せず、ピンク色です。
このままでは、いられません。

夕方、孫との用事を済ませた後、受診しました。

いつもの動物病院です。
いつも注射等嫌な事をされるので、そらは、待合室からブルブル震えて怖がっていました。

院長先生にペットシートを見せて、予想通りの診察でした。
ただ、すぐに検査ではなく、膀胱炎の疑いの為、薬で様子を見るというので一安心です。
治療費が違いますし、苦痛はなるべく与えたくないです。

注射を打って、翌日からの止血剤と抗生物質を10日分処方されました。

治療費は、4300円でした。

これで少し安心しました。
何もしなくても直ったかもしれませんが、できるだけのことをして安心できて、良かったです。

注射1本で効いたのか、すぐに普通のオシッコに戻ったようです。


食欲もあります。
夜中や、朝方目を覚ますと「ご飯食べてない」と催促します。
(誰かと同じ?)
昼夜逆転というより、寝ている時間が多くなって、食事の回数を忘れてしまうようにも思います。

時々不安そうに歩くのは、目も耳も悪くなって「ここはどこ?」と考えているようにも私を探しているようにも見えます。



ついつい、愛犬の事は二の次、三の次の後回しになっていました。

ストレスもあったと思います。

もともとの湿疹体質もあるのか、我が家の節目には必ずと言っていいほど自分で毛を噛みちぎっていました。
娘の結婚、引っ越し、出産1、2、3、4、夫の事。
長い時間、当然のように留守番もさせました。

今年の湿疹は、悪化するまで受診もせず、最近やっと治療しています。

アレルギーの薬なので、今回の薬も同時に飲ませました。

気のせいか「ちょっと苦しい」「お腹が変」とでも訴えて甘えて来るようです。
薬の副作用があるのかもしれません。
オシッコが普通に戻ったら、薬は必要ないのか、迷いながら飲ませてしまいました。
止めようと思います。


少し抱いていたら落ち着いたようです。
自分のベッドに入りました。



590. 若年性認知症家族の会 彩星の会へ

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            (スイスの街で出会った花)

7月28日(日)
彩星(ほし)の会の定例会へ行ってきました。

いつも一緒に行ってくださる「前頭側頭葉変性症つくしの会」会長のえいさんが、奥様の特養の夏祭りで遅れて出席なので、ひとりで出掛けました。
方向音痴の私でも、何回も通ったお陰で道に迷うことなく到着できました。
「えいさんは?」
と皆さんに挨拶の次に聞かれました。
すっかり二人一組が定着しているようです。

今回の定例会は、「若年性認知症をもっと知る」というテーマで、若年性認知症の専門家6名を迎えて、会員の質問に答え、お話をいただく形式でした。

事前に文書で出された質問は、2件とも前頭側頭葉変性症の家族からでした。

1件目の方は、夫の数年前の行動と似ている所もありました。
会場に来ることもできなかったのかもしれません。
姿は見えませんでした。

専門家の先生方が、それぞれお話してくださったのですが、家族の負担が大きいことに変わりはないように思います。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の会長えいさんが、この場にいたら必ず発言したでしょう。
ここは私が発言せねば、と「仲間がいる事をお伝えしたい」と話し、会場から拍手をいただきました。

2件目の方、その後の会場からの質問にも、専門家の先生方は丁寧に答えてくださるのですが、納得できるような答えが得られなくて「違う」と思ってしまったお話もありました。


終わった後2名の方から「うちも前頭側頭葉変性症です」と声をかけられました。
この時は、えいさんも見えていましたので紹介できました。


2ヶ月振りに会う仲間との短い近況報告。
笑顔で会えるのが嬉しい。

そして、二次会へ。


彩星の会に初めて参加した時、この二次会の明るさにびっくりしました。

Yさんに誘われて、恐る恐る遠慮がちの参加でしたが、すぐに打ち解けて、今までにない居心地のよさでした。

以来、二次会への参加は欠かせなくなりました。

そして、彩星の会のような会がもっと近くにあったら、と考えるようになっていました。


意味性認知症の仲間と出会って「つくしの会」が誕生する時、彩星の会の楽しさを受け継ぎたい、と願いました。
今、つくしの会も期待した以上に成長しようとしています。
基本となっているのが「楽しさ」です。


さて、彩星の会の二次会へ。
当事者の方も一緒です。
アワキビさんご夫婦も参加です。
声をかけていただいたFTLDの家族の方と並んで座ってお話を聞くこともできました。
スリブリさん、のんた2号さんともお話もできました。

楽しい時間は、すぐに過ぎてしまいました。

次回は、9月。
残念ながら、父の7回忌法要と重なるため、欠席の予定です。

夫は、暑い夏でも快適な室温の特養で大きな変化もなく落ち着いています。
今月のコンサートでは、いつもより大袈裟に感動して声を出して泣きそうな顔でした。


589.スイスと夫

夫とスイスへ初めて行ったのはいつだったのか?

格安のドイツ、スイスの団体ツアーでした。
ツアーを抜けて、娘と夫と当時スイスに滞在していた両親とハイキング、夕食を共にしました。

その後は家族で短い海外旅行をすることはあっても、スイスへ毎年行くようになるとは思ってもいませんでした。

両親、頼りにしていた父が、85歳を越えた頃
「もう自信がない」というので私が両親のスイス行きを手伝うようになりました。

夫と一緒に、スイスへ両親を迎えに行ったのは、診断より少し前でした。

2009年 
夫と二人でスイスの「クール」という古い街に1泊して、氷河の街サースフェーへ楽しみながら行ったのを覚えています。
夫は、私の両親との会話が少し変な所や、話し方で気になる所がありました。
宗教の関係で黒い服を着ている人を指差しするなど、悪びれず、行動も一緒にいると気になりました。
夫も自分の違和感をずっと感じていたらしく、「帰ったら病院へ行く」と言っていました。
すでに発症していました。
急な変化もなく、私も病気の深刻さがわかっていませんでした。

その後、2012年まで毎年、夫もスイスへ行きました。

2010年 
ポントレジーナからアンデルマット、そしてグリンデルワルトへ。
すでに診断を受けていましたが、「少し変な人」という程度でレストランで食事もできていました。
日本語観光案内所の所長さんの家に招待されると「世界で一番美しい景色」とバルコニーからの景色に感動していました。
そして「奥さんは美しい」と言うので、奥様は大喜びでした。
思った事をそのまま口にするようになっていましたので、この事は今でも話題になっています。
両親が自分たちの故郷にように愛したグリンデルワルトを夫もとても気に入って、私も嬉しく思いました。
所長婦人は、綺麗な方ですが「美しいです」と正面から言われた事を素直に喜んで、嬉しそうでした。

まだタバコも吸っていましたが、ルールは守っていました。
帰りの飛行機の狭い通路で、大きな男性客室乗務員さんとすれ違う時、体に触れられると大きな声で拒絶してびっくりしました。
感覚が敏感になっていました。

2011年 
グリンデルワルトの貸別荘へ。
両親は、1階、大家さんが2階、私達は3階。
シャレーという三角屋根の貸別荘ですから、3階は狭くなっています。
線路沿いにあって、ユングフラウ方面へ向かう電車を眺めていました。
電車に乗ると「我が家」が見えて嬉しくて写真を撮りました。

夫の希望で、「ダボス」へ行って、そこから夫と二人で帰りました。
夫は、自分のトランクを飛行機に乗る時以外預けようとしませんでした。
私は、トランクが「重すぎ」と駅のチェックイン手続きで言われ、夫の荷物と合計できるのに~と、渋々手荷物に分けました。
夫は「自分の事しか考えられない人」になっていました。

ハイキングで父に山の名前を聞いて、父が詳しく説明すると夫は聞いていない。
「なんだ!」と言う父に夫の病気を説明すると、その時は「それならわかった」といい、
短期記憶が難しくなった父には、何度か話しました。
父とのスイス旅行は、この年が最後でした。

2012年 前年同様グリンデルワルトの貸別荘。
両親も一緒の予定でしたが、前年秋から冬に父の体調が急降下しました。
車椅子の手配やエスカレーターの位置等事前調査をして、何とか連れていく予定でしたが、体調は思わしくなく、両親は直前にキャンセルになりました。
夫と二人のスイス旅行になりました。
夫の最後の海外旅行になりました。
父は旅行中に入院の連絡が入りました。

夫と過ごしたグリンデルワルトの1週間。
毎日、たっぷり歩きました。
「意味性認知症」の診断を受けても、特にフォローもなく、介護保険も手帳も自立支援の事さえまだ何も知らず、言葉の理解ができないことと自分勝手な行動も、まだ許容範囲内の頃でしたので、家でもスイスでも同じように、ひとりで「散歩」をしていました。
毎朝6時前からの「散歩」には付き合えませんでした。
家と同じように、ひとりで1時間程散歩すると確実に戻ってきました。
午前、午後の2コースのハイキングは一緒に楽しみました。
岩の上や残雪、ぬかるみ等は、とても歩きにくそうでした。
見かねて手を差し伸べてくださる方もいましたが、夫は表情を固くして拒絶していましたので時間をかけても自力で頑張ってもらいました。

