593. 夫とアイスコーヒーの思い出

久しぶりにアイスコーヒーの粉を買って淹れて見ました。

夫が、アイスコーヒーを淹れていた姿を思い出しました。

夫は、アイスコーヒーが好きでした。

コーヒーは私も好きで、結婚した頃から一緒にコーヒーを飲んでいました。
いつの間にか、いつからだったのか、夫はホットではなく、アイスコーヒーばかり飲むようになりました。

夫は自分でアイスコーヒーを淹れていました。
珈琲豆は、フレンチローストとイタリアローストとか配合して、挽き方も少しだけ細かくとか指定していたように思います。

夫の淹れるアイスコーヒーは、こだわりの夫好みの味で美味しかったです。
冬でも1年中アイスコーヒーでした。

コーヒーを淹れる時は、私にも熱いうちに、程よい濃さのコーヒーをデミタスカップに入れて「どうぞ」と出してくれました。

いつの事だったのか?

診断されても、まだお料理などもしていたように思います。
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味付けがおかしくなって来た頃からアイスコーヒーもおかしくなって来たように思います。

こだわりのコーヒーポットが汚れていても、古いコーヒーが残っていても平気になって、そのうちこだわりのコーヒー豆が買えなくなって、コーヒーより、散歩に夢中になって、飲み物はペットボトルのお茶になりました。

ペットボトルのお茶を自分で買って、まだあるのに何本も買って並べていました。

味覚は変化したようです。

好きだったコーヒーは、苦く感じたのでしょうか。

でも、味付けは辛いものがいいのか、味がわからないのか調味料をバサバサとかけていました。



家でアイスコーヒーを飲みながら思い出していました。


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592. 特養の夏祭り 4番孫と初対面

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         (スイスで出会った花)
8月3日(土)
夫の特養の夏祭りでした。
昨年から、2回目の参加です。

今年は、自治会の夏祭りと重なってしまいました。
家の直ぐ前の公園で行われる夏祭りは早い時間から賑やかです。

上の孫は、お友達に誘われてそちらのお祭りへ行ってしまったようです。
娘一家も特養の夏祭りは参加です。

私は、一足先に特養へ自転車で行き、娘達も、車ですぐに到着しました。

夫は、胃ろう栄養の注入もあるので、まだ室内かと3階へ行って見ると、ちょうど下に降りたばかりのようでした。

大勢の中で見つけられませんでした。
来年は、もう少し早く来ようと思いました。

案内していただき、椅子の用意もしていただきました。

担当看護師さんに「奥さんを待っていたのよ。良かったわね。」
と話しかけられ、夫はじっと看護師さんを見ていました。

設置された舞台の音楽の音量にびっくりして泣き顔でしたが、
「喜んでいるのね」
ということにしました。
いつもお世話になっている看護師さんに救いを求めるような目をしていました。

娘達とも合流。

娘、婿殿、3人の孫は昨年も来ています。
4番孫は、夫と初対面になりました。

5ヶ月になる孫を夫の膝に乗せるようにして顔を見せると、
手を伸ばして、感動の泣き顔になりました。
娘は「お父さん、わかってるよ。」と喜びました。
「おじいちゃんに似ている、似てたのね」
と、本当にすっかりおじいちゃんの顔になっています。

4番孫も、しっかりジイジを見て手を出して、
お互いに手を握ろうとしていたようです。
何でも口へ持って行こうとするのは同じです。

初対面場面の写真を撮りました。

夫は、手を掴むと離そうとしないので
「食べられちゃうよ」
と、離してもらいました。


特養の模擬店は大繁盛!
焼き鳥もカレーライスも行列ができて、後で行くと売り切れでした。
カレーは、「ごめんなさい。ルーだけ味見してください」とルーをいただいてカレー好きの孫は大喜びでした。
とても美味しいカレーでした。

来年は、早く来ようと思いました。

孫二人は、輪投げのようなゲームをやらせてもらい、何やら小さな景品をもらってご機嫌でした。
子どもの楽しめるコーナーや、かき氷など喜ぶ物を用意するなど、職員も準備が大変だったと思います。


焼きそばのテントで、懐かしい方にお会いしました。
特養に入る前、お世話になった小規模多機能の施設長長Sさんです。

夫は、しっかりとSさんの顔を見て泣きそうな感動の顔でした。
手をしっかり握って離そうとしなかったようです。

声にびっくりして泣き顔になった。手は把握反射。と言ってしまえばそうかもしれません。
「わかっていますね」
と喜びました。
何かを感じたと思います。
手を離すと、もう1度というように、手を出していました。


賑やかな夏祭りでした。



591. 愛犬の血尿

8月2日(金)
愛犬そらは、マルチーズのオス、15歳です。
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夫が診断されてからも散歩に付き合ってくれました。

活発で勝ち気だったそらも、寝ている事が多くなりました。

午後になって、ふとペットシートを見て、ビックリしました。
ピンク色のシミと血の塊を見て慌てました。

「そら!どうしたの?」
と寝ているそらを起こすと、
「なぁーにー」と眠そうにしていましたが、苦痛な様子ではありません。

でも、血尿です。

何かの間違いか、一時的なものか、
オシッコをさせて見ると、
出しにくそうに、ポタッと出たのは、血尿でした。

動物病院は午後3時からです。

時間がありました。

そらも、いつもと変わらないので私も落ち着いて調べる時間がありました。

膀胱炎、尿路結石、腫瘍、原因を調べるには、尿検査、レントゲン?
ネット検索で、情報が見られます。
すぐに受診を勧める獣医さん。
受診した場合の事。
自然に治る、治らないのも自然、といいながらサプリメントを勧める方も。


確かに、もう年なのだから、余計なストレスは避けたい。

「少し様子を見たら?」
と娘は冷静です。

このまま?
心配です。
様子を見ましたが、やっぱり少量しか排尿せず、ピンク色です。
このままでは、いられません。

夕方、孫との用事を済ませた後、受診しました。

いつもの動物病院です。
いつも注射等嫌な事をされるので、そらは、待合室からブルブル震えて怖がっていました。

院長先生にペットシートを見せて、予想通りの診察でした。
ただ、すぐに検査ではなく、膀胱炎の疑いの為、薬で様子を見るというので一安心です。
治療費が違いますし、苦痛はなるべく与えたくないです。

注射を打って、翌日からの止血剤と抗生物質を10日分処方されました。

治療費は、4300円でした。

これで少し安心しました。
何もしなくても直ったかもしれませんが、できるだけのことをして安心できて、良かったです。

注射1本で効いたのか、すぐに普通のオシッコに戻ったようです。


食欲もあります。
夜中や、朝方目を覚ますと「ご飯食べてない」と催促します。
(誰かと同じ?)
昼夜逆転というより、寝ている時間が多くなって、食事の回数を忘れてしまうようにも思います。

時々不安そうに歩くのは、目も耳も悪くなって「ここはどこ?」と考えているようにも私を探しているようにも見えます。



ついつい、愛犬の事は二の次、三の次の後回しになっていました。

ストレスもあったと思います。

もともとの湿疹体質もあるのか、我が家の節目には必ずと言っていいほど自分で毛を噛みちぎっていました。
娘の結婚、引っ越し、出産1、2、3、4、夫の事。
長い時間、当然のように留守番もさせました。

今年の湿疹は、悪化するまで受診もせず、最近やっと治療しています。

アレルギーの薬なので、今回の薬も同時に飲ませました。

気のせいか「ちょっと苦しい」「お腹が変」とでも訴えて甘えて来るようです。
薬の副作用があるのかもしれません。
オシッコが普通に戻ったら、薬は必要ないのか、迷いながら飲ませてしまいました。
止めようと思います。


少し抱いていたら落ち着いたようです。
自分のベッドに入りました。



590. 若年性認知症家族の会 彩星の会へ

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            (スイスの街で出会った花)

7月28日(日)
彩星(ほし)の会の定例会へ行ってきました。

いつも一緒に行ってくださる「前頭側頭葉変性症つくしの会」会長のえいさんが、奥様の特養の夏祭りで遅れて出席なので、ひとりで出掛けました。
方向音痴の私でも、何回も通ったお陰で道に迷うことなく到着できました。
「えいさんは?」
と皆さんに挨拶の次に聞かれました。
すっかり二人一組が定着しているようです。

今回の定例会は、「若年性認知症をもっと知る」というテーマで、若年性認知症の専門家6名を迎えて、会員の質問に答え、お話をいただく形式でした。

事前に文書で出された質問は、2件とも前頭側頭葉変性症の家族からでした。

1件目の方は、夫の数年前の行動と似ている所もありました。
会場に来ることもできなかったのかもしれません。
姿は見えませんでした。

専門家の先生方が、それぞれお話してくださったのですが、家族の負担が大きいことに変わりはないように思います。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の会長えいさんが、この場にいたら必ず発言したでしょう。
ここは私が発言せねば、と「仲間がいる事をお伝えしたい」と話し、会場から拍手をいただきました。

2件目の方、その後の会場からの質問にも、専門家の先生方は丁寧に答えてくださるのですが、納得できるような答えが得られなくて「違う」と思ってしまったお話もありました。


終わった後2名の方から「うちも前頭側頭葉変性症です」と声をかけられました。
この時は、えいさんも見えていましたので紹介できました。


2ヶ月振りに会う仲間との短い近況報告。
笑顔で会えるのが嬉しい。

そして、二次会へ。


彩星の会に初めて参加した時、この二次会の明るさにびっくりしました。

Yさんに誘われて、恐る恐る遠慮がちの参加でしたが、すぐに打ち解けて、今までにない居心地のよさでした。

以来、二次会への参加は欠かせなくなりました。

そして、彩星の会のような会がもっと近くにあったら、と考えるようになっていました。


意味性認知症の仲間と出会って「つくしの会」が誕生する時、彩星の会の楽しさを受け継ぎたい、と願いました。
今、つくしの会も期待した以上に成長しようとしています。
基本となっているのが「楽しさ」です。


さて、彩星の会の二次会へ。
当事者の方も一緒です。
アワキビさんご夫婦も参加です。
声をかけていただいたFTLDの家族の方と並んで座ってお話を聞くこともできました。
スリブリさん、のんた2号さんともお話もできました。

楽しい時間は、すぐに過ぎてしまいました。

次回は、9月。
残念ながら、父の7回忌法要と重なるため、欠席の予定です。

夫は、暑い夏でも快適な室温の特養で大きな変化もなく落ち着いています。
今月のコンサートでは、いつもより大袈裟に感動して声を出して泣きそうな顔でした。


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589.スイスと夫

夫とスイスへ初めて行ったのはいつだったのか?

格安のドイツ、スイスの団体ツアーでした。
ツアーを抜けて、娘と夫と当時スイスに滞在していた両親とハイキング、夕食を共にしました。

その後は家族で短い海外旅行をすることはあっても、スイスへ毎年行くようになるとは思ってもいませんでした。

両親、頼りにしていた父が、85歳を越えた頃
「もう自信がない」というので私が両親のスイス行きを手伝うようになりました。

夫と一緒に、スイスへ両親を迎えに行ったのは、診断より少し前でした。

2009年 
夫と二人でスイスの「クール」という古い街に1泊して、氷河の街サースフェーへ楽しみながら行ったのを覚えています。
夫は、私の両親との会話が少し変な所や、話し方で気になる所がありました。
宗教の関係で黒い服を着ている人を指差しするなど、悪びれず、行動も一緒にいると気になりました。
夫も自分の違和感をずっと感じていたらしく、「帰ったら病院へ行く」と言っていました。
すでに発症していました。
急な変化もなく、私も病気の深刻さがわかっていませんでした。

その後、2012年まで毎年、夫もスイスへ行きました。

2010年 
ポントレジーナからアンデルマット、そしてグリンデルワルトへ。
すでに診断を受けていましたが、「少し変な人」という程度でレストランで食事もできていました。
日本語観光案内所の所長さんの家に招待されると「世界で一番美しい景色」とバルコニーからの景色に感動していました。
そして「奥さんは美しい」と言うので、奥様は大喜びでした。
思った事をそのまま口にするようになっていましたので、この事は今でも話題になっています。
両親が自分たちの故郷にように愛したグリンデルワルトを夫もとても気に入って、私も嬉しく思いました。
所長婦人は、綺麗な方ですが「美しいです」と正面から言われた事を素直に喜んで、嬉しそうでした。

まだタバコも吸っていましたが、ルールは守っていました。
帰りの飛行機の狭い通路で、大きな男性客室乗務員さんとすれ違う時、体に触れられると大きな声で拒絶してびっくりしました。
感覚が敏感になっていました。

2011年 
グリンデルワルトの貸別荘へ。
両親は、1階、大家さんが2階、私達は3階。
シャレーという三角屋根の貸別荘ですから、3階は狭くなっています。
線路沿いにあって、ユングフラウ方面へ向かう電車を眺めていました。
電車に乗ると「我が家」が見えて嬉しくて写真を撮りました。

夫の希望で、「ダボス」へ行って、そこから夫と二人で帰りました。
夫は、自分のトランクを飛行機に乗る時以外預けようとしませんでした。
私は、トランクが「重すぎ」と駅のチェックイン手続きで言われ、夫の荷物と合計できるのに~と、渋々手荷物に分けました。
夫は「自分の事しか考えられない人」になっていました。

ハイキングで父に山の名前を聞いて、父が詳しく説明すると夫は聞いていない。
「なんだ!」と言う父に夫の病気を説明すると、その時は「それならわかった」といい、
短期記憶が難しくなった父には、何度か話しました。
父とのスイス旅行は、この年が最後でした。

2012年 前年同様グリンデルワルトの貸別荘。
両親も一緒の予定でしたが、前年秋から冬に父の体調が急降下しました。
車椅子の手配やエスカレーターの位置等事前調査をして、何とか連れていく予定でしたが、体調は思わしくなく、両親は直前にキャンセルになりました。
夫と二人のスイス旅行になりました。
夫の最後の海外旅行になりました。
父は旅行中に入院の連絡が入りました。

