661.心身障害者医療費助成制度について

心身障害者医療費助成制度(重度心身障害者医療費助成制度)
心身に重度の障害がある人の医療費を助成する制度です。

《自治体によって違う》

東京都の場合は、この心身医療費助成制度を「マル障」といいます。

都道府県や市町村が実施しているもので、自治体によって、名称も異なっています。

精神障害者保健福祉手帳を持っている人が対象となっているかどうかも、その等級も自治体によって異なっています。

助成対象も所得制限もそして、有効期限も自治体によって、異なっています。

精神障害者保健福祉手帳2級から助成される自治体も、所得制限なしの自治体もあります。

《マル障》
東京都では、2019年(平成31年)1月から、精神障害1級もマル障の対象になりましたが、それ以前から2級でも医療費負担ゼロという自治体もあって、東京都は、やっと追いついたという感じがしていました。

これも若年性認知症家族会彩星の会の介護仲間からの情報ですが、2015年に前頭側頭葉変性症が難病指定となって、入院時の医療費負担が軽減される、と喜んで報告すると、「心身障害者医療費助成制度」で無料だと、サラリといわれた方がいて、自治体によって、こんなに違うのかとびっくりしました。

東京都の条例改正で、精神障害もマル障対象になった時、その経過措置として、65歳以上であっても31年7月まで受け付けられることを知って、すぐに申請しました。

身体障害者手帳は、65歳を過ぎてからの申請し、2級です。
現在は、1級に該当しますが、1級と2級の差はなく、重度障害に変わりはないのでそのまま2級です。
更新の必要がないので、自動車税の減免や高速道路の割引などは、身体で登録しています。

マル障は、精神障害1級で交付されているため、精神障害保健福祉手帳の有効期限がマル障の有効期限になっていました。
夫の場合、令和2年7月31日です。

コロナウィルス感染拡大の中、手続きに対し、なんの優遇措置もなかったのも、不満でした。
「3か月前から手帳の更新申請可能」と「早めに」という書類だけで、更新申請に必要な書類は、窓口へ受け取りに行かなくてはならず、診断書依頼に病院受診も必要でした。
難病指定は、自動継続になったというのに・・・・
この手帳の申請も自治体によって、コロナの影響を配慮し、自動継続とした所もあるようです。

混雑する時間帯を避け、診断書を病院に受け取りに行き、役所の窓口で手帳の更新申請を済ませました。
発行の前に、郵送で届いたのが、「マル障更新手続き」という「現況届?」だったようです。

簡単に郵送で提出してしまったので、記憶にないのですが、
ブログに、かなり詳しく書かれていました。
これを読むと、
「心身障害者医療費助成制度(マル障)の更新手続きのお知らせ」 となっています。
しかも、「8月31日で切れるので更新手続きが必要です。」と。
どう読んでも、これはマル障の更新手続きです。
「現況届」という文字も記録に残っています。

これを読んだえいさんが「自動更新のはず」と教えてくださいました。

私は、これで「マル障の更新手続き」は完了したものと思っていました。
なるほど、8月31日で切れるマル障は、精神障害手帳でなければ、これでOKです。
多くの自治体は自動更新です。

夫の手帳は7月31日が有効期限でしたので、マル障も7月31日が有効期限です。
8月1日から8月31日までのマル障受給者証申請が必要だったのです。

そのために「手帳が交付されたら、マル障申請をしなければならない」ということを私は理解できていなかったのです。

7月に手帳を受け取りに行っても、もうマル障の更新手続きは終わったとばかり思っていました。
もし、紛らわしい「現況届?」の書類提出がなければ、手帳交付後にマル障更新手続きはしていたと思います。

もし、手帳の有効期限が、2月とか4月なら、わかりやすかったのかもしれません。

無事、マル障更新手続きと身体障害手帳への変更届を提出し、
8月の医療費請求のために必要な、8月1日から8月31日までのマル障(水色)と
9月1日からのマル障(クリーム色)が交付されました。

精神障害保健福祉手帳から身体障害手帳へ変更したことで、2年毎の精神障害1級の手帳更新後のこの手続きがひとつ省かれ安心しました。



夫は、重度の障害者となりましたが、いろいろな制度に助けられ生活できています。
有難いと思います。


そして、介護仲間がいて情報交換ができることで、今回のように助けられています。
有難いです。


先が見えず、不安ですが、前を向いて進もうと思います。

660.なぜマル障の更新手続き??

9月11日、午後3時頃、特養の相談員さんからの電話にびっくりしました。
「ご主人の体調のことではありません。」という言葉に安心します。
次にびっくりしたのは、
「マル障の更新手続きはしましたか?」でした。

マル障は、都の心身障害者の医療費助成制度です。
マル障受給者証が届いていないのだそうです。

夫の特養には、メールボックスがありますが、受給者証や保険証など特養で必要な書類は、受け取っていただいています。

夫のマル障有効期限は、7月31日で精神障害者手帳の有効期限と同日です。
当然、手帳の更新もして、新しい手帳も窓口で受け取っています。

私は「更新手続きは、しています。」と自信たっぷりに即答して、
「そんな失礼な」と、障害福祉課の窓口対応の愚痴をブツブツ言って、
「わかりました。電話で確認します。手続きは、これからしても遡ってマル障が使えますので大丈夫です。」
つまり、1時的に1割負担の医療費を支払って、請求手続きで戻る。
と、まるで、役所のミスだと決めつけたような言い方をしてしまいました。

相談員さんも「そうなんですよ、問い合わせても長い時間待たされました。」と。
でも私は、それを聞いて、
「確かに書類提出しました。」という市民の一声でてんやわんやで書類を探す職員の姿が・・・・・。

マル障の更新手続きって????? えっ???えーーー!

たぶん、私は現況届を更新手続きと勘違いしていたようです。
後で調べると、記録がありました。
https://2212-2931.at.webry.info/202007/article_4.html

提出してしまった書類のコピーはないのですが、
このブログを読むと、これが更新手続きと思ってしまう書類だったのかもしれません。
更新手続きは、この書類提出で終わったと思っていました。

当日は、記憶を調べる余裕もなく、すぐに「障害福祉課」に電話しました。
氏名、生年月日を聞かれて、待たされたのに担当者不在で、後で連絡をいただくことになりました。
相変わらずの窓口対応のその口調に、少しがっかりしました。

マル障担当の方からは、思ったより早く連絡いただきました。

マル障更新手続きを今からしても6カ月以内なら対応可能。手続きとその方法。
丁寧に説明していただきました。

今まで対応していただいた職員とは違う柔らかな話し方でした。
手続きは、必要な書類提出だけですが・・・

私は「これは、チャンス!」と、次のようなお願いをしてみました。


「平成31年1月から精神障害1級もマル障適応になり、特例で65歳以上の夫もマル障対象になりました。夫は、身体障害2級の手帳も持っています。マル障を精神から身体に変更できないでしょうか」
手帳取得が65歳未満でなければ対象とならないという事は承知していました。

最初のお答えは、予想通り「65歳以上で取得の場合は・・・・」というものでした。
承知の上です。正しいです。

「介護仲間が、同じような状況で、職員の方からの申し出で身体障害でマル障に変更できたそうです。特例としてできるのであれば、都に聞いていただけますか?」
と、お話しました。

前例がなければ、法令そのままだったと思います。
聞いて見ることもなかったと思います。
介護仲間の存在、情報は有難いです。
えいさん、ありがとうございます。

えいさんから聞いた時は、65歳以上で取得した身体障害手帳でマル障取得??ダメでしょ?と、信じられませんでしたが、精神障害1級は65歳未満で取得していた事、身体障害があり今後回復の見込みもない事等、身体障害と同じように更新の必要性はない、と判断できる、とその事実と判断は正しいと思いました。
小さな一歩をこうして踏み出していただけることは、素晴らしいと思っています。

えいさんから、聞いた時には、私はすでに更新手続きを済ませたと思っていましたので、次の機会に、と思っていました。

そうです。
思い出しました。
精神障害手帳を更新して受け取りに行った時、マル障担当者にお話しようとしたら、待ち時間が長くなったので諦めてしまったのでした。


結果として、
「変更届を出せば可能」となりました。

すぐに、その日に手続きをしました。
なんと、その場でマル障受給者証も発行されました。

精神から身体に変更したことで、2年後の更新手続きの必要はなくなりました。


更新手続きと混同しやすい「現況届」についても、自治体独自の物なのか?
必要なのか?
疑問に思って、聞いてみました。
「現況届」は毎年郵送されるそうです。

659.またアクリルボード越しの面会

夫の特養の面会は、週1回15分。

今回もアクリルボード越しの面会でした。
いつまで続くのか。。。わかりません。。

全然面会できない施設や、リモート面会に比べたら、姿を間近で見られるだけで喜ばなくてはならない。
嬉しいと思ってはいます。

コロナの感染からも、熱中症からも、しっかり守られていることも感謝しています。

でも
この形の面会は、いつまで続くのでしょうか?


面会は、とても静かです。
夫は、無言で、私を見るだけで、私を私と認識できているかわかりません。

それでも、ラインで画面を見てくれない時よりは、しっかり私を見てくれるので安心です。
私は、ひとりで夫に話しかけたり、夫が目で追うのを確かめたくて少し動いたり、します。

YouTubeで音楽を聴かせたり、歌ったりもしますが、二人きりの面会でも、解放された空間なので大きな音にならないよう遠慮がちになります。
写真を撮って、一方的に声と音を浴びせて、面会は終わりです。

右手が固くなっているのが、とても気になります。
前回と変わっていないようです。

マッサージすることも触れることも、できません。


ケアマネさんが、面会送迎担当のようです。

「マスクを嫌がるみたいですね。鼻がマスクから出ちゃいました。」
と、話して、「よろしくお願いします。」
「ありがとうございました。」と挨拶をして終わりです。

夫には、「また来週ね。」と手を振って、別れました。


精神病院入院の連載(?)を書いているからか、あの当時と今と気持ちが何か違うだろうか?とふと思います。

同じように、思い通りに行かない「壁」のようなものを感じます。
自分で思い込んでいるだけなのかもしれません。

もう少し、前向きに考えたいと思います。





658.精神病院入院について その5

精神病院の入院生活は 1年2カ月余でした。

振り返って書いた記事は、思っていることと少し違うようにも思います。

「思ったより悪くなかった」かもしれませんが、長い介護生活の中では、私にとって精神的に辛かった時期です。
良くても悪くても、入院せざるを得なかった。
それでも、それで良かった、と思いたかったのかもしれません。

記憶は不思議です。
「暗い顔だった」と言われたことを思い出して、そうだったかもしれない、と思います。
まだ、孤独な闘いをしていたかもしれません。
ひとりで決めなくてはならない事も苦痛でした。


病院の外出で、夫を散歩させると、時々前のめりになったり、突然早足になって止まらなくなったりしていました。
薬の副作用を疑って先生に聞くと「この量で副作用は出ません。」と言われ、薬の服用を止めるためには退院するしかない、と考えました。

退院間近になって、病棟で転倒して骨折すると、微量の薬が、やっとさらに半量になりましたが。。。。

もう少し早くから、次の施設を考えて行動すべきだったと反省しています。
これも、今思うことです。
当時は、できなかったのだと思います。

特養の申し込みは、すぐにしましたが、まだ歩き回っていた夫の入所は無理だと特養の見学をしながら思いました。
(今、夫はその特養に居ます。)

「小規模多機能」も無理と決めつけていましたが、シマウマさんの熱心なメールで反省し、すぐに申し込むと、びっくりする早さで、受け入れが決まりました。
嬉しい驚きの連続でした。

老健との連携も打診され、受け入れていただけることが、すぐには信じられませんでした。

老健は、とても無理だと決めつけていました。

 求めよ、 さらば与えられん
 探せよ、 さらば見つからん
 叩けよ、 さらば開かれん


2014年12月退院
長かった精神病院生活は、終わりました。



657.精神病院入院について その4

精神病院入院について思い出して書いています。

精神病院の入院を考えなければならない状況の介護仲間に、参考にしていただけたら、と書き始めたのですが、思い出すことが多く、まとまりがなくなっているかもしれません。

私は、いったい何を書き、何を伝えようとしているのか。。。

★精神病院は、思ったより悪くないということ。

「精神病院に入院」は誰でも抵抗があって当然です。

どの病院でも同じではなく、特徴があるようです。
偶然だったのか、良いと思って入院させたからか、夫が入院していた2つの病院は、どちらもそう悪くありませんでした。

最初の病院は、他を知らなかったこともあって、ずっと入院できたらいいと思う程でした。

次の病院は、最初から、その次の施設が決まるまで、というつもりでの入院でしたが、なんといっても若い担当看護師さんが夫のお気に入りで、差し入れも外出も外泊もできて、悪くはありませんでした。

「悪くなかった」と今だから思えるのかもしれません。
病院が良いとも思っていません。
決してすべてに満足していたわけでもないし、入院をむやみに勧めるわけでもありません。


★最初の認知症病棟の様子

夫は、もう場所の違いが認識できず、嫌がることもなく病院に入りました。
診察の「立ち去り行動」があっても閉鎖病棟ですので、病棟内なら問題ありません。
ナースセンターのカウンターの物に手を出すので、そこには何も置かなくなったようでした。
認知症病棟とはいっても、夫のような前頭側頭葉変性症は初めてだったらしく、先生が看護師さんに説明していました。

認知症病棟は、老人ホームの大きなホールのような所で、食事のコーナー、テレビを見るコーナー、ソファーの談話コーナー、併設の畳コーナーがありました。
回廊があって、お部屋が迷路のようにあって、ドアは開いていました。
トイレや浴室、その他の部屋も回廊から行くことができて、歩くとまた元のホールに戻るという方向音痴の私には、迷路のようでした。

