646.新潟へ行ってきました。

もう、今日から7月です。

先週27日㈯から昨日30日㈫まで、3泊4日で新潟の実家へ行ってきました。

電車に乗ったのは、4か月ぶりです。
行きは、「むさしの号」を利用して、大宮から新幹線に乗りました。
空いていて早いコースですが、普通ですと、大宮からの自由席は満席になります。

今回は、予想通り、ガラガラでした。

山形に住む兄が、今回都合をつけて実家へ行くというので、久しぶりに、きょうだい3人顔を合わせました。
3月弟の子(甥)の結婚式以来です。
兄も弟も仕事があって、滅多に3人揃いません。
「あの結婚式は、良かったね。」
と、話題になります。
コロナウィルス感染拡大の時期、結婚式は延期か、キャンセルかと思っていましたが、そのような話もなく、3月22日決行でした。
新潟で危機感が薄かったからできたのかもしれません。
思い出に残る素晴らしい結婚式になりました。

その結婚式以来の新潟でした。

兄は、土日で帰りましたが、母の園芸の買い物に付き合ったり、有意義な時間でした。
母の暮らしや老後?についても話できました。

母からは、
「今の一人暮らしが自由で楽しい。」
「ひとりで死んでいても、孤独死なんかではなく、幸せだったと思って欲しい。」
「きょうだい仲良く、後始末をして欲しい。」等など
いろいろ、気持ちを言葉で聞くことができました。

90歳の母の一人暮らしは心配ですが、弟が近くに住んでいるので助かっています。

今回は、少し時間があったので、近くに住む高校時代の友人にも会いました。
会うといっても、「東京から」なので、屋外で少しおしゃべりをしただけでした。

友人は、独身で94歳のお母さんを介護しています。
介護の話が中心でした。


東京の人と接触すると、介護施設で受け入れてもらえない、というような記事をどこかで読みましたが、私の母も病院の受診ができなかったそうです。
「歯医者に行く」というので、一緒に実家を出て途中駅で別れたのですが、
病院で「東京方面の人と接触がありましたか」という質問に正直に「はい」と答えると予約してあったのに断られ、次の予約は9月になってしまったそうです。
定期的な歯科検診なので急病ではありませんが、残念です。


帰りは、東京駅経由でしたので、家に帰るとすぐシャワーを浴び、着ていたものの洗濯をしました。

新潟の佐渡産甘海老、黒崎の枝豆、庭のキュウリを娘宅に届け、一緒に食事をしました。

孫は4人並んで、キュウリの丸かじりの写真を撮って、母にラインで送りました。
返事がすぐに来たので、ビデオ通話もできました。

結婚記念日でした。


645.胃ろう交換

6月24日 
夫の6回目の胃ろう交換の日です。

病院は家族が連れて行くのが原則で、協力病院の場合だけ車の送迎は特養でして貰えます。

相談員さんから5月に、日程調整の連絡をいただいて今日予約してありました。

14時の予約で、13時30分に特養を出発と聞いていました。

少し早めに到着して保険証など書類の入った袋を事務所で受け取って、待っていました。

車の用意も出来ていたのですが、時間になっても夫は現れません。

運転手さんが、「サボテンの花見ましたか?」と聞くので
「はい、綺麗ですね。もう1回見て来ます。」
と待っている間に写真を撮りました。
サボテンの花.jpg


夫に会うのは、2月以来です。
4か月ぶりです。

変わりない夫でした。
髪がだいぶ伸びています。
訪問の床屋さんをお願いしたので、もうすぐスッキリするでしょう。

じいーっと私の顔を見て、たぶんわかったと思います。
「あー」と声も出たような?
どうも、固い痰がからんで出そうとした音のような?

新型コロナウィルスの影響で、特養はずっと面会制限のままですが、
今日だけは、夫の顔を近くで見て触れることもできました。

車椅子を病院玄関まで押してもらって、病院内は付き添いは、私だけです。

慣れてしまうと早いです。

前回と同じ型の物に交換です。
すぐ終わりました。
「よっこらしょ!」という移乗のかけ声が聞こえて、平然とした顔の夫が車椅子で出てきました。
出血もほとんどなく無事終わったそうです。

胃ろうが新しくなりました。

待合室で、少し咳き込んでいました。
少し痰がからむようです。
気になりましたが、少しだけでした。

終わってから、特養の車の迎えをすぐにはお願いせず、隣の公園を散歩しました。
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ゆっくりゆっくり車椅子を押して一周しました。
ほんとうに、久しぶりの夫婦の時間でした。

病院、公園の滞在時間は、合計1時間でした。

散歩の時間、紫陽花の花の前で写真も撮りました。
短い時間でしたが、静かでほっとする良い時間でした。

迎えに来ていただいた運転手さんと車の中では、飲酒と健康の話で盛り上がりました。
「楽しく飲むのは良いことだ」と楽しいお話でした。

ユニットの介護スタッフを玄関で待っていると、ちょうど歯科医の先生と会いました。
来週から歯科衛生士さんに口腔ケアをしていただける、というお話も聞くことができました。

OTさんにも会って「手が固くなっているようです。」「個別リハビリできるようになりました。」と聞きました。
「訪問マッサージは?」
それはわからないそうです。
相談員さんに確かめられませんでしたが、口腔ケアと同時に休止でしたので、同時に再開できるのではないかと期待しています。

胃ろうの新しいチューブ等を渡して、お話もしたかったので看護師さんも呼んでいただきました。
介護スタッフさんと夫の車椅子を追ってドアの中へ私も入ろうとした時、
「入らないで!こちらへ」
と事務所受付のガラス戸を開けて、ビニールカーテン越しに、ユニットの担当看護師さんが立っていました。

胃ろうの報告の後、「ラコールのことですが、」とお話がありました。

「現在300を4パック、朝2、昼1、夜1で入れているが、3パックにするのはどう思うか?」
というお話でした。
いよいよ、そういう時期が来たようです。

いずれは、少しずつ栄養も減らしていく、水分も減らしていく。体が必要としなくなる時が来る。

考えていたことでしたので、びっくりすることも、戸惑うことも、反対する必要もありませんでした。
夫の状態を伺うと、胃ろうの逆流があったとのこと。
夫の状態を見ていただいて、判断なさるのですから正しいと思います。

痰の状態も、吸引はしていないけれど、気になっているので様子を見て吸引するそうです。
水分量も減らす時期が来るかもしれません。

「無呼吸」もあるそうです。
今すぐではなく、少しずつ・・・・弱くなっています。

まだまだ長生きしそうな気もしますが、ひょっとしたら急変もあるのではないかとも思います。



生きている不思議。死んでいく不思議。


644.FTLDつくしの会Webカフェ・・・新しい生活

21日(日)
前頭側頭葉変性症つくしの会のWebカフェでした。

定例会やサンデーカフェの集まりが3月から、コロナの影響でできなくなりました。
6月も、東京アラート発令で開催も中止になりました。

オンラインで、と役員で相談して、会長えいさんに頑張っていただいています。
前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

Web定例会は、遠方の方の参加もあって良かったと思いました。
記事は消えて投稿できませんでした。

Zoomの利用も、コロナ以前には考えられないことでした。

「Webカフェ」は、残念ながら参加者一組だけでした。
ご本人一緒で、参加が苦痛な様子がよくわかってお付き合いいただくのは、申し訳ないような気持ちになってしまいました。
終了時間を気になさるご本人の発言を尊重して「今日は早めに終わりにしましょう。」と提案しました。

参加者が少なかったことは、残念ですが、仕方ないかとも思います。


コロナの影響で、生活が変化しました。
今もまた、変化しています。

東京アラートも解除され、小中学校も普通授業になりました。
長い休校の後、急な変化です。
保育園もです。
感染防止に注意しながらも平常保育です。
親もリモートから通常勤務に戻りました。

4月に保育園デビューした孫娘は、数日で登園自粛していましたので、大きな変化です。
どんなに抵抗されるかと構えていましたが、「ブスっ」とした顔を見せるだけで慣れました。

中には、大泣きする子もいるでしょう。
無理ないです。

大人も同じかな~~?

ラインだのZoomだのって、抵抗なくできる人ばかりでなく、ストレスになる人もいるでしょう。

次は、ソーシャルディスタンス?
マスクをして会話?

気を使いながら、生活しなくてはなりません。

すぐに慣れる人もいるかもしれませんが、慣れなくて苦しむ人は多いと思います。


夫のライン面会も、最初は嬉しかったのですが、反応のない夫を画面で見るだけでは苦痛になっています。


そして、7月からは、場所、時間等を制限して予約制の面会になる、と文書が届きました。
まだユニットでの面会はできません。

予期しなかった新しい生活に戸惑っています。

新しい一歩が、なかなか前に出せないこともあります。


今朝のテレビで「アルコール依存症」の話がありました。
私も「アルコール依存症予備軍」に該当します。
もっとも、コロナの前からなので、変わりないです。


健康に気を付けて生活したいと思います。

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643.膝の損傷、整形外科の通院

私の事です。

「半月板損傷」「前十字靭帯損傷」「ベーカー嚢腫」で通院中です。
ご心配無用です。痛みはありません。

記録に残して置こうと思います。

原因は、スイスのスキーです。
日頃、運動不足のままで、膝に負担がかかったようです。


スイスのスキーは、今年の1月末から2月初め。
長年の夢でしたので、行ってほんとうに、良かったです。
コロナ感染の影響で、3月には、スキー場も閉鎖になってしまいました。
良い時期に行って良かったです。

それはそれは楽しかったです。
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ただ、初日が大雪の中での慣れないスキーで、雪の中で膝をひねってしまったようです。
大した痛みも感じず、運動不足のまま、急に膝を使って、筋肉痛かとも思っていました。

スイスでは、電車も町の中も全て、スキー靴を履いたまま移動します。
なんと、ユングフラウヨッホも、スキー靴で行って、帰りにスキーをしました。

シルトホルンの斜面も、滑って最高の気分でした。
膝には、かなり負担だったと思います。
こんなに長引くとは、思ってもいませんでした。

ずっと、筋肉痛で、膝の裏が痛い、と階段を降りる時「あいたた」という感じでしたが、すぐ直ると思っていました。

3月になっても、膝の裏の違和感は増すばかりで、いよいよ「これは普通ではない」と思い始めました。

新潟の実家で、正座ができませんでした。

もう2か月も経過していましたが、受診を決意して、新潟から戻った翌日受診しました。

市内では、整形外科で評判の良い大きな病院です。
夫の特養の隣です。

初診はレントゲンだけで、異常なし。
10日後のMRIで、「半月板」「前十字靭帯」の損傷、そして「ベーカー嚢腫」が発見されました。
やっぱり。。。と納得です。

ヒアルロン酸を注射して、様子を見るそうです。

筋力低下も原因かと、ネットで調べてストレッチを気紛れに試してみたりしています。
調べてみると、半月板も靭帯も自然治癒はないのだそうです。
そのままなら、なんとか周囲の筋肉にがんばってもらうしかないようです。

運動不足を反省しています。


ベーカー嚢腫を「脳腫」とミスのまま投稿して、驚かせてすみません。
「脳」もそれなりに老化しています。

ベーカー嚢腫は、膝裏に液体が溜まっていたので、正座もできにくいようです。
MRIでなければ、発見されない程度です。
痛くないのですし、日常生活の支障はありません。

山も行きたいし、スキーもしたいので、筋力アップするよう運動します。



642・つくしの会Web定例会&ライン面会

6月11日(木)
前頭側頭葉変性症つくしの会のWeb定例会に参加しました。

http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
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いろいろと、書いた文章の最後に画像を入れようとして、なぜか一瞬で文字が全て消えてしましました。

残念!