夫と過ごしたグリンデルワルトの1週間。
毎日、たっぷり歩きました。
「意味性認知症」の診断を受けても、特にフォローもなく、介護保険も手帳も自立支援の事さえまだ何も知らず、言葉の理解ができないことと自分勝手な行動も、まだ許容範囲内の頃でしたので、家でもスイスでも同じように、ひとりで「散歩」をしていました。
毎朝6時前からの「散歩」には付き合えませんでした。
家と同じように、ひとりで1時間程散歩すると確実に戻ってきました。
午前、午後の2コースのハイキングは一緒に楽しみました。
岩の上や残雪、ぬかるみ等は、とても歩きにくそうでした。
見かねて手を差し伸べてくださる方もいましたが、夫は表情を固くして拒絶していましたので時間をかけても自力で頑張ってもらいました。

写真は、今年6月のスイス
クロッカスの花がたくさん見られました。
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グローセシャイディック
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今年の夏は、母と2回行きました。
クロッカスの花を見ながらハイキングです。
山の上にはレストランがあって景色を見ながらビールを美味しく飲めます。
場所によっては、ジュースやお水より安く飲めるのも嬉しいです。

2012年の夏のスイスが、夫と行った最後のスイスでした。
今振り返って、よく無事に行けたと思います。
とっくに、普通ではなく、思っている以上に重症だったと思います。
食事は、すべて自炊しました。
レストランでも、持参のパンを食べようと、いや食べました。
コースは、私有地もショートカットで歩いたようです。
コース変更ができず、ケンカもしました。
いえ、ケンカになりません。
私ひとり腹を立てて別行動で家に帰った事がありました。
近くのグルントという駅で気晴らしに買い物をして先に帰ると、後から平気な顔で夫も帰ってきました。

診断から3年、まだまだ大丈夫かと夫の行動を容認していました。
深く考えもせずスイスへ行かれた事は、夫のとっても私にとっても良かったと思います。

588.前頭側頭葉変性症つくしの会7月定例会

7月も、もう半ばです。

ウェブリブログの大規模メンテナンスがあって、戸惑っています。
投稿の仕方も表示も変わって、四苦八苦。

ついでに、古い記事を読んで見たり、いろいろ機能を試してみたり、
で、なかなか投稿できないままです。
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6月のスイス旅行の記録も中断。
ぼちぼち残そうと思っていますが、いつになるやら。

「前頭側頭葉変性症つくしの会」の7月定例会の事を書いておきたいと思います。

6月は、欠席させていただきました。
気持ち良く「行ってらっしゃい」と送り出してくださった会長さん、役員さんに感謝です。

6月は、19人の出席、と過去最高、大盛況でした。

7月は、懇親会もあるので、ぜひ出席せねば、と前日の夜に新潟の実家から、家に戻りました。

つくしの会のメンバーも定着して、この日を楽しみにしているのは私だけではないようです。

会員さんから
「病気になった事は、大変な事だったかもしれないけれど、良い仲間に出会えて良かった」
という言葉が聞かれ、皆で「そうだ、そうだ」と頷きました。

新しい方が懇親会に見えて、不安を口にすると、
「病気のお陰で、こうして出会えて良かったじゃない?」
と、明るく笑って、すぐに打ち解けました。


「前頭側頭葉変性症」は、難病に指定されましたが、まだまだ知られていない事も多く、充分な支援も受けられていません。
独特の症状は、あまりにも個性的で、ひとりひとり症状が違います。
「認知症の集まりに行っても話が合わなかった」
「わかってもらえない、話せなかった」
という経験は、私だけでなく会員さんからも聞かれます。

「やっと話せる場ができた」
「制度の事を知らなかったけど、申請して利用できた」
と、嬉しい報告も聞かれます。


「また来月会いましょう」
みんな笑顔になって帰路につきます。

7月の定例会、懇親会は、6月欠席だったからか、一段と楽しく感じられました。
たくさん笑って、たくさんの元気をもらいました。


587. 新潟へ

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ブログをなかなか更新できないままです。

スイス旅行の整理が、まだできていません。

母の病院に付き添う口実で、新潟へ行ってきました。

母は、旅の疲れも見せず、私より元気な様子でした。

私は、寒暖の差のためか、環境の変化のためか、風邪気味になって、やっと自然治癒です。

弟の初孫の初バースデーパーティーにも参加させていただきました。
弟は「おじいちゃん」になっていました。


新潟の実家で、私は大活躍。

庭の草むしり、剪定、大きな木をノコギリで切って、スッキリ。


自分のスイスの写真の取り込みもしていないままですが、
母のパソコンに、私のカメラの写真を入れて、数枚はプリントアウトしました。

「新しいプリンターが上手く動いてくれないの」
と、買い替えたプリンターが不満な母。

写真をダイレクトに印刷できる機能もあって、写真ハガキに印刷すると
「まぁ!綺麗!」
と喜んでもらえました。



病院に2日、付き合って、新幹線で戻ってきました。



586. 7月です。

1561406536837.jpg6月8日からスイスで過ごし、30日に帰って来ました。

もう7月です。

夫は、大きな変化もなく、ほっとしています。

久しぶりの対面も、わかっているのかいないのか。
泣きそうな顔を見せてくれたので、「わかって感動した」ということにしておきます。

介護スタッフや看護師さんに「良かったですね」と言われています。

「短かったですよね」と言ってくださって、安心しました。
「3週間は長いと思ったけど、あっという間ですね。」と、
私が思っていた事をスタッフに言われ、嬉しかったです。
何事もなく、安心しました。

少し誤嚥しているようで、咳をしていましたので看護師さんに伝えました。

様子によって吸引をしているそうです。

それも、前からと同じなので大きな変化ではありません。

髪が短くなっていました。

退院後の散髪が「おしゃれ」と思ったら、地元の美容師さんだったようです。

「もう少し短く」とお願いしていました。
湿疹ができやすいからです。

オーダー通り、超短髪になって、スッキリです。

夫のお父さんに、似てきたように思います。
「おじいさん」の年齢になって、同じような顔に見えるのかもしれません。
叔父さんの誰かに似ているような気もします。


久しぶりに車椅子に乗せて散歩しました。

585. グリンデルワルトからのアイガー

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3週間、グリンデルワルトの貸別荘で生活しています。
庭からアイガーが見えます。
前半は、寒いくらいでしたが、後半は、お天気も良く、暑くなってきました。

ハイキングから戻ると、家の中は冷房もしていなくても涼しくてほっとします。

あっという間の3週間が終わろうとしています。

ぼちぼち旅の記録を残そうと思っていますが、日本へ帰ってからできるかどうか?




584. チャップリン・ワールドへ

6月15日(土)チャップリン・ワールドを見て、グリンデルワルトへ。

ホテルをチェックアウトして、チャーリー・チャップリンの業績や生涯をたどれるミュージアム「チャップリン・ワールド」へ。

ヴヴェイへの旅行のもうひとつの目的は、チャップリン・ワールドへ行くことでした。
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チャップリンが25年間家族と暮らし、終の住みかとなった館。
チャップリンもこの場所に座って、この景色を見ていたのでしょうか。


広い庭を歩くこともできます。
赤い薔薇が綺麗でした。

スタジオでは、映画上映の後、映画のセットの中に入って見学ができます。
エレベーターの位置を昨年教えて貰っていました。

最初にチャップリンの家の庭でのんびりゆっくりしてしまったので、屋内の薄暗いミュージアムは、感動しながらも、息苦しい感じがして、ゆっくりはできませんでした。

チャップリン・ワールドでゆっくりしたい、という目標は達成しました。

満足して、帰りました。

帰りは、とてもスムーズでした。
乗り換えを心配しながらも、来た時と同じ「ゴールデンパスライン」を選択!
レマン湖とブドウ畑の後、スイスらしいのんびりとした景色を楽しみました。

「このコースは、オススメね。」
と母と二人で満足でした。

チャップリン・ワールドは、2016年に開館したばかりです。
父も夫も見たら喜んだと思います。


583. 世界遺産のブドウ畑

6月14日 ラヴォーのブドウ畑
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今回ラヴォー地区への旅行の目的のひとつは、ラヴォーのブドウ畑の中をミニトレインで廻ること。
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リュトリーの波止場から出発です。

これまた、ヴヴェイからたどり着くまで一苦労です。
鉄道駅まで歩かず、ヴヴェイから船でリュトリーの港へ行きたいけれど適当な時間の船はない。
モントルーに船で行き、鉄道でリュトリーへ。
と、思ったら各駅停車ではなく、通過してローザンヌへ行ってしまいました。

大きな駅でインフォメーションも大袈裟な感じ。
切符の販売機の前に親切そうな案内係のおばさんがいました!
良かった!
スマホで時刻表を見て教えてくれました。
切符の買い方も教えて貰って、ほっとしました。
嬉しくなって、お礼を言って握手してしまいました!

リュトリーのブドウ畑を眺めながら、歩いてミニトレインの発着所へ。

ここは、日本語観光案内所で予約を入れていただいていたので安心でした。
幼稚園児の遠足と一緒になりました。
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ブドウ畑の中の狭い道を通って、まるでおとぎ話の国へ行ったような古い小さな街を抜けて、レマン湖を見下ろして上へ登りました。

景観のいい場所でストップ。
写真を撮って、ワインを飲みました!

ラヴォー地区のワイン、美味しかったです。
ワイングラスを持って写真も撮ってもらいました。
「ブドウ畑の中へ」という希望が叶えられました。


幼稚園児と向かい合って座ったので、楽しくなって両方で大笑いしました。

帰りは、リュトリーの波止場から船でヴヴェイに向かうと、船も一緒でした。
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先生が、「どちらから?」「日本にはまだ行った事がないけど、行ってみたい」などと話しかけてくださって、子どもたちにも「ほら、ミニトレインでご一緒だったでしょ?」といったと思いますが、フランス語は、フランス語だというくらいしかわかりませんでした。


ラヴォーのブドウ畑への旅行は、母と二人でスイスへ来るようになった2015年からです。
母の強い希望でしたが、2015年は、異常な暑さでブドウ畑は暑くてハイキングが辛かったです。
昨年は、1泊だけでしたので、美味しいワインを飲んだ波止場がどこだったか、探し回っただけでした。
念願叶って、波止場もキュリーだったとわかりました。


夫は、来たことがありません。
きっと喜んだと思います。



582. グリンデルワルトからヴヴェイへ

画像6月13日
レマン湖畔の町 ヴヴェイへ
昨年も泊まった同じホテルに今年は2泊しました。
ヴヴェイまでのルートは、母の希望でゴールデンパスラインにしました。
インターラーケンからツヴァイジンメンを通ってモントルーへ行く絶景路線です。

駅で「半額カード」をまず買いました。
これでスイス国内の鉄道もバスも乗り物の殆どが半額になります。
ヴヴェイまでツヴァイジンメン、モントルー経由で往復の切符を買って準備OKです。
画像チャップリンが晩年を過ごしたヴヴェイの町。
母の希望でモントルーから鉄道ではなくレマン湖畔に出て、フェリーで行きました。
ヴヴェイまでは、すぐ近くなので、もう少し乗りたい、という希望にも答えローザンヌまで行きました。

はてさて、ローザンヌの港は初めてです。
駅は??

案内表示を見ながら、着いた所は、地下鉄の駅だったようです。
インフォメーションで聞くと、綺麗なお姉さんが親切にルートを教えてくれました。
地下鉄で4つ目で下車するとローザンヌ駅なのだそうです。
切符は?
販売機でも買えるけどここでも売る、というので売ってもらいました。

ヴヴェイのホテルは港のすぐ近くです。

25年に1度のワイン祭りの準備のためか、広場にイベントの大きな会場が作られて、景観が悪く、ちょっとがっかりです。

レイクビューのお部屋のはずでした。
ホテルのレストランの食事を諦めて、チャップリンの像まで湖畔を散歩しました。

湖畔でビールとパニーニをオーダーして、簡単な夕食ですが、景色がご馳走。
大満足!
向こう岸は、フランスです。

言葉もフランス語。
な~んとなくフランスっぽい。

レマン湖の景色も綺麗でした。




581. スイスです

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6月8日(土)
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やっとグリンデルワルトに到着しました。
今年は、例年より早い時期だったので寒いくらいです。
庭のライラックの花が咲いているのを初めて見ました。
お向かいの家は改装中のようです。
寒いので煙突から煙が出ています。

山の景色を見ると「来て良かった」と思います。

美味しい空気を吸って、美しい景色を眺め「長生きしないはずがない」と母は言います。
母は、チューリッヒ空港でスイス入国した途端に元気になっています。

新潟から我が家までひとりで来られるか、心配したのが嘘のようです。


貸別荘で、Wi-Fiが使える事が偶然解って、パスワードを教えて貰いました。
Wi-Fiを入れたばかりなのだそうです。
ラッキーです。

グリンデルワルトの日本語観光案内所にお世話になっています。
貸別荘の手配とチューリッヒ空港の送迎をお願いしました。
母は、もう30年以上お世話になっています。
安心して旅行ができます。



夫も、このグリンデルワルトに、診断されてから2回来ています。


スイスのこと、少しずつ書き残したいと思います。

出発までは、夫を残して海外旅行なんて申し訳ないような、ちょっと心配な気持ちでしたが、スイスに来て吹き飛んでしまいました。


6月8日から3日程お天気が悪く寒い日が続きました。

ハイキングは諦めて、ゲストカードを使って村内バスで移動する程度で、ゆっくり休養できました。



580. 今年もスイスへ

6月8日(土)に成田空港から出発します。

スイスのグリンデルワルトの貸別荘で3週間過ごします。

母と二人旅です。

到着してから、その後の過ごし方を考えます。


夫も安定して、ホッとしています。


直前にバタバタと準備をするのは、いつもの事。

やっと、なんとか行かれそうです。


心配もありますが、思い切って行って来ます。


スイスのグリンデルワルト。
夫が「世界で一番いい景色」と言った場所に今年も行ってきます。
いろいろ思い出します。




ブログは、しばらくお休みします。





579. 特殊疾病患者福祉手当受給者現況届の提出

「特殊疾病患者福祉手当」は、自治体独自の手当てです。

特殊疾病(指定難病)患者に対し、月7000円支給されます。

自治体によって、この2倍以上の所もあります。
廃止になった所も、支給されない所もあります。
自治体で差があるようです。

65歳の年齢制限や施設入所者除外の自治体も多い中で、私の自治体では、所得制限だけです。

月7000円は、貴重です。
有難いです。
このために、面倒な「指定難病の更新手続き」も頑張りました。
https://2212-2931.at.webry.info/201905/article_7.html


現況届は、すぐに提出しました。


夫の特養と障害福祉課は、すぐ近くです。

特養で面会の前に、メールボックスの封書を見て、「特定医療費(指定難病)受給者証」を事務所から出して貰って、歩いて障害福祉課へ行きました。

受給者証のコピーを取って、現況届けを提出して完了です。

6月28日が提出期限でした。

スイスへ出発前に手続きできました。


夫は、安定しています。
夕方になると、少し咳き込んで、唾液を誤嚥しているようです。
「看護師が吸引することもあります」
と介護スタッフから聞きました。

入院前も同じような状態でした。

元気になって、持参していたタオルケットを噛んで穴を開けてしまいました。

車椅子で外を少し散歩しました。











578. 5月いろいろ&胃ろう交換

夫は、20日に退院してから、とても落ち着いています。
思っていたより、ずっと元気になって、ホッとしています。

体重も2㎏近く増えたとか。
私は、あまり夫の体重は気にしていませんが、退院後すぐの体重測定で報告を受けました。

入院中に1800キロカロリーの栄養を毎日入れていたからだと思います。

特養に戻って、1200キロカロリーに戻りました。

明日は、退院後のケア会議があります。



夫の入院で、状況によってキャンセルも考えていた旅行予定がありました。
母と二人のスイス行きです。

母と二人なら、いつでもキャンセルは簡単。だけど、行きたい!