写真は、今年6月のスイス
クロッカスの花がたくさん見られました。
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グローセシャイディック
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今年の夏は、母と2回行きました。
クロッカスの花を見ながらハイキングです。
山の上にはレストランがあって景色を見ながらビールを美味しく飲めます。
場所によっては、ジュースやお水より安く飲めるのも嬉しいです。

2012年の夏のスイスが、夫と行った最後のスイスでした。
今振り返って、よく無事に行けたと思います。
とっくに、普通ではなく、思っている以上に重症だったと思います。
食事は、すべて自炊しました。
レストランでも、持参のパンを食べようと、いや食べました。
コースは、私有地もショートカットで歩いたようです。
コース変更ができず、ケンカもしました。
いえ、ケンカになりません。
私ひとり腹を立てて別行動で家に帰った事がありました。
近くのグルントという駅で気晴らしに買い物をして先に帰ると、後から平気な顔で夫も帰ってきました。

診断から3年、まだまだ大丈夫かと夫の行動を容認していました。
深く考えもせずスイスへ行かれた事は、夫のとっても私にとっても良かったと思います。

588.前頭側頭葉変性症つくしの会7月定例会

7月も、もう半ばです。

ウェブリブログの大規模メンテナンスがあって、戸惑っています。
投稿の仕方も表示も変わって、四苦八苦。

ついでに、古い記事を読んで見たり、いろいろ機能を試してみたり、
で、なかなか投稿できないままです。
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6月のスイス旅行の記録も中断。
ぼちぼち残そうと思っていますが、いつになるやら。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の7月定例会の事を書いておきたいと思います。

6月は、欠席させていただきました。
気持ち良く「行ってらっしゃい」と送り出してくださった会長さん、役員さんに感謝です。

6月は、19人の出席、と過去最高、大盛況でした。

7月は、懇親会もあるので、ぜひ出席せねば、と前日の夜に新潟の実家から、家に戻りました。

つくしの会のメンバーも定着して、この日を楽しみにしているのは私だけではないようです。

会員さんから
「病気になった事は、大変な事だったかもしれないけれど、良い仲間に出会えて良かった」
という言葉が聞かれ、皆で「そうだ、そうだ」と頷きました。

新しい方が懇親会に見えて、不安を口にすると、
「病気のお陰で、こうして出会えて良かったじゃない?」
と、明るく笑って、すぐに打ち解けました。


「前頭側頭葉変性症」は、難病に指定されましたが、まだまだ知られていない事も多く、充分な支援も受けられていません。
独特の症状は、あまりにも個性的で、ひとりひとり症状が違います。
「認知症の集まりに行っても話が合わなかった」
「わかってもらえない、話せなかった」
という経験は、私だけでなく会員さんからも聞かれます。

「やっと話せる場ができた」
「制度の事を知らなかったけど、申請して利用できた」
と、嬉しい報告も聞かれます。


「また来月会いましょう」
みんな笑顔になって帰路につきます。

7月の定例会、懇親会は、6月欠席だったからか、一段と楽しく感じられました。
たくさん笑って、たくさんの元気をもらいました。


587. 新潟へ

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ブログをなかなか更新できないままです。

スイス旅行の整理が、まだできていません。

母の病院に付き添う口実で、新潟へ行ってきました。

母は、旅の疲れも見せず、私より元気な様子でした。

私は、寒暖の差のためか、環境の変化のためか、風邪気味になって、やっと自然治癒です。

弟の初孫の初バースデーパーティーにも参加させていただきました。
弟は「おじいちゃん」になっていました。


新潟の実家で、私は大活躍。

庭の草むしり、剪定、大きな木をノコギリで切って、スッキリ。


自分のスイスの写真の取り込みもしていないままですが、
母のパソコンに、私のカメラの写真を入れて、数枚はプリントアウトしました。

「新しいプリンターが上手く動いてくれないの」
と、買い替えたプリンターが不満な母。

写真をダイレクトに印刷できる機能もあって、写真ハガキに印刷すると
「まぁ!綺麗!」
と喜んでもらえました。



病院に2日、付き合って、新幹線で戻ってきました。



586. 7月です。

1561406536837.jpg6月8日からスイスで過ごし、30日に帰って来ました。

もう7月です。

夫は、大きな変化もなく、ほっとしています。

久しぶりの対面も、わかっているのかいないのか。
泣きそうな顔を見せてくれたので、「わかって感動した」ということにしておきます。

介護スタッフや看護師さんに「良かったですね」と言われています。

「短かったですよね」と言ってくださって、安心しました。
「3週間は長いと思ったけど、あっという間ですね。」と、
私が思っていた事をスタッフに言われ、嬉しかったです。
何事もなく、安心しました。

少し誤嚥しているようで、咳をしていましたので看護師さんに伝えました。

様子によって吸引をしているそうです。

それも、前からと同じなので大きな変化ではありません。

髪が短くなっていました。

退院後の散髪が「おしゃれ」と思ったら、地元の美容師さんだったようです。

「もう少し短く」とお願いしていました。
湿疹ができやすいからです。

オーダー通り、超短髪になって、スッキリです。

夫のお父さんに、似てきたように思います。
「おじいさん」の年齢になって、同じような顔に見えるのかもしれません。
叔父さんの誰かに似ているような気もします。


久しぶりに車椅子に乗せて散歩しました。

585. グリンデルワルトからのアイガー

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3週間、グリンデルワルトの貸別荘で生活しています。
庭からアイガーが見えます。
前半は、寒いくらいでしたが、後半は、お天気も良く、暑くなってきました。

ハイキングから戻ると、家の中は冷房もしていなくても涼しくてほっとします。

あっという間の3週間が終わろうとしています。

ぼちぼち旅の記録を残そうと思っていますが、日本へ帰ってからできるかどうか?




584. チャップリン・ワールドへ

6月15日(土)チャップリン・ワールドを見て、グリンデルワルトへ。

ホテルをチェックアウトして、チャーリー・チャップリンの業績や生涯をたどれるミュージアム「チャップリン・ワールド」へ。

ヴヴェイへの旅行のもうひとつの目的は、チャップリン・ワールドへ行くことでした。
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チャップリンが25年間家族と暮らし、終の住みかとなった館。
チャップリンもこの場所に座って、この景色を見ていたのでしょうか。


広い庭を歩くこともできます。
赤い薔薇が綺麗でした。

スタジオでは、映画上映の後、映画のセットの中に入って見学ができます。
エレベーターの位置を昨年教えて貰っていました。

最初にチャップリンの家の庭でのんびりゆっくりしてしまったので、屋内の薄暗いミュージアムは、感動しながらも、息苦しい感じがして、ゆっくりはできませんでした。

チャップリン・ワールドでゆっくりしたい、という目標は達成しました。

満足して、帰りました。

帰りは、とてもスムーズでした。
乗り換えを心配しながらも、来た時と同じ「ゴールデンパスライン」を選択!
レマン湖とブドウ畑の後、スイスらしいのんびりとした景色を楽しみました。

「このコースは、オススメね。」
と母と二人で満足でした。

チャップリン・ワールドは、2016年に開館したばかりです。
父も夫も見たら喜んだと思います。


583. 世界遺産のブドウ畑

6月14日 ラヴォーのブドウ畑
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今回ラヴォー地区への旅行の目的のひとつは、ラヴォーのブドウ畑の中をミニトレインで廻ること。
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リュトリーの波止場から出発です。

これまた、ヴヴェイからたどり着くまで一苦労です。
鉄道駅まで歩かず、ヴヴェイから船でリュトリーの港へ行きたいけれど適当な時間の船はない。
モントルーに船で行き、鉄道でリュトリーへ。
と、思ったら各駅停車ではなく、通過してローザンヌへ行ってしまいました。

大きな駅でインフォメーションも大袈裟な感じ。
切符の販売機の前に親切そうな案内係のおばさんがいました!
良かった!
スマホで時刻表を見て教えてくれました。
切符の買い方も教えて貰って、ほっとしました。
嬉しくなって、お礼を言って握手してしまいました!

リュトリーのブドウ畑を眺めながら、歩いてミニトレインの発着所へ。

ここは、日本語観光案内所で予約を入れていただいていたので安心でした。
幼稚園児の遠足と一緒になりました。
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ブドウ畑の中の狭い道を通って、まるでおとぎ話の国へ行ったような古い小さな街を抜けて、レマン湖を見下ろして上へ登りました。

景観のいい場所でストップ。
写真を撮って、ワインを飲みました!

