夫と愛犬そら

1月に夫、3月に犬が亡くなりました。

愛犬そらは、夫の死をなんとなくわかったのか、家の中の気配や変化も見ていたのでしょう。

葬儀の後から、みるみる衰えてしまいました。
最期は、食べなくなって水も飲めなくなりました。
それでも「生きたい。まだ死にたくないよ!」と私に必死で訴えました。
点滴するべきか迷いましたが、苦しみを長引かせてしまうように思えてできませんでした。
早く楽にしてあげたいと思いました。

穏やかな眠るような最期ではありませんでした。
もう力がなくて歩こうとしてもすぐ倒れました。
前日も立ち上がって支えられてオシッコをしていました。
排泄介助です。

体はすっかり衰えて立てなくなって、便が出てしまって、洗ってあげたのが最期の時でした。
綺麗にしてあげて「ちょっと見ていてね」と寝かせて孫娘に見てもらって、振り向いた時にはすぐ動かなくなりました。
最期まで「僕は死にたくないよ!」と声が出なくても口を動かしていました。
手をピクリとしたのが最期でした。

さくらさんのコメントで、ご主人が抱っこして泣いていたという場面。
私も抱っこして泣いていました。

これからも思い出すことでしょう。


そらが我家に来たのは17年前。
夫は、最初あまり気に入らず、睨みつけていました。
そらも、気が強いので、男同士睨み合って、ワンワン吠えて文句を言っていました。

犬は、家の空気が読めるらしく、夫の前では大人しく、私には甘えていました。
散歩好きは夫も犬も一緒です。
近くの公園や野山を良く散歩しました。
一緒に旅行も行きました。

犬と一緒に散歩する頃には、夫も発症していたのだと思います。
そのうち、犬を散歩させても、便を拾わなかったり、行動があやしくなってきました。

夫の夜の散歩が始まると大変でした。
夫がこっそり出て行くと、そらも一緒に飛び出してしまったことがありました。
そらの確保が先でした。

そらは、ひとりで出てひとりで玄関で待っていたこともありました。
夫の夜の散歩は開けられない鍵を使うことで、ほぼ解決していましたが、時々私のかけ忘れがありました。

夫がそらを散歩に連れ出し、どこでどうしたのか小さな怪我をして帰ってきたこともありました。
夫の症状も進行していました。

病気とわかっているのに、夫の言動に腹を立てて私が大きな声を出すと、そらは小さくなっていました。
FTLDの暴言暴力なんて、それは、我家では介護者の私の方でした。
「ごめんね。そらじゃないよ。怒ってないよ。」
と私も頭を冷やすことができました。
「あなたは治療が必要です。」と夫に言われると笑うしかありませんでした。

実家の父が入院中でしたので、夫にひとりで数日留守番をさせていました。
犬が心配でしたので、娘に頼むと「俺の息子だ!ここの家にいる」と連れて行くのを嫌がったそうです。
娘もまだ離れた所に住んでいました。

もともと、そらの飼い主は娘でしたので、病気の夫に犬の世話は無理、引き取って欲しいと思っていました。
孫がまだ小さかったので時期を待っていたら、いつの間にか大型犬を2匹も飼ってしまってびっくりしました。

大型犬ラブラドール2匹と娘一家が隣りに来て、もう7,8年。
孫が4人に増えて賑やかです。
そらは、隣りに建設中の時から「なんだよぉ」と怒って吠えていました。

隣りの玄関は、今まで静かだった我家のリビングの横を通過して出入りするのですから、当初はその都度「なんだよぉ」と吠えていました。
あまり力を入れて一日何度も吠えるからか、ヘルニアになって手術するほどになっていました。

ヘルニアの手術で可哀そうになったこと、夫が夜起きるようになったこと等もあって、そらも2階の寝室で一緒に寝るようになりました。

夫は、そらにご飯をたくさんあげてしまうのも困りました。
「あなたのは少ない。俺のご飯はたくさん食べる」と夫もそらも喜んでいました。
食べるのが大好きな2人は、ぶくぶく太り始めていました。