探しましたが、復活できず、同じ文章を書く気力もありません。

また、明日以降、気が向いたら投稿します。

人生いろいろ。

こういう失敗をすると、夫を思います。
記憶がなくなるわけでもなく、不本意にフォルダーごと無くしても、もはや気が付くこともなく、
次第に、次の世界へ導かれて行く。。。。。。




「生きろ!」
      サン!




きょうは、ここまで。




641.ブログ名変更します。

コロナの影響で、家で過ごすことが多く、ぼんやりと、自分のブログを読んでみたり、パソコンの中を見る時間も増えました。

ずっと、気になっていた、ブログタイトル「意味性認知症」
「前頭側頭葉変性症」に変更します。


今の夫の症状は、「進行性核上性麻痺」の方がぴったりです。

診断名は、今も「意味性認知症」
2015年7月から指定難病です。
診断基準に該当します。

「進行性核上性麻痺」も指定難病です。
診断をした医師は、「指定難病で書きますよ」といってくださったのですが、
すでに、「意味性認知症」で難病指定を受けていましたのでそのままになりました。

急激な進行で、歩行も嚥下も困難となって、胃ろう、車椅子の状態では、診断名がどうであれ、どちらにしても難病で治療効果も望めません。

「前頭側頭葉変性症」という大きな括りとするなら、同じです。
同じ「4リピートたん白」が関係するらしい。
SDとは違う。

「意味性認知症」は進行も穏やかで長生きをする。と聞いて喜んでいましたので、
「進行性核上性麻痺」は進行が速い、、、ああ・・・
と、診断はとてもガッカリしました。

そして、その時からブログ名の変更も、考えるようになりました。
「前頭側頭葉変性症」とした方が良いか、と。

「どちらでもいい」と封印してきたことでしたが、
コロナの影響で、また、考えるようになりました。

ブログ名、変更しました。

夫は変わりありません。
よろしくお願いします。




640.精神保健福祉手帳の更新&特別疾病患者福祉手当現況届の提出

やっと、重い腰を上げて、申請手続きに行ってきました。

「精神障害手帳」
都の医療費補助(マル障)の期限も同じなので、マル障を使うなら、早く申請するように、
というような内容の文書を受け取ったのは、5月初め?
まだまだ、外出自粛要請がされている頃です。

「郵送でできないものか」
「1年延期にできないものか」
と、思いながらも
「申請に必要な診断書の用紙は?」と電話で聞いてみると
「窓口に取りに来てください。その時に必要な書類についてもお話します。」と。

手帳の更新は、2年に1度。
もう聞かなくても、「医師の診断書」「写真」等必要なことは、わかります。
郵送でいいのに。。。


不満に思っていたら、同じ頃
「指定難病」の更新は、「手続き不要、そのまま延長」の文書が都福祉局から届きました。

「こうでなくっちゃ!」

「診断書交付のためだけに、医療機関へ出向くことがないように」
という配慮でした。


でも、「手帳の診断書」は必要です。
ちょうど、5月は受診予約がありましたので、私だけ診断書申請のため行ってきました。

1週間後、診断書は出来上がったと、事務連絡がありましたが、
もう少しコロナ疑惑が収まってから、、、???とグズグズ。。。
車で15分、すぐなのに、外出が億劫になっていました。


そこへ、
「特別疾病患者福祉手当、現況届提出」の書類が市から届きました。

自治体独自の「特患手当」(難病手当)受給のための現況届です。

これも重要です。
月7000円の手当が支給されます。
6月30日が提出期限です。

なんと、「なるべく郵送で手続きをお願いします」と、郵送費無料になる用紙も添付されています。
「医療証」を提出してください??コピーじゃなくて?
聞くのも面倒ですし、手帳の申請もありますので、同時に手続きに行ってきました。


「診断書」の受け取りに病院へ。

「医療証」は、特養にあるので、電話をしてから向かい、すぐ受け取り。

そのまま、「障害福祉課」へ。

窓口、は2組の方が来ていて、少し待って、3番目の窓口で応対していただきました。


「精神障害手帳、更新」と「難病手当の現況届」無事終了。

少し、スッキリしました。

639.住宅改修と福祉用具など

夫が利用して、とても良かった福祉用具があります。

シマウマさんのブログの、「介護ベッドデビュー」の記事に刺激されて、
今までお世話になった福祉用具や、介護保険の住宅改修の事など記録に残して置きたいと思いました。

コロナで、夫の面会にも行かれず、書類整理に手を出し、今まで貯めてきたパンフレット等を全部処分してしまいました。

「介護ベッド」などが、どのような物だったか、記憶と少し違ってしまうかもしれません。
ただ、使うようになって、介護がとても楽になったと思いました。

福祉用具は、安心して生活でき、介護者の負担が軽減されるために有効利用できるといいと思います。

記憶をたどって書いてみたいと思います。

制度の利用など、参考になれば嬉しいです。


「介護保険の住宅改修費」で「階段に手すり」CAUH14P1.jpg

介護保険で住宅改修費の補助が受けられます。
20万円まで、という限度があります。

要介護度が3段階上げると、再度20万円までの改修費に対して補助が受けられます。
知りませんでした。

夫の場合、要介護4になってから「階段に手すり」をつけました。
要介護1の時に利用しても良かった、と後になって思いました。
必要になるとは思ってもいませんでした。

しっかりとした立派な手すりは、狭い階段の両側にあるので、私が使っても楽です。

精神病院を退院することが決まって、在宅介護に入る前に、まず「手すり」をつけました。
まだ、手すりがなくてもひとりで上り下りしていましたが、私のためにも、と介護保険を利用させていただきました。
大いに、役に立ちました。
後半は、両側の手すりにつかまって慎重に下りていました。

2階の寝室は、ベッドでしたが、次第に立ち上がりができなくなりました。

ベッドから起き上がらせることができなかったら、
「もう、在宅介護は無理かもしれない」
と本気で思い始めていましたが、
「立ち上がり補助具」のレンタルで、見事に解消しました。
「立ちアップ」(商品名?)「立ち上がりサポート」でしょうか。
コの字形の福祉用具をベッドに固定して取り付けていただきました。

訪問リハビリのOTさんのアドバイスが大きかったと思います。

「介護ベッドにしようかしら?」
という私に
「ひとりで動けるうちは、なるべく使わない方がいいですよ。動かなくなってしまいますよ。」
と思いもしなかった助言でした。

立ち上がりや、階段の不安も、実際に見ていただいて、
「大丈夫ですよ。」「立ちアップを使って見てください。」と紹介されました。
夫が上手に「立ちアップ」を使って、ベッドから立ち上がって、そのまま安定して立ってくれるので、介助は、とても楽になって嬉しかったです。


階段には、段差が目立つように、「黄色いテープ」を貼っていただきました。
これは、白内障気味の愛犬にも有効でした。
(今は、老犬になって階段上がれません。)

急に身体機能が衰えて、だんだん歩行困難、転びやすいといった症状が出て
「歩行器」も少しの間使いました。
家の中では、家具などにつかまって歩くので、あまり必要ではなく、すぐ返しました。

レンタルは、都合が悪ければ、返却も変更もできます。

他に玄関からの段差の不安解消に「突っ張り棒」もレンタルしました。
少し邪魔でしたが、少しの間使っていたように思います。

家の中で転んで、縫うほどの怪我をしてからは、
「階段で転んでは、この程度で済まない。」
と、1階リビングに「介護ベッド」をレンタルしました。
自分で起き上がれなくなってからは、介護ベッドに助けられました。
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この頃から、急激に身体機能が衰えて、
「車椅子」も必要になっていました。

いよいよ歩行が危なくなって、家の中にも車椅子を入れるため
「スロープ」を作りました。
「住宅改修費」はほとんど使い切っていましたので、自費になりましたが、福祉用具のお店と連携した業者さんは良心的で、不備もすぐ直してくださいました。


嚥下ができなくなって、誤嚥性肺炎で入院。
ベッドから車椅子、小規模多機能の所長さんが車で病院へ送ってくださいました。

退院前に、車椅子のまま乗れる「福祉車両」も、購入しました。
身体障害者手帳2級も取得したので、自動車取得税、自動車税等、いろいろ補助も簡単に受けられるようになりました。

「胃ろう」を造って、退院後は、「介護ベッド」が大活躍しました。

「オムツ交換の時は、ベッドを高くしてね。」
と、つくしの会の設立メンバーの「ももさん」の声が耳に残っています。

ベッドの操作や、立ち上がりの方法など、小規模多機能の所長さんがレクチャーしてくださいました。
背中の角度をつけて、起こしたら、こっち向きにして、ベッドは低くして足が着いたら、こうして、、、
ああ、もう忘れています。
「そのまま、ここで少し歩かせて」といったので、びっくりしたのは覚えています。
もう、ほとんど歩かなくなっていましたが、所長さんは歩かせることができました。

レクチャー通りには、なかなか上手く行きません。
介護ベッドの高さ調節や、角度など、リモコン操作に、孫達が興味深々でした。
そう、夫もリモコンを持とうとしていました。

「介護ベッド」に、「サイドテーブル」もレンタルしましたが、これはお試しで止めたか、邪魔になるのですぐ止めました。

精神病院から退院して在宅介護の2年間。
福祉用具を利用することで、介護の負担は軽減されました。

「立ち上がりサポート」
「介護ベッド」
「車椅子」
福祉用具無しでは、介護は困難だったと思います。

有難いです。2016.10.16.jpg








638.webカメラ購入

新型コロナウィルス感染拡大でいろいろ生活に変化があります。

オンライン・・・

考えてもいなかったことです。

4月にパソコンを買った、とブログに記録が残っていましたので、
「Webカメラの購入」も記録に残して置きたいと思います。

パソコンは、コロナの影響で、展示会場へ出向かず、格安で手に入れました。

現在販売されているパソコンとは、型式も販売ルートも違いますが、説明を受け納得して購入しました。

たぶん、カメラやマイクが内蔵されていないことは説明されたと思いますが、その時は全然必要も感じていませんでした。

必要になるとは、思ってもいませんでした。

彩星の会のZoomの「おためしWebサロン」にスマホで参加して、パソコンとの画面の違いを知りました。
スマホでは、4人しか画面に映らない。パソコンは12人?

2回目は、途中でスマホが高熱でダウンして、ログアウトでした。

すぐに、Webカメラを手に入れたい、と探しましたが、店頭には高価な物しかありませんでした。

ネットで検索して「大丈夫かな?」とも思いましたが、とにかくすぐに届く物、許容範囲のお値段の物を条件に、探して、決めました。

良さそうな物でも、予約順に発送とか2週間後とかはダメ。
すぐ、すぐに、です。
今、必要なのです。

「翌日発送」
半信半疑で待っていると、ほんとに届きました。
簡単!これでいい!

早速、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の会長えいさんに招待メールを送っていただき、ミーティングできました。

そして、
今日、5月18日 彩星の会のWebサロンでした。
満足です。


若年性認知症家族会彩星の会
奇数月の第4日曜の定例会
いつも、2か月に1度のこの日、介護仲間にお会いできることをを楽しみにしていました。



5月24日は、Web定例会に参加したいと思います。
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637. オンライン・・・

新型コロナウィルス感染拡大で、思いもしなかった事態になっています。
学校も休校が3か月目。
どうなってしまうのでしょうか。

倒産、失業等生活への影響は大きいです。

緊急事態宣言で外出自粛。

施設、病院の面会禁止。

先の見えない不安。

報道や情報も、捉え方によって行動が???

どうして買い占めに走るのか。

発言も自由にできなくなっている?
この国はどうなって行くのか?