やっと、行かれそうな気持ちになってきました。


グリンデルワルト日本語観光案内所
http://www.jibswiss.com/

5月18日(土)に所長さん主催の「スイスを写真でご紹介。スイス旅行のお話」の集いがあって参加しました。
所長さん、息子さんにお会いするのは、グリンデルワルト以来でした。

「行きたい」という気持ちは強くなりました。



20日に退院して、夫の表情が変わりました。
泣き顔に近い笑顔が多くなりました。

「びっくりした顔」というスタッフさんもいました。

髪の毛が伸びて、入院中に頭を痒がっていましたので、散髪もお願いしました。
「短く」とお願いしたのですが、少しおしゃれに遠慮がちに短くなった程度でした。
頭の湿疹は、すぐ良くなりました。
清潔が一番のようです。

退院後、毎日のように夫の様子を見に行っていたのですが、

26日(日)
「若年性認知症家族会 彩星の会」
http://hoshinokai.org/
へ行って来ました。
2ヶ月に1度の会が楽しみになっています。

今回は、新宿御苑。
前日、ブログでお誘いしたLiliさん家族も参加されました。
ユリの木の下で、お弁当を食べて、自己紹介等。
50名くらい全員で記念写真を撮りました。

暑い日でした。
バラ園の薔薇も暑そうで、見頃は過ぎていたようです。

二次会、食べて飲んで、楽しい時間でした。


翌日
「前頭側頭葉変性症 つくしの会」
http://yamatosakura2016.blog.fc2.com/
会に参加できない会員さんから電話相談が2件ありました。

解決できない問題もあって、相談になっているのか、どうかわかりません。
「ひとりで抱え込まないでください」
「仲間がいますよ」
と、お伝えしたつもりです。

「前頭側頭葉変性症」の中でも「行動障害」の症状は、難しいです。
ひとりひとり症状も状況も違います。
家族の負担は、大きいと思います。




29日(水)
夫の4度目の胃ろう交換でした。

胃ろうにして2年になります。

今回は、システムがまた変わって、前もって受診はなく1日で終わりでした。
胃ろうは、今までと同じボタンタイプです。
交換は、簡単に終わりました。

看護師さんから、現在の物は、レントゲンで確認が必要だけど、違うメーカーのボタン式で、もっと簡単で確認の必要がない物がある、と聞きました。
本人の負担のない物で、扱いが今までと同じなら、次回はそうしていただきたい、とお話しました。

前回、お医者さんから聞いていたように思った、と言うと
「先生が変わったので」ということらしいです。


会計受付で、マル障と難病の受給者証と後期高齢者医療制度の保険証を出しました。
自己負担は無いのですが、医療費をどう負担するのか?
難病の管理票がなかったので、金額を書き込まれた別の紙が渡されました。
今までも、難病の上限額があったので負担はありませんでした。
マル障で医療費助成が受けられる。夫の場合負担はゼロ。
とだけ、わかっていますが、誰かがその医療費を負担しているのです。


特養の迎えの車を外で待っていると、以前お世話になっていた小規模多機能の看護師さんとケアマネさんに声をかけられました。
「あら、ふっくらしてお元気そう」
と言われ、夫は、また泣き出しそうな顔でした。
しっかりお二人の顔を見て涙ぐんでいたようです。


胃ろう交換、無事に終わりました。




576. 退院後の数日

朝、3番孫を保育園に送った後、娘は4番孫と一緒に我が家に来ます。
職場関係のパーティーでフルート演奏をするとかで、練習しています。
今回は、夫が吹いていた金のフルートを吹くようです。

生後3ヶ月の4番孫は、手足をバタバタさせたり、笑ったり、「ウーウー」とお話するように答えるようになりました。
孫の相手をしながら、娘のフルートを聴いて「幸せな気分」になっています。

音楽は、人を感動させる力があります。



夫が退院して、ホッとしています。

でも、

気になって毎日顔を見に行っています。

夫は、落ち着いています。
安心したのでしょう。
穏やかな顔です。

お風呂にも入れていただき、サッパリしたようです。
良かったです。



「マル障の還付申請」

入院費の4月分が、後期高齢者医療制度で請求されたためマル障の還付申請をしました。
市役所の障害福祉課です。

念のため、用意する物を電話で聞いて見ました。
ところが、「担当が不在でわかりません」というのです。

○病院の領収書
○マル障受給者証
○保険証
○通帳番号
○印鑑

これくらいは、私にもわかります。
確認したかっただけです。

何だかガッカリしてしまいました。

「4月に職員の異動があるから混乱している」と聞いていましたが、実際に体験しました。

「担当」の方から電話をもらって、窓口へ行きましたが、なるほど、状況がわかりました。

簡単な書類なのに、「ちょっとお待ちください」
と、時間がかかるのです。
コピーにも時間がかかっていました。

奥のデスクの方に、ひとつひとつ確認に行くのです。

「大丈夫かな?」
と心配になってしまいました。

確定申告のように、インターネットで簡単にできるようなシステムにしたら、人件費の無駄にならないのではないか、と思ってしまいました。

必要書類を持参して窓口へ行っているのですから、速やかに安心できるうように対応して欲しいです。


「保険の請求」
医療保険、迷いながらも継続していました。
もう入院することもない、入院しても掛け金に見合うか疑問でした。
まさかの入院です。
すぐ連絡して請求手続きの書類を送ってもらいました。
「高度障害」の特約もなく「死亡保険金」もわずかな「医療保険」です。
ついでに「解約払戻金」の金額を教えていただきました。


入院日数のわかる領収書で保険金請求は、簡単にできました。
金額が多くないからだと思います。




575. 「エリキュース」を止める

ずっと気になっていた「エリキュース」(血液さらさらの薬)を止める事にしました。
今回、出血が止まらなくて大変な思いをしたからです。

口腔外科の入院でしたので、歯科の治療が終わって「エリキュース」は再開されていました。
誤嚥性肺炎で呼吸器内科の先生に診ていただいても、「エリキュース」に関しては、止める指示は出せないと言われました。

神経内科の先生は、最初に血栓を見つけて、「エリキュース」を処方した先生です。

相談すると、「それも有りですね」と言ってくださっても、今の薬の処方は特養の医師です。



退院後、すぐに看護師さんに相談すると、特養の医師と話ができるよう手配していただけました。

「できれば、理事長先生に、」
と言うと、
「もちろん、担当医ですから。」
と、すぐに動いていただけました。


担当医になってくださったのは、入所当初の不満を聞いていただいてからでした。
在宅医をなさっていた先生です。
看取りのお話も、ひとこと、一言が丁寧で納得できました。

その時以来の面談です。


「大変でしたね」
と、入院の話、出血の話等を聞いていただきました。

「エリキュースは止めたい」と言い終わらないうちに
「エリキュース、やめましょう!」と言っていただき嬉しくなりました。
同じ考えだった事がわかりました。

「リスクが」等と言わず「やめましょう」と笑顔で言われました。
「血栓が飛ぶ予防より、血を見て嫌な思いをしたくないですよね」というような事をにこやかに言っていただき、安心しました。


入院はさせたくない。穏やかに看取りたい。
という話もできました。


安心してお願いできると思いました。








574. 退院しました。

5月20日(月)10時
夫は、退院しました。

平成最後の4月25日に入院して、令和になって5月20日の退院です。

抜歯後の出血が止まらなくなって、口腔外科に入院して、熱が下がらず、誤嚥性肺炎の治療を受けました。

まだ、微熱は出ます。
誤嚥もしていると思います。

「口腔ケアを継続してください」
と、口腔外科の先生に言われました。
先週、レントゲンや血液検査の資料を見ながら説明を受けています。

朝、病室で夫のオムツ交換をしていると、口腔外科の先生が見えました。
外来の始まる前に来てくださったようです。
ご挨拶ができて良かったです。

神経内科の先生も、夫の顔を見に来てくださって、夫に話しかけてくださいました。
有難いです。
月末に予定していた通院日は、もう少し先に変更することに、先生から提案していただき、「30日はキャンセルですね。」と確認されました。

変更手続きが、まだです。


夫は、もうすぐ退院の時間になるというのに、ギリギリまで点滴されていました。

退院用に着替えをさせるのが遅くなってしまいました。


退院の会計は、思ったよりも早くできました。
4月分の請求が来た時に、「マル障」が適用されていないことがわかりました。
これは、後で還付の手続きが必要になるそうです。
5月分は、マル障で計算されていました。
有難いです。

看護師さんからサマリー、先生からの医療情報提供書、薬を受け取っていると、もう時間です。


特養からの迎え
ストレッチャーが来たのには、ビックリです。
「車椅子で大丈夫ですよ!」(私)
困ってしまいました。
特養にストレッチャーがある事もビックリ‼です。


折角だから、と乗せようとしたのですが、何やら要領が悪くて・・・


「車椅子にしましょう?」(私)
ストレッチャーを畳めば、車椅子が入るらしいので、では車椅子で、という事に変更。

無事、退院できました。


「お帰りなさい」
と特養で迎えていただき嬉しかったです。

ユニットの部屋は、そのままでした。


スタッフに迎えられ、看護師さんとお話をした後、
いつもの音楽をかけ、やっと落ち着きました!

夫は、ベッドで穏やかな顔で眠っていました。


安心しました!

無事、退院しました!


573. 特定医療費(指定難病)受給者証の更新手続き

指定難病の更新手続きの書類が、東京都福祉保健局から、随分前から届いていました。
平成31年3月頃だったかもしれません。


受給者証の有効期限によって、受付開始日、受付期限が記されていました。
夫の場合は、8月が有効期限なので、受付は4月から、期限は5月末です。


年1回のこの手続きが、とても億劫に感じるのは私だけではないと思います。
5月中には、手続きをしなくてはなりません。


難病、指定難病として、前頭側頭葉変性が認められ研究が進むことは、願っていることですが、進行性のこの難病に対して、毎年同じ診断書の提出と面倒な申請書類の提出は苦痛です。


医療費の負担軽減のために、特に入院した場合、1ヶ月の負担上限が有るため助かっていました。

でも、1月から東京都でも「マル障」が精神障害にも拡大して医療費の負担が大幅に軽減され、住民税非課税世帯では、医療費負担がゼロになりました。

医療費の自己負担だけを考えるなら、この指定難病の更新手続きの必要はないように思います。


私の住む自治体では、「特殊疾病(難病)患者福祉手当て」が支給されます。

月7000円。

面倒な手続きも、このためです。



「臨床調査個人票」という診断書も、毎年、指定医に書いて貰わなければなりません。
進行性の難病なので、重度になると前年と何も変わりなく、コピーと同じです。
必要もないのではないか?と思います。

手続きの中で、1番面倒なのが、この「臨床調査個人票」の申請と受け取りです。

夫が、年に数回、神経内科の主治医に診ていただくのも、いろいろな診断書を書いていただくためでもあります。

今回、ついつい後回しになっていた申請も、夫が同じ病院に入院したので、一気にできました。

面会のついでに、1階の書類受付に行き、申請。
面会のついでに、受け取りました。

「臨床調査個人票」(診断書)が完成したら、すぐ提出です。


面会の前に、市の「障害福祉課」へ。
夫の特養のすぐ近くです。

ここへ行くのは、「面倒」ではありません。

窓口の方も「面倒な手続き」に慣れていて親切です。

「親切な説明」を提出の時、耳にした事があったので、気が楽です。


「申請したいので、教えてください。」
「はい、一緒に作りましょう。」

と、ひとつひとつ書類を仕上げました。

夫と住所が違うためか私は「代理人」となるので「委任状」も必要でした。

情報提供の同意書にも署名しました。



無事、更新手続き完了しました!


572. 退院日決定!

5月20日(月)に退院予定です。

4月25日「歯の出血」で入院して、その後「誤讌性肺炎の疑い」で抗生剤点滴の治療がされ、回復に向かっています。

5月13日(月)
血液検査、レントゲン、診察の結果から「そろそろ施設に戻れるので、都合を問い合わせてください」と伝えられました。

良かった!