ラヴォー地区のワイン、美味しかったです。
ワイングラスを持って写真も撮ってもらいました。
「ブドウ畑の中へ」という希望が叶えられました。


幼稚園児と向かい合って座ったので、楽しくなって両方で大笑いしました。

帰りは、リュトリーの波止場から船でヴヴェイに向かうと、船も一緒でした。
画像

先生が、「どちらから?」「日本にはまだ行った事がないけど、行ってみたい」などと話しかけてくださって、子どもたちにも「ほら、ミニトレインでご一緒だったでしょ?」といったと思いますが、フランス語は、フランス語だというくらいしかわかりませんでした。


ラヴォーのブドウ畑への旅行は、母と二人でスイスへ来るようになった2015年からです。
母の強い希望でしたが、2015年は、異常な暑さでブドウ畑は暑くてハイキングが辛かったです。
昨年は、1泊だけでしたので、美味しいワインを飲んだ波止場がどこだったか、探し回っただけでした。
念願叶って、波止場もキュリーだったとわかりました。


夫は、来たことがありません。
きっと喜んだと思います。



582. グリンデルワルトからヴヴェイへ

画像6月13日
レマン湖畔の町 ヴヴェイへ
昨年も泊まった同じホテルに今年は2泊しました。
ヴヴェイまでのルートは、母の希望でゴールデンパスラインにしました。
インターラーケンからツヴァイジンメンを通ってモントルーへ行く絶景路線です。

駅で「半額カード」をまず買いました。
これでスイス国内の鉄道もバスも乗り物の殆どが半額になります。
ヴヴェイまでツヴァイジンメン、モントルー経由で往復の切符を買って準備OKです。
画像チャップリンが晩年を過ごしたヴヴェイの町。
母の希望でモントルーから鉄道ではなくレマン湖畔に出て、フェリーで行きました。
ヴヴェイまでは、すぐ近くなので、もう少し乗りたい、という希望にも答えローザンヌまで行きました。

はてさて、ローザンヌの港は初めてです。
駅は??

案内表示を見ながら、着いた所は、地下鉄の駅だったようです。
インフォメーションで聞くと、綺麗なお姉さんが親切にルートを教えてくれました。
地下鉄で4つ目で下車するとローザンヌ駅なのだそうです。
切符は?
販売機でも買えるけどここでも売る、というので売ってもらいました。

ヴヴェイのホテルは港のすぐ近くです。

25年に1度のワイン祭りの準備のためか、広場にイベントの大きな会場が作られて、景観が悪く、ちょっとがっかりです。

レイクビューのお部屋のはずでした。
ホテルのレストランの食事を諦めて、チャップリンの像まで湖畔を散歩しました。

湖畔でビールとパニーニをオーダーして、簡単な夕食ですが、景色がご馳走。
大満足!
向こう岸は、フランスです。

言葉もフランス語。
な~んとなくフランスっぽい。

レマン湖の景色も綺麗でした。




581. スイスです

画像

6月8日(土)
画像

やっとグリンデルワルトに到着しました。
今年は、例年より早い時期だったので寒いくらいです。
庭のライラックの花が咲いているのを初めて見ました。
お向かいの家は改装中のようです。
寒いので煙突から煙が出ています。

山の景色を見ると「来て良かった」と思います。

美味しい空気を吸って、美しい景色を眺め「長生きしないはずがない」と母は言います。
母は、チューリッヒ空港でスイス入国した途端に元気になっています。

新潟から我が家までひとりで来られるか、心配したのが嘘のようです。


貸別荘で、Wi-Fiが使える事が偶然解って、パスワードを教えて貰いました。
Wi-Fiを入れたばかりなのだそうです。
ラッキーです。

グリンデルワルトの日本語観光案内所にお世話になっています。
貸別荘の手配とチューリッヒ空港の送迎をお願いしました。
母は、もう30年以上お世話になっています。
安心して旅行ができます。



夫も、このグリンデルワルトに、診断されてから2回来ています。


スイスのこと、少しずつ書き残したいと思います。

出発までは、夫を残して海外旅行なんて申し訳ないような、ちょっと心配な気持ちでしたが、スイスに来て吹き飛んでしまいました。


6月8日から3日程お天気が悪く寒い日が続きました。

ハイキングは諦めて、ゲストカードを使って村内バスで移動する程度で、ゆっくり休養できました。



580. 今年もスイスへ

6月8日(土)に成田空港から出発します。

スイスのグリンデルワルトの貸別荘で3週間過ごします。

母と二人旅です。

到着してから、その後の過ごし方を考えます。


夫も安定して、ホッとしています。


直前にバタバタと準備をするのは、いつもの事。

やっと、なんとか行かれそうです。


心配もありますが、思い切って行って来ます。


スイスのグリンデルワルト。
夫が「世界で一番いい景色」と言った場所に今年も行ってきます。
いろいろ思い出します。




ブログは、しばらくお休みします。





579. 特殊疾病患者福祉手当受給者現況届の提出

「特殊疾病患者福祉手当」は、自治体独自の手当てです。

特殊疾病(指定難病)患者に対し、月7000円支給されます。

自治体によって、この2倍以上の所もあります。
廃止になった所も、支給されない所もあります。
自治体で差があるようです。

65歳の年齢制限や施設入所者除外の自治体も多い中で、私の自治体では、所得制限だけです。

月7000円は、貴重です。
有難いです。
このために、面倒な「指定難病の更新手続き」も頑張りました。
https://2212-2931.at.webry.info/201905/article_7.html


現況届は、すぐに提出しました。


夫の特養と障害福祉課は、すぐ近くです。

特養で面会の前に、メールボックスの封書を見て、「特定医療費(指定難病)受給者証」を事務所から出して貰って、歩いて障害福祉課へ行きました。

受給者証のコピーを取って、現況届けを提出して完了です。

6月28日が提出期限でした。

スイスへ出発前に手続きできました。


夫は、安定しています。
夕方になると、少し咳き込んで、唾液を誤嚥しているようです。
「看護師が吸引することもあります」
と介護スタッフから聞きました。

入院前も同じような状態でした。

元気になって、持参していたタオルケットを噛んで穴を開けてしまいました。

車椅子で外を少し散歩しました。











578. 5月いろいろ&胃ろう交換

夫は、20日に退院してから、とても落ち着いています。
思っていたより、ずっと元気になって、ホッとしています。

体重も2㎏近く増えたとか。
私は、あまり夫の体重は気にしていませんが、退院後すぐの体重測定で報告を受けました。

入院中に1800キロカロリーの栄養を毎日入れていたからだと思います。

特養に戻って、1200キロカロリーに戻りました。

明日は、退院後のケア会議があります。



夫の入院で、状況によってキャンセルも考えていた旅行予定がありました。
母と二人のスイス行きです。

母と二人なら、いつでもキャンセルは簡単。だけど、行きたい!

やっと、行かれそうな気持ちになってきました。


グリンデルワルト日本語観光案内所
http://www.jibswiss.com/

5月18日(土)に所長さん主催の「スイスを写真でご紹介。スイス旅行のお話」の集いがあって参加しました。
所長さん、息子さんにお会いするのは、グリンデルワルト以来でした。

「行きたい」という気持ちは強くなりました。



20日に退院して、夫の表情が変わりました。
泣き顔に近い笑顔が多くなりました。

「びっくりした顔」というスタッフさんもいました。

髪の毛が伸びて、入院中に頭を痒がっていましたので、散髪もお願いしました。
「短く」とお願いしたのですが、少しおしゃれに遠慮がちに短くなった程度でした。
頭の湿疹は、すぐ良くなりました。
清潔が一番のようです。

退院後、毎日のように夫の様子を見に行っていたのですが、

26日(日)
「若年性認知症家族会 彩星の会」
http://hoshinokai.org/
へ行って来ました。
2ヶ月に1度の会が楽しみになっています。

今回は、新宿御苑。
前日、ブログでお誘いしたLiliさん家族も参加されました。
ユリの木の下で、お弁当を食べて、自己紹介等。
50名くらい全員で記念写真を撮りました。

暑い日でした。
バラ園の薔薇も暑そうで、見頃は過ぎていたようです。

二次会、食べて飲んで、楽しい時間でした。


翌日
「前頭側頭葉変性症 つくしの会」
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
会に参加できない会員さんから電話相談が2件ありました。

解決できない問題もあって、相談になっているのか、どうかわかりません。
「ひとりで抱え込まないでください」
「仲間がいますよ」
と、お伝えしたつもりです。

「前頭側頭葉変性症」の中でも「行動障害」の症状は、難しいです。
ひとりひとり症状も状況も違います。
家族の負担は、大きいと思います。




29日(水)
夫の4度目の胃ろう交換でした。

胃ろうにして2年になります。

今回は、システムがまた変わって、前もって受診はなく1日で終わりでした。
胃ろうは、今までと同じボタンタイプです。
交換は、簡単に終わりました。

看護師さんから、現在の物は、レントゲンで確認が必要だけど、違うメーカーのボタン式で、もっと簡単で確認の必要がない物がある、と聞きました。
本人の負担のない物で、扱いが今までと同じなら、次回はそうしていただきたい、とお話しました。

前回、お医者さんから聞いていたように思った、と言うと
「先生が変わったので」ということらしいです。


会計受付で、マル障と難病の受給者証と後期高齢者医療制度の保険証を出しました。
自己負担は無いのですが、医療費をどう負担するのか?
難病の管理票がなかったので、金額を書き込まれた別の紙が渡されました。
今までも、難病の上限額があったので負担はありませんでした。
マル障で医療費助成が受けられる。夫の場合負担はゼロ。
とだけ、わかっていますが、誰かがその医療費を負担しているのです。