どうも、マイナス思考になりがち、でした。

ブログを書く気力もなく・・・
とは言い訳です。

毎日の普通の生活が、どんなに有り難いかと思います。

オンライン面会、オンライン会議、オンライン飲み会は新しい経験でした。

オンライン面会
夫の特養では、5月から毎週1回ユニット毎に決められた曜日にラインで面会ができるようになりました。
電話で、時間を予約して、ラインビデオ通話を家で待っていると、ケアマネさんが担当らしくいつも対応してくださっています。
夫は、なかなか画面に目が行かないようです。
声はわかるのか、反応はわかりませんが、ケアマネさんの動きを目で追っていました。
ラインの通話時間は、5分未満です。
左手は動きますが、右手は固くなっている様子。
首も固いようです。
マッサージも機能訓練も中止になっています。
仕方ないです。

命を守っていただいていることに感謝です。
スタッフの健康や生活が心配です。
夫を車椅子に乗せ、面会させるのも大変ではないかと思います。
それでも、姿を見ると安心します。
有難いです。

FTLDつくしの会役員会はライン通話。
「オンライン飲み会をやってみたい」とお願いして役員でオンライン飲み会を開いていただきました。
楽しかったです。

若年性認知症家族会 彩星の会の「おためしWebサロン」はZoomで招待され参加しました。
世話人さん達や会員さんの笑顔に会い、ほっとしました。

遠くからでも、なかなか参加できない方も参加できるので良いと思います。
世話人さん達に感謝です。

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636.難病受給者証の更新手続き不要?手帳の更新手続きは必要?

2017年7月に『前頭側頭葉変性症』は指定難病になりました。

医療費の助成が受けられ、自治体からの「特殊疾病患者福祉手当」の助成があるので、毎年更新していました。

「更新手続きが面倒」とブログに書いたばかりでした。
いよいよ、更新手続きに必要な診断書(臨床調査個人票)を申請しようと思った前日、特養に文書が届きました。
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受給者証等の有効期限が令和2年6月30日から令和2年8月31日までの皆さまへ
~今年は、受給者証の更新手続きは必要ありません~

新型コロナウィルス感染拡大を受け、有効期限を1年延長する。
臨床調査個人票の取得等のみを目的とした受診がないように、という趣旨。

東京都福祉保健局から届きました。

ちょうど翌日、夫の受診日になっていたので、申請せずに済みました。
面倒な手続きも必要なく、有効期限までに新しい受給者証が届くそうです。

良かったです。


でも、
毎年この時期は、手続きがいろいろあります。

精神保健福祉手帳の2年に1度の更新手続き、診断書提出が必要です。
マル障(心身障害者医療費助成受給者証)の有効期限も同日です。

ご丁寧に、障害福祉課から
「マル障有効期限到来のご案内について」
という文書が来ていて、
手帳の期限は7月31日で3か月前の5月1日から申請できる。
手帳の交付に2か月以上かかる場合もあるから早めに、と。
更新結果、「1級」の交付を受けた場合、速やかにマル障交付申請を行うように。
と。

そこまで「ご案内」していただけるなら、必要な書類も同封して欲しいと思うのですが、
更新申請窓口 障害福祉課 電話番号だけなのです。

診断書の用紙を窓口までいただきに行きました。

そして、
約5か月ぶりの神経内科受診は、私だけ主治医の先生とお話をして、診断書をお願いしました。

夫とオンラインで面会していること。
だいぶ弱って来ているように見えること。等聞いていただき次回の予約をしました。


病院は、いつもより空いてはいましたが、車椅子の人も受診していました。

通院を理由に夫を外出させるチャンスだったかもしれない、と少しだけ思いました。


私も久しぶりの病院で、疲れました。

635.ラインで面会

面会休止になって、2か月。

本当に久しぶりに夫の姿を見ました。
ラインのビデオ通話です。

感動の再会!

夫の目線がなかなか合いません。

画面だけでは、難しい。
話しかけても反応ウスイ
でも、「ほら奥さんですよ。」という声の方に目を向けていました。
ケアマネさんが対応してくださって、画面を調節してくださったので、
目の前に映ると見てくれたような~~~~?

言葉がわからないのは、いつものこと。
触れることもできないので、ピアノの音色を聴かせました。
表情の変化は、微妙でした。

ラインの通話記録では、10分程の時間でした。
最後にケアマネさんと私が話をしていると、夫が手を伸ばしてきました。
スマホに映った夫の手に、「わぁっ手!」と私も手を寄せました。
やっと穏やかな安心した顔に見えました。

画面の様子では、ユニットの個室ではなく、セミパブリックルーム、というお部屋のようにも見えました。
車椅子に乗せて、移動させてくださったようです。
有難いです。

5月からは、週1日、曜日が決められる、と文書が来ていました。

それまでは、また電話で予約をして面会ができるそうです。

孫の保育で、面会に行かれない、と躊躇していましたが、家にいてライン面会できるなら問題ありません。

安心しました。
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634. パソコンを買いました。

新しく手に入れたパソコンから投稿です。

ずっと、ずっと古い古いパソコンを使っていました。

いったい、いつからの物なのか?
15年以上前です。
初めて買ったパソコンをずっとずっと使い続けていました。
WindowsXPです。
買った時は、最新機種(あたりまえ)でした。

使い慣れていたので、サービス期間が終わってもしばらくは困ることもありませんでした。

ところが、いよいよ添付書類が、バージョンが古くて互換性もなく開けられない。
そして、一番困ったのがインターネットです。
接続が完全にできないわけではなく、選ばれてしまうのです。

これで困ったのは、このブログもパソコンで、投稿できなくなってしまったことです。

タブレット、スマホからの投稿で解決できましたが、打ち込みに時間がかかりました。


少し前、か、だいぶ前から、パソコンの購入は考えていました。

「どうしても」という生活必需品でもなく、私には高額なので、考えるだけでした。

いよいよ、「買おうかな」と婿殿に相談すると、すぐに電気店を見に行きパンフレットを貰ってきてくれました。
あっちのお店より、こっちが安いとか、これかこれがいいとか、私の希望を聞いて選んでくれました。
「ゆっくり、楽しんで選ぶ」
とモタモタしているうちに、コロナ感染拡大、外出自粛、になってしまいました。

と、ある日のチラシに目が止まりました。

以前に、介護仲間のえいさんから聞いた「譲渡会」です。

「今回は、コロナウィルス感染拡大防止のため電話受付のみ」
という事も、グッドタイミングでした。

まずは、電話で聞いて、中古品であることメーカーを選べないこと等知りました。
「一度考えさせてください。」
と電話を切って、隣に住む婿殿に相談しました。

「高速、高性能のこの機種がいい」
という私の希望と一致して、賛成してもらえました。

何よりも気に入ったのは、そのお値段です。
電話の応対も信頼でき、押しつけはありませんでした。

決断が早かったからか、台数制限のあるなか、無事手に入れることができました。

ラッキーです。

「譲渡会があります」というチラシでは、会場までなかなか足が向かなかったかもしれません。


外出自粛で、じっと我慢の日々です。
思い切って、パソコンを買うことができて良かったです。


明日の命の保証はありません。

見えない敵との闘いは長期戦になっています。

なんとか生き延びようと思います。



633. 緊急事態宣言後の特養

新型コロナウィルスは、長期戦のようです。
「緊急事態宣言」です。


夫の特養は、面会禁止が長期化しています。
対策として、短時間ガラス戸越しの面会の案内が書面で届きました。
時間も決められています。
事前に希望時間を申し込むのだそうです。
さらに、「テレビ電話」を検討中、とのこと。

聞いてみると、家族は入り口ホールで待ち、本人は、ビデオ撮影ができる部屋へ連れて行き、そこからテレビを通じての面会、らしい。

まだ、どうなるのかわかりません。


ケアマネさんからは、「サービス担当者会議」について電話がありました。
コロナの感染拡大防止のため、今回は家族は不参加で開催されるとのこと。
郵送で送られて来るのだそうです。
ケアプランでは、「家族の希望」という欄があるため、希望を聞かれます。
毎回、そのまま載せられます。

サービス担当者会議
ケアマネージャーさん主催で、介護、医療、栄養、リハビリ、の担当者と時には施設長、相談員も同席して、それぞれ発言してケアプランが説明されます。
とても、貴重な有り難い時間で、私は、いつもお礼を言わせていただいています。
ケアプランも需要ですが、多職種が連携して夫の事を見てくださっている事がわかります。
いつも、ケアマネさんが日程ギリギリに連絡くださるのが、やや不満ですが、このサービス担当者会議に家族を出席させてくださるのは有り難いと思っていました。

今回も、すでに全て決まってからの連絡でした。
「郵送でなくても行きますよ。サインも必要ですよね?」
という申し出は、はっきりしないながら結局「郵送でお願いします」と言う事になりました。

残念ですが、これも我慢です。

特養のスタッフも、ミーティングは避けた方がいいのではないかと思います。

スタッフは、感染に気を使っていると思います。

小さなお子さんがいらっしゃる方は、どうしているでしょうか。
保育園の登園自粛も、辛いと思います。

感染の恐怖の中、働いている特養のスタッフに感謝です。


孫を見ているので、特養まで出向いての「テレビ面会」が、まだできません。

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八重桜



632. 指定難病の更新手続きは、面倒!?

今年も「特定医療費(指定難病)受給者証」の更新手続きの案内書類が来ました。
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あぁ、面倒╮(╯_╰)╭
と今年も思ってしまいます。

1年に1度のこの手続きが、どうしてこんなに面倒なのかわかりません。

難病は、治療法も確立されない進行性の不治の病。
1年で良くなるなら難病ではない。

難病が難病でなくなるように、研究データには協力したい、という気持ちがあっても、この面倒な手続きでは諦めて当然です。

2015年7月に、前頭側頭葉変性症は、指定難病になりました。

「難病」と認められたことを嬉しく思って、すぐに申請し認定されました。

入院中は、限度額が一定で、とても助かりました。
(でも、当時から近県では、精神障害で医療費無料の所もあったようです。)

2019年1月から、東京都でも精神障害手帳1級で医療費補助が受けられるようになりました。

自立支援医療費助成では、1割負担。
難病医療費助成では、2割負担。

さらに、1級なら、マル障で無料。(所得制限有)


医療費のためだけなら、難病申請の必要もないかもしれまん。
診断書発行に手間と費用がかかります。

研究のため?
研究は、ぜひ進めていただきたいし、協力したいです。

でも、診断書の費用免除にして欲しいです。

診断書(臨床調査個人票)は、難病指定医の記入が必要です。
夫はすでに、最重度ですので変更もありません。
コピーで十分です。


それでも、更新申請しようと思います。

それは、自治体独自の手当てがあるからです。
「特殊疾病患者福祉手当」(トッカンてあて)です。

各自治体で、名称も条件も金額も違うようです。
65歳未満に限る、とか施設入所や入院は除外となっている自治体が殆どです。

私の市では、所得以外の制限がなく「難病患者」なら月7000円支給です。
これは、有り難いです。

面倒でも申請します。

631. 4月になりました。

コロナウイルス感染拡大で、世界中が大変な事になっています。
どうなってしまうのでしょうか。

緊急事態です。
夫の特養の面会禁止を嘆いている場合ではありません。
自分の感染も防がなくてはなりません。

不要不急の外出は控えています。

じっと我慢です。


家の前の公園の大島桜が、風に吹かれて散っています。

地面は、桜の絨毯です。

桜の木も大きくなりました。

大島桜は、地味な桜ですが、ほのかな香りがします。
雪で少し枝が折れても、また来年も咲いてくれるでしょう。


4月
3年前の4月5日、夫は胃ろうにしました。
病院でお花見でした。
もう3年になります。

https://2212-2931.at.webry.info/201704/article_1.html

胃ろう手術の前日にお花見をした記事もありました。

毎年4月に桜の写真を投稿していたようです。


前頭側頭葉変成症つくしの会が発足したのも4月でした。
4年前です。

夫の本格的な在宅介護と、同じ時期のスタートでした。
最初の「交流会」は、印象的です。
https://2212-2931.at.webry.info/201604/article_7.html

この頃からの1年で、夫は急に進行したようです。

「意味性認知症」でこの症状は出ないはず。
とずっと疑問に思って調べながらも、症状は進みました。

いろいろ、今までの経過を思い出しています。


夫は、今、特養で命を守られています。
生きています。

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2018年4月 2年前 特養の前の公園でお花見。🌸

来年も、お花見します。

630.お花見もできないなんて⁉️

夫の特養の面会禁止が続いています。

コロナウィルス感染拡大予防策は、ますます強化されて、
訪問マッサージばかりか、個別機能訓練も中止という文書が届きました。

3月27日、新潟から戻った翌日、夫の特養へ行きました。
ケアマネさんに夫の様子を聞きました。
車椅子に乗っていた、と聞き少し安心しました。


目の前が公園。
桜の花が満開でした。
夫とお花見もできないなんて!