救急病院ですので、入院が長引くことはありません。
回復に向かっているので退院も近いと思っていました。

さっそく、特養の相談員さんに電話で相談しました。
特養の車で迎えに来てくださるそうです。


週明けの20日(月)午前中の了解を得て、病院側の都合を聞くことになりました。

夕方に先生が病室に来られ、直接お話できました。
医師より
◎入院時のレントゲンで見られた左肺の白い影が無くなった。
◎熱は、まだ安定しないが36度台になって来ている。
◎炎症反応(CRP)は、正常値ではないが、良くなって来た。

退院可能と判断。


特養では点滴、吸引が夜間できないので質問すると、
◎点滴は、外しても大丈夫。明日外す予定。
◎痰の吸引はしていない。

退院後も口腔内を綺麗にするよう言われました。

「退院日が早まるなら連絡を、」
というお話でしたが、
「差し支えなければ、20日でお願いします。」
と頭を下げお願いしました。

「わかりました。では、20日ということで動きます。」
と笑顔で仰っていただき安心しました。

長く入院できない病院です。
同じ病室の方は、数日で退院して、メンバーが次々変わっています。
午前中に退院すると午後には新しい方が入っています。

20日まで入院は、申し訳ないけど、有難いです。


退院日が決まって、一安心です。

夫は、元気になって、動く左手で看護師さんの白い腕を触ったり、頭をボリボリ掻いたりしています。

イヤホンで音楽を聴かせると感動の声を出していました。

先生は、「痰の吸引はしていません」と仰っていましたが、
まだ夜1回は、吸引されているようです。

それでも、日増しに良くなっているのがわかります。

良かったです。






571. 入院生活2週間目

5月8日(水)
病室に行くと夫は車椅子に座って窓の方を向いていました。
検査は、終わったようです。

隣のベッドでは、先生が診察中でした。
「お名前教えてください。」
「ここはどこかわかりますか?」
聞き覚えのある声です。
偶然にも、神経内科の主治医の先生でした。

ちょうど、カーテンが開いたので目で挨拶を軽くしました。

先生の患者さんが同じ病棟に何人かいるのだと後でお話してくださいました。

エリキュース(血液さらさら薬)の話もできました。
今は、止めている、という話から、私が「今後止めたい」とお話すると
「それも有りですね。」
と、いうお答え。
頭から反対されなかったので安心しました。

前回の重症な肺炎を救っていただいて、胃ろうを勧めてくださった先生です。
「もう2年になります。家に帰って楽しい時間を過ごせて感謝しています。」
というような事をお話すると
「そう言っていただけると嬉しいです。」
と笑顔でした。

たぶん、胃ろうについて悩まれる事もあるのではないかと思います。

良い先生です。
「また、寄りますね」と夫に挨拶されました。
夫は、知らん顔。
「場所が違うとわからないみたいですね」と、さすが先生わかっていらっしゃいます。
「私の顔もわからなくなっています。スタッフだと思っているみたいです。」
と私も笑ってお話できました。

夫の口の中を見ると、少し出血して、痰もありました。

痰の塊を取りながら、良く見ると、
奥歯の方にあった糸がなくスッキリしていました。

抜糸した事がわかりました。

出血の原因がわかって安心。
僅かな出血は、すぐ止まって気にならなくなりました。

車椅子で過ごし、お昼の胃ろう栄養も車椅子のまま入れました。
「プッシュケア」という小さなパックは、簡単でした。



夕方になって、呼吸器内科の先生が見えました。

夫の胸に聴診器を当て
「胸の音は、悪くないです」と仰られました。
血液検査の結果も、それほど悪くないのだそうです。

今後の治療方針は、これから考えるそうです。

熱は、37度5分。

回復に向かっているようにも見えました。


5月9日(木)
面会は、一休み。
「前頭側頭葉変性症つくしの会」の定例会に参加しました。


5月10日(金)

抗生剤の点滴が始まっていました。
「ということは、まだ、あと1週間ですかぁ?」
と、看護師さんに呟くと、「そうですね。その後検査、ですかねぇ」
とにこやかに答えられました。

点滴と口の中を綺麗にするよう指示が出ているそうです。


少し安心しました。






570. 再検査は明日

5月7日(火)
10日間のゴールデンウィークも終わりました。
「7日に再検査」と聞いていたはずでしたが、行ってみると何もないようです。
看護師さんに確認してもらうと、特に医師からのオーダーはないとの事。
回診も、外来が混んでいるので何時になるかわかりません。

「7日、検査結果で」という話は、出血騒ぎで消えていたようです。



夫は、氷枕をしていました。
熱は、37度7分。

隣のベッドの方は、今日退院して、すぐ新しい方が入っていました。
その方、点滴を外してトイレに行って、看護師さんに注意されていました。

向かいのベッドの方は、2日後に退院が決まっているご高齢の方。
言葉が出なくても「あー」とか仕草で訴え、こちらの言っていることは、理解できるようです。
とろみ食を介助で完食なさっていました。
施設に戻られるようです。


その隣の方は、もう少し言葉らしく訴えて「バあやろぅ」と大きな声も聞こえました。圧迫骨折で体が痛いのだそうです。
思うように体を動かせず、訴えた事が伝わらないもどかしさがわかります。
「ご機嫌悪いのね」と相手にしてもらえません。
聞こえた薬の名前から、パーキンソン?か、寝言のような独り言も納得です。

そんな中、夫は静かで重度です。

文句も言いません。言えません。

口の中に痰がこびりついていても、喉が痛くても、訴える事ができません。

検温をして、熱があると氷枕で冷やされるようです。


私は、夫の口の中の痰の塊が気になって、どうやったら綺麗にできるか、大先輩のKさんに教えていただきました。

丁寧に、舌ブラシの写真も送ってくださって、有り難かったです。

舌ブラシに口用ウェットシートを巻いて使うのだそうです。
やって見たのですが、難しかったです。

「上顎にくっついたのが取れない」
と、また教えていただきました。


痰が口の中で固まって取れない、なんて思ってもいませんでした。
「ガーッ」って出すことも、飲み込むこともできないのです。

口の中の痰を「どうだぁ」とたくさん取りだしました。
こんな塊、こんなにたくさん!
まだある!「取らせて~」

何度も口を開けさせて綺麗にしました。

家に戻って「あまり取りすぎて傷つけないように」
というメールを読みました。


初めての事に夢中になってしまいました。

夫は、「やめて」というように私の手を押さえたり、タイミング良く口を開けてくれたり、元気になって来ているようです。

熱、下がって欲しいです。


569.熱

5月5日(日)
友人とランチをしてから病院へ行きました。
街路樹の緑が、毎日見ても今が綺麗だと思います。

夫は、病人の顔で眠っていました。

熱が37度から38度あって安定しません。
触ると熱いので、38度近くはあるようでした。

氷枕をしていました。


夫の部屋は、4人部屋の窓側です。
景色が綺麗に見えます。

排泄表の2時間毎の記録を見ると
どちらも順調のようです。

栄養が変わったためか便が多少ゆるくなっているようですが、1日1回です。

数日前
「便がゆるいので、下剤止めさせていただきますね」
と、看護師さんに言われ、それまで服用していたのかとびっくりしました。

「便秘の時、適宜、適量」とお話したはずでした。
医師から指示通りなのかもしれません。


入院した時は、「便秘がちです。」と伝えたので、処方されていたようです。

今は、下剤を入れなくても出ているようです。



口の中の汚れが気になります。
粘り気のある痰が口の中で固まっていました。

痰の絡まった咳も出ます。
喉がガラガラしているようだったので、看護師さんが来た時にいうと、後で吸引してくれました。
それが、とても苦しそうでした。
鼻から深くまで入れて、たくさん痰が引き上げられました。

久々の痰の吸引でした。

「熱が高いので」と薬も点滴で入れるようです。
「え?薬?」
と声を出すと
「先生から指示が出ていますから」と。

連休中で回診はないので、たぶん「指示」なのだと思います。


胃ろう栄養の吸入をさせていただいたので、水分もたっぷり入れました。


5月6日(月)
ゴールデンウィーク最後の日。

氷枕から普通の枕になっていました。

口の中は、時間をかけて綺麗にしました。
痰の塊は、あっても出てくる痰は、透明になっているようです。

熱は、日中は下がっていたようです。
夕方の検温は、37度5分でした。
若い看護師さんをじっと見るだけ元気回復しつつあります。

568.入院して10日目

4月25日(木)に入院して、もう10日です。
一晩だけでも入院させていただけたら安心、と思っていました。
大きな病院ですので重症患者しか受け入れない、と聞いていました。
「1週間」という入院計画書を見ても、そんなに長く入院にはならないはず、でも連休中だから、と思っていました。

「30日の検査結果で2日の退院。」
と聞いて、喜んでいたら、とんでもない。
検査結果が思わしくなかったので、ガッカリ。


「連休中だから病院がいい」と気持ちを立て直していたら、夕方からの出血。
夜の緊急手術(?)になって、退院どころではなくなってしまいました。



歯の経過は、良いように見えますが、熱が安定しません。



口の中の汚れが、気になって、毎日口腔ケアをしています。
乾燥するのか、体調のためか、痰の状態のためか、舌にこびりついた汚れがあって、なかなか取れませんでした。
看護師さんにも見ていただいたのですが、
「頻繁に見るよう引き継ぎます」
と、にこやかに仰っただけでした。

熱が38度あるから、と氷枕をして、
でも、30分後位に他の看護師さんが来て検温して、37度?

「さっき38度あったのですよ」
と言ったのですが、笑顔でした。


夫は、大きなくしゃみ(>ω<)/。・゜゜・していました。
「ハックション」と声が出ました。
痰の絡んだ咳をすると喉が痛いのか、顔をしかめていました。

口の奥の痰をモアブラシで取りました。
塊のような物も取れました。
飲み込みは、ちょっと心配です。

「ごっくんしてね。」
といってもわからないのですが、喉仏をタイミング良く押すと音を立てて飲み込んでくれました。


オムツの当て方も悪いのか、なんだか?
ズボンをよく濡らしています。
洗濯は、私です。

特養では、オムツもお洗濯もすっかりお任せでした。


今日は、ちょうど便をしていたので、取り替えようとズボンを脱がせていたら、洗浄道具を持って入って来られて、グッドタイミングでした。
慣れない手つきでしたが、有り難かったです。
手伝うと「ありがとうございます。」と言われました。


昨日は、胃ろう栄養の吸入もやらせていただきました。

特養では、「手を出さないで」という看護師さんのオーラに屈して手が出せません。

病院で「じゃ、これ、お願いします」
と、すっかり任されて、「いいの?」という感じでした。
胃ろうの栄養も進化して、小さく簡単になっていました。

気になるのは、カロリーが増えていること。

栄養をつけて、体力回復を期待しているのかもしれません。
ずっと1200キロカロリーだったところ、1800キロカロリーになっています。
3食、2パックずつです。


これで元気になってくれたら嬉しいのですが。。。




567.退院延期

入院は、1週間の予定でした。
連休中の退院は、無いと思っていたら
「30日の検査結果で2日の退院になってもいいですか」
と聞かれました。

特養の相談員さんに連絡して、2日11時なら迎えに来てくださるというお返事もいただいていました。

ところが、
30日 病院へ行って見ますと
夫の口が、血で汚れていました。
出血の後のようです。
昨夜、38度の熱があって、37度に下がっているとの報告。

口を綺麗にしていただいて、先生のお話を伺いに
口腔外科外来診察室へ行きました。

コンピューターで、入院時と今日の血液検査結果を比較して説明していただきました。

CRPが、まだそれ程下がっていない。
抗生剤の影響か肝機能の数値が良くない。

今後、抗生剤を止めて様子を見る。

ということで2日の退院は、延期です。

連休明けの7日に、血液検査をして、その結果によって退院予定を決めるそうです。

エリキュース(血液サラサラの薬)を再開して服用している、と看護師さんから聞いていましたので、「止めたい」とお話しました。
口腔外科の先生ですので、「その場合、どの先生にご相談すればいいですか?循環器ですか?」とコンピューターでデータを調べながら聞かれました。
エリキュースは前回の入院時の検査で血栓が見つかってからです。
「神経内科の先生です。」
「わかりました。」


その日から、暫く「休止」になりました。
「完全に傷が治ってから再開」と口腔外科の先生から、この後聞きました。

この後の「出血騒動」の後の話でしたので、
「服用を今後止められないか」
という話は、後にしよう、と口にしませんでした。


口腔外科の先生の診察の時は、少し出血が見られる程度でした。

その後、夕方、ちょうど私が病室から離れていた時にも、夫の診察に来てくださって、その時も出血は止まっていたそうです。

その直後からだと思います。

出血が止まらなくなりました。

ガーゼで圧迫止血をしても、すぐに出血して溢れる程です。
夫は、飲み込みも吐き出しもできないので、溺れそう
ナースコールで看護師さんを呼んで吸引。

ガーゼを分厚くして押さえても、
10分経たずに、溢れだして、吸引。

たくさん血が、血の塊も吸引されました。
ちょうど、看護師さんも忙しい時間です。

夜勤の看護師さんに引き継がれていました。

止血と15分毎の吸引。

緊急時に慌てないのが看護師さんです。

かなり慌てている声が聞こえていました。

若い看護師さんの多い病院です。
重症患者が殆んどの病棟です。
ナースコールも多いようです。
いろいろ指示が聞こえました。

担当看護師さんは、口腔外科の先生と連絡を取っていました。

私は、夫のガーゼを押さえたり「もう限界です」と吸引をお願いしたり。
看護師さんの困っている様子に
「私、差し支えなかったら、夜、付き添いますよ」
「いえいえ、それは管理上できないんです。」
でも、結局は、面会時間の19時を過ぎても出される事はありませんでした。

入院した時と同じか、それ以上の出血の状態でした。
これは、外科的な処置が必要、と私にもわかります。
夜勤の看護師さんだけでは無理です。

1時間、ガーゼで様子を見るよう先生から指示があったのは、先生に連絡してから1時間後の応答でした。

それでも、その指示で看護師さんも夫も少しは落ち着いたように見えました。

口腔外科の先生が処置道具を持って来られたのは、夜8時は過ぎていたと思います。

私は、夫の左手を握って動かないようにしていました。
部屋から出される事もなく、処置の説明もしてくださって、「見ますか?」と口の中を照らして見せてくださいました。
若い女性のお医者さん、とても落ち着いていて、さすがです。

説明は、ゆっくり丁寧でしたが、私には再現できません。
切って縫って綺麗に洗浄されていました。


入院した時と同じように、「ひと安心」です。


夫も、安心して眠ったように見えました。


すっかり後回しになっていたオムツ交換をお願いして、汚れたズボンを受け取ってから帰りました。



平成最後の日でした。




566.タクティールケアと音楽療法

4月28日(日)
ゴールデンウィーク中は、病院かと思っていましたが、
退院できるかもしれません。

看護師さんから、30日と2日は平常通りなので、30日の検査結果で2日に退院になる可能性大、と聞いて嬉しくなりました。
30日の午後に先生からお話があるそうです。

おまけに「娘さんですか?」なんて言うので単純に喜んでしまいました。



今日は、入院している夫に大サービス!