自由に歩けるように設計した回廊だったようですが、歩く人がいないのには理由があるのではないか、と先生も仰っていました。
その回廊を夫と手を繋いで歩き、私が歌うと夫は口笛を吹いていたのを覚えています。

★認知症専門精神病院(療養型)の様子

次に「ここがいい」と決めた病院は、丘陵にあって緑豊かな所でした。
新しく明るい感じが気に入りました。
療養型病院という形式はなくなっていますが、入院期限は、書類上だけで長く入院していることも可能でした。
家からは、車で1時間程の距離でした。
良く通ったと思います。

夫は、転院の頃には、すっかり大人しくなっていましたので、病院ではなく、受け入れていただけるなら老健でも良かったのではないかと後になって思います。
抵抗することもなくなって、嫌なことをされても「ははは」と笑っていました。
入院1か月は個室が原則で個室料金がかかりました。
総額で30万円くらいになりました。
その後もしばらく個室でしたが、料金は1か月だけ、と何度も確認しました。

難病指定になって、医療費負担がぐっと減ったのは、退院少し前でした。
それまでは、月18万円くらいだったかと思います。
(最初の病院は、8万円くらいだったと記憶しています。)

夫は、この認知症専門の精神病院では、とても穏やかでした。
回廊を歩いて、お気に入りの部屋でお昼寝をしていることもありましたが、大らかにそれも認められていたようです。
「優しい方ですね。」と介護の方にいわれました。
優しい介護を受けていました。

担当看護師さんが若くて綺麗な方で、夫は嬉しそうでした。

私は、必要ない抗精神薬を止めさせるためにも、夫を退院させたくて、頭がいっぱいでした。
「暗い顔をしている」と忠告されました。


だんだん思い出話が、長くなってきました。

次は、退院のことを書きたいと思います。





656.精神病院入院について その3

暑さのためか、加齢による衰えか、頭が働かなくて、なかなか記事がまとまりません。

中断すると、どこまで書いたやら?
(大丈夫?私)

2014年10月夫は精神病院に入院しました。

2013年1月に線路に降りて電車を遅らせ、警察に保護された頃は、重大さに私は全然気がついていませんでした。
ブログを読むと大変なのに楽しんでいるような所も見られました。
今でも思い出すことが多いです。

精神病院の入院は、franzeさんやシリウスさんのブログを読ませていただいて考えていました。
「入院はさせたくない」
できるなら、入院はさせたくありません。

主治医も入院は勧めませんでした。

ある専門家の方が、入院の質問に対し
「病院は治療の場であって、入院しても治る見込みのない認知症は、その症状を理由に入院させる必要はない。介護の工夫が必要だ」というようなことを、お答えになるのを聞いて、正論と現実の違いを思い、心がザワザワしました。

家族は介護の専門家ではないのです。
介護のプロにお願いしたくても、お断りされてしまうのです。
介護のプロに、入院を勧められてしまうのです。
現実です。

「どのような認知症の方でも受け入れます。諦めません。」という高い意識のある施設(Yさんの所のような施設)があったら、入院の必要もないのかもしれません。

家族は疲弊しています。
前頭側頭葉変性症の症状はひとりひとり違います。
とても個性的です。
介護する家族は、その症状の違いもあって、孤独感を感じています。

介護施設にも現状では、限界があるのもわかります。
個人的な理想だけでは、できない介護です。

夫は、デイサービスでも歩きたがりました。
非常階段を下りてしまったり、何度も脱出を試みました。
言葉の理解ができないのに、自己主張は流暢に言えましたし、道具も使えました。
「キッチンの引き出しからお箸を出して、三角コーナーのお茶ガラを食べようとしました」と「異食。奇異な行動」とデイでは夫の扱いに困ったようです。
制止されると手も出たらしく「職員に暴力を振るった」といわれました。

このデイサービスが夫にとって楽しい場所でないことはわかっても、私には他を探す気力がありませんでした。
FTLDの行動特性を介護のプロの方に伝授する知恵も気力も、この頃はありませんでした。

退院後受け入れていただいた「小規模多機能」に、もし入院前に出会っていたら?と思うこともあります。
でも、その時は、「他に受け入れてくれる所はありません」というケアマネさんの言葉もあって、諦めていました。
目の前の事で精一杯でした。
もし、当時小規模多機能に受け入れていただいても、入院を勧められたかもしれません。


私は、自分では気が付かないうちにストレスを貯めていたようです。
蕁麻疹に悩まされていました。

ケアマネさん、デイの責任者の方に勧められて、精神病院入院に向けて書類も整って、それでも入院はまだ迷っている所で、私の大腸がん手術入院が決まり、夫の入院も確定しました。
迷っている時間がありませんでした。


★入院日前後のこと

私の手術までの検査通院の都合もあり、私の入院より10日程早く入院してもらったと記憶しています。
夫に落ち着いてもらってから、というより私が落ち着いてから入院したかったとい理由もありました。

「私が退院して落ち着いたらすぐ退院させますから」
と、極力、強い精神薬は使わないようお願いしました。

夫は、家へ帰りたがって出口を探したようです。
大声を出したり暴れたりということは、なかったようです。

家でも夜は出られないように鍵を使っていましたので、行動は同じだったようです。
力任せにドアというドアをガチャガチャ開けようとして、古い戸は壊してしまったとか。
翌日に、先生から「思ったより酷い。認知症病棟では無理かもしれない」等いろいろ伺うと、すぐにでも連れて帰りたいと思いましたが、無理な事です。お願いするしかありませんでした。
夫は、ずっと個室で部屋に鍵はなく、自由に歩いていました。

夫は日増しに落ち着いて、夜もよく寝るようになりました。
「あきらめた」とか「我慢している」という感じかもしれません。

私は、大腸がんの手術のための入院で、大騒ぎさせたのですが、なんと小さなポリープだったとわかって3日で退院になりました。
拍子抜けでした。


★入院後の私の生活

何かが吹っ切れたような、今までと違った生活になりました。
母や娘、きょうだい、多くの人に心配をかけていたこともわかりました。
ひとりで頑張るのはもうやめようと思いました。

3番目の孫も生まれ、私の入院のため上京した母との生活も快適でした。
あれ程迷っていた夫の入院も、「普通の生活はこういうことか」と、
もう、元には戻れないと思うようになっていました。

すぐに退院させようとは思わなくなってしまいました。

私の体調は良くなったのですから、退院させようと思えばできたのかもしれない、どうして?と後で考えて見たのですが、その時は、たぶん無理だったのだと思います。

このままずっと、と思う程でした。
面会時間も長く、外出も差し入れも自由でしたし、看護師の他に介護スタッフもいて、人員的にも恵まれているように見えました。
夫も大人しくなっていました。

★退院後も病院
残念ながら、都の指定病院ですので、3か月の期限がありました。
もっと早くから次の施設を探さなくてはならなかった、と後で相談に行った老健の相談員さんに言われ反省しました。
「次は老健」というのも考えられたかもしれません。

病院の退院相談では「次も精神病院」といわれ、急いで病院探しに走り回りました。
病院としては、「次も病院」が面倒ではなく早いから、という理由も老健の方に後で聞かされました。
その時は考えられませんでした。

退院期限を大幅に過ぎて、大急ぎで納得が行くまで、病院探しをしました。

ブログの項目に「病院探し」を作った程です。
いろいろな病院があることを知りました。


納得はできないのですが、夫とドライブしながら行った病院に、夫も抵抗なく入って、その雰囲気に「ここなら」と思える病院に決めました。
「次は特養入所」を目標に時間が必要でしたので、退院を迫られることのない病院を選びました。

最初の精神病院は約6か月の入院期間でした。

★次の病院へ

2014年5月1日転院しました。
連休だったこともあって、「動いて危険ですので車椅子に座らせていいでしょうか?」と聞かれ、憤慨してしまいました。
「歩いて転んでも責任は問いませんので歩かせてください。」とお願いしました。
まだ若い主任看護師さんは、私の強い主張に涙ぐんで、精一杯の説得を続け譲りませんでした。
とても、ショックで、この病院を選んで失敗だったのかと悔やむ程でしたが、連休明けには、病院の方針ではなかったことがわかって、師長さんから謝罪の言葉をいただき、温かい言葉に泣いてしまいました。

特養を探すことにも賛成して、こっそり情報も教えていただきました。
夫は、もうすっかり落ち着いて、穏やかな認知症の人になっていました。

担当の看護師さんは、娘と同年の可愛らしい方で、夫も私もすぐに気に入りました。
主治医の先生は大柄で苦手なようでしたが、看護師さんや介護スタッフの女性に優しくされて心を許しているようでした。
「何の問題もありません」と言われ、大食いの夫のために特別にパンの差し入れも許可していただきました。

トイレにも頻繁に座らせていただいて、入院ですっかり諦めていた排泄もトイレでできる回数が増えました。

夫は穏やかに安定していましたが、私がドライブや散歩に連れ出す以外は、することもなく窓際の椅子から外の緑を眺める毎日だったようです。
今思うと、好きな音楽を聴かせたり、動画を見せたり、もっと何かできたのではないかと反省します。

「ここは良くない。家に帰りたい。」と私ではなく、娘に訴えたそうです。
私とのドライブの後は、不機嫌でも黙って病棟の指定席へ戻るのに、娘の時は後を追ったそうです。

この状態なら、家で生活できるのではないかと考え始めていました。
言葉が減っていくのも気になりました。
転びそうな歩き方も、微量に服用している薬の副作用ではないか、飲ませる必要がない薬ではないか、と思いました。

何の問題もなく生活できるのですから、入院の必要もないのではないか?
在宅介護を考えるようになりました。


まとまりのない長い文章を最後まで読んでいただいてありがとうございます。

まだ書きたいことがあります。
もう少し思い出して
休みながら、書きたいと思っています。


655.精神病院入院について その2

夫が精神病院に入院していた過去のことを書き始めたら、長くなって、いろいろ思い出すので時間がかかっています。

今回は、
★なぜ、精神病院に入院させたのか
★いつから入院を考えたか

思い出して書いてみます。

2013年、言葉の理解ができないばかりでなく、夜の外出など問題行動が増えました。
診断から4年目ですが、夫の自覚はその7年前からあったので発症はかなり前のようです。
9月に実家の父が亡くなり、お葬式も理解できず姉の所に数日お願いする等環境の変化もあって混乱し、昼夜の判断もできなくなり、警察のお世話になることが増えました。
デイサービスも、この頃になって行き始め、ますます混乱したのかもしれません。

精神病院の入院を少し考えたのは、12月頃だったかと思います。
「入院という方法も選択肢としてあります。」
というアドバイスを若年認知症相談支援センターの方からいただいていました。

夫とドライブの途中に精神病院に寄って、初めて入院の相談をしました。
入院案内を受け取り、入院についての具体的なお話を聞くと涙が出ました。

まだ夫は、自分なりの言葉で意思や要望をいい、フルートを吹き、煙草も吸っていましたので楽しみを全部取り上げてしまう勇気はありませんでした。
「入院はさせたくない」と思いました。

それでも、相談員さんの
「いつでも受け入れます。年末年始も受け入れられるよう病棟に話しておきます。」
という言葉は、その後の生活の「お守り」のようになりました。

結局、この病院には入院しませんでした。

精神病院に入院する2014年10月まで、大変な毎日でしたが、今も思い出すことが多い充実した日々でした。
「奇跡のフルート発表会」も入院させていたら実現しませんでした。

症状が進んで、失禁もするようになって、筋力も落ちて自転車で転んで骨折もしました。

ケアマネさんとデイの責任者の方に入院を勧められる頃は、大人しくなって介護もしやすくなっていたように思います。
都の認知症疾患指定病院を勧められたので、仕方なく、入院のための見学や相談に行き、医師の診療状況提供書も手に入れました。
主治医は、入院については良いとも悪いともいわず「家族の希望で」と書かれていました。

病院の相談員さんに相談すると「実際に現場のスタッフの声を聞いて見たら?」とアドバイスを受けました。
私は、入院のレベルではないように思ったからです。
現場の介護スタッフは「え?入院?」と驚かれる方もいました
介護施設で受け入れられるなら入院の必要はありません。

ところが、タイミング良くか悪くか、私の検診で大腸がんが見つかって入院手術が決まって、急遽夫の入院も決定しました。

迷っている時間がありませんでした。



つづきは、次回にします。



《面会》
夫の特養に面会に行ってきました。
右手が胸の所で固くなっているのが気になっていたら、ちょうどリハビリスタッフが通りかかったので、声をかけ見ていただきました。
ゆっくりマッサージをして、手を下ろして動かしていただき、お話もできました。
夫は、左手でOTさんの腕をしっかり握っていました。
少し安心しました。

次の面会の方が、ホールのソファーで待っていました。
毎日食事介助に何回も通われていた方ですので、挨拶しました。
OTさんに向かって「足をこうして触るのはダメですか?」というようなことを聞いて何やら訴えていました。
「そう、そう同じです」とお話したいところですが、控えて出口に向かいました。

同じユニットの車椅子の方にも会いましたが、ソーシャルディスタンスを保ち、少しお話して帰りを急ぎました。



654・精神病院入院について その1

夫は、2014年10月から2015年12月まで、精神病院に入院していました。

2014年10月から2015年5月までは、都の認知症指定病院。
5月から12月まで療養型の精神病院です。

なぜ、今、精神病院入院について書こうと思ったのか?