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公園からの夫の特養です。

車椅子になってからも、病院に入院中も、毎年一緒にお花見をしていました。

冬の間、桜がとても待ち遠しい年もありました。

桜は、毎年咲いてくれます。



夫は、特養のユニットの中から出られません。
もう、1ヶ月以上顔を見ていません。


こんな生活を夫は望んでいたでしょうか?
胃ろうにしてまで生きるのは、何のため?
お花見もできないなんて⁉️


このまま、こうして生きていくのでしょうか?


面会禁止は、いつまで続くのでしょう?1年先?
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来年、お花見ができるでしょうか。

629. 椿の名前調べ

3月17日から26日まで新潟へ行ってきました。

コロナウイルス感染拡大防止のため、夫の特養は面会禁止。
さらに、「個別リハビリ休止」の連絡が郵送で届いていました。
どうなってしまうのでしょうか。

面会禁止では、家に居ても落ち着かないので、新潟でゆっくりできて良かったです。

結婚式は決行。
小さな心に残る式とお食事会でした。


数日滞在の間に、次々と椿の花が咲きました。

たくさんの種類の椿を見るのは、初めてでした。
ちょうど良い時期だったようです。

椿を眺め、夜になってから名前調べをしました。
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父の撮った写真と名前がありましたので、実物と比べて、さらに図鑑と見比べ・・・
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「これだ!」と名前がわかる物もありましたが、「ちょっと違う」と探す時間が多かったです。
なかなか決められませんでした。
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ヤブツバキ、ユキツバキの原種は、椿らしい椿で綺麗です。
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種類はとても多く、名前調べは困難です。
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まだまだありますが、ここまで、です。

628. 結婚式

3月22日(日)
弟の息子、私の甥の小さな結婚式でした。

90歳の母も最後の孫結婚式に和服で参加しました。

コロナウィルスの影響を心配しましたが、中止や延期の話もなく、
親戚が集まりお祝いをしました。

娘一家も参加でしたので、前日も実家に泊まって、賑やかでした。

お祝いは嬉しいです。

花嫁さんは、綺麗で可愛らしく、お友達からも「カワイイ」と声が出ていました。
思わず私も「カワイイねぇ」と同調しました。
新郎新婦の優しい笑顔に、ほっこり、優しい気持ちになれました。

娘が、夫の金のフルートを吹きました。


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       椿「太郎冠者」

私は、兄、弟の3人きょうだい。
山形に住む兄、新潟の近所に住む弟と3人揃うのも久しぶりでした。




627. 一歩、小さな一歩🎵

ライアー奏者の方のブログを拝見していたら
「小さな一歩♪」
というテーマで、2月生まれの初孫ちゃんが載っていました。
まあ!ウチと同じ!
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2月12日に1歳になった孫娘。

ジージをすっかり追い越して成長しました。
良く食べ、良く動き元気です。

一歩、一歩と歩き始めたと思ったら、もうトコトコ歩いて、嬉しそうです。

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「乙女椿」も、すぐ咲きました。
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626. 新潟の椿

夫の特養は、面会禁止です。
電話で様子を聞くと、ユニットのスタッフが
「変わりないですよ」
と明るく答え、
「顔に少し湿疹がありましたが薬でもう綺麗になりました。」
と報告も受け、安心しました。
新潟へ行って不在となるので、不足する物がないか聞くと
調べてくださって、入浴後の保湿クリームが少ない、というので届けました。

3月17日から車で、新潟に来ています。

実家の庭に椿が咲いています。
見る人が居てもいなくても、咲いていました。

たくさんの椿。
変わっている椿も、似たような椿も、名前がある、のだそうです。

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625. 3月です。

3月になりました。1583138655315.jpg
コロナウィルス感染拡大防止のため、夫の特養も面会禁止です。

学校は、休校です。

近くの公園に梅が綺麗に咲いています。

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3月からの開園を待って、3月1日(日)に行って見ました。

元気の良い3番孫と、90歳の母と3人で、鯉の餌のパンの耳を持って。




こんな近くに、こんな良い公園があるのに、外から眺めるだけで、入園は年に数日では、もったいない。




梅の良い香がしました。

良い日です。



夜は、娘一家が我が家に来て、賑やかに、私の誕生会でした。

孫からのバースデーカード
「おじいちゃんの介護がんばってください。そして、いつまでも僕の大好きなおばあちゃんでいてください。」
と嬉しい言葉のプレゼントでした。

孫の成長は、早いです。


1年がとても早いです。




624. 特養が面会禁止に

面会場所の制限だけでなく、面会禁止になりました。

面会制限の記事を書いていると、相談員さんから電話が入りました。

「嫌な予感」です。

「今、時間、大丈夫ですか? ご相談です。」
と話し始めたのは、コロナウィルス感染防止のための面会禁止に伴って、外部からの訪問も断っている。
訪問マッサージについては、お断りしていいか、どうしたら良いか。
という内容だったと思います。

こうして思い出して文字にして見ますと、誘導された問のようにも思います。

私は、訪問マッサージは、医療なので、医療関係者までお断りする必要はないと思っていること。
口腔ケアの時、夫の右手が以前より柔らかく、首の動きも良くなって、マッサージのお陰かと嬉しく思っていたこと。
それだけに、中止した場合の拘縮が心配なこと。
マッサージ師さんは、医療関係のプロなので衛生面では、注意を怠らない、通勤はバイクで単独行動なので感染の危険性も低い。
家族としては、今まで通りのマッサージをお願いしたい。

とお話した、と思います。

「後で、また電話します。」
と切られた後、かかって来ませんでした。


訪問マッサージを特養に入れるように、希望を叶えてくださった相談員さんです。
否定的な言葉を発する事もなく、話を聞いてくださいましたが、結果はわかりません。

それでも、決定前にお話を聞いてくださったので、その上での決定になるのでしょう。


訪問マッサージのことで、サラリと聞いてしまいましたが、
「面会禁止」も初めてのことです。

インフルエンザでも、面会禁止になったことがありません。

入居者は、昨年も今年もインフルエンザになりませんでした。


スタッフの負担が大きくなって、体調を崩しても休めないのではないか、介護が手薄にならないか心配です。

自分の都合で、面会に行かれない日もありますが、「面会禁止」は、不安です。

623. 特養の面会制限

新型コロナウィルスの感染拡大防止対策のため、
夫の特養では、面会が制限されています。

22日(土)から、です。

特養の入り口に文書が、貼り出されていました。

受付で、面会のカードを記入すると、
「3階ホールでお待ちください。」
と言われました。

面会場所が、エレベーターホールや1階に限られ、ユニットは入室禁止です。

いつもより念入りに手洗いをして、さらにアルコール消毒もして、エレベーターで3階へ行きました。

設置されているアルコール消毒の機械で、もう1度、この時とばかり消毒をしました。


口腔ケアをどうするか。

介護スタッフが、「終わるまでお待ちいただくか、、、」というので
「以前に、セミパブリックルームをお借りしたと思うのですが、」
と、お話すると、「聞いて見ます」と戻られ、
歯科衛生士さんが見えると、セミパブリックルームを開けていただけました。

口腔ケアは、問題なく、セミパブリックルームという広い面会室でできました。

と、ここまで、書いたところで、特養の相談員さんから電話が入りました。

次に書きます。

622. 面会場所の制限

21日 
特養から月末の請求書、領収書と一緒に
「ご面会場所の制限について」
という文書が封書で自宅に届きました。

19日の日付です。
昨日(20日)も夕方遅くまでユニットにいて、看護師さんと雑談もしてきたのに。

あらら、びっくりです。

新型肺炎の感染防止のため、だそうです。

1、面会の場所は、各階のエレベーターホールと1階「つどいの間」
  各ユニット内への立ち入りは禁止。
2、高校生以下面会禁止
3、症状が見られる方、家族に症状が見られる方、勤務先で感染症が流行している方等面会は遠慮。
4、手洗い消毒、マスク着用。

入居者が安心安全に過ごすため、今後の流行状況により、面会禁止になる場合もあるのであらかじめ承知して欲しい。

と、だいたいの要約です。

面会場所の制限は、面会禁止よりも職員の負担も大きく大変かと思います。

昨年も今年も、夫の特養ではインフルエンザの感染は、ゼロでした。

私も、孫のインフルエンザで面会を控え、鼻水やくしゃみでも面会を控え、注意してきました。


「面会場所制限」は、「面会禁止」ではないので、
今まで通り、明日は行って見ます。


621.前頭側頭葉変性症つくしの会2月定例会&サンデーカフェ

毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。

1週間前の金曜日には、役員会です。

今回2月の定例会は、当初21名の参加希望があって、席をどうするかなど、会長のえいさんが何度も考えて座席図が当日、役員に配布されました。

諸事情から不参加になってしまうのは、この病気なら納得です。

当日は19名でした。

新しい方が3名。

遠くからの出席の方も。

会員は2分、新しい方は5分と時間を決めて、一通り近況報告、自己紹介等していただきました。
新しい方、3名は、意味性認知症。
言葉のコミュニケーションが取れないだけで、普通に生活できているかのように見られてしまう。
年齢も症状も、ひとりひとり違う。

ランチが運ばれて来て、食べながらの楽しい懇談。


席を移動して、やっとこれからお話を、と新しい方と話し始めた頃、
お店の方から「タイムアウト」宣言。

そんな~ええ~⁉ まだでしょ?