タクティールケアの資料を看護学の先生にいただいたので、やって見ました。

「触れる程度に、包み込むように、心を込めて」
と教えていただきました。

片方ずつ、ゆっくりと、です。

まだ、資料を見ながらです。

とても気持ちの良いゆったりとした時間でした。

特養に戻っても、やってみようと思います。

「手当て」の基本のようにも思います。
ケアしている方も、ゆったりと癒されます。



そして、
音楽療法?
音楽を聴かせただけです。

YouTubeから夫の好きそうなクラシック音楽をイヤホンで聴かせました。

音量を上げると、声を出して泣きそうな顔になりました。

あまりにも悲愴な声にビックリ!
「大丈夫ですか?」
と看護師さんがカーテンを開けて見にきました。
「大丈夫です。音楽に感動しています。」
私も夫の声にびっくりしました。

反応良すぎです。
音量を下げました。


特養のお部屋でも聴かせていたのですが、イヤホンではありません。

音量の違いなのかもしれません。

こんなに喜ぶなら、高性能のイヤホンをプレゼントしよう、と思いました。


特養で平穏に暮らしていては、なかった事です。

入院して、変化も発見もあって、良かったかもしれません。


病院へ通う道は、新緑が綺麗です。

565.入院の決断

入院は、もうさせないつもりでした。
でも、入院した方がいい状況になりました。


決断は、重要です。

家族が決めなくてはなりません。

「入院させたくない。」
という思いも伝えなくてはなりません。

「受診をお願いします。」と言うことは
医療処置をお願いすることで入院も考えなくてはなりません。

もし、
もしも、発熱だけなら、
たぶん、すぐに入院は、させなかったと思います。



でも、よく自分の気持ちを整理して見ると
「入院させたくない。」
ではないのです。


「病院で死なせたくない」です。

さらに、考えると

「穏やかに看取りたい」です。

場所の問題ではないのかもしれません。


まだ、先のこと、でも、そんなに先でもない。

「特養で看取り、いや、家で」
と漠然と考えていました。



なので、
「ご家族の希望があれば病院を探します」
という看護師さんからの申し出は、すぐに受け入れられませんでした。
しかも、発熱や脱水、肺炎の疑いの内科?
残念ながら、看護師さんが口にした病院の評判は、あまり良くありませんでした。



「口腔外科を受診する」

と決めたのは、歯からの出血が止まらなくなってしまったこと。
そして、
診てくださった訪問歯科医の「これ以上の治療は口腔外科」という言葉があったからです。

16時30分くらいの時間だったかと思います。

そこから、時間がかかりました。


18時ころ
救急外来の処置を受けながら、
「入院させていただきたい」
と、いう気持ちになっていました。
この時間に、特養に帰っても点滴も、吸入も心配です。


入院が決まって安心しました。

特養の看護師さんは、入院が決まるまで付き添ってくださいました。
訪問歯科医の先生は、「奥歯を抜きました」と私が報告した後、タクシーでお帰りになったそうです。


入院手続きの書類を「救急受付」に提出して、
決められた病棟の病室へ行きました。

夫は、すでに寝ていました。

出血も止まって、安心しました。


564.入院した日のこと

4月25日(木)
特養の看護師さんから電話がありました。
20日(土)に抜歯してから何事もなかったのですが、今朝出血していたとのこと。
何時からかは不明。
量が多く、看護師が呼ばれ止血したそうです。

血液や血の塊を飲み込んだので、それを嘔吐してしまい、胃ろう吸入はしない、薬も入れられない、という報告でした。

「お手数おかけします。連絡ありがとうございます。よろしくお願いします。」
と、私は、歯の出血を軽く考えて、「苦情を言わないように細かい変化を報告している」くらいに思っていました。

看護師さんは、職業柄かとても冷静な話し方です。
「すぐに来てほしい」などと言いませんでした。

2回目の電話も同じでした。

「熱が38度3分あります。歯は、訪問歯科医に診てもらいました。その時は、熱もなく止血できていました。今は熱があって、解熱剤も入れられない状態です。」

という報告も「すぐに」という感じではなく
「今日は行かれませんので、よろしくお願いします」
と私も答えていました。


「八重桜」の散歩の翌日は「ケア計画会議」もあって今週は、連日の面会だったこと、孫関連のちょっとした用事もあったので、面会は「お休み」と決めていました。

でも、
やっぱり心配です。

「ちょっと行ってくるね。」
と、娘に話し、特養に向かいました。

特養が近いので、こういう時助かります。
遠かったら、行かなかったかもしれません。


夫は、
寝ていました。
吸引器を使ったと聞いていました。
吸引された血液混じりの液体が容器に入っていました。


看護師さんがすぐに見えて、お話がありました。

バイタルの報告。
家族の希望があれば入院先を探す。....
というお話。

この時点では、歯の出血は止まっていたので心配は、
熱、脱水、誤嚥性肺炎?

「今は入院をさせたくない。」
という気持ちをお話しました。
ずっと考えて来たことでした。


特養の内科の先生は、連休明けまで来ないそうです。
看護師さんが先生の指示で動くのだそうです。
夜は、看護師不在になるので水分吸入も出来ない。
点滴も出来ない。

「私が、泊まります。」

それは可能です。
広いセミパブリックルームは、家族が泊まれるようになっています。

夕方まで様子を見て、家は近いし
と、まだ軽く考えていました。

看護師さんは、医師と連絡を取りに行ったようです。

夫は、時々目を開けて、いつもと同じ顔。
不機嫌な顔ではなく穏やかな顔。

お話をしてくださる看護師さんと、いつもの夫の担当の看護師さんとは別の方。
家族対応の役割分担があるらしい。
勤務時間もあるのかもしれません。

お話してくださった看護師さんが、この日入院まで付き添ってくださいました。

夫の変化はないまま、ベッドサイドで
どれぐらい時間が経ったか、
平穏な時間が過ぎました。


オムツ交換をしていただいて、ちょうど看護師さんが見え、ついでに汚れた防水シーツを交換していただきました。
体の向きを変え、頭を動かした時、
「あ、また!」
枕カバーに血液混じりの唾液が見えました。

私が思っているより大量出血だったらしく、モアブラシで私が取ろうとすると看護師さんに止められ、手を出そうとすると、
「廊下でお待ちください」
と出されてしまいました。
吸引されていました。

「私、邪魔?」
憤慨しましたが、この時間にトイレに行き、気持ちを落ち着かせました。

夫の部屋に戻るとちょうど終わっていました。


それからが、大変でした!

少しして、ふと見ると出血して血が口の中に貯まっていました。

止血しても10分か、それくらいで、また出血してしまうのです。


長い時間20分くらい押さえて止血できたようでも、またすぐ出血。

繰り返すので、手を離せなくなりました。


看護師さんも頻繁に見に来てくださっていました。
どうするかという話も特養側で相談していたようです。

そして、
「だめ、止まらない」と携帯で連絡すると、
「すぐ、他の看護師がお話しますので、押さえていてください。私は他も回ります。」と言われました。


長い時間待っていたように思います。

歯科医の先生に連絡すると、すぐ診に来てくださいました。

そして
「○○を○○で埋めて、押さえて」
とか「奥歯も抜けば良かったか」
とか「上の歯を少し削ろうか」
とか。

私に「ここでの処置には限界があります。これ以上は口腔外科になります。どうしますか」
と聞かれました。
「お願いします」
と即答しました。

出血は止めなければなりません。
一晩中付き添っても、止血はできません。
口腔外科受診に迷いはありませんでした。

相談員さんに病院を探して貰うと、希望した病院の救急外来で診ていただけることになりました。

歯科医の先生も、一緒に付き添っていただきました。
「経過を話したい。処置を知りたい。」と仰っていました。
偶然の歯科休診日にお世話になりました。

看護師さんもサマリーを用意。
介護スタッフは「入院の時のために」と衣類やオムツを一組紙袋にまとめてくださいました。

私の車は、福祉車両ですが、病院まで、特養の車が出るそうです。
私は、その後の動きを考え自分の車で行きました。

病院では、すぐに診ていただけました。
3人のお医者さんと男性看護師さんで夫を囲んで相談。
すぐに麻酔の用意。
お医者さんの指示に看護師さんが動いていました。

「奥歯も抜いた方がいいな」
「聞いて見て」
とか小声。
「抜いてください」と声を出しました。
処置の途中ですので早い方がいいです。

抜いて、縫って、という処置。

「おっと、口開けていてください。」
が夫に、わかりません。

私が介助して口の中に手を入れ、開けさせました。
「ガーゼ使いますか?」
と滑らないように、ガーゼを渡してくれました。
一人は、吸引。
一人は、手を押さえて、補助。

「これで大丈夫でしょう」
と、かなり縫ったように見えました。

落ち着いた所で、
熱が出ていて、水分も入っていないこと。
特養では、点滴できないこと。
夜は、吸入もできないこと。
一晩入院させていただきたいとお話しました。

お部屋を探してくださったようです。


入院が決まって良かったです。

レントゲン、血液検査の後、点滴が繋がれました。


病室の窓側ベッドからは夜景が綺麗に見えました。
安心しました。


翌日、熱は下がりました。


563.入院しました!

焦って、書くからか、
何度も消えてしまって、
もう、今日は書く気力がありません。
「八重桜」の記事を書いたその日に入院しました。

歯の出血と発熱のためです。

4月25日、無事、入院して安心しました。

平成最後の入院です。

長い1日でした。

562.八重桜

画像
夫の特養の部屋は、3階の角部屋です。
突き当たりのドアの窓から八重桜が見えます。

お天気によって、遠くに富士山も見えます。

大きな八重桜を、前日、見に行った時は、スマホを部屋に置き忘れていました。
いつも持って歩いているのに😩

写真に残して置きたいと思いました❗

お天気が良かったので、1日で蕾が全部開いて満開🌸です。
画像

風に揺られて、ピントが合っていません。

大きな大きな八重桜の木。
たった1本。
見事です。
画像夫にも見せてあげました。
目の前で揺れる桜の枝を見ていました。

少し迷惑そうな顔だったかもしれません。

私は、写真を撮って、ゆっくり桜を眺めて満足です。


午後、もう一度
久しぶりに会いに来てくださった夫のお姉さん夫婦を案内しました。

先日は、お兄さん夫婦と公園を散歩しました。

もう桜が散ったその公園をお姉さん夫婦と散歩した後、この八重桜を見ていただきました。
車椅子を押していただきました。
写真も撮っていただきました。

お姉さんと一緒に写真を撮ろうとすると、夫は大きな口を開けて笑いました。
泣いているようなクシャクシャの顔の記念写真が撮れました。

私の写真も撮っていただきました。

私が一番嬉しそうな顔でした😊


八重桜は「普賢象」ではないかとお姉さん。

調べてみますと、
雄しべが「普賢菩薩」の乗る象の牙のように見えるのがその名の由来とか。
画像

私の写真では、良くわかりません。
「八重桜」には違いありません。

気持ちの良い散歩ができました。

561.口腔ケア&散歩

抜歯した翌日、日曜日に口腔ケアがありました。

出血も止まっていました。

口腔ケアは、週1回、だいたい土曜日ですが、都合で曜日が変更になります。

月4回ですので、5週目はお休みになります。

次回は間が開いてしまうので、5月1日(水)になりました。

入所してからずっと同じ歯科衛生士さんなので、夫も慣れているようです。

安心して、タイミング良く口を開けます。

口腔ケアの時は、私も側に居て、お手伝い、というより邪魔にならないようにしています。

夫は、時々私と歯科衛生士さんと混同するのか、私が口の近くに手を出すと口を大きく開けたりします。
歯科衛生士さんの動きを目で追ったり見比べたりします。
ジーっと見ています。
目は動かしますが、首が固くなって、あまり動かなくなってしまいました。

歯科衛生士さんは、毎回諦めることなく、歯磨き以外にも、いつも同じプログラムを試みてくださって有難いです。
「はい、こっちを向いてください。」
とか
「お腹に力を入れて、声を出しますよ。はい!アンパンマン!」
夫は、「何やってるの?」という顔です。

私は、いつも感謝の気持ちで笑顔になれます。
私が笑って大きな声になると夫も泣きそうな笑顔でした。


歯科衛生士さんが抜歯後の止血を確認して、報告していただけたので、すぐに血液さらさらの薬が再開されるようです。



口腔ケアの後から栄養注入までの、少しの時間、散歩しました。

目的地は、夫の所から見える八重桜の木です。🌸

すぐ隣ですが、フェンスがあるので少し遠回りです。
ちょうど見事に咲いています。

隣の病院の駐車場から遠回り、と思ったら、途中で歩行者用の扉が開いて入れるようになっていました。

高等看護学校の跡地。
校歌の石碑が樹木の影に残っていました。
遠い昔のことを少し思い出しました。
この学校を卒業して、結婚して、子どもを育てながら看護師として働き、いきいきと生活していた女性達のこと、古い建物でダンスパーティーに誘われたこと等。
ぼんやりと思い出しながら車椅子を押して歩きました。


整形外科のリハビリに力を入れている病院らしく、車椅子で散歩にはピッタリでした。

八重桜の木に向かう道路には、「車椅子用。車の乗り入れは禁止」というような看板がありました。

車椅子で散歩ができるようになっています。
夫の部屋から見られる散歩道は、もっと奥の方のようです。

体育館のような建物の横を通って、八重桜へ。

なんと大きくて立派な八重桜!
ほぼ満開!
つぼみもありました。
ピンクの濃淡も綺麗!