特養の迎えの車を外で待っていると、以前お世話になっていた小規模多機能の看護師さんとケアマネさんに声をかけられました。
「あら、ふっくらしてお元気そう」
と言われ、夫は、また泣き出しそうな顔でした。
しっかりお二人の顔を見て涙ぐんでいたようです。


胃ろう交換、無事に終わりました。




576. 退院後の数日

朝、3番孫を保育園に送った後、娘は4番孫と一緒に我が家に来ます。
職場関係のパーティーでフルート演奏をするとかで、練習しています。
今回は、夫が吹いていた金のフルートを吹くようです。

生後3ヶ月の4番孫は、手足をバタバタさせたり、笑ったり、「ウーウー」とお話するように答えるようになりました。
孫の相手をしながら、娘のフルートを聴いて「幸せな気分」になっています。

音楽は、人を感動させる力があります。



夫が退院して、ホッとしています。

でも、

気になって毎日顔を見に行っています。

夫は、落ち着いています。
安心したのでしょう。
穏やかな顔です。

お風呂にも入れていただき、サッパリしたようです。
良かったです。



「マル障の還付申請」

入院費の4月分が、後期高齢者医療制度で請求されたためマル障の還付申請をしました。
市役所の障害福祉課です。

念のため、用意する物を電話で聞いて見ました。
ところが、「担当が不在でわかりません」というのです。

○病院の領収書
○マル障受給者証
○保険証
○通帳番号
○印鑑

これくらいは、私にもわかります。
確認したかっただけです。

何だかガッカリしてしまいました。

「4月に職員の異動があるから混乱している」と聞いていましたが、実際に体験しました。

「担当」の方から電話をもらって、窓口へ行きましたが、なるほど、状況がわかりました。

簡単な書類なのに、「ちょっとお待ちください」
と、時間がかかるのです。
コピーにも時間がかかっていました。

奥のデスクの方に、ひとつひとつ確認に行くのです。

「大丈夫かな?」
と心配になってしまいました。

確定申告のように、インターネットで簡単にできるようなシステムにしたら、人件費の無駄にならないのではないか、と思ってしまいました。

必要書類を持参して窓口へ行っているのですから、速やかに安心できるうように対応して欲しいです。


「保険の請求」
医療保険、迷いながらも継続していました。
もう入院することもない、入院しても掛け金に見合うか疑問でした。
まさかの入院です。
すぐ連絡して請求手続きの書類を送ってもらいました。
「高度障害」の特約もなく「死亡保険金」もわずかな「医療保険」です。
ついでに「解約払戻金」の金額を教えていただきました。


入院日数のわかる領収書で保険金請求は、簡単にできました。
金額が多くないからだと思います。




575. 「エリキュース」を止める

ずっと気になっていた「エリキュース」(血液さらさらの薬)を止める事にしました。
今回、出血が止まらなくて大変な思いをしたからです。

口腔外科の入院でしたので、歯科の治療が終わって「エリキュース」は再開されていました。
誤嚥性肺炎で呼吸器内科の先生に診ていただいても、「エリキュース」に関しては、止める指示は出せないと言われました。

神経内科の先生は、最初に血栓を見つけて、「エリキュース」を処方した先生です。

相談すると、「それも有りですね」と言ってくださっても、今の薬の処方は特養の医師です。



退院後、すぐに看護師さんに相談すると、特養の医師と話ができるよう手配していただけました。

「できれば、理事長先生に、」
と言うと、
「もちろん、担当医ですから。」
と、すぐに動いていただけました。


担当医になってくださったのは、入所当初の不満を聞いていただいてからでした。
在宅医をなさっていた先生です。
看取りのお話も、ひとこと、一言が丁寧で納得できました。

その時以来の面談です。


「大変でしたね」
と、入院の話、出血の話等を聞いていただきました。

「エリキュースは止めたい」と言い終わらないうちに
「エリキュース、やめましょう!」と言っていただき嬉しくなりました。
同じ考えだった事がわかりました。

「リスクが」等と言わず「やめましょう」と笑顔で言われました。
「血栓が飛ぶ予防より、血を見て嫌な思いをしたくないですよね」というような事をにこやかに言っていただき、安心しました。


入院はさせたくない。穏やかに看取りたい。
という話もできました。


安心してお願いできると思いました。








574. 退院しました。

5月20日(月)10時
夫は、退院しました。

平成最後の4月25日に入院して、令和になって5月20日の退院です。

抜歯後の出血が止まらなくなって、口腔外科に入院して、熱が下がらず、誤嚥性肺炎の治療を受けました。

まだ、微熱は出ます。
誤嚥もしていると思います。

「口腔ケアを継続してください」
と、口腔外科の先生に言われました。
先週、レントゲンや血液検査の資料を見ながら説明を受けています。

朝、病室で夫のオムツ交換をしていると、口腔外科の先生が見えました。
外来の始まる前に来てくださったようです。
ご挨拶ができて良かったです。

神経内科の先生も、夫の顔を見に来てくださって、夫に話しかけてくださいました。
有難いです。
月末に予定していた通院日は、もう少し先に変更することに、先生から提案していただき、「30日はキャンセルですね。」と確認されました。

変更手続きが、まだです。


夫は、もうすぐ退院の時間になるというのに、ギリギリまで点滴されていました。

退院用に着替えをさせるのが遅くなってしまいました。


退院の会計は、思ったよりも早くできました。
4月分の請求が来た時に、「マル障」が適用されていないことがわかりました。
これは、後で還付の手続きが必要になるそうです。
5月分は、マル障で計算されていました。
有難いです。

看護師さんからサマリー、先生からの医療情報提供書、薬を受け取っていると、もう時間です。


特養からの迎え
ストレッチャーが来たのには、ビックリです。
「車椅子で大丈夫ですよ!」(私)
困ってしまいました。
特養にストレッチャーがある事もビックリ‼です。


折角だから、と乗せようとしたのですが、何やら要領が悪くて・・・


「車椅子にしましょう?」(私)
ストレッチャーを畳めば、車椅子が入るらしいので、では車椅子で、という事に変更。

無事、退院できました。


「お帰りなさい」
と特養で迎えていただき嬉しかったです。

ユニットの部屋は、そのままでした。


スタッフに迎えられ、看護師さんとお話をした後、
いつもの音楽をかけ、やっと落ち着きました!

夫は、ベッドで穏やかな顔で眠っていました。


安心しました!

無事、退院しました!


573. 特定医療費(指定難病)受給者証の更新手続き

指定難病の更新手続きの書類が、東京都福祉保健局から、随分前から届いていました。
平成31年3月頃だったかもしれません。


受給者証の有効期限によって、受付開始日、受付期限が記されていました。
夫の場合は、8月が有効期限なので、受付は4月から、期限は5月末です。


年1回のこの手続きが、とても億劫に感じるのは私だけではないと思います。
5月中には、手続きをしなくてはなりません。


難病、指定難病として、前頭側頭葉変性が認められ研究が進むことは、願っていることですが、進行性のこの難病に対して、毎年同じ診断書の提出と面倒な申請書類の提出は苦痛です。


医療費の負担軽減のために、特に入院した場合、1ヶ月の負担上限が有るため助かっていました。

でも、1月から東京都でも「マル障」が精神障害にも拡大して医療費の負担が大幅に軽減され、住民税非課税世帯では、医療費負担がゼロになりました。

医療費の自己負担だけを考えるなら、この指定難病の更新手続きの必要はないように思います。


私の住む自治体では、「特殊疾病(難病)患者福祉手当て」が支給されます。

月7000円。

面倒な手続きも、このためです。



「臨床調査個人票」という診断書も、毎年、指定医に書いて貰わなければなりません。
進行性の難病なので、重度になると前年と何も変わりなく、コピーと同じです。
必要もないのではないか?と思います。

手続きの中で、1番面倒なのが、この「臨床調査個人票」の申請と受け取りです。

夫が、年に数回、神経内科の主治医に診ていただくのも、いろいろな診断書を書いていただくためでもあります。

今回、ついつい後回しになっていた申請も、夫が同じ病院に入院したので、一気にできました。

面会のついでに、1階の書類受付に行き、申請。
面会のついでに、受け取りました。

「臨床調査個人票」(診断書)が完成したら、すぐ提出です。


面会の前に、市の「障害福祉課」へ。
夫の特養のすぐ近くです。

ここへ行くのは、「面倒」ではありません。

窓口の方も「面倒な手続き」に慣れていて親切です。

「親切な説明」を提出の時、耳にした事があったので、気が楽です。


「申請したいので、教えてください。」
「はい、一緒に作りましょう。」

と、ひとつひとつ書類を仕上げました。

夫と住所が違うためか私は「代理人」となるので「委任状」も必要でした。

情報提供の同意書にも署名しました。



無事、更新手続き完了しました!


572. 退院日決定!

5月20日(月)に退院予定です。

4月25日「歯の出血」で入院して、その後「誤讌性肺炎の疑い」で抗生剤点滴の治療がされ、回復に向かっています。

5月13日(月)
血液検査、レントゲン、診察の結果から「そろそろ施設に戻れるので、都合を問い合わせてください」と伝えられました。

良かった!