お店を利用させていただいているので、仕方ない。


「盛り上がっている所すみません。お店の方と上手くやって行きたいので、速やかに退出お願いします。」
というと、皆さん笑って、すぐに、ほんとにすぐに外へ出ていただけました。


前頭側頭葉変性症つくしの会
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com

3人で立ち上げた会は大きくなりました。

会場をどこにするかが悩みになってきました。


そんな悩みを抱えながらも2次回へ。

そして、地元に帰って、3次回。
自覚のないまま、飲み過ぎ😵🍺🌀です。

いえ、自覚していますので大丈夫です。

鼻水を理由に夫の面会には行かず、グダグダと過ごし、回復しました。


そして、日曜日、サンデーカフェです。
役員3名会員2名の5名。

少人数ですが、いいのです。
人数は、問題ではありません。
平日の木曜日の定例会には出られないけれど、日曜日なら、という方。
木曜日は、都合が悪いけれど、日曜日なら、という方。
そういう方がひとりでもいるなら開く価値があります。
いえ、誰も来られなくても、「いつか行ってみたい」と思われたらそれでいいのです。

つくしの会の定例会の最初の頃と同じです。


「前頭側頭葉変性症つくしの会」の存在そのものに意味があるのだと思います。






620. スイスでスキー

2020年1月28日から2月4日まで
グリンデルワルトに6泊 短いスキー休暇でした。
怪我もなく存分に楽しんで、無事、帰って来ました。

夫は、変わらず穏やかな顔で、じーっと私を見ます。

元気な頃は、一緒にスキーをしていましたので、スイスでスキーができたらどんなに喜んだことでしょう。
診断されてからも3年くらいは、一緒に滑っていました。

見たかったグリンデルワルトの冬景色。アイガー。
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グリンデルワルト到着の日から雪が降っていました。

フィルストでの、雪の中のスキーは、大変でした。

翌日から晴天になって、クライネシャイディックへ。
1月30日
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初心者コースを気持ち良く滑りました。
お天気が良いので、スイスが初めてという友人達の希望でユングフラウヨッホへ行きました。
「こんなお天気の日は、スキーがいいですよ。」
とグリンデルワルトに長期滞在して、今回のスキーにも同行してくださった方に言われましたが、友人達と行動を共にしたかったので、ユングフラウへ行きました。
3日間のスキーパスでユングフラウヨッホまでの運賃が61フランに割引になりました。
お天気が良くて、アルプスの山の景色は見飽きません。
ユングフラウは4158m
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「トップ・オブ・ヨーロッパ」
3454mのユングフラウヨッホ鉄道駅からスフィンクス展望台へ
遠くにも山が見えます。イタリアかフランスか?
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素晴らしい景色に感動しました。
時間の経つのも忘れ、クライネシャイディックで、二人の男性を待たせてしまいました。
一緒にラウバーホルンを滑った後のビール🍺は最高でした。

1月31日は、グリンデルワルト日本語観光案内所所長の安東さんにガイドをお願いして、シルトホルンへ。
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アイガー、メンヒ、ユングフラウを見ながら滑る\(^o^)/\(^o^)/

シルトホルン
007のボンドワールドを見学して、回転レストランでランチ。
暖かくて春のようなお天気。
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午後は、シルトホルンから滑る。暑い💦💦
そして、春のスキーのように雪質が少し重く感じられました。
グリンデルワルト日本語観光案内所の「おやじのつぶやき」に載りました。
嬉しそうにストックを上げているのが私です。
http://www.jibswiss.com/nikki-2020-0101.html

2月1日も良いお天気。
メンリヘンへ新しいゴンドラに乗って行きました。
山の景色を眺め、ホーレンステインまで滑って、ゴンドラで戻りました。1581394055865.jpg
夜は、安東さんのお宅で「ラクレット」の夕食にご招待いただきました。
シルトホルンで撮ったスキーの動画も見せていただき楽しい時間でした。😊
グリンデルワルト日本語観光案内所「おやじのつぶやき」に「常連さん」と載って嬉しい🎵😍🎵

2月2日は、ベルン観光。1581392414472.jpg
雨でした。

電車に乗って小旅行気分。
迷いながらの観光も良かったです。
日曜日でお店は、殆どお休み。
お客さんいっぱいいるのにね。

開いているお土産屋さんで友人はお買い物。
木製の壁掛け時計。

イタリアンレストランでランチ。
ワインは白。

グリンデルワルトに戻って買い物。
チーズをたくさん買いました。


2月3日 朝 出発です。
ホテルのバルコニーからの写真です。
メンリヒエンが見えます。雨雲?私達が帰って雨が続いたそうです。
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安東さんの車で空港まで送っていただきました。

時差もあって、成田空港到着は、2月4日朝。

長年の夢だった「スイスでスキー」ができました。


619. スイスへ 到着までの事

1月28日
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無事スイスに到着しました。
グリンデルワルトのホテルでWi-Fiを使って、ブログを書いています。


夫も特養で安定しているので、スイス行きを決断しました。

今回は、スイスのグリンデルワルトでスキーが目的です。

夫の所へ行くと、孫がインフルエンザだと面会はできないと言われてしまいました。

孫の学校でインフルエンザが流行っています。

同居ではないし、6年生の男の子なので、さほど接触もないのに、と少しだけ不満でしたが、
感染予防は大切です。

残念ですが、留守中のお願いをして帰ってきました。

身近な所でインフルエンザで亡くなった人がいる、というニュースを
成田空港に向かうリムジンバスの中で、娘から受けました。

「命は大切」
とても他人事ではなく、インフルエンザを軽く見てはいけないと思いました。


インフルエンザの流行で面会を控えなければいけないので、
「私だけスイス行って面会に行かれない」
という「罪悪感」のようなものも少し軽減されました。

孫がインフルエンザで、隣との接触も控え、外出も控え、
面会ももちろん行かず、家で旅行準備の時間がたっぷりありました。

母も、新潟へ元気に戻りました。

時間がたっぷりあっても、やっぱり行動パターンは同じです。
旅行準備の荷造りは、直前になって、短時間で終了です。

27日 成田空港近くのホテル前泊です。
ここまで来ると、母と二人の時は、満足感がありました。
今回は、友人達と同じホテルでも別行動だったので、ひとりは、思ったより楽しくはありませんでした。

夜になって、飛行機の出発が遅れるというメールが航空会社から入りました。
関東でも雪の予報が出ていました。

28日朝、今回一緒に行く友人達と合流して、空港へ向かいました。
学生時代のスキー部の友人と妹さん、私を含め4人です。


Webチェックインで良い座席も確保でき、時間の遅れ以外は順調でした。

ホテルでの睡眠不足は、飛行機の中で、と思っていても、映画を次々と見ているとその時間もあまりありませんでした。


チューリッヒ空港に無事到着すると
今回は、ホテルまで送迎をお願いしたので、
日本語観光案内所の安東さんが笑顔で出迎えてくれました。

夏と違って、外は真っ暗でした。

無事到着しました。

少しずつ、記録に残したいと思います。










618. 「認知症第一人者が認知症に」

NHKスペシャルのドキュメンタリー番組
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586194/index.html

精神科医で、認知症診断テストの「長谷川式」を考案された長谷川和夫先生が認知症になったと公表されてからのドキュメンタリー。

考えさせられる番組でした。
16日0時55分再放送があるようです。


いろいろ考える事も多く、まとめられずにいました。

「長谷川式」の長谷川先生が認知症なった事だけは知っていましたが、それ以上は知りませんでした。

とても興味を持ちました。

記録に残して置きたいと思います。

私は、診断が「嗜銀顆粒性認知症」だということにも興味を持ちました。
大きな分類では、FTLDの仲間。
PSPやCBDと同じ4リピート蛋白が原因という説も。


2018年3月 長谷川先生の発言
https://www.mainichi.co.jp/ninchishou/topics/2018_04_1.html


長谷川先生のインタビュー
https://med.m-review.co.jp/drinterview_detail?dr_interview_id=9

617. 前頭側頭葉変性症つくしの会 1月定例会 新年会

1月9日
毎月、第二木曜は、FTLDつくしの会の定例会です。
1月は、新年会もあります。

昨年、定例会の参加人数が増えて会場を変更したのですが、
今回1月の定例会新年会に限って、以前からの会場で開催でした。

会場を間違わないよう、会長えいさんが丁寧に配信していました。

今回は、初めての方も含め13名の参加でした。
いつもより少ない人数ですが、賑やかでした。

初めての参加の方、ブログを読まれている話から
「ららです。」というと、
「わ!ららさん?本物?ほんとに会えるなんて」
と握手を求められ、大袈裟に喜んでいただけてびっくりです。

自転車で遠くへ行ってしまう話、困っている事など皆の前で話していただくと、仲間の皆から共感の言葉があがって「今まで言われた事がない」と感激なさっていました。
家族として経験したからこそできるアドバイスも喜ばれました。

「来て良かったです」
と笑顔で帰られ、この仲間の会「つくしの会」があって、ほんとうに良かったと嬉しく思いました。

そして、同時に
この「前頭側頭葉変性症」という病気が、特異で専門家にもなかなか理解されず、診断されただけで、治療法もない、と、医療からも見放され、支援からも外れ、今も家族が苦しんでいる現実に、心が痛みました。


診断と同時に支援に繋がり、家族も安心して普通の生活ができるようにするには、どうしたら良いのでしょうか?


616. ブログ7周年です

1月7日は、ブログ開設記念日です。
7周年です。
もう7年です。

毎年、「おめでとうございます」と通知が来るのですが、
今年は、何故か何もありません。

登録アドレスが、都合で閉鎖になったためか、
ウェブリブログで大工事が行われたためか、理由はわかりません。
何故か、またシステムが変わったようで、投稿し難いです。

ブログ、7年になりました。

「意味性認知症」と診断され3年を過ぎた頃
あまりにも自分勝手な行動に戸惑って、ネットで検索していました。
franzeさんのブログに出会って、コメントでお話できました。
私も書きたい、と、Yさんの後にブログを開設しました。

夫の行動は、記録に残せないほどいろいろ問題があった時期もあります。
夜、遠出して困らせた夫も、今は歩けなくなって特養で静かに暮らしています。

忘れてしまいそうな過去の事も振り返って読む事ができて、記録としてブログに残して良かったと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

続けられたのは、皆様のお陰です。


明日は、「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会、新年会です。
仲間が増えています。

かつての夫と同じような行動に、今困っている方もいると思います。
当然、同じような症状でも個性が強く、一人一人困っている事も違います。

少しでも参考になるなら、嬉しく思います。

夫は、特養で穏やかに暮らしております。
特養の生活や、私の生活の変化も書き残そうと思います。

これからも、よろしくお願いいたします。


615. 2020年お正月

IMG_20200103_163740.jpg新年 明けまして  
 おめでとうございます。🎍

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

夫は、特養で2回目のお正月です。

穏やかな表情で落ち着いています。

娘一家6人が訪れると喜んで表情を変えました。
4番孫とお互いに見つめ合っていました。

3番孫が、「ジイジに聴かせる」と鍵盤ハーモニカの演奏を始めると感動の泣き顔になりました。

写真を撮りました。
「こんなに喜ぶならまた来るね」

と娘も喜んでいました。

良いお正月です。

訪問マッサージも、「長く休むと心配なので」と2日に来てくださって有り難かったです。

暖かなお正月です。

我が家のお正月は、新潟風。
大晦日、年取りの晩に、ご馳走を食べます。

おせち料理も、手作りします。

新潟の「のっぺ」も大量に作りましたが、見事に食べ尽くしました。

孫達がたくさん食べるようになりました。

「こんなに?」と鍋一杯溢れる程のお雑煮もたちまち完売でした。

お雑煮は、娘担当。
鶏ガラで出しを取る、夫の家の味です。
美味しかったです。

夫の特養の部屋でブログを書いています。
夕焼け富士山が綺麗に見えたので、屋上から写真を撮りました。
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614. 2019年の年末

2019年が終わろうとしています。


12月は、早いです。


夫は、特養で静かに元気です。


4日に72歳のお誕生日が過ぎて、

23日の特養のコンサートでも、

お祝いに「ハッピーバースデー」の歌を歌ってもらいました。


夫は、やっぱりこの歌には反応抜群で、声が出ました。

マリンバ、フルート、サックスの演奏でした。

感動の声が、前まで届いたようです。



クリスマスの頃は、私は新潟へ行き、母と戻ってきました。

数日面会に行かなくても、変わりない夫でした。

「奥さん、来たね。良かったね。」

と看護師さんが夫に話しかけてくれました。


手厚い看護、介護を受けて、安心です。


今年も無事過ぎようとしています。


歯の出血で入院しても、無事退院できました。


肌が弱くて、動く左手で掻くと時々悪化しますが、

看護師さんがいつも上手に治療して、綺麗にしてくれます。

有難いです。



今年から、訪問マッサージも入るようになりました。

週4回です。

有難いです。


私は、今年になって、夫のベッドサイドで

ライアーという竪琴を時々弾いています。

小さな音なのでピッタリの楽器です。

耳を澄ませ、音を聴く静かな時間です。

私の楽しみになっています。



楽しみ・・・・

この1年私にとって

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の仲間との時間は、

とても楽しく貴重な時間でした。


ブログを読んでいただいた皆様

ありがとうございました。


どうぞ、良いお年をお迎えください。




613. 夫の誕生日&胃ろう交換

12月4日は、夫の72歳の誕生日でした。
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5回目の胃ろう交換の日でした。