枝に手が届くので、そっと触れて見ました。
夫の顔を桜のすぐ側に向けて、花🌸を見てもらいました。

夫の特養、八重桜、と良い風景。
写真を、、、
残念(>_<)携帯を部屋に置いて来ました。

目に焼き付けておきました。


良い散歩道の発見でした。
目の前の公園だけでなく、こちらもコースに加えられそうです。


急いで戻らなくても、近いので充分でした。


胃ろう栄養ラコールの注入の前に
「トイレ行きましょうか」
とスタッフに声をかけられました。

日曜だからか時間がお昼だからか、スタッフは女性ひとり。
「私で良ければ」
と一緒にトイレ介助をしました。

久しぶりです。
いつもは、お任せしています。

車椅子から立たせ、便器に座らせ、
便器から立たせ、スタッフにオムツをしてもらって、車椅子へ。

しっかり立たせようと、「こっち向いて」と顔を上に向けようとしても目線を合わせてくれません。
「私よぉ~」と言っても、スタッフだと思って緊張しているようでした。
トイレ介助で奮闘して、汗が出ました。
「暑いですね。だから半袖なんですね」
「まだいいですよ。夏は暑いです。」
と、スタッフと話しながらトイレを出ました。


「できるだけトイレで」というスタッフの言葉も有り難かったです。
在宅では、とても出来なかったことです。

トイレに座ってもらうのは、私は嬉しいのですが、夫は眉間にシワを寄せます。

ベッドに寝かせると安心した顔になります。

栄養注入までの僅かな時間に、気持ち良さそうに寝てしまいました。



560. また抜歯です。

前回の抜歯は、急だったのでびっくりして「どうして?」と動揺しました。
今回は、そんな私を納得させるためか、連絡が細かく丁寧でした。

私も、「歯がグラグラして心配😥」等と特養の看護師さんに話す事は混乱に繋がるので、歯のことは口腔ケアの歯科衛生士さんにお話するようにしました。

日常のケアをしてくださる介護スタッフも歯のことは歯科衛生士さんとお話していたようです。

上の左の奥歯。
歯茎が炎症を起こして、グラつくだけでなく、腫れて出血も多くなっていました。

歯科衛生士さんから歯科医の先生に連絡が行き、診察した先生から、抜歯をした方がいいと歯科衛生士さんを通して家族の意向を聞かれました。
私は、以前に抜いた歯よりも気になっていた歯だったので時期を待っていました。

歯科衛生士さんが先生との間に入ってくださって、最終的には、トラブルを避けるため、直接先生から連絡をいただいて「抜いてください」と私から先生にお願いしました。
抜歯の日程を特養と話し合って決定後、再度連絡をいただきました。

土曜日の午後1時から、です。

奥歯ですので、出血が心配で吸引の用意も必要かと気持ちの準備はしていたのですが、あっけなく終わりました。

麻酔の注射は、痛そうな表情でした。
痛かったと思います。

抜歯は、思ったより簡単でした。
もっと大変かと思っていました。
残念ながら、すぐ抜けたようです。

止血を、ガーゼでしっかり押さえてしていただきました。
「もう大丈夫でしょ?」
に返事をしないと
「あ、まだか、あと5分ね。」
「もう止まりましたね。」
と、私が「はい」と納得するまで手を離しませんでした。


「有り難うございます。またよろしくお願いします。」
と、挨拶をして終わりました。

「ガーゼは?」
という助手の方、(看護師さんか歯科衛生士さん?)
「いえ、大丈夫です。」と私。

前回、出血を気にし過ぎて、血の塊まで取ってしまったので反省!
触らない方が良さそうです。

吸引器の出番もありませんでした。
無事終了です。


いつもタオルを口に入れて噛みたがるのですが、今日は我慢してもらいました。

タオルを渡さないと、手の届く布、服の襟やクッションの端を口に入れようとして、気に入らないのか上手く口に入らないのか、すぐ諦めていました。
自分の指も?と、ちょっとヒヤリとしましたが、眺めただけでした。

出血が心配なので、タオルを口に入れて噛むのは、少し我慢して、できたら忘れて欲しいです。
でも、口に入れるのは残された楽しみなので、取り上げられないかもしれません。


疲れたのかウトウトしているようでした。


夕方まで側に居て、口の中を綺麗にしました。
「帰るよぉ」と声をかけると
珍しく声を出して泣きそうなクシャクシャの顔になりました。
「なんて顔するのぉ」
と笑うと、またクシャクシャの顔になりました。
反応良好!

明日、口腔ケアが入っていますので、また様子を見に行ってみます。


559.北陸の旅

夫は変わりなく元気です。
学生時代の友人5人で北陸へ行ってきました。
羽田空港、早朝の出発でした。
前日、つくしの会役員会で、「リムジンバスで空港へ行く」とえいさんに話すと「渋滞で遅れる可能性大」とアドバイスを受け、急遽、羽田近くに前泊しました。
1泊だけ、ちょっとした一人旅気分でした。
画像

4月5日から7日
春爛漫の北陸3県のツアー
とっても良いお天気で、桜は満開で見事でした。
前日までの、あまりの寒さに天気予報が信じられず、寒さ対策ばかりしていました。
画像

春爛漫 桜良いとこどり3日間のツアー

「良い時に来ましたね」
とどこへ行っても言われました。
画像「薄墨桜」も咲いていました。

福井の温泉に1泊、富山の温泉に1泊しました。

金沢の自由夕食では、美味しいお寿司を食べました。
人気のお寿司屋さんには行列ができていて、友人たちがいなかったら諦めているところでした。
美味しくて「のどぐろ」をおかわりしました。

楽しい3日間でした。
羽田からのリムジンバスは、偶然桜並木を通るコースで、思いがけず「夜桜」を見ることができました。

帰って翌日から、また寒くなってお天気も良くありません。
晴れ間を逃さず、夫とお花見しました。
もう、散り始めています。

画像

夫は、大きな変化はなく元気です。

557. 「若年性認知症家族会彩星の会」へ

3月24日(日)
若年性認知症家族会彩星の会の定例会に行ってきました。

3月は、年1回の総会です。
出席は、いつもより少ないように見えました。

私は、2か月に1回仲間の集まりを楽しみにしています。

えいさんと一緒にお昼を食べてから参加しました。


途中、満開の桜を見ることができました。
青い空に揺れて綺麗でした。

道案内にNaoさんが立っていて、手を振ってご挨拶です。
「お元気でしたか?」
「ええ、元気です。」
この日、何度も
「元気~?」
「元気ですよ~」
と久しぶりの再会挨拶が交わされました。



会場エントランス1階で会ったスリブリさんとえいさんがお話をしている間に受付に行くと
「あら、今日はお一人ですか?」
と聞かれました。
いつも二人で参加するのでセットで定着しているようです。



会場に入って、アワキビさんご夫婦と再会。
ずぅさんも、少し遅れてサザンカさんにもお会いできました。

総会が無事終わって、休憩時間には、多くの方に声をかけていただきました。
嬉しかったです。

沖縄のさんさ踊り、腹話術、たますだれ、の大サービスを楽しませていただいて、二次会に向かう時間になりました。

いつも二次会は楽しい時間です。

今回は、その後サザンカさんとえいさんとコーヒーを飲みながらたっぷりお話をして帰りました。

558.今年もお花見ができました!

4月1日(月)
新元号が決まりました。
「令和」と特養のテレビで知りました。
夫は、特に大きな変化もありません。

車椅子が、変わりました。
大きな立派なリクライニング式の車椅子になって落ち着いています。

3月29日、30日は上の孫2人とスキーに行きました。
母も現地で合流しました。

お天気も良く、孫の成長ぶりも見られ、温泉にも入って楽しい時間を過ごしました。


4月1日
午前中は、口腔ケア。
胃ろうが終って、2時からコンサートがありました。

1階の「つどいの間」で行われるコンサート。
インフルエンザ予防で2ヶ月お休みでした。

夫にとっては久しぶりの音楽鑑賞。
はりきって、早めに会場に行ったので、真正面の席でした。

良く見えて、聴こえて、良かったのか夫は良い反応を見せてくれました。


音楽はやっぱりいいです。

フルートとマリンバとサックスの3人のグループ。

曲が始まるととすぐ、夫は泣きそうな顔。

今までになく、大きな口を開けて、声も出して顔はクシャクシャ。
泣く寸前のような顔。
目を赤くして涙も出そうな感じでした。

何度も。

何度も。

「あ、ふぁ、は、」と声まで出ていました。

良かったです。


画像
アンコールの『翼をください』は、この曲が大好きだという、たぶん若年性認知症と思われる夫より若い利用者さんのために演奏されました。

素敵な演奏でした。


コンサートが終わって、外に出て見ました。

目の前は、公園です。

道路を挟んだ公園には、桜が綺麗に咲いていました。

午前中には、少し雨が降って、「どうかな?」と迷いながらも行って見ました。

すぐ目の前です。


今年も、桜の花を見ることができました。


「今年も、桜、咲いたね。」

「・・・・・」



今年もお花見ができました。


556. 高額介護合算療養費

「高額介護合算療養費·高額医療合算介護(予防)サービス費の支給申請について」という書類が広域医療連合会から届きました。


「高額介護合算療養費」とは
1年間で支払った医療保険と介護保険の自己負担額が、基準額を超える際に戻される支給金のこと。
1年間は、8月1日から翌年7月31日まで。

今回は29年8月から30年7月の1年間の額です。

おお!
お金が戻って来る~~嬉しい!
この金額、仮計算で支給額が変更になる可能性もあると書いてあります。
まだ喜べません。

申請をしなければ支給されません。



介護には、お金が必要です。
重度になると医療費も必要です。


経済的な負担を軽減するための制度は有難く利用したいと思います。


「後期高齢者医療制度の障害認定」
65歳以上74歳で一定の障害がある人は、「後期高齢者医療制度」に加入できます。

精神障害者保健福祉手帳1~2級で該当します。

夫は、特養入所で世帯分離したのを期に「後期高齢者医療者制度」に切り替えました。
数年前、制度を知った時に、すぐ申請しようとしたら、窓口で保険料が上がる事を知らされ申請を諦めました。
医療を必要としない頃でしたので、その時の選択は正しかったかもしれません。
だんだん、重度になって医療費もかかるようになりましたので、別世帯になって「後期高齢者医療制度」を申請した時、保険料が高くなるといわれても迷いはありませんでした。

「後期高齢者医療被保険者症」で医療費負担は1割になりました。

「後期高齢者医療限度額適用・標準負担額減額認定証」も同時に発行されました。
医療費が高額になった場合適応されます。


介護保険では、
「高額介護サービス費」
介護保険を利用して支払った自己負担額が一定額を超えた際、支給されます。

夫が特養に入所したから、支給される額が多くなりました。

夫は要介護5。
利用できる限度額が決まっていますので毎月費用に大きな差はありません。
「一定額」の差で「支給額」が違うようです。
戻って来るのは、嬉しいです。

そして、そして
今回申請する「高額介護合算療養費」

基準額が所得区分によって違います。

高額介護サービス費が戻って来てさらに戻って来るのは嬉しいです。

「高額介護合算療養費」
医療費分と介護費分に分けられています。
それぞれ、医療費は広域医療連合会から、介護費は自治体から別々に戻ってくるようです。


ふと思いました。
夫は前頭側頭葉変性症で「難病指定」を受けています。
医療費は高額になりますが、「難病医療費助成」で月限度額が決められています。
それでも、今回のように戻って来るお金があるのです。

そして、
今年2019年1月から、都の「心身障害者医療費助成制度」(マル障)に、やっと精神障害者保健福祉手帳1級も対象となりました。
1月から医療費の自己負担が夫の場合、無料になります。
当然ですが、負担額が無ければ戻って来ることもありません。

「高額介護合算療養費」支給されるのは
ひょっとしたら、今回限りかもしれません。

自己負担無料なら面倒な「申請」も必要ありません。

そう、どうして書類はわかりにくいのでしょうか。


夫の場合、30年2月から後期高齢者医療制度に変わっていますので、「自己負担額証明書」が必要だと書いてありました。

「必要」とたどり着く図も理解しなくてはなりません。

こういう事が「面倒」と思ってしまいます。

「自己負担額証明書って?同じ役所?」と
電話で聞くと「係が不在なので折り返しお返事します。」
でした。

その間に、申請書類を見ると
「高額介護合算療養費等兼自己負担額証明書発行申請書」
と書いてありました。


面倒でも申請します。

555.うれしいひなまつり

4番孫が2月に生まれて女の子は2人になりました。
ひなまつりとついでにわたしのバースデイパーティをしました。
賑やかでした。
画像

昨年は、介護ベッドのあった位置に壇飾りをしましたが、
今年は、ソファーベッドを置いたので親王飾りだけ小さく飾りました。

3月3日(日)は、歯科衛生士さんの口腔ケアの日でした。

まさかの「うれしいひなまつり」でした。

いつも優しく声をかけて丁寧に口腔ケアをしてくださる歯科衛生士さんです。

ケアの最後に「これから奥様と一緒に歌いますよ。」
「いいですか?」

で、二人で「うれしいひなまつり」の歌を歌ったのです。

あかりをつけましょ ぼんぼりに♪
おはなをあげましょ もものはな♪

夫の両手を歯科衛生士さんが持って正面から、
私は、夫の隣で。

なんと夫は嬉しそうに笑ったのです。
確かに笑った顔でした!