救急病院ですので、入院が長引くことはありません。
回復に向かっているので退院も近いと思っていました。

さっそく、特養の相談員さんに電話で相談しました。
特養の車で迎えに来てくださるそうです。


週明けの20日(月)午前中の了解を得て、病院側の都合を聞くことになりました。

夕方に先生が病室に来られ、直接お話できました。
医師より
◎入院時のレントゲンで見られた左肺の白い影が無くなった。
◎熱は、まだ安定しないが36度台になって来ている。
◎炎症反応(CRP)は、正常値ではないが、良くなって来た。

退院可能と判断。


特養では点滴、吸引が夜間できないので質問すると、
◎点滴は、外しても大丈夫。明日外す予定。
◎痰の吸引はしていない。

退院後も口腔内を綺麗にするよう言われました。

「退院日が早まるなら連絡を、」
というお話でしたが、
「差し支えなければ、20日でお願いします。」
と頭を下げお願いしました。

「わかりました。では、20日ということで動きます。」
と笑顔で仰っていただき安心しました。

長く入院できない病院です。
同じ病室の方は、数日で退院して、メンバーが次々変わっています。
午前中に退院すると午後には新しい方が入っています。

20日まで入院は、申し訳ないけど、有難いです。


退院日が決まって、一安心です。

夫は、元気になって、動く左手で看護師さんの白い腕を触ったり、頭をボリボリ掻いたりしています。

イヤホンで音楽を聴かせると感動の声を出していました。

先生は、「痰の吸引はしていません」と仰っていましたが、
まだ夜1回は、吸引されているようです。

それでも、日増しに良くなっているのがわかります。

良かったです。






571. 入院生活2週間目

5月8日(水)
病室に行くと夫は車椅子に座って窓の方を向いていました。
検査は、終わったようです。

隣のベッドでは、先生が診察中でした。
「お名前教えてください。」
「ここはどこかわかりますか?」
聞き覚えのある声です。
偶然にも、神経内科の主治医の先生でした。

ちょうど、カーテンが開いたので目で挨拶を軽くしました。

先生の患者さんが同じ病棟に何人かいるのだと後でお話してくださいました。

エリキュース(血液さらさら薬)の話もできました。
今は、止めている、という話から、私が「今後止めたい」とお話すると
「それも有りですね。」
と、いうお答え。
頭から反対されなかったので安心しました。

前回の重症な肺炎を救っていただいて、胃ろうを勧めてくださった先生です。
「もう2年になります。家に帰って楽しい時間を過ごせて感謝しています。」
というような事をお話すると
「そう言っていただけると嬉しいです。」
と笑顔でした。

たぶん、胃ろうについて悩まれる事もあるのではないかと思います。

良い先生です。
「また、寄りますね」と夫に挨拶されました。
夫は、知らん顔。
「場所が違うとわからないみたいですね」と、さすが先生わかっていらっしゃいます。
「私の顔もわからなくなっています。スタッフだと思っているみたいです。」
と私も笑ってお話できました。

夫の口の中を見ると、少し出血して、痰もありました。

痰の塊を取りながら、良く見ると、
奥歯の方にあった糸がなくスッキリしていました。

抜糸した事がわかりました。

出血の原因がわかって安心。
僅かな出血は、すぐ止まって気にならなくなりました。

車椅子で過ごし、お昼の胃ろう栄養も車椅子のまま入れました。
「プッシュケア」という小さなパックは、簡単でした。



夕方になって、呼吸器内科の先生が見えました。

夫の胸に聴診器を当て
「胸の音は、悪くないです」と仰られました。
血液検査の結果も、それほど悪くないのだそうです。

今後の治療方針は、これから考えるそうです。

熱は、37度5分。

回復に向かっているようにも見えました。


5月9日(木)
面会は、一休み。
「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会に参加しました。


5月10日(金)

抗生剤の点滴が始まっていました。
「ということは、まだ、あと1週間ですかぁ?」
と、看護師さんに呟くと、「そうですね。その後検査、ですかねぇ」
とにこやかに答えられました。

点滴と口の中を綺麗にするよう指示が出ているそうです。


少し安心しました。






570. 再検査は明日

5月7日(火)
10日間のゴールデンウィークも終わりました。
「7日に再検査」と聞いていたはずでしたが、行ってみると何もないようです。
看護師さんに確認してもらうと、特に医師からのオーダーはないとの事。
回診も、外来が混んでいるので何時になるかわかりません。

「7日、検査結果で」という話は、出血騒ぎで消えていたようです。



夫は、氷枕をしていました。
熱は、37度7分。

隣のベッドの方は、今日退院して、すぐ新しい方が入っていました。
その方、点滴を外してトイレに行って、看護師さんに注意されていました。

向かいのベッドの方は、2日後に退院が決まっているご高齢の方。
言葉が出なくても「あー」とか仕草で訴え、こちらの言っていることは、理解できるようです。
とろみ食を介助で完食なさっていました。
施設に戻られるようです。


その隣の方は、もう少し言葉らしく訴えて「バあやろぅ」と大きな声も聞こえました。圧迫骨折で体が痛いのだそうです。
思うように体を動かせず、訴えた事が伝わらないもどかしさがわかります。
「ご機嫌悪いのね」と相手にしてもらえません。
聞こえた薬の名前から、パーキンソン?か、寝言のような独り言も納得です。

そんな中、夫は静かで重度です。

文句も言いません。言えません。

口の中に痰がこびりついていても、喉が痛くても、訴える事ができません。

検温をして、熱があると氷枕で冷やされるようです。


私は、夫の口の中の痰の塊が気になって、どうやったら綺麗にできるか、大先輩のKさんに教えていただきました。

丁寧に、舌ブラシの写真も送ってくださって、有り難かったです。

舌ブラシに口用ウェットシートを巻いて使うのだそうです。
やって見たのですが、難しかったです。

「上顎にくっついたのが取れない」
と、また教えていただきました。


痰が口の中で固まって取れない、なんて思ってもいませんでした。
「ガーッ」って出すことも、飲み込むこともできないのです。

口の中の痰を「どうだぁ」とたくさん取りだしました。
こんな塊、こんなにたくさん!
まだある!「取らせて~」

何度も口を開けさせて綺麗にしました。

家に戻って「あまり取りすぎて傷つけないように」
というメールを読みました。


初めての事に夢中になってしまいました。

夫は、「やめて」というように私の手を押さえたり、タイミング良く口を開けてくれたり、元気になって来ているようです。

熱、下がって欲しいです。


569.熱

5月5日(日)
友人とランチをしてから病院へ行きました。
街路樹の緑が、毎日見ても今が綺麗だと思います。

夫は、病人の顔で眠っていました。

熱が37度から38度あって安定しません。
触ると熱いので、38度近くはあるようでした。

氷枕をしていました。


夫の部屋は、4人部屋の窓側です。
景色が綺麗に見えます。

排泄表の2時間毎の記録を見ると
どちらも順調のようです。

栄養が変わったためか便が多少ゆるくなっているようですが、1日1回です。

数日前
「便がゆるいので、下剤止めさせていただきますね」
と、看護師さんに言われ、それまで服用していたのかとびっくりしました。

「便秘の時、適宜、適量」とお話したはずでした。
医師から指示通りなのかもしれません。


入院した時は、「便秘がちです。」と伝えたので、処方されていたようです。

今は、下剤を入れなくても出ているようです。



口の中の汚れが気になります。
粘り気のある痰が口の中で固まっていました。

痰の絡まった咳も出ます。
喉がガラガラしているようだったので、看護師さんが来た時にいうと、後で吸引してくれました。
それが、とても苦しそうでした。
鼻から深くまで入れて、たくさん痰が引き上げられました。

久々の痰の吸引でした。

「熱が高いので」と薬も点滴で入れるようです。
「え?薬?」
と声を出すと
「先生から指示が出ていますから」と。

連休中で回診はないので、たぶん「指示」なのだと思います。


胃ろう栄養の吸入をさせていただいたので、水分もたっぷり入れました。


5月6日(月)
ゴールデンウィーク最後の日。

氷枕から普通の枕になっていました。

口の中は、時間をかけて綺麗にしました。
痰の塊は、あっても出てくる痰は、透明になっているようです。

熱は、日中は下がっていたようです。
夕方の検温は、37度5分でした。
若い看護師さんをじっと見るだけ元気回復しつつあります。

568.入院して10日目

4月25日(木)に入院して、もう10日です。
一晩だけでも入院させていただけたら安心、と思っていました。
大きな病院ですので重症患者しか受け入れない、と聞いていました。
「1週間」という入院計画書を見ても、そんなに長く入院にはならないはず、でも連休中だから、と思っていました。

「30日の検査結果で2日の退院。」
と聞いて、喜んでいたら、とんでもない。
検査結果が思わしくなかったので、ガッカリ。


「連休中だから病院がいい」と気持ちを立て直していたら、夕方からの出血。
夜の緊急手術(?)になって、退院どころではなくなってしまいました。



歯の経過は、良いように見えますが、熱が安定しません。



口の中の汚れが、気になって、毎日口腔ケアをしています。
乾燥するのか、体調のためか、痰の状態のためか、舌にこびりついた汚れがあって、なかなか取れませんでした。
看護師さんにも見ていただいたのですが、
「頻繁に見るよう引き継ぎます」
と、にこやかに仰っただけでした。

熱が38度あるから、と氷枕をして、
でも、30分後位に他の看護師さんが来て検温して、37度?