前頭側頭葉変性症で行動障害の症状がが現れると「精神病院入院」を勧められることが多いようです。

デイサービスなどの介護施設や、グループホームでさえお断りされるお話も聞いています。

同じ前頭側頭葉変性症の介護仲間からも、若年性認知症の介護仲間からもお話を聞いています。

「ららさんのご主人は入院されていたのですか?」
「薬は?」
「入院して変わりましたか?」

もっともっと聞きたいこともあるかと思います。

不安、戸惑い、迷い、心配・・・・不安・・不安で当然です。
「入院しかないのか」という不満。

精神病院入院を考える方、悩んでいらっしゃる方に、私の経験をお話することで少しでも参考にしていただけたら、と思います。


もうずっと昔のことのようになってしまった入院当時の事を振り返って、今だから思うことも書いてみたいと思います。


《入院前の症状と生活》
★困った行動はいつから?
診断を受けたのは、2009年。
「事件」という項目でブログに書く程の社会的問題行動は、2013年からです。
ブログを始めたのも、この頃ですので記録が残っています。

2013年1月に駅の線路に入って電車の出発を遅らせたのが「事件」の最初でした。
それでも私は、重大な障害とは認識せず、夫をひとりで行動させていました。

2014年10月に入院するまで、なんとたくさんの「事件」があったか。
「散歩」といって電車に乗って、遠くへ行ってしまったり、夜中に自転車で「散歩」してコンビニで買い物。
支払い不足で通報されたり、レストランにも開店前に強引に入ろうとしたり・・・・
捜索願も・・・
私は、できる限り夫と散歩(山登り等)やドライブ等渋々付き合うようにしました。
実家の父が2013年9月に亡くなるまで危篤状態で入院していた事や孫の世話等もあり、夫の世話は十分にできていませんでした。

★支援(デイサービス)は?
自分勝手な行動が多かったので、デイサービス等施設の利用は困難でした。
見学だけでお断りされてしまう所もあり、夫の散歩に付き合いながら探したり相談する余裕もありませんでした。
ケアマネさんの紹介で認知症対応のデイサービス通所できることになっても、1時間程で呼び出されてしまいました。

私も一緒に通うことで、少しずつ通所できるようになって、なんとかひとりで送迎車に乗って週3回程通えるようになった頃、ケアマネさんとデイの責任者の方に精神病院入院を勧められました。

2013年から2014年10月まで、書ききれない程いろいろな事がありました。

ブログを読み返すと、なんと大変な!と思いますが、当時は目の前の問題を解決することに精一杯でした。

★なぜ精神病院に入院させたのか
★入院してからのこと


長くなってしまいますので、次回にします。


夫は特養で守られています。
顎が外れやすいので、バンドをしていましたが、暑くて嫌がる様子だったので、歯科医の指示で今はしていない、と看護師さんから電話で報告を受けました。
週1回15分、アクリルボード越しの面会で夫に会っています。

これから面会に行ってきます。


653・アクリルボード越しの面会

コロナウィルスの感染者数という数字が東京都では増加。

外出も帰省も自粛しています。

じーっと家に籠っているのですから、感染していないのに、
実家には、「東京の人」というだけで、行かれません。

東京の人と接触したら、2週間はデイサービスや訪問ヘルパーさんもお断りされてしまうそうなのです。
それを聞いたら、行かれなくなってしまいました。

なんだか変な世の中になってしまいました。


夫の特養の面会も、すぐに、接触できないように制限されました。

手造りのビニールシートの衝立から、
1週間後には、綺麗なアクリルボードになっていました。
急遽購入したようです。

アクリルボード越しの面会です。

スタッフよりも、誰よりも私の感染の可能性は低いはず。
なのに、夫に近づけませんでした。

夫の右手が胸で不自然な形で固まっているのも、直すことができませんでした。
面会は、ケアマネさんがユニットから連れてきてくださるのですが、今回はお休みだったらしく事務の女性でした。
日頃お世話してくださっている介護スタッフか看護師さんなら夫の状況も聞けるかもしれない、と少し残念に思います。

マスクが嫌でも手も届かなくなったのか、触ってはいけないとわかっているのか、左手はマスクの近くを彷徨っているようでした。
「嫌だよねぇ。我慢してね。」と話しかけると
「そうなんだよ。」というように顔をしかめて口を動かしていました。
顎のベルトとマスクで、表情も沈んで見えました。

今回は、写真と動画で記録を残しました。

面会時間は15分です。

迎えに来た事務の方に、右手が固くなっていることを伝えました。


面会は週1回です。
終了後、次回の予約をしました。
お盆休みで面会者が増えているのか、少し先18日16時からになりました。

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母からラインで届いた写真。家庭菜園の「オクラの花」 綺麗!

652・ビニールシート越しの面会

7月31日(金)
7月も最後の日。
東京都の感染者数が増えて400人台になってしまいました。

面会は・・・・

やっぱり・・・
かなり感染に気を使っている様子。

まずは、
「マスク、お預かりします。」
と夫の分のマスクを丁重に透明シートに入れ、面会前に夫にマスクをさせたようです。

手洗い消毒の後「こちらの奥の席でお待ちください。」
と通されたのは、いつもの面会場所。

ですが、

テーブルの真ん中に、ビニールシートを張った手造りの衝立が取り付けられていました。

透明ビニールシート越しの面会です。

時間も15分に短縮になりました。


夫は、顎の固定のため黒いバンドをして、マスクをして現れました。

車椅子で、右手はクッションの上に置かれていました。

テーブルに向かい合って座って、ビニールシート越しに、目線は弱く合わせていました。

話しかけても反応は薄く、私が動くと目で追っていました。

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写真を撮りました。

夫は、マスクが嫌なのか眉間にシワを寄せ、口を動かしているように見えました。

マッサージができないのは、ガッカリです。
もう少し近くへ、と思ったのですが、二人きりといっても解放された場所ですし、できませんでした。

15分が経とうとする頃、夫の担当看護師さんが見えました。
夫の隣に立ち、私に話し始めると夫が、明らかにその声に反応して、顔をクシャクシャにしました。
目線は私の方を向いていましたが、「あらっ!私じゃないのね。」です。
日頃お世話になっている看護師さんの声がわかって、安心したのでしょう。
私も安心します。

「顎が外れやすいので、なるべく直しているが、すぐ外れる。
今日は、汚れる仕事が多くて、こういう日はできなくてごめんなさい。」
「口腔ケアを念入りにしていきたい」とのこと。

私も、「オーラルピース」のジェルとスプレーを用意していました。

「歯科衛生士さんからケアの方法を聞いて、介護スタッフにも伝えたい」
と看護師さんからの具体的なお話は有難いと思いました。

なんだか、あっさりとした面会でしたが、面会禁止ではなく良かったと思いました。
多くの特養や施設で面会を工夫しているようですので、たぶん周囲に足並みを揃えたのでしょう。


面会終了後、リハビリテーション課のOTさんと「個別機能訓練計画書」についてお話しました。
郵送で送られて来て、サインをして返送する物ですが、訂正箇所と聞いてみたいことがありましたので、前日に電話をして、面会後に改めてサインをすることになっていたのです。

書類の細かい箇所の間違いを指摘するのは、気が引けたのですが、前回に指摘した箇所の訂正がなされていなかったことと、実際に行われている個別機能訓練についても詳しく知りたいと思ったのです。

週1回程度、ベッドで「関節可動域訓練」をしているそうですが、夫の体は、腕も足も力が入って固くなっているそうです。
短時間では、夫が受け入れないのも無理ありません。
夫にも好みというか、相性があるようで、どうもこの若いOTさんを嫌がっているように見えます。
もちろん、そんな失礼なことは申し上げられません。
「週1回はお部屋に伺いたい」と気にかけてくださって感謝です。

「訪問マッサージを入れていただけないのか」
というお話も聞いていただけましたが、今は無理なようです。


OTさんに見送られたので、受付で次回の予約をするのを忘れてしまいました。

週1回の面会、来週も行きたいと思います。




651.顎が外れて、、、経過

7月22日
顎が外れた、と電話連絡を受けました。
「すでに、歯科医に連絡を取り、修復したがすぐ外れる。固定するバンドを購入したい。」
と特養の看護師さんからでした。

23日 面会
すぐ外れてしまう、と看護師さんからの説明。
特養の医師(内科)の診察を明日受ける、とのこと。

夫は、舌を動かし何か言いたそうにしてしていました。
下顎が少し前に出ている状態で、「顎が外れている」と見なければよくわからない程度でした。
唾液の呑み込みもでき、むせても咳き込みができる元気はありました。

27日(月)
特養の医師(内科医)の回診は、連休明けだったようです。
看護師さんから電話がありました。

『顎が外れやすくなっている。固定しても修復は難しいだろう。』
『顎のバンドは、歯科医と相談して購入する。』
という報告でした。

「痛がらないので大丈夫ですよ。」「ごっくんもできています。」
と不安がる私に看護師さんは言ってくださったので
「お世話になります。よろしくお願いします。」
と電話を切りました。


え・・・?????

22日「顎の固定は嫌がるかもしれないし、褥瘡の心配もある」と気にしていましたが、すぐにでも注文するようなお話だったのに・・・・
まだ、内科医に相談して、また歯科医と相談?
せっかちなあの歯科医の先生は、どう思うかしら?
「ネットで注文もできる」というお話もされていたのに・・・


「顎関節脱臼」と検索。
急性、習慣性、陳旧性に分けられる。
陳旧性は、修復してもすぐ外れるか、修復できない。
修復困難な場合・・・手術???
高齢者の手術例・・・
こういう症例は、大きな病院や大学病院。

レントゲンも、検査も手術も、もういいかな~~
いや、裏付けは必要?

どうして顎が外れるのか
どうして顎が外れたままではいけないのか。
どうして直せないのか。
手術以外の方法はないのか。

このままでいいのか・・・・
私がすべきことは??

「顎が外れた!」と記事を投稿したので、読者の皆様にもご心配おかけしているのではないかと思います。

コロナの影響で面会ができず、夫の状態を見ていなかったこと。マッサージもしていないこと。
だから、ではないのですが、もう少し早く気が付かなかったのか?と思ってしまいました。
気持ちが落ち着きません。


まずは、特養に電話をして、夫の状態やその後の経緯を看護師さんから聞いてみました。
明日の面会時間を減らされても困りますし、面会まで待てません。


「あの~~顎が外れたと伺って不安で~~~」と遠慮がちに伺ったつもりでしたが、
「もう1度、教えてください。」と途中で強い口調になってしまったのではないかと気を使いました。
でも、結果として、電話して良かったです。

違う看護師さんから、違った言葉でお話を伺うことができました。
『顎がすぐ外れるのは、靭帯が伸びて支えられなくなっているから』という医師からの話。
「口から食べたり、話をしたりするために手術という方法もありますが、様子をみましょう」という話。
バンドは歯科医の先生から間もなく届くそうです。
「口腔ケアを今まで以上に、しっかり行うよう」指示があったそうで、介護スタッフに伝えたそうです。

「お話伺って少し安心しました。よろしくお願いします。」
と電話を切りました。

ほんとうに、少し安心しました。
夫の顎が外れたのは、仕方のないことです。
特養では、できる限りのケアをしてくださっています。

緊急事態宣言でお子さんが休校になっても、リモート勤務になることもなく、人で不足の中変わりなく介護の仕事をしてくださっていたと思います。
感謝しています。
といいながら、「面会に行かれないから、見落とされたのではないか?」などと不満を持っていたなんて。

「痛がっていない」と強調されると、「表現できないだけではないか」と思うのも、もう止めます。

できるだけ穏やかに、穏やかな気持ちで、夫の現状を受け入れたいと思います。
ジタバタ、オロオロ、それも経験かな?とも思います。


明日は面会です。


650.顎が外れた!

7月22日
特養の看護師さんから電話です。

特養からの電話は、いつも「何かあったのでは?」と構えてしまいます。
看護師さんから直接の電話は、必ず医療関係の報告ですので、「何かあった」に間違いない。

そして、いつも思うのは、看護師さんの落ち着いた話し方です。
慌てないのが看護師さんなのだ、とそのプロ意識に感心します。

できるだけ冷静に聞こうとする自分の冷静さは、あまり好きではありません。

「○○さん、今日顎が外れましてね。」
と、話し始めました。

すぐに、歯科医が来て、入れたけれど、気になるのか動かしてまたすぐ外れ、繰り返したそうです。


今は外れていないけれど、関節が緩んで外れやすくなっているので、押さえるバンド?(名称は??)を購入したい。
こちらで用意しても良いか?という相談でした。

私は、まず「顎が外れると何がいけないのか」と素朴な疑問を持ち、聞くと
「唾液をうまく呑み込めなくて誤嚥する可能性がある。」との答え。

口から食べることができなくなっても、唾液の誤嚥の心配がありました。

固定するバンドに関しては、お願いしました。

電話を切ってから、すぐにネットで情報収集しました。

「顎関節脱臼治療装具」「顎バンテージ」「あご固定バンド」・・・・
通販で買えそうなので、電話で伝えました。
でも、サイズのことなどもあって、選んでいただいてお願いすることにしました。


23日
面会時間に看護師さんからお話を伺いました。
(面会の時間なのに・・・・)

ユニットの担当看護師さんでした。
また、顎が外れてしまったそうです。
後から、もうひとり今日の責任者の看護師さんが見えました。

主に、ユニットの担当看護師さんがお話されました。

明日、園医と相談して、装具を決めるそうです。

以前からだったのではないか、というお話もあり、そういえば口を開けていた時があったように思います。

バンドをすることが良いかどうかも、肌も弱いので褥瘡の心配もあるので、わからない。
と仰られ、夫にとってどうすることが良いのか考えてくださっていることがわかりました。

「若ければ手術になるのかもしれませんが・・・」
と、あまり楽観できない状態の様子。

「もう、苦痛を与えたくありません。」と私が気持ちを話すと、
「そうですね。」とお二人共、安心したように頷いていました。


夫は、処置の時、嫌がって手で払いのけようとしたそうです。
「良かったね。嫌だって言えたのね。」と夫の方を向いて話しかけました。
面会時間です。

「遠くからお話してすみませんでした。」と看護師さんは、2m以上離れた所からのお話でした。

「いえ、そうしていただいた方が安心です。私も気を付けます。この面会も少し心配です。」
と、夫に触れながらお話すると、
なんと、
「こういうふうに面会しているなんて知らなかった」と仰ったのにはびっくりでした。

「でも、嬉しいです。感謝しています。」と笑顔でお礼をいいました。

面会時間が残り僅かでした。

夫の顔面のこめかみから耳の横付近をマッサージすると、開いていた口が動きました。
何かいいたそうに、舌を動かしました。
刺激で唾液が出たのか、むせるような咳き込みがありました。
「あー」と声というより音が出ました。
「痛いの?」と聞いても返事はないけれど、何かいいたそうに口が動くので
「うん、うん、そうなの」と聞いてあげました。


「すいません。時間です。」とケアマネさんが来られても、
夫の無言のおしゃべりは続いていました。

ただ、下顎が外れて、前へ出ている感じで、それを訴えているように見えてしまいました。
ケアマネさんに、良く診ていただけるようお願いしました。
爪も伸びていたので、たぶんスタッフはご存じかと思いながらも、切っていただくようお願いしました。

短い面会時間で、やっと夫が何か言いたそうにしているのがわかったのに残念でした。

週1回20分間の面会時間。

来週の予約をしました。

顎が外れても、痛くないのか、平気な顔なのが救いです。
平穏でありますように!