思わず拍手して喜んでしまいました。

嫌な時も同じような顔ですが、喜んでいる顔でした。

「ありがとうございます」
と何度もお礼を言って喜んでしまいました。

夫は、歯科衛生士さんの顔もじっと良く見ていました。


3月3日 愛犬そらの15歳のお誕生日でした。

554.車椅子の変更&右手のリハビリ

パソコンを開く事が減って、タブレットでブログも書いています。
少しの時間で、少し書いて保存していなかったり、一瞬の操作でどこかに消えたり、で、便利なはずなのに使いこなせていません。

夫は、変わりなく元気です。

面会制限は続いています。

面会に行くと
「エレベーターホールでお待ちください」
と、スタッフがユニットから車椅子の夫を連れてきてくれます。
忙しい時間や、たぶんベッドかな?と思う時間は、申し訳ない気持ちになります。

でも、面会に行くと寝ていても車椅子に乗せて連れてきてくださるので、申し訳ないと恐縮しながらも、夫のリハビリにもなって良いのではないかと思います。


車椅子が変わりました。
なかなか夫に合う車椅子がなくて、調整していただいていました。
いろいろクッションなどで工夫もしていたのですが、座っているとズルズルと足が伸びて落ちそうになっていて座り直しが必要でした。

そろそろリクライニング式の車椅子が必要かとOTさんとお話していました。

首が固くなっているので楽な姿勢にさせてあげたいとも思っていました。

楽かどうかはわかりませんが、リクライニング式の車椅子に変更なりました。

抜歯の時も、少し倒して使えたので便利でした。


角度が動かせるので、足を少し高くすると、ズルズル前へ足を出さないようです。

でも、足を自分で降ろそうとしたり、体を動かすのは、「立ちたい」とか「動きたい」とか理由があるようです。



左手は、タオルを握って、口に入れたり痒い所を掻くなど動きます。

右手が固くなっているのが気になって、いつもマッサージをしたり動かすようにしています。

自分ではぎゅっと握ったままで開こうとしない手の指を、開かせると開きます。
握ってしまうと離そうとしません。
「強制把握」という症状のようです。
脳からの指令が上手く伝わらないようです。

シマウマさんのブログを参考に、この把握反射のリハビリを試して見ました。
握った手をスッと弛めて離す、握って、離す。
不思議です。
手を強く握らなくなりました。

首、肩、腕のマッサージもしました。

右手は自分で動かそうとしませんが硬くならないよう、動かそうと思います。

夫の特養では、OTさんが1人です。
個別のリハビリの時間は限られています。
残念ですが、訪問マッサージも受け入れられていません。


夫は穏やかにしています。

私のマッサージやリハビリの真似事は、夫には迷惑なのか、ちょっと不満そうな顔になります。

ベッドに寝かせると安心したような顔を見せると思います。

面会制限が早く解除なって欲しいです。



特養に入所して、1年が過ぎました。
早かったような、もうずっと居るような気もします。

553. 抜歯

ぐらぐらしていた前歯を1本抜きました。


急だったので、びっくりしました。


インフルエンザ感染予防のため、特養では面会制限中です。
エレベーターホールまで、車椅子でスタッフが連れてきて面会できます。

11時頃面会に行くと、スタッフが
「1時に歯科医の先生が来ます。」
「抜歯するそうです。」
というので、ビックリです。

「え?何も聞いていません。」
というと、介護スタッフも驚いて
「看護師に確認します。」
とのこと。

私が、抜歯に立ち会うために面会に来たと思ったようです。

説明のために、すぐ来てくださった看護師さんも
「ご家族と連絡が取れていると思っていました。」と困っていました。

私と先生と直接話をして決めた事と解釈して、抜歯の準備をしていたそうです。
前日から血液サラサラ薬を中断していました。
もっとも、特に中断の必要もない薬なのだとか。
胃ろう交換の時も、当日朝服用しないだけです。

1時の胃ろうの時間も、抜歯に合わせて、後になっていました。

私の同意があっての事と、連絡も確認もしなかったそうです。


どうしてそうなったのか。


すぐには納得できませんでした。


もし、もしも、面会に行かなければ、私の知らないうちに歯を抜かれていたことになります。

私は、歯を抜いて欲しいとはお願いしていなかったのです。


歯科医の先生と、直接お話したのは、夫が発熱の頃でした。
先生からは、薬の中断に関して特養の内科医の先生の許可を得てから、その後連絡する、と聞いていたはずです。
抜くことを迷っていることもお話していました。
歯科衛生士さんも聞いていました。


「延期する事もできますよ」と説明に来た看護師さんは仰るのですが、ただビックリ‼して、「どうなっているの?」という疑問と「予定を一言知らせていただけなかったのか」という不満が残ってしまいました。


かといって「延期してください」とか
「抜かないでください」というほどの気持ちはありませんでした。


ただ、前回、私が抜くことを希望しているかのように伝えられたという誤解を避けるために、「歯科医と私が直接お話する」ということを確認して、歯科医の先生からの連絡をずっと待っていたのです。

納得してから、予定に入れたかっただけです。


「そうですよねぇ」
という話を看護師さんとお話したのですが、いつもの夫の担当の看護師さんではありませんでした。


早かれ遅かれ、いずれは抜けるか抜く事になる歯です。
ぐらぐらしています。

待っている間に、「抜く」という方向に気持ちも向いて来ました。


ただ、後になって思うと「この状況に納得できないので今回は断る」という勇気も必要だったかもしれません。


歯医者さんが来て、すぐ抜歯の準備を始めようとするので、「私は、今日の抜歯のお話聞いていなかったです。」というと

「じゃ、止める?」
と聞かれました。

「はい、今回は止めます」
と答えても良かった、その方が良かったかもしれません。
私は、「いえ、何も聞いていないのでびっくりしただけです。」と答えると、
「○○さん(特養の担当看護師さん)に何度も連絡してますけどね」と抜歯準備を始めました。



結果的には、ぐらついていた前歯は、簡単に抜けました。

歯科医の先生は、せっかちなのか、お忙しいのか、助手の方の到着までの数分が待てず、スタッフに補助についていただきました。

最初は、「口開いててくれるかな?」と呟かれたので、
「無理だと思います」と答えました。
助手の方の到着まで数分、もうすぐなのに、看護師さんの補助を断られ、スタッフにお役目が回ったようです。

いつもの若い女性スタッフなので夫も安心だったかもしれません。

私が手を握って、スタッフが口を開けさせて押さえて、先生が麻酔の注射をして、思ったより簡単に抜けました。

途中で助手の方も見えて、夫は、目で追っていました。
綺麗な女性なのです。


一瞬だけ、顔をしかめたようでした。


ぐらぐらしていたので、いつかは抜けたと思います。
自然に抜けた方が出血もないのですが、飲み込む危険性もあります。


結果的には、これで良かったと思います。
「良かった」と思うようにします。


翌日の口腔ケアの歯科衛生士さんにも、いきさつをお話しました。
出血の後の状態を見ていただきました。
小さな血の塊は、取ると出血するのでそのままにしておくのだそうです。


私は、知らずに当日は、何度もガーゼで拭き取ってしまいました。

口腔ケアの歯科衛生士さん、週1回丁寧に見ていただいています。
次からは、この歯科衛生士さんに間に入って伝えていただこうと思います。
特養の看護師さんとの関係もあって、遠慮なさったようです。


特養の担当看護師さんもベテランの良い方なのです。
「先生とのお話で納得しているものと思っていました」と言っていました。


歯は、抜けました!
変わりありません。

あ、少し変化あります。
次に書きます。

552. 4人目の孫誕生

2月12日 3038gの女の子が産まれました。

一人娘の4人目の子どもです。

私達の4人目の孫。
母の12人目の曾孫。


3人目は、超スピードの安産でびっくりしていましたが、4人目は大変だったようです。

破水して急な入院に、婿殿が付き添い、孫3人の夕食、お風呂、「バァバの家で寝る」というので休前日の10日はお泊まりでした。
久しぶりの事で大喜びでした。


11歳男、8歳女、4歳男の3人。
元気な良い子達です。
大はしゃぎ!

妹の誕生を喜んで、スマホの写真を「可愛い」と覗き込む姿は、可愛い❗
その姿をスマホで撮ろうとする母も嬉しそう🎵

3番孫は「新潟のおばあちゃん遊ぼう」と母が大好きな様子。
さすがに「一緒にお風呂入ろうよ」は「ひっくり返っちゃうよ」とお断りしていました。
11日は、夕食、お風呂の後父親と自分の家で寝ました。


家が隣というのも便利です。

夫の車椅子のために作ったスロープで、隣からの出入りが簡単になりました。
隣の駐車場から車椅子で入れるようにできているのです。

(重いビールの箱もここから婿殿に入れて貰っています)

毎朝、「行ってきます」と小学生の孫は、登校前に顔を見せてくれます。


一人娘しか育てていない私が孫の世話をさせていただいています。


娘と4人目は、まだ病院。


退院後、新しい生活が始まります。
しばらくは忙しくなりそうです。

551.特養の面会制限

今頃になって、特養の面会制限です。

インフルエンザの感染防止のため、ですって。

今まで、インフルエンザが流行してあちこちの施設で面会制限の話は聞いていました。

夫の特養は、入口で手洗い、うがい、マスクをしますが、面会は自由。

外部からのコンサートもあって「人が集まって大丈夫?」と思う時もありました。

「音楽を楽しむ事」を優先させて、おおらかな特養と感動していました。

なので、このまま面会制限せず、過ぎるのかと思っていました。


そうは行かなかったようです。

入居者の感染状況等、特に公表されていません。

ということは、職員がインフルエンザ?

可能性は、大きいです。


面会制限は、面会場所を1階のイベントホールと各階のエレベーターホールに限定しています。

高校生以下の面会は、遠慮するように。
家族の中に感染者や感染の恐れがある場合、症状がある場合は遠慮するように。

という内容の文書が郵便で届きました。

面会ができないわけではありません。


いつも通り、受付に行くと説明を受け
「エレベーターホールでお待ちください」
と言われました。

夫をベッドから車椅子に乗せて連れて来るのは、時間がかかるだろう、とゆっくり向かうと、エレベーター前で、スタッフと車椅子の夫が待っていました。

「こちらのお部屋が空いていますのでどうぞ」
と、「セミパブリックルーム」という広いお部屋に入れていただきました。

大きなソファーが2台と4人用のテーブルセットが置いてあって、簡単な給湯設備のあるキッチンもあるお部屋。
希望すると面会の時に使える、と聞いて、2回程使わせていただいたことがありました。
看取りの時等、家族が待機して泊まることもできるそうです。

その「セミパブリックルーム」で夫と過ごすのも、気分が変わってなかなか良かったです。
「口腔ケア」の日も、このお部屋でできるようお願いして問題なくできました。


ただ、夫は何やら不満そうな顔。

発熱で寝たままだった後の体の固さが気になって、マッサージに力が入りすぎたせいか、無理に立たせたのが嫌だったのか。

場所や、様子の違いがわかるようです。
いつもは車椅子を押してエレベーターに乗ったり、フロアーを移動するのですが、室内しか動かなかったのも不満だったようです。

胃ろうの時間前に、スタッフにお願いすると、「あら怒っているの?」と言われる程の分かりやすい不機嫌な顔になってしまいました。
「私が、体を無理に動かしたので怒っているかもしれません。よろしくお願いします」
と、ユニットの入口でスタッフに託して帰ってきました。


面会制限があっても、こうして面会できると安心します。

特養の雪対策は、バッチリ!
玄関には、雪かきグッズが置いてあります。
ちょっと雪がちらついたら、駐車場に融氷剤?のつぶつぶが撒かれていました。
雪が降っても安心です。

室内は適温で、我が家より快適です。

550.2月です。

もう2月です。
2019年、平成31年2月です。

早い!

1年が早いです。

特養に入所したのが、昨年2018年2月19日でした。

昨年の今頃は、頭を抱えていました。
昨年、1月中には入れるはずだった隣の市の少し遠くて高い特養に入れないことがわかって、2月からは小規模多機能の泊まりが難しくなって、さらに大雪の雪掻きで私が腱鞘炎。
夫の一時入院を決意して、さらに特養入所に向けて動き出した所で、急に、今の特養に入所が決まりました。

入所の書類を書くのも、手が痛かった。
手首にサポーターをしていると
「大丈夫ですか」と聞かれるので
何もせず、平気な顔をしていたつもり。

病院の入院手続きにもたくさんの書類を書いて、入院受け入れが決まった直後の特養入所でした。

市内の一番近い特養。
まだ夫が元気に歩いていたころから申し込みをしていた特養。

この特養に入所できて、良かったと思います。


2月になって、1年を振り返っています。
ひとり暮らしも1年になります。

特養入所で、不安もありましたが、楽になりました。

2月に入所して、すぐ温泉、スキー。
母とスイス行きの計画と手配。

母と二人のスイス滞在は、夫が精神病院入院以来。
自分たちの田舎に帰ったような気分と、未知の世界を知って楽しむ気分。
「親孝行」という大義名分もありました。
「スイスは療養の場所ね」
「寿命が伸びるわ」
と、山を眺めて深呼吸していました。

夏の大きな行事が終わると母の入院、手術。
ひとり暮らしの母の「支援プラン作成」
介護の経験が役に立ったと思います。

入院中に介護認定調査。
暫定のまま介護サービス利用できるようケアマネさんと相談。
退院日に合わせて介護ベッドの手配。

働いている娘のファミリーサポートも継続。
孫の保育園の迎え等、依頼も頻繁でした。

なんと、この2月中には4人目が生まれる予定。
娘が産休に入って、孫関係のサポートは今だけ激減。

母も元気なので、今は安心して、夫の所へ通っています。
熱も下がって、落ち着いています。

空気が乾燥しているためか、湿疹を痒がって、動く左手で首周辺を掻いていました。
ベテラン看護師さんが、治療中です。

熱で、寝ていたので、体が固くなってしまいました。
車椅子への移乗の時、しっかり立てなくなってしまったようです。
右手が胸の所で固くなっています。
マッサージをしたり、口腔ケアをしたり、できることはしたいと思っています。