夫は、精神病院に入院して普通体形に戻りましたが、そらはしばらく太ったままでした。

精神病院退院後の夫は、そらを目で追って、何でも食べさせようとするのは変わっていませんでした。
お茶もそのままお茶碗を床に置いてあげようとしていたこともあります。
なんでも食べさせてしまうのは、困りましたが、そらは「ちょうだい」と全身で訴えるので、言葉のわからない夫にも伝わったようです。
ちょこんとお座りをしてウルウルの目で訴えたり「ちょうだいちょうだい」と後ろ足2本で立って手を合わせて拝むように振ったりしました。

車椅子になってからも一緒に散歩したこともあります。
小規模多機能の施設長さんが夫のリハビリのレクチャーをしようと座ると、チョコンと間に座ろうとして「待っててね」と言われていました。
訪問診療等の時は、洗面所や2階の部屋で待たせると「出してくれ~~」と戸を手でガシガシさせて訴えていました。
夫優先です。
何と訴えても騒いでも邪魔な時は、我慢してもらいました。

夫が1階の介護ベッドで寝るようになって、胃ろうにして退院後からは、私も下で寝るようになりました。
当然のように、そらは、私の布団で寝ていました。

夫が特養に入所してからは、もう夫の介護のために下で寝る必要はなくなりましが、
そらが深夜か朝方、起きて啼くようになってしまい、大人しくさせるため私も起きるようになりました。
まるで夫のように「僕、まだご飯食べてません。」などというのです。
リビングにソファーベッドを置いて寝ていました。
ベッドには、絶対そらは入れない、と決めていました。
もう、飛び乗る力はなくなっていました。階段も上り下りできなくなっていました。

そらは、早朝にご飯を食べて寝るのが日課になっていました。
鳴かなくてもご飯が貰えるからか、鳴けなくなっていたようです。

吠える力もなくなって行くようです。
夫の葬儀の頃、私が出掛けると「探して鳴いていた」と娘に言われました。
目も耳も悪くなっていました。

最期の2日間は、もう長くはない、と一緒に寝ました。

悲しそうな寂しそうな、苦しそうな声を時々出すので、その都度起き上がって様子を見るより、隣りでとんとんとするだけで楽かと横着な考えからです。
それでも、鳴かれると「どうしたの?」と灯りを付けて寝床を整え落ち着くまで見てました。
夫にはできなかった終末期の介護でした。

今日、狂犬病予防接種の通知が来たのを機会に、死亡の連絡をしました。
電話で、終わりました。

まだ、いない生活に慣れません。

キャベツを切ると、遠くから飛んで来るような気がしたり、ドアを開けっぱなしにすると外へ出ないかと気にしたり、どこかにいるような気がします。

娘の犬だったので、私はそれ程犬好きだったわけではなく、正直なところ「スッキリした」という感じもあります。
言葉は悪いのですが、命が終えるまでお世話ができたので「スッキリ」も許されると思います。

愛する夫も愛犬も(ここで愛するを付け足した)生を全うしました。

幸せです。

これだけ書いたら、スッキリしました。
読んでいただいて、ありがとうございます。

IMG_20200328_114822.jpg






愛犬も逝く

ついに愛犬も逝ってしまいました。

そら マルチーズのオス 17歳 3月24日大往生でした。

見事な最期でした。

夫が亡くなった後、急に衰えて、食べる量がだんだん減って、痩せてしまいました。

便が出にくくなって病院へ行った時に「脱水だから」と点滴をしました。

「いつでも点滴に来てください。」と動物病院では言われていました。

迷いましたが、点滴は結局この1本だけでした。
このままじっと見ていてあげよう、と、オタオタしながらも介護していました。

元気で気の強い子だったので、最期まで頑張っていました。

犬の17歳は大往生です。
良く頑張りました。


夫も犬も、いなくなりました。

「気配がない」という静けさに、まだ慣れません。
小型犬で殆ど寝ていましたので、まだいるような感覚もあります。
桜.jpg

何があっても桜は咲きます。

まだまだ・・・・

夫の死後のいろいろな事を、ひとつひとつ、あっちもこっちも、と優先順位がバラバラになりながら、進めています。
まだまだ、です。

年金の結果には、まだまだ時間がかかるそうです。
信金のお姉さんに年金事務所で手続きしてもらったのですが、書類が1枚戻ってきたそうです。
共済組合へ出さなければいけない書類だったので、郵送で提出しました。