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649.心身障害者医療費助成制度の更新手続き

心身障害者医療費助成制度(マル障)の更新手続きのお知らせ が届いていました。
15日の面会の時、メールボックスを確認すると空っぽでしたが、数日後自宅へ特養から郵送されました。
ご丁寧に送り状の文書も入って、コロナの影響で職員は、こういう仕事も増えていることでしょう。
東京都の心身障害者医療費助成制度が精神障害でも受けられるようになったのは、確か平成30年からだったかと??
過去のブログで調べました。
平成31年1月1日から適応でした。
65歳未満の障害者に対して医療費を助成する制度ですが、制度の移行条件で申請期間内なら65歳以上でも受け付ける、というので喜んで申請しました。
現在は、65歳未満、精神障害1級という条件があります。
記録は大事です。
毎年、更新手続きをしていたのか?記録も記憶もありません。
今回は、
「あなたが現在お持ちの心身障害者医療費助成制度の受給資格証は、令和2年8月31日で有効期限が切れるため更新手続きが必要です。」
令和2年8月3日まで
と、郵送用の封筒も同封されていました。
いつも思うこと、当たり前のことなのかもしれませんが、
制度を利用するためには、申請をしなければなりません。
「更新申請をされないと助成をすることができません」
と丁寧に書かれています。
もちろん、すぐに申請します。
郵送ですので簡単です。
現況届は印字されていますので、住所、氏名 捺印だけで済みました。
医療費の助成制度は、経済的負担も少なくなって、有難いです。

648.久しぶりの面会

7月15日 16時30分~ 
夫の特養で、久しぶりの面会でした。
事前に申し込み予約が必要。
週1回。土日は月1回。
1日4組 人数は2名
15時から17時まで
約20分の面会
入り口で、健康チェック表と体温測定。
手洗い消毒後、制限された場所で待機。
時間より早く到着してしまいましたので、車の中で時間になるのを待ちました。
たぶん、前の面会者と思われる2名の方が出てこられたので、受付へ向かいました。
面会用に「つどいの間」という大きな部屋は、可動式の壁で仕切られていました。
キッチン付きのカフェスタンドもあって、「○○カフェ」とか何かできそうなスペース。
「つくしの会」では開催場所に困っていましたが、地域の会ならここも利用できる。。。
そんなことを考えていると、夫がいつものケアマネさんに車椅子を押していただいて登場!
「ごゆっくり」
と、やっと面会ができました。
利用者のマスクも、家族が用意することになっていましたので、夫にマスクをしました。
嫌でも、払いのけることもできなくなったようです。
眉間にシワを寄せて、嫌だという意思表示はありました。
「嫌でも決まりなのよぉ」と、よほど嫌がったら外そうかとも思いました。
「いったい何なの?」といった顔で、ずーっと、じいっと私の顔を見ていました。
スマホのYouTubeで音楽を聴かせても、びっくりしたような顔をするだけで以前のような反応は見られませんでした。
久しぶりですし、大きな音にもできない(お隣は会議中でした)ので仕方ないです。
音楽を聴きながら、夫の固くなった右手、肩から腕、指、とマッサージを続けました。
左手も足も、首も、とやりたかったのですが、右手に集中していると、時間になってしまいました。
ケアマネさんが現れて「時間です。」と。
「だいぶ固くなってしまっているようですが、訪問マッサージは、まだ入っていただけないのでしょうか?」
と聞きましたが、
「はい。まだ部外者をお部屋に入れることはしていません。」と。
口腔ケアも別室で行っている、とのこと。
時間もありましたので、ケアマネさんへの交渉はせず、少し様子を見て、相談員さんにお願いしてみようと思いました。
夫は、散髪もしてもらって、さっぱりとして、顔色もよくつやつやと肌の調子も良さそうでした。
夫は特養で守られています。
スタッフは、大変な思いをされているのではないかと思います。
感謝しています。
面会できて、良かったです。
できるだけ面会に来よう!とすぐに来週の予約をしました。

647.前頭側頭葉変性症つくしの会7月定例会

記事の投稿が遅くなってしましました。
7月9日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会が開催されました。
2月以来の定例会でした。
10名の参加でした。
ほんとうに久しぶり。
Zoomやラインのビデオ通話とは、やっぱり違います。
会ってお話できて、笑顔が見られて、ほんとうに良かったです。
開催までには、不安もいろいろありました。
会場は、公共施設が使えるようになったので一安心です。
広い会議室でソーシャルデイスタンスも、ゆとりでした。
良かったです。
「待っていました」といって遠くからの参加の方も。
涙を浮かべられる方も。
「お話したかった」と。
前頭側頭葉変性症の独特の症状は、専門家といわれる方にも理解されなくて、家族は悩みを抱え込んでいることが珍しくありません。
「仲間がいますよ。お話聞かせて。」
と、お伝えしたいと思っています。
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646.新潟へ行ってきました。

もう、今日から7月です。

先週27日㈯から昨日30日㈫まで、3泊4日で新潟の実家へ行ってきました。

電車に乗ったのは、4か月ぶりです。
行きは、「むさしの号」を利用して、大宮から新幹線に乗りました。
空いていて早いコースですが、普通ですと、大宮からの自由席は満席になります。

今回は、予想通り、ガラガラでした。

山形に住む兄が、今回都合をつけて実家へ行くというので、久しぶりに、きょうだい3人顔を合わせました。
3月弟の子(甥)の結婚式以来です。
兄も弟も仕事があって、滅多に3人揃いません。
「あの結婚式は、良かったね。」
と、話題になります。
コロナウィルス感染拡大の時期、結婚式は延期か、キャンセルかと思っていましたが、そのような話もなく、3月22日決行でした。
新潟で危機感が薄かったからできたのかもしれません。
思い出に残る素晴らしい結婚式になりました。

その結婚式以来の新潟でした。

兄は、土日で帰りましたが、母の園芸の買い物に付き合ったり、有意義な時間でした。
母の暮らしや老後?についても話できました。

母からは、
「今の一人暮らしが自由で楽しい。」
「ひとりで死んでいても、孤独死なんかではなく、幸せだったと思って欲しい。」
「きょうだい仲良く、後始末をして欲しい。」等など
いろいろ、気持ちを言葉で聞くことができました。

90歳の母の一人暮らしは心配ですが、弟が近くに住んでいるので助かっています。

今回は、少し時間があったので、近くに住む高校時代の友人にも会いました。
会うといっても、「東京から」なので、屋外で少しおしゃべりをしただけでした。

友人は、独身で94歳のお母さんを介護しています。
介護の話が中心でした。


東京の人と接触すると、介護施設で受け入れてもらえない、というような記事をどこかで読みましたが、私の母も病院の受診ができなかったそうです。
「歯医者に行く」というので、一緒に実家を出て途中駅で別れたのですが、
病院で「東京方面の人と接触がありましたか」という質問に正直に「はい」と答えると予約してあったのに断られ、次の予約は9月になってしまったそうです。
定期的な歯科検診なので急病ではありませんが、残念です。


帰りは、東京駅経由でしたので、家に帰るとすぐシャワーを浴び、着ていたものの洗濯をしました。

新潟の佐渡産甘海老、黒崎の枝豆、庭のキュウリを娘宅に届け、一緒に食事をしました。

孫は4人並んで、キュウリの丸かじりの写真を撮って、母にラインで送りました。
返事がすぐに来たので、ビデオ通話もできました。

結婚記念日でした。


645.胃ろう交換

6月24日 
夫の6回目の胃ろう交換の日です。

病院は家族が連れて行くのが原則で、協力病院の場合だけ車の送迎は特養でして貰えます。

相談員さんから5月に、日程調整の連絡をいただいて今日予約してありました。

14時の予約で、13時30分に特養を出発と聞いていました。

少し早めに到着して保険証など書類の入った袋を事務所で受け取って、待っていました。

車の用意も出来ていたのですが、時間になっても夫は現れません。

運転手さんが、「サボテンの花見ましたか?」と聞くので
「はい、綺麗ですね。もう1回見て来ます。」
と待っている間に写真を撮りました。
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夫に会うのは、2月以来です。
4か月ぶりです。

変わりない夫でした。
髪がだいぶ伸びています。
訪問の床屋さんをお願いしたので、もうすぐスッキリするでしょう。

じいーっと私の顔を見て、たぶんわかったと思います。
「あー」と声も出たような?
どうも、固い痰がからんで出そうとした音のような?

新型コロナウィルスの影響で、特養はずっと面会制限のままですが、
今日だけは、夫の顔を近くで見て触れることもできました。

車椅子を病院玄関まで押してもらって、病院内は付き添いは、私だけです。

慣れてしまうと早いです。

前回と同じ型の物に交換です。
すぐ終わりました。
「よっこらしょ!」という移乗のかけ声が聞こえて、平然とした顔の夫が車椅子で出てきました。
出血もほとんどなく無事終わったそうです。

胃ろうが新しくなりました。

待合室で、少し咳き込んでいました。
少し痰がからむようです。
気になりましたが、少しだけでした。

終わってから、特養の車の迎えをすぐにはお願いせず、隣の公園を散歩しました。
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ゆっくりゆっくり車椅子を押して一周しました。
ほんとうに、久しぶりの夫婦の時間でした。

病院、公園の滞在時間は、合計1時間でした。

散歩の時間、紫陽花の花の前で写真も撮りました。
短い時間でしたが、静かでほっとする良い時間でした。

迎えに来ていただいた運転手さんと車の中では、飲酒と健康の話で盛り上がりました。
「楽しく飲むのは良いことだ」と楽しいお話でした。

ユニットの介護スタッフを玄関で待っていると、ちょうど歯科医の先生と会いました。
来週から歯科衛生士さんに口腔ケアをしていただける、というお話も聞くことができました。

OTさんにも会って「手が固くなっているようです。」「個別リハビリできるようになりました。」と聞きました。
「訪問マッサージは?」
それはわからないそうです。
相談員さんに確かめられませんでしたが、口腔ケアと同時に休止でしたので、同時に再開できるのではないかと期待しています。

胃ろうの新しいチューブ等を渡して、お話もしたかったので看護師さんも呼んでいただきました。
介護スタッフさんと夫の車椅子を追ってドアの中へ私も入ろうとした時、
「入らないで!こちらへ」
と事務所受付のガラス戸を開けて、ビニールカーテン越しに、ユニットの担当看護師さんが立っていました。

胃ろうの報告の後、「ラコールのことですが、」とお話がありました。

「現在300を4パック、朝2、昼1、夜1で入れているが、3パックにするのはどう思うか?」
というお話でした。
いよいよ、そういう時期が来たようです。

いずれは、少しずつ栄養も減らしていく、水分も減らしていく。体が必要としなくなる時が来る。

考えていたことでしたので、びっくりすることも、戸惑うことも、反対する必要もありませんでした。
夫の状態を伺うと、胃ろうの逆流があったとのこと。
夫の状態を見ていただいて、判断なさるのですから正しいと思います。

痰の状態も、吸引はしていないけれど、気になっているので様子を見て吸引するそうです。
水分量も減らす時期が来るかもしれません。

「無呼吸」もあるそうです。
今すぐではなく、少しずつ・・・・弱くなっています。

まだまだ長生きしそうな気もしますが、ひょっとしたら急変もあるのではないかとも思います。



生きている不思議。死んでいく不思議。


644.FTLDつくしの会Webカフェ・・・新しい生活

21日(日)
前頭側頭葉変性症つくしの会のWebカフェでした。

定例会やサンデーカフェの集まりが3月から、コロナの影響でできなくなりました。
6月も、東京アラート発令で開催も中止になりました。

オンラインで、と役員で相談して、会長えいさんに頑張っていただいています。
前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

Web定例会は、遠方の方の参加もあって良かったと思いました。
記事は消えて投稿できませんでした。

Zoomの利用も、コロナ以前には考えられないことでした。

「Webカフェ」は、残念ながら参加者一組だけでした。
ご本人一緒で、参加が苦痛な様子がよくわかってお付き合いいただくのは、申し訳ないような気持ちになってしまいました。
終了時間を気になさるご本人の発言を尊重して「今日は早めに終わりにしましょう。」と提案しました。

参加者が少なかったことは、残念ですが、仕方ないかとも思います。


コロナの影響で、生活が変化しました。
今もまた、変化しています。

東京アラートも解除され、小中学校も普通授業になりました。
長い休校の後、急な変化です。
保育園もです。
感染防止に注意しながらも平常保育です。
親もリモートから通常勤務に戻りました。

4月に保育園デビューした孫娘は、数日で登園自粛していましたので、大きな変化です。
どんなに抵抗されるかと構えていましたが、「ブスっ」とした顔を見せるだけで慣れました。

中には、大泣きする子もいるでしょう。
無理ないです。

大人も同じかな~~?