「さっき38度あったのですよ」
と言ったのですが、笑顔でした。


夫は、大きなくしゃみ(>ω<)/。・゜゜・していました。
「ハックション」と声が出ました。
痰の絡んだ咳をすると喉が痛いのか、顔をしかめていました。

口の奥の痰をモアブラシで取りました。
塊のような物も取れました。
飲み込みは、ちょっと心配です。

「ごっくんしてね。」
といってもわからないのですが、喉仏をタイミング良く押すと音を立てて飲み込んでくれました。


オムツの当て方も悪いのか、なんだか?
ズボンをよく濡らしています。
洗濯は、私です。

特養では、オムツもお洗濯もすっかりお任せでした。


今日は、ちょうど便をしていたので、取り替えようとズボンを脱がせていたら、洗浄道具を持って入って来られて、グッドタイミングでした。
慣れない手つきでしたが、有り難かったです。
手伝うと「ありがとうございます。」と言われました。


昨日は、胃ろう栄養の吸入もやらせていただきました。

特養では、「手を出さないで」という看護師さんのオーラに屈して手が出せません。

病院で「じゃ、これ、お願いします」
と、すっかり任されて、「いいの?」という感じでした。
胃ろうの栄養も進化して、小さく簡単になっていました。

気になるのは、カロリーが増えていること。

栄養をつけて、体力回復を期待しているのかもしれません。
ずっと1200キロカロリーだったところ、1800キロカロリーになっています。
3食、2パックずつです。


これで元気になってくれたら嬉しいのですが。。。




567.退院延期

入院は、1週間の予定でした。
連休中の退院は、無いと思っていたら
「30日の検査結果で2日の退院になってもいいですか」
と聞かれました。

特養の相談員さんに連絡して、2日11時なら迎えに来てくださるというお返事もいただいていました。

ところが、
30日 病院へ行って見ますと
夫の口が、血で汚れていました。
出血の後のようです。
昨夜、38度の熱があって、37度に下がっているとの報告。

口を綺麗にしていただいて、先生のお話を伺いに
口腔外科外来診察室へ行きました。

コンピューターで、入院時と今日の血液検査結果を比較して説明していただきました。

CRPが、まだそれ程下がっていない。
抗生剤の影響か肝機能の数値が良くない。

今後、抗生剤を止めて様子を見る。

ということで2日の退院は、延期です。

連休明けの7日に、血液検査をして、その結果によって退院予定を決めるそうです。

エリキュース(血液サラサラの薬)を再開して服用している、と看護師さんから聞いていましたので、「止めたい」とお話しました。
口腔外科の先生ですので、「その場合、どの先生にご相談すればいいですか?循環器ですか?」とコンピューターでデータを調べながら聞かれました。
エリキュースは前回の入院時の検査で血栓が見つかってからです。
「神経内科の先生です。」
「わかりました。」


その日から、暫く「休止」になりました。
「完全に傷が治ってから再開」と口腔外科の先生から、この後聞きました。

この後の「出血騒動」の後の話でしたので、
「服用を今後止められないか」
という話は、後にしよう、と口にしませんでした。


口腔外科の先生の診察の時は、少し出血が見られる程度でした。

その後、夕方、ちょうど私が病室から離れていた時にも、夫の診察に来てくださって、その時も出血は止まっていたそうです。

その直後からだと思います。

出血が止まらなくなりました。

ガーゼで圧迫止血をしても、すぐに出血して溢れる程です。
夫は、飲み込みも吐き出しもできないので、溺れそう
ナースコールで看護師さんを呼んで吸引。

ガーゼを分厚くして押さえても、
10分経たずに、溢れだして、吸引。

たくさん血が、血の塊も吸引されました。
ちょうど、看護師さんも忙しい時間です。

夜勤の看護師さんに引き継がれていました。

止血と15分毎の吸引。

緊急時に慌てないのが看護師さんです。

かなり慌てている声が聞こえていました。

若い看護師さんの多い病院です。
重症患者が殆んどの病棟です。
ナースコールも多いようです。
いろいろ指示が聞こえました。

担当看護師さんは、口腔外科の先生と連絡を取っていました。

私は、夫のガーゼを押さえたり「もう限界です」と吸引をお願いしたり。
看護師さんの困っている様子に
「私、差し支えなかったら、夜、付き添いますよ」
「いえいえ、それは管理上できないんです。」
でも、結局は、面会時間の19時を過ぎても出される事はありませんでした。

入院した時と同じか、それ以上の出血の状態でした。
これは、外科的な処置が必要、と私にもわかります。
夜勤の看護師さんだけでは無理です。

1時間、ガーゼで様子を見るよう先生から指示があったのは、先生に連絡してから1時間後の応答でした。

それでも、その指示で看護師さんも夫も少しは落ち着いたように見えました。

口腔外科の先生が処置道具を持って来られたのは、夜8時は過ぎていたと思います。

私は、夫の左手を握って動かないようにしていました。
部屋から出される事もなく、処置の説明もしてくださって、「見ますか?」と口の中を照らして見せてくださいました。
若い女性のお医者さん、とても落ち着いていて、さすがです。

説明は、ゆっくり丁寧でしたが、私には再現できません。
切って縫って綺麗に洗浄されていました。


入院した時と同じように、「ひと安心」です。


夫も、安心して眠ったように見えました。


すっかり後回しになっていたオムツ交換をお願いして、汚れたズボンを受け取ってから帰りました。



平成最後の日でした。




566.タクティールケアと音楽療法

4月28日(日)
ゴールデンウィーク中は、病院かと思っていましたが、
退院できるかもしれません。

看護師さんから、30日と2日は平常通りなので、30日の検査結果で2日に退院になる可能性大、と聞いて嬉しくなりました。
30日の午後に先生からお話があるそうです。

おまけに「娘さんですか?」なんて言うので単純に喜んでしまいました。



今日は、入院している夫に大サービス!

タクティールケアの資料を看護学の先生にいただいたので、やって見ました。

「触れる程度に、包み込むように、心を込めて」
と教えていただきました。

片方ずつ、ゆっくりと、です。

まだ、資料を見ながらです。

とても気持ちの良いゆったりとした時間でした。

特養に戻っても、やってみようと思います。

「手当て」の基本のようにも思います。
ケアしている方も、ゆったりと癒されます。



そして、
音楽療法?
音楽を聴かせただけです。

YouTubeから夫の好きそうなクラシック音楽をイヤホンで聴かせました。

音量を上げると、声を出して泣きそうな顔になりました。

あまりにも悲愴な声にビックリ!
「大丈夫ですか?」
と看護師さんがカーテンを開けて見にきました。
「大丈夫です。音楽に感動しています。」
私も夫の声にびっくりしました。

反応良すぎです。
音量を下げました。


特養のお部屋でも聴かせていたのですが、イヤホンではありません。

音量の違いなのかもしれません。

こんなに喜ぶなら、高性能のイヤホンをプレゼントしよう、と思いました。


特養で平穏に暮らしていては、なかった事です。

入院して、変化も発見もあって、良かったかもしれません。


病院へ通う道は、新緑が綺麗です。

565.入院の決断

入院は、もうさせないつもりでした。
でも、入院した方がいい状況になりました。


決断は、重要です。

家族が決めなくてはなりません。

「入院させたくない。」
という思いも伝えなくてはなりません。

「受診をお願いします。」と言うことは
医療処置をお願いすることで入院も考えなくてはなりません。

もし、
もしも、発熱だけなら、
たぶん、すぐに入院は、させなかったと思います。



でも、よく自分の気持ちを整理して見ると
「入院させたくない。」
ではないのです。


「病院で死なせたくない」です。

さらに、考えると

「穏やかに看取りたい」です。

場所の問題ではないのかもしれません。


まだ、先のこと、でも、そんなに先でもない。

「特養で看取り、いや、家で」
と漠然と考えていました。



なので、
「ご家族の希望があれば病院を探します」
という看護師さんからの申し出は、すぐに受け入れられませんでした。
しかも、発熱や脱水、肺炎の疑いの内科?
残念ながら、看護師さんが口にした病院の評判は、あまり良くありませんでした。