私は、自分の新しい楽しみも見つけました。


549. 発熱その後

38度2分の発熱の連絡を受けた、という記事だけ載せて、ご心配おかけしました。

カロナール(解熱剤)とクーリングで下がって、インフルエンザ検査も陰性でした。

ただ、朝下がって夕方また熱が上がる。
また下がる。
その後、微熱が時々出る、といった状態でした。

さすがに心配で、毎日通って様子を見ていました。

夫の様子を見ると安心しました。

「近くて良かった」
と、いつも思います。
迷わず行くことができます。

夫は落ち着いています。
穏やかです。
「どうしたの?何かあったの?」
というような顔です。

熱の後は、少し疲れた顔でした。

看護師さんが、胃ろう栄養注入の時間以外にも何度かバイタルチェックに来ていました。

布団が厚くて熱がこもるのではないかと、薄い布団やタオルケットを探してくれました。

発熱の前に掻いて悪化してしまった湿疹の治療も、便秘の調整も看護師さんです。

在宅の時は、熱があると訪問医に連絡が行き、すぐ診て貰っていましたが、ここでは看護師さんがしっかりと診ているようです。

お医者さんは回診の日も都合でお休みでした。

ベテランの看護師さんがいて、安心してお願いできます。

「もう、病院には入院させたくない」
という話も聞いてもらっています。

「看取り」ができるので安心です。
家族が泊まれる設備もあります。
「それがねぇ、ずっとご家族が付き添って、ちょっと離れた時に、という事もあったのですよ」
という話なども、いろいろできました。


今すぐではないかもしれないけど、急変がないとも限らない。

思いながらも、今日ではない、今ではない、と思っています。

「国内ですから、遠慮なく連絡ください」とお願いして新潟の実家へ来ました。


グラグラしていた歯の事も、後回しになりました。

歯科医の先生とお話して、歯を抜く事にも不安は少なくなっています。

「家族が希望するなら抜く」
「自然に抜ける可能性もある、その場合飲み込む危険もあるのではないか」
「エリキュース(血液さらさらの薬)については内科医と相談する」
ということで、エリキュース停止の許可が出てからの先送りになりました。

熱が出ると、歯の事は「それどころではない」という気持ちになります。

先ずは、元気になってもらいたいです。

新潟は、例年より暖かく、今日は雨です。
雪は消えてしまいました。



548. 発熱

朝、特養の看護師さんから電話です。

歯の事か、昨日の湿疹の事かと思っていたら、
「38度3分の熱があります。冷やしてカロナールを入れて様子を見ます。」
という内容でした。

「私が行っても、何もできないですよねぇ。。。」
というと「いえいえ、愛情が~~」
と笑っていました。

「行っても、すぐ熱が下がることもないし、状況は変わらない、」
「インフルエンザの検査には、まだ時間が経過していないし、」

と思いながらも、
「そうか、愛情ねぇ」

どうも「愛情」ってわかりません。

ただ、
「ま、行って見るか」
という感じです。

インフルエンザが巷で流行中。

晴天が続いて、空気が乾燥しています。

夫の特養は、室温も湿度も一定に保たれていて快適です。


「感染は、どこからでも」
と、昨日看護師さんと雑談しながら話したばかりでした。

夫は、確かに赤い顔で熱はありますが、目を開けました。
大丈夫です。

きっと良くなるでしょう。



547.歯がグラグラしています。

7日 新潟へ向かう新幹線の乗車を待つタイミングで特養から電話が入りました。

特養のユニットの介護スタッフからでした。

歯科医の回診の日、いつも聞かない限り報告も何もないのですが、このタイミングでの電話に驚きました。

「歯がグラグラしているので、どうするか家族にどうするか聞いておくよう」言われたのだそうです。

「奥歯は、麻酔が必要」とのこと。

前回の回診の時は、私から「どうしたらいいのでしょうか」と質問して「様子を見るだけ」というお答えでした。

なぜ、このタイミングで、麻酔を使った抜歯の選択肢なのか。

たぶん、前回よりグラグラになっているからでしょう。

どちらにしても、駅のホームで答えられないので保留にして、帰ってからお話することにしました。


ずっと考えていましたが、迷って決められません。

麻酔をして抜いた方がいいのか、自然に抜けるのを待つのか。

麻酔をして治療をする場合、うがいもできないし、誤嚥も心配です。

戻ってから特養に行ってスタッフと話をして
「自然のままで」といいながらも迷って
「歯科医の先生のお話を伺いたい」とお願いしました。

これが、結構面倒な事のようでした。

スタッフは、歯科医との連絡方法を私の前で担当看護師に聞いていました。
担当看護師は、「わかりました。医療責任者に伝えます」と。
責任者から医師会に連絡が行って、そこから伝えられるのだそうです。
なんだか伝言ゲームみたいです。

私は「歯科衛生士さんの口腔ケアがありますので、歯科衛生士さんに伝えていただいてもいいです」と言ったのですが、
「先生から家族の意向を聞くよう言われているのだから返答しなければならない」と言われ、お願いしました。

なんだか面倒。

翌日
週一でお願いしている口腔ケアの歯科衛生士さんに見ていただきました。
状況は変わらないのですが、毎週丁寧に見ていただいて先生にも報告が行っていますので、私は歯科衛生士さんとお話して、もう少し様子を見ても良いと思うようになりました。

当然、今回の事も伝えられます。
「様子を見て、次回の回診の時はお話を伺いたい」
と、私が言った事で、混乱させてしまいました。

歯科衛生士さんが報告した担当看護師から「話が違う」と言われ、私のところへ戻ってきました。

つまり
「家族が先生から詳しい説明を聞きたいと要望」
と、すでに医師会まで連絡しているのだから、違っては困る
ということのようです。

私は、「すぐに」でなくても次回でも良いかと思ったのですが、
「先生とお話したいのでご都合を聞く」
ということで、歯科衛生士さんにお願いしました。

これで大丈夫。

直接お話できれば何も問題ありません。
「私が7日お会いできなかったので申し訳ありませんでしたとよろしくお伝えください」
と、繰り返しお願いしました。

歯がグラグラしているのは、気になっていますが、急な変化でもなさそうです。

歯が自然抜けてしまうなら仕方ないと思うのですが、飲み込んでは困ります。

でも、もう飲み込む力はないように思います。
今までも、抜けたり取れたりしました。
いつの間にかポロリと抜けて口の中で転がしていたのを私が発見して取り出したことも、どこへ行ったかわからない歯もあります。

麻酔を使っての治療については、詳しく聞いてから決めたいと思います。
抜けそうなくらいグラグラしていたら、迷わずお願いするかもしれません。

痛いとか、嫌だとか、苦しいとか表現できないので、なるべく穏やかに、と思います。
歯も、もう少し頑張って抜けないでいて欲しいです。


結局、連休明けの今日、歯科衛生士が先生とお話して、先生が他の患者さんの診察の後、19日に夫の所へ来てくださる、と歯科衛生士さんから朝電話がありました。

19日は、口腔ケアもありますので好都合です。

安心しました。

特養へ行くと、スタッフにも看護師さんにも伝わっていました。

一安心です。

546.忘れ物をして考えた事

1月10日「前頭側頭葉変性症つくしの会」の日

会長のえいさんと駅で待ち合わせをしていました。

時間よりかなり早く着きそう、とふとスマホがない事に気がつきました。

えいさんを待って、先に行っていただこうかと駅に向かいましたが、どっちみち取りに戻るなら早い方がいい、と全速力で家へ戻りました。

慌てるので「全速力」のつもりでもオタオタして速くできません。
自分の姿を想像したら可笑しいです。

家に戻ってスマホを手にして、大慌てで、ハテサテ電話するより急げば間に合うか、迷ってる時間が~~、と駅に向かっていると、えいさんから電話が入りました。

「すみません😣💦⤵先に行ってください」
とハァハァ( ´Д`)しながら伝えました。
申し訳ない😖です。
スマホは必要です。
しかも、例会だけでなく新年会となると長時間です。

次の電車でも開始時間に間に合います。
気持ちを落ち着かせ、これ以上遅くならないよう無事到着できるよう深呼吸しました。

新年から大失敗です。


反省\(_ _)したはずでした。

でも、

またやってしまいました。

同じようにスマホの忘れ物。
同じように、出掛ける直前まで充電していて忘れてしまいました。

夫の口腔ケアの歯科衛生士さんの訪問時間前でしたので、家に戻っても間に合いました。

戻りながら考えました。

直前まで充電が必要なのは、電池の減り方が早いから。
それはともかく、なぜ忘れるのか。

新潟の実家でも忘れそうになって、母に言われて未然に防げました。

やっぱり直前の充電は、止めた方がいい。
解決策はあるとして、なぜ?
なぜ忘れ物をするのか。

なぜ忘れるのか。

大切な物を忘れてしまう事は、どんなに不安な事か。

小さな忘れ物を思い出して取りに戻れたのだから、認知症の記憶障害とは違う。
脳の老化と認知症は、違う。
やっぱり認知症は、病気です。
若年性認知症は脳神経性の難病だと思います。


私も、今年は65歳になります。
認知症が発見されても「若年性認知症」ではありません。

忘れ物をするのは、怠惰な生活のせい。
「ボーっと生きてるんじゃないよ!」

「頭が疲れている」
なんて甘やかして休ませていたから。

甘やかしている( -_・)?



「認知症予防」だの「介護予防」だのと「予防」にばかり力をいれるのはなぜ?

「忘れたって大丈夫」


「認知症になっても大丈夫」
「介護が必要になっても大丈夫」

そう言えたらいいですね。


脳は不思議。
忘れ物をして考えました。

忘れ物、しないように気をつけます!


545.ブログ6周年です。

明けましておめでとうございます

ご挨拶が遅くなってしまいました。m(_ _)m

お陰様で、ブログ6周年になりました。

ほんとうに「お陰様で」です。
読んでいただきありがとうございます。

前頭側頭葉変性症、意味性認知症と診断され、特異な言動や貴重な経験を記録に残して置きたいと始めたブログでした。

続けられたのは、読んでくださる方がいらっしゃるからです。

コメントも励みになりました。

今、仲間がいることは、とても心強く思います。


久しぶりのブログ更新、何を書いていいやら。


と、やっと書いた文章が一瞬で消えるというヘマをやってしまいました。
(;´゚д゚`)

今年も
無理をせず、
ぼちぼちやっていこうと思います。

「自分を大切に」
と周囲からのアドバイスに答え
年末から新しい事に挑戦しています。
そのうちお知らせできるかもしれません。


新年は、娘一家5人と母と一緒に迎えました。

夫は、特養です。


今日、1月7日は新潟へ帰る母と途中下車して、温泉😌♨🍶一泊です。
ゆっくり温泉に入って美味しいお料理をいただきました。

明日、新潟の実家。
明後日、用事を済ませて帰ります。

新幹線は便利です。
プチ旅行を楽しんでいます。


10日は「前頭側頭葉変性症つくしの会」の新年会です。


今年も、どうぞよろしくお願いします。





544.「認知症鉄道事故裁判から考える家族介護と地域のあり方」

12月2日のフォーラムで、鉄道事故の遺族の高井さんの基調報告がありました。
「認知症鉄道事故裁判から考える家族介護と地域のあり方」
と題してシンポジウムもありました。

記録に残しておきたいと思いながら、まとめられないままになっていました。

JR東海の裁判は、とても他人事ではありませんでした。

「私達のために、頑張って闘ってくださってありがとうございます。」
と、直接御礼が言いたくて、出席しました。

力強い握手と笑顔をいただきました。


遺族長男である高井氏は、基調報告の前に
「皆さんのお陰でがんばることができました。ありがとうございます。」
とお話され深く頭を下げられました。
心のこもった言葉に感動しました。

認知症鉄道事故裁判
 閉じこめなければ、罪ですか?

読んで、ますますブログに書けないまま、でした。


今日の朝日新聞のフォーラムのページ
「認知症、前を向くために」
にも書かれているのを目にしました。

リスクに備える

認知症の人が起こした事故の被害者と加害者を救済する全国初の仕組みが神戸市で始まります。

認知症の人の事故や損害賠償に関心が深まったのは、愛知県で置きた事故がきっかけ。
JR東海は、列車ではねられた男性の家族に輸送費など約720万円の損害賠償を求めた。


「8年、介護期間より長い」と本にその経過が詳しく書かれています。


2016年の最高裁判決では、家族に賠償責任はないとしましたが、事情によっては責任を負う余地を残した。

公的補償について国は検討したものの「見送り」

神戸市議会は、「神戸モデル」と呼ばれる制度の実施を盛り込んだ「認知症の人にやさしいまちづくり」の条例改正案を可決。



民間の損害賠償保険や当事者のための保険も登場しています。



「事故があったら家族の責任」
と私も、夫をひとりで散歩に行かせていた頃ケアマネさん等に言われました。
かといって、登山をしたり長距離を歩く夫に毎日付き合う事は、とてもできませんでした。
車道を歩いたり、危険がいっぱいでした。


駅のホームから線路に降りて、保護された事もあります。
電車の発車を遅らせても、家族である私が責められることはありませんでした。
JR東海のように賠償請求されることもありませんでした。
同じJRでも違うらしいです。
(JR東海、リニアでお金が欲しかった?)

でも、とてもとても心配な毎日でした。
「1日が終わるとほっとする」
とブログを日記にして書いていました。

ほんとうに、良く無事だったと思います。


いろいろ振り返って思う事はあります。


夫は、ひとりで散歩していただけです。
「徘徊」ではないのです。
嬉しそうに、行って来た事を報告したり、
「明日、左の終点に行っちゃうからね」
と地図を見せて予告もしていました。
「どこへ行くの?」という言葉は理解できない。
行く場所の名前言えないのに、行きたい場所に行って帰って来るのです。
「立ち入り禁止」も理解できず突破していました。

心配な毎日でしたが、夫は、いきいきと暮らしていたと思います。


事故に合っても不思議ではありませんでした。

「閉じ込めなければ、罪ですか」



閉じ込める事は、許されるのでしょうか?