ラインだのZoomだのって、抵抗なくできる人ばかりでなく、ストレスになる人もいるでしょう。

次は、ソーシャルディスタンス?
マスクをして会話?

気を使いながら、生活しなくてはなりません。

すぐに慣れる人もいるかもしれませんが、慣れなくて苦しむ人は多いと思います。


夫のライン面会も、最初は嬉しかったのですが、反応のない夫を画面で見るだけでは苦痛になっています。


そして、7月からは、場所、時間等を制限して予約制の面会になる、と文書が届きました。
まだユニットでの面会はできません。

予期しなかった新しい生活に戸惑っています。

新しい一歩が、なかなか前に出せないこともあります。


今朝のテレビで「アルコール依存症」の話がありました。
私も「アルコール依存症予備軍」に該当します。
もっとも、コロナの前からなので、変わりないです。


健康に気を付けて生活したいと思います。

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643.膝の損傷、整形外科の通院

私の事です。

「半月板損傷」「前十字靭帯損傷」「ベーカー嚢腫」で通院中です。
ご心配無用です。痛みはありません。

記録に残して置こうと思います。

原因は、スイスのスキーです。
日頃、運動不足のままで、膝に負担がかかったようです。


スイスのスキーは、今年の1月末から2月初め。
長年の夢でしたので、行ってほんとうに、良かったです。
コロナ感染の影響で、3月には、スキー場も閉鎖になってしまいました。
良い時期に行って良かったです。

それはそれは楽しかったです。
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ただ、初日が大雪の中での慣れないスキーで、雪の中で膝をひねってしまったようです。
大した痛みも感じず、運動不足のまま、急に膝を使って、筋肉痛かとも思っていました。

スイスでは、電車も町の中も全て、スキー靴を履いたまま移動します。
なんと、ユングフラウヨッホも、スキー靴で行って、帰りにスキーをしました。

シルトホルンの斜面も、滑って最高の気分でした。
膝には、かなり負担だったと思います。
こんなに長引くとは、思ってもいませんでした。

ずっと、筋肉痛で、膝の裏が痛い、と階段を降りる時「あいたた」という感じでしたが、すぐ直ると思っていました。

3月になっても、膝の裏の違和感は増すばかりで、いよいよ「これは普通ではない」と思い始めました。

新潟の実家で、正座ができませんでした。

もう2か月も経過していましたが、受診を決意して、新潟から戻った翌日受診しました。

市内では、整形外科で評判の良い大きな病院です。
夫の特養の隣です。

初診はレントゲンだけで、異常なし。
10日後のMRIで、「半月板」「前十字靭帯」の損傷、そして「ベーカー嚢腫」が発見されました。
やっぱり。。。と納得です。

ヒアルロン酸を注射して、様子を見るそうです。

筋力低下も原因かと、ネットで調べてストレッチを気紛れに試してみたりしています。
調べてみると、半月板も靭帯も自然治癒はないのだそうです。
そのままなら、なんとか周囲の筋肉にがんばってもらうしかないようです。

運動不足を反省しています。


ベーカー嚢腫を「脳腫」とミスのまま投稿して、驚かせてすみません。
「脳」もそれなりに老化しています。

ベーカー嚢腫は、膝裏に液体が溜まっていたので、正座もできにくいようです。
MRIでなければ、発見されない程度です。
痛くないのですし、日常生活の支障はありません。

山も行きたいし、スキーもしたいので、筋力アップするよう運動します。



642・つくしの会Web定例会&ライン面会

6月11日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会のWeb定例会に参加しました。

http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
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いろいろと、書いた文章の最後に画像を入れようとして、なぜか一瞬で文字が全て消えてしましました。

残念!

探しましたが、復活できず、同じ文章を書く気力もありません。

また、明日以降、気が向いたら投稿します。

人生いろいろ。

こういう失敗をすると、夫を思います。
記憶がなくなるわけでもなく、不本意にフォルダーごと無くしても、もはや気が付くこともなく、
次第に、次の世界へ導かれて行く。。。。。。




「生きろ!」
      サン!




きょうは、ここまで。




641.ブログ名変更します。

コロナの影響で、家で過ごすことが多く、ぼんやりと、自分のブログを読んでみたり、パソコンの中を見る時間も増えました。

ずっと、気になっていた、ブログタイトル「意味性認知症」
「前頭側頭葉変性症」に変更します。


今の夫の症状は、「進行性核上性麻痺」の方がぴったりです。

診断名は、今も「意味性認知症」
2015年7月から指定難病です。
診断基準に該当します。

「進行性核上性麻痺」も指定難病です。
診断をした医師は、「指定難病で書きますよ」といってくださったのですが、
すでに、「意味性認知症」で難病指定を受けていましたのでそのままになりました。

急激な進行で、歩行も嚥下も困難となって、胃ろう、車椅子の状態では、診断名がどうであれ、どちらにしても難病で治療効果も望めません。

「前頭側頭葉変性症」という大きな括りとするなら、同じです。
同じ「4リピートたん白」が関係するらしい。
SDとは違う。

「意味性認知症」は進行も穏やかで長生きをする。と聞いて喜んでいましたので、
「進行性核上性麻痺」は進行が速い、、、ああ・・・
と、診断はとてもガッカリしました。

そして、その時からブログ名の変更も、考えるようになりました。
「前頭側頭葉変性症」とした方が良いか、と。

「どちらでもいい」と封印してきたことでしたが、
コロナの影響で、また、考えるようになりました。

ブログ名、変更しました。

夫は変わりありません。
よろしくお願いします。




640.精神保健福祉手帳の更新&特別疾病患者福祉手当現況届の提出

やっと、重い腰を上げて、申請手続きに行ってきました。

「精神障害手帳」
都の医療費補助(マル障)の期限も同じなので、マル障を使うなら、早く申請するように、
というような内容の文書を受け取ったのは、5月初め?
まだまだ、外出自粛要請がされている頃です。

「郵送でできないものか」
「1年延期にできないものか」
と、思いながらも
「申請に必要な診断書の用紙は?」と電話で聞いてみると
「窓口に取りに来てください。その時に必要な書類についてもお話します。」と。

手帳の更新は、2年に1度。
もう聞かなくても、「医師の診断書」「写真」等必要なことは、わかります。
郵送でいいのに。。。


不満に思っていたら、同じ頃
「指定難病」の更新は、「手続き不要、そのまま延長」の文書が都福祉局から届きました。

「こうでなくっちゃ!」

「診断書交付のためだけに、医療機関へ出向くことがないように」
という配慮でした。


でも、「手帳の診断書」は必要です。
ちょうど、5月は受診予約がありましたので、私だけ診断書申請のため行ってきました。

1週間後、診断書は出来上がったと、事務連絡がありましたが、
もう少しコロナ疑惑が収まってから、、、???とグズグズ。。。
車で15分、すぐなのに、外出が億劫になっていました。


そこへ、
「特別疾病患者福祉手当、現況届提出」の書類が市から届きました。

自治体独自の「特患手当」(難病手当)受給のための現況届です。

これも重要です。
月7000円の手当が支給されます。
6月30日が提出期限です。

なんと、「なるべく郵送で手続きをお願いします」と、郵送費無料になる用紙も添付されています。
「医療証」を提出してください??コピーじゃなくて?
聞くのも面倒ですし、手帳の申請もありますので、同時に手続きに行ってきました。


「診断書」の受け取りに病院へ。

「医療証」は、特養にあるので、電話をしてから向かい、すぐ受け取り。

そのまま、「障害福祉課」へ。

窓口、は2組の方が来ていて、少し待って、3番目の窓口で応対していただきました。


「精神障害手帳、更新」と「難病手当の現況届」無事終了。

少し、スッキリしました。

639.住宅改修と福祉用具など

夫が利用して、とても良かった福祉用具があります。

シマウマさんのブログの、「介護ベッドデビュー」の記事に刺激されて、
今までお世話になった福祉用具や、介護保険の住宅改修の事など記録に残して置きたいと思いました。

コロナで、夫の面会にも行かれず、書類整理に手を出し、今まで貯めてきたパンフレット等を全部処分してしまいました。

「介護ベッド」などが、どのような物だったか、記憶と少し違ってしまうかもしれません。
ただ、使うようになって、介護がとても楽になったと思いました。

福祉用具は、安心して生活でき、介護者の負担が軽減されるために有効利用できるといいと思います。

記憶をたどって書いてみたいと思います。

制度の利用など、参考になれば嬉しいです。


「介護保険の住宅改修費」で「階段に手すり」CAUH14P1.jpg

介護保険で住宅改修費の補助が受けられます。
20万円まで、という限度があります。

要介護度が3段階上げると、再度20万円までの改修費に対して補助が受けられます。
知りませんでした。

夫の場合、要介護4になってから「階段に手すり」をつけました。
要介護1の時に利用しても良かった、と後になって思いました。
必要になるとは思ってもいませんでした。

しっかりとした立派な手すりは、狭い階段の両側にあるので、私が使っても楽です。

精神病院を退院することが決まって、在宅介護に入る前に、まず「手すり」をつけました。
まだ、手すりがなくてもひとりで上り下りしていましたが、私のためにも、と介護保険を利用させていただきました。
大いに、役に立ちました。
後半は、両側の手すりにつかまって慎重に下りていました。

2階の寝室は、ベッドでしたが、次第に立ち上がりができなくなりました。

ベッドから起き上がらせることができなかったら、
「もう、在宅介護は無理かもしれない」
と本気で思い始めていましたが、
「立ち上がり補助具」のレンタルで、見事に解消しました。
「立ちアップ」(商品名?)「立ち上がりサポート」でしょうか。
コの字形の福祉用具をベッドに固定して取り付けていただきました。

訪問リハビリのOTさんのアドバイスが大きかったと思います。

「介護ベッドにしようかしら?」
という私に
「ひとりで動けるうちは、なるべく使わない方がいいですよ。動かなくなってしまいますよ。」
と思いもしなかった助言でした。

立ち上がりや、階段の不安も、実際に見ていただいて、
「大丈夫ですよ。」「立ちアップを使って見てください。」と紹介されました。
夫が上手に「立ちアップ」を使って、ベッドから立ち上がって、そのまま安定して立ってくれるので、介助は、とても楽になって嬉しかったです。


階段には、段差が目立つように、「黄色いテープ」を貼っていただきました。
これは、白内障気味の愛犬にも有効でした。
(今は、老犬になって階段上がれません。)

急に身体機能が衰えて、だんだん歩行困難、転びやすいといった症状が出て
「歩行器」も少しの間使いました。
家の中では、家具などにつかまって歩くので、あまり必要ではなく、すぐ返しました。

レンタルは、都合が悪ければ、返却も変更もできます。

他に玄関からの段差の不安解消に「突っ張り棒」もレンタルしました。
少し邪魔でしたが、少しの間使っていたように思います。

家の中で転んで、縫うほどの怪我をしてからは、
「階段で転んでは、この程度で済まない。」
と、1階リビングに「介護ベッド」をレンタルしました。
自分で起き上がれなくなってからは、介護ベッドに助けられました。
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この頃から、急激に身体機能が衰えて、
「車椅子」も必要になっていました。

いよいよ歩行が危なくなって、家の中にも車椅子を入れるため
「スロープ」を作りました。
「住宅改修費」はほとんど使い切っていましたので、自費になりましたが、福祉用具のお店と連携した業者さんは良心的で、不備もすぐ直してくださいました。


嚥下ができなくなって、誤嚥性肺炎で入院。
ベッドから車椅子、小規模多機能の所長さんが車で病院へ送ってくださいました。

退院前に、車椅子のまま乗れる「福祉車両」も、購入しました。
身体障害者手帳2級も取得したので、自動車取得税、自動車税等、いろいろ補助も簡単に受けられるようになりました。

「胃ろう」を造って、退院後は、「介護ベッド」が大活躍しました。

「オムツ交換の時は、ベッドを高くしてね。」
と、つくしの会の設立メンバーの「ももさん」の声が耳に残っています。

ベッドの操作や、立ち上がりの方法など、小規模多機能の所長さんがレクチャーしてくださいました。
背中の角度をつけて、起こしたら、こっち向きにして、ベッドは低くして足が着いたら、こうして、、、
ああ、もう忘れています。
「そのまま、ここで少し歩かせて」といったので、びっくりしたのは覚えています。
もう、ほとんど歩かなくなっていましたが、所長さんは歩かせることができました。

レクチャー通りには、なかなか上手く行きません。
介護ベッドの高さ調節や、角度など、リモコン操作に、孫達が興味深々でした。
そう、夫もリモコンを持とうとしていました。

「介護ベッド」に、「サイドテーブル」もレンタルしましたが、これはお試しで止めたか、邪魔になるのですぐ止めました。

精神病院から退院して在宅介護の2年間。
福祉用具を利用することで、介護の負担は軽減されました。

「立ち上がりサポート」
「介護ベッド」
「車椅子」
福祉用具無しでは、介護は困難だったと思います。

有難いです。2016.10.16.jpg








638.webカメラ購入

新型コロナウィルス感染拡大でいろいろ生活に変化があります。

オンライン・・・

考えてもいなかったことです。

4月にパソコンを買った、とブログに記録が残っていましたので、
「Webカメラの購入」も記録に残して置きたいと思います。

パソコンは、コロナの影響で、展示会場へ出向かず、格安で手に入れました。

現在販売されているパソコンとは、型式も販売ルートも違いますが、説明を受け納得して購入しました。

たぶん、カメラやマイクが内蔵されていないことは説明されたと思いますが、その時は全然必要も感じていませんでした。

必要になるとは、思ってもいませんでした。

彩星の会のZoomの「おためしWebサロン」にスマホで参加して、パソコンとの画面の違いを知りました。
スマホでは、4人しか画面に映らない。パソコンは12人?