「口腔外科を受診する」

と決めたのは、歯からの出血が止まらなくなってしまったこと。
そして、
診てくださった訪問歯科医の「これ以上の治療は口腔外科」という言葉があったからです。

16時30分くらいの時間だったかと思います。

そこから、時間がかかりました。


18時ころ
救急外来の処置を受けながら、
「入院させていただきたい」
と、いう気持ちになっていました。
この時間に、特養に帰っても点滴も、吸入も心配です。


入院が決まって安心しました。

特養の看護師さんは、入院が決まるまで付き添ってくださいました。
訪問歯科医の先生は、「奥歯を抜きました」と私が報告した後、タクシーでお帰りになったそうです。


入院手続きの書類を「救急受付」に提出して、
決められた病棟の病室へ行きました。

夫は、すでに寝ていました。

出血も止まって、安心しました。


564.入院した日のこと

4月25日(木)
特養の看護師さんから電話がありました。
20日(土)に抜歯してから何事もなかったのですが、今朝出血していたとのこと。
何時からかは不明。
量が多く、看護師が呼ばれ止血したそうです。

血液や血の塊を飲み込んだので、それを嘔吐してしまい、胃ろう吸入はしない、薬も入れられない、という報告でした。

「お手数おかけします。連絡ありがとうございます。よろしくお願いします。」
と、私は、歯の出血を軽く考えて、「苦情を言わないように細かい変化を報告している」くらいに思っていました。

看護師さんは、職業柄かとても冷静な話し方です。
「すぐに来てほしい」などと言いませんでした。

2回目の電話も同じでした。

「熱が38度3分あります。歯は、訪問歯科医に診てもらいました。その時は、熱もなく止血できていました。今は熱があって、解熱剤も入れられない状態です。」

という報告も「すぐに」という感じではなく
「今日は行かれませんので、よろしくお願いします」
と私も答えていました。


「八重桜」の散歩の翌日は「ケア計画会議」もあって今週は、連日の面会だったこと、孫関連のちょっとした用事もあったので、面会は「お休み」と決めていました。

でも、
やっぱり心配です。

「ちょっと行ってくるね。」
と、娘に話し、特養に向かいました。

特養が近いので、こういう時助かります。
遠かったら、行かなかったかもしれません。


夫は、
寝ていました。
吸引器を使ったと聞いていました。
吸引された血液混じりの液体が容器に入っていました。


看護師さんがすぐに見えて、お話がありました。

バイタルの報告。
家族の希望があれば入院先を探す。....
というお話。

この時点では、歯の出血は止まっていたので心配は、
熱、脱水、誤嚥性肺炎?

「今は入院をさせたくない。」
という気持ちをお話しました。
ずっと考えて来たことでした。


特養の内科の先生は、連休明けまで来ないそうです。
看護師さんが先生の指示で動くのだそうです。
夜は、看護師不在になるので水分吸入も出来ない。
点滴も出来ない。

「私が、泊まります。」

それは可能です。
広いセミパブリックルームは、家族が泊まれるようになっています。

夕方まで様子を見て、家は近いし
と、まだ軽く考えていました。

看護師さんは、医師と連絡を取りに行ったようです。

夫は、時々目を開けて、いつもと同じ顔。
不機嫌な顔ではなく穏やかな顔。

お話をしてくださる看護師さんと、いつもの夫の担当の看護師さんとは別の方。
家族対応の役割分担があるらしい。
勤務時間もあるのかもしれません。

お話してくださった看護師さんが、この日入院まで付き添ってくださいました。

夫の変化はないまま、ベッドサイドで
どれぐらい時間が経ったか、
平穏な時間が過ぎました。


オムツ交換をしていただいて、ちょうど看護師さんが見え、ついでに汚れた防水シーツを交換していただきました。
体の向きを変え、頭を動かした時、
「あ、また!」
枕カバーに血液混じりの唾液が見えました。

私が思っているより大量出血だったらしく、モアブラシで私が取ろうとすると看護師さんに止められ、手を出そうとすると、
「廊下でお待ちください」
と出されてしまいました。
吸引されていました。

「私、邪魔?」
憤慨しましたが、この時間にトイレに行き、気持ちを落ち着かせました。

夫の部屋に戻るとちょうど終わっていました。


それからが、大変でした!

少しして、ふと見ると出血して血が口の中に貯まっていました。

止血しても10分か、それくらいで、また出血してしまうのです。


長い時間20分くらい押さえて止血できたようでも、またすぐ出血。

繰り返すので、手を離せなくなりました。


看護師さんも頻繁に見に来てくださっていました。
どうするかという話も特養側で相談していたようです。

そして、
「だめ、止まらない」と携帯で連絡すると、
「すぐ、他の看護師がお話しますので、押さえていてください。私は他も回ります。」と言われました。


長い時間待っていたように思います。

歯科医の先生に連絡すると、すぐ診に来てくださいました。

そして
「○○を○○で埋めて、押さえて」
とか「奥歯も抜けば良かったか」
とか「上の歯を少し削ろうか」
とか。

私に「ここでの処置には限界があります。これ以上は口腔外科になります。どうしますか」
と聞かれました。
「お願いします」
と即答しました。

出血は止めなければなりません。
一晩中付き添っても、止血はできません。
口腔外科受診に迷いはありませんでした。

相談員さんに病院を探して貰うと、希望した病院の救急外来で診ていただけることになりました。

歯科医の先生も、一緒に付き添っていただきました。
「経過を話したい。処置を知りたい。」と仰っていました。
偶然の歯科休診日にお世話になりました。

看護師さんもサマリーを用意。
介護スタッフは「入院の時のために」と衣類やオムツを一組紙袋にまとめてくださいました。

私の車は、福祉車両ですが、病院まで、特養の車が出るそうです。
私は、その後の動きを考え自分の車で行きました。

病院では、すぐに診ていただけました。
3人のお医者さんと男性看護師さんで夫を囲んで相談。
すぐに麻酔の用意。
お医者さんの指示に看護師さんが動いていました。

「奥歯も抜いた方がいいな」
「聞いて見て」
とか小声。
「抜いてください」と声を出しました。
処置の途中ですので早い方がいいです。

抜いて、縫って、という処置。

「おっと、口開けていてください。」
が夫に、わかりません。

私が介助して口の中に手を入れ、開けさせました。
「ガーゼ使いますか?」
と滑らないように、ガーゼを渡してくれました。
一人は、吸引。
一人は、手を押さえて、補助。

「これで大丈夫でしょう」
と、かなり縫ったように見えました。

落ち着いた所で、
熱が出ていて、水分も入っていないこと。
特養では、点滴できないこと。
夜は、吸入もできないこと。
一晩入院させていただきたいとお話しました。

お部屋を探してくださったようです。


入院が決まって良かったです。

レントゲン、血液検査の後、点滴が繋がれました。


病室の窓側ベッドからは夜景が綺麗に見えました。
安心しました。


翌日、熱は下がりました。


563.入院しました!

焦って、書くからか、
何度も消えてしまって、
もう、今日は書く気力がありません。
「八重桜」の記事を書いたその日に入院しました。

歯の出血と発熱のためです。

4月25日、無事、入院して安心しました。

平成最後の入院です。

長い1日でした。

562.八重桜

画像
夫の特養の部屋は、3階の角部屋です。
突き当たりのドアの窓から八重桜が見えます。

お天気によって、遠くに富士山も見えます。

大きな八重桜を、前日、見に行った時は、スマホを部屋に置き忘れていました。
いつも持って歩いているのに😩

写真に残して置きたいと思いました❗

お天気が良かったので、1日で蕾が全部開いて満開🌸です。
画像

風に揺られて、ピントが合っていません。

大きな大きな八重桜の木。
たった1本。
見事です。
画像夫にも見せてあげました。
目の前で揺れる桜の枝を見ていました。

少し迷惑そうな顔だったかもしれません。

私は、写真を撮って、ゆっくり桜を眺めて満足です。


午後、もう一度
久しぶりに会いに来てくださった夫のお姉さん夫婦を案内しました。

先日は、お兄さん夫婦と公園を散歩しました。

もう桜が散ったその公園をお姉さん夫婦と散歩した後、この八重桜を見ていただきました。
車椅子を押していただきました。
写真も撮っていただきました。

お姉さんと一緒に写真を撮ろうとすると、夫は大きな口を開けて笑いました。
泣いているようなクシャクシャの顔の記念写真が撮れました。

私の写真も撮っていただきました。

私が一番嬉しそうな顔でした😊


八重桜は「普賢象」ではないかとお姉さん。

調べてみますと、
雄しべが「普賢菩薩」の乗る象の牙のように見えるのがその名の由来とか。
画像

私の写真では、良くわかりません。
「八重桜」には違いありません。

気持ちの良い散歩ができました。

561.口腔ケア&散歩

抜歯した翌日、日曜日に口腔ケアがありました。

出血も止まっていました。

口腔ケアは、週1回、だいたい土曜日ですが、都合で曜日が変更になります。

月4回ですので、5週目はお休みになります。

次回は間が開いてしまうので、5月1日(水)になりました。

入所してからずっと同じ歯科衛生士さんなので、夫も慣れているようです。

安心して、タイミング良く口を開けます。

口腔ケアの時は、私も側に居て、お手伝い、というより邪魔にならないようにしています。

夫は、時々私と歯科衛生士さんと混同するのか、私が口の近くに手を出すと口を大きく開けたりします。
歯科衛生士さんの動きを目で追ったり見比べたりします。
ジーっと見ています。
目は動かしますが、首が固くなって、あまり動かなくなってしまいました。