誕生日よりも「胃ろう交換」の予定が重要でした。

特養の相談員さんが、病院と連絡を取って予約してありました。
協力病院ですので、特養から送迎だけしていただけます。

今回は、相談員さんが運転でした。
車の中でいろいろお話ができました。


2017年4月に胃ろうを造って、半年毎の交換。
前回から半年経つので、受付のシステムを忘れていました。
すぐに思い出して、機械で受付を済ませ、外科へ向かいました。

「今回、今までと違う物になることは聞いていますね。」
と聞かれました。
前回に説明を受けて、相談員さんからも聞いていました。

同じタイプの物で、交換後の検査の負担がないと聞いていました。

「今までと扱いが同じ」という事を確認していたのですが、
チューブの注入の部分が、なぜか2つに分かれていて、特養の看護師さんに「残念!」と言われてしまいました。

実際に胃ろう注入したり、チューブの消毒管理をするのは、特養の看護師さんなので、「そこまで確かめなくてすみません」と謝るしかできませんでした。

夫の胃ろうは、2年8ヶ月が過ぎて、特に周辺のトラブルもないようです。
交換の直後は、少し出血もありますが、ガーゼを当てるだけですぐに綺麗になっていました。


夫のお兄さんとお姉さん夫婦が、特養に会いに来てくれました。

ハッピーバースデーの歌をみんなで歌うと、夫は大きな口を開けて泣き声を出して感動しているようでした。
「わかるのね」と喜んで急いで動画を撮りました。

大きな音、音楽には反応するようですが、
「ハッピーバースデー」の曲は、わかるようです。

翌日、私ひとりで楽器でメロディーを出すと、同じ所で感動の泣き顔をしてくれました。
他の曲は無反応でした。
半信半疑ですが、メロディーの違いで反応するようです。

お陰様で、夫は72歳の誕生日を迎えることができました。

久しぶりに、きょうだいが揃ったので記念に写真も撮りました。

特養に夫を残して、久しぶりに我が家で宴会をしました。
お姉さん夫婦には泊まっていただきました。

翌日も、夫に会いに行って車椅子を押して、一緒に散歩していただきました。

612.孫の誕生日 彩星の会

11月23日は、3番孫の5歳の誕生日でした。

この子が生まれた日は、初めて彩星の会に参加した日です。
5年前です。

もう5年?1574753473746.jpg
まだ5年?

誕生会に招待されお祝い🎂しました。
下に妹も生まれお兄ちゃんになりました。
4人で遊ぶ姿を見るのは、幸せ😃💕そのもの。

ひとり娘と婿殿には、感謝(^人^)です。

24日(日)は、彩星の会の定例会でした。
「がんばらない介護」のお話は、代表との対談形式でした。

ゆったりと余裕のある話し方で、ご近所の方に公表して協力していただいた話や、良い介護支援を受けられている話、困ったお話も堂々と落ち着いて話されるので、とても優等生のように思えて、過去の自分の事や周囲の対応等も比べ、反省というより、ちょっとイジケタ気分になっていました。

でも、後半のお話や、質疑応答の中で、とても行動力のある方で、300人もの前で講演をなさった経験もあり、今回も私たちのために頑張ってお話をしてくださったのだと、尊敬と感謝の気持ちが沸き上がりお礼の言葉を伝えました。
「診断と同時に介護者が相談できる所へ誘導して欲しい」というお話もその通りだと思いました。

第二部は、ボランティアの方による歌の会でした。
口笛で参加したつくしの会の仲間のご本人は、感動して涙を流していました。

そして、二次会。
今回も、食べて飲んで話して、楽しい時間でした。


611.11月のいろいろ

久しぶりに、やっと書いたブログは思うように受け付けられなくて、
頑張って修正するのには、時間かかり過ぎ。
なんと要領が悪い。😖

タブレットでの入力が上手く出来ない。

感動した事は、忘れないうちに少しでも記録に残して置きたい。
と思っていたのですが。。。

書いた文章が、消えてしまって、またガッカリ😖⤵
復活させる気力がありません。
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11月16日(土)
八王子の社会福祉士会主催の
「若年認知症と社会をつなげるフォーラム」に行ってきました。
多摩若年性認知症相談支援センターの来島さんの講演では、「つくしの会」も紹介していただきました。
若年性認知症家族の会彩星の会の三橋さんの講演には、思い出す事が多く、言葉以上に伝わって来て涙が出ました。

先週
秋晴れの日には、
思い立ってシクラメンを買いに行ってきました。
シクラメン街道と呼ばれる所には、農家のビニールハウスが並んでいます。
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ハウスの中の沢山のシクラメンの花は、みんな見事に咲いていました。
どれも綺麗で、迷ってしまいます。
「赤いシクラメン」と決めて探しても、同じ「赤」もいろいろで迷ってしまいます。
「ピンク」は、いろいろですが「これ!」とすぐに決まりました。
たくさんのシクラメンの中から、選ばれて我が家に来たのは、ミニシクラメンです。

610.前頭側頭葉変性症つくしの会の定例会へ

11月の定例会に行く前に、ブログを更新しようと、書いた文章がアップできない。😖


写真を入れたからか、途中の文章のほとんどが消えて、

最初と最後の文だけ出て来る。


何度かいろいろ試して、諦めました。


とりあえず、609話は、少し、いやかなり間抜けですが、

そのままにして、つくしの会の定例会に行ってきました。



今回は、16名の参加でした。


新しい方の参加も、

とお会いして見ると「若年性認知症家族会彩星の会」で以前からお会いしている方でした。


新しい方は、5分、他の人は、2分を目安に近況報告等、順番に話をしました。


ランチを食べながら懇談、情報交換等もできました。



二次会では、さらに交流を深め、「昭和記念公園の交流会が良かった」という話から

「本人と一緒に参加して見たい」

「では、開催しましょう」

と話は進みました。

FTLDの人中には、外出願望の強い人もいます。

急に症状が進んで歩行困難等で外出ができなくなる人も多く見てきました。

夫も例外ではありません。


本人も一緒の「交流会」に「今なら参加できる」という言葉に

「今、交流会をしましょう」

春まで待たずに、すぐ開催になりました。


11月28日(木)です。


609. もう11月です。

時の経つのが早いです。
ブログを更新できないまま、もう11月も半ばです。
いろいろ記事にしたいことも過ぎてしまうと、今さら、とそのままになっていました。

夫も私も、周りも特に変わりなく、元気です。

夫の特養の訪問マッサージは、週4回、二人で2回来てくださっています。

安心して、新潟の母の所へも行っています。IMG_20191111_131243.jpg
父の残した庭の椿が咲いていました。

友人と旅行の計画もあります。
まだ未公開の楽しい旅の計画も進んでいます。

夫は、とても安定して穏やかな表情ですが、
もう自分で起き上がることもできません。

熱烈なラグビーファンだった夫は、今回のワールドカップを知りません。
ワールドカップのラグビー🏈の試合を見ながら、夫を思い出していました。
夫のクローゼットの中には、テレビに出てくる日本代表ユニフォームと同じ柄の旗があるのを思い出したのは、ワールドカップが終わってからでした。

昔、昔、娘が小さかった頃、夫に付き合って1度だけラグビー観戦に行きました。

観戦席はガラ空きで、静かでした。
試合中にヤジを飛ばすこともなく、微妙なジャッジに文句も言いません。

「あれぇ?なんでぇ?」と夫に聞くと
「紳士のスポーツだから」という答えでした。

相手チームの好プレーにも当然のように拍手をしていました。
ルールもわからず、チームも勝敗も覚えていませんが
「紳士のスポーツ」といった夫の声を覚えています。

今の夫は、テレビも、興味を示しません。
小さな動きは、目で追えないようです。

大きな音や、目の前の人の動きには反応します。

夫の特養では、音楽療法やコンサートがあって、夫は反応して泣きそうな表情になります。
大きな音にも反応します。
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夕方、夫の部屋を出ると夕焼け富士山が見えました。
寒くなりますが、これから富士山が綺麗に見える季節です。

車で、富士山が綺麗に見える場所まで遠回りして、眺めてから帰りました。

608.台風と夫

大きな台風、被害も大きいという情報に心が痛みます。

思ってもいなかった事が突然起きて、日常が奪われてしまう。

自然災害は恐ろしいです。


私の地域は、幸い大丈夫でした。

大雨や風の用心をして、
「こういう時、ひとり暮らしは心細いかな?」
「隣に娘達がいるから大丈夫」
と自問自答。


夫の特養は、高齢者の避難場所にもなる施設なので、こういう時は安心です。

家にいたら、避難は大変でした。

特養の職員の方は、看護師さんが泊まったり、準備なさったようです。

私の地域の被害はありませんでしたが、交通機関に影響はありましたし、夫がよく「散歩」に行っていた地域は川の氾濫や土砂崩れ、集落の孤立等、災害被害がありました。

こういう時、あの元気な頃の夫ならどうするでしょう?
大雪でも平気で「散歩」といって山歩きをしていました。
「台風」も「交通規制」も「運行中止」も「立ち入り禁止」も理解できなくて
「なんでぇ?」と強引に突破したでしょうか。


彼岸花、コスモスの花。
夫のお陰で季節の花の群生を見に行った場所。

好きだった川は、濁流に?

秋の景色は、どうなっているでしょうか。

夫に話しかけて見ましたが、じっと私を見るだけです。

「そう、それは大変だね」という顔をしています。

訪問マッサージが週3回入って、調子は良さそうです。
毎回、終わって少しすると、お通じがあります。


急に寒くなっても、室温調節され、守られています。
変わりない夫を見ると安心します。
有り難いです。

今日は、口腔ケアの後、車椅子で公園を散歩しました。
車の音に反応して笑っていました。



607.自動車税減免の更新手続き

自動車税(種別割)減免(下肢等障害者用)の更新手続きについて
という書類が来ました。

翌年度の自動車税減免を受けるために
「減免更新申立書」の提出が必要です。

夫は身体障害者手帳2級です。
変更なしに○をつけて、
納税義務者である私の名前、電話番号、日付を記入して提出です。

精神障害者福祉手帳1級の場合は、自立支援医療受給者証のコピーが必要になります。

これは、東京都都税事務センターの手続きですので、地方によって違うかもしれません。

夫は、自立支援医療証の更新を今年から止めました。
マル障(心身障害者医療費助成制度)が使えるようになったからです。


障害者が施設入所、入院中の場合は原則として減免対象になりません。
という一文があって
(ただし、入所先から通院している場合等は、、、)と。

特養入所した昨年問い合わせしました。
私の車は、夫を乗せる為の福祉車両です。
通院や外出で夫を乗せているのですから、減免対象になって当然だと思います。

問い合わせると、入所先の証明書があれば、減免になるとのこと。
特養で、証明書に印鑑を貰って提出しました。

簡単ですが、提出しないと減免になりません。


いろいろな制度の支援が受けられ有り難いです。

もし、まだ利用なさっていない方、参考になれば幸いです。

そして、この自動車税減免もですが、
精神障害者福祉手帳2級で受けられないことが残念です。

前頭側頭葉変性症の精神症状が、医師によっては、軽く診断書に書かれてしまい、重症なのに2級の診断、というのもとても残念です。
夫も、長い間2級のままでした。

私自身も、家族の欲目もあって、思っているよりずっと重症なのだと気づくのは遅かったです。

精神障害1級で自立支援医療証があれば、自動車税減免になります。

自動車税減免の事も、もう少し早く知って、早く手続きをしていたら、と思ったこともあります。
手続きをしたのは、身体障害者手帳取得がきっかけでした。
「今すぐに」と窓口で勧められたのです。
結果として、身体障害なら自立支援のコピー提出の必要がない、というだけも簡単で良かったです。