2回目は、途中でスマホが高熱でダウンして、ログアウトでした。

すぐに、Webカメラを手に入れたい、と探しましたが、店頭には高価な物しかありませんでした。

ネットで検索して「大丈夫かな?」とも思いましたが、とにかくすぐに届く物、許容範囲のお値段の物を条件に、探して、決めました。

良さそうな物でも、予約順に発送とか2週間後とかはダメ。
すぐ、すぐに、です。
今、必要なのです。

「翌日発送」
半信半疑で待っていると、ほんとに届きました。
簡単!これでいい!

早速、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の会長えいさんに招待メールを送っていただき、ミーティングできました。

そして、
今日、5月18日 彩星の会のWebサロンでした。
満足です。


若年性認知症家族会彩星の会
奇数月の第4日曜の定例会
いつも、2か月に1度のこの日、介護仲間にお会いできることをを楽しみにしていました。



5月24日は、Web定例会に参加したいと思います。
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637. オンライン・・・

新型コロナウィルス感染拡大で、思いもしなかった事態になっています。
学校も休校が3か月目。
どうなってしまうのでしょうか。

倒産、失業等生活への影響は大きいです。

緊急事態宣言で外出自粛。

施設、病院の面会禁止。

先の見えない不安。

報道や情報も、捉え方によって行動が???

どうして買い占めに走るのか。

発言も自由にできなくなっている?
この国はどうなって行くのか?

どうも、マイナス思考になりがち、でした。

ブログを書く気力もなく・・・
とは言い訳です。

毎日の普通の生活が、どんなに有り難いかと思います。

オンライン面会、オンライン会議、オンライン飲み会は新しい経験でした。

オンライン面会
夫の特養では、5月から毎週1回ユニット毎に決められた曜日にラインで面会ができるようになりました。
電話で、時間を予約して、ラインビデオ通話を家で待っていると、ケアマネさんが担当らしくいつも対応してくださっています。
夫は、なかなか画面に目が行かないようです。
声はわかるのか、反応はわかりませんが、ケアマネさんの動きを目で追っていました。
ラインの通話時間は、5分未満です。
左手は動きますが、右手は固くなっている様子。
首も固いようです。
マッサージも機能訓練も中止になっています。
仕方ないです。

命を守っていただいていることに感謝です。
スタッフの健康や生活が心配です。
夫を車椅子に乗せ、面会させるのも大変ではないかと思います。
それでも、姿を見ると安心します。
有難いです。

FTLDつくしの会役員会はライン通話。
「オンライン飲み会をやってみたい」とお願いして役員でオンライン飲み会を開いていただきました。
楽しかったです。

若年性認知症家族会 彩星の会の「おためしWebサロン」はZoomで招待され参加しました。
世話人さん達や会員さんの笑顔に会い、ほっとしました。

遠くからでも、なかなか参加できない方も参加できるので良いと思います。
世話人さん達に感謝です。

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636.難病受給者証の更新手続き不要?手帳の更新手続きは必要?

2017年7月に『前頭側頭葉変性症』は指定難病になりました。

医療費の助成が受けられ、自治体からの「特殊疾病患者福祉手当」の助成があるので、毎年更新していました。

「更新手続きが面倒」とブログに書いたばかりでした。
いよいよ、更新手続きに必要な診断書(臨床調査個人票)を申請しようと思った前日、特養に文書が届きました。
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受給者証等の有効期限が令和2年6月30日から令和2年8月31日までの皆さまへ
~今年は、受給者証の更新手続きは必要ありません~

新型コロナウィルス感染拡大を受け、有効期限を1年延長する。
臨床調査個人票の取得等のみを目的とした受診がないように、という趣旨。

東京都福祉保健局から届きました。

ちょうど翌日、夫の受診日になっていたので、申請せずに済みました。
面倒な手続きも必要なく、有効期限までに新しい受給者証が届くそうです。

良かったです。


でも、
毎年この時期は、手続きがいろいろあります。

精神保健福祉手帳の2年に1度の更新手続き、診断書提出が必要です。
マル障(心身障害者医療費助成受給者証)の有効期限も同日です。

ご丁寧に、障害福祉課から
「マル障有効期限到来のご案内について」
という文書が来ていて、
手帳の期限は7月31日で3か月前の5月1日から申請できる。
手帳の交付に2か月以上かかる場合もあるから早めに、と。
更新結果、「1級」の交付を受けた場合、速やかにマル障交付申請を行うように。
と。

そこまで「ご案内」していただけるなら、必要な書類も同封して欲しいと思うのですが、
更新申請窓口 障害福祉課 電話番号だけなのです。

診断書の用紙を窓口までいただきに行きました。

そして、
約5か月ぶりの神経内科受診は、私だけ主治医の先生とお話をして、診断書をお願いしました。

夫とオンラインで面会していること。
だいぶ弱って来ているように見えること。等聞いていただき次回の予約をしました。


病院は、いつもより空いてはいましたが、車椅子の人も受診していました。

通院を理由に夫を外出させるチャンスだったかもしれない、と少しだけ思いました。


私も久しぶりの病院で、疲れました。

635.ラインで面会

面会休止になって、2か月。

本当に久しぶりに夫の姿を見ました。
ラインのビデオ通話です。

感動の再会!

夫の目線がなかなか合いません。

画面だけでは、難しい。
話しかけても反応ウスイ
でも、「ほら奥さんですよ。」という声の方に目を向けていました。
ケアマネさんが対応してくださって、画面を調節してくださったので、
目の前に映ると見てくれたような~~~~?

言葉がわからないのは、いつものこと。
触れることもできないので、ピアノの音色を聴かせました。
表情の変化は、微妙でした。

ラインの通話記録では、10分程の時間でした。
最後にケアマネさんと私が話をしていると、夫が手を伸ばしてきました。
スマホに映った夫の手に、「わぁっ手!」と私も手を寄せました。
やっと穏やかな安心した顔に見えました。

画面の様子では、ユニットの個室ではなく、セミパブリックルーム、というお部屋のようにも見えました。
車椅子に乗せて、移動させてくださったようです。
有難いです。

5月からは、週1日、曜日が決められる、と文書が来ていました。

それまでは、また電話で予約をして面会ができるそうです。

孫の保育で、面会に行かれない、と躊躇していましたが、家にいてライン面会できるなら問題ありません。

安心しました。
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634. パソコンを買いました。

新しく手に入れたパソコンから投稿です。

ずっと、ずっと古い古いパソコンを使っていました。

いったい、いつからの物なのか?
15年以上前です。
初めて買ったパソコンをずっとずっと使い続けていました。
WindowsXPです。
買った時は、最新機種(あたりまえ)でした。

使い慣れていたので、サービス期間が終わってもしばらくは困ることもありませんでした。

ところが、いよいよ添付書類が、バージョンが古くて互換性もなく開けられない。
そして、一番困ったのがインターネットです。
接続が完全にできないわけではなく、選ばれてしまうのです。

これで困ったのは、このブログもパソコンで、投稿できなくなってしまったことです。

タブレット、スマホからの投稿で解決できましたが、打ち込みに時間がかかりました。


少し前、か、だいぶ前から、パソコンの購入は考えていました。

「どうしても」という生活必需品でもなく、私には高額なので、考えるだけでした。

いよいよ、「買おうかな」と婿殿に相談すると、すぐに電気店を見に行きパンフレットを貰ってきてくれました。
あっちのお店より、こっちが安いとか、これかこれがいいとか、私の希望を聞いて選んでくれました。
「ゆっくり、楽しんで選ぶ」
とモタモタしているうちに、コロナ感染拡大、外出自粛、になってしまいました。

と、ある日のチラシに目が止まりました。

以前に、介護仲間のえいさんから聞いた「譲渡会」です。

「今回は、コロナウィルス感染拡大防止のため電話受付のみ」
という事も、グッドタイミングでした。

まずは、電話で聞いて、中古品であることメーカーを選べないこと等知りました。
「一度考えさせてください。」
と電話を切って、隣に住む婿殿に相談しました。

「高速、高性能のこの機種がいい」
という私の希望と一致して、賛成してもらえました。

何よりも気に入ったのは、そのお値段です。
電話の応対も信頼でき、押しつけはありませんでした。

決断が早かったからか、台数制限のあるなか、無事手に入れることができました。

ラッキーです。

「譲渡会があります」というチラシでは、会場までなかなか足が向かなかったかもしれません。


外出自粛で、じっと我慢の日々です。
思い切って、パソコンを買うことができて良かったです。


明日の命の保証はありません。

見えない敵との闘いは長期戦になっています。

なんとか生き延びようと思います。



633. 緊急事態宣言後の特養

新型コロナウィルスは、長期戦のようです。
「緊急事態宣言」です。


夫の特養は、面会禁止が長期化しています。
対策として、短時間ガラス戸越しの面会の案内が書面で届きました。
時間も決められています。
事前に希望時間を申し込むのだそうです。
さらに、「テレビ電話」を検討中、とのこと。

聞いてみると、家族は入り口ホールで待ち、本人は、ビデオ撮影ができる部屋へ連れて行き、そこからテレビを通じての面会、らしい。

まだ、どうなるのかわかりません。


ケアマネさんからは、「サービス担当者会議」について電話がありました。
コロナの感染拡大防止のため、今回は家族は不参加で開催されるとのこと。
郵送で送られて来るのだそうです。
ケアプランでは、「家族の希望」という欄があるため、希望を聞かれます。
毎回、そのまま載せられます。

サービス担当者会議
ケアマネージャーさん主催で、介護、医療、栄養、リハビリ、の担当者と時には施設長、相談員も同席して、それぞれ発言してケアプランが説明されます。
とても、貴重な有り難い時間で、私は、いつもお礼を言わせていただいています。
ケアプランも需要ですが、多職種が連携して夫の事を見てくださっている事がわかります。
いつも、ケアマネさんが日程ギリギリに連絡くださるのが、やや不満ですが、このサービス担当者会議に家族を出席させてくださるのは有り難いと思っていました。

今回も、すでに全て決まってからの連絡でした。
「郵送でなくても行きますよ。サインも必要ですよね?」
という申し出は、はっきりしないながら結局「郵送でお願いします」と言う事になりました。

残念ですが、これも我慢です。

特養のスタッフも、ミーティングは避けた方がいいのではないかと思います。

スタッフは、感染に気を使っていると思います。

小さなお子さんがいらっしゃる方は、どうしているでしょうか。
保育園の登園自粛も、辛いと思います。

感染の恐怖の中、働いている特養のスタッフに感謝です。


孫を見ているので、特養まで出向いての「テレビ面会」が、まだできません。

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八重桜



632. 指定難病の更新手続きは、面倒!?

今年も「特定医療費(指定難病)受給者証」の更新手続きの案内書類が来ました。
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あぁ、面倒╮(╯_╰)╭
と今年も思ってしまいます。

1年に1度のこの手続きが、どうしてこんなに面倒なのかわかりません。

難病は、治療法も確立されない進行性の不治の病。
1年で良くなるなら難病ではない。

難病が難病でなくなるように、研究データには協力したい、という気持ちがあっても、この面倒な手続きでは諦めて当然です。

2015年7月に、前頭側頭葉変性症は、指定難病になりました。

「難病」と認められたことを嬉しく思って、すぐに申請し認定されました。

入院中は、限度額が一定で、とても助かりました。
(でも、当時から近県では、精神障害で医療費無料の所もあったようです。)

2019年1月から、東京都でも精神障害手帳1級で医療費補助が受けられるようになりました。

自立支援医療費助成では、1割負担。
難病医療費助成では、2割負担。

さらに、1級なら、マル障で無料。(所得制限有)


医療費のためだけなら、難病申請の必要もないかもしれまん。
診断書発行に手間と費用がかかります。

研究のため?
研究は、ぜひ進めていただきたいし、協力したいです。

でも、診断書の費用免除にして欲しいです。

診断書(臨床調査個人票)は、難病指定医の記入が必要です。
夫はすでに、最重度ですので変更もありません。
コピーで十分です。


それでも、更新申請しようと思います。

それは、自治体独自の手当てがあるからです。
「特殊疾病患者福祉手当」(トッカンてあて)です。

各自治体で、名称も条件も金額も違うようです。
65歳未満に限る、とか施設入所や入院は除外となっている自治体が殆どです。

私の市では、所得以外の制限がなく「難病患者」なら月7000円支給です。
これは、有り難いです。

面倒でも申請します。

631. 4月になりました。

コロナウイルス感染拡大で、世界中が大変な事になっています。
どうなってしまうのでしょうか。

緊急事態です。
夫の特養の面会禁止を嘆いている場合ではありません。
自分の感染も防がなくてはなりません。

不要不急の外出は控えています。

じっと我慢です。


家の前の公園の大島桜が、風に吹かれて散っています。

地面は、桜の絨毯です。

桜の木も大きくなりました。

大島桜は、地味な桜ですが、ほのかな香りがします。
雪で少し枝が折れても、また来年も咲いてくれるでしょう。


4月
3年前の4月5日、夫は胃ろうにしました。
病院でお花見でした。
もう3年になります。

https://2212-2931.at.webry.info/201704/article_1.html

胃ろう手術の前日にお花見をした記事もありました。

毎年4月に桜の写真を投稿していたようです。


前頭側頭葉変成症つくしの会が発足したのも4月でした。
4年前です。

夫の本格的な在宅介護と、同じ時期のスタートでした。
最初の「交流会」は、印象的です。
https://2212-2931.at.webry.info/201604/article_7.html

この頃からの1年で、夫は急に進行したようです。

「意味性認知症」でこの症状は出ないはず。
とずっと疑問に思って調べながらも、症状は進みました。

いろいろ、今までの経過を思い出しています。


夫は、今、特養で命を守られています。
生きています。

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2018年4月 2年前 特養の前の公園でお花見。🌸

来年も、お花見します。

630.お花見もできないなんて⁉️

夫の特養の面会禁止が続いています。

コロナウィルス感染拡大予防策は、ますます強化されて、
訪問マッサージばかりか、個別機能訓練も中止という文書が届きました。

3月27日、新潟から戻った翌日、夫の特養へ行きました。
ケアマネさんに夫の様子を聞きました。
車椅子に乗っていた、と聞き少し安心しました。


目の前が公園。
桜の花が満開でした。
夫とお花見もできないなんて!