誰かにお願いするということは、楽ですが、時間もかかるのかもしれません。

夫の年金の停止と残額の振り込みは、できると思いますが、私の年金が繰り下げしていたので、その手続きもあって、今後の年金と遺族年金がどうなるのか、時間がかかるようです。

相続の手続きは、急がないのですが、取り寄せた書類の有効期限もありますので、やらなければなりません。
夫の出生から結婚までの戸籍謄本が足りなかったので、郵送で申請します。
熊本県です。
やっと、取り掛かりました。

夫の特養の相談員さんから、電話。。。
「1月分の利用料が、入金できていません。」
うっかりしていました。
引き落としに使っていた口座は、停止されていました。
そういえば、退所の時聞かれたような気もします。
大急ぎで、お支払いします。

夫の納骨もまだです。

「百か日法要」をしてお寺の墓地に納骨の予定です。
準備も、まだまだ、いろいろ迷っています。

いろいろ、まだまだ、です。
パンジー.jpg

また地震が・・・

久しぶりの更新です。
前回の記事から、10日以上。。。。


特に書けない理由は、ありません。

書いておきたいこともあるのですが、書かずに過ぎています。

やらなければいけないことが、全部片付いた訳でもなく、相変わらずマイペースです。

久しぶりなので、何を書いていいのやら・・・です。

3月11日の東日本大震災から10年。
この日は、10年経っても震えます。涙が出ます。
家族を亡くされ、まだ遺体の見つからない方もいらっしゃいます。

「生きなきゃ。生きたくても生きられなかった人の分も。」
どんなに悲しい悔しい思いをしていることでしょうに、遺族のこの言葉に涙です。

と、また東北地方に地震がありました。
宮城県沖に津波注意報。

10年経っても、大震災の余震なのだとか。

子ども時代を東北地方で過ごしました。
地震は、いつもなので少しの揺れは平気でした。
今は、ドキドキしてしまいます。

地震、津波、被害にあって、命を落とされた方、その遺族の方はどれ程無念でしょうか。

それでも残された人の「生きなきゃ」という言葉。

なんでもない日常が、今は幸せに思えます。


愛犬そらは、頑張って生きています。
お別れの時は近いと思います。

夫にできなかった「最期の在宅介護」を犬にしています。
日一日と弱っています。
「救急搬送も延命もしない」と決めていましたが、便が出なくて可哀そうになって病院へ連れて行きました。
獣医さんに、摘便をお願いしました。
手技を見ていたら、人間と同じなので、私も家で、、できました。
でも今日は、もう殆ど食べない、飲まない状態です。

孫娘が、毎日心配しています。
「食べられなくなったら、ジイジみたいに管にするの?」
と聞かれたのにはびっくりしました。
そういえば、夫に胃ろう栄養を入れるのを近くで見ていたのでした。

「そうねぇ。犬は胃ろうはしないね。」
もう、そう長くはないという話もしました。
お葬式の話になったので「人間と犬は違う」と話すと
「同じ生き物でしょ!」と。
「そうね。でも、違うよ。」と子供相手に論じてしまいました。

大切な命であることに変わりはなく、感謝の気持ちを持ちたいと思います。
一歩 002.jpg




3月 そらの誕生日

3月3日ひな祭り
お雛様.jpg
時の流れは速いです。
毎年、迷いながら慌ててお雛様を飾って、すぐ片付けです。

愛犬そら君のお誕生日でした。
そら マルチーズの雄 17歳になりました。

もう、すっかり老犬です。

寝ている時間が多くなりました。
葬儀等で人が出入りしても、知らんぷりで寝ていました。

環境の変化のためか、まためっきり衰えてしまったように見えます。

ヨロヨロと立ち上がって、トイレに行こうとして間に合わない時も・・・
ペットシートの範囲を広げたのに、そこですか??見事に外してくれます。

目も耳も悪くなりました。
呼んでも知らんぷりです。

自分の寝床が落ち着くようです。

元気いっぱいだったそら君も、すっかり大人しくなって、寂しそうな表情を見せるようになりました。
食欲がありません。
少しだけ食べると疲れるようです。

お別れの時がいつかやってきます。
いつか間違いなく穏やかな最期の日が来るまで、平穏でありますように。