さて、今できることをします。

郵便料金を確認して、82円切手に2円切手を足して投函します。

606.訪問マッサージ、始まりました。

10月9日(水)から、特養での訪問マッサージが始められました。

これから、週3回、月、水、金 の午後の予定です。

9日、11日と2回受けました。

最初の予定では、火、木、土と聞いていましたが、調整した結果のようです。

つくしの会定例会とだぶらず、良かったです。

10日が開始予定でしたので「私が来られませんが、よろしくお願いします」と特養の相談員さんにもスタッフにも伝えて周知していただいていたのです。

なるべく立ち合いたいと思います。

「もう、無理はしない」と決めていますので、
行かれない日は、お願いするつもりです。

夫は、マッサージを嫌がる様子も痛がる様子もなく穏やかです。
マッサージ師さんの顔をチラチラーっと見て、
私に「誰?」というように目で話をするので
「Kさんよ。覚えているでしょ?」
と笑うと、ジーっと見ていました。

覚えていると思います。
覚えていなくても、受け入れているのがわかります。

このマッサージ師Kさんに再びお願いできるようになって、ほんとうに良かったです。

幸せな気分になりました。


605.前頭側頭葉変性症つくしの会10月定例会

10月10日(木)
毎月第二木曜日は、つくしの会の定例会です。
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/

参加人数が増えて、嬉しい悲鳴です。
3人で始めた仲間の会が大きくなりました。
今回は19名の出席でした。

会場を先月から変更して、安心していたら、オーナーの方に理解されていなかったのか、
気持ち良く受け入れていただいていないのかな?
と思うような電話が会長えいさんの所にあったそうです。

ランチを食べながらの会。
「注文を事前にまとめて」とか
「時間は、2時間以内で」といわれたそうです。
ごもっともなのですが、、、

「どうしましょう?」
「場所は、いいけど時間制限は、困りますね。」
「今日は、できるだけお店のいう通りにしましょう。」
と、会長えいさんと話しながら向かいました。


お店に入って、予約してある奥の部屋に行くと、
20名で予約してあるはずなのに、15名の席が作られていて、
座る席の指示を任されていた私は、少し焦ってしまいました。

椅子、テーブルを追加しつつ、名札を出して、
「こちらにどうぞ」と初めての参加の方をご案内するのが精一杯でした。

今回は、四国からの参加、入会の方を迎えました。

前頭側頭葉変性症は、若年性認知症なので、高齢者の認知症とは違いますし、
アルツハイマー型認知症認知症とも症状が違うため、
「認知症介護者」という集まりに行っても、
「若年性認知症」の集まりに行っても、「何か違う」という気持ちになることがありました。

高齢者の認知症の介護者の会では、
「それ、認知症じゃないでしょう?」
と言われたこともありました。

つくしの会の仲間も、同じような経験をしているようです。

新しい方のお話に「そう、そう」と大きく頷いて聞いていました。

月1回のこの日を楽しみにしているのは、私だけではないようです。

「この会があって良かったです」
と言われ嬉しくなりました。

困っている話も仲間と話して笑い話のようにも、自慢話のようにもなります。
話は尽きません。


お店との約束の時間内にと私が早めに声をかけると、
「まだ大丈夫」と、えいさんに言われ、すぐ座り直す程、
皆さんまだまだお話が続きました。

もちろん、約束の時間には退出しました。
継続を心配しましたが、お店の方も好印象でした。

二次会の話も事前にあったので、10名がそのまま駅前の居酒屋に移動しました。

アルコールも入って、ますます話が弾みました。

次は、26日の「介護体験発表会」です。
新潟の仲間の参加も、とても楽しみにしています。




604.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月3日
相談員さんから「訪問マッサージが受けられる」と聞きました。

嬉しくなって、すぐに以前のマッサージ師Kさんにお願いしたい、と思いました。


すぐに、夫の部屋から以前お世話になっていた小規模多機能に電話をして、連絡先を聞きました。

夫が急に歩行困難になった頃から、施設と自宅でマッサージをお願いしていました。

「特養に入所したら、週3回にしましょう。」と提案いただいていました。


「特養で訪問マッサージをお願いしたいのです。」
とお話すると、
「施設で受け入れは、同意されていますか?」
と気になさっていました。
「やっと、今日許可が出ました!」


「では、特養に伺います」

と、6日(日)に来ていいただけることになりました。


10月6日
特養玄関で待ち合わせです。
2018年2月に夫が特養入所して、1度公園でお会いして以来です。

変わらない穏やかな笑顔に安心します。


手続きに関しては、代理で全てやってくださるそうです。
有り難いです。

後期高齢者医療証(保険証)
心身障害者医療費助成(マル障)
診察券
のコピー

必要な書類を渡してお願いしました。

夫の体も、ベッドで診ていただきました。
右手と左足が固くなっているそうです。
左足を少しマッサージしただけで、膝が伸びて、顔もほんのり赤くなっていました。


当分は、週3回、お願いしました。

夫は、自宅でマッサージを受けていた頃より痩せてしまいました。
覚えているのか、嫌がる様子もなく穏やかな顔です。

Kさんとの会話も心地良さそうに聞いているようでした。


週3回の訪問マッサージが受けられるようになりました。
私が行かれなくても、やってくださるそうです。
安心しました。


また、一歩前進できました!


603.特養で訪問マッサージを受けられるようになる

10月3日
特養の夫の部屋に相談員さんが見えました。
「訪問マッサージの件ですが、」
とお話をゆっくり始めました。


夫の入所している特養では、訪問マッサージを受け入れていませんでした。

夫だけではなく、訪問マッサージの業者の出入りを断っていたそうです。

問題なく受け入れている特養もあるので、どうしてなのか、その理由を聞いてから次の行動を考えるつもりでした。

施設の方針で受け入れないのであれば、施設の方にお願いしようと思うのですが、そうではないようでした。


「制度上の事」をはっきりさせていなかっただけのようです。



私、知っていました!
特養で医療保険を使った訪問マッサージを受ける事は、医師の同意書があれば可能です。

つくしの会の会長えいさんの奥様も特養で訪問マッサージを受けています。
仲間の存在は、なんと心強いことでしょう!
えいさんは、つくしの会を3人で立ち上げた時の「ももさん」からの情報で
「特養で訪問マッサージが受けられる」と知ったのでした。


「医療上必要であるという診断、指示(同意書)が必要」
という相談員さんの真剣な説明も、嬉しくなってニヤニヤと聞いてしまいました。

「特養の医師は、内科医なので、専門医に同意書を書いてもらえますか?」
と、心配そうに仰るので、
「はい、大丈夫です。神経内科の先生は必要書類を、すぐ書いてくださいます。」
と答えました。


特養の医師が「マッサージを必要と判断しにくい」という理由で、同意書を書かないケースもあるようです。
夫の特養の医師は、内科医ですが、直接お話できればご理解いただけそうな気がします。

相談員さんの調べた書類に
「専門医が望ましい」という一文があるのでしょう。
「専門医の依頼が困難な場合、歯科以外の医師なら良い」と、あったように記憶しています。


関節拘縮、筋萎縮(筋力低下)とか、関節可動域拡大とか、難しい専門用語があるようですが、
体が固くならないように、専門的に医療マッサージをお願いしたいだけなのです。
「機能訓練指導員」による個別マッサージは、実際にはとても手が回りません。
訪問マッサージ、できたら嬉しいです。


相談員さんから、「訪問マッサージ導入可能」の報告を受け、喜んでお礼を言いました。

前に進むことができました!

特養で訪問マッサージが受けられます。

つづきます。

602.特養で訪問マッサージを受けるまでのこと

10月、やっと、やっと
特養で訪問マッサージが受けられるようになりました。
ここまでの経過を残そうと思います。

黙っていては、実現できなかったと思います。

2017年2月に特養に入所して以来、
訪問マッサージを受けたいと希望を伝えていました。
遠慮がちに伝えてきたつもりです。


特養に入所する前は、在宅で週2回の訪問マッサージを受けていました。
「施設入所すると動きも少なくなるので週3回増やしましょう」
と、マッサージの先生から聞いていたのですが、特養で受け入れられず中断していました。

入所の時の相談員さんのお話では、自治体からの反対で受け入れられない、というお話でした。
特養の考えで拒絶しているわけでもないので、希望はありそうでした。

その後、OTさんが入って、機能訓練費も加算されましたが、120名以上の入居者に対し1名ですので、個別リハビリが十分とはいえません。

ケアマネさんにも、ケアプラン作成の都度、希望を伝えていました。
伝えたつもりですが、そのままでした。
私も、不満に思いながらも、日頃の感謝の気持ちもあって、強く言えないままになっていました。

でも、
夫の右手が固く動かなくなってきて、とても気になっていました。
筋力も衰えています。
面会の都度、私なりに触れたり揉んだり擦ったり動かしたり、「タクティールケア」を試してみたりしていました。


OTさんも、お会いする度に夫に触れ、私の話も聞いてくださいました。
今回「訪問マッサージをお願いしたい」というお話をしました。
9月末だったと思います。
「制度上の事はわからないので、相談員さんにもう一度お話して見てください。」
と言われ、訪問マッサージを入れることには、
「そうですね。良いと思います。」
と、賛成していただけたので安心しました。


制度上、できないことはない、というのは調べればわかることです。
解釈は、いろいろですが、訪問マッサージを導入してはいけないという項目はどこにもないのです。
良いとも悪いとも書かれていないのです。

ちょうど翌日、
家族懇親会(消費税増税に伴う負担金増額の説明会)があって、施設長さんからの
「施設改善のために、要望に答えたい」
というお話もあり、きっかけになりました。
家族懇親会の後、相談員さんと「訪問マッサージについて」お話できました。

「入院もあって、以前より体が固くなっているので、専門家による医療マッサージをお願いしたい」
「他の特養で受け入れているのに、どうして訪問マッサージができないのか教えていただきたい」
「生活の中のリハビリは有り難いが、介護スタッフの負担を増やすのではなく、個別にマッサージをお願いしたい」
というお話を聞いていただきました。


「必ず調べてお返事しますので、少し時間をください」
というお話でした。


私も、今回は納得が行くまで動くつもりでした。



つづきます。。。
今日は、ここまで。



601.父の7回忌と夫の6年

9月22日(日)父の命日に7回忌法要をしました。

小さな城下町の中のお寺に、親族が集まりました。

6年前、2013年9月22日 お彼岸に父が旅立ちました。

6年前の夫は·····
ブログに記録が「父の死と夫」と題して残っていました。
https://2212-2931.at.webry.info/201310/article_1.html
お彼岸で夫のきょうだいとのお墓参りの帰りでした。
私には、その時がわかっていましたが、夫の予定変更はできませんでした。

このころ、すでに重症な段階であるという認識がありませんでした。
まだ、普通、ではないにしろ何とか生活していると思っていました。

診断から4年。
夫は葬儀参列どころではありませんでした。
急な予定変更が受け入れられず、困りました。
ケアマネが決まっただけで支援に繋がっていませんでした。
夫の兄、姉夫婦のお世話になりました。
感謝しています。

白い布団の父も目に入らず、携帯の充電をしようとして、驚きました!