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公園からの夫の特養です。

車椅子になってからも、病院に入院中も、毎年一緒にお花見をしていました。

冬の間、桜がとても待ち遠しい年もありました。

桜は、毎年咲いてくれます。



夫は、特養のユニットの中から出られません。
もう、1ヶ月以上顔を見ていません。


こんな生活を夫は望んでいたでしょうか?
胃ろうにしてまで生きるのは、何のため?
お花見もできないなんて⁉️


このまま、こうして生きていくのでしょうか?


面会禁止は、いつまで続くのでしょう?1年先?
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来年、お花見ができるでしょうか。

629. 椿の名前調べ

3月17日から26日まで新潟へ行ってきました。

コロナウイルス感染拡大防止のため、夫の特養は面会禁止。
さらに、「個別リハビリ休止」の連絡が郵送で届いていました。
どうなってしまうのでしょうか。

面会禁止では、家に居ても落ち着かないので、新潟でゆっくりできて良かったです。

結婚式は決行。
小さな心に残る式とお食事会でした。


数日滞在の間に、次々と椿の花が咲きました。

たくさんの種類の椿を見るのは、初めてでした。
ちょうど良い時期だったようです。

椿を眺め、夜になってから名前調べをしました。
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父の撮った写真と名前がありましたので、実物と比べて、さらに図鑑と見比べ・・・
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「これだ!」と名前がわかる物もありましたが、「ちょっと違う」と探す時間が多かったです。
なかなか決められませんでした。
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ヤブツバキ、ユキツバキの原種は、椿らしい椿で綺麗です。
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種類はとても多く、名前調べは困難です。
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まだまだありますが、ここまで、です。

628. 結婚式

3月22日(日)
弟の息子、私の甥の小さな結婚式でした。

90歳の母も最後の孫結婚式に和服で参加しました。

コロナウィルスの影響を心配しましたが、中止や延期の話もなく、
親戚が集まりお祝いをしました。

娘一家も参加でしたので、前日も実家に泊まって、賑やかでした。

お祝いは嬉しいです。

花嫁さんは、綺麗で可愛らしく、お友達からも「カワイイ」と声が出ていました。
思わず私も「カワイイねぇ」と同調しました。
新郎新婦の優しい笑顔に、ほっこり、優しい気持ちになれました。

娘が、夫の金のフルートを吹きました。


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       椿「太郎冠者」

私は、兄、弟の3人きょうだい。
山形に住む兄、新潟の近所に住む弟と3人揃うのも久しぶりでした。




627. 一歩、小さな一歩🎵

ライアー奏者の方のブログを拝見していたら
「小さな一歩♪」
というテーマで、2月生まれの初孫ちゃんが載っていました。
まあ!ウチと同じ!
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2月12日に1歳になった孫娘。

ジージをすっかり追い越して成長しました。
良く食べ、良く動き元気です。

一歩、一歩と歩き始めたと思ったら、もうトコトコ歩いて、嬉しそうです。

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「乙女椿」も、すぐ咲きました。
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626. 新潟の椿

夫の特養は、面会禁止です。
電話で様子を聞くと、ユニットのスタッフが
「変わりないですよ」
と明るく答え、
「顔に少し湿疹がありましたが薬でもう綺麗になりました。」
と報告も受け、安心しました。
新潟へ行って不在となるので、不足する物がないか聞くと
調べてくださって、入浴後の保湿クリームが少ない、というので届けました。

3月17日から車で、新潟に来ています。

実家の庭に椿が咲いています。
見る人が居てもいなくても、咲いていました。

たくさんの椿。
変わっている椿も、似たような椿も、名前がある、のだそうです。

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625. 3月です。

3月になりました。1583138655315.jpg
コロナウィルス感染拡大防止のため、夫の特養も面会禁止です。

学校は、休校です。

近くの公園に梅が綺麗に咲いています。

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3月からの開園を待って、3月1日(日)に行って見ました。

元気の良い3番孫と、90歳の母と3人で、鯉の餌のパンの耳を持って。




こんな近くに、こんな良い公園があるのに、外から眺めるだけで、入園は年に数日では、もったいない。




梅の良い香がしました。

良い日です。



夜は、娘一家が我が家に来て、賑やかに、私の誕生会でした。

孫からのバースデーカード
「おじいちゃんの介護がんばってください。そして、いつまでも僕の大好きなおばあちゃんでいてください。」
と嬉しい言葉のプレゼントでした。

孫の成長は、早いです。


1年がとても早いです。




624. 特養が面会禁止に

面会場所の制限だけでなく、面会禁止になりました。

面会制限の記事を書いていると、相談員さんから電話が入りました。

「嫌な予感」です。

「今、時間、大丈夫ですか? ご相談です。」
と話し始めたのは、コロナウィルス感染防止のための面会禁止に伴って、外部からの訪問も断っている。
訪問マッサージについては、お断りしていいか、どうしたら良いか。
という内容だったと思います。

こうして思い出して文字にして見ますと、誘導された問のようにも思います。

私は、訪問マッサージは、医療なので、医療関係者までお断りする必要はないと思っていること。
口腔ケアの時、夫の右手が以前より柔らかく、首の動きも良くなって、マッサージのお陰かと嬉しく思っていたこと。
それだけに、中止した場合の拘縮が心配なこと。
マッサージ師さんは、医療関係のプロなので衛生面では、注意を怠らない、通勤はバイクで単独行動なので感染の危険性も低い。
家族としては、今まで通りのマッサージをお願いしたい。

とお話した、と思います。

「後で、また電話します。」
と切られた後、かかって来ませんでした。


訪問マッサージを特養に入れるように、希望を叶えてくださった相談員さんです。
否定的な言葉を発する事もなく、話を聞いてくださいましたが、結果はわかりません。

それでも、決定前にお話を聞いてくださったので、その上での決定になるのでしょう。


訪問マッサージのことで、サラリと聞いてしまいましたが、
「面会禁止」も初めてのことです。

インフルエンザでも、面会禁止になったことがありません。

入居者は、昨年も今年もインフルエンザになりませんでした。


スタッフの負担が大きくなって、体調を崩しても休めないのではないか、介護が手薄にならないか心配です。

自分の都合で、面会に行かれない日もありますが、「面会禁止」は、不安です。

623. 特養の面会制限

新型コロナウィルスの感染拡大防止対策のため、
夫の特養では、面会が制限されています。

22日(土)から、です。

特養の入り口に文書が、貼り出されていました。

受付で、面会のカードを記入すると、
「3階ホールでお待ちください。」
と言われました。

面会場所が、エレベーターホールや1階に限られ、ユニットは入室禁止です。

いつもより念入りに手洗いをして、さらにアルコール消毒もして、エレベーターで3階へ行きました。

設置されているアルコール消毒の機械で、もう1度、この時とばかり消毒をしました。


口腔ケアをどうするか。

介護スタッフが、「終わるまでお待ちいただくか、、、」というので
「以前に、セミパブリックルームをお借りしたと思うのですが、」
と、お話すると、「聞いて見ます」と戻られ、
歯科衛生士さんが見えると、セミパブリックルームを開けていただけました。

口腔ケアは、問題なく、セミパブリックルームという広い面会室でできました。

と、ここまで、書いたところで、特養の相談員さんから電話が入りました。

次に書きます。

622. 面会場所の制限

21日 
特養から月末の請求書、領収書と一緒に
「ご面会場所の制限について」
という文書が封書で自宅に届きました。

19日の日付です。
昨日(20日)も夕方遅くまでユニットにいて、看護師さんと雑談もしてきたのに。

あらら、びっくりです。

新型肺炎の感染防止のため、だそうです。

1、面会の場所は、各階のエレベーターホールと1階「つどいの間」
  各ユニット内への立ち入りは禁止。
2、高校生以下面会禁止
3、症状が見られる方、家族に症状が見られる方、勤務先で感染症が流行している方等面会は遠慮。
4、手洗い消毒、マスク着用。

入居者が安心安全に過ごすため、今後の流行状況により、面会禁止になる場合もあるのであらかじめ承知して欲しい。

と、だいたいの要約です。

面会場所の制限は、面会禁止よりも職員の負担も大きく大変かと思います。

昨年も今年も、夫の特養ではインフルエンザの感染は、ゼロでした。

私も、孫のインフルエンザで面会を控え、鼻水やくしゃみでも面会を控え、注意してきました。


「面会場所制限」は、「面会禁止」ではないので、
今まで通り、明日は行って見ます。


621.前頭側頭葉変性症つくしの会2月定例会&サンデーカフェ

毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。

1週間前の金曜日には、役員会です。

今回2月の定例会は、当初21名の参加希望があって、席をどうするかなど、会長のえいさんが何度も考えて座席図が当日、役員に配布されました。

諸事情から不参加になってしまうのは、この病気なら納得です。

当日は19名でした。

新しい方が3名。

遠くからの出席の方も。

会員は2分、新しい方は5分と時間を決めて、一通り近況報告、自己紹介等していただきました。
新しい方、3名は、意味性認知症。
言葉のコミュニケーションが取れないだけで、普通に生活できているかのように見られてしまう。
年齢も症状も、ひとりひとり違う。

ランチが運ばれて来て、食べながらの楽しい懇談。


席を移動して、やっとこれからお話を、と新しい方と話し始めた頃、
お店の方から「タイムアウト」宣言。

そんな~ええ~⁉ まだでしょ?

お店を利用させていただいているので、仕方ない。


「盛り上がっている所すみません。お店の方と上手くやって行きたいので、速やかに退出お願いします。」
というと、皆さん笑って、すぐに、ほんとにすぐに外へ出ていただけました。


前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com

3人で立ち上げた会は大きくなりました。

会場をどこにするかが悩みになってきました。


そんな悩みを抱えながらも2次回へ。

そして、地元に帰って、3次回。
自覚のないまま、飲み過ぎ😵🍺🌀です。

いえ、自覚していますので大丈夫です。

鼻水を理由に夫の面会には行かず、グダグダと過ごし、回復しました。


そして、日曜日、サンデーカフェです。
役員3名会員2名の5名。

少人数ですが、いいのです。
人数は、問題ではありません。
平日の木曜日の定例会には出られないけれど、日曜日なら、という方。
木曜日は、都合が悪いけれど、日曜日なら、という方。
そういう方がひとりでもいるなら開く価値があります。
いえ、誰も来られなくても、「いつか行ってみたい」と思われたらそれでいいのです。

つくしの会の定例会の最初の頃と同じです。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」の存在そのものに意味があるのだと思います。






620. スイスでスキー

2020年1月28日から2月4日まで
グリンデルワルトに6泊 短いスキー休暇でした。
怪我もなく存分に楽しんで、無事、帰って来ました。

夫は、変わらず穏やかな顔で、じーっと私を見ます。

元気な頃は、一緒にスキーをしていましたので、スイスでスキーができたらどんなに喜んだことでしょう。
診断されてからも3年くらいは、一緒に滑っていました。

見たかったグリンデルワルトの冬景色。アイガー。
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グリンデルワルト到着の日から雪が降っていました。

フィルストでの、雪の中のスキーは、大変でした。

翌日から晴天になって、クライネシャイディックへ。
1月30日
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初心者コースを気持ち良く滑りました。
お天気が良いので、スイスが初めてという友人達の希望でユングフラウヨッホへ行きました。
「こんなお天気の日は、スキーがいいですよ。」
とグリンデルワルトに長期滞在して、今回のスキーにも同行してくださった方に言われましたが、友人達と行動を共にしたかったので、ユングフラウへ行きました。
3日間のスキーパスでユングフラウヨッホまでの運賃が61フランに割引になりました。
お天気が良くて、アルプスの山の景色は見飽きません。
ユングフラウは4158m
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「トップ・オブ・ヨーロッパ」
3454mのユングフラウヨッホ鉄道駅からスフィンクス展望台へ
遠くにも山が見えます。イタリアかフランスか?
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素晴らしい景色に感動しました。
時間の経つのも忘れ、クライネシャイディックで、二人の男性を待たせてしまいました。
一緒にラウバーホルンを滑った後のビール🍺は最高でした。

1月31日は、グリンデルワルト日本語観光案内所所長の安東さんにガイドをお願いして、シルトホルンへ。
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アイガー、メンヒ、ユングフラウを見ながら滑る\(^o^)/\(^o^)/

シルトホルン
007のボンドワールドを見学して、回転レストランでランチ。
暖かくて春のようなお天気。
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午後は、シルトホルンから滑る。暑い💦💦
そして、春のスキーのように雪質が少し重く感じられました。
グリンデルワルト日本語観光案内所の「おやじのつぶやき」に載りました。
嬉しそうにストックを上げているのが私です。
http://www.jibswiss.com/nikki-2020-0101.html