歯科衛生士さんは、毎回諦めることなく、歯磨き以外にも、いつも同じプログラムを試みてくださって有難いです。
「はい、こっちを向いてください。」
とか
「お腹に力を入れて、声を出しますよ。はい!アンパンマン!」
夫は、「何やってるの?」という顔です。

私は、いつも感謝の気持ちで笑顔になれます。
私が笑って大きな声になると夫も泣きそうな笑顔でした。


歯科衛生士さんが抜歯後の止血を確認して、報告していただけたので、すぐに血液さらさらの薬が再開されるようです。



口腔ケアの後から栄養注入までの、少しの時間、散歩しました。

目的地は、夫の所から見える八重桜の木です。🌸

すぐ隣ですが、フェンスがあるので少し遠回りです。
ちょうど見事に咲いています。

隣の病院の駐車場から遠回り、と思ったら、途中で歩行者用の扉が開いて入れるようになっていました。

高等看護学校の跡地。
校歌の石碑が樹木の影に残っていました。
遠い昔のことを少し思い出しました。
この学校を卒業して、結婚して、子どもを育てながら看護師として働き、いきいきと生活していた女性達のこと、古い建物でダンスパーティーに誘われたこと等。
ぼんやりと思い出しながら車椅子を押して歩きました。


整形外科のリハビリに力を入れている病院らしく、車椅子で散歩にはピッタリでした。

八重桜の木に向かう道路には、「車椅子用。車の乗り入れは禁止」というような看板がありました。

車椅子で散歩ができるようになっています。
夫の部屋から見られる散歩道は、もっと奥の方のようです。

体育館のような建物の横を通って、八重桜へ。

なんと大きくて立派な八重桜!
ほぼ満開!
つぼみもありました。
ピンクの濃淡も綺麗!

枝に手が届くので、そっと触れて見ました。
夫の顔を桜のすぐ側に向けて、花🌸を見てもらいました。

夫の特養、八重桜、と良い風景。
写真を、、、
残念(>_<)携帯を部屋に置いて来ました。

目に焼き付けておきました。


良い散歩道の発見でした。
目の前の公園だけでなく、こちらもコースに加えられそうです。


急いで戻らなくても、近いので充分でした。


胃ろう栄養ラコールの注入の前に
「トイレ行きましょうか」
とスタッフに声をかけられました。

日曜だからか時間がお昼だからか、スタッフは女性ひとり。
「私で良ければ」
と一緒にトイレ介助をしました。

久しぶりです。
いつもは、お任せしています。

車椅子から立たせ、便器に座らせ、
便器から立たせ、スタッフにオムツをしてもらって、車椅子へ。

しっかり立たせようと、「こっち向いて」と顔を上に向けようとしても目線を合わせてくれません。
「私よぉ~」と言っても、スタッフだと思って緊張しているようでした。
トイレ介助で奮闘して、汗が出ました。
「暑いですね。だから半袖なんですね」
「まだいいですよ。夏は暑いです。」
と、スタッフと話しながらトイレを出ました。


「できるだけトイレで」というスタッフの言葉も有り難かったです。
在宅では、とても出来なかったことです。

トイレに座ってもらうのは、私は嬉しいのですが、夫は眉間にシワを寄せます。

ベッドに寝かせると安心した顔になります。

栄養注入までの僅かな時間に、気持ち良さそうに寝てしまいました。



560. また抜歯です。

前回の抜歯は、急だったのでびっくりして「どうして?」と動揺しました。
今回は、そんな私を納得させるためか、連絡が細かく丁寧でした。

私も、「歯がグラグラして心配😥」等と特養の看護師さんに話す事は混乱に繋がるので、歯のことは口腔ケアの歯科衛生士さんにお話するようにしました。

日常のケアをしてくださる介護スタッフも歯のことは歯科衛生士さんとお話していたようです。

上の左の奥歯。
歯茎が炎症を起こして、グラつくだけでなく、腫れて出血も多くなっていました。

歯科衛生士さんから歯科医の先生に連絡が行き、診察した先生から、抜歯をした方がいいと歯科衛生士さんを通して家族の意向を聞かれました。
私は、以前に抜いた歯よりも気になっていた歯だったので時期を待っていました。

歯科衛生士さんが先生との間に入ってくださって、最終的には、トラブルを避けるため、直接先生から連絡をいただいて「抜いてください」と私から先生にお願いしました。
抜歯の日程を特養と話し合って決定後、再度連絡をいただきました。

土曜日の午後1時から、です。

奥歯ですので、出血が心配で吸引の用意も必要かと気持ちの準備はしていたのですが、あっけなく終わりました。

麻酔の注射は、痛そうな表情でした。
痛かったと思います。

抜歯は、思ったより簡単でした。
もっと大変かと思っていました。
残念ながら、すぐ抜けたようです。

止血を、ガーゼでしっかり押さえてしていただきました。
「もう大丈夫でしょ?」
に返事をしないと
「あ、まだか、あと5分ね。」
「もう止まりましたね。」
と、私が「はい」と納得するまで手を離しませんでした。


「有り難うございます。またよろしくお願いします。」
と、挨拶をして終わりました。

「ガーゼは?」
という助手の方、(看護師さんか歯科衛生士さん?)
「いえ、大丈夫です。」と私。

前回、出血を気にし過ぎて、血の塊まで取ってしまったので反省!
触らない方が良さそうです。

吸引器の出番もありませんでした。
無事終了です。


いつもタオルを口に入れて噛みたがるのですが、今日は我慢してもらいました。

タオルを渡さないと、手の届く布、服の襟やクッションの端を口に入れようとして、気に入らないのか上手く口に入らないのか、すぐ諦めていました。
自分の指も?と、ちょっとヒヤリとしましたが、眺めただけでした。

出血が心配なので、タオルを口に入れて噛むのは、少し我慢して、できたら忘れて欲しいです。
でも、口に入れるのは残された楽しみなので、取り上げられないかもしれません。


疲れたのかウトウトしているようでした。


夕方まで側に居て、口の中を綺麗にしました。
「帰るよぉ」と声をかけると
珍しく声を出して泣きそうなクシャクシャの顔になりました。
「なんて顔するのぉ」
と笑うと、またクシャクシャの顔になりました。
反応良好!

明日、口腔ケアが入っていますので、また様子を見に行ってみます。


559.北陸の旅

夫は変わりなく元気です。
学生時代の友人5人で北陸へ行ってきました。
羽田空港、早朝の出発でした。
前日、つくしの会役員会で、「リムジンバスで空港へ行く」とえいさんに話すと「渋滞で遅れる可能性大」とアドバイスを受け、急遽、羽田近くに前泊しました。
1泊だけ、ちょっとした一人旅気分でした。
画像

4月5日から7日
春爛漫の北陸3県のツアー
とっても良いお天気で、桜は満開で見事でした。
前日までの、あまりの寒さに天気予報が信じられず、寒さ対策ばかりしていました。
画像

春爛漫 桜良いとこどり3日間のツアー

「良い時に来ましたね」
とどこへ行っても言われました。
画像「薄墨桜」も咲いていました。

福井の温泉に1泊、富山の温泉に1泊しました。

金沢の自由夕食では、美味しいお寿司を食べました。
人気のお寿司屋さんには行列ができていて、友人たちがいなかったら諦めているところでした。
美味しくて「のどぐろ」をおかわりしました。

楽しい3日間でした。
羽田からのリムジンバスは、偶然桜並木を通るコースで、思いがけず「夜桜」を見ることができました。

帰って翌日から、また寒くなってお天気も良くありません。
晴れ間を逃さず、夫とお花見しました。
もう、散り始めています。

画像

夫は、大きな変化はなく元気です。

557. 「若年性認知症家族会彩星の会」へ

3月24日(日)
若年性認知症家族会彩星の会の定例会に行ってきました。

3月は、年1回の総会です。
出席は、いつもより少ないように見えました。

私は、2か月に1回仲間の集まりを楽しみにしています。

えいさんと一緒にお昼を食べてから参加しました。


途中、満開の桜を見ることができました。
青い空に揺れて綺麗でした。

道案内にNaoさんが立っていて、手を振ってご挨拶です。
「お元気でしたか?」
「ええ、元気です。」
この日、何度も
「元気~?」
「元気ですよ~」
と久しぶりの再会挨拶が交わされました。



会場エントランス1階で会ったスリブリさんとえいさんがお話をしている間に受付に行くと
「あら、今日はお一人ですか?」
と聞かれました。
いつも二人で参加するのでセットで定着しているようです。



会場に入って、アワキビさんご夫婦と再会。
ずぅさんも、少し遅れてサザンカさんにもお会いできました。

総会が無事終わって、休憩時間には、多くの方に声をかけていただきました。
嬉しかったです。

沖縄のさんさ踊り、腹話術、たますだれ、の大サービスを楽しませていただいて、二次会に向かう時間になりました。

いつも二次会は楽しい時間です。

今回は、その後サザンカさんとえいさんとコーヒーを飲みながらたっぷりお話をして帰りました。