姉の家で夜散歩に出て困らせました。

この後から、デイサービスを利用しようとしましたが、なかなか上手く行きませんでした。
このころ、まだ私に「介護している」という自覚もないまま、夫は線路に入って保護される等問題行動が多発しました。
翌年、急に進行して、
精神病院入院を勧められる状況の中、「奇跡の発表会」でフルート演奏。

夫のきょうだいの協力のお陰で、私は友人7人とスイスへ記念旅行もできました。
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スイスまでコンビニの定員さんから支払い不足の連絡が入りました。
精神病院入院を考える程の状態の夫を託しての海外旅行。
直前に、手の骨折もあって、突然、失禁が始まっていました。
ほんとうに、夫のきょうだいご夫婦には、感謝しています。

2014年
父の1周忌は、夫の兄夫婦が我が家に泊まって世話をしてくれました。
http://2212-2931.at.webry.info/201409/article_5.html
この頃は、ますます言葉が通じない上、自分勝手な行動もパワーアップ、失禁もあって、さらに大変だったと思います。
お世話になりました。

診断から5年。
2014年10月に、私の入院をきっかけに、夫は精神病院に医療保護入院となりました。

2013年に父が亡くなった年から2014年の入院までは、とても変化が大きかったようです。
捜索願いや通報はあっても、訴えられる事もなく、事故にも合わず、良く無事だったと思います。
エピソードは、たくさんあります。

入院する頃には、病気の進行もあって、行動もいくらかは鈍くなっていたようにも思います。

2015年
父の3周忌は8月、夏休みでした。
命日9月22日には思い出してブログを書いています。
http://2212-2931.at.webry.info/201509/article_5.html
入院が長くなって、療養型病院に転院していました。

精神病院での生活も、とても長く感じられましたが、合計1年1ヶ月でした。

2015年12月に退院して、在宅介護開始。
小規模多機能と老健と1ヶ月交替で、という提案でしたが、
孫の保育の為、老健に2016年3月まで3ヶ月入所。

2016年3月末から2018年2月まで約2年、
小規模多機能を利用させていただきました。
通所も泊まりも訪問も、時にはリハビリ指導もお世話になりました。

急な歩行困難と急な嚥下困難、身体的な急激な衰え。
「意味性認知症(SD)」でこの症状?
別の医師に「進行性核上性麻痺(PSP)」という診断をいただきました。
脳の神経性難病であることに変わりありません。
分類がはっきりせず、診断名に過ぎない、と思っています。
「前頭側頭葉変成症(FTLD)」という括りにもなります。
進行性の不治の病、難病です。
急激な身体症状もPSPなら納得です。

2017年4月に「胃ろう」にしました。

2018年の大雪の雪かきで腱鞘炎になった事で一区切り。
夫は、市内の「特別養護老人ホーム」へ入所しました。
入所して1年半。
早いように思います。

安定した生活に感謝です。

2019年
父の7回忌に、夫の6年を振り返りました。

時の流れは、平等なはずなのに長く感じられたり、短く感じたりします。
「もうすぐ小学生」だった孫は「もうすぐ中学生」
孫の数も増えました。


6年は、これくらいの時間?

夫の姿は変化しましたが、特養で手厚い介護看護を受け、穏やかです。
有り難いです。

600.特養の音楽療法と夫

毎週火曜日の10時40分頃から、音楽療法があります。

夫の「ケアプラン」では「音楽療法参加」になっていますが、
私が行くまで寝かされている日も多く、私が行かれない日は、どうなのか?

遅れてでも参加させていただいているようです。
私もなるべく参加したいと思っています。


音楽療法
キーボードの伴奏に合わせて、マイクを持って順番に歌っています。
夫は、歌えません。

曲によって、反応する時もあります。
どうにも古ーい古い曲は、反応なしです。

古い曲も繰り返すと、だいぶ覚えて来ましたが、
今回は「え?いつの曲?」と聴いたこともない曲を皆さんで歌っていました。

夫より若い方が、ひとりいて、やっぱりキョトンとなさっていました。

少し年代の差を感じる時間です。
その若い方の好きな「翼をください」は、
他の皆さんには、馴染みのない曲のようです。

なるべく皆さんに楽しんで参加してもらいたいと
音楽療法の先生も曲を選んで、歌詞の用意もしているようです。

夫は、先生の動きを目で追ったり、話しかけられると
じっと先生を見つめていました。
毎週同じように声をかけていただくので、わかっているようにも見えます。

毎月、コンサートも開かれます。

生の演奏は、音に反応するのか泣きそうな顔で反応します。
わたしも今月月末のコンサートを楽しみにしています。

599.孫と新潟へ

夫が特養で落ち着いているので安心して出かけられます。
在宅の頃のように、宿泊のお願いに頭を悩ませる必要がないのは有り難いです。


3番孫との約束があった事、
22日の法事の前に準備の確認をしたかった事、
ついでに、敬老の日でもある事

等、理由をつけて、9月14日から16日、新潟の実家へ孫と一緒に行って来ました。

一番の目的は、3番孫との初めての旅でした。

孫は、日頃、車での移動ばかりで電車もバスも経験がほとんどありません。

前回は、直前に迷子の恐怖でキャンセルしてしまいました。

今回は、張り切っていました。
初めて新幹線に乗りました。

4歳の男の子。
親兄弟と離れての初めての旅は、楽しかったようです。

「お弁当を買って新幹線で食べたい」
「水族館に行きたい」
という希望も叶えられました。

何よりも、私の母「新潟のおばあちゃん」が喜んでくれた事が良かったです。
「ひとりで良く来たね」と何回も褒められていました。
3番孫は、いろいろ子どもらしい発言で笑わせていました。
会話も微笑ましいものでした。


短い時間に、法事の準備の話もできました。
まだまだ母は元気です。

こんなに喜ぶなら、また孫を連れて行きたいと思ったり、
一緒に暮らすことも可能ではないかと思ったりしています。


有り難い事です。

598. 風邪 (私です)

珍しく風邪を引きました。
もう治ります。

いつも、「来たかな?」という段階で追い出して
「私、風邪は引きません」と強がりを言っていましたが、
今年、もう2度目の風邪です。

1回目は、スイスから帰ってすぐ。
そして、今回、新潟に孫と行った後からです。

軽い喉の痛み
この段階でひどくならないで治る予定でした。
治ったかのようにも思えたのです。

反省しました。

体力が落ちています。
免疫力が落ちています。

運動不足です。

もうひとつ。

水分不足です。

気がつくのが遅かったです。

5日つくしの会の役員会の最中、咳が止まらなくて心配をかけてしまいました。

前の晩、寝てから咳が出ていました。
ゲホゲホッッと意志に反して強い咳が出て、息ができないほど。

一瞬、呼吸が苦しく「風邪も大変なもんだ」と変に感心しました。
「高齢者や体の弱っている人は、このまま息ができなくなるかな?」
と、ちょっとだけ思いました。
私も今年から高齢者です。

台風による気圧の変化も関係しているかもしれません。


役員会の後は、寄り道をせずまっすぐ家へ帰って安静にしていました。

隣に娘がいて、夕飯を作ってもらえるので助かります。
「顔色悪いよ。」と言われてしまいました。
どこかの景品でもらったという子供用の栄養ドリンクを出してくれました。

家にあって飲んでいなかったサプリメントも飲みました。
水分も取って、早く、たぶん早く寝たと思います。

翌日からは、快方に向かっています。

夫が特養にいるので、こういう時も安心です。
在宅なら無理をしてしまうかもしれません。
そもそも風邪を引いていられなかったです。



「安静に」をいいことに、何もせず、いろいろなブログを読んでいました。

ゆっくり体を休ませ自然治癒です。

元気回復です。\(^_^)/


体力を維持するために、もう少し体を動かそうと思いました。




597. 通院日

9月5日(木)は、久しぶりの神経内科の通院日でした。

特養の事務所に保険証や医療証など一式を預けてあります。
事前に声をかけて確認の必要があります。

少し前に「受診届け」のような用紙を記入して、ケアマネさんにお話をして、前日にも確認しました。

準備の時間の都合もありますので、介護スタッフにも出発時間をお話しました。
看護師さんにも、胃ろうの事があるのでお話しました。

久しぶりに、私の福祉車両の出番です。
夏の間、暑かったこともあって車に乗せていませんでした。

久しぶりのドライブ🎶🚗💨🎶喜んでいたのか、声が出ていました。

久しぶりの病院は、駐車場が満車でした。
列に並んで、誘導の係の方に「正面で車椅子の人を降ろしたいのですが」というと「また最後尾並んでいただきますよ」というのです。
「どうしたらいいのですか?」と困って聞きました。
「ここで降ろしていいですよ」というので、びっくりです。
「いいのかな~?」と思いましたが、係の人がいいというのですから即実行です。
後ろに並ぶ車を少し気にしながらも、急いで急いで、といっても、スロープを降ろして、いろいろ装置があって慌てました。
でも、いつもこの作業の私、カッコいいと自分で思っています。(^-^)/
大急ぎで走って夫を通路まで連れて行きました。
「あ、そうか、待っていられますか?」と係の方。
「待たせます」仕方ないです。
駐車場に車を入れるまで、夫は不満顔?で待っていました。
立ち上がる事もできないので、そのままでした。

駐車場が混んでいる日は、診察も会計も混んでいて時間がかかりました。

久しぶりの受診だったので、最初のカード受付も窓口に行く必要がありました。


久しぶりの診察。
治療は、特にありません。
夫に胃ろうを勧めてくださって以来、あの入院以来診ていただいている先生です。
最初の先生は、定年退職なさって、違う先生に引き継がれる予定だった所を私がお願いしました。
夫もお気に入りの先生です。

指定難病や障害手帳等の診断書を書いていただくために、定期的に診ていただいています。

前回は、入院中にお会いしていたので通院日を予定より先に伸ばしていただきました。

前々から「私、変わるかもしれませんので」とおっしゃっていましたが、今回も「あまり先になると引き継ぎが困るので」とおっしゃって、次回は12月になりました。

夫は、先生の手を左手でしっかり握りました。❤
右手は握る力もなくなっています。
夫の手を握ったままパソコンを打ち込んでいた先生。
「エリキュースは止めましたよね」
と、私が言い忘れた事も確認されました。
特養の先生に「止めましょう」と言っていただいて止めた事を報告しました。

「また来てくださいね」と夫に声をかけていただいて終わりになりました。


会計は、電光掲示板ではなく、窓口で番号を呼ばれます。
時間がかかるのは、いつもですが、今回はいつもより遅くて、遅い番号が次々呼ばれていました。

恐る恐る「あの~この番号で待っているのですが~」というと
「これは電光掲示板で、もうとっくに出ていますよ。」というのです。
「え?マル障でもですか?」というと、やっと調べていただけました。

難病のノートを出さなかった事が原因だったようです。
「毎回、必ず出してください。」と、まるで私が悪いように言われたので、
「毎回、『出してください。』と言われるのに、今回は言われなかったですぅ😡」と言いました。😠
ほんとにそうなのです。
マル障で無料になって、必要ないかと思ったのです。
「自立支援は?」と聞かれたので「マル障が使えますので更新していません」と答えました。

「遅くなってすみませんでした」と素早く処理していただけました。
怒りません、私。

でも、次からは黙って待っていないで、早く聞こうと思いました。


思ったより時間がかかったので、まっすぐ特養へ戻りました。


夫は、特養の自分のベッドが一番安心できるようです。
胃ろう注入に来た担当看護師さんに「疲れたよ」といういうに訴えるような顔をしていました。