2月1日も良いお天気。
メンリヘンへ新しいゴンドラに乗って行きました。
山の景色を眺め、ホーレンステインまで滑って、ゴンドラで戻りました。1581394055865.jpg
夜は、安東さんのお宅で「ラクレット」の夕食にご招待いただきました。
シルトホルンで撮ったスキーの動画も見せていただき楽しい時間でした。😊
グリンデルワルト日本語観光案内所「おやじのつぶやき」に「常連さん」と載って嬉しい🎵😍🎵

2月2日は、ベルン観光。1581392414472.jpg
雨でした。

電車に乗って小旅行気分。
迷いながらの観光も良かったです。
日曜日でお店は、殆どお休み。
お客さんいっぱいいるのにね。

開いているお土産屋さんで友人はお買い物。
木製の壁掛け時計。

イタリアンレストランでランチ。
ワインは白。

グリンデルワルトに戻って買い物。
チーズをたくさん買いました。


2月3日 朝 出発です。
ホテルのバルコニーからの写真です。
メンリヒエンが見えます。雨雲?私達が帰って雨が続いたそうです。
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安東さんの車で空港まで送っていただきました。

時差もあって、成田空港到着は、2月4日朝。

長年の夢だった「スイスでスキー」ができました。


619. スイスへ 到着までの事

1月28日
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無事スイスに到着しました。
グリンデルワルトのホテルでWi-Fiを使って、ブログを書いています。


夫も特養で安定しているので、スイス行きを決断しました。

今回は、スイスのグリンデルワルトでスキーが目的です。

夫の所へ行くと、孫がインフルエンザだと面会はできないと言われてしまいました。

孫の学校でインフルエンザが流行っています。

同居ではないし、6年生の男の子なので、さほど接触もないのに、と少しだけ不満でしたが、
感染予防は大切です。

残念ですが、留守中のお願いをして帰ってきました。

身近な所でインフルエンザで亡くなった人がいる、というニュースを
成田空港に向かうリムジンバスの中で、娘から受けました。

「命は大切」
とても他人事ではなく、インフルエンザを軽く見てはいけないと思いました。


インフルエンザの流行で面会を控えなければいけないので、
「私だけスイス行って面会に行かれない」
という「罪悪感」のようなものも少し軽減されました。

孫がインフルエンザで、隣との接触も控え、外出も控え、
面会ももちろん行かず、家で旅行準備の時間がたっぷりありました。

母も、新潟へ元気に戻りました。

時間がたっぷりあっても、やっぱり行動パターンは同じです。
旅行準備の荷造りは、直前になって、短時間で終了です。

27日 成田空港近くのホテル前泊です。
ここまで来ると、母と二人の時は、満足感がありました。
今回は、友人達と同じホテルでも別行動だったので、ひとりは、思ったより楽しくはありませんでした。

夜になって、飛行機の出発が遅れるというメールが航空会社から入りました。
関東でも雪の予報が出ていました。

28日朝、今回一緒に行く友人達と合流して、空港へ向かいました。
学生時代のスキー部の友人と妹さん、私を含め4人です。


Webチェックインで良い座席も確保でき、時間の遅れ以外は順調でした。

ホテルでの睡眠不足は、飛行機の中で、と思っていても、映画を次々と見ているとその時間もあまりありませんでした。


チューリッヒ空港に無事到着すると
今回は、ホテルまで送迎をお願いしたので、
日本語観光案内所の安東さんが笑顔で出迎えてくれました。

夏と違って、外は真っ暗でした。

無事到着しました。

少しずつ、記録に残したいと思います。










618. 「認知症第一人者が認知症に」

NHKスペシャルのドキュメンタリー番組
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586194/index.html

精神科医で、認知症診断テストの「長谷川式」を考案された長谷川和夫先生が認知症になったと公表されてからのドキュメンタリー。

考えさせられる番組でした。
16日0時55分再放送があるようです。


いろいろ考える事も多く、まとめられずにいました。

「長谷川式」の長谷川先生が認知症なった事だけは知っていましたが、それ以上は知りませんでした。

とても興味を持ちました。

記録に残して置きたいと思います。

私は、診断が「嗜銀顆粒性認知症」だということにも興味を持ちました。
大きな分類では、FTLDの仲間。
PSPやCBDと同じ4リピート蛋白が原因という説も。


2018年3月 長谷川先生の発言
https://www.mainichi.co.jp/ninchishou/topics/2018_04_1.html


長谷川先生のインタビュー
https://med.m-review.co.jp/drinterview_detail?dr_interview_id=9

617. 前頭側頭葉変性症つくしの会 1月定例会 新年会

1月9日
毎月、第二木曜は、FTLDつくしの会の定例会です。
1月は、新年会もあります。

昨年、定例会の参加人数が増えて会場を変更したのですが、
今回1月の定例会新年会に限って、以前からの会場で開催でした。

会場を間違わないよう、会長えいさんが丁寧に配信していました。

今回は、初めての方も含め13名の参加でした。
いつもより少ない人数ですが、賑やかでした。

初めての参加の方、ブログを読まれている話から
「ららです。」というと、
「わ!ららさん?本物?ほんとに会えるなんて」
と握手を求められ、大袈裟に喜んでいただけてびっくりです。

自転車で遠くへ行ってしまう話、困っている事など皆の前で話していただくと、仲間の皆から共感の言葉があがって「今まで言われた事がない」と感激なさっていました。
家族として経験したからこそできるアドバイスも喜ばれました。

「来て良かったです」
と笑顔で帰られ、この仲間の会「つくしの会」があって、ほんとうに良かったと嬉しく思いました。

そして、同時に
この「前頭側頭葉変性症」という病気が、特異で専門家にもなかなか理解されず、診断されただけで、治療法もない、と、医療からも見放され、支援からも外れ、今も家族が苦しんでいる現実に、心が痛みました。


診断と同時に支援に繋がり、家族も安心して普通の生活ができるようにするには、どうしたら良いのでしょうか?


616. ブログ7周年です

1月7日は、ブログ開設記念日です。
7周年です。
もう7年です。

毎年、「おめでとうございます」と通知が来るのですが、
今年は、何故か何もありません。

登録アドレスが、都合で閉鎖になったためか、
ウェブリブログで大工事が行われたためか、理由はわかりません。
何故か、またシステムが変わったようで、投稿し難いです。

ブログ、7年になりました。

「意味性認知症」と診断され3年を過ぎた頃
あまりにも自分勝手な行動に戸惑って、ネットで検索していました。
franzeさんのブログに出会って、コメントでお話できました。
私も書きたい、と、Yさんの後にブログを開設しました。

夫の行動は、記録に残せないほどいろいろ問題があった時期もあります。
夜、遠出して困らせた夫も、今は歩けなくなって特養で静かに暮らしています。

忘れてしまいそうな過去の事も振り返って読む事ができて、記録としてブログに残して良かったと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

続けられたのは、皆様のお陰です。


明日は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会、新年会です。
仲間が増えています。

かつての夫と同じような行動に、今困っている方もいると思います。
当然、同じような症状でも個性が強く、一人一人困っている事も違います。

少しでも参考になるなら、嬉しく思います。

夫は、特養で穏やかに暮らしております。
特養の生活や、私の生活の変化も書き残そうと思います。

これからも、よろしくお願いいたします。


615. 2020年お正月

IMG_20200103_163740.jpg新年 明けまして  
 おめでとうございます。🎍

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

夫は、特養で2回目のお正月です。

穏やかな表情で落ち着いています。

娘一家6人が訪れると喜んで表情を変えました。
4番孫とお互いに見つめ合っていました。

3番孫が、「ジイジに聴かせる」と鍵盤ハーモニカの演奏を始めると感動の泣き顔になりました。

写真を撮りました。
「こんなに喜ぶならまた来るね」

と娘も喜んでいました。

良いお正月です。

訪問マッサージも、「長く休むと心配なので」と2日に来てくださって有り難かったです。

暖かなお正月です。

我が家のお正月は、新潟風。
大晦日、年取りの晩に、ご馳走を食べます。

おせち料理も、手作りします。

新潟の「のっぺ」も大量に作りましたが、見事に食べ尽くしました。

孫達がたくさん食べるようになりました。

「こんなに?」と鍋一杯溢れる程のお雑煮もたちまち完売でした。

お雑煮は、娘担当。
鶏ガラで出しを取る、夫の家の味です。
美味しかったです。

夫の特養の部屋でブログを書いています。
夕焼け富士山が綺麗に見えたので、屋上から写真を撮りました。
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614. 2019年の年末

2019年が終わろうとしています。


12月は、早いです。


夫は、特養で静かに元気です。


4日に72歳のお誕生日が過ぎて、

23日の特養のコンサートでも、

お祝いに「ハッピーバースデー」の歌を歌ってもらいました。


夫は、やっぱりこの歌には反応抜群で、声が出ました。

マリンバ、フルート、サックスの演奏でした。

感動の声が、前まで届いたようです。



クリスマスの頃は、私は新潟へ行き、母と戻ってきました。

数日面会に行かなくても、変わりない夫でした。

「奥さん、来たね。良かったね。」

と看護師さんが夫に話しかけてくれました。


手厚い看護、介護を受けて、安心です。


今年も無事過ぎようとしています。


歯の出血で入院しても、無事退院できました。


肌が弱くて、動く左手で掻くと時々悪化しますが、

看護師さんがいつも上手に治療して、綺麗にしてくれます。

有難いです。



今年から、訪問マッサージも入るようになりました。

週4回です。

有難いです。


私は、今年になって、夫のベッドサイドで

ライアーという竪琴を時々弾いています。

小さな音なのでピッタリの楽器です。

耳を澄ませ、音を聴く静かな時間です。

私の楽しみになっています。



楽しみ・・・・

この1年私にとって

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の仲間との時間は、

とても楽しく貴重な時間でした。


ブログを読んでいただいた皆様

ありがとうございました。


どうぞ、良いお年をお迎えください。




613. 夫の誕生日&胃ろう交換

12月4日は、夫の72歳の誕生日でした。
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5回目の胃ろう交換の日でした。

誕生日よりも「胃ろう交換」の予定が重要でした。

特養の相談員さんが、病院と連絡を取って予約してありました。
協力病院ですので、特養から送迎だけしていただけます。

今回は、相談員さんが運転でした。
車の中でいろいろお話ができました。


2017年4月に胃ろうを造って、半年毎の交換。
前回から半年経つので、受付のシステムを忘れていました。
すぐに思い出して、機械で受付を済ませ、外科へ向かいました。

「今回、今までと違う物になることは聞いていますね。」
と聞かれました。
前回に説明を受けて、相談員さんからも聞いていました。

同じタイプの物で、交換後の検査の負担がないと聞いていました。

「今までと扱いが同じ」という事を確認していたのですが、
チューブの注入の部分が、なぜか2つに分かれていて、特養の看護師さんに「残念!」と言われてしまいました。

実際に胃ろう注入したり、チューブの消毒管理をするのは、特養の看護師さんなので、「そこまで確かめなくてすみません」と謝るしかできませんでした。

夫の胃ろうは、2年8ヶ月が過ぎて、特に周辺のトラブルもないようです。
交換の直後は、少し出血もありますが、ガーゼを当てるだけですぐに綺麗になっていました。


夫のお兄さんとお姉さん夫婦が、特養に会いに来てくれました。

ハッピーバースデーの歌をみんなで歌うと、夫は大きな口を開けて泣き声を出して感動しているようでした。
「わかるのね」と喜んで急いで動画を撮りました。

大きな音、音楽には反応するようですが、
「ハッピーバースデー」の曲は、わかるようです。

翌日、私ひとりで楽器でメロディーを出すと、同じ所で感動の泣き顔をしてくれました。
他の曲は無反応でした。
半信半疑ですが、メロディーの違いで反応するようです。

お陰様で、夫は72歳の誕生日を迎えることができました。

久しぶりに、きょうだいが揃ったので記念に写真も撮りました。

特養に夫を残して、久しぶりに我が家で宴会をしました。
お姉さん夫婦には泊まっていただきました。

翌日も、夫に会いに行って車椅子を押して、一緒に散歩していただきました。

612.孫の誕生日 彩星の会

11月23日は、3番孫の5歳の誕生日でした。

この子が生まれた日は、初めて彩星の会に参加した日です。
5年前です。

もう5年?1574753473746.jpg
まだ5年?

誕生会に招待されお祝い🎂しました。
下に妹も生まれお兄ちゃんになりました。
4人で遊ぶ姿を見るのは、幸せ😃💕そのもの。

ひとり娘と婿殿には、感謝(^人^)です。

24日(日)は、彩星の会の定例会でした。
「がんばらない介護」のお話は、代表との対談形式でした。

ゆったりと余裕のある話し方で、ご近所の方に公表して協力していただいた話や、良い介護支援を受けられている話、困ったお話も堂々と落ち着いて話されるので、とても優等生のように思えて、過去の自分の事や周囲の対応等も比べ、反省というより、ちょっとイジケタ気分になっていました。

でも、後半のお話や、質疑応答の中で、とても行動力のある方で、300人もの前で講演をなさった経験もあり、今回も私たちのために頑張ってお話をしてくださったのだと、尊敬と感謝の気持ちが沸き上がりお礼の言葉を伝えました。
「診断と同時に介護者が相談できる所へ誘導して欲しい」というお話もその通りだと思いました。

第二部は、ボランティアの方による歌の会でした。
口笛で参加したつくしの会の仲間のご本人は、感動して涙を流していました。

そして、二次会。
今回も、食べて飲んで話して、楽しい時間でした。